<ワールドポーターズ>…(2022.08.05)

↓「“雰囲気”が在る建物…」と思い、提げていた<X100F>を使った…
05-08-2022 X100F (71)
↑1999年開業の商業施設であるという。様々な店舗やサービス、映画館等が入っている広大な建物であるようだ。開業から20年余りを経て、中のテナントには色々と変遷も在るようだが…

写真を見て「ここ…入らなかった…何となく…」と思い出していた。少し前に横浜を通り掛った際にも入っていない。本当に、何処かへ出掛ける都度に「“次”が在るなら…」というのが頭の隅に浮かんでしまう様子だ…

奈良公園の鹿…(2022.07.30)

↓「鹿」と言えば「奈良」…「奈良」と言えば「鹿」という感じか?鹿に変なちょっかいを出さないようにという注意喚起の看板も在る…
30-07-2022 XPro2 (17)
↑奈良公園では珍しくもない鹿だが、何となく眺めてしまう。夏になると、春に生まれた仔鹿と見受けられる、小さく可愛らしい鹿も混じっている…

奈良の街の一部は「街に公園」というより「公園の一部が“街”」という具合になっているような気もする。そういう中を歩き廻った…

↓鹿達の様子を何となく観ていると、“大家族”とでもいうのか、一定の纏まり、グループのようなモノも存在するような感じではある。が、とりあえず奈良公園では数え切れない程の鹿が方々に集まっている。
30-07-2022 XPro2 (19)

↓本当に、随分昔から辺りに在る動物である鹿が居る様子は、下手に構わずに「長閑だ…」と何となく眺めて愉しむ程度が好いと思う。
30-07-2022 XPro2 (20)

他の場所では、その辺に鹿が居ると驚くが…奈良では鹿の姿が見えなくなりでもしたら驚くことであろう。本当に「風景の一部」になっている鹿達である。
posted by Charlie at 05:32Comment(0)奈良県

牛しぐれまぶし&かき氷…:<牛まぶし 三山>

奈良で昼食を頂こうとした。東大寺から公園の側へ進む途中で見掛けた店に入った。

↓こういう料理を頂いた…
30-07-2022 XPro2 (50)

↓こんな食べ方をするらしい。これ?「ひつまぶし」の要領だ…
30-07-2022 XPro2 (49)

奈良県は「大和牛」というモノを生産していて、牛肉料理を工夫するという機運が高いのかもしれない。

このセットは、味が程好く滲みた牛肉の煮込みと米飯、それに薬味や卵、更に出汁ということで、ゆっくりと幾つかの味の派生型で牛肉を愉しむという趣向だ。なかなかに好かった。敢えて大森にはしていないが、ヴォリューム感も在った…

↓幾つかヴァリエーションも在る。各々に好さそうだ。他方で、肉系統がやや苦手な方には、茶粥定食も意外に好いかもしれない。
30-07-2022 XPro2 (48)

少し暑かった日…エネルギーを補給した形になったが…

↓こんなモノも合わせて頂いた…
30-07-2022 XPro2 (54)
↑白玉も入ったかき氷…「宇治」という抹茶味なシロップのモノだ…

何か「夏の日の奈良…」という記憶に付随する味となったような気もする料理となった。
posted by Charlie at 05:29Comment(0)奈良県

模型…:東大寺大仏殿内展示(2022.07.30)

↓創建の頃の東大寺を再建したのだという模型が、東大寺大仏殿内に展示されている。
30-07-2022 XPro2 (37)

↓現在でも中央に門が在って、奥に大仏殿が建っているという状況では在る。往時はその東西に巨大な七重塔が建っていて、大掛かりな回廊も設えられていたのだという。
30-07-2022 XPro2 (36)
↑現在も伝わる興福寺の五重塔が50mを少し超える高さだが、往時の東大寺の東西の塔は、それを遥かに超える高さであったということのようだ…

こういう過ぎる程に荘厳な東大寺は、平安時代に至って建物の傷み等も目立って少し荒れるが、それでも修繕を重ねて維持されていた。が、それが破壊されてしまう大きな事件が在った。1180年の平重衡が率いた軍勢による南都焼討である。南都(=奈良)の寺院勢力との摩擦で平家が軍勢を差し向けたのだが、辺りを焼いて攻めた。この際に東大寺も大損害を被る。大仏が傷み、大仏殿も焼け落ちた。

↓1185年に大仏が修復され、1190年に大仏殿が再建されたという。「鎌倉時代の再建」ということになるが、東大寺大仏殿内に模型が展示されていた。
30-07-2022 XPro2 (38)
↑現在伝わっている大仏殿よりも幅が広い、より大きな建物である。

更に鎌倉時代には南大門のようなモノも含めて色々と整備される。その後も、東大寺は独自の勢威を保ち続けたようである。

戦国時代になると、松永久秀が大和国に覇を唱え、東大寺にも近い辺りに多聞城と称する城も築いた。この松永久秀に対抗した三好三人衆、或いは筒井順慶等の大和の古くからの勢力との争いが生じていた。

