日中に居眠りに陥てしまい、就寝時刻がやや遅くなった…
日付が変わるような時刻が近付いた頃…拙宅の玄関前で戸外の様子を伺った…
↓「とり急いでの“手持ち撮影”」が好ましくはない条件だが…一寸写真を撮ってしまった…
↑月が雲から覗く感じ…趣が在る…
月が見え隠れするように流れていた雲…深夜の街に雨をもたらした…そして早朝までに流れ去ったか散逸したかした様子だ…
It's my cup of coffee...(2019.09.21)
「用が在ったら…ここへ電話してくれ…夜は大概寄っている…」と、某小説や某映画の主人公の真似をして嘯いてしまうような場所…私の場合、近所にそういう場所が本当―実際、友人が電話を寄越したことも在った…―に在る…
↓そんな場所で…偶々カメラをバッグに入れていて、何となく写真を撮ってしまった…
↑概ね何時も陣取る席で…食後―に限らず、食事を摘みながらという場合も少なくないのだが…―に本を読み、何気なく愛用のオイルライターで煙草を点け、珈琲を啜る…好い時間である…
↓この時は…読み掛けだった本をゆったりと読了してしまった…
↑ここで?何冊、本を読んだか?よく判らない…
とりあえず「好い時間」を少しなりとも多く過ごすこと…心豊かに在ろうとすること…そんなことだけが、然程の中身も無いかもしれない人生を彩り続ける…最近、そういうことを頻繁に思うようになった気がしないでもない…
↓そんな場所で…偶々カメラをバッグに入れていて、何となく写真を撮ってしまった…
↑概ね何時も陣取る席で…食後―に限らず、食事を摘みながらという場合も少なくないのだが…―に本を読み、何気なく愛用のオイルライターで煙草を点け、珈琲を啜る…好い時間である…
↓この時は…読み掛けだった本をゆったりと読了してしまった…
↑ここで?何冊、本を読んだか?よく判らない…
とりあえず「好い時間」を少しなりとも多く過ごすこと…心豊かに在ろうとすること…そんなことだけが、然程の中身も無いかもしれない人生を彩り続ける…最近、そういうことを頻繁に思うようになった気がしないでもない…
夕雲…:稚内港北防波堤ドーム(2019.09.21)
日没後…:稚内港北防波堤ドーム(2019.09.21)
何時の間にか、日没の時刻は17時35分頃になっていた…最近は「暗い感じになるのが少し早い?」と思っていたところだった…
↓午後6時前ともなれば、すっかり灯りが点いている…
↑西寄りな空に厚目な雲が多かった他方、東寄りな空は雲が相対的に薄かったかもしれない。背後の空は東寄りだ…
この稚内港北防波堤ドームの手前辺りに、何やらの催事の幟を立てて在ったが…目障りこの上なかった…ハッキリ申し上げて「景観を損ねている!」と思った。広角ズームで傍にかなり近付いて、余計なモノが写らないように出来た訳だが…些かの苛立ちを禁じ得なかった…序に申し上げれば、並ぶ柱の横に車を停めている例も眼にするが…あの場所は「駐車禁止」である…
↓西天に比して相対的に薄い東天の雲が、稚内港北防波堤ドームの背後に拡がる…
本当に…「何かという程のこともしない休日…」で、何となく拙宅でブラブラという感で、思い付いて夕食を摂りに出る前に散策をしたのだった…
↓午後6時前ともなれば、すっかり灯りが点いている…
↑西寄りな空に厚目な雲が多かった他方、東寄りな空は雲が相対的に薄かったかもしれない。背後の空は東寄りだ…
この稚内港北防波堤ドームの手前辺りに、何やらの催事の幟を立てて在ったが…目障りこの上なかった…ハッキリ申し上げて「景観を損ねている!」と思った。広角ズームで傍にかなり近付いて、余計なモノが写らないように出来た訳だが…些かの苛立ちを禁じ得なかった…序に申し上げれば、並ぶ柱の横に車を停めている例も眼にするが…あの場所は「駐車禁止」である…
↓西天に比して相対的に薄い東天の雲が、稚内港北防波堤ドームの背後に拡がる…
本当に…「何かという程のこともしない休日…」で、何となく拙宅でブラブラという感で、思い付いて夕食を摂りに出る前に散策をしたのだった…
日出前…:稚内港北防波堤ドーム(2019.09.21)
浪と解き放たれて行く光と…:稚内港北防波堤ドーム(2019.09.21)
休日となった土曜日の早朝…「少々暗い?」と思いながら、戸外に出てみた…
↓これは何となく「暗い?」と思ってしまう状況だ…緞帳のように雲が空を覆ってしまっている部分が多く、緞帳の裾に隙間が生じているかのようになっている辺りが、朝陽の光の干渉を見せている…
↑未だ寝静まっているような、一際静かな街の海岸に、打ち寄せる浪の音だけが聞こえている…
↓高さ毎に、色々な種類の雲が層のようなモノを形成し、各々が風に流れているような感である。
↑「緞帳の裾」のような様相の部分は、古びた織物の糸が解れてしまっているかのように、細い筋状の雲が幾筋も垂れ下がったようになっている。浪が打ち寄せて、海面が多少うねる様は変わらない…
↓半ば曇天で、半ば晴天のような、微妙な明るさになって来た…
↓やがて朝陽が丘陵の彼方に姿を覗かせる…
↓朝陽が高度を上げる都度、光が解き放たれ始める感だ…
↓そして光は解き放たれる…
↑浪が打ち寄せる音も、海面の感じも変わらなかったが、空は様子を大きく変えた…
この後…雲が流れ去り、大きな雲が目まぐるしく動き回る感では在るが、好天で推移した…
早朝にこういう様子を眺め、そして「特段に何をしたということでもなく…」という程度に休日を過ごす…悪くない…
↓これは何となく「暗い?」と思ってしまう状況だ…緞帳のように雲が空を覆ってしまっている部分が多く、緞帳の裾に隙間が生じているかのようになっている辺りが、朝陽の光の干渉を見せている…
↑未だ寝静まっているような、一際静かな街の海岸に、打ち寄せる浪の音だけが聞こえている…
↓高さ毎に、色々な種類の雲が層のようなモノを形成し、各々が風に流れているような感である。
↑「緞帳の裾」のような様相の部分は、古びた織物の糸が解れてしまっているかのように、細い筋状の雲が幾筋も垂れ下がったようになっている。浪が打ち寄せて、海面が多少うねる様は変わらない…
↓半ば曇天で、半ば晴天のような、微妙な明るさになって来た…
↓やがて朝陽が丘陵の彼方に姿を覗かせる…
↓朝陽が高度を上げる都度、光が解き放たれ始める感だ…
↓そして光は解き放たれる…
↑浪が打ち寄せる音も、海面の感じも変わらなかったが、空は様子を大きく変えた…
この後…雲が流れ去り、大きな雲が目まぐるしく動き回る感では在るが、好天で推移した…
早朝にこういう様子を眺め、そして「特段に何をしたということでもなく…」という程度に休日を過ごす…悪くない…
路線バス:市内線:<ノシャップ>停留所…(2019.09.15)
ノシャップのバス停へ歩んでいた時…折良く停車待機中であったバスが少し遠くに見えていたが…停留所に辿り着く少し前に発車してしまった…
ノシャップの、方向転換をするために少し広い空地を設けて利用しているバス停を発着する路線バスは15分や20分に1本という頻度で路線バスが出ている…時刻表も見たが、20分弱で次のバスが現れると判った…
↓と思っていれば、5分も経つか経たないかでバスが現れて待機し始めた…北上してノシャップに至ったバスが折り返し運転で、潮見5丁目へ向けて南下する訳だ…
↑運転士さんはとりあえず一息で、復路の乗客を待つ…バスの右背後に利尻富士のシルエットがぼんやりと視える…
何やら…首都圏でこのバスとそっくりな外観の路線バスが行き交っているのが見受けられると聞いた。稚内の事業者…嘗ては本州の大手と資本関係が在って、それが解消された後も交流が在るらしい。或いは首都圏の何処かで走っていた車輌が稚内まで運ばれて、目下活躍中なのかもしれない…
このバスを利用することにして…車内に入れて頂き、15分弱だったが、発車をゆっくり待って南下した…
こんな稚内市内の路線バス…意外に好きだ!
ノシャップの、方向転換をするために少し広い空地を設けて利用しているバス停を発着する路線バスは15分や20分に1本という頻度で路線バスが出ている…時刻表も見たが、20分弱で次のバスが現れると判った…
↓と思っていれば、5分も経つか経たないかでバスが現れて待機し始めた…北上してノシャップに至ったバスが折り返し運転で、潮見5丁目へ向けて南下する訳だ…
↑運転士さんはとりあえず一息で、復路の乗客を待つ…バスの右背後に利尻富士のシルエットがぼんやりと視える…
何やら…首都圏でこのバスとそっくりな外観の路線バスが行き交っているのが見受けられると聞いた。稚内の事業者…嘗ては本州の大手と資本関係が在って、それが解消された後も交流が在るらしい。或いは首都圏の何処かで走っていた車輌が稚内まで運ばれて、目下活躍中なのかもしれない…
このバスを利用することにして…車内に入れて頂き、15分弱だったが、発車をゆっくり待って南下した…
こんな稚内市内の路線バス…意外に好きだ!
