早朝に「街が貸切!?」という気分で散策をするのは少し愉しい。
↓浅草通と都通商店街とが交差するような辺りの眺めだ。
↑何か凄く存在感が在る、煉瓦造の建物だ。
1907(明治40)年に登場した4階建の倉庫だという。1904(明治37)年に大きな火災が生じたことから、煉瓦造で防火扉を備えたという、この倉庫のような建物が登場したようだ。
旧い建物が散在し、街角にさり気無く現れるのが小樽の街を歩く際の「愉しいこと」であるように思う。
国道5号×浅草通…:小樽(2023.05.14)
早朝に散策に出て、小樽駅の前の日中から夕方には車輌交通量も多く、通行人も少なくない道を進んだ。やがて運河も在る海側から山側の坂に通じる道と交差している辺りに到った。
↓こういう看板が立っていた。
↑偶々、朝陽の光を受けている側が国道5号で、小樽駅前の道路だ。それと交差するのが、少し日陰になっている浅草通だ。
国道5号の側を動くと小樽駅が在ることが判る。浅草通については、画の右側に行くと「地獄坂」という通称の坂道で教会が在り、左は様々な施設や運河ということが判る。
この看板は「完全に歩行者目線」で造られているように見える。慣れた人も不慣れな人も、歩き廻るということが推奨されているような感じだ。小樽では散見する形の看板だ。出先で歩くことを好む自身には、こういう「歩行者目線」が嬉しかった。
↓こういう看板が立っていた。
↑偶々、朝陽の光を受けている側が国道5号で、小樽駅前の道路だ。それと交差するのが、少し日陰になっている浅草通だ。
国道5号の側を動くと小樽駅が在ることが判る。浅草通については、画の右側に行くと「地獄坂」という通称の坂道で教会が在り、左は様々な施設や運河ということが判る。
この看板は「完全に歩行者目線」で造られているように見える。慣れた人も不慣れな人も、歩き廻るということが推奨されているような感じだ。小樽では散見する形の看板だ。出先で歩くことを好む自身には、こういう「歩行者目線」が嬉しかった。
八重桜…:小樽運河周辺(2023.05.13)
↓小樽運河の辺りで耳目を奪われた。艶やかな花が雲のように浮かんで見える。
↓八重桜だ。その名のとおり、花弁が幾重にも重なっている。ふわりと量感が在るような花であると思う。
↓辺りを通り掛る人達の中でも、歩を停めて眺める、写真を撮るという人達が目立った。
↓辿り着いた出先で、花が好い按配に咲いていると「地域に歓迎して頂いている(!?)」と勝手に思う場合も在る。今般は正しくそういう感だ。咲き誇る八重桜を観て、少し嬉しかった。
↓鳩までも反対側の八重桜を眺めていたのか?
今般の小樽については「八重桜が咲き誇っていた」ということが強く記憶に残る。何箇所か、八重桜が好い感じの場所も在るようだ。そういう中で、この小樽運河周辺はやや地味なのかもしれないが、それでも出逢って嬉しかった八重桜である。
↓八重桜だ。その名のとおり、花弁が幾重にも重なっている。ふわりと量感が在るような花であると思う。
↓辺りを通り掛る人達の中でも、歩を停めて眺める、写真を撮るという人達が目立った。
↓辿り着いた出先で、花が好い按配に咲いていると「地域に歓迎して頂いている(!?)」と勝手に思う場合も在る。今般は正しくそういう感だ。咲き誇る八重桜を観て、少し嬉しかった。
↓鳩までも反対側の八重桜を眺めていたのか?
