↓「奈良」とでも聞けば思い浮かぶ光景であり、最近は視ると「多少勝手知った(ようなつもりになっている)辺りへ“戻った”」と思う場合も在る光景だ…
↑興福寺の様子が映り込んでいる猿沢池…
↓殊に、この五重塔が映り込む辺りが気に入っている…
朝から精力的に奈良県内を動き回り、一息入れようと市内に「戻った」という場面で、この猿沢池の辺りを通ってみたのだった…
大山祇神社の御神木…(2020.08.03)
芸予諸島の島々を架橋で結ぶ「海の道」ということになる<しまなみ海道>を行くバスに乗車して大三島を訪ねた。
大三島には大変に古い由緒を誇る<大山祇神社>(おおやまづみじんじゃ)が在るというので、立ち寄ってみたかったのだ…
↓境内の御神木ということだが…凄い存在感だった…
↑<乎知命御手植の楠>(おちのみことおてうえのくすのき)と名付けられている…
↓少し向きを変えて眺めた。15m程の高さになるのだという…
乎知命(おちのみこと)は「小千命」と標記される場合も在るという。また、この地域には後の越智(おち)氏という有力な一族が在ったが、或いは関連性も在るのかもしれない。
この楠は「神武天皇の時代に植えられた」と伝えられ、それが故に「樹齢2600年余り」とされているようだ…
或いは、遠路遥々と「この樹を仰ぎ見たい…」と訪ねてみたという側面も在る…観られて善かった!
大三島には大変に古い由緒を誇る<大山祇神社>(おおやまづみじんじゃ)が在るというので、立ち寄ってみたかったのだ…
↓境内の御神木ということだが…凄い存在感だった…
↑<乎知命御手植の楠>(おちのみことおてうえのくすのき)と名付けられている…
↓少し向きを変えて眺めた。15m程の高さになるのだという…
乎知命(おちのみこと)は「小千命」と標記される場合も在るという。また、この地域には後の越智(おち)氏という有力な一族が在ったが、或いは関連性も在るのかもしれない。
この楠は「神武天皇の時代に植えられた」と伝えられ、それが故に「樹齢2600年余り」とされているようだ…
或いは、遠路遥々と「この樹を仰ぎ見たい…」と訪ねてみたという側面も在る…観られて善かった!
レジェンダリーバーガー…:<HRC Kyoto>(2020.08.06)
↓京都を訪れる機会が在れば、こちらには立ち寄っておきたいと思っていた…
↑周辺の溶け込む“町家”の建物に、少し知られたロゴマークの暖簾を出している…<HRC Kyoto>である。
朝に滞在中だった奈良から京都に出て、泉涌寺や智積院を訪ねて存外に歩いた中、祇園四条駅に移動して祇園白川のこの店を訪れたのだった。
↓こういう店内に迎えられたのだが…
↓カウンターに陣取って、<季の実>(京都のクラフトジン)のソーダ割を頂くという程度のことをするのが心地好い…
↓こういう桝も誂えたのであろう。飾って在った…2019年7月開業と聞く<HRC Kyoto>…未だ新しい…
↓食事を確り摂って、エネルギー補給だ!御願いしたのは<レジェンダリーバーガー>だ…
↓オニオンリングのフライ、ベーコンとハンバーグとチーズが少し、レタスにトマト…これが<レジェンダリーバーガー>だ…
↓こういう一皿…時には頂きたい…頂いてしまって、この場所を離れて数分で「また頂きたい!!」と考えてしまっていた…
<HRC Kyoto>は3月末に立寄ったという経過以来だった。是非、また訪ねたいものだ…
↑周辺の溶け込む“町家”の建物に、少し知られたロゴマークの暖簾を出している…<HRC Kyoto>である。
朝に滞在中だった奈良から京都に出て、泉涌寺や智積院を訪ねて存外に歩いた中、祇園四条駅に移動して祇園白川のこの店を訪れたのだった。
↓こういう店内に迎えられたのだが…
↓カウンターに陣取って、<季の実>(京都のクラフトジン)のソーダ割を頂くという程度のことをするのが心地好い…
↓こういう桝も誂えたのであろう。飾って在った…2019年7月開業と聞く<HRC Kyoto>…未だ新しい…
↓食事を確り摂って、エネルギー補給だ!御願いしたのは<レジェンダリーバーガー>だ…
