<マリンライナー>=5000系電車…:高松駅(2020.07.31)

岡山駅から児島駅を経て瀬戸大橋を渡り、坂出駅で四国に上陸して高松駅へと向かう、その逆順で復路を走る快速列車が<マリンライナー>である。

この列車に関しては、香川県内を普通列車で移動する場合、坂出より東の高松へ急ごうとするのであれば「坂出乗換」で利用するという選択肢も在る。実際、香川県内を動き回った中、丸亀駅から高松駅を目指した時に坂出駅辺りで「高松へ御急ぎの御客様は…」と快速の<マリンライナー>への乗換の案内が在った…

↓素直に御案内に従い、<マリンライナー>で高松駅に到着してみれば…隣のホームにも<マリンライナー>が待機していた…岡山へ向かう場合はこちらが先頭になる。
31-07-2020 Takamatsu (2)
↑坂出駅で乗換えて高松駅まで乗車したのは右側の列車だ…

同型車輌の列車が並び、順次折り返し運転をしながら主要区間を結んでいるという様子…何となく好いと思う。

瀬戸大橋を渡って香川県と岡山県とを行き交う<マリンライナー>も何時の間にか歴史が長くなった。当初はJR西日本の車輌ばかりであったようだが、2003(平成15)年からはJR四国で車輌を増備してこの区間で運用するようになったそうだ。

停車中の2本の列車…写真をよく視れば、連結器の下側に「5005」、「5006」という文字が見えている。これは恐らく5000系電車と呼ばれるJR四国の車輌であろう…JR西日本の車輛に関しても「5000番台」が割り当てられているとも聞くが…

↓改札口の側へ進めば、列車の反対側―高松へ向かう場合の先頭―が見えるが、少し趣が違う…
31-07-2020 Takamatsu (3)
↑これは1階が指定席で2階がグリーン席となっている車輌だ…少し独特な外観だと思う…

JR四国の5000系電車だが、JR西日本の223系電車と殆ど同じ仕様で、双方を相互に連結することが可能となっている。2階建てになっている「指定席+グリーン席」の車輌は、JR東日本の車輌に見受けられる「2階建てグリーン車」の設計を基礎に運転台を加えたということである…

香川県と岡山県との間を行き交っている様々な人達が在るようで、ぼんやり視ていれば「先に発車するのはどっち?」とバッグを手に小走りに動き回っている背広姿の人達が存外に目立った…

この列車は「瀬戸大橋を行き交う」ということで、何となく「四国の看板列車」という雰囲気も在るような気がする。こうして高松駅に停車中の様子を見ると、何か「様になる…」という感じだ。そして高松駅も「頭端式」で、何となく好い雰囲気を醸し出しているように思う。
posted by Charlie at 18:24Comment(0)香川県

115系電車…:岡山駅(2020.07.31)

朝の少し早めな時間帯に姫路駅で列車に乗り、兵庫県の西側で往来をしている人達、兵庫県の西側と岡山県の東側で往来をしている人達、岡山を中心とする地域の中で往来している人達と、色々な形で行き交う人達の様子を見ながら進んでいた…

↓そして岡山駅に着いた…未だ、通勤や通学という感じの人達の姿も目立つ時間帯であった…
31-07-2020 Okayama Station (1)
姫路駅から乗車の115系電車なのだが、岡山駅で下車して、少々身体を伸ばしながらぼんやりと眺めた…

岡山駅というのは、「在来線の上に新幹線のより高い高架を重ねた?」ような感じになっている。(一部駅で在る形ではあると思うが…)岡山駅で在来線の列車が発着する箇所の一部は何となく「屋根の下?半ばトンネル?」というように見える場合が在る。今般はその「屋根の下?半ばトンネル?」というように見える場所に列車が着いた…

岡山県に関しては、2016年に岡山城を訪ねてみた経過、倉敷へ立ち寄った経過が在った。が、それ以外、近年は岡山駅を通り過ぎているばかりのような気もする…岡山県内を訪ねてみるというのも、今後のテーマの一つとして悪くないかもしれない…
posted by Charlie at 17:54Comment(0)岡山県

<アイロン接着ワッペン>:松山の土産…(2020.08.29)

出先で何かを買い込んで、それを少し長く開封しないままで置いてしまうということが時々在る。「慌てるべきでもない…」と考えている一面と、「さて…アレはどのように?」と考えてそのままになってしまう一面とが在るような気がしているのだが…

↓松山で出くわしたモノだ…漸く引っ張り出した…
29-08-2020 (11)

松山城を訪ねようとした際に通り掛かった辺りの店で眼に留めて、求めてしまったモノである…確か『坊っちゃん』の像の傍に在った店だった…

↓これは鯛を象ったワッペンだ…小さいが、何か精巧な感じで、デザインも美しい…
29-08-2020 (12)
↑愛媛県は鯛の生産量が日本一で、鯛は「県の魚」なのだそうだ…

↓そしてミカン…確りと「愛媛みかん」と刷り込まれた段ボール箱に収まったミカンだ…これを眼に留めて「酷く欲しい!!」と思ってしまったのだった…
29-08-2020 (14)

↓箱に収まっていないミカンというデザインも在る…
29-08-2020 (13)
↑愛媛県では年間21万トンものミカンを生産しているらしい…

鯛とミカンのワッペン…手軽に何かに着けることが出来るモノである。アイロンを使えば直ぐだ…モノは、今治タオル等を扱う店で「松山本店限定」と称して、地元のイラストレーターによるデザインで造っているワッペンであるということだ。会社のウェブサイトの通販にも掲載されていないと見受けられる代物だ…

国外からの来訪者を意識して“日本”というテーマのシリーズが造られていて、並行して“愛媛県”というシリーズも造られていたように見受けられた。私としては“愛媛県”というシリーズが好かった。鯛やミカンのデザインも酷く気に入った…

