利尻島の南側、やや西寄りの辺りは、嘗ては「仙法志村」と呼ばれる場所だったそうだ。1956(昭和31)年にやや北の沓形町と合併し、島の西側が「利尻町」となった。
↓その仙法志の御崎は海岸部が公園とされていて、こういうような風景が見受けられる。
↓島の南の海を望んだ。溶岩によって形成された地面や海岸という様子が判り易い場所だ…浪が岩に当り、岩の上では海鳥が翼を休める様子が見受けられた…
↓海を望んでから振り返ると、利尻富士の姿がよく視える…
「海抜1721mの山」と言うが…「海抜」とは海面を基準に考える高さである。
↓画の左側、海面から傾斜上に隆起して山頂に到る線が伺えるのだが…利尻富士は、正しく「海面を基準(=0m)にして、山頂の高さまで形成された山」と言う様子が判り易い…
この仙法志御崎公園の景色は凄く好いと思う…
それにしても「仙法志」(せんぽうし)というのは不思議な感じがする地名だ。
これはアイヌ語のチェプポ・オチ(cheppo-ochi=小魚・多くいる場所)に由来するのだという。幕末の探検家・松浦武四郎は「チエフホフシ」と記したといい、それが転訛して漢字が宛てられて「仙法志」で定着した訳だ…
利尻町側から利尻富士を望む…(2021.07.10)
やや崩れた円の形で周囲が60㎞弱、島の内陸の非常に大きな部分を1721mの利尻富士が占めている利尻島は、東側の利尻富士町、西側の利尻町から成る。稚内との間を往来するフェリーの多くは鴛泊港を発着している。鴛泊港は利尻島の概ね北東、利尻富士町に所在する。
この鴛泊港から「時計回り」となれば南下することになり、「反時計回り」となれば少し北上して西側へ進んで行くことになる。利尻島を一周する観光バスのようなモノの多くは「時計回り」で動く。そんなことも在って、何となく「反時計回り」で動いてみることにした。
鴛泊港に近い東側では、何やら雲が流れ込んだようで、利尻富士の姿が視え悪い感じになっていた。そんな中、利尻空港へ通じる辺りを過ぎて「利尻町の側に至った?」というような頃、利尻富士の高目な辺りの雲が薄くなって来た。そして「太古の昔に溶岩の動きで形成された地面?」と思しき場所が草原と化していて、その向こうに利尻富士の威容が視え易くなった。「ここなら問題は無さそうだ…」という箇所を見出して車を停め、少し様子を眺めてみた…
↓何か「独特な風情」に感じ入った…
↓「敢えて描き込んだ?」とでもいうように、渓谷になっている箇所に溜った残雪の白が山肌に覗いている…
↓「凄いなぁ…」の連呼と、そこから先に言葉が続かないかのような感…
本当に「景色を愛でる」ということだけに費やした時間。そんな「贅沢」に相応しい風景…これに出くわして善かった!
この鴛泊港から「時計回り」となれば南下することになり、「反時計回り」となれば少し北上して西側へ進んで行くことになる。利尻島を一周する観光バスのようなモノの多くは「時計回り」で動く。そんなことも在って、何となく「反時計回り」で動いてみることにした。
鴛泊港に近い東側では、何やら雲が流れ込んだようで、利尻富士の姿が視え悪い感じになっていた。そんな中、利尻空港へ通じる辺りを過ぎて「利尻町の側に至った?」というような頃、利尻富士の高目な辺りの雲が薄くなって来た。そして「太古の昔に溶岩の動きで形成された地面?」と思しき場所が草原と化していて、その向こうに利尻富士の威容が視え易くなった。「ここなら問題は無さそうだ…」という箇所を見出して車を停め、少し様子を眺めてみた…
↓何か「独特な風情」に感じ入った…
↓「敢えて描き込んだ?」とでもいうように、渓谷になっている箇所に溜った残雪の白が山肌に覗いている…
↓「凄いなぁ…」の連呼と、そこから先に言葉が続かないかのような感…
本当に「景色を愛でる」ということだけに費やした時間。そんな「贅沢」に相応しい風景…これに出くわして善かった!
