ビーフカレー…(2024.02.20)

旭川から稚内へ、250kmを超える軌道を北上した。荷物を拙宅に置いた後、空腹を満たそうと御近所へ出た。

↓ビーフカレーを頂いた。
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↓かなり気に入っている一皿である。
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↓食後に珈琲を頂く。
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↓時々昼食に寄る御近所の御店は好い感じだ。
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札幌駅を発つ…(2024.02.19)

↓札幌から旭川へ向かう列車は、概ね30分毎で、時々間隔がやや開く。最近はこの「15時30分」を利用する機会が多少増えたような気がしないでもない。
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↓旭川へ向かう列車がホームに現れる時間は、早目な場合と、発車の直前という感じな場合が在るように思うが、この列車はやや早目に現れる。
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↓既に大勢が乗車した後だった。適当に自由席の空席を探して乗車する。
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↓「SORACHI」の編成だ。空知地方のイメージの一つに「稲作」が在る。稲のイラストが車輌に在る。評価が高まっている「北海道産米」の有力な産地である。
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↓例によって身軽な荷物で動き廻っているが、荷物を棚に上げて着席した。
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↓着席すれば、以降はゆったりと座って、如何いうように過ごしていようと、旭川には連れて行って頂ける訳だ。
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所用で出ていた場合、この旭川へ向かう列車に乗込んだという情況は「無事に用が済んだ」という安堵感も膨らむことになる。気に入っている状況だ。

スープカレー…:<一灯庵 サンピアザ>(2024.02.19)

新札幌駅周辺に出て、午前中に所用を足し、午後にも所用は残るのだが少し時間が在って、昼食でも愉しもうということになる。このところ、辺りに所用で出る場合はそういう形になっている。

↓既に定着して久しいような料理とも思うが、未だ目新しいという感も残るのかもしれない。「スープカレーデビュー」というような宣伝文句が掲出されていた。
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↓少し気に入っていて「新札幌で昼食」という場面では、ここに立寄るというのが少し続いている。
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↓色々な種類の中からスープを択ぶ。タイカレー風のグリーンというモノを択んだ。そしてチキンや野菜の具材にした。
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↓辛味の調味料が在って、これを少々足すという流儀も気に入っている。
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↓出先で度々立寄るという程度の“御気に入り”というのも好い感じだ。
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牡蠣等…:<SALT MODERATE>(2024.02.18)

札幌駅周辺に宿を求め、チェックインを済ませた。居室で一息、ほんの少し寛いだ後、未だ暗くなっていない街へ出てみた。地下鉄で大通方向へ南下した。

↓渋い看板の御店だが、左側の「OYSTER BAR」というバナーが気になった。
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「OYSTER BAR」というのは牡蠣の料理を供するバーということであろう。ここの御店は午後3時に開店するらしく、未だ暗くなる前の時間帯で既に開いていたので立寄ってみることとした。

↓カウンター席に陣取って、豊富な選択肢という感じのメニュー表を眺めたが、眼前の金属製の皿等が何となく好い感じに見えた。
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↓ブルックリン・ブリュアリーのビールを頂きながら料理を待った。
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↓照明も少し好い感じだった。
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↓生牡蠣を頂いた。3種類の盛り合わせだ。厚岸、佐呂間、昆布森と各地のモノだが、各々に微妙に違って面白い。
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↓飲物をハイボールに切替えた。
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↓牡蠣の他にハワイ等の流儀の料理も供するということで、<フリフリチキン>と名付けられた鶏肉を焼き上げたモノを御願いした。
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↑ハワイの流儀のバーベキューということなのだが、「ハーフ」でありながらなかなかのボリューム感だ。「レギュラー」なら、この鶏肉だけで「腹一杯…」かもしれない。程好くスパイスも利いて、なかなかに好い感じだった。

↓今度は3種の牡蠣を焼いたモノを御願いした。
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↓「ツルん」とした生に対し、焼いたモノは中の成分がジワリと口の中に滲み出すかのようで、「同じモノながら異なる食感」という様子だ。
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↓一頻り愉しんだ後に外へ出ると少し暗くなり始めた様子だった。
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時には牡蠣を摘まむのも好い感じだ。

キハ201系ディーゼルカー…:札幌駅(2024.02.19)