両者の抗争は、やがて東大寺の境内を戦場にする羽目となってしまい、東大寺の大仏殿を含めた多くの建物が損なわれてしまった。

この戦国時代の戦いで、大仏は長く雨曝しで、大仏殿の再建は行われなかった。漸くそれが成ったのは1708年であるという。

↓「江戸時代の再建」ということになる大仏殿も模型が在る。「鎌倉時代の再建」と比べて、少し小さいことが判る。
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↑現在に伝わる大仏殿は、概ねこの「江戸時代の再建」の建物だ。この建物が修理を重ねて受け継がれている。

修復や再建の経過も興味深いが、その原因となった出来事にも興味は抱かざるを得ない…

源平の争乱の頃に東大寺が損なわれた経過は小説『龍華記』(りゅうかき)が面白く、判り易いかもしれない。

戦国時代に東大寺が損なわれた経過は松永久秀を主要視点人物とする小説『じんかん』が面白く、判り易いかもしれない。

色々と思いながら、東大寺大仏殿内の展示を観た。展示されている模型そのものも、少年刑務所での作業の成果なのだということで興味深い。

ここを訪ね、改めて有名な大きな建物を巡る遠大な物語に想いが廻った…
posted by Charlie at 00:05Comment(0)奈良県

東大寺大仏殿…(2022.07.30)

同行者を伴って京都・奈良間を往復してみようということになったのは「大仏を観よう!」ということになったからに他ならない。

↓とりあえずその大仏が鎮座する大仏殿の辺りに到った。
30-07-2022 XPro2 (25)

↓何度眺めても大きな建物であるが、画の左側、門の脇の入口から大仏殿に入ることになる。
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↓大仏殿に近付いて行く。
30-07-2022 XPro2 (27)

↓建物に入れば、直ぐに見上げるしかない巨大な大仏だ…
30-07-2022 XPro2 (30)

↓「奈良の大仏」とでも言う場合、登場頻度が高いような画ということになると思いながら眺めた様子だ…
30-07-2022 XPro2 (31)
↑大仏の高さは「座高」ということになるが、15m弱であるという。大仏が立ち上がったとすれば、身長は50m近くにもなる。往年の『ウルトラマン』のシリーズの設定身長のような大きさなのだ…

↓廻り込んで、別な角度からも大仏を眺めた…
30-07-2022 XPro2 (43)

大仏殿の中には、“大仏”こと「廬舎那仏」の他にも幾分の像が在る。

↓広目天…
30-07-2022 XPro2 (34)

↓多聞天…
30-07-2022 XPro2 (41)

これらの像が意外に見映えが好い…

この時は、外に出ようとした際に極短い時間、強めな通り雨が降った。暫し大仏殿に留まった。

↓やがて、雨が弱まった様子を見計らって退出した。
30-07-2022 XPro2 (46)

大仏殿は「時には好い…」という感じの場所だと思う。

序ながら、大仏殿内に在って通り雨だったが、以降は晴れて、一層暑い感じになったのだった…
posted by Charlie at 00:02Comment(0)奈良県

6666件!!!(2022.08.16)

漠然と「好きな数字?」とでも問われるなら、多分「6」ということにすると思う。偶々、誕生日が6月6日だ。(序に6時頃に産れているらしいが…)

そういうことなので、京都の通に在る標柱の件を綴った記事が「6666件目」と気付いた時には、些か驚き、そして数奇な数字の「6」が4桁も並んだと嬉しかった。全く「だから??」というような話しかもしれないが。

このブログは「モノクロ写真が愉しい!」という想いが強まる中で継続して来た感である。地元、または地元同然に滞在という場所で撮る写真の他、他所に出て撮った、或いは“北海道の流儀”な言い方である「撮らさった」という写真を使った記事を掲載し続けている。

「撮らさった」という“北海道の流儀”な言い方についてだ。「〇〇らさる」、過去形の「〇〇らさった」というような言い方は「自らの意思との関連性が曖昧ながら、結果的には自身の行動や行為の帰結でありながら、感じ方の次元で如何いう訳か何らかの事象が生じたような気がしている」という意味合いだ。例えば、結果的に自身が間違えてスイッチを押しているにも関わらず「あっ!押ささった…」と表現するのだ。自身の場合、出先で夥しい写真を撮ってしまうことに関して、結果的に自身の行為の結果なのだが、何か「明確な意思との関係が薄弱なまま、何時の間にか撮っている…」という感覚の場合も交じっているように感じる場合が在るので、この「撮らさった」という“北海道の流儀”な言い方をしてしまう場合も在るのだ。

「6000件」に至ったのは今年の2月後半であった。ということは「半年にやや足りない期間で666件」というようなことになってしまう。これも5月半ば、7月末から8月上旬と纏まった時間を設けて他地域へ出る機会が在ったこと、加えて最近は朝の時間帯等にカメラを提げて何となく辺りを歩き廻る機会が従前より増えたかもしれないということの結果なのだと思う。

他地域へ出るような場合、何も「多忙な営業マン」のように「1時間とか1時間半というような区切りを設けて、次々と関係先を訪ねて用談をして…」という程のことをするのでも何でもない。自身が好き勝手に過ごす時間という中では、単純にフラフラとしているが、フラフラしながら際限無く写真を撮ってしまっている。正に上述の「撮らさった」で、後から写真を視て「これは…」と想い起し、記事に綴っておくことになる。色々と思い出して振り返る、加えて再訪時の参考ということにもなり得るので、そういうように記事を綴っておくのが結局は好きなのだと思う。