遠ざかる利尻富士…:鴛泊→稚内の船上(2021.07.10)
「久し振りの利尻島上陸」という経過が在った。勿論、カメラも抱えて行っていて、多数の写真も撮った。
こういうような場合、経過を踏まえて、或る程度時系列に写真を掲げながら記事を綴るということが「より自然?」かもしれない。
↓が、敢えて「利尻島での愉しかった1日に幕を引き、稚内へ引揚げる」という場面、船上で眺めた様子を掲げたい…
↓穏やかで、寒くはない感じ―それでも「存外に身体が冷える…」に警戒で、半袖Tシャツの上にデニムジャケットを引掛けた…―なので甲板に陣取って飽きずに景色を眺めて過ごしていた…
↓鴛泊港を発ったフェリーは、静かに稚内港を目指して利尻島を遠ざかって行く。遠ざかる都度、利尻富士の見え方は刻々と変わる…
この日、鴛泊港にも近い利尻島の東側では、利尻富士の高目な側に雲が掛かっている場面がやや多かった。
↓船が利尻島から遠ざかるに連れ、利尻富士に掛かっていた雲が薄目になって行ったような気がした…
До свидания(ダ スヴィダニヤ)...再会の時まで…そんな言葉が頭に過った。
引揚げる際の船上で、早くも(!?)「また行くぞ!!」と「再会の時」を想像してしまっていた。今般は「好い訪問」であったのだ…
こういうような場合、経過を踏まえて、或る程度時系列に写真を掲げながら記事を綴るということが「より自然?」かもしれない。
↓が、敢えて「利尻島での愉しかった1日に幕を引き、稚内へ引揚げる」という場面、船上で眺めた様子を掲げたい…
↓穏やかで、寒くはない感じ―それでも「存外に身体が冷える…」に警戒で、半袖Tシャツの上にデニムジャケットを引掛けた…―なので甲板に陣取って飽きずに景色を眺めて過ごしていた…
↓鴛泊港を発ったフェリーは、静かに稚内港を目指して利尻島を遠ざかって行く。遠ざかる都度、利尻富士の見え方は刻々と変わる…
この日、鴛泊港にも近い利尻島の東側では、利尻富士の高目な側に雲が掛かっている場面がやや多かった。
↓船が利尻島から遠ざかるに連れ、利尻富士に掛かっていた雲が薄目になって行ったような気がした…
До свидания(ダ スヴィダニヤ)...再会の時まで…そんな言葉が頭に過った。
引揚げる際の船上で、早くも(!?)「また行くぞ!!」と「再会の時」を想像してしまっていた。今般は「好い訪問」であったのだ…
「上陸作戦(?!)」の顛末…(2021.07.10)
漸く「ジーンズ穿きで半袖Tシャツ」というような服装に、気分で好みのキャップでも被った程度の様子で日中の戸外を動き回ることに抵抗感が無くなった感の当地である。そういう中で日曜日を過ごしながら、土曜日の顛末を綴ろうとしている…
色々と愉しい事、愉快な感じが在って、何か「佳かった」とか「好い」と語りたい内容で頭の中が溢れてしまうというような場合も時には在るかもしれない。単純に「休日だった土曜日の顛末」ということに過ぎないのだが、「溢れるような記憶」を少し整理したいような気分なのだ…
「時にはカメラを提げて好い風景を眺めに出て、一寸変わったランチを愉しんで、温泉にでも浸かる休日は如何でしょう?」と誘って下さる友人が在る。「Хорошая идея!!」(Good idea!!)ということになって、何度かそういうことをした。
何度かそんなことをする中、日本海側を動き回って「沖に浮かぶ利尻富士…」というモノの様子を愛でた、または愛でようと動き回ったことが在った。そんな時に…「あの利尻富士…島全体が山と言っても過言でもないような利尻島そのものだが…そのうち…“探検隊”でも編成して上陸するか?」ということが話題になった。これもまた「Хорошая идея!!」(Good idea!!)ということにはなった…
6月末の或る日、件の友人と会って話す機会が在った。「そう言えば“探検隊”と言っていた話しな…」ということが話題になった。「“そのうち”と言っていても?何時までも“そのうち”は訪れない…とりあえず、余程天候が悪くない限り実行するということにした方が善くないか?」という話しになった。そして「少雨決行!“上陸作戦”は7月10日に発動である!!」という話しになった。
こういう話しになると、その「7月10日」が愉しみで、そして天候按配が気になって毎日のように気象情報に眼を通す。稚内やその周辺は、7月に入ってから、何か「雲が多目で雨交じり」とか「1日の中で変わり易過ぎるような天候」というのが続いていた。「少雨決行!“上陸作戦”は7月10日に発動である!!」と、半ばは「呑んだ席の“お笑いネタ”」という気分も交えて話していたが、酷く天候が気になった。前々日辺りに「予報は晴れ?利尻島も稚内も、特段に何かの注意喚起が為されているのでもない…」ということになって、「進め!!一歩も下がるな!!」と昔の戦争を背景にした映画にも出て来る“ソ連軍の隊長”が叫んでいそうな台詞が出て来た訳だ…
そして7月10日、休日である土曜日の朝だ…
昨年の12月、津島の観音寺という寺に立寄って<令和三年 智山御寶暦>というモノを頂いた。副住職と言葉を交わして愉しかったのだが、去り際に「時季なので御配りしている」と暦を下さったのだった。手元に置いて、時々眺める。
7月10日?“九星”は「五黄」で、“廿七宿”は「鬼(き)」で“十二直”は「建(たつ)」だ。
「五黄」は「吉運。凶を転じて福となす大楽運。進んで業を起し活動すべし」だそうだ。「鬼(き)」は「大吉日にて祝い事よろずよろし」だそうだ。「建(たつ)」は「神仏を祭り婚姻開店柱棟上げ旅行金銭を収納し新衣の着初め等吉」だそうだ。
要は?「本日、7月10日は吉日」なのだ!