札幌駅から旭川駅へ移動する予定であった。新札幌駅の辺り等で所用を足す関係上、朝に嵩張るモノを札幌駅のロッカーに預けていた。それを引っ張り出し、改めて旭川へ向かうべく列車に乗ろうと、少し歩いた。

↓こんな様子を眺めながら改札口へ続く通路を目指した。
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↑天井側から光が入り、何となく停車中だった車輌の見映えが好いようにも思った。

↓この停車中の車輛、キハ201系ディーゼルカーだった。1996年に製造で翌1997年から運用されているが、3輌編成のモノが4編成在るばかりの、やや珍しい感じになっている車輌である。到着して、回送となるために待機中であった様子だ。
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↑ディーゼルカーなので非電化区間を走るが、電化区間に乗入れて、同時期に登場の731系電車と連結して差障りが無い走行性能を誇る。天井にパンタグラフが無いのが不思議な程、外観は731系電車に似ている。そして内装も731系電車と酷似、と言うより乗車した場合はディーゼルカーの走行音にさえ気付かなければ、731系電車との違いが殆ど判らないと思われる。

このキハ201系ディーゼルカーには何度か乗車したことが在ったことを思い出していた。優れた性能を誇る車輌で、特急型ディーゼルカーとして現在の主力となっているキハ261系ディーゼルカーを開発した際、このキハ201系ディーゼルカーを基礎としたということだ。

時々、こういう少し変わった車輌を眺めるのも面白い。

731系電車…:札幌駅(2024.02.19)

「新札幌駅から列車で札幌駅へ=札幌都心部へ出る」というような場合、特段に「事前の備え」という程のこともなく、何となく新札幌駅に入り、改札を潜ってホームに出る。

既にこういうような様子が定着して久しいが、小学生位の頃には「X時X分発〇〇行の改札です」と案内が在って、駅員さんが登場して改札をするというような様子だったと記憶している。札幌圏の鉄道の様子はそういう雰囲気が薄まり、「大都市圏の輸送手段」という色彩が濃くなって最近に至っている訳だ。

そんなことで、所用を足した後に余り深く考えずに新札幌駅の改札を潜り、売店で求めた飲物でも飲みながら10分か15分も待つのであろうと思っていた。が、ホームに出た瞬間に札幌駅へ向かう普通列車が現れたので、直ぐに飛び乗った。

↓そういうことで札幌駅に辿り着いたのだった。
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↑731系電車は1996年に初登場した車輌だ。基本的に3輌で動く電車で、千歳線や函館線等で動いている。北海道では初めてのロングシートの電車だった筈だ。

↓千歳線では、3輌の普通列車で運行されている場合が殆どだと思う。
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この731系が登場した以降、新しい車輌はロングシート型が目立つようになったかもしれない。北海道の鉄道では「時代を画した」という雰囲気も在ると思う。

札幌駅にこの731系で辿り着き、何となく眺めたが、直ぐに折り返し運転というようであった。

785系電車…:札幌駅(2024.02.19)

朝、新札幌駅へ移動しようと札幌駅に足を運んでいた。朝の札幌駅は列車本数も多く、それに伴う利用者の数も多目で、何やら賑やかだ。

そういう中、列車の先頭や後尾になるような、ホームの端寄りに行くと相対的にゆとりが在る場合が多い。真中辺りは階段やエスカレータにより近く、何か混み合った感じになっている場合も多いのだ。今般もそういう「少し端寄りに」の要領で、新札幌へ向かう列車の先頭側の辺りに佇んで居た。

↓列車が着く旨の案内放送が流れて、「何やら来る…」と眺めていれば、現れたのは室蘭からやって来た<すずらん>であった。
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↓この車輛は785系電車だ。1990年に初めて登場している。好いデザインだ。
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785系電車は、嘗ては札幌・旭川間で多用されていた車輌だ。現在では、2編成を残すのみになっていると聞く。専ら、札幌・室蘭間の列車に用いられているという。その札幌・室蘭間の列車も、最近では789系電車が走っている例が多くなって来たような気がする。そういう意味で、788系電車は、なかなかに貴重な車輌かもしれない。

この車輛が偶々観られると、何となく嬉しいような気がする。

旭川駅を発つ…(2024.02.18)

前夜遅くに旭川に着いて宿に入り、早朝に美しい夜明の様子を窓から愉しみ、朝食を頂いて寛いだ後に戸外へ出て、8時台に開店している理髪店を利用し、<川村カ子トアイヌ記念館>を興味深く見学し、<特のせ味噌ラーメン>というモノも頂いた。ほどほどの密度の好い時間を過ごした気がする。