函館ハリストス正教会(2019.09.01)
↓函館山からも一寸視えていた場所だが…函館山を下りて、辺りを散策し始めた時に近付いてみた…
↑ロシア正教の教会だ…この建物が在る様子は「函館らしい景観」というようにされているようでもある…なるほど、ロシア正教の教会は、特徴的な外観の建物だ…
未だ「箱館」という字で地名を綴っていた幕末期…1859年にロシア領事館が開設された際、ロシア正教の聖堂が領事館内に設けられたが、これがロシア正教の「日本国内初登場」ということになるのかもしれない。その後1861年に至って、修道司祭のニコライ(カサートキン)(1836-1912)がやって来る。
江戸時代のキリスト教の禁止は明治時代に入った当初はそのままであったが、解禁になるとロシア正教の布教も活性化する。ニコライは函館を振り出しに伝教活動を続け、やがてニコライ堂(東京復活大聖堂教会)が建てられ、日本のロシア正教の中心になって行く…
函館のロシア正教の教会…「日本で最も伝統が在る、ロシア正教の活動の場」ということになる。幕末期に設けられた聖堂以来の流れを汲む現在の<函館ハリストス正教会>は1916(大正5)年の建物で、1988(昭和63)年に大掛りな修復が施されて現在に至っているそうだ…
↓すっかり暗くなった中だが…「ロシア正教の建物!」という様式の建物で、なかなかに趣が深い…
領事館の聖堂で活動する司祭の募集ということで、伝教の想いに駆られて来日し、日露戦争の頃も日本に留まったというニコライ…その生涯の物語の初期が織り成された函館…“日ロ交流史”というようなモノの中で重要な位置を占めるのだと思うが…その舞台ともなった場所に足跡を記すのも興味深い…“次回”が在るなら、もう少しゆったりと立ち寄りたい気がする場所だ…
↑ロシア正教の教会だ…この建物が在る様子は「函館らしい景観」というようにされているようでもある…なるほど、ロシア正教の教会は、特徴的な外観の建物だ…
未だ「箱館」という字で地名を綴っていた幕末期…1859年にロシア領事館が開設された際、ロシア正教の聖堂が領事館内に設けられたが、これがロシア正教の「日本国内初登場」ということになるのかもしれない。その後1861年に至って、修道司祭のニコライ(カサートキン)(1836-1912)がやって来る。
江戸時代のキリスト教の禁止は明治時代に入った当初はそのままであったが、解禁になるとロシア正教の布教も活性化する。ニコライは函館を振り出しに伝教活動を続け、やがてニコライ堂(東京復活大聖堂教会)が建てられ、日本のロシア正教の中心になって行く…
函館のロシア正教の教会…「日本で最も伝統が在る、ロシア正教の活動の場」ということになる。幕末期に設けられた聖堂以来の流れを汲む現在の<函館ハリストス正教会>は1916(大正5)年の建物で、1988(昭和63)年に大掛りな修復が施されて現在に至っているそうだ…
↓すっかり暗くなった中だが…「ロシア正教の建物!」という様式の建物で、なかなかに趣が深い…
領事館の聖堂で活動する司祭の募集ということで、伝教の想いに駆られて来日し、日露戦争の頃も日本に留まったというニコライ…その生涯の物語の初期が織り成された函館…“日ロ交流史”というようなモノの中で重要な位置を占めるのだと思うが…その舞台ともなった場所に足跡を記すのも興味深い…“次回”が在るなら、もう少しゆったりと立ち寄りたい気がする場所だ…
標識灯と利尻富士…:ノシャップ(2019.09.15)
<212>:西4丁目停留所:札幌の路面電車(2019.08.31)
札幌都心部に入り…四丁目交差点が視える辺りで「持ち帰りの珈琲」を求めて戸外で頂きながら、行き交う路面電車を眺めていた…
↓眼前の<西4丁目>の停留所に電車が停まった…電車の手前の木は、中央分離帯に植えられた街路樹だ…反対側の歩道から眺めている…
↑「内回り循環」の停留所は、札幌都心部を南北に貫く<駅前通>の上に設けられた…これは「循環」ということで、この<駅前通>に軌道が敷設されて以降のことである…この停留所は乗降客が多いようで、信号停止と相俟って、ここでの停車は少し長目なことが多い感だ…
1958(昭和33)年に初めて登場したという<210形>の1輌である<212>が停車中だ。“還暦”を超えた、少し特徴の在る車体の感じが真横から見える。集電装置は「最近の電車」に見受けられる「シングルアーム」に換装されているようだ…
↓電車が発車し、交差点を左折する手前で信号停止した…この辺り…通り抜けるのにやや時間を要する場合も在る…
こういう場面のように…特段に何をするという程のこともなく、辺りの様子を眺め、何気なく愛用のカメラを使うというような営み…非常に心地好いが、最近はそういうように思う度合いが多少強まったかもしれない…
↓眼前の<西4丁目>の停留所に電車が停まった…電車の手前の木は、中央分離帯に植えられた街路樹だ…反対側の歩道から眺めている…
↑「内回り循環」の停留所は、札幌都心部を南北に貫く<駅前通>の上に設けられた…これは「循環」ということで、この<駅前通>に軌道が敷設されて以降のことである…この停留所は乗降客が多いようで、信号停止と相俟って、ここでの停車は少し長目なことが多い感だ…
1958(昭和33)年に初めて登場したという<210形>の1輌である<212>が停車中だ。“還暦”を超えた、少し特徴の在る車体の感じが真横から見える。集電装置は「最近の電車」に見受けられる「シングルアーム」に換装されているようだ…
↓電車が発車し、交差点を左折する手前で信号停止した…この辺り…通り抜けるのにやや時間を要する場合も在る…
こういう場面のように…特段に何をするという程のこともなく、辺りの様子を眺め、何気なく愛用のカメラを使うというような営み…非常に心地好いが、最近はそういうように思う度合いが多少強まったかもしれない…
カトリック元町教会:函館(2019.09.01)
↓「ヨーロッパの或る国の、或る街で…」と嘘を言っても…信じられてしまいそうな気がする…
↑函館山を下りて、辺りを散策した時に出くわした様子だ…
↓近くに寄って眺めてみた…
↑欧州風な感だが、右寄りの建物、画の真ん中辺りの出入口扉の上に「會教公主天」(「天主公教會」の昔風な書き方)という「日本語!!」が刻まれている…日本国内だ…
この「天主公教会」(てんしゅこうきょうかい)(※写真では「会」が旧字体の「會」になっている…)というのは、ローマカトリック教会の古い呼び方である。画の建物の出入口に見受けられる「會教公主天」(=天主公教会)という表示自体が「カトリック教会」という“看板”な訳だ。ここは<カトリック元町教会>と呼ばれる教会だ…
<カトリック元町教会>は1859年にフランス人が開いた聖堂を起源とし、1877年にフランス人司祭の手で初代の教会の建物が竣工したという。
初代の建物は1907年に火災で焼失し、1910年に煉瓦造の教会が2代目の建物として登場した。そしてこの建物も1921年の火災で損なわれてしまう。焼け残った壁等も利用し、1924年に再建された。その3代目の建物が現在の建物である…
↓現在でもカトリック信仰の活動の場である訳だが、逸早く開港して国外の文物が流入したという地域の歴史を伝える場でもある…色々な意味で興味深かった…
↑函館山を下りて、辺りを散策した時に出くわした様子だ…
↓近くに寄って眺めてみた…
↑欧州風な感だが、右寄りの建物、画の真ん中辺りの出入口扉の上に「會教公主天」(「天主公教會」の昔風な書き方)という「日本語!!」が刻まれている…日本国内だ…
この「天主公教会」(てんしゅこうきょうかい)(※写真では「会」が旧字体の「會」になっている…)というのは、ローマカトリック教会の古い呼び方である。画の建物の出入口に見受けられる「會教公主天」(=天主公教会)という表示自体が「カトリック教会」という“看板”な訳だ。ここは<カトリック元町教会>と呼ばれる教会だ…
<カトリック元町教会>は1859年にフランス人が開いた聖堂を起源とし、1877年にフランス人司祭の手で初代の教会の建物が竣工したという。
初代の建物は1907年に火災で焼失し、1910年に煉瓦造の教会が2代目の建物として登場した。そしてこの建物も1921年の火災で損なわれてしまう。焼け残った壁等も利用し、1924年に再建された。その3代目の建物が現在の建物である…
↓現在でもカトリック信仰の活動の場である訳だが、逸早く開港して国外の文物が流入したという地域の歴史を伝える場でもある…色々な意味で興味深かった…
<212>:幌南小学校前停留所付近:札幌の路面電車(2019.08.31)
路面電車の軌道、それも南北に延びる軌道、カーブ区間、東西に延びる軌道が鳥瞰可能な歩道橋が幌南小学校前停留所付近に在り、なかなかに気に入っている。札幌に在って、少し時間が出来ると訪ねて路面電車を眺めるという場合が季節を問わずに在る…
↓その歩道橋を下りると、西から東へ進んで来た路面電車が近付いていた…
↑1958(昭和33)年に初めて登場したという<210形>の1輌である<212>である…
↓慎重に、車輪と軌道が擦れ合う音を立てながらカーブ区間を進む…
↓ゆっくりと北側へ延びる軌道に乗って行く…