その「吉日」という状況を反映し、早朝から「こういうのも久し振りだ!!」という程度に明るい天が視られた。
朝6時台に稚内港のフェリーターミナルへ向かい、7時頃のフェリーで鴛泊港=利尻島へ渡り、午後5時台に鴛泊港を出るフェリーで戻り、午後7時台に稚内港…というのが“上陸作戦”の基本的な構想である。これ以外…友人が移動手段に用いるレンタカーを予約したという程度で、本当に細々したことは何も決めていなかった。「時にはカメラを提げて好い風景を眺めに出て、一寸変わったランチを愉しんで、温泉にでも浸かる休日は如何でしょう?」という程度のことを、「フェリーで渡った利尻島で実践」という次第なのだ…
往路のフェリー…<ボレアース宗谷>だ。話しが先走るが、復路も同じ船だった…船名に関して「『ガンダム』に出て来る宇宙艦とか、何やら物々しい秘密兵器にでも在りそうな名ではないか?」と笑い話にしてしまっていたが…
航海は(往路も復路も)穏やかな海象の中での航海で、「多分、何処かのバスや電車の方が余程揺れる…」という程度、滑らかな海面を静かに進み、天を流れる雲と光が醸し出す景色が素晴らしかった…
利尻島では、東寄りにやや雲が多い場合が目立ったが、西寄りは雲が少な目で、立寄る先々で美しい光景が眺められた。「佳かった」とか「好い」と語りたい内容で頭の中が溢れてしまうというような場合が生じたと思う。
一応…鴛泊のフェリーターミナル上陸後の経路を…
鴛泊港フェリーターミナル→姫沼→西側の利尻町の域に入って沿道で景色を眺める→見返台で山の途中まで上がった→北見富士神社→沓形のラーメン店で昼食→仙法志御崎公園→オタトマリ沼→<白い恋人の丘>→鬼脇→<ラナルド・マクドナルドの碑>→姫沼→西側の利尻町の域に入って沿道で景色を眺める→鴛泊港に引揚げた後に<利尻富士温泉>を訪ねた→鴛泊港フェリーターミナル辺りのカフェで寛ぐ等→鴛泊港フェリーターミナル
という状態…事前に何となく思った以上に「盛り上がった!!」という感…本当に「漫然と辺りを動き回って景色を愛で、ランチを摂って、温泉に入ってということに丸々一日を費やす」という「贅沢な休日!!」であった。
利尻島上陸の経過の中、「私のカメラの1号機と2号機」と勝手に呼んでいる<X100F>と<X-Pro2>を持参した。<X-Pro2>については<XF35mmF2>を装着した状態で、交換レンズも持っていたが、結果的に交換しなかった。“35mm画角”と“52mm画角”で随分と写真を撮った。順次整理し、こちらのブログでも「盛り上がった!!」という感の、今般の撮影写真を使用した記事を綴って行きたい。
非常に好い状態であったので、本当に「吉日!!」と実感した…時にはこういうのも非常に好い!