今般の小樽については「八重桜が咲き誇っていた」ということが強く記憶に残る。何箇所か、八重桜が好い感じの場所も在るようだ。そういう中で、この小樽運河周辺はやや地味なのかもしれないが、それでも出逢って嬉しかった八重桜である。
午後に…:小樽運河(2023.05.13)
龍宮神社辺りから龍宮通に歩を進め、小樽運河の辺りに到った。
↓趣が在る街灯が据えられ、街灯の上で海の鳥が翼を休めている。
↓ゆっくりと歩を進め、「小樽運河」とでも聞けば思い浮かぶような景観の場所に到った。
↑少し旅客も多くなってきているようには感じられた。
↓珍しいということでもないが、運河の水面に辺りの建物が映り込むような様子は、何度観ても面白い。
↓倉庫であった建物が、外観をそのままに、中を飲食店等として利用している例が多く見受けられる。
↓こういう様子を眺めて長閑に歩く感じが凄く好い…
↓これまで、余り歩き廻っていないような時間帯であったかもしれない。小樽運河周辺は何度歩いても、歩いた時季や時間帯毎に味わいが在ると思う。
↓上述の、「小樽運河」とでも聞けば思い浮かぶような景観の場所の逆側だ。ここもまたよく知られているかもしれないが。
色々な経過が在って、この景色が現在に受け継がれたらしいが、それは非常に好かったのだと個人的には思う。また訪ねたいと思いながら、この場を離れた。
↓趣が在る街灯が据えられ、街灯の上で海の鳥が翼を休めている。
↓ゆっくりと歩を進め、「小樽運河」とでも聞けば思い浮かぶような景観の場所に到った。
↑少し旅客も多くなってきているようには感じられた。
↓珍しいということでもないが、運河の水面に辺りの建物が映り込むような様子は、何度観ても面白い。
↓倉庫であった建物が、外観をそのままに、中を飲食店等として利用している例が多く見受けられる。
↓こういう様子を眺めて長閑に歩く感じが凄く好い…
↓これまで、余り歩き廻っていないような時間帯であったかもしれない。小樽運河周辺は何度歩いても、歩いた時季や時間帯毎に味わいが在ると思う。
↓上述の、「小樽運河」とでも聞けば思い浮かぶような景観の場所の逆側だ。ここもまたよく知られているかもしれないが。
色々な経過が在って、この景色が現在に受け継がれたらしいが、それは非常に好かったのだと個人的には思う。また訪ねたいと思いながら、この場を離れた。
<龍宮神社>:小樽(2023.05.13)
特段に大袈裟な荷物を持っていた訳でもないのだが、滞在する宿に荷物を置いて身軽になると、何か酷く晴れ晴れとした気分にもなり、辺りを少しばかり散策してみたくなる。そういう思い付きに身を任せ、小樽の街へ出た。
↓小樽駅前の道を、バスターミナル等とは逆な側へ進むと、坂道の上り口のような場所を経て、こういう鳥居が在るのに出くわす。
↓鳥居を潜って坂道を進めば、こういう石柱が在る。
↑<龍宮神社>の入口だ。
箱館の戦いで、幕府方の指導者として政府軍と戦った榎本武揚は、後に政府に出仕て開拓使の仕事をすることとなった。
その榎本武揚は1876(明治9)年に「北海鎮護」と献額し、北海道への移民の安寧を願って、アイヌ達が祭礼を行っていた場所でもある現在地に社を起こした。その後、有栖川野宮熾仁親王の揮毫を頂いたことで<龍宮殿>と号したが、一条実孝侯爵の揮毫を頂いたことから1916(大正5)年に<龍宮神社>と改称して現在に至っているのだという
↓静かな境内に上ってみた。
↓社を起こしたという榎本武揚の銅像も在る。
↓榎本武揚の紹介も掲出されている。
↓何度か立寄った経過も在る龍宮神社だが、また立寄る機会が在ったこと、無事に小樽に着いたことに感謝の意を表すべく参拝した。
↓運河の側、海の側へ下り坂の道が視える。神社辺りから運河や海の側とを結ぶ通が、<龍宮神社>に因むのだと思うが、「龍宮通」と呼ばれている
小樽駅から然程遠くないような辺りに、辺りが少しずつ拓かれた経過を想起させる、比較的知られた史上の人物に所縁が深い場所が在るのは興味深い。少し気に入っている場所だ。