↓旭川駅へ歩を進めた。
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↓列車運行間隔が些か開く時間帯であったようだ。若干長めの待ち時間ではあったが、然程問題は無い。14時の列車で札幌へ移動することとした。
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↓改札口を潜って、エスカレータを上った辺りにこういう箱が在る。外で一寸頂いた飲物の缶が上着のポケットに在った。この箱に入れた。
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↓左側の4番ホームに停車している789系電車の<ライラック>に乗車するが、種々の列車が見受けられて面白かった。
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↑<ライラック>の右に721系電車が見える。これは滝川へ向かう普通列車だ。更に右は美瑛や富良野との間を行き交う列車が発着するホームだが、H100形が2本見えている。

↓少し近付いた辺りでも車輌を眺めた。
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↓乗車する789系電車「KAMIKAWA」の編成だ。上川地域のイメージということで、美瑛町の風景と見受けられるようなイラストが在る。
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↓少し発車に間が在ったが、車内で席に着いて寛いで居た。
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↓身軽な荷物を棚に上げる。忘れ物も無い。
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↓北海道内のJR駅の売店で見掛ける場合が在るペットボトルの茶だ。<北海道キオスク>による、所謂「プライベートブランド」なのであろう。
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こういうような「気が向くように動いて、駅に入って多少の待ち時間で列車に乗車可能」というような様子は好い。日頃、1日を通じての列車運行本数が「限られ過ぎ…」な場所に在ることも手伝って、旭川駅の感じは魅力的に見える。

<特のせ味噌ラーメン>…(2024.02.18)

旭川では朝から理髪店を利用し、興味を抱いた<川村カ子トアイヌ記念館>を訪ね、休日らしい午前中の過ごし方をしていたように思う。随分と歩き廻り、多少の空腹感も否定し悪くなった頃、バスを利用して旭川駅に近い辺り、昭和通に辿り着いた。

↓昭和通を旭川駅方向へ進む中で眼に留めた。味噌ラーメンを「看板メニュー」に据える御店だ。
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↑「創業昭和四十五年」ということは1970年に起こった御店ということで、既に半世紀を超える歴史を有するという訳だ。

↓立寄ってみた。時には味噌ラーメンも好いと思ったのだ。
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↓<特のせ味噌ラーメン>というモノを御願いした。
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こちらの御店では「辛さを択ぶ」というようになっている。

1辛=平民、2辛=強者、3辛=挑戦者、4辛=破天荒、5辛=命知らずとなっていて、以降は「1辛足す毎に+100円」として6辛、7辛、8辛が設定されるが、そちらは「限界突破」となっている。今般は2辛にした。

↓ラーメンに載せる様々なモノを一揃い載せているような感じで、それ故に「特のせ」と称するのだと思った。
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↓縮れが非常に弱い、真直ぐな感じの麺を使っていた。
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↓確りと残さず…
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↓立地が好いので何度か立寄っている御店だ。
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理髪店…(2024.02.18)

前日の昼頃、「髪を切ろうか?」と思い付いたのは、稚内で理髪店を見掛けたことが切っ掛けだった。1時間程度の地かは設けられると思い、見掛けた理髪店で尋ねると、予約が一杯で散髪を御願いすることにもならない感じだった。

そんなことで夕刻から夜に旭川に移動したが、朝に思い出したのは旭川駅から平和通買物公園に入ったような辺りに理髪店が在ったということだった。

↓朝8時台から外に出て、「旭川を発つような昼頃にでも寄れると…」と考えたのだが、8時15分開店で通り掛った時には既に営業中であった。そして散発を御願いして、済んだのは9時過ぎであった。
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↑手早く散髪という感じの御店だ。所用で他地域に出る場面で旭川に寄り道ぢ、何となくこの御店に立寄る場面も、何時の間にか増えたかもしれない。

そんな場所を何気なく写真に収めてしまった…

稚内駅到着…(2024.02.20)

旭川駅で列車に乗り、車中で静かに座っている中で居眠りをしてしまっていた時間も長かったかもしれない。居眠りから気付いて、「何時の間にか過ぎた駅は何処?」という様子が何度か在った。そして「豊富駅を既に過ぎた?」という辺りで気付いた。そうなれば、南稚内駅で停車し、残るは稚内駅という展開だ。

