滝川駅にて…(2022.07.28)

列車には、ぼんやりと乗車していた。途中、居眠りに陥った区間も在ったかもしれない。

↓そうしていた間に、721系電車の列車は滝川駅に到着した。
28-07-2022 X100F (85)

↓「回送」となるので、ここに停車している列車には乗車出来ない旨の案内が在った。実際、少し後の岩見沢行の列車と思い込んで乗車しようとする人達も見受けられた…
28-07-2022 X100F (86)

↓直ぐ正面のホームに列車が現れた。
28-07-2022 X100F (87)

↓札幌へ向かう特急列車だ。789系電車だ…
28-07-2022 X100F (90)

↓乗降が済むと直ぐに先を急いで発車する。この列車は見送った…
28-07-2022 X100F (92)

↓程無く別の列車が現れた。
28-07-2022 X100F (94)

↓721系電車だ…
28-07-2022 X100F (97)

↓滝川駅で暫し待機の後、列車は岩見沢駅へ向かう。
28-07-2022 X100F (99)

この列車に乗車し、更に進んだ…

旭川駅を発つ…(2022.07.28)

↓旭川駅で列車に乗る場合は、エスカレータで列車が到着するか待機するかしているホームへ上がる感じになる。
28-07-2022 X100F (74)
↑方々に在る“高架駅”では当然のことで、珍しいのでもないのだが…

↓列車の発車時刻が“アルファベット表示”になっている場面を眺めると、何やら「無国籍??」な風景に感じる場合も在る。
28-07-2022 X100F (75)
↑この滝川駅へ向かう列車に乗るまで、少し待ち時間が長めだった。その間に昼食を摂って、辺りも散策していたが…

↓待機していたのは721系電車だ。
28-07-2022 X100F (76)
↑旭川・滝川・岩見沢の区間で「普通列車」とでも言えば、この721系電車である場合が多い。別なディーゼルカーの例も散見はするが…

↓辺りに他の乗客が視えるのでもないので、写真を撮った。721系電車はこういう具合の内装だ。なかなかに好いと思っている…
28-07-2022 X100F (78)

↓何となく棚に荷物を…「何日間か旅」というより「その辺に用事」というような荷物だ…
28-07-2022 X100F (79)

↓隣に何やら別な列車が現れたので、一寸様子を伺った。H100形ディーゼルカーが右側に現れた。
28-07-2022 X100F (80)

↓滝川は然程遠いのでもない…500ml缶の“飲物”を空けながら、ぼんやりしていれば着いてしまうことであろう…そう思いながら座っていると、列車は静かに動き始めた。ディーゼルカーに乗り続けていたので、モーターで動く電車は凄く静かであると、変なことに心が動いた…
28-07-2022 X100F (82)

<あさっぴー>…(2022.07.28)

旭川駅の中を歩き廻り、何やら観光案内所が設けられている辺りを通り掛った。

↓不思議なキャラクターの、大きなぬいぐるみだ。
28-07-2022 X100F (72)
↑旭川では少し眼に馴染んでいる。2010年に旭川市の<開村120年記念事業>の一環として制作されたキャラクターの<あさっぴー>だ。

正直「動物…だよな?何だろう??」と思っていた。聞けば「ゴマフアザラシの男の子が、憧れのホッキョクグマの姿に変身して旭川のヒーローとなって登場」という設定らしい。登場から10年以上も経っているのにハッキリとは知らなかった。苦笑が漏れる。

旭川の街から望む大雪山系の景色をプリントしたシャツに、街に流れる川をイメージしたストライプ柄のパンツに、旭橋を模ったベルトという衣装も面白く、「旭川のキャラクターらしくて好い」と思っていたが…ゴマフアザラシとホッキョクグマを交ぜた顔とは判らなかった…

時にはこういうモノに何となく眼を向けるのも悪くないかもしれない。

「旭川平和通買物公園は50周年」…(2022.07.28)

↓旭川駅の北側正面で南北に延びている通は「恒久的歩行者専用原則の道」になっている。「買物公園」という名で通っているのだが、50年になるそうだ。
28-07-2022 X100F (59)
↑ポスターを眼に留め、写真に収めてしまった。眼に馴染んだ像等も図案化されていて、何となく好い。

「人のための道」というような文言が在る。色々な競争相手の商業施設が市内や近郊に在って、この「買物公園」は意外に各種店舗の運営が難しいのかもしれないが、随意に散策するかのように歩き廻ることが叶う場所というのが非常に好いと思う。

それにしても、50年前に初めてこれを実現した時は、恐らく「画期的!!」ということになったことであろう…

<サキソフォン吹きと猫>…(2022.07.28)

早朝に稚内を出発し、旭川にまで南下して来たが、その間に天候が好転しているように思った。そういう中、昼食を愉しみ、加えて街を少し歩いた。

↓何時もとは少し違う角度からの画を撮ってみた…
28-07-2022 X100F (60)

