新函館北斗駅は、何か「駅そのものが“跨線橋”」というように感じた…新幹線列車の発着するエリアと、在来線列車の発着するエリアとを結ぶ機能に「半ば特化?」という雰囲気だ。駅前も寂しい…
“駅前”というものが「適当に賑わっている…」という感覚だが…これは日本国内の都市部では、殆ど当てはまるような気がするが…例えばサハリンで列車を利用してみた時には、「必ずしも…」と思った。更に、日本国内でもローカルな駅は「どういう経過で、ここに駅!?」と感じてしまう場所も珍しくはない…
新函館北斗駅というのは、新幹線列車の発着する駅なので、何となく華々しい感じがする駅だが…場所は「渡島大野駅」そのものである。大野町の中心部から離れた場所に在って、町の代表駅ではあったが、「どういう経過で、ここに駅!?」という印象を与えるようなローカルな駅だったという…この大野町が2006年に上磯町と合併し、北斗市が登場している…
この駅は、新幹線が入るという中で「新函館駅」という仮称で建設されていたが、所在地の「北斗」が入るべきであろうという意見が出て、駅名決定が難航した…そして「仮称と所在地とを入れて」となって「新函館北斗駅」となった。
極々個人的な考えだが…駅名は「新函館」で、北海道へ上陸する列車の愛称―「主にJR北海道の車輛を使用」ということになっている列車だけでも…―を<ほくと>(北斗)にでもすれば好かったように思う…「函館」は、江戸時代の「箱館」の流れを汲む、北海道内の地名としては国内でかなり知名度が高いものだ。現行の「函館駅」そのものではない場所なら、新幹線の駅でよく視掛ける“新”とか、方角に因んで“北”とでも冠して駅名にすれば好い筈だ…そして、現在の列車は実態として「<はやぶさ>の運行区間の延伸」という以上でも以下でもないが、「北海道上陸」という「一寸、変わった…」が“名前”で判る何かが在っても悪くはないのではないか?<ほくと>というような「針路は北!」という愛称は素敵だと思うのだが…
正直なところ…学生の頃に上野・札幌間で<北斗星>に乗車する機会が在った際、客車の脇の行先表示に「札幌」の文字を視て覚えた昂奮のようなものは、「新函館北斗」という「何処かの私鉄の新しい路線の“それって何処?”とでも尋ねてみたくなる場所」と見紛うような行先表示を視ても湧き起らなかった…
そういうことで辿り着いた新函館駅であった…
↓この駅の「新幹線に次ぐ」感じの存在感を示す列車がこれだ…
↑片道15分程度で函館駅との間を往復する快速<はこだてライナー>である…
車輛そのものは、札幌近郊で視掛ける733系電車である。塗装が少々異なる…
今般は新函館北斗駅で過ごし、そのまま特急列車で札幌方面に去ったが…機会が在れば、この<はこだてライナー>で函館にも寄道したいものだ…
老舗の“サンドウヰッチ”:<はやぶさ>の車内販売(2017.11.19)
「6時半の列車で出発…」と「5時過ぎに宿の辺りから動き始める」というようなことをして東京駅を目指したが…東京都内では、何となく広く見受けられるような気がする、「24時間営業の飲食店」に出くわすでもないままに東京駅に至ってしまった…
東京駅では、夜明け前の建物の風情を愛で、各地へ向かう列車の色々な型の車輛を眺め、「これだ!」と待っていた<はやぶさ>の登場する様を視て、「さて…」とゆっくり乗車した。
全席指定の列車で、券を求めた際には「進行方向の右の窓側が楽―左は「アクシデント」の影響が在る…右であれば、座席背もたれや窓際に身体を預けるようにし易い…―だと思うので、もし空きが在れば…」と窓口の係員にお願いしてみた。出て来た指定席は「6号車6番A」というモノ…“6”が好きな数字なので、何か妙に嬉しい…そして、要望のとおりの「右の窓側」だった。
特段に朝食も摂らずに<はやぶさ>に乗車し、「敢えて少し時間を設けた新函館北斗駅で、軽く早めなランチを…」程度に考え、上野駅の地下に潜ってから東京の北東部を抜けて大宮駅へ向かって「速く流れる」車窓をぼんやりと視ていた…
そうしていれば…何やら声がするので、そちらに目線を向けると…車内販売が現れた!車内販売が在る列車…久し振りに乗車した感じだった…
↓「珈琲と…サンドイッチ…」と申し出て求めたのがこれである…