↓オニオンリングのフライ、ベーコンとハンバーグとチーズが少し、レタスにトマト…これが<レジェンダリーバーガー>だ…
↓こういう一皿…時には頂きたい…頂いてしまって、この場所を離れて数分で「また頂きたい!!」と考えてしまっていた…
<HRC Kyoto>は3月末に立寄ったという経過以来だった。是非、また訪ねたいものだ…
<2103>&<2006>:鉄砲町停留所:松山の路面電車(2020.08.02)
JR松山駅に着いた直後、最初に目指したのはロシア兵墓地であった。
JR松山駅前を含めて市内を環状に走る路面電車を利用して鉄砲町停留所を目指して、そこから歩いて訪ねることが叶うと知り、早速路面電車に乗車してみた…
松山滞在中に何度も視て、何度も乗車した<モハ2100形>と呼ばれる2002(平成14)年の初登場以来増備されたという車輌に乗車した。
実質的に「全く初めて」という状況下であった松山で、初めて乗車する路面電車で動くのは愉しい。車窓から視える様子の何もかもが興味深い感だった…
↓そうしていると<2103>で到着した…
↑反対側に<2006>が停車中であった。この<モハ2000形>は、京都から松山に移って来た経過が在る、独特な雰囲気の車輌だ。
↓<2006>が出発してしまった後、<2103>は少しの間、停車していた…
↓専用軌道的になっている区間で、踏切が設置されている箇所を走り去った…
何やら楽しい松山の路面電車…滞在期間を通じて、それなりに多く乗車したと思うが、このJR松山駅前から鉄砲町というのが「初めの一歩」であったことを記憶したい…
JR松山駅前を含めて市内を環状に走る路面電車を利用して鉄砲町停留所を目指して、そこから歩いて訪ねることが叶うと知り、早速路面電車に乗車してみた…
松山滞在中に何度も視て、何度も乗車した<モハ2100形>と呼ばれる2002(平成14)年の初登場以来増備されたという車輌に乗車した。
実質的に「全く初めて」という状況下であった松山で、初めて乗車する路面電車で動くのは愉しい。車窓から視える様子の何もかもが興味深い感だった…
↓そうしていると<2103>で到着した…
↑反対側に<2006>が停車中であった。この<モハ2000形>は、京都から松山に移って来た経過が在る、独特な雰囲気の車輌だ。
↓<2006>が出発してしまった後、<2103>は少しの間、停車していた…
↓専用軌道的になっている区間で、踏切が設置されている箇所を走り去った…
何やら楽しい松山の路面電車…滞在期間を通じて、それなりに多く乗車したと思うが、このJR松山駅前から鉄砲町というのが「初めの一歩」であったことを記憶したい…
煙草店…:善通寺(2020.07.31)
善通寺を訪ねてみて、更に動き続けるべく善通寺駅へ引揚げようとしていた。
未だ「午前中」ということになる時間帯ではあったが、十分に日が高くなり、陽射しはキツかった…こういう状況下では、適宜日陰などで休憩しながら動くべきであろう…
↓こんな場所に出くわした…
文字どおりに煙草を売っている店だった。昔から在るような、相当に多様な種類の煙草が売られていた…
↓一寸変わったモノを眼に留めて、この店で求めたのがこれだった…(この画は後から高知の宿で引っ張り出した時に撮った…)
↑独特な味や香りを加味した、少し変わった感じの代物だった…
陽射しが強かった中、軒先のベンチが日陰で何となく心地好い感だった…「小休止!」と暫し腰を下ろしていた…
未だ「午前中」ということになる時間帯ではあったが、十分に日が高くなり、陽射しはキツかった…こういう状況下では、適宜日陰などで休憩しながら動くべきであろう…
↓こんな場所に出くわした…
文字どおりに煙草を売っている店だった。昔から在るような、相当に多様な種類の煙草が売られていた…
↓一寸変わったモノを眼に留めて、この店で求めたのがこれだった…(この画は後から高知の宿で引っ張り出した時に撮った…)
↑独特な味や香りを加味した、少し変わった感じの代物だった…
陽射しが強かった中、軒先のベンチが日陰で何となく心地好い感だった…「小休止!」と暫し腰を下ろしていた…