↓通り掛る都度、何となく眼が向く像である。そして楽器の音が、何となく聞こえるような気分にもなる…
28-07-2022 X100F (61)

旭川駅到着…(2022.07.28)

稚内駅を朝5時台の普通列車で出て、名寄駅に着いて1時間程待って午前10時に発車する普通列車に乗る。

↓旭川駅に着くのは11時半少し前である…
28-07-2022 X100F (46)

↓結果的に、稚内・名寄・旭川とずうっと同じ車輌に乗り続けることになる。「ここまで運んでくれて有難う…」と車輌を眺めてしまう。
28-07-2022 X100F (48)

<青春18きっぷ>を駆使して、普通列車で更に進もうとする場合…この時間帯は列車が少なく、一寸動き悪い。そこでランチを愉しんで、些か散策に興じる…旭川はランチや散策ということには事欠かないような街だと思う。

名寄駅を発つ…(2022.07.28)

↓名寄駅の建物は美しいと、こういうように駅前に佇んで眺める都度に思う…
28-07-2022 X100F (23)

↓駅周辺を動き回って、改札が始まる前に駅に引揚げ、改札が始まった辺りでホームに出る。
28-07-2022 X100F (43)
↑因みに…稚内駅から名寄駅へ運んでくれた車輌が到着した3番ホームに確り待機、または一度奥に引っ込んで再登場という場合も在る様子だが、そのまま旭川駅までも運んでくれることになる…

↓発車まで間が在ったので、少し様子を眺めた…
28-07-2022 X100F (44)
↑左がキハ54で、旭川駅まで乗車する車輌だ。右で待機中であるのは、新しいH100形だ…先日、初めて乗車する機会も在ったが…

↓何度となく乗車しているこのキハ54という型の車輌には、何やら強い愛着が湧く…
28-07-2022 X100F (45)

<名寄農業倉庫>…(2022.07.28)

↓不意に現れた堅牢そうで大きな建物に興味を覚えた…
28-07-2022 X100F (35)

↓正面辺りで見上げると<名寄農業倉庫>という文字が見えた。
28-07-2022 X100F (37)

名寄は、もち米が多いらしいが水田も見受けられ、他に実に様々な野菜の栽培が見受けられる場所である。農業が乳牛を肥育する事と半ば同義語になっているような事情の稚内辺りの感覚で、「名寄」と聞くと「豊かな農業地域」というイメージになるような気がする。

↓様々な産物が保管され、送り出される場となっている様子を想像した。近くをよく見れば“JA”の事務所も在った…
28-07-2022 X100F (38)

↓色々と思ったが、それはそれとして、こういう煉瓦造な感じの倉庫は画になる…
28-07-2022 X100F (36)

<国際交流のまち なよろ>…:名寄市立図書館(2022.07.28)

↓こんな看板を眼に留めた。
28-07-2022 X100F (34)
↑名寄市は2つの国外の都市との友好交流を進めているようだ。こういうような感じの看板?余り視た記憶が無い…国外の都市との友好交流という事例は何処にでも色々と在るであろうが、こういうように「通から視える場所に看板を掲げている」という事例は記憶に無い。

↓看板が掲出されていたのは、名寄市立図書館の正面壁だった…
28-07-2022 X100F (33)

名寄は然程の人口規模というのでもないが、可能な範囲で出来るように国際交流を続けて積み重ねている様子だ。こういう活動は尊いと思う。

<名寄教会会堂>…(2022.07.28)

稚内駅から名寄駅へ普通列車で南下し、更に普通列車で旭川駅を目指す場合、少々長めな待ち時間が発生する。1時間程度なのだが…

その「名寄駅での待ち時間」は周辺の散策というようなことが好いと思う。以前にも一寸寄ってみたのだが、名寄駅から然程遠くない辺りに旧い教会が在る。

↓こういうような具合の木造建築だ。
28-07-2022 X100F (25)

↓なかなかに美しい建築であると思う。
28-07-2022 X100F (26)

「南下の列車」の場合は名寄駅の“手前”に相当する場所なので、右側に線路を望むような通を歩いて少し進む。5分程度も進めば、この教会が在る。

明治時代の終盤である1909年この教会が建てられたのだという。名寄市内に現存するモノとしては最古の洋風建築ということになり、名寄市の文化財に指定されていると聞く。

↓何かディーテイルが酷く好い感じだと思いながら眺めていた。
28-07-2022 X100F (29)

↓この種の建物については、こういうような「正面」が好きだ。
28-07-2022 X100F (31)

↓教会の直ぐ脇に幼稚園が在り、教会を望む広場に園児が走り回る遊具を備えた園庭が在るのも悪くない。
28-07-2022 X100F (32)

こういう「駅から歩いて、一寸眺める…」というような“文化財”というのも好いものだ…

キハ54の扇風機…(2022.07.28)