「四国上陸を果たし、愛媛県の松山や今治も巡った」という記念になる感じだ。「さて…どのように?」という感じだが、視ていて、何となく「四国の風景」を思い出すような気分になる代物だ。

写真そのものは稚内の拙宅で撮っているが、「なかなかに秀逸!」と感じた松山で売られていたモノなので、「愛媛県」カテゴリの記事としておこう…
posted by Charlie at 06:55Comment(0)愛媛県

<HRC Osaka>のTシャツ…(2020.08.29)

「正しい休日…」と称してコインランドリーを利用するが…このところは半袖Tシャツの出番が多く、何となく「何時もより多目?」と思える枚数のTシャツを洗濯した…

↓こういうモノが…
29-08-2020 (3)
↑何時頃求めたモノか?大阪の<HRC>で求めたモノで、確りと「OSAKA」と在る。

上記のような「定番…」というようなデザインのモノが色々と在る他方、「或る年に製造されて、それが完売になると、同じデザインは製造されていない」というようなモノも色々と在る…

↓こんなようなギターをテーマにしたようなモノが在った…
29-08-2020 (5)

↓こんな感じで「ミリタリー調なデザイン」というモノも在った…
29-08-2020 (4)

Tシャツのようなモノに関しては、何時でも一定程度の出番が在って、“土産”に何枚か入手して、持て余すということは決してない。大阪でも、何度も求めていると思う…偶々、選択した序に写真に収めてしまったモノ以外にも、何やら色々と在る…

<HRC Osaka>は初登場以来の長い経過が在ると聞く。現在は地下鉄の本町駅に近い辺りに在るが、その場所になってからも存外な年月が経っているようだ。自身はその現在まで続く場所しか知らないのだが…

何れにしても、画の大阪で求めた各Tシャツはかなり使い込んでいる…

<HRC Fukuoka>のTシャツ…(2020.08.29)

このところ…半袖Tシャツの出番が多かった。

何となく、少し多めな枚数の半袖Tシャツを洗濯した…

↓こういうモノが在った…
29-08-2020 (1)

何時頃求めたモノであったか…福岡の<HRC>で求めたモノだ。確り「FUKUOKA」と在る…

↓更にこういうモノも…
29-08-2020 (6)

↓こちらはバックにもプリントが施されている…
29-08-2020 (7)

Tシャツのようなモノに関しては、何時でも一定程度の出番が在って、“土産”に何枚か入手して、持て余すということは決してない。「何時、求めたか?」が何時の間にか曖昧になってしまうが、存外に長く使い続ける…

<HRC Fukuoka>はドーム球場の傍に在った。その後、博多駅の傍に移った。そして、今年7月末に閉店してしまったそうだ…ということで、この「FUKUOKA」と入ったモノは入手困難になってしまった…と言うより、Tシャツに関しては、相当に長い期間に亘って製造販売が続いているデザインも在る他方、「或る年に製造されて、それが完売になると、同じデザインは製造されていない」という例が多いようなので、或る種の“コレクターズアイテム”という感は在るようだが…私は普通に使うことを寧ろ好む…と言いながら、入手のTシャツを少し長く、そのまま使わずに置いてしまう場合も在るが…

何れにしても、画の福岡で求めた各Tシャツはかなり使い込んでいる…

<ポークカツ>&<チキンソテー>…(2020.08.29)

「私なりの流儀」ということで…食事の際に「何れを頼むか迷った際には、両方を頼んでしまえ!!」というのが在る。と言うより、最近は「過ぎる程に食べてしまうのは好ましくないのかもしれない…」という問題意識も在って、そういう流儀は「(半ば)封印…」ということにはしている…

そうは思っていても…何時も親しんでいた店が閉店を余儀なくされ、その後に関係者が別な形で店を開き、そこが暫く経って…という場所へ訪れる機会を何となく設けることが叶うと…「アレも好いが、コレも非常に好く…」と「大きな迷い」が発生してしまう…

↓そういう訳で最初に<ポークカツ>を…
29-08-2020 (23)

↓続いて<チキンソテー>を…
29-08-2020 (24)

ということで御願いしてしまったが…実は「何れを頼むか迷った際には、両方を頼んでしまえ!!」と、「私なりの流儀」を想い起して双方を最初から御願いしてしまったのだった…

「昼にあの男を出くわすとすれば…90%はあそこ…」と言われてしまう程度に、頻繁にランチを摂りに立寄った近所の店が在ったが、残念ながら閉店になってしまった。その関係者による別な店が、主に夕刻の営業ということでやっているのだが、訪ねる機会をなかなか設けられずに居た。それを漸く設けられたのである…

「何れが?」と迷いながら、欲張って頼んだ2皿…何れも「コレだ!!」という、酷く親しんだ味で、何か非常に嬉しかった…

↓夕刻の営業を専らとする店で、和風な小さな居酒屋そのものの店ながら、何となく洋風な演出も加わり、洋風ランチのようなモノをゆっくりと頂くことも叶うのである…
29-08-2020 (21)

こうやって多少の縁が出来ると…何となく訪ねる機会を設けてみるようになりそうな気配である…

<ラッキーストライク エキスパートカット 14>…(2020.08.29)

↓休日の夕刻に何となく煙草を求めた…
29-08-2020 (29)

日頃から時々求めるモノと中身は変わっていないが…パッケージに何やらアレンジが加わっている…

煙草のようなモノは「何時ものあのパッケージ…」というのが好いと感じられる反面、「時には一味違うモノも…」と思わないでもない…

今般、何やらのキャンペーンで少し違うパッケージのモノに出くわした。記録したいので、思わず持っていたカメラで写真に収めた…

消火栓…(2020.08.23)