色々と愉しい事、愉快な感じが在って、何か「佳かった」とか「好い」と語りたい内容で頭の中が溢れてしまうというような場合も時には在るかもしれない。単純に「休日だった土曜日の顛末」ということに過ぎないのだが、「溢れるような記憶」を少し整理したいような気分なのだ…
「時にはカメラを提げて好い風景を眺めに出て、一寸変わったランチを愉しんで、温泉にでも浸かる休日は如何でしょう?」と誘って下さる友人が在る。「Хорошая идея!!」(Good idea!!)ということになって、何度かそういうことをした。
何度かそんなことをする中、日本海側を動き回って「沖に浮かぶ利尻富士…」というモノの様子を愛でた、または愛でようと動き回ったことが在った。そんな時に…「あの利尻富士…島全体が山と言っても過言でもないような利尻島そのものだが…そのうち…“探検隊”でも編成して上陸するか?」ということが話題になった。これもまた「Хорошая идея!!」(Good idea!!)ということにはなった…
6月末の或る日、件の友人と会って話す機会が在った。「そう言えば“探検隊”と言っていた話しな…」ということが話題になった。「“そのうち”と言っていても?何時までも“そのうち”は訪れない…とりあえず、余程天候が悪くない限り実行するということにした方が善くないか?」という話しになった。そして「少雨決行!“上陸作戦”は7月10日に発動である!!」という話しになった。
こういう話しになると、その「7月10日」が愉しみで、そして天候按配が気になって毎日のように気象情報に眼を通す。稚内やその周辺は、7月に入ってから、何か「雲が多目で雨交じり」とか「1日の中で変わり易過ぎるような天候」というのが続いていた。「少雨決行!“上陸作戦”は7月10日に発動である!!」と、半ばは「呑んだ席の“お笑いネタ”」という気分も交えて話していたが、酷く天候が気になった。前々日辺りに「予報は晴れ?利尻島も稚内も、特段に何かの注意喚起が為されているのでもない…」ということになって、「進め!!一歩も下がるな!!」と昔の戦争を背景にした映画にも出て来る“ソ連軍の隊長”が叫んでいそうな台詞が出て来た訳だ…
そして7月10日、休日である土曜日の朝だ…
昨年の12月、津島の観音寺という寺に立寄って<令和三年 智山御寶暦>というモノを頂いた。副住職と言葉を交わして愉しかったのだが、去り際に「時季なので御配りしている」と暦を下さったのだった。手元に置いて、時々眺める。
7月10日?“九星”は「五黄」で、“廿七宿”は「鬼(き)」で“十二直”は「建(たつ)」だ。
「五黄」は「吉運。凶を転じて福となす大楽運。進んで業を起し活動すべし」だそうだ。「鬼(き)」は「大吉日にて祝い事よろずよろし」だそうだ。「建(たつ)」は「神仏を祭り婚姻開店柱棟上げ旅行金銭を収納し新衣の着初め等吉」だそうだ。
要は?「本日、7月10日は吉日」なのだ!
その「吉日」という状況を反映し、早朝から「こういうのも久し振りだ!!」という程度に明るい天が視られた。
朝6時台に稚内港のフェリーターミナルへ向かい、7時頃のフェリーで鴛泊港=利尻島へ渡り、午後5時台に鴛泊港を出るフェリーで戻り、午後7時台に稚内港…というのが“上陸作戦”の基本的な構想である。これ以外…友人が移動手段に用いるレンタカーを予約したという程度で、本当に細々したことは何も決めていなかった。「時にはカメラを提げて好い風景を眺めに出て、一寸変わったランチを愉しんで、温泉にでも浸かる休日は如何でしょう?」という程度のことを、「フェリーで渡った利尻島で実践」という次第なのだ…
往路のフェリー…<ボレアース宗谷>だ。話しが先走るが、復路も同じ船だった…船名に関して「『ガンダム』に出て来る宇宙艦とか、何やら物々しい秘密兵器にでも在りそうな名ではないか?」と笑い話にしてしまっていたが…
航海は(往路も復路も)穏やかな海象の中での航海で、「多分、何処かのバスや電車の方が余程揺れる…」という程度、滑らかな海面を静かに進み、天を流れる雲と光が醸し出す景色が素晴らしかった…
利尻島では、東寄りにやや雲が多い場合が目立ったが、西寄りは雲が少な目で、立寄る先々で美しい光景が眺められた。「佳かった」とか「好い」と語りたい内容で頭の中が溢れてしまうというような場合が生じたと思う。
一応…鴛泊のフェリーターミナル上陸後の経路を…
鴛泊港フェリーターミナル→姫沼→西側の利尻町の域に入って沿道で景色を眺める→見返台で山の途中まで上がった→北見富士神社→沓形のラーメン店で昼食→仙法志御崎公園→オタトマリ沼→<白い恋人の丘>→鬼脇→<ラナルド・マクドナルドの碑>→姫沼→西側の利尻町の域に入って沿道で景色を眺める→鴛泊港に引揚げた後に<利尻富士温泉>を訪ねた→鴛泊港フェリーターミナル辺りのカフェで寛ぐ等→鴛泊港フェリーターミナル
という状態…事前に何となく思った以上に「盛り上がった!!」という感…本当に「漫然と辺りを動き回って景色を愛で、ランチを摂って、温泉に入ってということに丸々一日を費やす」という「贅沢な休日!!」であった。
利尻島上陸の経過の中、「私のカメラの1号機と2号機」と勝手に呼んでいる<X100F>と<X-Pro2>を持参した。<X-Pro2>については<XF35mmF2>を装着した状態で、交換レンズも持っていたが、結果的に交換しなかった。“35mm画角”と“52mm画角”で随分と写真を撮った。順次整理し、こちらのブログでも「盛り上がった!!」という感の、今般の撮影写真を使用した記事を綴って行きたい。
非常に好い状態であったので、本当に「吉日!!」と実感した…時にはこういうのも非常に好い!