<スパワールド>に集結していた“超人”達(2016.04.07)

↓風雨が強かった日…宿に近かった<スパワールド>で寛ごうとした…
'SPA WORLD' at Osaka on APR 07, 2016 (1)

↓入口に「妙な男」が?!
'SPA WORLD' at Osaka on APR 07, 2016 (2)
↑頭が小さいプロポーションだが…190㎝前後も在る等身大…漫画『キン肉マン』に登場した“ウォーズマン”じゃないか!

↓“ウォーズマン”が初登場した頃、正体を隠してトレーナーとしてセコンドを務めた経過の在る“ロビンマスク”も居た…
'SPA WORLD' at Osaka on APR 07, 2016 (6)
↑かなり厳つい体形だ…

↓米国のテキサス州からやって来た、“キン肉マン”の仲間の“テリーマン”も居た…
'SPA WORLD' at Osaka on APR 07, 2016 (5)
↑「闘いに臨む」というポーズが決まっていた…

↓6本の腕で対戦相手をガッチリ抑え込んで技を仕掛ける恐るべき強敵“アシュラマン”も、不気味な姿で佇んでいる…
'SPA WORLD' at Osaka on APR 07, 2016 (4)

↓主役の“キン肉マン”も確りと居た!!
'SPA WORLD' at Osaka on APR 07, 2016 (3)

<スパワールド>では寛いだ一時を過ごしたが、出入口の辺りでも、確り楽しませて頂いた感だった…

夜の「復活主教座聖堂」(ユジノサハリンスク)(2015.09.07)

ユジノサハリンスク市内には2箇所の屋内スケートリンクが在って、各々にそこを本拠地とするアイスホッケーチームが在り、シーズンには試合も催される…

9月の好天の日、夕刻にアイスホッケーの試合を観戦し、試合終了後に夜の街を歩いて宿へ引揚げた。

↓ロシア正教の教会に在る鐘楼が、近くの街灯に浮かび上がるように見えた…
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 07, 2015 (40)
↑とりあえず“ライトアップ”を施しているのでもない…街灯に鐘楼が照らし出されているのである…

サハリンの諸都市では、1990年代に入ってロシア正教の教会が建てられるようになった。ユジノサハリンスク市内の教会は、祭壇を備えた部分の建築が先行し、写真の鐘楼は少し時間差で登場している。

非常に目立つ建物で、「あのロシア正教の教会」というように訪問経験者の間では記憶されることが多いが…「復活主教座聖堂」(Воскресенский Кафедральный Собор)という正式な呼称が在るそうだ。“主教座”が入るということは、教会の中で指定された管轄地域内で高位に在る聖職者が原則的に常駐して活動する場ということになる。ここは、サハリンでのロシア正教の活動の中心的拠点と位置付けられている訳だ…

何度視ても、何となく記憶に残る建物である…

雨交じりな朝の通天閣(2016.04.04)

大阪に入った翌朝…「残念と言えば、残念だが…小雨か…」と呟きながら、早朝から辺りを歩いた…

↓雨交りの早朝…日中から夕刻の賑わいが嘘のように…凄く静かだ…
'SHINSEKAI' area, Osaka in early morning on APR 04, 2016 (2)
↑一部に「24時間営業」というような場所が在ったり、早朝から動いている通行人は見えるのだが…

今井町(2014.07.31)

↓何やら「時代劇映画の壮大なセット」というような感じがしないでもないが…普通に住民の暮らしが営まれている町の一部である…
Imai-Machi, Kashihara, Nara Pref. on JUL 31, 2014 (8)

近鉄の、名古屋から大阪への東西に延びる線と、橿原神宮前から京都に至る南北に延びる線とが交差する大和八木駅辺りから然程遠くない場所に在る今井町の様子だ…

寺内町は、寺院との強い結び付きの中で興り、一定程度の高度な自治権を得て、周辺地域の商業流通や金融で重きをなしたというような経過を辿るモノで、今井町もそうした町だった。江戸時代辺りには「過ぎる程に豊か」と視られたために、幕府や領主に富を奪われてしまうような感でも在ったようだ…

