札幌時計台(2017.11.21)

「わたしたちは、時計台の鐘がなる札幌の市民です」とは…<札幌市民憲章>なるモノの冒頭に在る文言だ…

何時の間にか“住民登録”が為されている場所としては「稚内市」の方が長くなったが、「育った街」ということになる「札幌市」の、この<札幌市民憲章>なるモノの冒頭に在る文言は忘れない…

↓その時計台の前を通り掛かり、思わず写真を撮ってしまった…
Sapporo 21-11-2017 (6)
↑正面のビルに在る、デッキ状の部分からの画で、近年何となく気に入っている眺めだ…

実は「アクシデント」の故に左腕が使えず、“縦位置”の撮影が難しい状態である…が、そういうことも含めた“制約”の中で「気に入った画」を創るというのが、「写真を撮る」ということなのかもしれない…

微妙な懐かしさが在るモノが佇む光景…非常に好い。

キハ183系による<サロベツ>:稚内駅(2017.11.21)

「札幌→旭川→稚内」と2本の特急列車を乗り継いで移動する…そのパターンを選んで稚内へ引揚げた…

北海道内では少数派な電化区間の札幌・旭川間に対し、旭川・稚内間は多数派の非電化区間である。旭川駅では、ディーゼルカーの列車が待機していて、それに乗車することになる。

札幌駅から<ライラック>が出る際、接続ということになる新千歳空港駅からの快速列車の到着が若干遅れ、出発が少し遅れた。故に旭川駅での乗換は、ややゆとりが無かった…とは言え、“島式ホーム”の左側に<ライラック>が着き、右側で待っている<サロベツ>に乗換であるので、何やら「乗り移る」という感で特段に負担感が在るでもない。個人的には「列車の旅らしい」とさえ思う…更に言えば、「乗車する列車を一寸眺める程度の数分が在れば…」という程度には思ったが…

旭川・稚内間の特急列車はキハ261系で運行されている。この型が2000年に初登場して投入された区間でもある。(その当時から、長く旭川を越えて札幌との間を往来していたが…)このキハ261系は最近も新しいモノが配備されていて、「途中駅で乗車し、途中駅で下車」の型、加えてホームが混み合っていて、加えて今般は自身のコンディションの事情も手伝って写真は撮り損なったが、函館・札幌間の特急列車にも使用されている…

旭川駅で待っていたのは…そのキハ261系ではなかった…

「車輛を変更」の旨が車内でもアナウンスされていたが、「鹿との衝突」に起因するらしい車輛の不具合が生じてしまったということで、今となっては「一寸レトロ?」なキハ183系が登場した…

キハ183系による<サロベツ>ということになったが、運行中に一度“非常停止”が在った…「鹿が列車直前を横断」ということだった…が、接触は無く、運行は直ぐに再開である…

↓前置きが長くなったが…今の時季は真っ暗になっている時間帯の稚内駅に、キハ183系の<サロベツ>が到着した…
Wakkanai Station 21-11-2017 (3)
↑「11月21日」という時点でこの景色…少しだけ珍しい…ホーム屋根の粉雪が風に舞っている様子も見受けられる…

↓拙宅へ引揚げる直前、一寸駅ビルのデッキに上がってみた…
Wakkanai Station 21-11-2017 (2)
↑この型の車輛に独特なデザインの先頭…好い!!

結局…「ユジノサハリンスク→ウラジオストク→成田」で帰国後、「東京→稚内」は全て列車で動いた…

<ライラック>:札幌駅(2017.11.21)

「札幌→旭川→稚内」と2本の特急列車を乗り継いで移動する…そのパターンを選んで稚内へ引揚げた…

札幌辺りは日曜日に酷く雪が降り、一気に「真冬な雰囲気」になったということのようだ。が、列車は元気に運行中だった…

雪に加えて、路面の凍結で酷く歩き悪かった札幌都心…想定以上の歩き悪さであったので、街中を動き廻るのは少し控え、札幌駅近隣のネットカフェでゆったりと予定の列車を待った…