1200形ディーゼルカーとキハ185系ディーゼルカー:穴吹駅(2020.08.01)
「重要伝統的建造物群保存地区」とされる<「うだつ」の街並み>を愉しみ、徳島県産の鶏肉も使ったランチを頂き、移動を続けようと穴吹駅へ…
↓徳島へ向かう列車が既にホームで待機していた。
↑1輌で運行されているディーゼルカーの列車だ…
この型の車輌…何度か乗車する機会が在ったのだが、1200形だ。
1990(平成2)年から1998(平成10)年の期間で56輌が1000形として製造された。その後、2006(平成18)年に後続形式の登場に際して連結が可能なように、一部の車輌に改造を施して1200形ということになったのだそうだ。四国では広く走り回っている型と見受けられる…
↓画の右側、徳島とは逆の阿波池田へ向う列車が接近している…
↑接近する列車…何となく「懐かしい?」というような外観だと思った…
↓阿波池田へ向かう特急列車だ…<剣山>という愛称が冠せられている…
この特急列車の車輌はキハ185系ディーゼルカーで、国鉄時代末期の1986年に登場している。北海道で視掛けるキハ183系ディーゼルカーとよく似た外観の故に、何処となく「懐かしい?」と感じたのだと思う…このキハ185系ディーゼルカーによる<剣山>に乗車し、阿波池田へ移動した…
それにしても…この穴吹駅で、列車を照らしていた光線が、忘れ難いものになっている…
↓徳島へ向かう列車が既にホームで待機していた。
↑1輌で運行されているディーゼルカーの列車だ…
この型の車輌…何度か乗車する機会が在ったのだが、1200形だ。
1990(平成2)年から1998(平成10)年の期間で56輌が1000形として製造された。その後、2006(平成18)年に後続形式の登場に際して連結が可能なように、一部の車輌に改造を施して1200形ということになったのだそうだ。四国では広く走り回っている型と見受けられる…
↓画の右側、徳島とは逆の阿波池田へ向う列車が接近している…
↑接近する列車…何となく「懐かしい?」というような外観だと思った…
↓阿波池田へ向かう特急列車だ…<剣山>という愛称が冠せられている…
この特急列車の車輌はキハ185系ディーゼルカーで、国鉄時代末期の1986年に登場している。北海道で視掛けるキハ183系ディーゼルカーとよく似た外観の故に、何処となく「懐かしい?」と感じたのだと思う…このキハ185系ディーゼルカーによる<剣山>に乗車し、阿波池田へ移動した…
それにしても…この穴吹駅で、列車を照らしていた光線が、忘れ難いものになっている…
<うずしお>:2700系ディーゼルカー:高松駅(2020.08.01)
↓高松駅は「頭端式」な、フォークのような形状の軌道が敷設されていて、独特な趣が在る駅だと思う。
↑列車が到着しようとしている…
↓確りとポスターも用意されている新型車輌が登場するようだ…
↓徳島から高松に到着し、折り返して徳島へ向かうという列車だ…
↓真新しいような感じがした車輌だった…
2700系ディーゼルカーは2019(令和元)年から運用が始まったばかり…本当に真新しい車輌だった…
↓凄く感じが好い座席だった…
↓最近の列車でよく視掛けるような方式で、車内の案内略図が示されている…
後から乗車することとなった8600系電車も含め、近年に登場というJR四国の車輌…何か酷く感じが好い!!早くも…こういう車輌達との再会を強く望むようになってしまっていることに気付く…
↑列車が到着しようとしている…
↓確りとポスターも用意されている新型車輌が登場するようだ…
↓徳島から高松に到着し、折り返して徳島へ向かうという列車だ…
↓真新しいような感じがした車輌だった…
2700系ディーゼルカーは2019(令和元)年から運用が始まったばかり…本当に真新しい車輌だった…
↓凄く感じが好い座席だった…
↓最近の列車でよく視掛けるような方式で、車内の案内略図が示されている…
後から乗車することとなった8600系電車も含め、近年に登場というJR四国の車輌…何か酷く感じが好い!!早くも…こういう車輌達との再会を強く望むようになってしまっていることに気付く…