このブログでは、パソコンで視る場合には右側に「カテゴリ」が表示されるのだが、概ね「記事に在る写真を撮った場所」でその「カテゴリ」を分けている。この記事の前の時点で6666件という記事の中には、動き回った経過を日誌的に綴ったような内容も含んでいるが、多くは最低1枚、それ以上は特段の制約は設けずに写真を添えている。何時の間にか夥しい枚数になったと思う。

結局、2016年4月にこのブログを始めた少し以前に撮った写真から、極最近のモノまでが記事に掲載されていることになる。写真そのものを視ると、機材の変化、モノを視る観方の変化というようなモノが仄めかされるのだが、関心を寄せる対象ということになると、余り大きな変化は無いかもしれない。他方、身辺の事情―と言い立てる程に何かが在るのでもないが…―のような何かを反映した撮影地の選択というようなことも感じられないではない。

現在、何となく思うのは「可能な限り、このブログ、または好きな写真を撮ることは続けてみよう…」というようなことだ。純粋に「唯一の道楽」のようなモノなのだから…

釜座通(かまんざどおり)…:御池通と交差する通の名を記した標柱(2022.08.02)

京都の街には新旧様々な通が東西に、南北に延びている。同一名称の通であっても、何時の頃かの拡幅が施された箇所と、施されていない箇所とが混在し、同じ通から外れてしまったと錯覚する場所も散見する。

↓そういうことなので、こういうような具合に通の名を大きく掲げた標柱のようなモノが在ると、他所から何となく街を訪ねている自身のような者には非常に有難い。
02-08-2022 XPro2 (23)

東西に延びている御池通は、拡幅が施されていて車輌の交通量も多い。この御池通と、南北に延びる様々な通とが交差している。

↓「釜座通」の標柱の裏には、「釜を鋳る職人が多く住んだ」というような通の名の由来が記され、加えて御池通と交わる通が図示されている。
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御池通では、各々の通についてこういうようなモノが設けられているように見受けられた。こういうのは有難い。

が、それはそれとして…実は、烏丸通を西に進んで、この釜座通を少し北上することで訪ねたかった店は直ぐだったのだが、少々西へ進み過ぎた辺りで北上し、何やらグルグルと廻って多少迷いながら歩いたということが在り、復路にこの標柱を写真に収め、後から振り返って訪ねた店に関する記憶を確かにしたかったという事情も在る。

そんな他方、この時は期せずして御金神社(みかねじんじゃ)に出くわし、確りと参拝も出来たのが善かったが。

出先でふらりと歩き、不運なような好運なような、何か判らずに色々な文物に当たりながら過ごすというのが、何やら酷く愉しいと振り返っている。
posted by Charlie at 19:00Comment(0)京都府

「平城京 2010年は平城遷都1300年」…(2022.07.30)

今般、同行者を伴って京都・奈良間を往復した。そして奈良を少し歩き廻った。

奈良公園を抜けて東大寺を目指す中、奈良県庁に近い辺りには地下横断歩道が何箇所か設えられている。

↓その地下横断歩道の一つで、初めて奈良を訪れた同行者が「これ!?何?!」と興味を示したのがこの画だ。
30-07-2022 XPro2 (21)
↑「710年」と伝わる平城京の起りから1300年を記念して2010年に登場したという画だ。奈良の街が眼下に視える若草山から視たというイメージで描いた平城京である。

この平城京は、時代が下って街となった辺りを基盤にする現在の奈良の街の中心的な辺りよりも広い範囲に街並みが拡がっていたようである。遥かな遠い古代に大きな街が築かれ、王朝の中心が在ったというのは、何やら浪漫が掻き立てられるというものだ。

自身、何度も通り掛っている辺りに在る画だが、同行者が「これ!?何?!」と興味を示したことで、改めて注目した。
posted by Charlie at 18:58Comment(0)奈良県

神奈川県庁舎…(2022.08.05)

「多少早目?」と思いながらも夕食を済ませ、然程の目的意識も無く、少し辺りを歩き廻った。

↓偶々、何やら重厚な感じの大きな建物に行き当たった…
05-08-2022 X100F (63)

これは神奈川県庁舎だ…1928(昭和3)年に竣工したそうだ…

↓屋上部の塔が綺麗に見える角度の辺りは通らなかったが…何か酷く重厚だった。
05-08-2022 X100F (62)

今般、横浜で面白い建物の眺めを求めて長く歩き廻るということはしなかった。多少、体力を消耗する夏季の故か?何か、何処かへ出掛ける都度に「“次”が在るなら…」というのが頭の隅に浮かんでしまう…

京都駅にて…(2022.08.03)

↓京都駅から列車で発つ、言葉を換えると京都を離れるという朝、敢えてこの京都駅の正面に来てみた。
03-08-2022 XPro2 (2)

↓単純に改札を潜って列車に乗るなら、もっと出入りし易い出入口も在ったのだが、何かこの「正面」を通りたい気分だった…
03-08-2022 XPro2 (1)

↓琵琶湖の東岸を進む列車を待っていると、何やら余り見慣れない車輛が動いているのが視えた。
03-08-2022 XPro2 (3)