↓その予定の列車、<ライラック>の789系電車が現れた…
Sapporo Station 21-11-2017 (1)
↑11月19日に新幹線の列車<はやぶさ>で青函トンネルを潜り抜けたばかりだが、この車輛はその函館・新青森間で運行されていた経過が在るものだ。先頭車に“回送”の表示を出して、乗客が待つ札幌駅のホームに鮮やかな車輛が現れた…

↓乗客が乗車を始める頃、先頭車の表示は列車愛称の<ライラック>になった…
Sapporo Station 21-11-2017 (2)
↑正面に、走行時に巻き上げる雪の付着が残っているのが「積雪期らしい」感じだ。

札幌・旭川間の、この型の車輛で運行される特急列車は速い…1時間半程の旅だ…今回は途中の美唄辺りまで居眠りしてしまったので、殊更に速く感じた…

『明日への秘孔』 ケンシロウ:新函館北斗駅(2017.11.19)

新函館北斗駅…正直なところ「乗換が主流な駅」という感で、駅や近隣は申し訳ないが「やや期待外れ…」ではあった…

しかし、東京駅から列車に乗り続けて着いた訳で、駅構内等で一寸身体を伸ばして動き回ってみるのも悪くはない…

そうした中…「そう言えば!」と思い出し、探したモノが在った…勝手に「かなり大きい」というイメージも持っていて、直ぐに判らなかったので“観光案内所”で「何処に居ますか?」と尋ねてしまったが…

↓『北斗の拳』のケンシロウだ…
'Kenshiro' at Shinhakodate-Hokuto Station on 19-11-2017 (4)
↑駅が在る北斗市の名称に因んで、『北斗の拳』を持って来た訳だ…

↓1mに足りない程度の像が、台座に乗っている…
'Kenshiro' at Shinhakodate-Hokuto Station on 19-11-2017 (3)
↑『明日への秘孔』と題されている…「未来へ向かって必殺の一突き」というようなことか?

『北斗の拳』と言えば…週刊誌連載の時代に、殆ど毎週のように読んでいた漫画で、各劇中人物に親しみや思い入れも在る。その主人公のケンシロウ…有名な「おまえはもう…死んでいる…」の台詞を吐く場面にしか見えないが…「未来を拓こう」という地域の願いを負って、この駅構内に佇んでいる…

ウラジオストク空港のS7航空機(2017.11.18)

「全く初めて足を踏み入れる」という地域の関して…仮令それが「極短い時間に過ぎない“通過”」という状況であろうとも、場所や状況は記憶に止めたいものだ…

↓私が視た「初めてのウラジオストク」である…
VVO 18-2017 (2)
↑ユジノサハリンスク空港からのフライトで到着し、国際線の出発エリアに進んで出国手続を済ませ、待合室で過ごす中で眼にしていた光景だ…

駐機中の飛行機はS7航空のA320だ…市街と空港が近いユジノサハリンスクでは、街中で「見上げると飛行機…」が時々在る…何となく目立つ塗装のS7航空の機材は判り易い…見上げたことが在る飛行機を、ゆっくり見下ろしている型だ…

「ウラジオストク空港」と聞き、「離着陸時に港や、海岸部の市街が視える?」とも期待したが…街の中心から約40㎞も内陸側に北上した場所らしく、そういう希望は叶わなかった…

空港のターミナルは「APEC2012」開催の経過によって整備されたモノらしく、なかなかに好い感じだった…

自身は「“アクシデント”を受けた好くないコンディション」ながら、「初めて利用した航空会社の便で、初めての空港に降り立った」という状況は少々強い印象を残す…記憶に止めたい…

珈琲と…(2017.11.19)