↓最近の鉄道車輛の客室内で、天井にこういうようなモノが在る例は稀ではなかろうか?
28-07-2022 X100F (19)
↑扇風機…しかも真中に「JNR」と「日本国有鉄道」を意味するロゴマークまで入っている。ここに敢えて「JR化」以降の社名を貼っている例も見た記憶が在るが、この宗谷線を行き交うキハ54では「そのまま“JNR”…」という様相だ…

↓客室の壁にこういう「スイッチのボタン」が据えられている…
28-07-2022 X100F (22)

↓赤いボタンを押すと、こういう具合に扇風機が稼働する…
28-07-2022 X100F (20)

↓夏季にはこの扇風機が動いている場合が多いが、何やら「酷く懐かしい風情」であると思う…首を振りながら、扇風機は回り続ける。
28-07-2022 X100F (21)

抜海駅…(2022.07.28)

↓南下する普通列車の車窓からのながめを、何気なく写真に撮った…
28-07-2022 X100F (17)
↑抜海駅(ばっかいえき)である…

↓正直、ここで下車する乗客、ここから乗車する乗客というのは、<青春18きっぷ>等を手に何度も列車に乗ってはいるのだが、滅多に見掛けない…
28-07-2022 X100F (18)

色々な意味で話題に上る場合も見受けられる、些か失礼な言い方ながら、半ば忘れられたかのような小さな駅だ…それでも往年の映画の『南極物語』のロケ地であったりするのだが…

稚内駅を発つ…(2022.07.28)

↓早朝の稚内駅へ…
28-07-2022 X100F (3)
↑早朝5時台の列車は「“無人駅”の要領」で乗車することとなるのだが、何となく「少しばかりのゆとり」を見て駅に足を運ぶ場合が多い…

↓何時の頃からか、こういうような幟も登場している…
28-07-2022 X100F (4)

↓列車に乗込む要領に関する御案内だが、今般は下側の1輌で運行の列車という事例に相当する。
28-07-2022 X100F (5)

↓とりあえず名寄に着いて、乗り継いで目指す旭川までは259㎞余りだ。
28-07-2022 X100F (6)
↑稚内駅では専ら「〇〇駅よりXXX㎞」という標示だが、寧ろ「〇〇駅までXXX㎞」という言い方をして頂きたいものだと個人的には思う。ここは、自身の感覚では「何時でも始発」なのだから…

↓少し先の踏切の警報音も鳴って、列車は静かに駅に現れた…
28-07-2022 X100F (7)

↓何ら特別なことも無く、キハ54が現れた。
28-07-2022 X100F (10)

↓眼に馴染んだ、こういうような内装の車輌だ…
28-07-2022 X100F (11)

↓こういうような具合に、席に身を沈めて寛いでいれば、列車は何時の間にか進み始める…
28-07-2022 X100F (16)

何度も見ている様子、その中に身を置いている様子で、何ら特別でもない。が、それはそれとして、何か酷く心弾むのが、こういう具合に列車が出る場面で車内に在る場面である…

稚内港北防波堤ドーム…(2022.08.10)

未だ「出先の何処かで列車の座席に身を沈め、知っているような知らないような場所を気儘に巡っている…」という気分が色濃いのだが、前夜は普通に夕食を愉しんで早めに眠ってしまった。

↓迎えた朝は明るく、久し振りに「極々短い散策」と称する行動に…
10-08-2022 early morning (2)

↓出先の京都で早朝に散策をしてみた経過が在ったが、彼の地よりも大きく北東である稚内は、現在の時季は明るくなる時間帯が未だ少し早めである様子であるということに気付いた。
10-08-2022 early morning (5)

↓北防波堤ドームの屋蓋の一部が視える範囲を外れた辺りの光が面白いという程度に思っていた…
10-08-2022 early morning (7)

↓やがて雲間に朝陽が覗き、海面に「光の路」である…
10-08-2022 early morning (9)

或いは「当地の基準」で「暑い」が連呼されるような一日になるかもしれない。

川崎大師…(2022.08.06)

「興味を抱いた場所」ということであれば幾らでも在ろうが、その何れもが直ぐに訪ねられるという訳でもない。更に、交通手段等の制約で、興味とは裏腹に訪ね悪い状況も生じ易いというものだ。

そんなことを思うのだが、他方に「興味を抱いた場所」で「交通手段等も不便ではない」という場所であっても、意外に訪ねる機会を設け損なってしまったままに時日が長く経過する場合も少なくはない。

↓「意外に訪ねる機会を設け損なってしまったまま」の一つに漸く至った!
06-08-2022 XPro2 (14)

桜木町駅から横浜駅に出て、京急の列車で京急川崎駅に向かい、乗換えて川崎大師駅に着き、一寸歩けば川崎大師(かわさきだいし)に至る。単純に訪問機会を設け損なっていた…

↓こういう「仲見世」というような場所を抜けて境内に入って行くようになっている。
06-08-2022 XPro2 (16)

↓なかなかに立派な門が迎えてくれる。
06-08-2022 XPro2 (17)
↑扁額に「金剛山」と在る。「金剛山金乗院平間寺」(こんごうさん きんじょういん へいけんじ)というのが「川崎大師」の正式名称であるという。