↓強めな夏の陽射しの下、古い建物は独特な強い陰影を見せていた…
Imai-Machi, Kashihara, Nara Pref. on JUL 31, 2014 (9)

↓江戸時代か、或いはそれより少し以前の状態から、「時間が停まった」かのような感じもした…
Imai-Machi, Kashihara, Nara Pref. on JUL 31, 2014 (11)

こういうような場所でも、現在の住民の「普通な暮らし」が見え隠れする場面も在るのだが…とは言え、相当な努力もしながら、貴重な街並みを大切に守っている雰囲気も伝わる場所だ…

吉松駅に停車する<はやとの風>と<しんぺい>(2014.12.19)

↓鹿児島県の北側、熊本県や宮崎県との境界に近い吉松駅だ…
Yoshimatsu Station on DEC 19, 2014 (2)
↑鹿児島中央駅を右の<はやとの風>で発って吉松駅に着き、ここから左の<しんぺい>に乗換えて、人吉駅へ向かった…

この肥薩線の区間…「そこに鉄道が敷かれた」という事実そのものを、「歴史を伝える出来事。鉄路は貴重なモノ」ということで「皆で親しむべきモノ」と位置付け、“観光列車”を運行している。大変に善いと思う。

↓<しんぺい>の車内は、木目調を多用したクラシカルな雰囲気で纏められている。
Yoshimatsu Station on DEC 19, 2014 (3)

<しんぺい>は、寧ろ<いさぶろう/しんぺい>として知られている。これは途中の長いトンネルの出入口に掛けられた額を揮毫した人物、開通当時の逓信大臣であった山縣伊三郎、鉄道院総裁であった後藤新平に因む。人吉から吉松へ向かう列車を<いさぶろう>、吉松から人吉へ向かう列車を<しんぺい>と呼ぶ。

この吉松・人吉間…何度か列車で移動したが…なかなかに好い!!

北の暁(2016.05.29)

巷には「早起きは三文の得」という俚諺が在るが…

↓早朝の稚内で視られる、この種の光景は“プライスレス”だと…何度観ても思う…
Wakkanai on MAY 29, 2016 (10)

鹿児島中央駅のコインロッカー(2015.12.19)

多くの利用客が在るターミナル駅には、色々な広告が見受けられるが…

↓鹿児島中央駅では、コインロッカーに綺麗なラッピング広告が施されていた…
Kagoshima on DEC 19, 2014 (13)
↑広告の内容…芋の本格焼酎を造る酒造会社のモノ…「鹿児島らしい!!」と思った…

因みに…この広告の焼酎…美味い!

鹿児島の路面清掃車(2015.10.24)

各地の主要な街には、国道の管理等に携わる国土交通省の出先機関が入居するビルが在るものだ…鹿児島駅から然程遠くない辺りに、それらしい建物を見掛けたのだが…

↓建物の前の駐車スペースのような場所に、少し変わった車輛が在った…
Kgoshima on OCT 24, 2015 (14)
↑「何に使う車輛?」と思いながら視ると、“路面清掃車”と在って、車体の前方下部に回転ブラシのようなモノが着いている…

鹿児島では桜島の火山灰が降る“降灰”という現象が見受けられ、道路上に灰が溜まる場合が在る。それを片付けるための車輛だ…この種の、路面を洗うような車輛は方々に在る筈だが、通り掛かって直ぐに見える辺りに「何時でも出られます…」という具合に置いて在る例は余り思い当らない…或いは非常に「地域らしい」とも言える車輛だ…

桂駅の阪急電車(2016.04.06)

嵐山に立寄り、京都の都心部方面へ引揚げようとした際、阪急の電車を利用した…

↓阪急嵐山駅を発着する列車の多くは、京都の街の西寄りに在る桂駅を折り返すようになっているようだ…
Katsura Station on APR 06, 2016 (1)