↓その稚内駅に着き、改札口を潜った。「改札口」と言って、通路に駅員さんが佇んで対応するというだけだが。その駅員さんがいる辺りの脇から到着した列車が見えるようになっている。
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↓やや雲が多く、寒々しいような様子だ。
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↓この札幌から北上して到着した<宗谷>は、車内の準備を整えて直ぐに旭川へ南下する<サロベツ>として出発することになる。
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旭川駅を発つ…(2024.02.20)

旭川駅の東寄りな辺りに在る気に入っている宿で夜を明かし、宿の朝食も愉しみ、少しゆっくりと、同時に乗車を予定する列車に遅れてしまわないように旭川駅を目指した。

↓旭川駅の東側にこういう出入口が在る。駅の正面側へ廻るよりも、滞在した宿の辺りとを歩いて往来する場合には手近な感じの出入口だ。
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↑融雪と凍結とが組合さった雪の路面という歩き悪い状態であった中、正面出入口よりも東側で歩き易い屋内に入ってしまえるのは有難かった。

↓例によって「9:00 WAKKANAI 6」に注目する。平常どおりに動いている。
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↓札幌駅を出る特急<宗谷>が旭川駅に停車するのだが、それに乗車することになる。改札を潜った。
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↓階段またはエスカレータを上って6番ホームを目指す。
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↓このエスカレータを上るとホームだ。
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↓こういうような「乗車位置」の案内が在る。
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↑今般は2号車の指定席を取っている。乗車位置の「5番」辺りで待てば好い。

↓左側にキハ261系ディーゼルカーが姿を見せた。
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↓列車は多少減速しながら進んでいる。
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↓キハ261系ディーゼルカーの少し見慣れた車輛が現れた。
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札幌から旭川へ移動する場合、旭川に午前9時頃というこの<宗谷>は少し利用し易いのかもしれない。旭川で下車する人達も存外に多い。そういう人達が下りた後に列車に乗込む。

↓稚内へ向かう列車の中、この朝に札幌や旭川を発って、昼に稚内に着く<宗谷>は車内が賑わっている場合が多いように思う。指定席を取って、荷物を棚に置いて、そのうちに直ぐ「発車します」である。
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↓列車が動き始め、着席すれば、後は眠っていても稚内迄運んで頂けるということになる。
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もっと早い時間帯に出る普通列車も在るが、朝に時間帯に少しゆったりと過ごした。所用で札幌辺りに出る場合の「普通な動き」を踏襲しているのだが、この列車で稚内へ引揚げるというのが少し気に入っている。

昼頃に…(2024.02.20)

旭川駅から列車に乗り、稚内駅に到った。車中では居眠りの時間も長く、何やら「気付けば稚内が近付いていた…」という様子であったかもしれない。

↓到着した稚内駅で戸外に出たが、身が縮むような感じだった。
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今般の「他地域での所用」に向けて出発という時点の状況は気温上昇であったのだが、スッカリとその気温上昇の以前に状態が戻っていた。
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↓この種の変化を繰り返しながら、季節は動くのであろう。
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聞けば、前日の夜辺りから少し天候が崩れ、何やら気温が下がったということらしい。「俄かな変化」というようなモノだ。

「ヒストリーボード」…:大通駅(2024.02.18)

さっぽろ駅で東豊線の列車に乗り、次の大通駅で下車し、南東側の西1丁目辺りから街へ出ようとして地下を歩いた。札幌都心の地下は種々の通路が入り乱れて何やら複雑である。

↓こういうモノを眼に留めた。
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↓路面電車の歴史を示したイラストということになる。
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↓2015(平成27)年に西4丁目停留所とすすきの停留所とを結ぶ駅前通の軌道が完成して「ループ化」した路面電車であるが、それを記念して描かれたイラストに市内の小学生が着色したという「ヒストリーボード」が制作されたのだそうだ。
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こういうモノに気付くのも、何となく嬉しいものだ。

笹葺きの家…:<川村カ子トアイヌ記念館>(2024.02.18)

↓<川村カ子トアイヌ記念館>の敷地に独特な建物が在った。
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↓アイヌの村に見受けられた家屋を再現したモノであるという。
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↑屋根はクマザサで葺いたそうだ。広く方々で村を営んだアイヌの家屋には様々なモノが見受けられるらしいが、その一つがこうしたモノであったということになるのであろう。