この、札幌で古くから活躍し続ける型の車輌…酷く画になる!!個人的な買って極まりない思い付きだが、新しい車輌を導入するなら「中身のメカ等は最新のモノにする他方、外観はこの古い車輌のような趣に…」というようには…多分ならないとは思うが…
この年季の入った車輌の外観が好きなので、走り続けている限り、自身が自由に動き回ることが出来る限りは、時間が許せば眺めに行くと思う…
↓その歩道橋を下りると、西から東へ進んで来た路面電車が近付いていた…
↑1958(昭和33)年に初めて登場したという<210形>の1輌である<212>である…
↓慎重に、車輪と軌道が擦れ合う音を立てながらカーブ区間を進む…
↓ゆっくりと北側へ延びる軌道に乗って行く…
この、札幌で古くから活躍し続ける型の車輌…酷く画になる!!個人的な買って極まりない思い付きだが、新しい車輌を導入するなら「中身のメカ等は最新のモノにする他方、外観はこの古い車輌のような趣に…」というようには…多分ならないとは思うが…
この年季の入った車輌の外観が好きなので、走り続けている限り、自身が自由に動き回ることが出来る限りは、時間が許せば眺めに行くと思う…
<駅の時計 アラームクロック>…(2019.09.14)
夕刻に…利尻富士を望む…:ノシャップ(2019.09.15)
群雲とうねる海面…:稚内港北防波堤ドーム(2019.09.19)
黎明の天空を往く群雲…:稚内港北防波堤ドーム(2019.09.19)
1日の気温変化が「15℃を挟む」という程度の中、低めな気温になっている早朝は寧ろ「10℃を挟む」に近いような気がするもので、更に戸外で少々冷たい風に当たれば「肌寒い…」という感さえ否定し悪くなってしまう。
そんな朝…「何処かへ出掛ける場面で大変に便利かもしれない…」と、なんとなく用意した「脚の伸長が60㎝」という“ミニ三脚”を持参し、愛用の<X-Pro2>に<XF10-24㎜F4>を装着したモノを載せてみる…
↓「夜の残滓」とか「深夜と早朝との境界」というような表現が思い浮かぶ日出に少し間が在る時間帯…
↑ミニ三脚にカメラを載せた状況で「10秒」というような露光で撮った…上空の強風で流れている雲の動きが画の中に残った…
↓少し近付いて、やや異なる角度の画も…
↑こちらはもう1枚の画程に雲が大きく動いていない感だ…露光時間は「6秒」だった…
多少の薄暗さをも顧みずにドンドン「手持ち撮影」をやってしまうが…こういう場面でミニ三脚でも使ってみるのは一寸愉しい…
そんな朝…「何処かへ出掛ける場面で大変に便利かもしれない…」と、なんとなく用意した「脚の伸長が60㎝」という“ミニ三脚”を持参し、愛用の<X-Pro2>に<XF10-24㎜F4>を装着したモノを載せてみる…
↓「夜の残滓」とか「深夜と早朝との境界」というような表現が思い浮かぶ日出に少し間が在る時間帯…
↑ミニ三脚にカメラを載せた状況で「10秒」というような露光で撮った…上空の強風で流れている雲の動きが画の中に残った…
↓少し近付いて、やや異なる角度の画も…
↑こちらはもう1枚の画程に雲が大きく動いていない感だ…露光時間は「6秒」だった…
多少の薄暗さをも顧みずにドンドン「手持ち撮影」をやってしまうが…こういう場面でミニ三脚でも使ってみるのは一寸愉しい…
雹…:稚内…(2019.09.19)
天候が変わり易い…雲が勢い良く流れ、時々短時間の雨が交じり、その雨が少し強い感じになる場合も在る…
そういう状況下の朝、「雨が強まった?それにしても?」と、屋内に居て少々妙な感じがした。雨粒が屋根や壁や窓に当たっているような音が「酷く派手?」なのだ…
↓玄関前で戸外の様子を伺った…「ヒョーーゥ!」と往年の漫画やアニメの『北斗の拳』に登場した<南斗水鳥拳>の秘技が繰り出される場面の声を思い出してしまったが…雹だ…
↑これは屋根、壁、窓等に当たると派手な音がする筈だ…少々固く、やや大きい粒なのであろうから…が…こうして視れば、何やら雪が少々積もった様子と見紛う…
記憶を辿ると、秋であれば10月20日頃、春であれば4月20日頃と「少し変な時季?」と思うかもしれない時季に、稚内で雪が降って少し積もったという例は何度か在った。しかし「9月」は無い…
↓慎重を期す感で…或いは「何なんだ!?この状態は?!」というドライバーの不満が漏れ聞こえそうな感で、何台か車輛が通過した後だ…
↑積もり始めるころの雪と見紛うが、これは雹だ…
↓空地も少々妙な感じだ…
こういう状況に出くわした時の記録…<X-Pro2>と<XF35㎜F2>との組合せが少し使い易い…
こんな状態に驚いたが…あと1ヶ月かもう少々で「雪の可能性」がドンドン高まって、そのうちに積雪が「常態化」してしまう訳だ…
こういう状況になったが、積雪と見紛うような状況は変わり易い天候の中で素早く解消された…しかし路面が濡れている…
そういう状況下の朝、「雨が強まった?それにしても?」と、屋内に居て少々妙な感じがした。雨粒が屋根や壁や窓に当たっているような音が「酷く派手?」なのだ…
↓玄関前で戸外の様子を伺った…「ヒョーーゥ!」と往年の漫画やアニメの『北斗の拳』に登場した<南斗水鳥拳>の秘技が繰り出される場面の声を思い出してしまったが…雹だ…
↑これは屋根、壁、窓等に当たると派手な音がする筈だ…少々固く、やや大きい粒なのであろうから…が…こうして視れば、何やら雪が少々積もった様子と見紛う…
記憶を辿ると、秋であれば10月20日頃、春であれば4月20日頃と「少し変な時季?」と思うかもしれない時季に、稚内で雪が降って少し積もったという例は何度か在った。しかし「9月」は無い…
↓慎重を期す感で…或いは「何なんだ!?この状態は?!」というドライバーの不満が漏れ聞こえそうな感で、何台か車輛が通過した後だ…
↑積もり始めるころの雪と見紛うが、これは雹だ…
↓空地も少々妙な感じだ…
こういう状況に出くわした時の記録…<X-Pro2>と<XF35㎜F2>との組合せが少し使い易い…
こんな状態に驚いたが…あと1ヶ月かもう少々で「雪の可能性」がドンドン高まって、そのうちに積雪が「常態化」してしまう訳だ…
こういう状況になったが、積雪と見紛うような状況は変わり易い天候の中で素早く解消された…しかし路面が濡れている…
稚内港北防波堤ドーム:早朝…(2019.09.18)
暁闇から黎明へ…:稚内港北防波堤ドーム(2019.09.18)
↓暁闇という趣きな中で写真を撮った…かなり暗く、辺りの様子は視え悪い…焦点も合わせ悪かったが…「脚の伸長が60㎝」という次元のミニ三脚に、愛用の<XF10-24㎜F4>を装着した<X-Pro2>を載せて、少し長い露光で撮影したのだ…
↑肉眼で視る様子を超えたような画であるのかもしれない…
↓微細な光を長時間露光で強引に搾り取っている…というように感じた…
↓次第に空は黎明という趣きに替って行く…
半袖Tシャツの上に長袖シャツ、更に裏地の無い上着でキャップ着用で戸外へ出た…それで丁度好い位だったが…暫く戸外に居ると、何となく手が冷たくなり、拙宅へ引揚げてから湯で手を洗って少し手が温くなったという按配…季節は進んでいる…
↑肉眼で視る様子を超えたような画であるのかもしれない…
↓微細な光を長時間露光で強引に搾り取っている…というように感じた…
↓次第に空は黎明という趣きに替って行く…
半袖Tシャツの上に長袖シャツ、更に裏地の無い上着でキャップ着用で戸外へ出た…それで丁度好い位だったが…暫く戸外に居ると、何となく手が冷たくなり、拙宅へ引揚げてから湯で手を洗って少し手が温くなったという按配…季節は進んでいる…
<ゴールデンバット>…(2019.09.14)
夜…:旧室蘭駅舎=室蘭観光協会(2019.09.02)
室蘭駅から白鳥大橋を望むことが叶う展望台まで…小一時間は歩く…
白鳥大橋を眺めた後、往路の道をゆっくりと引き返して、更に小一時間歩いて室蘭駅を目指した…途中のコンビニで水や珈琲を仕入れて、多少噴き出す汗を拭って歩いたのだった…「好い運動」と言えないこともないが…
↓旧室蘭駅舎が見えた…
↑ここまで来れば…東室蘭駅へ引揚げる列車に乗る室蘭駅も然程遠くはない…込み上げる安堵感と、古い建物が「夜に映える!?」ということに感心する気分が混ざって、何やら嬉しくなった…
↓この1912年の建物…こういう「夜」の感じが酷く似合うような気がする…
↓正面入口の看板は「驛蘭室」…「室蘭驛」の1912年頃の…多分、少なくとも江戸時代頃から昭和の始め頃まで一般的であったらしい「右から左に読む横書き」という書き方だ…
↓何やら「時空を超えた駅」という感じだ…大正時代や昭和の始めに綴られたようなモノに出て来る「驛」は、こういうような姿であったのであろう…
↑こういう駅舎から、“時間旅行”をしてしまう「XXXX年行」というような列車でも出発しそうな…そんなことを想像してしまった…
正直なところ…午前中も動き回っていた中、往復2時間も歩き、復路は「心細さ?」も否定し悪い薄暗い道路を通っていたので、ぼんやりとした灯に浮かび上がる古い駅舎は、何か強めな安堵感を与えてくれた…
この建物の脇に、蒸気機関車を展示するというようなことで、準備工事が行われている様子だった。何時か…それが出来上がるような頃にでも、また立ち寄りたい感だ…