休日に…何処かで昼食でも摂ろうと近所を歩いていた…

↓こんなモノに眼を留め、少し歩を停めた…
23-08-2020 (3)

↓どうということもない消火栓なのだが…
23-08-2020 (1)

↓色がスッカリと薄くなってしまっていて、何気なく眼にした時に「何?!」と思ってしまったのだ。加えて、消火栓の設置場所を日頃から意識しているという程でもないので「消火栓を視掛けた」ということに思い至らなかったのだった…
23-08-2020 (2)

こういうモノのような「何となく眼に留まった…」を、何気なく提げているカメラで撮ってみる…存外に愉しい…

深い霧…:稚内港北防波堤ドーム(2020.08.28)

↓霧が深い…稚内港北防波堤ドームが半ば霧に隠れてしまっているが…普段は視えている12階建てのビルのような大きなモノまで、深い霧に包まれて姿が視えない…
28-08-2020 morning (5)

↓稚内港北防波堤ドームの傍に寄っても、周囲が霧に包まれている様が判る…
28-08-2020 morning (4)
↑辺りで、活動を積極化し始めたらしい烏がチョロチョロとしていた…

↓何か色が抜けてしまった「モノトーン」の世界にも視えてしまう…これはモノクロ写真ではあるが…
28-08-2020 morning (1)

多分20℃を少し超えている…湿度が高く、余り爽やかではない感の朝だ…

貨物船<SAKHISLAND>(サフアイランド)…:稚内港中央埠頭(2020.08.27)

↓静かな海面を滑るように進む船が視える…
27-08-2020 (7)

↓稚内港中央埠頭に接近する…
27-08-2020 (9)

↓然程珍しくもない形状の武骨な印象の貨物船だが…鏡面のような海上をゆっくりと進んで接岸しようとしている様は美しいと思った…
27-08-2020 (12)

↓繋留策を出して停泊の準備をしている様子が視える…
27-08-2020 (16)

↓間もなく接岸だ…
27-08-2020 (19)

↓こういう船が接岸する様子というようなモノを眺めるのは好きだ…
27-08-2020 (21)

↓稚内港には何度も現れている、サハリンの会社が運用しているという貨物船<SAKHISLAND>(サフアイランド)だ…
27-08-2020 (24)

↓無事に接岸という感だ…
27-08-2020 (33)

↓船上で色々と作業が始まる…
27-08-2020 (36)

↓そして荷役作業が始まった…
27-08-2020 (43)

こうして貨物船<SAKHISLAND>(サフアイランド)は稚内港からの貨物をサハリンのコルサコフ港へ運んだのだった…

<804>:はりまや橋停留所:高知の路面電車(2020.08.01)

高知城から高知駅へ路面電車で移動していて、乗換のはりまや橋停留所で乗車すべき電車を待っていた…

高松から徳島を経て高知へ至った道中や高知城の様子を振り返りながら停留所に佇んでいれば…

↓自身が乗車しない方向へ向かう電車が姿を見せた…
01-08-2020 Kochi (63)
↑古風な外観の車輌だが…側面の<とさでん>グループの旅行会社の広告に「ウェブサイトの“検索窓”」が描かれているという様子に気づいて「時代…」を感じた…

↓乗降は直ぐに済んでしまい、この<804>は速やかに発車した…
01-08-2020 Kochi (62)

<804>は<800形電車>と呼ばれている4輌の中の1輌だ。この車輌は下関から高知へやって来たのだという…

車輌そのものは1959(昭和34)年に製造され、下関の路面電車として走っていた。「山陽電気軌道」という会社であったそうだが、1971年に路面電車を全廃した際、車輌が譲渡されたということだ。(因みに「山陽電気軌道」はその後、「サンデン交通」というバス会社になっていて、現在も下関を中心とする地域で活動している…)

下関で12年間動いた<804>だが…高知では既に48年間動いているということになる。一寸、面白いと思った…

今般、高知で動いている少し古風な路面電車の車輌に幾分親しんだ。「何回か」に過ぎない乗車ではあったが、少しだけ時間を経て「酷く懐かしい…」と感じていることに気付かされる…

道後温泉駅…(2020.08.03)

松山の路面電車は、この辺りの様々な鉄道の経過を受継いで変遷を重ねた中で今日の姿が在るらしい…

道後温泉で路面電車が発着する場所…

↓立派な建物が在って<道後温泉駅>と称している…道後温泉から引揚げようとした際に一寸眺めた…建物前にタクシーも待機していて「観光地の交通拠点」という趣だ…
03-08-2020 Matsuyama in evening (53)
↑1911(明治44)年の建物の外観をイメージして1986(昭和61)年に建てた駅舎であるという。古い建物が残る、或いは古い建物を意識した建築が見受けられるというような一帯で、こういう建物は辺りの様子に酷く似合う。

立派な建物が在るが、特段に乗車券をどうこうするというようなことでもなく、建物の前の停留所で普通に路面電車が発着し、乗客は他の停留所での乗降時同様に車内で運賃を支払うようになる…

↓ここは<坊っちゃん列車>の方向転換を行う場所で、<道後温泉駅>の脇に「展示線」が敷設されていて、その姿が視られる…何かかなり古い車輌の外観を模したモノが、建物の雰囲気に似合っている…
03-08-2020 Matsuyama in evening (55)

↓何か…この街に少し滞在して「通う…」というような真似さえしてみたい風情が在ると思った…
03-08-2020 Matsuyama in evening (54)
↑入口の少し奥、乗り場に路面電車が停車している様子も伺える…

↓「明治時代を意識した外観」という建物である。御手洗を示すピクトグラムも「明治時代の紳士淑女」というような風にしているのが面白かった…
03-08-2020 Matsuyama in evening (57)