↓山陰方面に向かう特急列車用のディーゼルカーが動いている様子だった。発車に向けた準備のために、広い構内を移動していたのであろう…
03-08-2022 XPro2 (4)

↓そんな様子を観ていた間に、乗車する列車が現れた…
03-08-2022 XPro2 (5)

そのうちまた向かう機会も生じるかもしれないが…何か「淡々と京都を離れた…」という風情だったと振り返っている…
posted by Charlie at 06:08Comment(0)京都府

珈琲…:<スマート珈琲店>(2022.08.01)

同行者を伴って所用を足しながら多少歩き、京都市役所から遠くない辺りに居合わせて、「珈琲でも飲んで一息入れよう」という相談になった。

そして目当ての喫茶店へ足を運んだ…

↓席に通され、ふと見上げるとこういう内装で、何やら美しいと思った。
01-08-2022 XPro2 (13)

同行者とは5月にも一緒に立寄った店であった。あの時は所用に出る前、朝食という感覚でホットケーキを摘まんで、珈琲を頂いた。同行者にとっては「想い出の店」として強く記憶に残っているらしい。今般、店の前に至ると「ここだ!」と大喜びだった。

↓ここのオリジナルブレンドは美味いと思う。拙宅用に豆を取り寄せた経過も在った。また何時か取り寄せようかとも思っているが…
01-08-2022 XPro2 (14)

同行者がホットケーキを所望した。テーブルに供されると「わー!これだ!!」と大喜びだった。厚くて大きな2枚のホットケーキが在って、同行者は1枚を美味しそうに頂いてしまった。そして「1枚あげる…」と皿を押し出す。「然らば、頂きまする…」ということにした。

↓こういうような、老舗喫茶店で暫し寛ぐというような“時”が酷く愛おしい。
01-08-2022 XPro2 (15)

店を退出し、数歩歩いて、少し可笑しさが込み上げた。同行者は「1枚あげる…」とホットケーキを差し出したが…御勘定は自身が纏めて支払ったのだった…そういう何気ないこともまた愛おしい。
posted by Charlie at 05:26Comment(0)京都府

夕べに…:<居酒屋たま>(2022.08.07)

旭川の宿で「昼寝…」に及ぶ状況も在って、起き出した後に街へ出た…

↓さり気ない猫(=“たま”ということか?)の猫のイラストが好いと思った。居酒屋を訪ねて、通されたテーブル席だ。最大4名程度は入りそうな場所だが、1人で訪ねているので、1人で利用した…
07-08-2022 X100F (56)

↓「飲み放題」を御願いし、飲物を適宜頂きながら、料理を御願いして頂くというような感じの店だった…
07-08-2022 X100F (42)

↓チーズを使ったサラダを摘まみながら待つ…
07-08-2022 X100F (43)

↓豚肉、エリンギ、茄子、海老、鶏肉という串カツの盛り合わせを頂いた…
07-08-2022 X100F (46)

↓適当に、容器に入ったソースを点けて頂くという方式だった…
07-08-2022 X100F (47)

↓よだれ鶏…野菜と併せて軽く摘まむことが出来る感じだった。
07-08-2022 X100F (49)

↓鶏、豚、豚の紫蘇巻き…串焼きも好い感じだった…
07-08-2022 X100F (51)

↓締め括りにプリンまで頂いてしまった…
07-08-2022 X100F (52)

↓ふらりと立ち寄り易い感じの場所で、意外に目立つ感じの店だった…
07-08-2022 X100F (39)

1箇所、手ごろな華夏腕愉しめる、好い感じの場所を開拓したという感じだった…

稚内港北防波堤ドーム…(2022.08.15)

眼を開けて戸外の様子を伺うと、遠くの雲の様子が少し面白い感じで、光加減を観れば低空が明るめと見受けられた。

↓「極々短い散策」と称して少しだけ歩いた…
15-08-2022 early morning XPro2 (5)

↓布地か紙のような天にエアブラシのような道具を用いて精緻に雲を描き込んだというような様子を想像した。面白い按配に雲が拡がり、刻々と変わる光が雲に跳ね返る、または透けるというような感じだった。
15-08-2022 early morning XPro2 (10)

↓高めな天にも雲が散っていて、刻々と変わる光に連れて見え方がドンドン変わった。そういう様が静かな海面に映り込んでいる。
15-08-2022 early morning XPro2 (22)

↓何か「何時もの場所…」というような辺りに陣取って、少しゆっくりと眺めていたが、程好く温かで心地好かったことも手伝って、少しゆっくりとしていた。
15-08-2022 early morning XPro2 (27)

↓やがて朝陽が上る様も視えた…
15-08-2022 early morning XPro2 (30)

このところは、とりあえず好天が続いている感だ。戸外で何かをしようということでもないのだが、好天は結構だと思う。

三条木屋町 <RAG>:サックス奏者 カテリーナ <Smooth Quartet>と邂逅…(2022.08.02)