白鳥大橋を眺めた後、往路の道をゆっくりと引き返して、更に小一時間歩いて室蘭駅を目指した…途中のコンビニで水や珈琲を仕入れて、多少噴き出す汗を拭って歩いたのだった…「好い運動」と言えないこともないが…
↓旧室蘭駅舎が見えた…
↑ここまで来れば…東室蘭駅へ引揚げる列車に乗る室蘭駅も然程遠くはない…込み上げる安堵感と、古い建物が「夜に映える!?」ということに感心する気分が混ざって、何やら嬉しくなった…
↓この1912年の建物…こういう「夜」の感じが酷く似合うような気がする…
↓正面入口の看板は「驛蘭室」…「室蘭驛」の1912年頃の…多分、少なくとも江戸時代頃から昭和の始め頃まで一般的であったらしい「右から左に読む横書き」という書き方だ…
↓何やら「時空を超えた駅」という感じだ…大正時代や昭和の始めに綴られたようなモノに出て来る「驛」は、こういうような姿であったのであろう…
↑こういう駅舎から、“時間旅行”をしてしまう「XXXX年行」というような列車でも出発しそうな…そんなことを想像してしまった…
正直なところ…午前中も動き回っていた中、往復2時間も歩き、復路は「心細さ?」も否定し悪い薄暗い道路を通っていたので、ぼんやりとした灯に浮かび上がる古い駅舎は、何か強めな安堵感を与えてくれた…
この建物の脇に、蒸気機関車を展示するというようなことで、準備工事が行われている様子だった。何時か…それが出来上がるような頃にでも、また立ち寄りたい感だ…
<X100F>=2年余り…<X-Pro2>=1年余り…(2019.09.17)
やや…長い話しになってしまう…
過日、友人と歓談していてカメラに話題が及んだ…
カメラというようなモノを求めようとすれば、文字どおりに「ピンからキリまで」であって、求めようとする時に「思い付いた!これを買う!!」と即決出来るモノも在れば、「これは…無理!」というモノも、「一寸…躊躇う…どうしようか?」というモノも在る。<X100F>や<X-Pro2>はこの「一寸…躊躇う…どうしようか?」という範疇のモノであるように見受けられる。が…デジタルカメラの場合、フィルム、現像、プリントというような経費や手間と殆ど無縁に、「愉しんでドンドン写真を撮る」というように使用可能である。故に「気に入ったカメラを入手して、大事に何年間か使い続ける分には、“金が掛かりすぎる買物”という程でもないのではないか?」という話題になった訳である。
自身は「フィルムを使うカメラ」の時代に写真を撮ることを愉しみ始めている。フィルム、現像、プリントというような経費や手間…然程気に掛けずに済む範囲を逸脱してしまう場合が無かった訳ではない。が、デジタルカメラを多用するようになってから、そのフィルム、現像、プリントというような経費や手間から免れてしまい、「愉しんでドンドン撮る」ということが最優先になって行ったのだ。
そうやってデジタルカメラを使って写真を愉しんでいた中、「写真を愉しむようになった初期の頃、機械式一眼レフに単焦点のレンズを装着して使っていた…あの頃のような感触?」と、「単焦点レンズ搭載のカメラ」または「レンズ交換式に単焦点レンズを装着して使う」ということを思い付いたのだった。
そういう中で<X100F>を入手した。何か「“持っている”というだけで嬉しい!」というような、独特な存在感が在り、思っていたように「単焦点レンズで写真を撮る」のが愉しく、殆ど常時持ち歩いて多用するようになった。
そうしている間に「多少違う画角の画?レンズ交換式?」という想いが頭をもたげた…<X100F>が非常に好かったので、「或いは同じメーカーのレンズ交換式のカメラを入手?」と何時の間にか考えていた。そして…「“持っている”というだけで嬉しい!」というような事由で、他候補を押し退けて、<X-Pro2>を入手してしまった訳だ。
現在、その「“持っている”というだけで嬉しい!」というようなカメラを2台使っている。実に幸せなことなのであろう…最初に<X100F>を入手したのは2017年9月であり、続いて<X-Pro2>を入手したのは2018年9月であった。各々「2年余り」、「1年余り」と一定程度の時日を経た…
愛用中の2台のカメラに関しては<フィルムシミレーション>という、「各種フィルムのような雰囲気の画」を記録することが出来る機能が備えられている。この機能を使って、モノクロフィルムの<ACROS>の雰囲気に画を仕上げてくれるというのが在り、写真を撮る場面では多用している。各カメラで撮った、そのモノクロ画でカメラについて一寸振り返りたい…
<X100F>を入手して日が浅かった頃…サハリンのやや北方、南北に長い島の半ば辺りの日本海岸に在る古い街、アレクサンドロフスク・サハリンスキーを訪ねる機会を設けた際、既に確りと<X100F>を持参した。
↓こういう画を撮った…(2017.09.23撮影)
古い灯台が在るジョンキェル岬を、半ば崖のようになった山の上から望んだ場面…こういう場面で「<X100F>の画角!」で画を創ろうとした訳だ…
使い始めて日が浅い時点で、既に「単焦点レンズ」の画角を「制約」ということでもなく、「道具が有している可能性」と捉えて、「可能な範囲で出来るように」と画を創るということにした訳だ。
↓こんな画も撮った…(2017.09.24撮影)
「遠景」ということでもない「街の様子」というようなモノに関して、<X100F>のレンズは「得意分野」と見受けられる…
この場面では、広場の脇の建物に夥しい数の鳩が居て、その鳩が飛ぶ様を切り取ったのだが、こういう画を創るという営みが「単焦点レンズ」の愉しさそのもののように思う。
↓こんな画を撮った…(2017.12.12撮影)
↑ユジノサハリンスクだ…樺太時代の1937年に竣工した、独特な「帝冠様式」の建物が積もった雪と辺りの灯りに浮かび上がるような感じである…
<X100F>のレンズは開放値で「F2」と明るい。そこで、常用しているバッグに入れて持ち歩けば、こういう薄暗い状態でも然程問題無く写真を撮ることが叶う。
↓こんな画を撮った…(2019.03.30撮影)
↑ユジノサハリンスク空港内のカフェで、搭乗までの待ち時間にゆったりと頂いた珈琲である…
<X100F>のレンズは、こういう「手近のカップ」のようなモノに焦点を合わせると、辺りが綺麗なボケとなる。この種の使い方…存外に多用している。或いは上記のような画は、このカメラで「撮りたい典型的な画」という感なのかもしれない…
↓こんな画を撮った…(2019.06.07撮影)
↑関西方面に出た際、滞在した宿に近かった今宮戎神社を訪ねた時に撮っている。
画で判るように、この時は雨だった…<X100F>は「防滴」というようなことは謳われていないが、専用レザーケースに入れて濡れないように持ち歩き、「一寸出して、一寸撮る…」という按配であれば、然程気を遣わずに写真を撮ることも出来た…
こうして「ざっくりと振り返る」だけでも、<X100F>は「手近なテーブルの上から遠景まで、多少暗くても、多少雨でも、何時でも何処でも使える」という感だ。そして各々の画も悪くないと思っている…
こういう「素晴らしい!」と言い得る<X100F>が在る他方で、「多少違う画角の画?レンズ交換式?」と<X-Pro2>も入手し、併用するようになって行った…
「多少違う画角の画?レンズ交換式?」と<X-Pro2>を求めた際、最初に2本、続いて1本と計3本の交換レンズを入手して愛用している。
<XF50mmF2>…これは「中望遠」という趣である。
↓焦点距離の関係で、屋内では多少使い悪い場合も無くはない画角だが…「キッチリと切り取る」というような画を創ることが出来る…(2018.10.04撮影)
↑ユジノサハリンスクで、持ち帰りの珈琲を売る店で見掛けた看板の画だ…
↓少しだけ離れたモノを、適当に拡大出来るような感じ…同時に背後が適当にボケて、なかなかに好い…(2018.10.15撮影)
↑ユジノサハリンスクのアイスホッケーの試合会場で、ベンチ脇に用意された、選手たちが使うスティックが面白いと思って撮ったのだった…
↓<XF50mmF2>は開放値で「F2」と明るい…多少暗い感じでも使い易い…(2018.10.12撮影)
↑ユジノサハリンスクの飲食店…週末等にバンド演奏が入るのだが、そのバンド演奏の場面で撮った。特段に撮影は禁止ということでもない…
↓開放値で「F2」と明るい<XF50mmF2>なので、ISOをやや高めに固定すれば、ダイナミックな動きが「止まって画に写る」という程度のシャッター速度が確保出来る…(2018.11.10撮影)
↑ユジノサハリンスクのバスケットボールチームヴォストーク65>の試合会場で撮った画だ…#3のミッチェル―ロシアのリーグには国外出身選手も活躍している…ミッチェルは米国出身の選手…―が大きく跳躍してダンクシュートを決めた場面だ…
<XF35mmF2>…これは「標準」という感だ…<X100F>の「23mm」と比べると、存外に画角は狭い感もする…
↓このレンズは、存外に「テーブルの上」というような状況の撮影が得意かもしれない…背景も適度にボケる…(2019.09.04撮影)
↑何となく求めてしまった煙草の<ゴールデンバット>を稚内のカフェで撮った画だ…何やら妙に“雰囲気”が在るかもしれない画だ…