松山…伝統を誇る路面電車等が「活き活きと活躍している」という雰囲気が在る地域だ…
posted by Charlie at 05:59Comment(0)愛媛県

<像之公豊一内山>=<山内一豊公之像>…:高知城(2020.08.01)

高知城に「上がった」という時であった…路面電車の停留所から「多分…こちら側?」と歩を進め、「ここが高知城の敷地らしい…」ということになり、石垣や様々な構造物が在る辺りへ上る場所に至った…必ずしも“正面入口”というような感じの場所から入ったということでもなかった…

一頻り高知城の様々なモノを視た後、「この辺が?“正面入口”?」という辺りに至った…

↓そして出くわしたのがこれだ…
01-08-2020 Kochi (56)
↑<像之公豊一内山>と在るが、これは少し古い書き方である。<山内一豊公之像>ということだ…

山内一豊は「高知城を築いた」という人物である。この像?一寸「見覚え?」という感だった…

静岡県内の掛川城を訪ねてみた経過が在ったが、掛川城の建物内の展示に、この高知城に据えられた像の小さなレプリカが在ったのだ。

山内一豊は関ケ原合戦の頃には掛川城の城主で6万石の大名であった。関ケ原合戦の時、逸早く徳川家康陣営に入ることを明言し、東海道を進んで行く徳川家康の軍勢が掛川城を随意に利用して構わないと「提供」した。そういうような経過で、関ケ原合戦の後、俗に「土佐24万石」と云われる―実際は20万9千石とのこと…―大領が与えられたのだ…

↓「掛川城の展示に在った像の“実物”だな…」と思いながら眺めたが…“実物”の大きな像は、なかなかに迫力が在る…
01-08-2020 Kochi (57)
↑甲冑に身を固めて騎乗し、槍を手に進軍中、或いは自軍を率いて戦闘を開始するような場面と見受けられる像だ…

この像…台座の銘が<像之公豊一内山>なので、なかなかに古いと思う。城下町たる高知の街の礎を築いた人物として、古くから地元で敬愛されていたという証左のように思った。

訪ねた先で、この種の像に出会うのは面白い…
posted by Charlie at 05:27Comment(0)高知県

<藤堂高虎公>…:今治城(2020.08.03)

↓騎乗姿の武士…なかなかに貫禄が在る人物に見える…
03-08-2020 at Imabari (31)
今治城を訪ねた折り、石垣に囲まれて建物が建っている側に入り込み、この像に出会った。

↓<藤堂高虎公>と在る。この今治城を築き、城下町を開いたという人物である…
03-08-2020 at Imabari (30)
↑この像は、今治城の400年を記念するということで、2004(平成16)年に制作、設置されたということだ…

戦国時代末期の武将ということになる藤堂高虎であるが、こういうような「史上の人物達」に関しては、実は「小説やドラマ等の劇中人物としての好悪」で色々と語られているというような気がしないでもない…

藤堂高虎に関しては、色々と小説等での登場例は見受けられる。個人的には『虎の城』『下天を謀る』という各小説の主人公となっている“藤堂高虎”のイメージが気に入っている。

気に入っている『虎の城』『下天を謀る』の“藤堂高虎”…体躯に恵まれて武芸に優れた豪勇の士であるが、職人集団を巧みに指揮して新たな発想や工夫を盛り込んだ城を築くことを得意としていて、配下を動かして巧みに諜報戦を展開しながら外交交渉に胆力を発揮し、青年時代からの独自な価値観を信じ続けて行くというような人物なのだ…

↓この像…私が抱いている“藤堂高虎”のイメージに合っている感で、何か「好いなぁ…」と暫し眺め入ってしまった…
03-08-2020 at Imabari (35)

今治城は、関ケ原合戦の後に伊予国で加増を受けた藤堂高虎が、新たな知行地での軍事、政務の拠点として築いたのである。濠を掘削し、海水を引き込んで「海に浮かぶような城」を築き、瀬戸内海の海運とも結び付き易い城下町を築いて領内の振興を目論んだという訳である。それまで「今張」とされていた地名を「今治」とするようになったのは、藤堂高虎の時代からであるとも聞いた…今治の街に関しては、或る意味では藤堂高虎の事績が“建都”という性格も帯びるのかもしれない。そこでこの像が登場したのであろう…

↓この種の像は、こういう角度で眺めてみても面白い…
03-08-2020 at Imabari (34)

今般、方々で様々な銅像を視る機会が在ったと振り返っている…
posted by Charlie at 18:40Comment(0)愛媛県

夕刻のホーム…:旭川駅(2020.08.08)

朝早くに奈良駅を列車で出発し、京都府、大阪府、兵庫県と県境を幾つも越えて尼崎に至り、少し西へ進んで三ノ宮駅から神戸空港へ移動し、新千歳空港へ飛んだ。新千歳空港から、札幌、岩見沢と乗換えながら列車で移動し、旭川に至った…

↓岩見沢駅で乗込んだ列車から下り、夕刻のホームに佇んだ…
08-08-2020 Asahikawa Station (3)
↑右側が岩見沢から乗って来た721系電車だ…左側で偶々停車していたのは「北海道内のローカルな列車…」という風情が強く漂うディーゼルカーのキハ40だ…

<青春18きっぷ>と航空券、加えて三宮・神戸空港間の愛用している<ICOCA>で、「奈良から旭川まで北上」ということになった…無事に長めな移動を終えた安堵感が溢れ、御願いする予定の宿に入ることは確定していたが、それでも「さて…どうしようか?」とぼんやりしてしまった…

到着して、乗って来た乗物を何となく眺めてぼんやりとする…「大きな無駄」と切り捨てられそうだが、自身にとっては「愛すべき束の間…」という感で、常々求めているのかもしれない。そんなことを思いながら、改札口へ歩を進めた…

<板垣退助先生像>…:高知城(2020.08.01)