↓中はこういうような感じだ。
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アイヌの家屋に関しては、窓から家の中を覗かない、家の中に設けられた祭壇を触ってはならない、炉の縁を踏んではいけない、炉の中を触ってはいけないというような「厳に禁止!」が幾つか在ったのだそうだ。

↓なかなかに興味深く拝見した。
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「川村カ子ト」…:<川村カ子トアイヌ記念館>(2024.02.18)

↓<川村カ子トアイヌ記念館>に測量の作業をしている人物の写真が在った。
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↑この人物が川村カ子ト(「カ子ト」は「かねと」)である。

川村カ子ト(1893-1977)は近文コタンに一家が住み始めたような頃に産れている。「カネトゥカアイヌ」(「金を稼ぐ人」の意)がアイヌ語の名であるが、戸籍上は「カ子トアイヌ」であった。長じて働くようになった際、「兼登」で「かねと」と読ませるようにしていた時期も在ったようだ。

古くからのアイヌの暮らしが出来なくなり、農業も厳しい状況であった中、川村カ子トは就職を考え、幼少の頃に憧れた鉄道に携わろうと測量技手となった。北海道内、長野県、樺太、朝鮮半島と各地の鉄道建設現場に出て、測量の仕事に携わっていたという。

↓鉄道建設に携わった際に受けた辞令が展示されていた。
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↓川村カ子トが携わった路線に関するモノも展示されていた。
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川村カ子トは父の川村イタキシロマが逝去した後に帰郷して記念館を引継いだ。測量の仕事で得た資金で記念館の充実を図ったというが、火災の際にも私財を投じて建物を再建する等していた。

↓川村カ子トに関しても色々と紹介されていて興味深く拝見した。
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川村カ子トは、明治、大正、昭和の鉄道建設現場で立派な事績を遺し、同時に民族の歴史と文化を伝える活動でも大きな事績を遺している。こういう人物が在ったと知り、この場で出会えたということになる。多少ドタバタしながらこの<川村カ子トアイヌ記念館>を訪ねられて善かった。

展示…:<川村カ子トアイヌ記念館>(2024.02.18)

辿り着いた記念館に入ってみる。
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↑窓口で訪ねると、館内での写真撮影は差支えないとのことであったので、少し写真を撮った。

↓村や家、人々を見守る存在と考えられたというフクロウの彫刻が入口辺りで迎えてくれた。
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↓主に2代目館長であった川村カ子ト(「カ子ト」は「かねと」)が収集したという、アイヌの生活用具等が展示されている。
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↓衣類や生活に用いた様々な道具に加えて装飾品も色々と在って面白かった。
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↓悪いことを仕出かした人を懲罰する場合等に用いる棍棒も紹介されていた。少し前に観た映画『ゴールデンカムイ』で、ヒロインのアイヌの少女、アシリパがこの種の棍棒を使う場面が在ったのを思い出していた。
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↓「チカプニコタン」または「近文コタン」で生まれた彫刻家の砂沢ビッキの事績も紹介されていた。
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↓夥しい数の熊の木彫りが在った。
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↓一寸圧倒された。
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↓アイヌの暮らしと共に在った森の動物達の剥製も色々と在った。
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<外国樹種見本林>で見掛けたエゾリスを思い出していたが、「森の身近な動物」という感じだったのであろう。
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↓フクロウの剥製は見入ってしまった。
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↓何となく気に入った。
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↓記念館の建物も未だ新しく、なかなかに好い感じだった。
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今般、やや苦戦しながらここに辿り着いて見学機会を設けることが叶ったのは好かった。

外観…:<川村カ子トアイヌ記念館>(2024.02.18)

↓こういう場所に辿り着いた。
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バスでイオンモール旭川西に至ってしまい、何とか近文小学校の辺りに辿り着いた。そこから「北門11丁目」を探そうとしたが、何やら要領を得ない。コンビニに至り、御店でタクシー会社の電話番号を尋ねて架電し、タクシーを待って乗車した。

↓そうやってここに辿り着いたのだ。
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川村イタキシロマが1916(大正6)年に、周囲の人達にアイヌの様々なことが理解されるようにという願いで、文化を紹介する展示館を設けた。これが<川村カ子トアイヌ記念館>の起こりだ。1944(昭和19)年に川村イタキシロマが逝去し、その子息である川村カ子ト(「カ子ト」は「かねと」)が後継し、展示館の充実を図った。未だ古い時代を知る年長者も存命で、川村カ子トは精力的に展示の充実に取組んだ。展示館は<川村カ子トアイヌ記念館>となって行く。