↓小樽駅前の道を、バスターミナル等とは逆な側へ進むと、坂道の上り口のような場所を経て、こういう鳥居が在るのに出くわす。
↓鳥居を潜って坂道を進めば、こういう石柱が在る。
↑<龍宮神社>の入口だ。
箱館の戦いで、幕府方の指導者として政府軍と戦った榎本武揚は、後に政府に出仕て開拓使の仕事をすることとなった。
その榎本武揚は1876(明治9)年に「北海鎮護」と献額し、北海道への移民の安寧を願って、アイヌ達が祭礼を行っていた場所でもある現在地に社を起こした。その後、有栖川野宮熾仁親王の揮毫を頂いたことで<龍宮殿>と号したが、一条実孝侯爵の揮毫を頂いたことから1916(大正5)年に<龍宮神社>と改称して現在に至っているのだという
↓静かな境内に上ってみた。
↓社を起こしたという榎本武揚の銅像も在る。
↓榎本武揚の紹介も掲出されている。
↓何度か立寄った経過も在る龍宮神社だが、また立寄る機会が在ったこと、無事に小樽に着いたことに感謝の意を表すべく参拝した。
↓運河の側、海の側へ下り坂の道が視える。神社辺りから運河や海の側とを結ぶ通が、<龍宮神社>に因むのだと思うが、「龍宮通」と呼ばれている
小樽駅から然程遠くないような辺りに、辺りが少しずつ拓かれた経過を想起させる、比較的知られた史上の人物に所縁が深い場所が在るのは興味深い。少し気に入っている場所だ。
札幌駅出発…(2023.05.13)
札幌駅周辺で昼食(兼朝食)をゆったりと摂って、小樽駅を目指すこととした。
↓札幌駅では方々へ向かう列車の発車案内が多く掲出されるが、小樽へ向かう列車を見付けた。
↑少しだけ待てば、新千歳空港駅から札幌駅を経て小樽駅へ向かう<快速エアポート>が現れるようだ。
↓少しだけ待って居れば列車が現れた。
↓札幌駅の東側から入って来るような感じになる。
↓最近は出くわす割合が高まった733系電車だ。
↓これに乗込んで小樽を目指す。
新千歳空港駅から札幌駅を経て小樽駅へ向かう<快速エアポート>だが、何か「新千歳空港・札幌」と「札幌・小樽」との2本の列車のような雰囲気も在るかもしれない。新千歳空港の方向からの乗客の多くは札幌で下車する。そして札幌から小樽方向へ動く乗客が多く乗車する。そういうことが多いかもしれない。
↓列車の最後尾側に乗り込んだ。ロングシートの車内は、然程混んではいなかった。荷棚に荷物を載せた。
札幌・小樽間は各駅停車の列車が多数派であると思うが、快速は停車駅が少な目で、小樽市内に入る場合は速いのが好い。
↓札幌駅では方々へ向かう列車の発車案内が多く掲出されるが、小樽へ向かう列車を見付けた。
↑少しだけ待てば、新千歳空港駅から札幌駅を経て小樽駅へ向かう<快速エアポート>が現れるようだ。
↓少しだけ待って居れば列車が現れた。
↓札幌駅の東側から入って来るような感じになる。
↓最近は出くわす割合が高まった733系電車だ。
↓これに乗込んで小樽を目指す。
新千歳空港駅から札幌駅を経て小樽駅へ向かう<快速エアポート>だが、何か「新千歳空港・札幌」と「札幌・小樽」との2本の列車のような雰囲気も在るかもしれない。新千歳空港の方向からの乗客の多くは札幌で下車する。そして札幌から小樽方向へ動く乗客が多く乗車する。そういうことが多いかもしれない。
↓列車の最後尾側に乗り込んだ。ロングシートの車内は、然程混んではいなかった。荷棚に荷物を載せた。
札幌・小樽間は各駅停車の列車が多数派であると思うが、快速は停車駅が少な目で、小樽市内に入る場合は速いのが好い。
JRタワーを望む…(2023.05.13)
新しい建物が竣工して供用されると、その直後から暫くは「新しい眺め…」という想いも強く、眼に馴染む迄に些かの時間も要する。
↓札幌駅の南側、西寄りな方の出入口に近い辺りでの眺めだ。
↑百貨店になっている場所から見上げると、高層階がホテルになっているJRタワーが視える。