筆者の友人であるサックス奏者のカテリーナは東京へ上陸の後に京都へ移動し、京都で暮らしている。会おうということで京都を訪ねた。

京都滞在の中で「ライヴハウスに音楽を聴きに行ってみる」ということを思い立った。<RAG>という場所での演目が非常に興味深いということで、足を運ぶこととした。

<RAG>の演目は、女性サックス奏者がリーダーを務める4人編成のバンドによる、ジャズ系統の演奏ということであった。カテリーナもジャズ系統のセッションは多く経験しており、更に同じ女性サックス奏者、日本の演奏家の演奏を聴くことを非常に楽しみにしていた。加えて、折角の機会なので、演奏家の皆さんと親しく言葉を交わすようなことでも叶えばと、話しの切っ掛けにもなるように、自身のアルトサックスを持ち運び用のケースに入れて会場に持ち込むこととしたのだった。

このバンドは<Smooth Quartet>(スムース・カルテット)という。4人編成だ。(遠藤真理子(Sax) 杉山悟史(Key) 長谷川晃(B) Von Barron(Ds))リーダーの遠藤真理子を始め、各メンバーが様々な演奏活動を展開している。所謂「スムースジャズ」という、フュージョンが起こったた後に出て来た感じの音を目指し、4人で集まったというバンドである。

正直、同行するカテリーナが「女性サックス奏者がリーダーのジャズ系のバンド」ということで気に入ってくれそうだという程度に思い、事前に色々な情報が在るでもない中で券を入手して演奏を聴きに行ったのだが、これが素晴らしい内容だった!メンバー各々の奔放で力強いソロパートが確り設けられ、「ジャズバンドらしい!」という感の実に素敵な演奏を披露してくれて、各メンバーが本当に愉しそうに演奏していた様子に引き込まれた。自身は、ジャズ系の曲を演奏するミュージシャンによる生演奏が気軽に楽しめるというような機会が寧ろ稀な小さな街に在るので、こういう「関西の音楽シーン」というようなモノに触れた経験は非常に興味深かった。が、同行したカテリーナが非常に嬉しそうに「素晴らしい演奏!!」と愉しんでいた様子が、傍に在って何か嬉しかった。

ライヴそのものは二部構成だった。途中に休憩を挟んで演奏する。“ファースト”、“セカンド”と呼んでいたが、前半と後半というような感じだ。加えて「ネット配信」も確りと行っていた。とにかく非常に力強い演奏に夢中になっていた。あっと言う間に前半が終わって「後半も御愉しみに!!」という感じになってしまった。

その休憩時間にカテリーナは演奏家の皆さんと言葉を交わす機会を持つことが叶った。と言うより、演奏家の皆さんも嬉しくなる程に、カテリーナは嬉しそうに演奏を愉しんでいたので少々目立ち、話し掛けて頂いた訳だ。或いは英語で、或いは勉強中の日本語で言葉を交わし、サックス奏者で自身の楽器を持参してみた旨を話せば「終わってから一緒に音を?」という相談になった。

“セカンド”こと後半も、益々盛り上がった。「ジャズバンドらしい!」という感の、力の籠った演奏に夢中になった。拍手喝采でアンコールを一曲で幕を閉じた。

そして暫し…「ライヴと配信が終了しましたが、ここに残った皆さんだけのためのスペシャルセッションを一曲…」とカテリーナは<Smooth Quartet>の4人と一曲演奏することになった。

↓遠藤真理子のリードで…
02-08-2022 Smooth Jazz at Kyoto (1)

↓カテリーナが合わせるという形を基調に一曲演奏してみた…
02-08-2022 Smooth Jazz at Kyoto (3)

↓なかなかに力強い音の演奏となった。
02-08-2022 Smooth Jazz at Kyoto (5)

↓大いに乗って盛り上がった。
02-08-2022 Smooth Jazz at Kyoto (10)

↓杉山悟志、長谷川晃、ヴァン・バロンと各メンバーにも盛り立てて頂いて、カテリーナは嬉々として夢中で演奏していた。
02-08-2022 Smooth Jazz at Kyoto (14)

↓最後は長谷川晃も愉しそうに前に踏み出して、力一杯のフィニッシュだった。
02-08-2022 Smooth Jazz at Kyoto (16)

本当に「この曲?知ってる!それにしよう!」とセッションが始まった。演奏家達が集まって、自然にセッションという「実にジャズらしい」という場面だったとも思った。こういうセッションに留まらず、カテリーナにも何かの出演機会でも生じるようになって行けば好いのであろうが、それはそれとして、今般は「凄い演奏家と一緒に演奏!」とカテリーナは大興奮で嬉しそうに引揚げることとなった。

こういう素敵な音楽シーンの活き活きとした様が見受けられる街でカテリーナが暮らし始めたということは大変に幸いだ。今般は出逢った<Smooth Quartet>の皆さんに、大いに感謝申上げたい。何か特殊な経過が在ったのでもなく、「カテリーナとカッコイイ音楽でも聴きに行ってみるか…」というだけのことで、こういう出逢いが在った訳だ。自身も大いに愉しんだ。

↓<Smooth Quartet>の4人の関係サイトで眼に留まったモノのリンクを下記に…今般の御縁を大切に、自身も「一音楽好き」として彼らを応援したい…
>>MARIKO' S SAXOPHONE AND MUSIC! Saxophone Player 遠藤真理子 Official Web Site
>>Jazz Pianist Satoshi Sugiyama Official Weblog
>>長谷川晃 ベース教室|京都の音楽スタジオ|スタジオラグ
>>Van Baron Music