↓こういうような風景の撮影にも対応可能な<XF35mmF2>だ…(2019.09.13撮影)
↑稚内港北防波堤ドーム…月が輝き始める頃だが、開放値で「F2」と明るい<XF35mmF2>なので、こういう薄暗い場所でも使い易い…
↓こんな「広い屋内」も<XF35mmF2>では撮り易いかもしれない…(2019.09.01撮影)
↑早朝の札幌駅の中である…未だ多少暗いが、開放値で「F2」と明るい<XF35mmF2>なので撮り易い…
↓こういう路面電車のようなモノも「1枚の画」に纏まり易いのが<XF35mmF2>の画角であると思う…(2019.08.31撮影)
↑歩道橋の上から軌道を行き交う路面電車が視える…札幌の「気に入っている場所」での画だ…
↓このレンズは「防滴」が謳われているので、雪が降っている中でも余り躊躇わずに使える…(2019.03.27撮影)
↑雪が少なかったシーズンの終わりそうな時季に至り、何となく多目に雪が降ったユジノサハリンスクの街中である…吹雪いている中の街と、近くの車輌の感じが綺麗に記録された…
<XF10-24mmF4>は「広角ズーム」である。“ワイド端”側は「かなり広い画角」で、“テレ端”側は<X100F>に近い画角だ…
↓海面から、様々な雲が広がる空の高い辺りまで、「視て認識出来る広めな視野」を超えてしまうような範囲が画になってしまう…“ワイド端”の画だ…(2018.09.29撮影)
↑ウラジオストクを訪ねた際、港で大きな橋梁と空とを望んだ時の画だ…
↓“横位置”の画でも、「視て認識出来る広めな視野」を超えてしまいそうな範囲を画に収めることが叶う。「ズーム」なので、邪魔な感じなモノ―この画の場合、脇に他所の人の手や頭が中途半端に入る場合が在ったので、それが入らないようにした…―が画に入らないように調整することが出来る。(2019.09.01撮影)
↑「好天の休日」で、酷く賑わっていた函館山での画…とにかく酷く混み合う中、カメラを手持ちで撮っているのだが、「F4」でも十分に明るく、「手ブレ補正」の機能も在るので、まずまずな仕上がりの画を撮ることが出来たと思う…
↓巨大な超高層ビルも、スッキリと全体像を画に入れてしまえる…この種の広角のよく在る使い方ではあるが…(2019.02.26撮影)
↑関西に立ち寄った時に訪ねた<あべのハルカス>の辺りで、あの巨大なビルを見上げた時に撮っている…これも日没後の夜間ながら、「手ブレ補正」の機能が活きているように思える画だ…
↓然程広くない屋内でも、何となく「概ね全体」を画に収めることが叶うのが、この「広角ズーム」の面白さでもある…(2019.01.07撮影)
↑ユジノサハリンスク市内の、ドーム型の小さな建物のカフェ内部である…
これら3本の中、最初に入手したのは<XF50mmF2>と<XF10-24mmF4>である。<XF50mmF2>は迷わずに入手したが、<XF10-24mmF4>については当初に思い描いた広角の単焦点レンズの在庫が偶々訪ねた店に無かった中で「これは使い易そう…」と入手した。そして少し後に、<XF50mmF2>よりも「出番が多くなりそう?」と<XF35mmF2>を入手している…
結局…<X100F>と“テレ端”の画角が被ってしまうものの<XF10-24mmF4>を使用する機会がやや多いかもしれない…<X100F>の画角、或いはより以上の広角を心地好いと思っているのかもしれない。或いは、殊に余り訪ねない他地域を訪れたような場面で顕著な傾向を帯びるが、「視たモノを記録して記憶に留めよう…」という意識が働くのか、他地域では「<XF10-24mmF4>を装着した状態の<X-Pro2>」をずうっと提げている場合も在る…
とは言え、他の2本に比べて<XF10-24mmF4>はやや大きく重いので、普段は<XF35mmF2>を装着している頻度も高いと思う…
<X100F>は入手から「2年余り」、<X-Pro2>は「1年余り」と一定程度の時日を経た…各カメラで、また各レンズで撮った写真を挙げて色々と振り返った…結局…道具としての各カメラやレンズに関しては、各々に「“持っている”というだけで嬉しい!」というような感じ方もしていて、写真を撮ることが益々愉しい。
これから先?新たな交換レンズを入手して使うという余地は在るが…在るレンズの画角等について、「制約」ということでもなく「道具が有している可能性」と捉えて、「可能な範囲で出来るように」と画を創ると考えている訳で、「好いなぁ…」と新たなモノに手を伸ばさずとも「在るモノを使い倒そう!!」と考えたい。そうは言っても…「余りに魅力的!」がドンドン発売されて行きそうではある…
何れにしても、当面は<X100F>と<X-Pro2>とを愛用し続けると思う。それは間違い無い。思い付きで挙げてしまった過去の画の数々を視ても、「自身が何となく撮るような画に関しては、現有機材で殆ど全て対応可能…」とも見受けられるのだから…そして撮った画は、こちらのブログにドンドン掲載して行く…
過日、友人と歓談していてカメラに話題が及んだ…
カメラというようなモノを求めようとすれば、文字どおりに「ピンからキリまで」であって、求めようとする時に「思い付いた!これを買う!!」と即決出来るモノも在れば、「これは…無理!」というモノも、「一寸…躊躇う…どうしようか?」というモノも在る。<X100F>や<X-Pro2>はこの「一寸…躊躇う…どうしようか?」という範疇のモノであるように見受けられる。が…デジタルカメラの場合、フィルム、現像、プリントというような経費や手間と殆ど無縁に、「愉しんでドンドン写真を撮る」というように使用可能である。故に「気に入ったカメラを入手して、大事に何年間か使い続ける分には、“金が掛かりすぎる買物”という程でもないのではないか?」という話題になった訳である。
自身は「フィルムを使うカメラ」の時代に写真を撮ることを愉しみ始めている。フィルム、現像、プリントというような経費や手間…然程気に掛けずに済む範囲を逸脱してしまう場合が無かった訳ではない。が、デジタルカメラを多用するようになってから、そのフィルム、現像、プリントというような経費や手間から免れてしまい、「愉しんでドンドン撮る」ということが最優先になって行ったのだ。
そうやってデジタルカメラを使って写真を愉しんでいた中、「写真を愉しむようになった初期の頃、機械式一眼レフに単焦点のレンズを装着して使っていた…あの頃のような感触?」と、「単焦点レンズ搭載のカメラ」または「レンズ交換式に単焦点レンズを装着して使う」ということを思い付いたのだった。
そういう中で<X100F>を入手した。何か「“持っている”というだけで嬉しい!」というような、独特な存在感が在り、思っていたように「単焦点レンズで写真を撮る」のが愉しく、殆ど常時持ち歩いて多用するようになった。
そうしている間に「多少違う画角の画?レンズ交換式?」という想いが頭をもたげた…<X100F>が非常に好かったので、「或いは同じメーカーのレンズ交換式のカメラを入手?」と何時の間にか考えていた。そして…「“持っている”というだけで嬉しい!」というような事由で、他候補を押し退けて、<X-Pro2>を入手してしまった訳だ。
現在、その「“持っている”というだけで嬉しい!」というようなカメラを2台使っている。実に幸せなことなのであろう…最初に<X100F>を入手したのは2017年9月であり、続いて<X-Pro2>を入手したのは2018年9月であった。各々「2年余り」、「1年余り」と一定程度の時日を経た…
愛用中の2台のカメラに関しては<フィルムシミレーション>という、「各種フィルムのような雰囲気の画」を記録することが出来る機能が備えられている。この機能を使って、モノクロフィルムの<ACROS>の雰囲気に画を仕上げてくれるというのが在り、写真を撮る場面では多用している。各カメラで撮った、そのモノクロ画でカメラについて一寸振り返りたい…
<X100F>を入手して日が浅かった頃…サハリンのやや北方、南北に長い島の半ば辺りの日本海岸に在る古い街、アレクサンドロフスク・サハリンスキーを訪ねる機会を設けた際、既に確りと<X100F>を持参した。
↓こういう画を撮った…(2017.09.23撮影)
古い灯台が在るジョンキェル岬を、半ば崖のようになった山の上から望んだ場面…こういう場面で「<X100F>の画角!」で画を創ろうとした訳だ…
使い始めて日が浅い時点で、既に「単焦点レンズ」の画角を「制約」ということでもなく、「道具が有している可能性」と捉えて、「可能な範囲で出来るように」と画を創るということにした訳だ。
↓こんな画も撮った…(2017.09.24撮影)
「遠景」ということでもない「街の様子」というようなモノに関して、<X100F>のレンズは「得意分野」と見受けられる…
この場面では、広場の脇の建物に夥しい数の鳩が居て、その鳩が飛ぶ様を切り取ったのだが、こういう画を創るという営みが「単焦点レンズ」の愉しさそのもののように思う。
↓こんな画を撮った…(2017.12.12撮影)
↑ユジノサハリンスクだ…樺太時代の1937年に竣工した、独特な「帝冠様式」の建物が積もった雪と辺りの灯りに浮かび上がるような感じである…