阪急の電車…大阪と神戸や宝塚とを結ぶ系統に加えて、大坂・京都間を結ぶ系統も在る。“京都線”と呼んでいるようだ。嵐山と桂とを往来する路線は、京都線の支線ということになるようだ…

↓河原町へ向かう列車が到着し、乗車して移動を開始した…
Katsura Station on APR 06, 2016 (2)

阪急の各列車に用いられる車輛には、新旧の幾つもの形式の車輛が在るようだが、何れも同じような塗色で統一感が在って見栄えがする。“阪急”と聞けば「典雅な雰囲気の列車」と連想してしまうようになった…

なんば駅の<ラピート>(2014.08.02)

関西空港へ移動しようとしていた中、少し強めな雨も降った。そんな中、「後は黙って電車に乗っていると、空港の地下に…」という状況のなんば駅に着くと、何となく安堵感が拡がった…

↓何か「SFのメカ」のような<ラピート>の“横顔”である…
'EXP RAPITO' at Namba Station on AUG 02, 2014 (1)

↓発車までに少し間が在ったので、正面に回り込んで、独特な形状の車輛を眺めて愉しんだ…
'EXP RAPITO' at Namba Station on AUG 02, 2014 (2)

振り返ると…<ラピート>に最も最近で乗車したのは、この画を撮った2014年8月だったかもしれない…もっと乗りたいものだ…

LNGタンカー(2016.09.08)

↓サハリンのコルサコフ港を出航し、稚内港へ向かい始めて暫く経つと、こういう巨大な船が見える…
On the way between Korsakov and Wakkanai, SEP 08, 2015 (6)

↓こんな大きな船が、単独ではなく、複数航行している様子が見られる…
On the way between Korsakov and Wakkanai, SEP 08, 2015 (5)

コルサコフ港の少し東に、プリゴロドノエという場所が在る。沿岸部に巨大な液化天然ガス(LNG)工場が在る。大きな船の上に覗く丸いモノは、半球のようになっている大きな保温容器で、ここにLNGを積み込んで各地の需要家に向けて運んでいる。

需要家の中には、日本国内の都市ガス大手、電力会社も多く含まれている。プリゴロドノエのLNGの出荷先としては日本国内の需要家が多数派を占めているようだ。日本のLNG需要の1割程度は、このプリゴロドノエで賄われているらしい…

早朝の宮崎駅(2014.12.17)

「12月頃」は夜明けが遅い…

↓「始発の列車」を目掛けて、前夜に泊った宮崎駅の直ぐ傍に在る宿を慌ただしく出て、宮崎駅に入ったが…「夜中の画」という雰囲気になった…
Miyazaki Station on DEC 17, 2014 (1)
↑画の左側に在る、早朝の特急列車に用いると見受けられる783系電車が目立つが…乗車しようとしていたのは右側のディーゼルカーだ…

↓2輛連結のディーゼルカー…キハ140という型らしい…
Miyazaki Station on DEC 17, 2014 (2)
↑これはキハ40のエンジンを換装し、出力アップによって速度を上げた、九州で運用されている改造型のようだ…

↓車内は、こういうような「少し懐かしい」雰囲気である…
Miyazaki Station on DEC 17, 2014 (5)

こんな列車に未だ暗い間から揺られ、都城へ向かったのだったが…途中から「雪?」という按配になって驚いたことが想い出になっている…

福岡空港の「太閤殿下」(2014.12.22)

福岡空港から新千歳空港へ向かうフライトを利用しようと、空港のビルに到着した…

↓何やら飾られているモノに注目…
Fukuoka AP on DEC 22, 2014 (2)
↑これは…「太閤殿下」?あの豊臣秀吉?と思って眺めていた…

↓少し角度を変えると…「二番山笠 大黒流」という文字が見えた…
Fukuoka AP on DEC 22, 2014 (3)
↑博多の、有名な祇園山笠祭に関連するモノだったのだ…