「素敵な時間」に纏わる事を、少し真摯に綴っておきたかった…
posted by Charlie at 22:07Comment(0)京都府

高野山東京別院…(2022.08.06)

慶長年間(1596-1615)というのは、江戸を本拠地とした徳川家がその基盤を強め、幕府を開いてその体制を固めて行こうとしていた時期に相当する。色々なモノが江戸に入り込んで、場合によってはその後の時代まで受継がれたという例も多く在ったと考えられる。

真言宗の高野山には、高野三方(こうやさんかた)というモノが在った。「学侶方」(がくりょかた)は密教の研究を専らとし、祈祷を行う等した。「行人方」(ぎょうにんがた)は寺院管理、法会という実務に携わり、所謂“僧兵”を輩出した。「聖方」(ひじりかた)は全国を行脚し、高野山信仰を説き、勧進を行い、高野山への納骨や納髪を進めており、全国の“空海伝説”の切っ掛けを作ったという。

その高野山の学侶方が「江戸在番所」を慶長年間に設けたのだという。やがて高野寺となって、火災による焼失や復興というような経過で幕末期まで続く。

明治期には高野三方というようなモノも無くなり、在番所も廃止されてしまった。しかし高野寺の流れは残った。そして1927(昭和2)年には「高野山東京別院」を号し、現在に至っているのだという。

↓再訪する機会に備えて、道順を覚えておきたいという意図で、唐突に妙な写真を出した…
06-08-2022 XPro2 (65)
↑都営地下鉄、または京急の泉岳寺駅で、駅名の由来になっている泉岳寺に近い「A2」という出口から出る。直ぐに泉岳寺の敷地に入る辺りに至る。そこを左に進むと、都市緑地が在る。近隣の児童が遊ぶような場所だが、そこに公衆トイレが据えられていて、これが目印になる。

↓公衆トイレの周辺から住宅等が視えている側へ踏み込み、少し進めば急な坂道だ。坂の上から振り返った。
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↓坂を上がって平坦な道路になった辺りに高野山東京別院は在る。
06-08-2022 XPro2 (63)

↓境内に在った駐車場等の案内図だが、図の右上の側の路に坂を上って至り、引揚げた時はそこから坂を下ったのだった。
06-08-2022 XPro2 (62)

↓荘厳な本堂である。1988(昭和63)年に建立されたそうだ。
06-08-2022 XPro2 (56)

↓本堂は「遍照殿」と名付けられている。空海の別名が遍照金剛であることに因む訳で、弘法大師を祀っている。
06-08-2022 XPro2 (58)

↓足を踏み入れれば、厳かな空間である。
06-08-2022 XPro2 (59)

↓蝋燭も備え、真摯に祈った…
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↓退出する際、何となく見上げてしまったが、広壮な空間に多くの人達が集まることも可能なような設えの場所だった。
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江戸の街が栄えて行った経過と共に受継がれた、この地域での弘法大師の興した真言宗への信仰の拠点である。何か酷く興味深かった。
posted by Charlie at 19:59Comment(0)東京都

稚内港北防波堤ドーム…(2022.08.14)

↓早朝の戸外はやや暗い気がしたが、低めな天に随分と雲が多めであるという様子で、高い天は明るい感じであることが判った。
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↓流れるようで、余り流れないような、複雑な雲が蠢き、その様子が海面に映り込むような不思議な様子だった。
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↓連なる巌のような様相を呈した雲に阻まれて朝陽の様子は観えなかったが、それでも雲の向こうでの光の変化が感じられるような様相を呈した。
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↓何やら不思議な様子の早朝だった。
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この後、朝陽が高くなり、雲は流れ去り、何やら陽射しが強い日中になって行った…

宵…:桜木町駅(2022.08.05)

やや早目に夕食を済ませ、少し辺りを歩き廻った…

↓「大都市圏の駅」とでも聞けば思い起こすような風情だと思った。
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↑桜木町駅辺りは、色々なオフィスが在って通勤する人達が多いと見受けられるが、宿泊施設も多く立地しているので旅行者も多いようだ。加えて買物や色々なことで出入りする市内や近隣の人達も在ろうし、然程遠くない辺りに住宅も在るかもしれない。色々な人達が交錯している場所だ。

こういう様子を暫し眺め、宿に引揚げて寛いだ…

「@NAGOYA」…(2022.08.03)

↓記念写真の背景にでもするのか?こういうような「地名の看板」というような感じのモノが方々に見受けられるようになったと思う。
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↓地下鉄市役所駅の直ぐ傍、名古屋城の近くにこの「@NAGOYA」は在る。
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今般、名古屋城を見学するにはやや遅い、または時間が足りないような按配で名古屋に到着したが、市庁舎を眺めるというようなことをしようと辺りに足を運んだのだった。

名古屋に関しては、立ち寄る都度に「機会が在れば、もう少しゆっくり…」というようなことを散々繰り返している感もする…
posted by Charlie at 00:11Comment(0)愛知県

稚内港北防波堤ドーム…(2022.08.13)