↓1965(昭和40)年の建物が長く使われていたが、新館の建設が行われ、2023(令和5)年に現在の建物がオープンしている。
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多少の苦戦の末に辿り着いた記念館をゆっくりと見学した。

階段…:<イオンモール旭川西>(2024.02.18)

「北門11丁目」という辺りを目指してバスでの移動を図った。旭川駅に近い、1条8丁目から近文辺りのイオンへ向かうバスに乗ると近くを通るらしいと知り、それに乗車した。

その「北門11丁目」という辺りを通る筈と思ったバスだが、その方面を経由せず、いきなりイオンに到着してしまった。特段にイオンに用は無かったので、按配が好くない。「北門11丁目」という辺りへ何とか向かおうとした。

イオンのような施設の敷地内に入るような按配でバスは停まった。そこで下車して辺りの道路に出ようとすれば、「何処から如何やって出れば??」という羽目に陥ってしまう。「辺りを歩く」ということが一顧だにされていないような感じの場所だと思う。

↓足元が悪い中、半ば途方に暮れるような気分になり、巨大な施設を眺めた。
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↑この様子を視て、少しすると何とか施設の大きな敷地の外に出た。

敷地の外は、何やら住宅街の真中のような感じで、何処を如何進めば好いものか見当も付かない。少し歩き廻り、何とか近文小学校の辺りに抜け出たのだった。「多少、勝手知った(つもりの)他所」であっても、路線バスというのは煩雑な場合が多い。

旭川駅到着…(2024.02.19)

札幌で朝から動いて所用を足し、15時30分に発つ列車に乗って旭川へ移動というような様子が最近は少し定着したかもしれない。今般は、途中で「線路点検」なるアナウンスが流れ、列車が数分間遅れたが、無事に旭川駅に到着した。

↓到着した旭川駅で、車輛を眺めて少し身体を伸ばす。
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↑左の4番ホームは乗って着いた<ライラック>の789系電車だ。隣の3番ホームはキハ283系ディーゼルカーで、網走へ向かう<大雪>である。右の2番ホームと1番ホームには美瑛や富良野との間を走っているH100形が見える。

↓何か風情溢れるような光景だ。「午後5時過ぎ」が真っ暗でもない感じな時季に入っている。
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↓改札口への通路を目指して歩を進めた。
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↓網走を目指す<大雪>のキハ283系ディーゼルカーが発車した。
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↓東改札口を通って駅の東寄りな辺りへ出た。気温がプラスになって融雪が進み、足元が酷く悪くなっている。慎重な足取りで進んだ。が、真っ暗でもないのが好かった。
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列車で移動して動き回っても、着実に動く季節というのは強く感じられる。

<サキソフォン吹きと猫>…(2024.02.19)

旭川で夕べに少し時間が在れば、平和通買物公園の辺りを通り抜けて、夕食を愉しむ御店に向かうというようなことをする。

↓大変に気に入っている<サキソフォン吹きと猫>の辺りを通った。
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↑「また寄りました…」と御挨拶という気分で辺りを通る。

↓演奏が聞こえるような気がする。何度見ても雰囲気が好い。
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↓この像は「夕べの賑わい」という辺りの様子が似合うかもしれない。
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↓今宵は「猫」が妙に熱心に演奏を聴いているようにも見えた。
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こういう「御気に入り」という場所は好い。

夕べに…:<旭川やきとりism>(2023.02.19)

所用を無事に済ませ、北上の途に就いた。例によって旭川に寄道だ。宿に入った後、夕刻の街に出た。

↓馴染んだ看板と灯りを見ると少し安堵感を覚える。
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↓御通しを摘まみ、<赤霧島>の御湯割りを頂きながら料理の登場を待つ。
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↓鳥モモのタレ焼きは山ワサビを塗している。こういう組合せが好い感じだ。
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↓オリジナル七味唐辛子を使った、手作りの明太子が美味しい。
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↓鳥精肉は「焼鳥!‼」という感じだ。
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↓そして「月見つくね」も好い。
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もう一点、熟成鶏モモ肉も頂いたが、「これは好い感じ!」と頂いて写真を撮り忘れた…