祇園山笠祭に関しては、高さが10m前後にもなるような「飾り山笠」というモノも在るようだが、空港で見掛けたのは街で曳くモノであるようだ…

出先で「当地の伝統行事」に関係するモノに出くわすのは、なかなかに面白いものだ。

ところで…この「太閤殿下」が、今でも福岡空港に鎮座しているか否かは、福岡空港を訪ねる機会を設けられていないので、一寸判らない。

船の整備(2016.05.22)

↓「浮かんでいる」のが当たり前である船が、こうして陸に揚げられている様子は、何度視ても少し不思議である…
Wakkanai on MAY 22, 2016 (26)
↑この船は底曳船と見受けられる…深い底で、大きなスクリューが見える…

船は、船底が常時海水に浸かっているので、汚れて傷む…時には汚れを洗い流して点検をしなければならない…稚内港には、そういう作業を行う、造船・船舶修理の会社も立地していて、こうやって陸に揚った船も時々見掛ける…

↓時には「サハリン近海で活動している船?」と見受けられる船の姿も見掛ける…
Wakkanai on MAY 22, 2016 (32)
↑サハリン近海から視れば、稚内港は「最も近い、造船・船舶修理の施設を有する港」ということにもなる…

それにしても…地上に船の底が剥き出しになっていて、脇にトラックが在るというような光景は、少し不思議だ…

北の黄昏(2014.06.10)

↓2014年6月の午後7時前後の空…
Wakkanai on JUN 10, 2014 (17)

実は、こういう写真が出来たことが切っ掛けで「モノクロ写真…好いなぁ…」と思うようになった。愛用しているデジタルカメラでは、ダイヤルを一寸回すとモノクロのモードになるので、2014年6月以降は積極的にモノクロ写真を撮るようになった…

「タグクラウド」のこと等…

「思い立ったが吉日」とモノクロ写真を掲出した記事を公開して行くブログを始めたのだった。

別段に理由も無いが「溜まっているモノクロ写真を使って、当面100件程度は記事を…」と思い、少しずつ積上げて、その「100件」を突破した。

記事に関しては、“撮影地域”に依拠して「カテゴリ」を設定して分類するようにしている。それに加えて“タグ”というモノも使い始めた。

“タグ”に関しては、“撮影地域”以外の「○○関係の画」という意味合いで各記事に加えるようにした。全ての記事に“タグ”を加えているのでもないが、大半の記事に加えた。

これにより「タグクラウド」というモノが形成されるようになった。ブログの左側の「カテゴリ」の下に「タグクラウド」が表示される。両者の興味が湧く語句を適宜クリックすると、関連の記事が読めるように表示される訳だ…

「カテゴリ」を設定した際の“撮影地域”は、「国内都道府県」を基本とし、「北海道」だけは「北海道/○○」と道内地域名を補っている。100件を超えたという辺りで…「サハリン州」を解禁としたい…概ね「北から南へ」という順になるよう、「カテゴリ」は表示するようにしたい。

今後も「モノクロ写真の展示」は継続したい…

“バヤン”(2015.02.14)

↓サハリンのミュージシャンが稚内にやって来て演奏を披露してくれたが…渋い楽器だ…
Artists from Sakhalin at Wakkanai on FEB 14, 2015 (16)
↑楽器は“バヤン”と呼ばれるモノで、ロシアのボタン式のアコーディオンである…

遅めな黄昏(2015.07.21)

世界の時間帯を決めるルールに基づき、日本では日本なりに時間帯を決め、ロシアではロシアなりに時間帯を決めている…従って、「稚内とサハリン」のような近い場所でも、国境を越えると“時差”が生じる。