このJRタワー等の在る現在の札幌駅のビルは2003年に開業している。20年経つ。早いものだ…既に眼に馴染んで久しい光景ではある。
このJRタワーが見上げられるような場所からもっと西側、百貨店の出入口とは別に札幌駅の出入口は在ったが、現在は工事中でそれらが無くなった。
現在時点で、南側では西寄りと東寄りとを相互に動く場合に依然と余り変わらないのだが、北側では通行し悪い場所が生じていて、西寄りと東寄りとを相互に動き悪い場合も在る。
JRタワーの登場から20年を経て、新幹線開業に向けた整備ということで、札幌駅はまた大きく様子を変えそうである。
↓札幌駅の南側、西寄りな方の出入口に近い辺りでの眺めだ。
↑百貨店になっている場所から見上げると、高層階がホテルになっているJRタワーが視える。
このJRタワー等の在る現在の札幌駅のビルは2003年に開業している。20年経つ。早いものだ…既に眼に馴染んで久しい光景ではある。
このJRタワーが見上げられるような場所からもっと西側、百貨店の出入口とは別に札幌駅の出入口は在ったが、現在は工事中でそれらが無くなった。
現在時点で、南側では西寄りと東寄りとを相互に動く場合に依然と余り変わらないのだが、北側では通行し悪い場所が生じていて、西寄りと東寄りとを相互に動き悪い場合も在る。
JRタワーの登場から20年を経て、新幹線開業に向けた整備ということで、札幌駅はまた大きく様子を変えそうである。
サバかつ定食…(2023.05.13)
札幌駅に到った。小樽駅迄移動をする予定ではあったが、12時半頃という昼食時間帯であったことから、「朝食兼用」で昼食を摂ることとした。
札幌駅周辺に関しては、昼食を摂ろうとすれば様々な場所、色々な料理を択ぶことが叶う。札幌駅の北口、西寄りな側から戸外に出て「如何しようか?」と思ったが、一度立寄った経過も在る、海鮮系統を主体にした居酒屋のランチ営業というのが直ぐ傍に在ったことを思い出した。
↓ランチタイムはやや安価であるらしい飲物を御願いして、料理の登場を待つことにした。
↓こういう定食を御願いした。
↓「サバかつ」と称する。鯖に衣を点けて揚げるカツである。
↓肉を使うトンカツやチキンカツとも違う、独特な好さが在る。キャベツも沢山点いて、何やら「カツを頂いた」という高い満足感が得られた。
↓こういうような大漁旗が掲げられている御店だ。方々に系列の御店が在るようだが、札幌駅に程近い御店は記憶に留めたい感だ。
札幌駅周辺に関しては、昼食を摂ろうとすれば様々な場所、色々な料理を択ぶことが叶う。札幌駅の北口、西寄りな側から戸外に出て「如何しようか?」と思ったが、一度立寄った経過も在る、海鮮系統を主体にした居酒屋のランチ営業というのが直ぐ傍に在ったことを思い出した。
↓ランチタイムはやや安価であるらしい飲物を御願いして、料理の登場を待つことにした。
↓こういう定食を御願いした。
↓「サバかつ」と称する。鯖に衣を点けて揚げるカツである。
↓肉を使うトンカツやチキンカツとも違う、独特な好さが在る。キャベツも沢山点いて、何やら「カツを頂いた」という高い満足感が得られた。
↓こういうような大漁旗が掲げられている御店だ。方々に系列の御店が在るようだが、札幌駅に程近い御店は記憶に留めたい感だ。
キハ261系ディーゼルカー…:稚内駅(2023.05.16)
旭川駅で乗車した列車が、順調に稚内駅に着いた。
↓身体を伸ばしながら改札口へ歩き、出た辺りでこうして乗って来た車輛を眺めるのが気に入っている。
↓朝に札幌駅を発って稚内駅に着いた列車は、折り返し旭川駅へ向かう。こうして車輛が視える辺りには、その旭川駅へ向かう列車の乗客が乗車を待っている様子も見受けられる。
今般も「“旅”という程でもない中で“旅”のような気分を愉しむ」ということをしたような気がする。
↓身体を伸ばしながら改札口へ歩き、出た辺りでこうして乗って来た車輛を眺めるのが気に入っている。
↓朝に札幌駅を発って稚内駅に着いた列車は、折り返し旭川駅へ向かう。こうして車輛が視える辺りには、その旭川駅へ向かう列車の乗客が乗車を待っている様子も見受けられる。