この門に“仁王様”こと金剛力士は見受けられない。代わりに…

↓増長天…
06-08-2022 XPro2 (19)

↓護国天…
06-08-2022 XPro2 (20)

↓広目天…
06-08-2022 XPro2 (22)

↓多聞天…
06-08-2022 XPro2 (21)

というように“四天王”に護られている門となっていた。「門に四天王」というと高野山で見掛けた例を思い出した。因みに、川崎大師は真言宗智山派の寺である。

↓境内には色々なモノが見受けられた…
06-08-2022 XPro2 (25)

↓大本堂へ歩を進めた…
06-08-2022 XPro2 (26)

↓なかなかに貫禄が在る…
06-08-2022 XPro2 (28)

↓「弘法大師」と大書された大きな提灯も提げられていた。
06-08-2022 XPro2 (30)

↓川崎大師は古くからよく知られ、江戸時代にはこの場所を目印に挙げる道標まで在ったそうだ。河川や道路の改修で道標を撤去することになった際、川崎大師が引き取ったそうだ。道標は1663(寛文3)年に登場したモノと観られるようだ。
06-08-2022 XPro2 (33)

↓不動堂にも立ち寄った。
06-08-2022 XPro2 (35)

↓更に薬師殿にも寄った。
06-08-2022 XPro2 (38)

弘法大師を崇信していた人が、42歳の厄年に厄除けの祈願を続けていたところ、夢枕に立った高僧の示唆で、弘法大師像を見出し、それを祀るようになったことが川崎大師の起源と伝えられている。

↓時代を超えて受け継がれる「厄除け大師」に纏わる信心が発露する場…少し以前から興味を抱いていて、なかなか訪問機会が設けられなかった。今般はその機会を設けられた。そのことを大いに喜びたい。
06-08-2022 XPro2 (40)

東京駅を望む…:<KITTE>(2022.08.05)

各地で郵便局関係の建物を再開発するような場合に、登場した施設に<KITTE>というような愛称を冠しているようだ。多分「(郵便)切手」から来た愛称なのであろう。更に何やら在るのかもしれないが、敢えて調べてみたのでもない…

「あの壮麗な東京駅を眺める機会を…」と思い付いた時、頭の中に在ったのは、東京駅の脇で嘗ては東京中央郵便局であったという建物を改築したという<KITTE>の“屋上庭園”なる場所から、あの壮麗な建物を眺めるということだった。

過去に眺望を愉しんだ経過も在り、「今般も是非!」という思いが募っていた。ところが、辿り着いてみた東京駅の地下で、「如何いう具合にして、何処から地上へ?」とチョロチョロしてしまい、速やかに<KITTE>には至らなかった。

他方で、偶々<丸ビル>の館内に出てテラスの眺望を愉しみ、更に「細やかな贅沢…」という感の昼食を愉しんだ。

そして愈々、過去に眺望を愉しんだ経過も在る<KITTE>の屋上庭園に上った。

↓こういう感じ!
05-08-2022 X100F (22)

↓気に入っている様子なので、少しゆっくりと眺めた。
05-08-2022 X-Pro2 (100)

頻繁に訪ねるような場所ではない。が、それでも「あれが好かった」と気に入る場合は在る。そして、思い出したように、その気に入った様子に触れるというのが愉しい訳だ…
posted by Charlie at 02:57Comment(0)東京都

<KITTE>…(2022.08.05)

東京駅の脇、嘗ての東京中央郵便局は、複合的な施設になっている。郵便局や<ゆうちょ銀行>も入居しているが、それは極々一部ということで、様々な店舗等が入っていて、館内を眺めながら歩くのも愉しい。

↓こういうように、少し高い辺りから「吹き抜け」のようになっている館内を眺めるのが面白い。
05-08-2022 X100F (28)

↓ポスターのイラストも、こういうような実際の館内の看た感じを少し意識しているのかもしれない。
05-08-2022 X100F (29)

↓こちらのポスターは「窓から東京駅が覗く…」という様子さえ図案化している。
05-08-2022 X100F (30)

↓ポスターのアイディアは、こういうような眺めから起こったのであろうというように強く思った。
05-08-2022 X-Pro2 (102)

↓今般は、少しゆっくりと子の館内を歩き廻ったと思う。
05-08-2022 X-Pro2 (103)

東京駅の辺りにはあまりにも色々なモノが在る。「そのうちにゆったりと…」と想いが募るばかりで、存外に訪ねる機会が設け悪いような気がしないでもない…

それはそれとして、今般は東京駅辺りに何気なく出られて善かったと思う。
posted by Charlie at 02:54Comment(0)東京都

建長寺…(2022.08.05)

↓門に掛かった額に「山福巨」と在る。これは「巨福山」(こふくさん)と読む。
05-08-2022 X-Pro2 (40)

