外観…:<日本銀行旧小樽支店金融資料館>(2019.12.21)

「北海道の金融業界の一大拠点」という様相を呈した小樽に、日本銀行が支店を設けていた経過が在る。支店の建物は、日本銀行関係の建物としては、東京の本店、大阪支店に次ぐ程度の経費を投じての建築だったという…

↓坂道が多い小樽…「“平ら”な場所が無い…」とまで言う方も見受けられる坂道の多い街で、坂道の脇に壮麗な建物が佇んでいる…
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↓存外に歩行者も多い、小樽駅に近いエリアに建っている…
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鉄骨と煉瓦で造った建物の表面をコンクリートで覆っているという建物だという…1912(大正元)年に竣工という建物…永く伝えたい立派な建築だ…

それにしても…<日本銀行>は官庁とは少し違うが、「国の機関」である。現在、例えば<函館税関>というような例外も些か思い浮かぶが、国の官庁の「北海道〇〇局」というような北海道地方での様々な業務を進める出先機関は、殆ど札幌に在る。が、明治末年というような時代、日本銀行は「全国屈指!」というような壮麗な支店を小樽に建てた…この一事から「小樽が誇った隆盛」が窺い知れるというものだ。なかなかに興味深いと思う…

館内…:<日本銀行旧小樽支店金融資料館>(2019.12.21)

↓何か…「近現代史の重要な舞台?」というような、厳かな空気感さえ漂う場所だ…
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↓残念ながら見学エリアから外れていて上ることは叶わないが、階段の感じも好い…
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日本銀行は小樽に支店を構えていた経過が在る…

北海道の諸都市は沿岸部の方が歴史が古い…そして明治時代から大正時代には、それらの沿岸部の諸都市の中には、近年の様子からは想像し難い程度の隆盛を誇った場所も在る。

北海道の物流の要である港を擁し、様々な取引の都合で金融機関が多々立地し、加えて水産業や関連の加工業等も盛んであった小樽は、そういう「隆盛を誇った」という経過が在る街だ。

明治時代の終わり頃から、金融機関関係の様々な建物が小樽には登場しているというが、その中で「一際の威容を誇った」のが日本銀行の小樽支店である。

日本銀行小樽支店は、著名な建築家で、東京駅の設計等で広く知られる辰野金吾や他の建築家達が取り組んだ建物で、1912(大正元)年に竣工している。

↓入口扉のマーク…日頃使っている紙幣(=日本銀行券)に確り刷られている日本銀行のマークだ…
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↓因みに入口扉全般はこういう感じである…
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↓カウンターが設えられていて、「銀行の支店」と言われて納得出来るような雰囲気である…
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この日本銀行小樽支店は2002(平成14)年まで活動していて、後に札幌支店に統合となった…何時の間にか、金融等で札幌が圧倒的に大きな位置を占めるようになって、小樽との間は毎日通勤通学している人達も多いような距離なので「支店の統合」ということになったのであろう…

↓そしてこの華麗な建物は資料館ということになって一般に広く開放されている…
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館内では「フラッシュ撮影は御遠慮願います」となっているが、一部の企画展展示物のようなモノを除けば、写真は撮って構わないという事になっている…

随分以前に訪ねてみたことが在ったのだが…南小樽駅辺りから小樽駅辺りへ歩いた途中にこの<日本銀行旧小樽支店金融資料館>が在ったことに思い至り、何となく寄ってしまった…

これだけのモノ…当時、日本銀行関係の建物としては、東京の本店、大阪支店に次ぐ程度の経費を投じての建築だったというが、そんな建物の中に「一寸寄道…」と気軽に寄ることが叶うのは素晴らしいと思った。

<旧久保商店>:小樽・堺町(2019.12.21)

小樽に「堺町」という住所が在るという。

聞けば…江戸時代に“場所”と呼び習わされた交易拠点が設けられた経過が在って、<オタルナイ場所>と<タカシマ場所>との境界地域というモノが発生した。その地域に街が成立して行く中で「さかい」という通称になり、「堺町」という呼称が明治時代に成立したのだという…

その堺町…現在は「観光小樽!!」の中心地のようなエリアになっていた…適当に古い建物も残り、様々なモノを売る店が軒を連ね、別段に「歩行者天国」のようなことにはなっていないが、国内外の方々からの来訪者で溢れ返っていた…「土曜日の午後」という、人出が多い感じの時間帯に立寄ったからであるとも思うが、相対的に来訪者が少な目と見受けられる「中途半端な冬の或る日」という様相ではないと個人的には思って驚いた…

↓カメラは提げていたが「人が狭いエリアに多過ぎる…」と感じて堺町の画は然程撮っていないが、これは「おっ!?」とカメラを向けずには居られなかった…
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↑今季、妙に積雪は少ないのだが、それでも「積雪寒冷地」という風情は漂う…そういう中での古い家屋…面白い外観と思った…

この建物は雑貨卸を営んでいた<久保商店>という店舗であったという建物で、1907(明治40)年の木造建築なのだそうだ…

↓明治、大正、昭和、平成、令和と幾つもの時代を潜り抜けた建物が醸し出す、何とも言い難い雰囲気が好い…
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今般は…「そう言えば、小樽の街に関しては存外に歩き回っていないかもしれない…」ということに改めて思い至ることとなった…何処かへ出掛けると「今般の積み残し…」というような「(在るか無いかも定かでもない)次回への課題」を何時も発見してしまうのだが…小樽に関しては堺町がそういうモノの一つということになるのかもしれない…

<2019 はこだてクリスマスファンタジー>(2019.12.23)

函館では、友好交流が在るカナダの街から贈られる木を使って<ベイエリア>と呼び習わされる煉瓦造の倉庫群が見受けられる辺りに大きなクリスマスツリーを飾ることが恒例化している。これを<はこだてクリスマスファンタジー>と呼んでいるそうだ…

↓こういう具合に大きなクリスマスツリーが輝く…
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↑ツリーそのものは海の上に据えられている…

↓なかなかに見事なものだ…
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↓倉庫であった建物は、様々な商業施設等として利用されているのだが、この<はこだてクリスマスファンタジー>の期間は賑わいを少し増すようである…
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↓こういう「時季らしい」という感じの飾りが見受けられる…
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↓辺り一帯が、「ツリーの在る広場の周りの小さな街」というような様相を呈している…
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↓このエリア自体、煉瓦造の倉庫や、それを模した設えの建物が集まって独特な趣を醸し出しているのだが…
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↑「クリスマス時季」の様子も、既に広く知られたものとなっている感だ…なかなかに見栄えは好い…

函館に着き、五稜郭タワーを訪ねた後にこのエリアへ向かった。雪は少ない中、気温がグングンと下がり始めていたような感で、長い時間の散策はキツく、直ぐに宿へ引揚げたという状況も「想い出」という感だ…

<はこだてクリスマスファンタジー>の期間は「12月25日まで」ということで…多分、終了翌日にパタパタと片付けられたのだと想像するが…全く初めてこれを視る機会が得られたことは好かった…