↓鶏出汁と昆布出汁とを合わせた美味いスープが焼鳥に添えられる。
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↓そして鶏挽肉を使ったキーマカレーを頂いた。
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↓焼酎を頂きながら切り干し大根を摘んだ。
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↓デザートは小さな最中を使った一口バニラアイスクリームだ。
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↓旭川で夕べに時間が在ると何となく立寄る、気に入っている場所である。こういう場所も好い。
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733系電車…:朝の新札幌駅(2024.02.19)

札幌駅から新札幌駅へ、新千歳空港駅へ向かう快速であれば「次の停車駅」ということになる移動をした朝だった。

↓乗降が多い朝である。下車後、人の流れが少なくなるのを見守りながら、乗車していた車輛を眺めた。
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↑733系電車もこの篇ではスッカリと頻繁に見掛ける車輛として定着したように思う。

新札幌駅というのも、数え切れない程度に乗降している駅だ。

夜に…:平和通買物公園:旭川(2024.02.19)

↓イルミネーションが美しい。そして融けかかった雪の水気で濡れている箇所に光が跳ね返って不思議な風情になっている。何か、いきなり「3月下旬頃の融雪の時季?」という様子かもしれない。
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↑2月としてはやや異例なプラス気温で、何やら雪が融けて、少し不思議な様相になっている。が、少し経てばまた氷点下に気温が下がるという予報であるという。

こういう気温の高下も経ながら、季節は少しずつ進む。

チカプニ→近文…Cikap-un-i=鳥 いる 所…(2024.02.18)

↓近文小学校という学校が在った。
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↑1919(大正8)年に「北門尋常小学校西分教所」として開校し、1922(大正11)年に「近文尋常小学校」として独立した学校となった。1941(昭和16)年に「近文国民学校」と改称している。戦後の制度の下、1947(昭和22)年に「旭川市立近文小学校」となって現在に至るようだ。

↓この小学校の辺りにこんな看板が在って、足を停めて少し眺めた。
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↑北海道の地名には、アイヌ語の音が転訛して漢字を宛てた例や、「如何いう意味か?」という話しを受けて、その意味する漢字を宛てているという例が見受けられる。小学校にも冠せられている近文は音が転訛して漢字が宛てられた例となる。他に鷹栖という地名も在るが、それは「鳥 いる 所」の意味に漢字を宛てた例となる。

この辺りは「近文コタン」と呼ばれた辺りだ。現在の旭川市内の住所として、近文、緑、錦、北門というような辺りに相当するようだ。

1887(明治20)年にアイヌ保護が謳われ、当時の旭川村と鷹栖村との中間辺りに、方々に広く点在していたアイヌのコタン(村)を纏めるということになり、一帯は「チカプニコタン」と呼ばれるようになった。

やがてアイヌに土地を与えるという計画が起ったが、1899(明治32)年に陸軍の第七師団が旭川に入ることになった関係で、土地を与える計画が保留となる。以降、急速に旭川村が発展する中、不動産投機の思惑等が絡んで「チカプニコタン」の様子は色々と揺れた。それでも「チカプニコタン」は継続したが、1929(昭和4)年に辺りの地名が近文町、緑町、錦町、北門街というようになっている。

1945(昭和20)年から1947(昭和22)年の「農地改革」で、「チカプニコタン」であった地域の農地に関して、地主から小作人に権利が移されるようになって、地主であったアイヌが困窮した例も在ったようだ。やがて旭川の発展と共に辺りは市街地の一部に組み込まれて行くようになる。

近文、緑、錦、北門というような辺りは、大きな商業施設や大学や、様々なモノが立地している地区である。軍の関係で敷設されて後に貨物線となった軌道は廃止されているが、近文駅は現在も旭川駅の西北の隣に健在である。少し前に観た、『カムイのうた』という映画で、ヒロインが東京へ旅立つ際に列車に乗ったのは「近文駅」であったが、あのヒロインのモデルになった人物が「チカプニコタン」に在ったからなのであろう。

多少、道に迷いながら辺りを動き回り、地域の歴史に想いを巡らせる時間を過ごしたのだった。

バス停…(2024.02.18)

旭川駅に近い1条通の7丁目、8丁目辺りには多くのバス停留所が設けられている。様々な方面のバスが行き交っていて、運行系統別に辺りの停留所を使い分けている。

↓そんな停留所の1つだ。
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↑停留所の上に何か載っている?