↓鎌倉時代の末頃に起こり、室町時代に普及したということか?代表的な禅寺を「五山」と呼ぶような事が起こった。鎌倉の禅寺としては「五山第一」に挙げられる建長寺だ。
05-08-2022 X-Pro2 (39)
北鎌倉駅の傍から、鎌倉の街へ向かう方向に15分弱も歩けば建長寺には至る。

↓三門はかなり大きく見える。
05-08-2022 X-Pro2 (42)
↑高さは30mに近いという話しだ…

↓正式には巨福山建長興国禅寺(こふくさんけんちょうこうこくぜんじ)と称している。「建長興国禅寺」と門の額に在る。
05-08-2022 X-Pro2 (43)
↑明確に「禅寺」と号したということでは、「日本国内初の事例?」とも目されているそうだ。

建長寺については、建設準備等を始めた時期として1249(建長元)年説と1251(建長3)年説とが在るようだが、1253(建長5)年に落慶供養が行われている。何れにしても「建長」は元号に因む名だ。

北条時頼が、大陸から来日していた禅僧、蘭渓道隆を招聘して開山(最初の住職)とした経過が在るという。

↓柏槇(びゃくしん)という木が顕著時の境内に在る。かなり大きい。
05-08-2022 X-Pro2 (48)

↓開山の蘭渓道隆が植えたとも伝えられる柏槇(びゃくしん)である。幹の直径が6.5mにも及び、高さは13m程であるという。
05-08-2022 X-Pro2 (49)

↓仏殿には本尊の地蔵菩薩が祀られている。古くは刑場であって、地蔵菩薩を本尊とする伽羅陀山心平寺という寺が在った場所に開かれた関係であるという。
05-08-2022 X-Pro2 (51)
↑江戸時代、芝の増上寺で建物を建替えた際、旧い建物をこの建長寺に移築し、それがこの仏殿となっているのだという。

↓仏殿に並んで法堂(はっとう)が在る。
05-08-2022 X-Pro2 (55)
↑複数の堂が三門から概ね一直線に連なる、創建時の中国大陸で人気が高かったらしい様式になっている伽藍だ。

↓法堂の中、天井には『雲龍図』が描かれている。
05-08-2022 X-Pro2 (60)

↓迫力の在る画だと思い、暫し眺めた。
05-08-2022 X100F (1)
京都の建仁寺で『双龍図』を観たことが在ったが、同じ画家の作品であるようだ。

↓そして唐門である。
05-08-2022 X-Pro2 (63)

↓これも江戸時代に移築されたモノであるというが、修復が完成したということで、実に美しい仕上がりで、暫し見入っていた。
05-08-2022 X-Pro2 (64)

↓巨大な梵鐘も建長寺では知られているモノであるそうだ。
05-08-2022 X-Pro2 (68)

この梵鐘を巡って、面白い挿話が紹介されていた。

「鐘つけば銀杏ちるなり建長寺」

1895(明治28)年の夏目漱石の句であるという。夏目漱石と親交が在った正岡子規の「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」は、この句を参照したのではないかという話しも在るようだ。

↓多少暑い―鎌倉より以前の旅程の中での「危険…」と言われる水準は免れてはいたが…―という中、余り積極的に歩き過ぎるのもキツいので、もう少し観る余地を残しながら建長寺を辞去した。
05-08-2022 X-Pro2 (71)

建長寺もまた、学生時代に何度か立寄った場所で、今般は久々に訪れることが叶って善かった。「銀杏散るなり…」というような時季に再訪するような機会が在れば、非常に好いかもしれないというようなことを思っていた…

円覚寺…(2022.08.05)

北鎌倉駅の「眼前!!」というような位置に円覚寺は在る…

余りにも「眼前!!」なので驚くが、恐らくは鉄道を建設した頃に、円覚寺の用地の一部を使用するということで、寺側と建設側とで申し合わせたか何かなのであろう…

↓そんな「余計な想像…」もしながら円覚寺に歩み寄った…立派な門だ。
05-08-2022 X-Pro2 (20)
↑後背が山で、坂道のような地形も見受けられる場所に開かれた禅寺である…

↓階段を上がると、この立派な門に迎えられる。
05-08-2022 X-Pro2 (21)

↓「瑞鹿山円覚興聖禅寺」(ずいろくさんえんがくこうしょうぜんじ)が公式名称ということで、門の扁額をよくみると「円覚興聖禅寺」と在る。
05-08-2022 X-Pro2 (22)

↓境内に踏み入れば「仏殿」と呼ばれる、主要な御堂の一つに出くわす。
05-08-2022 X-Pro2 (23)
↑本尊の宝冠釈迦如来像が安置されている。廬舎那仏のような感じなのだが、「宝冠」を被っているという特徴的な姿をした仏像だ。

↓仏殿の内部、天井には<白龍図>という画が在る。
05-08-2022 X-Pro2 (27)

↓禅寺であるので、座禅を行う会場ということになっている場所も設えられていた。「選仏場」と呼ばれる。
05-08-2022 X-Pro2 (35)