↓東寄りな空の明るさに誘われて、早朝の戸外に少し出てみた…
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↓日出時刻までの間に、天の様子は随分と変わるものである…
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↓少し感心しながら、ぼんやりと天や海を眺めて過ごしていた…
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↓霞むような薄い雲に光が跳ね返って、何か独特な空気感を醸し出すようになって行った…
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↓やがて朝陽の一部が覗く…
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↓朝陽が少しずつ高くなり、海面に「光の路」が姿を見せる…
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麗しい時間に巡り合えた早朝だったと思う…こんな時間が愛おしい…

地下鉄伏見駅の入口…(2022.08.03)

↓広めな歩道の隅に設えられた、地下鉄駅の出入口というモノ…色々な街で見受けられるが、何か独特な味わいが在るように思う。
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名古屋の地下鉄…もう少し親しむ機会を設けたいという感だ…
posted by Charlie at 18:59Comment(0)愛知県

地下鉄名古屋駅…(2022.08.03)

「名古屋駅」という場所は広壮で、様々な鉄道路線が乗入れていて、何やら迷子になり易い場所だと思う。直ぐに「よく判らない…」となってしまう。

↓そういう訳なので「ここなら覚えた!!」という出入口が生じると、何か酷く嬉しくなってしまう…
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↑何気なく見上げて眼に入る高層ビルというのは、格好の目印になると思う。

↓幾つも在る地下鉄路線…未だ色々と試す余地は大きいと思うが、「最初の地下鉄路線」であるという東山線を一寸利用した。
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名古屋の街で、地下鉄はなかなかに便利で快適だと思った。
posted by Charlie at 18:56Comment(0)愛知県

道標…:草津宿(2022.08.03)

↓この辺りが、「草津宿」の中心的な辺りであったと考えられるそうだ。大きな道標が残り、文化財になっている。
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↑立派な燈籠が据えられ、常夜燈という様相だ。(この燈籠の部分は何度も修理、交換されているようだ…)左が中山道で美濃へ向かう道、右が東海道で伊勢へ向かう道ということである…

東海道に関しては、三重県内の桑名に立寄ったことが在った。正しく伊勢である。

草津から“右”へ進んだ旅人は、関や桑名を通り、桑名からは船を使うか、時代が下って利用頻度が高まった陸路で現在の名古屋市内を経て、更に東へ向かったということなのであろう。

この1本の標柱が、何やら酷く面白いと思い、暫し眺めてしまった。道路の端のような場所ではあったが…
posted by Charlie at 18:53Comment(0)滋賀県

草津宿本陣…(2022.08.03)

所謂「旧街道」というモノは江戸時代に整い、沿道の宿場町等も江戸時代を通じて栄えたのである。

「旧街道」で最も知名度が高いのは、恐らくは東海道か中山道であると思われる。何れも江戸と京とを結ぶのだが、太平洋側を通る東海道に対し、内陸部を通るのが中山道だ。

その東海道と中山道とが合流または分岐する場所が在る。草津宿だ。現在は滋賀県草津市であり、京都駅から列車に乗れば北東側へ走って直ぐだ。

↓草津駅の前にこういう標柱が据えられている。
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↑「左 中山道」ということだ。

↓眼を転ずると「右 東海道」というようになっている。
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この駅前の標柱だが、高架になっていて、人が行き交う広場的な設えの場所に据えられていた。「東海道と中山道が交差した草津」というイメージで据えられているのであろうと思った。

↓高架を下りると、直ぐにこういうような「本陣」を案内する標柱に出くわす。
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↓標柱は幾つか据えられているので、素直に辿って行けば「本陣」に至る。
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旧街道は、江戸時代を通じてモノや人の往来に利用された訳だが、それが発展していった事情の一つに「参勤交代」が在った。各地の大名が、各々の知行地を江戸とを往来し、知行地と江戸の屋敷に隔年で住むという仕組みである。当時の大名は行列を組んで街道を進んで、江戸を目指すか、各々の知行地を目指すかという旅をした。当然、途中の宿場町に宿泊しなければならない。その大名等の宿泊に用いられた場所を「本陣」と称した訳だ。

↓これが草津宿の本陣である。
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草津宿には2件の本陣が在ったそうだ。その中、1軒は建物が綺麗に残っていて、公開されているのだ。

↓中を見学させて頂くこととした。
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↑なかなか広い建物だと思った。

本陣というのは、宿場町の豊かな家の所有する建物を利用する例が多かったようだ。そして、本陣という“宿泊事業”で利潤が得られるという程でもなかったそうだ。

↓利用する人達の要望に合わせて、部屋の仕切りを色々と変えながら利用した様子が伺える。
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↓宿泊する一行の中で、身分が高い人達が入るような場所であるらしい。少し高く設えられているという。
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大名行列のような一行の場合、一行の人員規模は様々であった訳だが、本陣は概ね大名その人と上席の随行者、身分の高い人達の手近な事を手掛けるような人達が入る場所であったように見受けられる。

↓所謂“チャンバラ”な時代劇ドラマで主人公が悪漢達と闘う場所のような…そういう江戸時代の少し広い屋敷の部屋という風情だ。
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↓最も奥まった辺りに、一行の最上位の人物が居室として使う場所が設えられていた。
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↓これが浴室だという…湯を張る桶が、壁際でもない部屋の真中のような場所に敢えて据えられている。入浴中に襲撃を受け悪いようにということらしい。この桶の周辺には、入浴時の介助をする人や警護の人が入ることにもなる。4人や5人で入っても違和感が無いような広さの部屋だ。
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↓大人数が利用する場所に特徴的な、大きな台所も確り在った。
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何かで聞いたような気がするが、大名行列というようなモノは、「日出前から日没後」というような感じで1日に40㎞やそれ以上をずうっと歩くことを何日間も続けるモノなのだそうだ。「〇〇と江戸との間はXX日」という標準的な行程が在って、それに沿って動こうとしていたようだ。それ故、この本陣のような場所に入っても、長く逗留するのでもなかったのであろう。

