北上…=運行日誌(2021.11.22)

札幌駅の傍、何度も利用している宿で寛いでいる。やや遅めな到着で、札幌駅に着いて戸外へ出てから、近くのセイコーマートに立寄って飲物等を求め、その足で宿に入って寛いでいる。何やら「長い一日」という感だ。

五条大宮の宿で朝を迎え、宿の朝食を少々頂いた。「朝食前から…」という程の動きをするまでもない日である。天候の塩梅も観ながら、散策を愉しみ、フライトに遅れないように大阪空港(伊丹)へ向けて、大阪モノレールへの乗換駅に至れば好い訳だ。

「五条大宮」とは、東西に延びる五条通と南北に延びる大宮通とが交差する辺りである。五条通を東へ進んでみることとした。東の烏丸通に至れば地下鉄の五条駅が在る。そこから更に東進して川の畔に辺りに至れば京阪の清水五条駅だ。五条駅や清水五条駅というのは、近年の京都訪問の中でほんの少々は親しんでいる。「とりあえずの目印」には好適というものだ。

何度も立寄っている京都だが、様々な時代の文物が折り重なっている街だけに、興味深いモノは尽きない。再訪も初訪問も混ぜて、些かの面白そうな場所を見学し、大阪空港(伊丹)への道中でも道草をするという程度の想いで宿を発ったのは朝の7時45分頃だった。戸外へ出れば小雨…愛用のキャップは確り被り、上着も着込んで何となく歩き始めた。

五条通を東進し、鴨川に至って、更に進んで六波羅蜜寺に立ち寄った。空也上人―念仏を唱えると、唱えた字毎に阿弥陀仏になるという、伝説を立体化したモノ―や平清盛―教科書等にも採用されている非常に有名なモノ―や弘法大師や仏師の運慶等、素晴らしい彫像が集まった宝物館を見学した。人物の実寸またはやや小さい程度の大きさなのだが、何やら「生きている?」というような見事なモノばかりだった。

そして六道珍皇寺…あの世とこの世とを往来したという伝承が在る小野篁に所縁の寺で、見事な薬師如来、閻魔大王、小野篁の像が在る。

雨はなかなか止まない。本当に「御近所の御常連が寛ぐ場所」という「昭和の風情…」な喫茶店を見付けて、些かの休憩とした。

更に雨の中、弘法大師が善女龍王を勧請して雨乞いを成功させたという伝承が在り、嘗ては平安京の天皇の庭でもあったと伝わる神泉苑を訪ねた。地味かもしれないが、その弘法大師の伝承に興味が在ったので立ち寄り、眼前の二条城には敢えて寄らなかった。

二条城も結構だが、その後に足を運んだ三十三間堂は「何故、これまで訪ねていなかったのか?!余りに愚かだった…」と思った。実に素晴らしい!!堂内に入れば「本当に千体!!」の千手観音が並ぶ空間、千体もの仏像が醸し出すモノに圧倒された。そしてそれらを守護するような30体の像だが、これも伝承されている神霊を擬人化したという様々なモノが、「こういう顔付の人…居そうだ…こんな感じの表情も在りそうだ…」と見事なモノだった。そして「通し矢」の廊下も、硝子越しながら拝見出来た。修学旅行の生徒達という姿も多く見受けられた。

この頃には雨が強まっていた。それでも歩き続けた。三十三間堂まで至れば智積院が近い。あの境内で、紅く染まった葉が雨の雫に湿る様を眺めた。

と…ここまでで「昼食のピークを過ぎる」という時間帯になっていた。京阪電車の七条駅の方へ向かう中で「昼食?」と思ったのだが、その思ったタイミングにステーキの店が眼前に現れた。リーズナブルな料金で、良質な赤肉のステーキを頂き、日本酒も別途頼んで頂いて寛ぎ、御店の方とも言葉を交わして愉しかった。

何か…「充実!」と思いながら、京阪電車で門真市駅を目指した。存外に時間を要した。そして大阪モノレールに乗り換えた。未だ雨が降り続き、その雨も少し強めにさえなっている。敢えて道草はせずに大阪空港(伊丹)に至ったが、既に午後4時半を伺うような時間帯だった。

フライトは午後6時40分に発つ。搭乗可能になるのは6時20分頃である訳だが、手続を済ませて空港ビル内のカフェで一息入れ、保安検査を経て案内を待つことにした。「悪天候で引き返して関西空港に下りる場合も在る」という案内ではあったが…別段に問題は無かった。

フライトには問題は無かったが、自身には一寸した問題が…愛用していて、今般も使っているバッグのファスナーが傷み、閉まらなくなってしまった。飛行機の中で気付き、客室乗務員さんに乗客のゴミを集める場面で使うゴミ袋を1枚頂き、バッグを包んだ。応急措置の雨除けカバーという訳だ。妙な様相のバッグを持っていたが、新千歳空港のビルで不審者呼ばわれはせずに済んだ…