北条時宗(1251-1284)の発願で1281(弘安4)年から建立が始まった円覚寺である。翌1582(弘安5)年には無学祖元(仏光国師)を開山(初代住持)に迎えて開堂供養を催行している。

鎌倉では、大陸から招聘した禅僧の蘭渓道隆が敬愛されて活躍していたが、1278(弘安元)年に他界してしまった。そこで蘭渓道隆に所縁の建長寺の僧が大陸へ渡り、招聘したのが無学祖元であるという。

円覚寺は、寧ろ北条家の私的な寺という色彩が強かったようだが、次第に声望や権威が高まったという経過が在るようだ。

↓円覚寺に関しては、小学生の頃に東京方面を訪ねてみた折りに初めて立寄り、大学生になって東京に住んだ頃にも何度か訪ねている。「雰囲気」が何となく気に入っている場所だ…
05-08-2022 X-Pro2 (37)

今般、御無沙汰してしまっていたこの場所を訪ねてみることが叶い、凄く好かったと振り返っている。

昼に…(2022.08.08)

早朝に旭川駅を発つ普通列車に乗車した。「夏休みの旅行シーズン」というようなことなのか、何となく賑わう車内で、些か驚いていた。他方、確りと席で眠ってしまっていた面も在るが…

やがて稚内へ着く少し前、幌延の辺りでやや強い雨が交じるようになり、何となく湿った状態が続いた。

↓やがて少し空気が湿った、些かの雨が交じったことを伺わせる稚内へ無事に到着である。
08-08-2022 X100F (32)
↑気温は24℃だった…

何か「ベタベタする…」という空気感で、空気はやや温い。日頃、少しばかり厭うような空気である。色々と「ニュアンスが異なる暑さ」を潜り抜けて、当地へ戻った訳である。妙な感慨のようなモノも湧き起る…

<青春18きっぷ>…(2022.08.08)

春、夏、冬と概ね「学校の長期休暇」というような時季に登場する<青春18きっぷ>である。「毎回」ということにもなり悪いが、可能な時はこれを求めて利用してみる。

↓今般、7月末から8月初めに使用した<青春18きっぷ>だ。
08-08-2022 X100F (33)
↑各回、その日の最初の有人駅で駅員さんにスタンプを押して頂き、一日中使用可能だ。そして自動改札ではない場所から出入りするが、そういう場所の駅員さんに申し出て、駅名が入る「下車印」を押して頂く。そんなことを繰り返していると、こういうような具合になる。

「使うことにした1日を通じて随意に普通列車に乗降可能」という条件の<青春18きっぷ>だ。発地から着地へ、少し長い移動に利用出来るが、滞在した場所でグルグルと方々を巡るというようにも利用出来る。今回は前者でも後者でも利用した。

今般は「稚内・新千歳空港」、「京都・名古屋」、「名古屋・静岡・横浜」、「旭川・稚内」と少し長い移動に利用し、「桜木町に在って、鎌倉を訪ねてから東京駅に出て、桜木町に引揚げた」という具合にも利用した。

今般は何となく、旭川から稚内に着いた列車を下りた後、「稚内」という「下車印」を御願いした。それで「今回は完了」ということにした。

また何時か、この<青春18きっぷ>を利用する機会を設けたいものだ。

東京駅を望む…:<丸ビル>(2022.08.05)

鎌倉駅から列車に乗り、東京駅へ向かおうとしたのは、乗り込んだ列車に黙って乗っていれば着くからという事に加えた、あの壮麗な東京駅を眺める機会を設けてみたかったからであった。

地下のホームに列車が辿り着き、地下の改札口から出たが、何処から如何いうように地上に出るのかが今一つ判らずに何やら苛立った。そうしていれば<丸ビル>への通路が在って、何とか地上に出られた。「地上」と言っても、とりあえず<丸ビル>の館内であるが…

↓その<丸ビル>の館内に「テラス」という場所が在った。
05-08-2022 X-Pro2 (87)

↓「概ね正面」から、東京駅の様子が視える…
05-08-2022 X100F (3)

何か酷く感心し、暫し佇んで東京駅を眺めた。それから館内を歩き廻り、「名古屋の“忘れ物”を東京で回収」というような、細やかな贅沢を愉しんだのだった。

なかなかに満足度は高かったのだが、後から気付いた。<丸ビル>の外観をゆっくり眺めることをしていなかった…これは「次の機会が在った場合の課題」ということにでもしておこう…
posted by Charlie at 15:18Comment(0)東京都

帰着…=運行日誌(2022.08.08)