<X100F>のレンズは開放値で「F2」と明るい。そこで、常用しているバッグに入れて持ち歩けば、こういう薄暗い状態でも然程問題無く写真を撮ることが叶う。
↓こんな画を撮った…(2019.03.30撮影)
↑ユジノサハリンスク空港内のカフェで、搭乗までの待ち時間にゆったりと頂いた珈琲である…
<X100F>のレンズは、こういう「手近のカップ」のようなモノに焦点を合わせると、辺りが綺麗なボケとなる。この種の使い方…存外に多用している。或いは上記のような画は、このカメラで「撮りたい典型的な画」という感なのかもしれない…
↓こんな画を撮った…(2019.06.07撮影)
↑関西方面に出た際、滞在した宿に近かった今宮戎神社を訪ねた時に撮っている。
画で判るように、この時は雨だった…<X100F>は「防滴」というようなことは謳われていないが、専用レザーケースに入れて濡れないように持ち歩き、「一寸出して、一寸撮る…」という按配であれば、然程気を遣わずに写真を撮ることも出来た…
こうして「ざっくりと振り返る」だけでも、<X100F>は「手近なテーブルの上から遠景まで、多少暗くても、多少雨でも、何時でも何処でも使える」という感だ。そして各々の画も悪くないと思っている…
こういう「素晴らしい!」と言い得る<X100F>が在る他方で、「多少違う画角の画?レンズ交換式?」と<X-Pro2>も入手し、併用するようになって行った…
「多少違う画角の画?レンズ交換式?」と<X-Pro2>を求めた際、最初に2本、続いて1本と計3本の交換レンズを入手して愛用している。
<XF50mmF2>…これは「中望遠」という趣である。
↓焦点距離の関係で、屋内では多少使い悪い場合も無くはない画角だが…「キッチリと切り取る」というような画を創ることが出来る…(2018.10.04撮影)
↑ユジノサハリンスクで、持ち帰りの珈琲を売る店で見掛けた看板の画だ…
↓少しだけ離れたモノを、適当に拡大出来るような感じ…同時に背後が適当にボケて、なかなかに好い…(2018.10.15撮影)
↑ユジノサハリンスクのアイスホッケーの試合会場で、ベンチ脇に用意された、選手たちが使うスティックが面白いと思って撮ったのだった…
↓<XF50mmF2>は開放値で「F2」と明るい…多少暗い感じでも使い易い…(2018.10.12撮影)
↑ユジノサハリンスクの飲食店…週末等にバンド演奏が入るのだが、そのバンド演奏の場面で撮った。特段に撮影は禁止ということでもない…
↓開放値で「F2」と明るい<XF50mmF2>なので、ISOをやや高めに固定すれば、ダイナミックな動きが「止まって画に写る」という程度のシャッター速度が確保出来る…(2018.11.10撮影)
↑ユジノサハリンスクのバスケットボールチームヴォストーク65>の試合会場で撮った画だ…#3のミッチェル―ロシアのリーグには国外出身選手も活躍している…ミッチェルは米国出身の選手…―が大きく跳躍してダンクシュートを決めた場面だ…
<XF35mmF2>…これは「標準」という感だ…<X100F>の「23mm」と比べると、存外に画角は狭い感もする…
↓このレンズは、存外に「テーブルの上」というような状況の撮影が得意かもしれない…背景も適度にボケる…(2019.09.04撮影)
↑何となく求めてしまった煙草の<ゴールデンバット>を稚内のカフェで撮った画だ…何やら妙に“雰囲気”が在るかもしれない画だ…
↓こういうような風景の撮影にも対応可能な<XF35mmF2>だ…(2019.09.13撮影)
↑稚内港北防波堤ドーム…月が輝き始める頃だが、開放値で「F2」と明るい<XF35mmF2>なので、こういう薄暗い場所でも使い易い…
↓こんな「広い屋内」も<XF35mmF2>では撮り易いかもしれない…(2019.09.01撮影)
↑早朝の札幌駅の中である…未だ多少暗いが、開放値で「F2」と明るい<XF35mmF2>なので撮り易い…
↓こういう路面電車のようなモノも「1枚の画」に纏まり易いのが<XF35mmF2>の画角であると思う…(2019.08.31撮影)
↑歩道橋の上から軌道を行き交う路面電車が視える…札幌の「気に入っている場所」での画だ…
↓このレンズは「防滴」が謳われているので、雪が降っている中でも余り躊躇わずに使える…(2019.03.27撮影)
↑雪が少なかったシーズンの終わりそうな時季に至り、何となく多目に雪が降ったユジノサハリンスクの街中である…吹雪いている中の街と、近くの車輌の感じが綺麗に記録された…
<XF10-24mmF4>は「広角ズーム」である。“ワイド端”側は「かなり広い画角」で、“テレ端”側は<X100F>に近い画角だ…
↓海面から、様々な雲が広がる空の高い辺りまで、「視て認識出来る広めな視野」を超えてしまうような範囲が画になってしまう…“ワイド端”の画だ…(2018.09.29撮影)
↑ウラジオストクを訪ねた際、港で大きな橋梁と空とを望んだ時の画だ…
↓“横位置”の画でも、「視て認識出来る広めな視野」を超えてしまいそうな範囲を画に収めることが叶う。「ズーム」なので、邪魔な感じなモノ―この画の場合、脇に他所の人の手や頭が中途半端に入る場合が在ったので、それが入らないようにした…―が画に入らないように調整することが出来る。(2019.09.01撮影)
↑「好天の休日」で、酷く賑わっていた函館山での画…とにかく酷く混み合う中、カメラを手持ちで撮っているのだが、「F4」でも十分に明るく、「手ブレ補正」の機能も在るので、まずまずな仕上がりの画を撮ることが出来たと思う…
↓巨大な超高層ビルも、スッキリと全体像を画に入れてしまえる…この種の広角のよく在る使い方ではあるが…(2019.02.26撮影)
↑関西に立ち寄った時に訪ねた<あべのハルカス>の辺りで、あの巨大なビルを見上げた時に撮っている…これも日没後の夜間ながら、「手ブレ補正」の機能が活きているように思える画だ…
↓然程広くない屋内でも、何となく「概ね全体」を画に収めることが叶うのが、この「広角ズーム」の面白さでもある…(2019.01.07撮影)
↑ユジノサハリンスク市内の、ドーム型の小さな建物のカフェ内部である…
これら3本の中、最初に入手したのは<XF50mmF2>と<XF10-24mmF4>である。<XF50mmF2>は迷わずに入手したが、<XF10-24mmF4>については当初に思い描いた広角の単焦点レンズの在庫が偶々訪ねた店に無かった中で「これは使い易そう…」と入手した。そして少し後に、<XF50mmF2>よりも「出番が多くなりそう?」と<XF35mmF2>を入手している…
結局…<X100F>と“テレ端”の画角が被ってしまうものの<XF10-24mmF4>を使用する機会がやや多いかもしれない…<X100F>の画角、或いはより以上の広角を心地好いと思っているのかもしれない。或いは、殊に余り訪ねない他地域を訪れたような場面で顕著な傾向を帯びるが、「視たモノを記録して記憶に留めよう…」という意識が働くのか、他地域では「<XF10-24mmF4>を装着した状態の<X-Pro2>」をずうっと提げている場合も在る…
とは言え、他の2本に比べて<XF10-24mmF4>はやや大きく重いので、普段は<XF35mmF2>を装着している頻度も高いと思う…
<X100F>は入手から「2年余り」、<X-Pro2>は「1年余り」と一定程度の時日を経た…各カメラで、また各レンズで撮った写真を挙げて色々と振り返った…結局…道具としての各カメラやレンズに関しては、各々に「“持っている”というだけで嬉しい!」というような感じ方もしていて、写真を撮ることが益々愉しい。
これから先?新たな交換レンズを入手して使うという余地は在るが…在るレンズの画角等について、「制約」ということでもなく「道具が有している可能性」と捉えて、「可能な範囲で出来るように」と画を創ると考えている訳で、「好いなぁ…」と新たなモノに手を伸ばさずとも「在るモノを使い倒そう!!」と考えたい。そうは言っても…「余りに魅力的!」がドンドン発売されて行きそうではある…
何れにしても、当面は<X100F>と<X-Pro2>とを愛用し続けると思う。それは間違い無い。思い付きで挙げてしまった過去の画の数々を視ても、「自身が何となく撮るような画に関しては、現有機材で殆ど全て対応可能…」とも見受けられるのだから…そして撮った画は、こちらのブログにドンドン掲載して行く…
日出前…雲…光…鳥…:稚内港北防波堤ドーム(2019.09.17)
↓「やや…暗い?」と思った早朝であったが…大き目な雲が高い空を漂っていたのだった…
↑「日出前の朝陽の光」が干渉する空の様子が視え悪く、「暗い?」と感じた訳だ…
↓「巨大な生物?」というように蠢きながら、雲は素早く流れ…そうした雲を押し流している風は存外に冷たく、やや強めに思えた…
↓「日出前の朝陽の光」が干渉し、空の感じは刻々と変わった…
↑大き目な雲が流れているので、見た目の変化は「より大胆…」な感じがする空だった…
↓日出の時刻が近付くと…「飛行編隊!順次発進!」というように、鳥の群れが順次辺りを舞うようになった…彼らも「朝の活動開始…」ということであろうか?