そうして雨の京都、雨の大阪空港(伊丹)と動いて雨の札幌に至った訳だ。何やら「帰国…」という風情ではあるが、同時に奇妙な感じだ。京都でも「14℃で雨」ということだったが、札幌でも「13℃で雨」と大差が無い…

とりあえず…セイコーマートでウィスキーの小瓶を求め、旅の充実と安着を祝っている…

龍谷大学の建物…(2021.11.21)

↓西本願寺の直ぐ脇だ。視掛けた時、思わず足を停めた…
21-11-2021 X-Pro2 (16)
↑「欧州の古い街のような…」とも思ったが、龍谷大学のキャンパスらしい…

京都というのは「各時代の新たなモノ」がドンドン容れられ、それが伝えられ、様々な時代の色々なモノが累積している街なのだと思う。近代の欧州的な要素が大胆に入った建物もまた、そんな「様々な時代が折り重なった京都」の要素だ。

「関係者以外立入禁止」の場所だが、こうやって小路を歩いていて視える様子もなかなかに好い…こんな感じに出くわせるのが、他所の街を歩き廻る際の愉しみというものだ。
posted by Charlie at 07:30Comment(0)京都府

歩行者目線の案内表示…:京都・大宮通(2021.11.21)

「“五条大宮”の宿…」ということで、街の南側に位置する東寺から大宮通をゆっくり北上し、東西に延びている五条通を目安に進むと辿り着けるであろうとゆっくり進んだ。

↓歩道にこういう看板が掲出されていたことに気付いた。
21-11-2021 X-Pro2 (35)
↑「これは好い!」と思った。

南北に延びる大宮通沿いの現在位置が示され、交差している東西に延びている種々の通が示されている。そして「歩いても直ぐ…」の範囲に限定した案内で、歩いている進行方向か通り過ぎた方向を一寸思うだけの範囲なので情報が過多とはならない。

考えてみれば、京都という街は「東西南北の通を歩いて人々が行き交う」という時期の方が、公共輸送機関、乗用車、自転車等で動き回っている時期よりも永いのだ。看板を用意しようという人達の中にもそういう「東西南北の通を歩いて人々が行き交う」という発想が強いのかもしれない。

京都で様々な公共輸送機関を利用するのも好きなのだが、こういう「東西南北の通を歩いて人々が行き交う」という発想が感じられるが故に、京都は「歩き廻って愉しい」という街なのかもしれない。何か京都への好感度が高まった…
posted by Charlie at 07:16Comment(0)京都府

ケーブルカー…:高野山駅にて…(2021.11.21)

↓公共輸送の乗物に乗って「天井」に思わず目を奪われるというような場面?一寸、類例が思い当たらない…
21-11-2021 X100F (26)

↓高野山に伝わる「切り絵」のような感じに、干支や縁起物を模ったモノを配置している。なかなかに好いアート作品である…
21-11-2021 X100F (28)

↓高野山駅に停車中であったケーブルカーに乗車した際、車内の天井に注目してしまったのだった…
21-11-2021 X100F (24)

↓街とケーブルカーの駅との間は、こういうバスで往来する…
21-11-2021 X100F (17)

↓バスで高野山駅に着く…
21-11-2021 X100F (19)

↓<こうやくん>が乗客を出迎えてくれる…
21-11-2021 X100F (22)

↓寺院建築を意識したような、趣在る駅舎だ…
21-11-2021 X100F (20)

↓駅舎は「文化財」に指定されているようだ…
21-11-2021 X100F (18)

↓橋本から山を上がる路線が敷設されている。極楽橋に至ると、高野山との間はケーブルカーで往来する…
21-11-2021 X100F (25)

こうした乗物を使って、高野山を往来すること自体も一寸面白い…

<ファミリーマート 高野山店>…(2021.11.20)

↓壇上伽藍に入る中門の前の路を大門の側へ向かうと、こういうモノが在る。
20-11-2021 X-Pro2 vol01 (96)
↑「7時から23時」という営業のコンビニだ。営業時間を視て「稚内の<セイコーマート>のようだ…」とも思ったが、それでも「朝早くから夜遅く…」というものである。「23時から7時」という次元の深夜早朝は「本気で人が歩いていない…」というのも高野山だと見受けられる。

実は高野山滞在後に京都に移動し、滞在の宿の傍に同じチェーンの店が在ったので寄ってみたが、画の「高野山店」も京都市内の店と売られているモノ等は何ら変わらない。「高野山店」には「土産のグッズ」が些か見受けられたというのが在った程度だ…ATM設置店でもあった…

壇上伽藍の周辺は何度も廻って歩いたが、この店も何度も利用し、珈琲やその他の飲物を頂き、加えて「高野町様へ納税」(=煙草を求めた…)という場面も在った。

視れば、時間帯を問わずに来店客が絶えない。自身を含む高野山への来訪者も、町内と見受けられる人達も区別無く利用していた。比較的新しい店と見受けられるが、既に「街のインフラ」のようになっている…