↓ユジノサハリンスクの街角…遠くにレーニン像も見えるが、家路を急いでいる風な親子連れらしき人影…
Yuzhno-Sakhalinsk on JUL 21, 2015 (5)
↑現地時間で午後8時台の後半だが…日本時間では午後7時台の後半だ…「日が長い時季」である。

稚内の対岸のコルサコフは、稚内と似たような気温帯に思えるが、夏季のユジノサハリンスクは内陸であるが故に、稚内より少し暑い…

何時の間にかルールが変わり、サハリンでは現在、「日本時間+2時間」の時間帯が採用されている…

HRC Osaka:ジーン・シモンズのブーツ(2015.10.30)

↓大阪の本町の、繁華な御堂筋の歩道から見えるウィンドウに、奇妙なモノが覗く…
Osaka on OCT 30, 2015 (8)
↑有名なロックバンド<KISS>のメンバー、ジーン・シモンズの衣装がウィンドウに飾られ、モンスターを象ったようなブーツの“眼”が街や通行人を睨んでいる…

ここは、ロックスターの縁の品を展示していることで知られている<ハードロックカフェ>(HRC)の大阪店の入口辺りである…

「すみません回送中です」(2015.10.26)

↓延岡市内を歩き回っていて、横断歩道の辺りで見掛けた路線バスだ…
Nobeoka, Miyazaki pref. on OCT 26, 2015 (6)

運転台の上辺りの行先表示…「すみません回送中です」となっている。

停留所でバスを待っていて、「回送」となっているバスが通過すると、「あら?残念…もう少し待つか…」となる訳だが、そういう乗客達に向かって「すみません」と伝えようとしている訳だ。

この一寸面白い表示は、延岡以外にも宮崎県内で時々見掛けた…

福澤諭吉像(2014.12.16)

↓中津駅前に銅像が在る…
Nakatsu on DEC 16, 2014 (5)
↑1万円紙幣の肖像画となっている、あの福澤諭吉の銅像だ…

福澤諭吉は、中津奥平家中の武士の家に生まれている。産れた場所は、大坂に在った蔵屋敷だったということだ。蔵屋敷で仕事をしていた父親が逝去し、2歳の頃に中津へ引揚げている。そういうことで、中津で育っている「御当地所縁」な人物である…

この福澤諭吉に出くわした際には…小倉駅を早朝に発ち、未だ「朝」という雰囲気の時間帯に中津に着いた。近在の小学校が登校時間であるような時間帯―元気な子ども達を多く見掛けた…―に、街を散策したのだった。写真に収めた福澤諭吉は、光の加減で、何やら趣の在るシルエットになっている…

大阪・御堂筋:結婚式場の入口(2015.10.30)

↓華やかな感じがする御堂筋に面して、何か非常に趣が在る階段が据えられた、石造風な外観の建物が在った…入口辺りの灯りが、薄暗くなっている戸外に漏れている雰囲気も好い…
Osaka on OCT 30, 2015 (5)
↑「何の建物?」と暫し眺めていたが…結婚式場だった…

日田駅の待合室(2015.10.27)

↓「インテリアの会社のショールーム?」という雰囲気だ…
Hita Station on OCT 27, 2015
↑これは日田駅の待合室の一部である…「駅の待合室」というイメージを通り越している…「お洒落!!!」と注目してしまった…

日田駅は、古くからの駅舎の内装を大胆に改装したのだという。大分県のこの辺りは、古くから林業が盛んであった経過も在る地域であることも踏まえ、木材を巧く使うように工夫してあるということだった。建物そのものは、国鉄時代の地方の拠点市に在る一寸した駅のモノだが、なかなか好い趣になっている。殊にこの待合室の一部の感じが記憶に残る…

JR九州と言えば…「弁当の包み紙から、新幹線車輛まで」と、水戸岡デザイナーを起用して、色々と面白いデザインを発信していることで知られるが、日田駅改装に際しても、水戸岡デザイナーが携わっているのだという…

夜の旭川駅に到着したキハ54(2015.12.25)