↓「やがて光が解き放たれる…」という感になって来た…
正直なところ…出る前に思った以上に風が冷たく感じられて「キツい…」と思った。これからは…もう1枚引っ掛けるか、もっと生地が厚い衣料を着て出るべきであろう…
「異例?」な暑さも少し前に在った訳だが…何か「着実に季節が進んでいる…」というようなことを感じた朝だった…
↑「日出前の朝陽の光」が干渉する空の様子が視え悪く、「暗い?」と感じた訳だ…
↓「巨大な生物?」というように蠢きながら、雲は素早く流れ…そうした雲を押し流している風は存外に冷たく、やや強めに思えた…
↓「日出前の朝陽の光」が干渉し、空の感じは刻々と変わった…
↑大き目な雲が流れているので、見た目の変化は「より大胆…」な感じがする空だった…
↓日出の時刻が近付くと…「飛行編隊!順次発進!」というように、鳥の群れが順次辺りを舞うようになった…彼らも「朝の活動開始…」ということであろうか?
↓「やがて光が解き放たれる…」という感になって来た…
正直なところ…出る前に思った以上に風が冷たく感じられて「キツい…」と思った。これからは…もう1枚引っ掛けるか、もっと生地が厚い衣料を着て出るべきであろう…
「異例?」な暑さも少し前に在った訳だが…何か「着実に季節が進んでいる…」というようなことを感じた朝だった…
旧室蘭駅舎=室蘭観光協会(2019.09.02)
室蘭駅に到着した時…辺りをキョロキョロと見廻して、少し首を傾げた…
室蘭駅に関して「非常に古い駅舎が在って、現在の駅になった後に室蘭市が建物を譲り受け、現在は観光案内所になっている」と聞いていた。それらしいモノが見えないものか、辺りを伺ったのだが…見えなかった…
↓駅を背に右側…方角的には西らしいが、歩いて進むと、少し先にこういうモノが在るのが見える…
↑これが旧駅舎だ!距離にして1km前後か?と言って、然程の距離でもないが…現在の駅の前に立って、これが見えるでもなく、「小さい建物」とは言い悪いものの、他の建物等から抜きん出て大きいのでもないので、近付くまでこの特徴在る姿は見えないのだった…
この駅舎は…1912年に完成したのだという。明治45年…この年に改元が在ったので大正元年でもある…
↓少し歩道を進んで建物外観を眺めた…
何やら…現在の駅舎に移る際に、線路が切り替えられたのかもしれない…この駅舎が竣工して利用され続けていた時代は、この建物の裏に多くの軌道が枝分かれして敷設されていたのであろう…方々との間を往来する旅客列車も現在より遥かに多かったであろうし、往時は貨物列車も非常に多かった筈だ…現在の室蘭駅は?然程長くない島式ホームで2本の軌道が見受けられるばかりなのだ…
辺りの道路標識に「↑白鳥大橋」と在るので…そちらを目指して歩いてみることにしたが…未だ観光案内所が開いていたので中で一息…
↓何やら古い看板が屋内に在った…
↑何時頃のモノか?随分と古い駅名の標示だ…
立ち寄った時は…近くの工事の関係者が見えて、奥の事務室に人の気配は在ったが…私以外に立ち寄っている人も無かった…
ここは機会が在れば、何度でも眺めたい感じである…
室蘭駅に関して「非常に古い駅舎が在って、現在の駅になった後に室蘭市が建物を譲り受け、現在は観光案内所になっている」と聞いていた。それらしいモノが見えないものか、辺りを伺ったのだが…見えなかった…
↓駅を背に右側…方角的には西らしいが、歩いて進むと、少し先にこういうモノが在るのが見える…
↑これが旧駅舎だ!距離にして1km前後か?と言って、然程の距離でもないが…現在の駅の前に立って、これが見えるでもなく、「小さい建物」とは言い悪いものの、他の建物等から抜きん出て大きいのでもないので、近付くまでこの特徴在る姿は見えないのだった…
この駅舎は…1912年に完成したのだという。明治45年…この年に改元が在ったので大正元年でもある…
↓少し歩道を進んで建物外観を眺めた…
何やら…現在の駅舎に移る際に、線路が切り替えられたのかもしれない…この駅舎が竣工して利用され続けていた時代は、この建物の裏に多くの軌道が枝分かれして敷設されていたのであろう…方々との間を往来する旅客列車も現在より遥かに多かったであろうし、往時は貨物列車も非常に多かった筈だ…現在の室蘭駅は?然程長くない島式ホームで2本の軌道が見受けられるばかりなのだ…
辺りの道路標識に「↑白鳥大橋」と在るので…そちらを目指して歩いてみることにしたが…未だ観光案内所が開いていたので中で一息…
↓何やら古い看板が屋内に在った…
↑何時頃のモノか?随分と古い駅名の標示だ…
立ち寄った時は…近くの工事の関係者が見えて、奥の事務室に人の気配は在ったが…私以外に立ち寄っている人も無かった…
ここは機会が在れば、何度でも眺めたい感じである…
黎明から日出へ…:稚内港北防波堤ドーム(2019.09.16)
早朝…寝坊はしたいとも思わないが、と言って余り早い時間に眼が開くのも戸惑う…その「余りに早い?」という時間帯に眼を開けてしまった…
眼を開けて「休日だった…」と思い出したが…平日、休日を問わず、天候がまずまずであればやるように、何となく<X-Pro2>を掴んで戸外へ…
↓少しばかり揺らいでいる海面に、黎明の空の光が跳ね返っている…
↑「早起きをしてしまった…」という時にだけ出会うことが叶う、不思議な光…この時点で「余りに早い?」という時間帯に眼を開けて善かったと思っていた…
少しだけ、陸側へ廻り込んで稚内港北防波堤ドームの様子を眺め、今一度海岸側へ戻ってみた…
↓高い空、低い空の各々に雲が多く、或いは厚い状況だが、その狭間は雲が薄く、朝陽の光による干渉を繊細に反映しているような感だ…
↓朝陽が覗く辺りの明るさが少し変わった…ような気がしてきた…
↓丘陵や低空の厚めな雲の辺りに朝陽が覗き始めた…
↑海面に「光の路」が見え始める…
↓朝陽の光が強く感じられるように…光が解き放たれ始めた…
↓静かに休日の朝が始まった…
こういうような様子の早朝であったが…その後は何やら「薄曇り」という風で、些か雲が多い感じになっている…
眼を開けて「休日だった…」と思い出したが…平日、休日を問わず、天候がまずまずであればやるように、何となく<X-Pro2>を掴んで戸外へ…
↓少しばかり揺らいでいる海面に、黎明の空の光が跳ね返っている…
↑「早起きをしてしまった…」という時にだけ出会うことが叶う、不思議な光…この時点で「余りに早い?」という時間帯に眼を開けて善かったと思っていた…
少しだけ、陸側へ廻り込んで稚内港北防波堤ドームの様子を眺め、今一度海岸側へ戻ってみた…
↓高い空、低い空の各々に雲が多く、或いは厚い状況だが、その狭間は雲が薄く、朝陽の光による干渉を繊細に反映しているような感だ…
↓朝陽が覗く辺りの明るさが少し変わった…ような気がしてきた…
↓丘陵や低空の厚めな雲の辺りに朝陽が覗き始めた…
↑海面に「光の路」が見え始める…
↓朝陽の光が強く感じられるように…光が解き放たれ始めた…
↓静かに休日の朝が始まった…
こういうような様子の早朝であったが…その後は何やら「薄曇り」という風で、些か雲が多い感じになっている…
深夜と早朝との境界…:稚内港北防波堤ドーム(2019.09.16)
<タイガースICOCA>…(2019.09.13)
↓こんなモノを入手してしまった…
↑名付けて<タイガースICOCA>…阪神電鉄で発行する「交通系IC」の1つであるカード乗車券だ…何時の間にか、関西の私鉄でJR西日本発祥の<ICOCA>を発行して使えるようになっているらしいが…
「交通系IC」…自身として初めて試用したのは?確か2007年頃に何かで首都圏を訪ね、羽田空港の京急の駅で<PASMO>という首都圏私鉄の連合で発行しているモノだった…駅の券売機でチャージをすれば、殆どの会社の様々な路線で利用可能で非常に便利だった…その後、2009年に広島でJR西日本による<ICOCA>を入手して旅行先の関西等でも色々と利用した。その他にも幾分入手していた…
嘗て、ICカードは発行した会社や、その会社が提携している会社による交通機関の利用に限定されて、「首都圏のカードを関西で使用」とか「関西のカードを首都圏で使用」ということが出来なかった…が、その「互換」ということが出来るようになり、<PASMO>や<ICOCA>というようなモノは、1枚持っていれば広く全国各地で利用出来るようになった…
そういう中、何となく「確か…広島駅から呉駅へ向かった時に初めて使った…」という<ICOCA>を「常用」するようになって行った…札幌辺り、首都圏、名古屋辺り、関西圏、福岡辺りと、これまでに色々と便利に利用していた…
↓その長く使っている<ICOCA>と<タイガースICOCA>とを並べてみた…
↑或いは<ICOCA>は、最近のモノとデザインが少し違うかもしれない…
<ICOCA>が現在でも確りと普通に利用可能なので、別段に新しいモノは要らないのだが…1930年代から使用されているという“虎”のマークが美しいので「つい…」と通販でこの<タイガースICOCA>を入手してしまったのだ…特段に野球の阪神タイガースを贔屓にしているという程でもないのだが…カードの「球団旗」というデザインが素敵だと思ったのだ…
巧く機能しないというような不具合が在れば、「窓口に到着から7日以内に申し出る」というような説明メッセージが、これを送って来た封筒の中に在った。稚内では…ICカード利用可能な鉄道やバスは無いが…買物で利用可能な場所は在る。一寸試用してみれば、正常に機能してくれた…善かった!