草津宿に関しては、東海道も中山道も通じていることから、江戸と京またはそれより西の地域とを往来した経過が在る、少し知られた史上の人物達の記録が随分と多く在るようだ。各地の大名行列の他、幕府の公用ということで旅した人達や、江戸等へ嫁いだ公家の姫様というような人達の本陣での宿泊例も在るようだ。そんな様々な人達が在ったであろう場所の感じを愉しんだ。

草津は2つの旧街道が出会う場であった訳だが、過ぎた日々と現在とが出くわすような感じも在るのかもしれないと思った。
posted by Charlie at 18:48Comment(0)滋賀県

「仁丹」の住所表示…(2022.08.02)

↓何度か、こういうモノを眼に留めた。
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「上京区」の「区」が、或いは下の側に在る「二条」の「条」が“旧字”になっていて、少し旧いモノであることが伺える…

京都で具体的な住所を探し出して訪ねようとすれば、様々な小さな路が入り組んでいて、存外に場所を特定するのが大変な場合も在った…
posted by Charlie at 18:44Comment(0)京都府

「M」…(2022.08.12)

↓思わず足を停めるような影が歩道上に在ることに気付いた…
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↓この看板の影ということで間違いないであろう…
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↓思わず「朝の道草」に及んでしまった…
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底曳船の帰還…:稚内港第一副港周辺(2022.08.12)

↓ゆっくりと第一副港の側へ進む船…「引き連れて」という意図は無いのだと思うが、多数の海鳥が辺りを飛び回る中で港に入っている船は、機船底曳の漁船だ…
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↓少し賑やかな様子に驚きながら、様子を眺めていた…
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↓帰還した船は、市場の辺りで捕った魚等を下ろしてから定位置にも同のが普通だ。
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↓稚内港に帰還したばかりの底曳船は、こういう具合に市場の辺りに着くのが普通だ…
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こういうような様子を眺めるのが酷く愛おしい場合が在る…

降り注いだ光…:稚内港中央埠頭側を望む…(2022.08.12)

朝、辺りを歩いていて、何やら少し離れた辺りの天の様子に強く惹かれた。そしてそれが眺め易い位置を求めて動いた。

↓こんな様子に惹かれたのだ…
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↑微妙な多さの雲と、雲から透ける強めな光…そして所謂「天使の梯子」という様相で海に光が降り注ぐような感じだ…

↓更に雲間を抜けた光が静かな海面に映り込んでもいた…
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何か酷く好い風景に出くわした気がする。御近所で…

孔雀…:DAIMARU(2022.08.02)

マダマダ静かな早朝に四条通を東寄りから西寄りへ向かって歩くこととなった。

↓コレを眼に留めて、何となく足も停めた…
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↑「DAIMARU」は百貨店の「大丸」に他ならないが、その上の孔雀が凄く立派で目立つと思った。

大丸では百貨店にこういう孔雀を飾るようなことをして、顧客サービスに「くじゃく〇〇」と命名する、または出資する会社に「ピーコック」(=孔雀)という名を入れるというように、何か思い入れが在るようである。

大丸の店としては、1925(大正14)年に大阪・心斎橋の店の建物を新装していた時に玄関の上に陶製の孔雀を掲げたのが「初めての事例」であるという。

何故、孔雀か?

江戸時代、心斎橋の大丸の近くに、長崎から密かに持ち込まれた孔雀の剥製を秘蔵して「孔雀屋敷」と呼ばれていた故事に因むという説が在るらしい。他方、建物の建築時、米国の業者に飾るための鳥の像を頼んで、不死鳥(=フェニックス)を想定していたのが、如何いう訳か孔雀になったという話しも在るらしい。

何れにしても、壮麗な孔雀は大丸がシンボルとして長く使っている訳だ。京都でも孔雀は四条通を行き交う人々を静かい見詰め続けている…
posted by Charlie at 01:17Comment(0)京都府

<東華菜館 本店>…(2022.08.02)

祇園辺りから四条烏丸へ引揚げようと、未だ早朝で静かな四条大橋をゆったりと渡った。

↓非常に美しい建物であると、視る都度に思う…
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↑<東華菜館>(とうかさいかん)という中華料理店、「北京料理」を謳っているレストランであるという。

1924(大正13)年に着手で、1926(大正15)年に現在の店の前にやっていた洋食の店が開業したそうだ。建物の設計等を手掛けたのはウィリアム・メレル・ヴォーリズである。所謂「ヴォーリズ建築」となるのだが、商業施設系統の例が少ない中、レストランは唯一の事例であるという。

視る都度に「中を…」と思うのだが、なかなか機会を設けられずに居る。今般も「何時か…」と思いながら、何となく眺めて横を通過したのだった…
posted by Charlie at 01:15Comment(0)京都府