文字どおりに「登城」というような感じで高知城に上がったのだったが…

↓その上る、下りるの坂道に入って行く辺りに銅像が据えられている…
01-08-2020 Kochi (49)
↑台座に<板垣退助先生像>と在る…幕末期の活躍も伝わるが、土佐出身の明治時代の政治家である板垣退助(1837-1919)の銅像だ…

板垣退助は議会制度の設立やその進展に功績が在ったという人物である。政党の設立にも携わり、党首も務めている。自由党総裁として遊説の途に在った1882(明治15)年に暴漢に襲撃を受けて負傷した際に「板垣死すとも自由は死せず」と叫んだと伝えられ、この言は人口に膾炙している…

↓もしかすると?高知に所縁の人物として、最も永く敬愛されている人物は?或いはこの板垣退助なのかもしれないと思いながら、この像を眺めていた…
01-08-2020 Kochi (50)

「人々が選挙で選ぶ議員による議会が在って…」という、今では「当り前」な仕組みだが、実は多くの人の運動や様々な論争を経て登場し、定着している「なかなかに貴重なモノ」、或いは「大切にすべきモノ」というようなことにも思い至ってしまった…
posted by Charlie at 06:28Comment(0)高知県

<坊っちゃん列車>…:勝山町停留所付近(2020.08.02)

滞在した宿の直ぐ傍に路面電車の勝山町停所が在った…

↓路面電車が信号停車する場合も在る横断歩道の辺りで不思議な音が聞こえて「何の音?」と思えば…不思議なモノが現れた…
02-08-2020 Matsuyama vol02 (47)
↑蒸気機関車を思わせるモノが先頭で、小さな客車を牽引している。<坊ちゃん列車>と呼ばれているモノだ…乗務員の姿が見えるので「小ささ」が判り易いと思う…

松山で明治時代に敷設された鉄道は「軽便鉄道」と呼ばれる「軌道の間隔が狭い」モノであった。それ故に、専用の小型の機関車が小型の客車や貨車を牽引して列車が運行される。

この軽便鉄道の機関車や客車について、夏目漱石の小説『坊つちやん』の中、松山にやって来た主人公が列車を視て「マッチ箱のような汽車」と称する叙述が知られている。

伊予鉄道では、この夏目漱石の小説に因み、軽便鉄道の小型の機関車が客車を牽引するような外観の車輌を設えた。蒸気機関車の外観だが、これはディーゼルエンジンで動いている…そして効果音を発しながら走行するのだ…

↓信号停車の後に発車し、カーブを曲がって道後温泉へ向かう軌道を進んで行く…
02-08-2020 Matsuyama vol02 (48)
↑2001(平成13)年からこの<坊っちゃん列車>が運行されているそうだ。2編成在るそうだ…

↓一寸変わったモノを見せてもらった感だ…
02-08-2020 Matsuyama vol02 (50)

何やら、土日曜日に限定した本数で運行する体制としていたようで、何気なく戸外に在る時に偶々見られたというのは酷く運が好かったかもしれない…(視たのは日曜日だったが…休暇の中で曜日を然程意識せず「松山に…着いたなぁ…」と宿の直ぐ傍を歩いていた時に視たのだった。)或いは、松山の街に到着を歓迎して頂いたような感であると、勝手に気分好くなっていたのだった…
posted by Charlie at 05:51Comment(0)愛媛県

<山内一豊之妻>…:高知城(2020.08.01)

↓高知城にこういう像が在る…
01-08-2020 Kochi (20)
↑戦国時代頃と思われる女性と大きな馬の組合せという像だ…

↓少し引けば、台座に<山内一豊之妻>という彫像の題名が在る…山内一豊の妻は「千代」―名には幾つかの説も在るらしいが…―といい、山内一豊が他界した後は「見性院」(けんしょういん)と名乗ったという…
01-08-2020 Kochi (19)

高知城を築いたのは、関ケ原合戦の後に土佐国に封じられた山内一豊である。この山内一豊の妻という女性が「なかなかの人物」と伝わっている。

女性と大きな馬の組合せという像だが…これは?織田信長に仕えていた山内一豊は、「馬揃え」に際して名馬を買入れることを望んだが、それを購入する資金が足りなかった。妻はそれを知り、嫁入り前に親から貰って「何か大事な時のために」と密かに持っていた金を提供し、それで名馬を買入れ、山内一豊の面目が施されたという挿話が知られる。像はその名馬の挿話をイメージしたのであろう…

聞けば明治時代の末頃から昭和20年まで、教科書で「山内一豊の妻」という挿話が取上げられていたのだそうだ…夫をよく助ける妻…所謂「内助の功」ということで取り上げられていたという。山内一豊は土佐一国を知行地とする大名になったが、元は一介の浪人であった。「内助の功」で立身したという訳だ…

一国を知行地としたような、少し規模の大きな城ともなれば、色々な挿話の伝わる様々な人達が関わっていることであろう…そんなことがこうやって伝えられていたのは興味深い…
posted by Charlie at 05:07Comment(0)高知県

<HOKKAIDO STAGE AID>のロゴマークが入ったトートバッグ…(2020.08.23)

最近は“レジ袋”を「原則的に配布しない」ということになったようで、一寸したトートバッグのようなモノを持ち歩くのが好いような感だ…

トートバッグというようなモノに関しては、“レジ袋”の件と無関係に色々なモノを持っていて各々に使っている。布製の「一寸したモノを雑然と容れる袋」というようなモノは気に入っていて、色々と持っているのにも拘らず、何処かで「これ!好い!」と入手してしまうという場合も少なくない…

↓こんなモノを極々最近に入手してしまった…
23-08-2020 (8)
↑休日に何となく立ち寄った近所のカフェで撮った画だが…

↓大きさ比較のために少し前から愛用しているキャップとも並べてみた…
23-08-2020 (10)
↑所謂「A4版」という程度のモノがスッポリと収まる「よく在るサイズ」のトートバッグであると思う…