早朝の東京駅を新幹線列車で発ち、新函館北斗駅で一息入れて特急列車に乗車し、夕方は新札幌駅周辺だった…

↓新札幌駅前の商業施設内に在るカフェに立寄った…
at a favourite cafe, Shin-Sapporo on 19-11-2017 (5)
↑ゆったり座って、煙草を点け、美味い珈琲を…こういうことが「出来る場所」は、今や“少数派”だ…

そんなことも思ったが、何となく撮った画が好い…

<はやぶさ>の入線:東京駅(2017.11.19)

早朝の東京駅新幹線ホーム…JR東日本による運行の各列車が発着する場所と、JR東海による運行の各列車が発着する場所に分かれている…両者の間に“チェックゲート”が設けられているということも、以前に一度だけ京都・新青森間を新幹線列車の乗継で動いた経験が在るので承知している…

今般…JR東日本の乗場に入った…

早朝なので、何処かの街から東京へ向かって来て到着した列車は見当たらないが…方々へ向かう「一日の始発?または2本目?」という列車が“回送”の型で順次現れ、「御乗車頂けます」という態勢になれば、色々な乗客が順次乗車して行く…列車は各地へ向けて、淡々と出発する…

利用する<はやぶさ>は、盛岡駅で切り離す秋田行の<こまち>を連結し、「17輛編成」という状態で現れると知った…<はやぶさ>の先頭車が現れる側を案内モニターで確認し、海底トンネルを越えて北を目指す列車が現れるのを待った…

↓カーブも在る長大なホーム…「列車が到着しています」という構内放送が聞こえても、なかなか姿が視えない…更に、猛禽の名を列車愛称にした車輛が「翼を広げる」ように高速走行出来るような状態でもない…ゆったりとその姿が視野に入るまで、存外に時間を要した…
Tokyo Station on morning 19-11-2017 (8)

↓列車に乗り込む乗務員が待機している辺りに車輛が近付く…
Tokyo Station on morning 19-11-2017 (9)

↓高速走行の実現に向けてデザインされ、丹念に造り込まれた車輛の先端部…凄まじく長い…
Tokyo Station on morning 19-11-2017 (11)
↑<X100F>のレンズの画角を食み出す長さだ…

この<はやぶさ>…「鳥が滑空?」というように、快適に走る列車だった…
posted by Charlie at 07:49Comment(0)東京都

夜明前の東京駅(2011.11.19)

「06:32発 <はやぶさ1号> 新函館北斗 行」という列車に乗車すべく、早朝の東京駅へ向かった…

「アクシデント」の故に「やや動きが悪い…」状況を免れないので、少し早目に出て、午前6時前には未だ暗い東京駅の辺りに辿り着いた…

↓皇居側へ進む辺りから、丸の内口を望んだ…
Tokyo Station on morning 19-11-2017 (2)
↑本当に人影が写り込まない状態だ…

↓「大東京の玄関」の「忙しい日曜日」が「始まる前」という趣だ…
Tokyo Station on morning 19-11-2017 (4)

「アクシデント」の故に、「強引に右手のみで手持ち撮影」という具合だが…<X100F>の性能の御蔭で好い画を撮ることが叶った…

「期せずして…」という具合に都内に宿を求めて早朝に列車で北上を始めたが…意外に好い景色に出くわした…
posted by Charlie at 06:02Comment(0)東京都

<ニコライ堂>こと<東京復活大聖堂>(2017.11.18)

JR東日本の浅草橋駅から東京駅へ向かう場合、乗換は要るものの、御茶ノ水駅が「途中」であることに思い至った…

御茶ノ水駅と言えば…

↓こういうモノが在ったことを思い出し、何か妙に懐かしくなって、寄り道して眺めてしまった…
'Holy Resurrection Cathedral' at Tokyo, JAPAN on 18-11-2017 (1)
↑日本最大の正教会の聖堂で、「全日本の府主教」が管轄する「首座主教座教会」という格式を持つ…<東京復活大聖堂>という正式名称で、ロシア語では<Воскресенский собор (Токио)>とか<Собор Воскресения Христова>と呼ぶようだが…創建者に因んだ<ニコライ堂>の通称で知られる…