稚内に到着した時、稚内駅の温度が表示される場所には「24℃」と在った。そして空気は雨交りで湿っている。

駅に近い拙宅へ歩いて引揚げた。稚内の居室は湿った空気が籠っていた。窓を開けて換気し、その間に御近所で昼食を摂ってみた。そこから戻ると按配は少し好くなっていた。

「寝坊無用」と少しだけ気が張っていたかもしれない。思惑どおりに早めに起き出し、身支度だ。京都で求めて在った新しいTシャツを引っ張り出して着用する。

旭川駅に近い宿から早朝に出て、早朝の列車に乗り込んで北上するというのは、自身にとっては「多少、馴染んだ移動…」である。今般もそれを実践だ。

実際、少し驚いたのは「座席が粗方埋まって…」という感じであのキハ54が走り続けたことと、稚内の間近に至って抜海駅から乗車した乗客3名が見受けられたことだった。何やら賑わっていた。稚内駅到着後、素早く改札口に歩を進める人は少数派だった。(自身はその少数派だった。)多くの人達が「到着記念…」で写真を撮る等していた。

京都で、「祇園囃子」のCDを入手していた。祇園祭の華やかな催事が視られた訳でも―やや遅れた形で京都に着いている…―ないが、とりあえず「時季らしい音」ということになるであろうか?そんなモノを再生し、何となく寛いで居る。

<KYOTO>のTシャツ…:シェイクシャック 京都四条烏丸店の土産(2022.08.05)

京都の<シェイクシャック>で眼に留め、自身で着用可能な「L」のサイズが在ったので求めていた…
05-08-2022 X100F (46)
↑「KYOTO」と大書している。「T」は「舞妓さんが開いた傘を手にした姿」である。

↓背中には、表面の舞妓さんが「座って御挨拶」という様子の画だ。
05-08-2022 X100F (47)

京都の<シェイクシャック>でこれを求めた際に店員さんと言葉を交わした。「北海道へ引揚げる前に求めた」としたところ、店員さんは「“京都店”のTシャツを是非とも北海道で!」としていた。そんな訳で、旭川から北上という場面から着用し始めようと思う。

今般は<キエフ>のTシャツ建長寺の「一円相」のTシャツと計3枚のTシャツを出先で求めたというような形だ。自身の「買物の傾向」としては「こんな感じ?」であろうか。夏季の場合、「思ったよりも着替えの頻度が高くなってしまう…」という中、Tシャツは求めてしまい易いかもしれない。尤も、寧ろ冬季や春季に出る場合が多かった中、「着替えの頻度」と然程の関連も無くTシャツを色々と求めてしまっていた事例も思い出すのだが。

尚、記事に使用の写真は横浜・桜木町の宿で撮っているが、モノは「京都の想い出」に関連するので、記事カテゴリは「京都府」としておく。
posted by Charlie at 05:01Comment(0)京都府

月と夜の街と…:旭川(2022.08.07)

宿の居室で“昼寝”に及んでしまい、傾いた陽が沈んで行こうかというような頃に起き出し、午後8時前位から夕食に出て、1時間余りを過ごして引揚げた。

↓夜の街をふらりと歩き、見上げると月が視えていた…
07-08-2022 X100F (58)

↓歩を進め、コンビニの辺りに至った。コンビニの前に在る街路樹の上に月が視える…
07-08-2022 X100F (61)

気儘に過ごし、色々とやっていた期間が幕を引こうとしている夜だ…

<喫茶マドラグ>にて…:京都(2022.08.02)

↓美味い珈琲を啜り、何となく新聞に眼を通す…「喫茶店で独り」という時間の典型かもしれない。
02-08-2022 XPro2 (19)
↑灰皿が無く、煙草を点ける訳にも行かないのは「時勢」というものであろうが…

↓<喫茶マドラグ>という店が在る。噂を聞いて、訪ねてみたいと思っていた。
02-08-2022 XPro2 (8)
↑地下鉄の烏丸御池駅から然程遠くないのだが、何やら幾つもの細かい通が在り、多少迷いながら、更に暑さで酷い汗もかきながら辿り着いた。

↓長く<喫茶セブン>と号していたという旧い喫茶店を再生させて、店主氏の奥様が大ファンであるフランスの女優ブリジット・バルドーが愛した別荘の名を冠して<喫茶マドラグ>としたのだそうだ。
02-08-2022 XPro2 (7)

↓ブリジット・バルドーは「マドラグへ還りたい…」と愛する別荘に言及することが頻繁であったらしいが、この店も「還りたい…」というような想いが沸き起こるような、「古き善き喫茶店」という風合いだ。
02-08-2022 XPro2 (11)

↓空気感が酷く好かった。そして「人気店!」だ…
02-08-2022 XPro2 (12)
↑開店の11時半に行けば直ぐに満席になった。「席の利用は12時半までで」という話しだったが、ドンドン来店客が在って「12時半頃から御予約…」という話しになっていた。

↓こんな「玉子サンドウィッチ」が供されている。「卵を何個使っている??」と余計なことを考えてしまったが、分厚い熱い玉子焼きに、仄かにソースが入って「初めて!!」という感じで心動かされた一皿だった。
02-08-2022 XPro2 (15)
↑これは<コロナ>という伝統を誇った洋食店が閉店した際、その名物メニューを継承したのだという。

