恒例化している所用のため、一寸南下している…
南下の際に、名寄で道草をした。名寄では「排雪列車」として1930年代後半から1970年代初頭に運用されていた<キマロキ>と呼び習わされた編成が「そのままの姿」で屋外に展示されている。以前にこれを眺めて非常に好かったことから「何時か再訪…」と長く思っていたのだが、この程漸く実現出来た。
<キマロキ>?キ=機関車、マ=マックレー車、ロ=ロータリー車、キ=機関車という編成を指し示す…
↓こういう具合に編成そのものが静態保存されている…
機関車でマックレー車というモノを牽引し、線路脇の積雪を崩しながら安全に列車を運行し得る幅を確保する。そして、蒸気機関車と同じ原理で“ロータリー”の機械を動かす関係で「自走は不可能…」というロータリー車を連結し、そのロータリー車で雪を吹き飛ばす。そしてその重量が嵩む編成を後ろから機関車で押す…これが<キマロキ>である。
↓これがマックレー車というモノだ…
↓大きな羽根のようなモノを広げて、線路脇に堆くなった積雪を崩し、列車の安全運行が叶うように幅を拡げるのである。
↓これがロータリー車だ…
↓蒸気機関車と同じような要領で石炭をボイラーに投入し、蒸気機関でロータリーを動かす。故に蒸気機関車のように自力で走行出来る訳でもない車輛だ…
↓回転する巨大な羽根で雪を巻き込んで吹き飛ばす仕組みになっている…
↓左のマックレー車で崩した雪を、右のロータリー車で吹き飛ばすということになる。
↓重たい編成を後ろから押すのはD51形だ…
名寄は鉄道網の核となった場所で、厳しい冬季にも安全な輸送を確保すべく様々な努力を払う場面でも拠点となっていた。「名寄駅常備」となっていた除雪作業の車輛を、運行可能な機関車と組ませて動かすということをして、軌道の除雪や排雪に努力をしていた。そんな作業に用いた編成「そのもの!」が大切に保存されているのが名寄だ…内陸でもある名寄の周辺は「寒い…雪が多い…」という地域である…
<キマロキ>を出動させようという場面で、恐らくは名寄に在った様々な機関車が登場したであろうが…保存の編成の先頭に在るのは<59601>だ。これは大正時代に登場している9600形の1輛である。
↓何か「半世紀も地元で働いた車輛」として、殊更に大切にされているようにも感じる<59601>だ。
<59601>には「大10・川船」というプレートも残っている。これは「大正10年に川崎兵庫造船所で製造」という意味だ。
↓こういう具合である…
↑神戸の工場で製造されて北海道にやって来て、1922年から名寄に配備となり、以降は1971年に蒸気機関車の運用を止めてしまうまで名寄で動き続けていたのだ。
名寄で半世紀働き、引退後に半世紀を経た…<59601>は「100年!」の歴史を有している機関車だ!
↓残念ながら「動態保存」の例が無い9600形であるが、全国で貨物列車等を牽引して活躍した経過が在るという機関車で、こうして視るとなかなかに美しい…
以前にこれを視て、何やら「力を分けてもらった…」というように感じたのだったが…“再会”が叶って凄く嬉しかった!
鉄道というモノは、苦心して敷設した後にも、多くの関係者が努力して列車の安全運行を確保して来たのだ。そういう「当然と言えば当然の歴史」に想いを至らせてくれるのがこの<キマロキ>だ…