日本でのロシア正教の布教に尽力したニコライ・カサートキンが中心となり、1884年に起工して1891年に竣工して成聖式が催されている…

1923年の関東大震災で聖堂は被災してしまったが、1924年には改修・再建を決した。1927年から1929年に工事が行われ、当初とは少し外観が変わっている。それが現在に至っているこの建物だ…

↓聖堂はやや高くなった場所に建っている…
'Holy Resurrection Cathedral' at Tokyo, JAPAN on 18-11-2017 (10)

↓現在では「ビルの谷間の旧い建築」という趣だが、創建されたような時代には相当に目立ったことであろう…
'Holy Resurrection Cathedral' at Tokyo, JAPAN on 18-11-2017 (8)

↓硝子扉を据えた入口の感じが美しかった…
'Holy Resurrection Cathedral' at Tokyo, JAPAN on 18-11-2017 (4)
↑土曜の夕べの祈りが行われる時間帯なので、中の見学は遠慮した…

ニコライがロシア正教を布教した経過の中では、かの坂本龍馬の従兄弟ということにもなる、最初期の日本人信者で司祭になった沢辺琢磨との箱館での出会い等、面白い挿話も多い。日本語や日本の色々な事を研究するニコライを「“密偵”の活動を行う不逞な外国人」と考えた沢辺琢磨は、江戸の桃井道場で磨いた県の腕前を駆使して「斬るべし…」と考えていた。帯刀してニコライに会いに行けば、正々堂々、理路整然と自身の活動を語るニコライに魅せられ、ニコライが奉じる正教を学んでみるべきということになって行ったのだという…

素晴らしい建築と、それが登場した背後に在る日ロ交流史の中の物語…一寸、「寄道したい…」雰囲気の場所だが、かなり久々に寄ってみたのだった…
posted by Charlie at 02:56Comment(0)東京都

東京駅(2017.11.18)

↓「余りにも定番」だが、この壮麗な駅舎を眼にすると…「大東京に足を踏み入れてしまった…」と実感出来る…
Tokyo Station on 18-11-2017 vol01 (1)
↑駅舎の隣りに在る<KITTE>の屋上庭園からの眺めだ…

明日から利用する列車の切符を仕入に足を運んだが、この壮麗な眺めを一寸だけ愉しみたかった…
posted by Charlie at 22:46Comment(0)東京都

真冬日の早朝:サハリン州郷土博物館(2017.11.17)

一日の最低気温が氷点下という日が、何時の間にか珍しくもない感じになっているが…最高気温の方も0℃を超えていない…所謂「真冬日」ということになった一日だった…

↓早朝…と言っても、午前8時前である…
17-11-2017 (2)
↑前々日に降ってから、降雪らしい降雪も見受けられず、雪の嵩は少ないが、低温なので人が余り歩かない場所では存外に雪が綺麗に残る…

不覚にも負傷し、左腕の自由が利かない…それでも「撮りたい!」時に出来るか否かを試そうと撮った画でもある…素早く撮ることは無理であるが、ゆっくりと撮る分には…“手ブレ”の発生頻度は高くなりそうだが…何とか出来そうだ…

そういう「妙な意味」も籠った画ということになるが…この景色!何か非常に気に入っている…少しの間だけ、御無沙汰してしまうことになる…

雪交じりな朝:レーニン広場(2017.11.15)

↓雪が断続していた中での早朝だ…
15-11-2017 morning (16)
↑手前は深夜から早朝に車輛が動かない、ユジノサハリンスク市行政府本庁舎の真前…濡れた舗装路面は、とりあえず車輛の動きが絶えないレーニン通だ…

この時の降雪の後、殆ど降っていないので、街の積雪は減っている…

G.I.ネヴェリスコイ像(2017.11.15)