↓「動いた?!」と驚いたが、カラスだった。
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旭川の街中は、何やらカラスが多く、何処でもウロウロと動き回っているように感じる。殊に朝はそういうように感じる場合が多いような気がする。

さっぽろ駅…(2024.02.18)

夕べの一時を過ごした後、札幌駅傍の宿へ移動しようとしていた。

↓地下鉄を利用してさっぽろ駅に到った。所謂「ホーム柵」だが、札幌の地下鉄でも粗方の駅で設置が済んでいるように見える。
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↑店舗が粗方閉店してしまっていた地下街を通り、すすきの駅に入り、大通駅、さっぽろ駅という移動である。手軽で速い。

札幌の地下鉄の一部駅で、列車がホームに入る際に『虹と雪のバラード』をアレンジしたメロディーを鳴らしている。これは「五輪誘致」に絡んで採用されたという経過も在るということで、誘致が断念された中で「妥当ではない!」という意見が在るらしく、そのうちに止めることになったようだ。1972年の五輪の際の歌だが、「希望に溢れて未来を目指す街に、世界中の人が集う」というイメージの美しいメロディーの曲で、「五輪誘致」と無関係に地下鉄で使って差し支えないというように個人的には思う。札幌の地下鉄も、昔の札幌五輪の時期に登場した経過が在り、地下鉄の歴史に因む曲という側面も否定は出来ないのではないだろうか?「その他大勢の雑言」ではあるが、そんなことも想いながら地下鉄を少し眺め、改札口へ歩を進めた。

ピクトグラム…:札幌駅(2024.02.18)

札幌駅は方々が工事中で、何やら酷く歩き悪い。そして在る筈の様々なモノの場所が判り悪くなってしまっている場合も見受けられるように思う。

↓こういうモノを見掛けた。これは判り易い!
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↑列車に乗る場所、タクシーやバスに乗る場所が非常にシンプルに示されている。この種の案内表示は、こういう程度が好いと思う。

何となく眼に留まって、提げていたカメラを使った。

夕べに…:<AVANTI 1923>(アバンティ 1923)(2024.02.18)

夕食を摂った後、街を少し歩いた。景色を眺めて宿へ引揚げるというようなことを思ってはいた。

↓ここを眼に留めた。佇まいが好い感じだ。
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↑札幌都心の西4丁目の南北に延びる道は「駅前通」という通称で知られる。大通公園を越えて南寄りに入り、ススキノ交差点のやや北辺りで、数え切れない程度に通過して眺めている御店ではある。が、入ったことが無かった。

↓こういう感じの場所だ。
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↑サントリーの代表的なウイスキーを始め、色々と並んでいる。

↓ウイスキーの樽を意識したオブジェが飾られている。
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↓最近はウイスキーの他にジンも押しているということで、<六>をロックで―偶然に駄洒落になってしまった…―頂いた。
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↓そして<山崎>だ。
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↓<山崎>というのは1923(大正12)年に起こった、日本国内では最古のウイスキーの蒸留所である。ボトルにはその旨のラベルが貼られている。
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↑1923(大正12)年ということは100年と少し前だ。この前年、稚内では鉄道が街に延びていて、この年には樺太の大泊港との間を結ぶ「稚泊航路」が運行を始めている。

↓最近は「品薄」が続いているので、随分と久し振りに頂いた。
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↓<モスコミュール>を頂いた。カップに入っている故か、何か「珈琲を啜りながら語らう」という雰囲気で、御店の皆さんや居合わせた方と言葉を交わしながら過ごしていた。
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↓ウォッカは米国のモノが使われていた。
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↓サントリー関連の御店ということなので、敬意を表し、所謂「角ハイ」を愉しんだ。
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↓使用する氷にも少し拘りが在るようで、流石に美味いハイボールだった。
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「ほんの少し道草」という企図で立寄ったが、「大いに道草」という風情でゆったりと過ごした。好い場所を見付けた感だ。

早朝に…:12階の眺望:旭川(2024.02.18)

夜の旭川駅に着き、そのまま宿に入って休み、早朝を迎えた。

↓早朝に窓から外を眺めた。
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↓次第に明るくなる様を、幾分の間隔を置きながら眺めるのは愉しい。
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↓12階の居室で過ごした。
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↓遠くの山々の辺りに朝陽が上る様子も視えた。好天に恵まれそうな様子だ。
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後刻、更に移動もするが、好い休日を過ごすことが叶いそうな感じがする早朝だ。