こちらの店主氏は、京都の街で愛された喫茶店やそれらで供されていたメニューを再生して受継ぐというような、「京都喫茶文化遺産」という活動を展開しているようだ。面白いと思った。

↓程好く濃いオリジナルブレンドを頂きながら、「きっとまた来よう!」と考えていた…
02-08-2022 XPro2 (18)
posted by Charlie at 00:12Comment(0)京都府

しおらーめん…:<山頭火>(2022.08.07)

旭川駅の南寄りな、川があ在る側から歩を進め、北寄りな側へ出た。「少し遅めな昼食を…」というようなことを想い始めた…

↓こういう様子を眼に留めた…
07-08-2022 X100F (24)

少し御無沙汰していたラーメンの店だった。以前の場所の直ぐ隣のような、より広い店になって少し時日を経ているが、新しい店には入っていなかった…

↓そういう訳で入り、「しおらーめん」を御願いした…
07-08-2022 X100F (30)

↓個人的には所謂「塩ラーメン」というよりも「諄過ぎない豚骨スープのラーメン」というように感じる。それがこの店の「しおらーめん」だ。
07-08-2022 X100F (32)
↑強く縮れてはいないタイプの麺だと思う。それがこの独特なスープと合う。

↓今般はサイドに「コールスロー」を御願いした…
07-08-2022 X100F (28)

「旭川を代表…」というような何軒かの一軒であるようなラーメン店…時には好い…

“休業”?=運行日誌(2022.08.07)

何か「崩落…」とでも形容したい様相で、深夜帯に眠気に堪え難くなり、そのまま寝入って明るい朝を迎えたという感だった。早朝に「北上の途に就く」という意図を放棄し、「如何でも構わない“休業日”」を旭川で過ごすという具合に、急に決めたことが「大正解?!」であったかもしれない。そんな気がしている…

宿を出た後、カフェに入り、ノートパソコンも広げて何やらゆったりと過ごした。そこから、嵩張る荷物を旭川駅のコインロッカーに預けた。ストレートに向かえば、旭川駅から歩いて10分程度か?日帰り入浴施設を訪ねて寛いだ。やがて少し遅めな昼食を愉しみ、その後に覗いた本屋で一冊の本を求めてしまった。

やがて本日の宿の宿泊者受入の時間帯になった。それを見計らって入ったが…居室で居眠りに陥った。陽が傾いたような頃に起き出した。そして窓から夕暮れを眺めて、何となくのんびりとした。

そして午後8時頃から戸外に出て、チェーン店なのだとは思うが、居心地が悪くない居酒屋に出くわし、相対的に安価に焼酎を頂いて料理を摘まんだ…

振り返ると、「旅の途上」というよりも、「住んで居る街で何となく過ごす休業日」というような行動様式だと思っている。

そう言えば、日中に寄った入浴施設のサウナで、休日昼の何やらのトーク番組が流れていた。格段に興味も無い話しという場合が多いのだが、今般は「夏の美味いモノ」ということで、何やら“ひつまぶし”に話題が及んでいた。「一寸、贅沢をしてしまった…」と思ったが、「名古屋の忘れ物を東京で回収…」というように頂いたばかりで、実に美味だった。アレが酷く評価が高いメニューだということを実感してしまった。

相変わらずだが…今般も7月28日に南下を開始して以来、再北上の現在に至る迄、宿の居室ではテレビを視聴せず終いだ…思い出すのはそのサウナで視た例という位だ…

何やらゆっくりしたが、明日は早起きだ…

<池田屋>…(2022.07.31)

回転寿司の店で友人と落ち合うべく場所を探していた。

思った以上に簡単に回転寿司の店は見つかり、待ち合わせに少しだけ間が在った。辺りを見回した。

↓こんな店が眼に留まった…
31-07-2022 X100F (10)

↓幕末期の所謂「池田屋騒動」が発生した場所であるらしい…
31-07-2022 X100F (11)

少し前の2018年に『池田屋乱刃』という小説を読了していた。所謂「池田屋騒動」は様々な形で取上げられているのだが、自身としてはこの『池田屋乱刃』という小説が「最も近い時期に触れた事例」ということになると思う。

↓「現場」での出来事等を紹介する内容が掲出されていた…
31-07-2022 X100F (12)

<池田屋>は居酒屋になっているようだ。メニューに、ここの騒動で名を馳せた新選組の幹部の名を冠するというようなこともしていると見受けられた。機会が在れば寄りたい感だ…
posted by Charlie at 19:08Comment(0)京都府

「長刀鉾 NAGINATAHOKO」…(2022.07.31)

↓滞在した宿の傍で眼に留めた…
31-07-2022 XPro2 (90)

↓祇園祭の「長刀鉾」(なぎなたほこ)が紹介されている…
31-07-2022 XPro2 (91)

↓関係する団体が利用している場所の目の前であるようだが、自販機に「長刀鉾」(なぎなたほこ)を紹介するラッピングを施している訳である。一寸面白い…
31-07-2022 XPro2 (92)
posted by Charlie at 18:11Comment(0)京都府