冬の日…稚内駅から、午後の普通列車に乗車して夜の旭川駅に至った…

とりあえず…「黙って乗っていれば、旭川に着く」という列車を選んだのだった…列車はキハ54の1輛運行のモノだった…

↓夜の旭川駅に着いた…画は、進行方向ではない、運行中は後尾だった側…
Asahikawa on DEC 25, 2015 (1)
↑跳ね上げた積雪が、車体に付着してしまい、こういう按配になる…何か「(雪を)塗りたくった」かのようだ…

何か…「雪と格闘しながら鉄路を進んだ」という雰囲気が漂う…積雪が多い時季に列車で動き、下車する駅に着くと、何時も後尾側に回ってこういう様子を眺めてしまう…

フランシスコ・ザビエルの胸像(2015.10.24)

鹿児島の繁華街である“天文館”地区で、「路を一本入ったような辺り」に、少し変わったモノが在った…

↓「壁の一部」と思われるモノが在る。真中に胸像が据えられている…
Kgoshima on OCT 24, 2015 (20)
↑「日本にキリスト教を伝えた」とされるフランシスコ・ザビエルを記念した記念碑になっている…

↓胸像は、こういう顔だ…フランシスコ・ザビエルである…
Kgoshima on OCT 24, 2015 (22)

来日したフランシスコ・ザビエル…日本国内で初めて上陸し、活動したのは鹿児島だった…それを記念した立派な教会が在ったのだが、戦災で建物が壊れてしまい、壁の一部を記念碑としたそうだ…

辺りは「街角の公園」という風情で、遊んでいる子ども達も見受けられるような、「街中で一寸一息入れられる」ような雰囲気の場所だった…他所の街を何となく訪ね、歩き回って、こういうような場所に出くわすのは愉しい…

杵築の坂道(2014.12.16)

大分県というのは、豊後国と豊前国の一部が組み合わさった範囲で、江戸時代までは大名家の知行地や幕府直轄領が複雑に入組んでいたようだ。そういう訳で「嘗ての城下町」のようなモノが存外に多い。

↓そういう「嘗ての城下町」の一つ、杵築の様子だ…
Kitsuki on DEC 16, 2014 (4)
↑2つの丘陵状の地形が並び、その2つの丘陵と谷間に街が形成された経過が在って、下り坂と上り坂が連続する、少し変わった景観が造られている…

多少強めな雨が交り、また風が強めな場合も在り、何となく動き悪い場面も在ったが、この杵築の独特な雰囲気は忘れ難い…

京都・島原:<角屋>(すみや)(2015.10.30)

京都に“島原”という地区が在る。江戸時代には繁華であった場所で、かの新選組が宴会を張っていたような場所で、討幕派の人達も多く蠢いたという場所だ…

↓(西)本願寺から然程遠くない静かなエリアなのだが、趣の在る古い建物も見受けられる場所だ…
Shimabara area, Kyoto on OCT 30, 2015 (3)
↑こういう窓から、大きな歓声が漏れ聞こえる、幕末期辺りの賑わいを何となく想像してしまう…

↓この建物は<角屋>という店だったのだという…
Shimabara area, Kyoto on OCT 30, 2015 (5)
↑残念ながら常時開いているでもない様子だが、中は“博物館”にもなっているらしい…

かの新選組がその勇名を高めて行く過程に在った、言わば“初期”の頃…蛮行を繰り返したとされる局長筆頭格の芹沢鴨は、この<角屋>でしたたかに呑み、屯所に引揚げた。そして、寝入ったところで襲撃を受けて斬殺されたと伝えられる…事件は、芹沢を排しようとする後に新選組の中心的な人物となる近藤勇や土方歳三らが、新撰組を後見する京都守護職の会津松平家の黙認、示唆の下に起こした暗殺だったと言われている…

京都の島原…幕末期の様々な挿話を想い起す雰囲気が在る場所だ…何となく気に入っている…