↑<大船軒>という老舗が出しているというサンドイッチ…<鎌倉ハム>という、これもまた老舗の具材を使っているらしい…そして箱には“サンドウヰッチ”とやや古風な綴り方のロゴが入っている…
↓開けてみればこういう具合だ…
↑「古き善き…」という雰囲気のサンドイッチだ!ハムを挟んだモノと、チーズを挟んだモノが在った。パンは白く柔らかい部分を使っている…昔…「サンドイッチ用」と称して「食パンを薄くカットして耳を落とす」というのが在ったと記憶するが、正しくそのスタイルだ…
<大船軒>は鎌倉市の大船駅が開業したような頃に登場し、弁当の製造販売を手掛けて現在に至っているそうだ。創業者が政府要人であった黒田清隆と話す機会が在り、黒田清隆が「サンドイッチというモノが在って、なかなか好い」と薦めたらしく、「恐らく日本で初めて」という「広く市販されるサンドイッチ」が登場したのだという…それが、この<はやぶさ>の車内販売で売られていた“サンドウヰッチ”だ。“サンドウヰッチ”の初登場は1899(明治32)年のことであったという…
“サンドウヰッチ”の箱を開けて、「古き善き…」という雰囲気を感じたのも、登場経過を知れば納得である。或いは、この“サンドウヰッチ”が「サンドイッチとはこういうようなモノ」という「モデル」になって、方々に普及したとも見受けられる…
現在…「アクシデント」の故に「片手で摘まむ…」というサンドイッチは有難い…が、そもそもサンドイッチは「カードゲームに興じながら、片手で摘まむ軽食」として考案されたと、かなり以前に何かで読んだ記憶も在る…
こういう「古き善き…」という雰囲気のモノ…好い!
東京駅では、夜明け前の建物の風情を愛で、各地へ向かう列車の色々な型の車輛を眺め、「これだ!」と待っていた<はやぶさ>の登場する様を視て、「さて…」とゆっくり乗車した。
全席指定の列車で、券を求めた際には「進行方向の右の窓側が楽―左は「アクシデント」の影響が在る…右であれば、座席背もたれや窓際に身体を預けるようにし易い…―だと思うので、もし空きが在れば…」と窓口の係員にお願いしてみた。出て来た指定席は「6号車6番A」というモノ…“6”が好きな数字なので、何か妙に嬉しい…そして、要望のとおりの「右の窓側」だった。
特段に朝食も摂らずに<はやぶさ>に乗車し、「敢えて少し時間を設けた新函館北斗駅で、軽く早めなランチを…」程度に考え、上野駅の地下に潜ってから東京の北東部を抜けて大宮駅へ向かって「速く流れる」車窓をぼんやりと視ていた…
そうしていれば…何やら声がするので、そちらに目線を向けると…車内販売が現れた!車内販売が在る列車…久し振りに乗車した感じだった…
↓「珈琲と…サンドイッチ…」と申し出て求めたのがこれである…
↑<大船軒>という老舗が出しているというサンドイッチ…<鎌倉ハム>という、これもまた老舗の具材を使っているらしい…そして箱には“サンドウヰッチ”とやや古風な綴り方のロゴが入っている…
↓開けてみればこういう具合だ…
↑「古き善き…」という雰囲気のサンドイッチだ!ハムを挟んだモノと、チーズを挟んだモノが在った。パンは白く柔らかい部分を使っている…昔…「サンドイッチ用」と称して「食パンを薄くカットして耳を落とす」というのが在ったと記憶するが、正しくそのスタイルだ…
<大船軒>は鎌倉市の大船駅が開業したような頃に登場し、弁当の製造販売を手掛けて現在に至っているそうだ。創業者が政府要人であった黒田清隆と話す機会が在り、黒田清隆が「サンドイッチというモノが在って、なかなか好い」と薦めたらしく、「恐らく日本で初めて」という「広く市販されるサンドイッチ」が登場したのだという…それが、この<はやぶさ>の車内販売で売られていた“サンドウヰッチ”だ。“サンドウヰッチ”の初登場は1899(明治32)年のことであったという…
“サンドウヰッチ”の箱を開けて、「古き善き…」という雰囲気を感じたのも、登場経過を知れば納得である。或いは、この“サンドウヰッチ”が「サンドイッチとはこういうようなモノ」という「モデル」になって、方々に普及したとも見受けられる…
現在…「アクシデント」の故に「片手で摘まむ…」というサンドイッチは有難い…が、そもそもサンドイッチは「カードゲームに興じながら、片手で摘まむ軽食」として考案されたと、かなり以前に何かで読んだ記憶も在る…
こういう「古き善き…」という雰囲気のモノ…好い!