このトートバッグ…最近は随意な活動が展開し悪い感になっている、音楽や演劇等の活動を支援しようという<HOKKAIDO STAGE AID>のロゴマークが入っている。直ぐ近所の店で売られていて、半ば衝動的に、他の細々した買物の序に求めてしまったモノだ…

>>HOKKAIDO STAGE AID

とりあえず…音楽や演劇等の活動が随意に展開し悪いという状況を憂い、応援したいと思っているという意思表示のように、このトートバッグは時々利用したい…

<“坊っちゃん”と“マドンナ”>…:松山・大街道(2020.08.02)

夏目漱石は、松山出身の正岡子規と親交が深かったという…その関係で、夏目漱石は松山に足跡を残していると聞いていた…

松山城を訪ねようと少し繁華な大街道の辺りに出て、城の在る山へ上るリフトやロープウェーの乗場を探して歩いていた…

↓こういうモノに出くわした…所謂「書生さん」という出で立ちの青年…そして着物で袴を着用という女性…明治時代を大正時代を想わせる…
02-08-2020 Matsuyama vol02 (56)
↑これは、或いは「最もよく知られている松山を舞台にした物語」と言い得るかもしれない、夏目漱石の小説『坊っちゃん』の劇中人物だ…主人公の“坊っちゃん”と“マドンナ”とである…

“マドンナ”はとりあえずは「ヒロイン」ということになるのかもしれないが、作中に出番は然程多くは無く、“坊っちゃん”と深い関わりという程のモノが生じるのでも無かった…教員である“坊っちゃん”の同僚と婚約中だったという“マドンナ”で、横恋慕した上司の嫌がらせで同僚は他地域に異動を強いられ、“マドンナ”は赴任先へ向かうことを決めたというようなこと…であった筈だ…

この<“坊っちゃん”と“マドンナ”>は松山出身のイラストレーターである茂本ヒデキチの作品のイメージで創ったモノであるということだ。

「実は余り本は読まない…」という方でも、「聞いたことが在る文芸作品の題名」として夏目漱石の小説『坊っちゃん』は挙げられる…そういう位に知名度が高い作品だが…「改めて真面目に読んでみようか?」と、松山で作品が愛され続けていることに思い至って考えてしまった…

私は「予習」よりも「復習」を重視する傾向かもしれない。初めて訪れるような場所に関して、「予習」は然程やらない。訪ねてみて「アレは何だった?」と調べて「復習」ということが多い。松山と夏目漱石や正岡子規というようなことに関しても、「訪ねて出くわして関心が沸き…」という感だ。こういうような出会いが面白いので、思い付いて何処かを訪ねてみるようなことが止められないのだ…
posted by Charlie at 03:31Comment(0)愛媛県

「下り坂…」な予報の日の早朝に…:稚内港北防波堤ドーム(2020.08.25)

早朝…「雲が多く、少し暗い?」と思わないでもなかったのだが…天気予報は、数日来の好天から「下り坂…」と聞いていたというようなことを思い出していた。

他方で、一寸玄関先で東寄りの天を望めば…「微かに明るい?」というようにも思った…

↓そんな中で「極々短い散策」と称して戸外を歩いてみた…「やや多め?」な雲が見受けられる他方で、明るい部分も存外に多い天だ…
25-08-2020 morning (2)

↓少し面白い風情であると思った…
25-08-2020 morning (4)

↓「何時もの辺り」へ廻り込めば、天には何か独特な風情の雲が浮かんでいる様子が見えた…
25-08-2020 morning (10)

↓形や密度が様々な雲が、高め、低めと色々な高度で流れ、それらに日出前の朝陽の光が干渉しているというような様子と見受けられた…
25-08-2020 morning (18)

↓視ていた範囲では、数分毎に天の様子が大きく変わり続けた…
25-08-2020 morning (28)

↓そして雲が拡がり、朝陽の光が複雑に雲に跳ね返るような感になって行った…
25-08-2020 morning (31)

とりあえず朝陽の姿は視なかった…少し時間が経てば何となく「雲が多め…」というような様子になっている。

何か「劇的な光」という感の朝だったと思う…

滲む夕陽と…:<奈良市総合観光案内所>=旧 奈良駅舎(2020.08.07)

旅に出れば、何日間かの予定の中で何となく「緩急の“緩”」というような日を設けてみる場合が在る…

奈良に至って、勝手に「関西の別邸」と称しているが、奈良の古い駅舎を利用した<奈良市総合観光案内所>が窓から視える宿に滞在して行動していた。奈良県内や東大阪市と動き回った日、京都に出て動き回った日と動き続けた後、少し考えて「緩急の“緩”」というような日を設けてみることとした。結果としては、「緩急の“緩”」と称する割には酷く汗をかきながら歩き廻ったが、「奈良の街に少し親しむ」ということにしたのだった…

↓そんな1日が暮れようとする時間帯に差し掛かった…
07-08-2020 Nara in evening (4)

↓夕陽が滲んでいる…というように視えた…
07-08-2020 Nara in evening (5)

↓滲んでいた夕陽が、少し判り易く形を帯びた…
07-08-2020 Nara in evening (8)

↓やがて滲む夕陽が視えなくなった…
07-08-2020 Nara in evening (10)

↓そして灯りが目立つようになり始める…
07-08-2020 Nara in evening (14)

↓辺りが「夕刻の賑わい」という雰囲気を帯び始めた…
07-08-2020 Nara in evening (15)

少し遠い奈良の様子では在るが…馴染んだ様子であるが故に、眺めていれば安堵感を覚えるような様子となっている…
posted by Charlie at 20:45Comment(0)奈良県

道後温泉へ…(2020.08.03)