多少、凍て付いていた雪が緩んだのだったが、また粒子の細かい雪が降った…

↓湿った雪が降る中で風が強かったという夜の後には、相当に雪が付着していた像だが、「普通」な感じになっていた…
15-11-2017 morning (13)
↑マダマダ灯りが背景に目立つ早朝である…

「落雪注意」(2017.11.15)

↓ユジノサハリンスクの街中で、最近はこの種の“立て看板”を視掛けることが在る。
15-11-2017 morning (17)
↑建物の壁側等に立っていて、テープが張られて「壁際に近寄らないで…」という具合にしている。

この立て看板は或る会社のビルの、レーニン通に面した側に据えられていた。何年も使っていて、やや傷んでいるようにさえ視える立て看板である。所謂“ステンシル”―型板に「完全に閉じた部分が無く、千切れないように」と配慮して文字の型を作り、そこに塗料を付けて看板の文字にする―で文言が書き込まれている。

看板には「ОСТОРОЖНО. ВОЗМОЖЕН СХОД СНЕГА И НАЛЕДИ С КРЫШИ.」(アスタロージナ。ヴァズモージェン スホード スニェーガ イ ナリェディー ス クリシー)と在る。「注意 屋根の雪や氷が落下する場合が在ります」という程の意味だ。

積雪期にも気温の上下が在り、積もった雪の中途半端に融けた部分が氷になり、氷が少し大きくなった辺りで気温が上がると「勢いよく、高い場所の氷が地面に落下」という事象が発生する。壁際を不用意に歩いていると、そういう落下する氷が当たって危険な場合が在るので、画のような立て看板を歩道に出している例が見受けられる。

週末に湿った雪が降って、低温で凍ったようになっていたものが、昨日は雨が交じって融けていた。その融けた氷が、建物の高い場所から落下するような場合、屋内にいても「バタン!!」と少々驚く音が聞こえる。真下にぼんやりと佇んでいて、頭にでも当たれば大変だ。

そういう事情で、こうした注意喚起が行われている。北海道内でも、「落雪注意」というような注意喚起が行われている例は見受けられ、何か「積雪寒冷地では或る程度共通な事」というようにも思える。

そんなことを考えた他方、「ロシア語の文字の“ステンシル”が何となく好い…」とぼんやりと立て看板に見入ってしまっていた。

“逆さレーニン”(2017.11.14)

土曜日夕方からの雪が凍て付いたようになる状態が続いたが…やや雲の多い感じから、午後に少し雨が降り、何となく湿っぽくなった…水溜りも生じ、氷の上に水を撒いたようになった箇所も見受けられた…やがて雨は上がったのだが、何となく歩き悪い夕刻だった…

↓そういう中でレーニン広場の辺りを通り掛かった…
14-11-2017 evening (10)
↑湿った広場に水溜りが生じ、その水面に若干の氷が残っていて、レーニン像が、更に背後の空と雲が映り込んでいる…

何か不思議な雰囲気だ…暫し見入って、写真を撮ってしまった…

<大祖国戦争勝利70年並びにキリスト生誕記念主教座大聖堂>(2017.11.12)

穏やかな天候だった日曜日の午後…

↓多少、陽が傾いたような頃に大聖堂の辺りへ…
12-11-2017 (13)
↑朝に近くへ行ってみることが多いのだが…この時間帯も好い感じだ…

前日夕方辺りからの雪で、辺りが白く覆われ、何となく大聖堂の建物が映える…

荒天の後の朝:サハリン州郷土博物館(2017.11.12)

↓前夜までの降雨や降雪の後…早朝の、湿った積雪が半ば凍て付いているような状況である…
12-11-2017 morning (7)
↑暫し見入ってしまうものが在る…

↓少し角度を変えて…
12-11-2017 morning (9)

白く雪で彩られ、飾られているように見えるが、何となく「東北地方や北陸地方の城」を想起させる雰囲気だと思う…

<復活主教座聖堂>(2017.11.12)

