↓<サッポロビール園>の入口辺りに飾られている樽が面白い…
↑右上から、“縦書き”で読む…「麦とホップを製すればビイルとゆふ酒になる」とのこと…
1876年に開拓使の醸造所が起こった時、これが掲げられたのだという。誰の言葉かはよく判らないようだが、ビールというモノが余り知られていなかった当時には、なかなかに立派なキャッチコピーになっている。
サッポロビールの歴史を伝える博物館も在る<サッポロビール園>…入口に在るこの樽!非常に好い!!
札幌テレビ塔(2016.07.23)
早朝の札幌駅前(2016.07.23)
枕崎紅茶<べにひかり>(2016.07.28)
鹿児島県は茶葉栽培が非常に盛んな地域だというのだが、その鹿児島県の枕崎市では地元の茶葉を使って紅茶を造っているのだという…
飲む茶には色々と在るが、結局は「茶葉の加工方法が異なる」ために「色々な○○茶」というモノが在る訳で…日本国内の産地で栽培される茶葉も、加工方法次第で「色々な○○茶」になるのだ…
↓その枕崎で造っている紅茶!!入手出来た!!
↑最も小量な缶を入手した訳だが…「昔ながらの容器」という風情で、何やら好ましい!!
↓「Made in Japan」ということになる紅茶!!
ティーポットを引っ張り出して、早速淹れてみた…特に何を加えるのでもなく、ストレートな紅茶として頂いた訳だが…これが好い!!昔ながらの「らしい」感じのスッキリした紅茶である。
こういうモノをゆったりと頂いていると…遠い鹿児島県の情景が思い出される…
飲む茶には色々と在るが、結局は「茶葉の加工方法が異なる」ために「色々な○○茶」というモノが在る訳で…日本国内の産地で栽培される茶葉も、加工方法次第で「色々な○○茶」になるのだ…
↓その枕崎で造っている紅茶!!入手出来た!!
↑最も小量な缶を入手した訳だが…「昔ながらの容器」という風情で、何やら好ましい!!
↓「Made in Japan」ということになる紅茶!!
ティーポットを引っ張り出して、早速淹れてみた…特に何を加えるのでもなく、ストレートな紅茶として頂いた訳だが…これが好い!!昔ながらの「らしい」感じのスッキリした紅茶である。
こういうモノをゆったりと頂いていると…遠い鹿児島県の情景が思い出される…
大通公園から望む札幌テレビ塔(2016.07.20)
小樽駅:ホームのランプ(2016.07.23)
資生館小学校前停留所に進入する「211」(2016.07.20)
都市間バスが擦れ違う(2016.07.23)
ビルの窓拭き(2016.07.23)
早朝の小樽駅のランプ(2016.07.23)
サッポロビールの缶(2016.07.24)
稚内港北防波堤ドーム(2016.07.24)
夜明の海辺(2016.07.24)
<小樽倉庫№1>(2016.07.22)
小樽運河沿いの街灯(2016.07.22)
夜の小樽運河(2016.07.22)
稚内港に現れた<ペンギン33>(2016.07.22)
小樽港に停泊中の<飛鳥2>(2016.07.22)
夜の資生館小学校前停留所付近を走行する「A1203」(2016.07.19)
蒸気機関車 9643 (2016.07.19)
4丁目のスクランブル交差点辺りで擦れ違う「211」(内回り)と「248」(外回り)(2016.07.20)
雨上がりの夕刻に資生館小学校前停留所付近を走行する「A1203」(2016.07.19)
遠い道程(2016.07.16)
北3条西6丁目―“赤煉瓦”(2016.07.19)
↓札幌駅に近い辺り…有名な“重要文化財”の建物だ…
↑北海道庁の旧庁舎である…
この庁舎は1888(明治21年)に竣工した建物である。当時としては、なかなかに豪華な煉瓦造の建築だった…
その後、火災で内部が傷み、約2年を要した復旧工事が行われて、永く庁舎として利用された。その際には、中央部の八角形のドーム状の構造物は撤去されていた。
やがて、現在も利用されている北海道庁の庁舎が出来上がり、1968年に「北海道100年」ということになった時、八角形のドームを再建し、創建時の姿を甦らせて保存することになった訳だ…
↓夏季には、手前にプランターのようなモノが据えられ、花が飾られる…
↑明治時代の雰囲気を伝える、典雅な建物でなかなかに好い…
↓“定時”周辺で仕事を済ませた人や、何やら戸外に出ている人が何となく多く、有名な建物の典雅な貌を愛でる旅行者も存外に多い夕刻にここへ立ち寄った…
↑夕刻の時間帯は、建物の背後の西寄りの空が色づくのだが…この時季の「ダラダラと途切れない夕刻」という具合の中では、「逆光気味」程度にしか見えない…
この建物…中には資料展示も幾分在って、時間が在る日中に立寄ると一寸面白い…
札幌もドンドン様子が変わっている街だが…こういう典雅な古い建物は大事に活用して頂きたいものだ…
↑北海道庁の旧庁舎である…
この庁舎は1888(明治21年)に竣工した建物である。当時としては、なかなかに豪華な煉瓦造の建築だった…
その後、火災で内部が傷み、約2年を要した復旧工事が行われて、永く庁舎として利用された。その際には、中央部の八角形のドーム状の構造物は撤去されていた。
やがて、現在も利用されている北海道庁の庁舎が出来上がり、1968年に「北海道100年」ということになった時、八角形のドームを再建し、創建時の姿を甦らせて保存することになった訳だ…
↓夏季には、手前にプランターのようなモノが据えられ、花が飾られる…
↑明治時代の雰囲気を伝える、典雅な建物でなかなかに好い…
↓“定時”周辺で仕事を済ませた人や、何やら戸外に出ている人が何となく多く、有名な建物の典雅な貌を愛でる旅行者も存外に多い夕刻にここへ立ち寄った…
↑夕刻の時間帯は、建物の背後の西寄りの空が色づくのだが…この時季の「ダラダラと途切れない夕刻」という具合の中では、「逆光気味」程度にしか見えない…
この建物…中には資料展示も幾分在って、時間が在る日中に立寄ると一寸面白い…
札幌もドンドン様子が変わっている街だが…こういう典雅な古い建物は大事に活用して頂きたいものだ…
北海道道106号 稚内天塩線の光景から…(2016.07.20)
「やや冴えない天候?」という予報だった気がするが…好天な中で、貸切バスを利用して新千歳空港から稚内まで北上した…出発時刻を安易に定め難い状況であったが、想像以上にスムースに動くことが叶い、更に想像以上の好天で、途中の温度表示が出る辺りで25℃前後も見受けられ、「半袖ポロシャツ」というような出で立ちで丁度好い感じの一日だった…
↓遠別で一息入れると「あと1時間と少し?“最終行程”?」という気分になる…
↓やがて「道に沿って並ぶ風力発電」が目に留まる…
↓海と大地と空と島と…刻々と変わる車窓がダイナミックだ!!