或る場所を訪ねて、結果的に「非常に有名な場所」に立寄らずに引揚げてしまったというようなこと…振り返ると存外に多いかもしれない…それでも「構わない!!」ということにしてしまう場合もまた多いが…

「四国の4県に足跡」と思い立ち、香川県に上陸し、徳島県を経て高知県に入り、愛媛県に既に至っていた…存外に目まぐるしい動きかもしれないが…

愛媛県については、訪ねてみて興味深いという場所が多々在ると思う。松山に在って、ロシア兵墓地という意表を突くような場所を振り出しに松山城にも寄り、松山・今治間を列車で往復して大三島の大山祇神社に足を延ばし、今治城も訪ねている。

そういうことなのだが…「松山」と言えば多くの方が思い浮かべる場所…

↓道後温泉へも足を運んでみた…
03-08-2020 Matsuyama in evening (35)
↑高台から、工事が行われている<本館>の辺りを望んでみた…こういう眺望を愉しむことが出来る場所が在るというのは非常に好い…

今治城を訪ねて松山へ引揚げ、夕刻に路面電車を利用して道後温泉を訪ねてみたのだった…

道後温泉の大変によく知られている<本館>は工事が行われている。中に入って入浴することも可能とは聞いた。が…

↓とりあえず<別館 飛鳥乃温泉>(べっかん あすかのゆ)という方で温泉に浸かり、よく歩き廻っていた身体を解しながらその日の夥しい汗を流したという感の過ごし方をした…
03-08-2020 Matsuyama in evening (43)

道後温泉は、飛鳥時代と呼ばれるような古代から知られている温泉ということで、飛鳥時代風の建物外観としたという<別館>である。

↓伝統在る温泉というのはなかなかに寛ぐことが出来る。貸タオルも在るので、特段に浴場へ行く支度を持たずに訪ねることも出来る…
03-08-2020 Matsuyama in evening (46)
↑立寄った日は、それ程込み合ってもいなかったので、何かゆったりと過ごすことが叶った…「身体を伸ばして任意の姿勢で暫し…」という「温泉地の大浴場」というモノは格別だ…

温泉入浴を愉しんだ後、辺りを少し歩き廻った…

↓本館の正面外観は、悪くない感じで見ることが出来た…
03-08-2020 Matsuyama in evening (50)

↓建物は1894(明治27)年に竣工したものであるとのことだ…
03-08-2020 Matsuyama in evening (47)

↓なかなかに人気が高いようだ…「松山の道後温泉に来ました!」というような記念写真の撮影を愉しんでいる方達を存外に見掛けた…
03-08-2020 Matsuyama in evening (51)
↑私はと言えば、こういう古い趣深い建物の様子を写真に収めるということで大いに満足だったが…

何か「伝統の温泉地」が、「街の中から少しばかり路面電車で進んだ」というような辺りに拡がるという道後温泉の風情…一寸好い感じだった…この場所は、松山に在る場合は、少しばかりの時間を設けて寄ってみる価値は在ると思った…
posted by Charlie at 18:05Comment(0)愛媛県

東大寺の南大門辺り…:鹿…(2020.08.07)

東大寺の南大門辺りを歩いていた。

私の数歩前にお子さんの手を引く母親という風な一組が歩いていた。彼らが足を停めた…

「涼んではるのやね…」と母親の話し声…お子さんが軽く頷いて下の方を見ている…

↓彼らが更に進んで去った後に、彼らが足を停めた辺りに至ってみれば…
07-08-2020 Nara vol02 (18)
↑眠気が射しているかのような感の鹿が…南大門の構造物で少し日陰になる辺りに陣取っていた…

なるほど…手前を歩いていた女性が言っていた「涼んではる…」という状態だ…

この日は「ジワリ…」と気温が上がり、日中は35℃に差し掛かるような感であったようだ…
posted by Charlie at 06:57Comment(0)奈良県

給油中…:神戸空港 駐機場(2020.08.08)

神戸空港では、駐機場等の様子が視えるようになっている箇所が存外に多く見受けられるような気がする…

↓そんな場所の一つが、食事を摂るようなことが出来る店が幾つか入っているような一隅に在り、到着して程無く足を運んでみた…
08-08-2020 Kobe Air Port (3)
↑スカイマーク航空のB737-800である…何処かから到着したところであるようで、給油中だった…

こういうような様子…面白い!!
posted by Charlie at 06:56Comment(0)兵庫県

<ピザトースト>…:神戸空港内のカフェ(2020.08.08)

神戸空港を利用する場合…食事を摂るようなことが出来る店が幾つか入っているような一隅でカフェに立ち寄る場合が多い。

立ち寄るカフェは神戸等ではよく見掛ける店で、広域展開もしているチェーン店で、確か札幌駅の辺りにも出店していた。そういう別段に特別でもない場所だが珈琲は美味く、パンなども好いと思っている…

↓今般、頂いてみたのはこういうモノだ…
08-08-2020 Kobe AP (2)
↑<ピザトースト>と言う…

<ピザトースト>は、トマト味系統なソースを塗ったパンに野菜、ベーコン、更にバターやチーズを乗せて焼くモノで「一寸、ピザのような感じがする焼いたパン」という感じだ。これが悪くない!!