↓大変に気に入っている眺めだが、辺りが雪に覆われてしまうと、少し趣が変わる…
12-11-2017 morning (10)
↑「偶然の産物」に過ぎないのかもしれないが、手前の「日本庭園風」な設えが入った庭の向こうに、「如何にもロシア風」な教会が建っている様子が非常に面白い…

G.I.ネヴェリスコイ像:荒天の後(2017.11.12)

コムニスチーチェスキー通とミール通とが交差する辺り、サハリン国立大学が使っている建物の傍の小さな広場にネヴェリスコイ提督の像が在る。

ネヴェリスコイ提督は、サハリンでは「ロシア人の当地での活動の礎を築いた人達のリーダー」という感でよく知られ、経緯が払われている。そういう訳で銅像が在る訳だが…

↓今朝はこういう様子!?
12-11-2017 morning (4)
↑「誰や?!」という感…正面から湿った雪が吹き付けて、見事に白く固まってしまっている…

気温がもっと下がれば、雪は粒子が細かく、加えて「サラサラ」なので、こういうように「ベッタリ」と銅像に付着するようなことは無い筈だ…これは「0℃を挟むような湿った雪」と風が組み合わさって為されたことである…

一寸「面白い…」とカメラを向けてしまった…

荒天の後:レーニン通(2017.11.12)

↓「日曜日の朝」というのは静かなものだが、若干の車輛や歩行者が行き交い始めている…
12-11-2017 morning (18)
↑道路の標識や信号機に雪が付着している…歩道は、除雪車輛が既に登場した後のようで、とりあえず“歩行通路”の雪が除けられている…

↓歩道に車輛が登場して雪を除けた痕跡が見受けられるのだが、雪を除けた箇所の表面に凍っている箇所も見受けられる…やや歩き悪いことに大差は無い…
12-11-2017 morning (19)

荒天の後:広場のレーニン像を望む(2017.11.12)

前夜は「吹雪?!」というように思える程度に、「湿った降雪の中でやや強い風」の荒天が好くない感じだった。早めな夕食の後に早目に休み、何やら「空腹な朝」を迎えた…

例によって「24時間営業」の店でサンドイッチの朝食を愉しみ、序に<X100F>を手に少し街を歩き回った…

↓辺りの街灯等が消灯した少し後…レーニン像が視える、ユジノサハリンスク市行政府本庁舎の辺りである…
12-11-2017 morning (15)
↑湿った雪が深夜から早朝の低温で凍ってしまっている…レーニン像も画の右側が雪で白い…北寄りに相当する側だ…湿った雪が降る中、北からの風が吹き付けていたのであろう…

多分0℃を挟んで、やや低い側な気温である朝だが…降雨や降雪を免れているので、何となく好い…ただ、非常に足下が悪い…

雪:レーニン像(2017.11.11)

↓灯りが目立ち始めるような、午後6時台に入った辺りだ…
11-11-2017 (9)
↑降雪は「吹雪??」のような勢いになった…

酷く歩き悪いと思いながら…「画になる!」と写真を一寸撮ってしまった…

とにかく濡れたので、真直ぐに住まいへ引揚げ、濡れた衣類を脱ぎ捨てて替え、大人しくゆっくりとしていて早く休んだ夜だった…

雪:百貨店<サハリン>(2017.11.11)

日中は雨で、やや強めな状態が続いて道路の脇が“川”の様になり、横断歩道の辺りも“池”の様で、酷く歩き悪かった…

日中、昼食を愉しんだ後は道草をするでもなく住まいへ引揚げ、何となくぼんやりとしていた…

「少し早めな夕食」ということにしようと思ったような時間帯、降雨は弱まっていた。「これは幸い…」と思っていれば、今度は「かなり湿った雪」という按配になった…

↓その「少し早めな夕食」の後の様子だ…
11-11-2017 (8)
↑降雪の勢いが少々増し、風も吹き込んで来た…

次第に、こういう按配の日や時間帯が多くなって行くのであろう…