走行中のバスの車窓の写真…しかも薄暗くなって行く車内に灯り…ガラスに車内の灯りが反射…写真は撮り難いが…それでも思わず「撮っておきたい!!」という気分になる…
↓遠別で一息入れると「あと1時間と少し?“最終行程”?」という気分になる…
↓やがて「道に沿って並ぶ風力発電」が目に留まる…
↓海と大地と空と島と…刻々と変わる車窓がダイナミックだ!!
走行中のバスの車窓の写真…しかも薄暗くなって行く車内に灯り…ガラスに車内の灯りが反射…写真は撮り難いが…それでも思わず「撮っておきたい!!」という気分になる…
資生館小学校前停留所に接近し、去って行く「A1201」(2016.07.20)
札幌駅北口―有名予備校のビル(2016.07.19)
「札幌駅北口」と聞けば…既に四半世紀以上も以前なのだが、私自身が高校生位だった頃を想い起す…
札幌駅が現在の“高架駅”になったのは、私自身が進学のために南下したような頃で、正しく「昭和の最後」の頃だった…それ以前は、駅の東寄り辺りがデパートで、デパートの脇は「幅も奥行きもたっぷりと在る踏切」だった。
その「踏切の先」で、「目立つ大きな建物」と言えば、有名予備校の7階建てのビルだけだった…酷く目立つ建物だったが…札幌駅の高架化の後、北口はドンドン大きな建物が建ち、その予備校を引き合いに「アレの近く」と言われても…迷子になりそうな感じになっていた…
↓今日、こんな建物に気付いた…
私が知っている建物は、別なモノが入居するテナントビルになっていて、駅寄りな側に予備校の新たなビルが建っていた…
硝子張りで「夜空に輝く」感じのビルだが…この有名予備校も、何やら各地に展開していた校舎をドンドン畳むという状況になっているということがニュースになっていた…
時代状況が変わり、予備校の建物が変わって、関係する世代の人達の数が変わっても…不安、期待、怖れ、野心が入り混じった状態で、志望校を目指すというのは、何時の時代にも然程変わらないのであろう…
昔は…「○○大学模試」というのが在って、“○○大学”の入試問題の様式にソックリな模擬試験が在って、受験すると「必勝 ○○大学」という“御札”が頂けたものだった…聞けば…何時の間にか、そういうのは止めているらしい…「そう言えば、あそこに参考書がゴチャゴチャ売っていた書店が入っていて…」と様変わりした予備校の辺りを眺めながら思い出していたどうでもいい話しだが…
札幌駅が現在の“高架駅”になったのは、私自身が進学のために南下したような頃で、正しく「昭和の最後」の頃だった…それ以前は、駅の東寄り辺りがデパートで、デパートの脇は「幅も奥行きもたっぷりと在る踏切」だった。
その「踏切の先」で、「目立つ大きな建物」と言えば、有名予備校の7階建てのビルだけだった…酷く目立つ建物だったが…札幌駅の高架化の後、北口はドンドン大きな建物が建ち、その予備校を引き合いに「アレの近く」と言われても…迷子になりそうな感じになっていた…
↓今日、こんな建物に気付いた…
私が知っている建物は、別なモノが入居するテナントビルになっていて、駅寄りな側に予備校の新たなビルが建っていた…
硝子張りで「夜空に輝く」感じのビルだが…この有名予備校も、何やら各地に展開していた校舎をドンドン畳むという状況になっているということがニュースになっていた…
時代状況が変わり、予備校の建物が変わって、関係する世代の人達の数が変わっても…不安、期待、怖れ、野心が入り混じった状態で、志望校を目指すというのは、何時の時代にも然程変わらないのであろう…
昔は…「○○大学模試」というのが在って、“○○大学”の入試問題の様式にソックリな模擬試験が在って、受験すると「必勝 ○○大学」という“御札”が頂けたものだった…聞けば…何時の間にか、そういうのは止めているらしい…「そう言えば、あそこに参考書がゴチャゴチャ売っていた書店が入っていて…」と様変わりした予備校の辺りを眺めながら思い出していたどうでもいい話しだが…