結果的に「朝食」であったが、尼崎で極軽いモノを頂いてからの「早めな昼食」という感になった。

↓こういう具合に、珈琲とのセットで御願いしたのだった…
08-08-2020 Kobe AP (1)

多少のゆとりを持って空港に着き、こうやって軽くモノを頂いて、搭乗待合室へ向かう訳である。それはそれとして、この<ピザトースト>は好かったので、一寸記憶に留めたい…
posted by Charlie at 05:26Comment(0)兵庫県

“ロープ”…:三ノ宮駅(2020.08.08)

尼崎から列車に乗り、三ノ宮駅に至った。「後はポートライナーで空港へ…」と思いながら、一寸ホームで立ち止まって振り返った…

↓未だ停車中の車輌の扉は開いているが、間も無く発車するとの案内が流れている…
08-08-2020 Kobe, Sannomiya Station (1)

↓車輌の扉が閉まり始めると、停車中の列車の前で何かが動く…
08-08-2020 Kobe, Sannomiya Station (2)

↓動く列車とホーム上を行き交う人を隔てるように“ロープ”が張られるようになっている…
08-08-2020 Kobe, Sannomiya Station (3)

近年…と言うより、既にそれなりに長い時日を経ているかもしれないが、鉄道駅で「ホーム扉」というようなモノを導入するようになっている。

京都の地下鉄東西線の駅のように、列車が出入りしている部分に天井から床まで壁を設えて、停車する車輌の扉辺りにスライド式の扉が設えられるというのが、最も確りした「ホーム扉」ということになると思う。(この方式の場合、発着する列車の車輌が余り見えないので「やや不思議?」という感になるように思う…)こういう例は然程見掛けない…大概は、自身の感覚としては腰の辺りか胸の下辺りというような高さの、板塀のような壁がホームの列車が出入りしている辺りに設えられ、停車する車輌の扉辺りにスライド式の扉が設けられるというようなモノだ。

この「ホーム扉」だが、「行き交う車輌の扉と同じような間隔で綺麗に扉を並べる」というようにしなければ、乗降が円滑に出来ない感じになってしまう…京都の地下鉄東西線の駅のような場所は、路線そのものが相対的に新しく、走る車輌に確り合わせて造ってあり、新しい車輌を導入する際には「ホーム扉で不便が生じないような出入口の間隔」で車輌を設えることになるであろう。板塀のような壁を据える場合も、行き交う列車の車輌の扉間隔に合わせて「ホーム扉」を設けることとなるであろう。

この「ホーム扉」に関して、JR西日本では「少し困った…」という経過が在ったようだ。というのも、新旧様々な車輌を使っていて、様々な運行区間の列車が行き交っているJR西日本の駅では多様な車輌の故に「列車毎に異なる乗車位置」という例が存外に多い。そうなると「行き交う列車の車輌の扉間隔に合わせて“ホーム扉”を設ける」ということをやり悪い…

そこで考えられたのが、この記事で写真を出した方式だ。少し広めな幅で「踏切」のようにロープが上下する仕掛けが在る…この方式であれば、「列車毎に異なる乗車位置」となっていても、「ホーム扉」が持っている役目を果たしながらも、乗降時の利便性は損なわれ悪いのである…

「なるほど!」と思う方式だ…こういう「一寸変わっている?」に出くわせるのが、少し離れた地域を訪ねてみる面白さだと思う。
posted by Charlie at 04:53Comment(0)兵庫県

鹿…:奈良公園(2020.08.07)

「街の公園」と言うより「公園の中の街」とでも言いたい感になる奈良公園を歩いた…

↓こういう様子を随所に見掛ける…
07-08-2020 Nara vol01 (5)

或いは各々の鹿の「指定席」のような「決まった居場所」でも在るのだろうかというように考えてしまうことが在る…

↓何か酷く長閑な様子だと、出くわす都度に思う様子である…
07-08-2020 Nara vol01 (6)
posted by Charlie at 16:13Comment(0)奈良県

<梅川>(うめがわ)…:JR尼崎駅(2020.08.08)

阪神の尼崎駅に近い尼崎城を訪ね、JRの尼崎駅へバスで移動した。「尼崎駅」と同じ名ではあるが、阪神の駅とJRの駅とはやや離れている…

尼崎城を訪ねようとした際、バスに乗車した辺りと少し違う出入口の辺りにバスが着いて、階段を上ってJR尼崎駅へ入ろうとした…

↓こういう像を眼に留めた…なかなか美しい像だ…
08-08-2020 Amagasaki (31)
↑「文楽の人形?」と思った。勿論、「繊細な工芸品」である文楽の人形が駅の通路に何となく在る筈もない。コンクリートや石、または金属系材料で造られていると見受けられる像だが…

文楽と言えば?江戸時代の近松門左衛門という作家が知られているが、実は尼崎と縁が深い人物であるという…

近松門左衛門(1653 - 1724)は京都から大坂に移って活動をした際、船問屋の尼崎屋吉右衛門の家に逗留するなどしていたという。

尼崎に広済寺という寺が在る。近松門左衛門の時代に住職を務めた日昌上人という人物の実家が、船問屋の尼崎屋であったとも言われている。そういうことで近松門左衛門と日昌上人との間に交流が在り、近松門左衛門は母親の法要を広済寺で依頼したという経過が在り、御本人が他界した際の墓も広済寺に在るというのだ。

↓近松門左衛門と縁が浅くない尼崎…ということで、文楽の人形のような、近松作品に登場する人物の像を1999(平成11)年に尼崎駅に設置したそうだ…
08-08-2020 Amagasaki (30)
↑これは『冥途の飛脚』―1711(正徳元)年に初めて上演されたと伝わる作品―に登場する<梅川>(うめがわ)という人物であるという。

『冥途の飛脚』の劇中、<梅川>は大坂新町の遊女である。300両の“封印切り”という大罪を犯してしまった飛脚の忠兵衛に身請けされ、新口村(にのくちむら)へ駆け落ちするということである…

高名な文楽の人形遣いの助言を仰ぎながら制作したという<梅川>は美しいが、こういうモノがさり気なく駅の通路に飾られているというのが実に好いと思った。文楽の公演は観た記憶が無く、近松門左衛門の作品を読んだということでもないが、ここで<梅川>に出くわして好かったと思う…
posted by Charlie at 16:09Comment(0)兵庫県