これからは…この<タイガースICOCA>を持ち歩いて愛用することにしよう…稚内辺りで、こんなモノを入手して嬉々として愛用するモノ好きは稀なことであろうが…
↑名付けて<タイガースICOCA>…阪神電鉄で発行する「交通系IC」の1つであるカード乗車券だ…何時の間にか、関西の私鉄でJR西日本発祥の<ICOCA>を発行して使えるようになっているらしいが…
「交通系IC」…自身として初めて試用したのは?確か2007年頃に何かで首都圏を訪ね、羽田空港の京急の駅で<PASMO>という首都圏私鉄の連合で発行しているモノだった…駅の券売機でチャージをすれば、殆どの会社の様々な路線で利用可能で非常に便利だった…その後、2009年に広島でJR西日本による<ICOCA>を入手して旅行先の関西等でも色々と利用した。その他にも幾分入手していた…
嘗て、ICカードは発行した会社や、その会社が提携している会社による交通機関の利用に限定されて、「首都圏のカードを関西で使用」とか「関西のカードを首都圏で使用」ということが出来なかった…が、その「互換」ということが出来るようになり、<PASMO>や<ICOCA>というようなモノは、1枚持っていれば広く全国各地で利用出来るようになった…
そういう中、何となく「確か…広島駅から呉駅へ向かった時に初めて使った…」という<ICOCA>を「常用」するようになって行った…札幌辺り、首都圏、名古屋辺り、関西圏、福岡辺りと、これまでに色々と便利に利用していた…
↓その長く使っている<ICOCA>と<タイガースICOCA>とを並べてみた…
↑或いは<ICOCA>は、最近のモノとデザインが少し違うかもしれない…
<ICOCA>が現在でも確りと普通に利用可能なので、別段に新しいモノは要らないのだが…1930年代から使用されているという“虎”のマークが美しいので「つい…」と通販でこの<タイガースICOCA>を入手してしまったのだ…特段に野球の阪神タイガースを贔屓にしているという程でもないのだが…カードの「球団旗」というデザインが素敵だと思ったのだ…
巧く機能しないというような不具合が在れば、「窓口に到着から7日以内に申し出る」というような説明メッセージが、これを送って来た封筒の中に在った。稚内では…ICカード利用可能な鉄道やバスは無いが…買物で利用可能な場所は在る。一寸試用してみれば、正常に機能してくれた…善かった!
これからは…この<タイガースICOCA>を持ち歩いて愛用することにしよう…稚内辺りで、こんなモノを入手して嬉々として愛用するモノ好きは稀なことであろうが…
<大雪>:キハ183系ディーゼルカー:旭川駅(2019.09.03)
<大阪ストロング>…(2019.09.15)
好天に誘われて、一寸出掛けようかと思っていれば…拙宅前に御馴染みな宅配業者のトラックが停車…
↓こういうモノが届いた!
↑発注していた珈琲豆…「或いは連休明け?」と思っていたが、思ったより速く届いた…嬉しいので早速に開けてみた訳だ…
<大阪ストロング>?何かの競技のスポーツチームの愛称にでもなりそうだが…大阪の業者が用意したブレンド珈琲の呼称である…
大阪には「ストロング」と呼び習わされる系譜の珈琲が在る…
大阪が「大大阪」と呼ばれていたような時代…1930年代頃に、珈琲が未だ家庭で広く嗜まれていたのでもないような時代、大阪の街に珈琲を供する喫茶店が現れるようになった。それらの店では器具や焙煎を工夫して淹れた、「非常に濃い珈琲」を供していた。そういう「老舗喫茶店に在る味」の系譜になるモノを「ストロング」と称しているそうだ…実は以前に大阪で、その「ストロング」の源流の一つと呼び得る老舗を訪ねてみたということも在った…
こういう老舗の味を意識して用意されたのが、今般入手の<大阪ストロング>というブレンドである…
↓早速、袋から容器へ豆を…「深煎り」という珈琲豆が在るが…これはその上を行く「極深煎り」という雰囲気だ…
↑ここまでの「極深煎り」を実現するのも、少々難しいらしいのだが…
こうやっていると…「好天に誘われて、一寸出掛けようか…」を「後回し!!」ということにして、早速に湯を沸かして、グラインダーで使う分の豆を挽いて…<大阪ストロング>の芳香が室内を巡る…ということにしてしまった…深い苦味と香ばしい感じが<大阪ストロング>の個性だ…実は、なかなかに気に入っていて、既に何度も入手している豆なのだが…当分はこれを愉しむことが叶う…
↓こういうモノが届いた!
↑発注していた珈琲豆…「或いは連休明け?」と思っていたが、思ったより速く届いた…嬉しいので早速に開けてみた訳だ…
<大阪ストロング>?何かの競技のスポーツチームの愛称にでもなりそうだが…大阪の業者が用意したブレンド珈琲の呼称である…
大阪には「ストロング」と呼び習わされる系譜の珈琲が在る…
大阪が「大大阪」と呼ばれていたような時代…1930年代頃に、珈琲が未だ家庭で広く嗜まれていたのでもないような時代、大阪の街に珈琲を供する喫茶店が現れるようになった。それらの店では器具や焙煎を工夫して淹れた、「非常に濃い珈琲」を供していた。そういう「老舗喫茶店に在る味」の系譜になるモノを「ストロング」と称しているそうだ…実は以前に大阪で、その「ストロング」の源流の一つと呼び得る老舗を訪ねてみたということも在った…
こういう老舗の味を意識して用意されたのが、今般入手の<大阪ストロング>というブレンドである…
↓早速、袋から容器へ豆を…「深煎り」という珈琲豆が在るが…これはその上を行く「極深煎り」という雰囲気だ…
↑ここまでの「極深煎り」を実現するのも、少々難しいらしいのだが…
こうやっていると…「好天に誘われて、一寸出掛けようか…」を「後回し!!」ということにして、早速に湯を沸かして、グラインダーで使う分の豆を挽いて…<大阪ストロング>の芳香が室内を巡る…ということにしてしまった…深い苦味と香ばしい感じが<大阪ストロング>の個性だ…実は、なかなかに気に入っていて、既に何度も入手している豆なのだが…当分はこれを愉しむことが叶う…
旭川駅構内…(2019.09.03)
↓東改札口から入場し、利用する列車が出るホームを目指すが…何となく足を停めて見入ってしまった…
↑何か「〇〇博物館」やら「〇〇美術館」、または「〇〇劇場」というような施設の入口を想い起させる感じだ…
↓少し進んで、こういうエスカレータでホームに出る…
↑家具製作が盛んに行われているなど「木工の街」というイメージも在る旭川なので、壁面に木の板を貼ったデザインが採用されている…
大きな駅は…様々な製造年次の色々な型の鉄道車輛が並び、何かのオブジェが飾られていたり、建物内の色々なモノにデザイン上の工夫が施されている場合も在る…それが眺められるという意味では、「〇〇博物館」、「〇〇美術館」という趣きが在る…そして駅は、行き交う旅人、そして日頃から駅を利用する人達の「各々の様々な物語」の舞台、或いは要素となっている訳で…「物語が演じられている劇場」というように観ることも出来るかもしれない。
旭川駅の改札口を潜って、「〇〇博物館」やら「〇〇美術館」、または「〇〇劇場」というような施設の入口を想起したが…的外れでもないのかもしれない…
この旭川駅に関して、今後も何度となく利用することになるであろう…
↑何か「〇〇博物館」やら「〇〇美術館」、または「〇〇劇場」というような施設の入口を想い起させる感じだ…
↓少し進んで、こういうエスカレータでホームに出る…
↑家具製作が盛んに行われているなど「木工の街」というイメージも在る旭川なので、壁面に木の板を貼ったデザインが採用されている…
大きな駅は…様々な製造年次の色々な型の鉄道車輛が並び、何かのオブジェが飾られていたり、建物内の色々なモノにデザイン上の工夫が施されている場合も在る…それが眺められるという意味では、「〇〇博物館」、「〇〇美術館」という趣きが在る…そして駅は、行き交う旅人、そして日頃から駅を利用する人達の「各々の様々な物語」の舞台、或いは要素となっている訳で…「物語が演じられている劇場」というように観ることも出来るかもしれない。
旭川駅の改札口を潜って、「〇〇博物館」やら「〇〇美術館」、または「〇〇劇場」というような施設の入口を想起したが…的外れでもないのかもしれない…
この旭川駅に関して、今後も何度となく利用することになるであろう…