今般も「“旅”という程でもない中で“旅”のような気分を愉しむ」ということをしたような気がする。
車窓…:抜海駅・南稚内駅間(2023.05.16)
旭川を発ってから、列車内では読書に興じるか居眠りに陥っているかという感じで居た。豊富駅で停車し、発車して暫く経ち、勇知駅の看板に気付いて稚内市の域内に列車が至ったことを知った。やがて抜海駅の脇を通った。
「皆様、只今定刻で抜海駅を通過致しました。もう少ししますと、左手に日本海が視えて参ります。利尻島と礼文島が視えます。御観賞下さい」という車掌の案内放送が流れた。何か久し振りに聴いたような気がした。天候は悪くなかったので、そういう情報提供も好いとの判断であったのであろう。
自身は右側に陣取っていたのだが、左側に空席が在ったのでそちらに動いて少し様子を伺ってみた。
↓こういう様子が見られた。
「利尻の山頂部に雲が掛って視え悪い様子でした。またの機会に是非御観賞下さい」という車掌の案内放送も、上記の画の様子が見えていた時に流れた。何度もこの辺りを列車で通過しているが、好い状態で綺麗に山全体が視える場合の方が少ないかもしれないという様子だと思う。色々な条件が好い時にだけ視える感じだ。そういう観点で、今般の様子は「悪くはない」と思った。往路では山の姿が全然視えないような感じだったのだから。
こういう「好い車窓」に出くわすというのも、列車の移動の愉しみだ。
「皆様、只今定刻で抜海駅を通過致しました。もう少ししますと、左手に日本海が視えて参ります。利尻島と礼文島が視えます。御観賞下さい」という車掌の案内放送が流れた。何か久し振りに聴いたような気がした。天候は悪くなかったので、そういう情報提供も好いとの判断であったのであろう。
自身は右側に陣取っていたのだが、左側に空席が在ったのでそちらに動いて少し様子を伺ってみた。
↓こういう様子が見られた。
「利尻の山頂部に雲が掛って視え悪い様子でした。またの機会に是非御観賞下さい」という車掌の案内放送も、上記の画の様子が見えていた時に流れた。何度もこの辺りを列車で通過しているが、好い状態で綺麗に山全体が視える場合の方が少ないかもしれないという様子だと思う。色々な条件が好い時にだけ視える感じだ。そういう観点で、今般の様子は「悪くはない」と思った。往路では山の姿が全然視えないような感じだったのだから。
こういう「好い車窓」に出くわすというのも、列車の移動の愉しみだ。
旭川駅を発つ…(2023.05.16)
旭川滞在の中では早朝に起き出したのだった。早朝から悠然と寛いで居て、そのまま何日間でもゆっくりしたいような気分になってしまっていたが、そういうことにもならない。予定の列車に乗車すべく出発した。
↓旭川駅の東側から近付いた。
↓天候が好い朝だ。
↓先日見送った列車の宣伝ということになる横断幕が掲出されている。
↓東改札口を通る。掲出されている発車案内を視る。稚内へ向かう特急<宗谷>を目指す。
↓旭川駅で列車に乗る場合に視る場合も多い乗車位置案内を確かめる。
↓<宗谷>は札幌を発って、旭川を経て稚内へ向かう列車だ。旭川を発つ少し前に札幌の方角から列車は現れる。
↓定位置で停車すべく減速しながら動く。今般は見慣れたキハ261系ディーゼルカーの最初期型、4輛の列車だ。
↓指定席に陣取り、持物は荷棚に載せる。
↓以降は黙って乗っていれば稚内へ連れて行ってくれる訳だ。安堵感が湧く。無事な出発に乾杯という感だ。
何度も旭川駅から稚内駅へ向かう列車には乗っているのだが、それでもこうやって出発の際に写真を撮ってしまう…自身の中の慣例のような感じだ。
↓旭川駅の東側から近付いた。
↓天候が好い朝だ。
↓先日見送った列車の宣伝ということになる横断幕が掲出されている。
↓東改札口を通る。掲出されている発車案内を視る。稚内へ向かう特急<宗谷>を目指す。
↓旭川駅で列車に乗る場合に視る場合も多い乗車位置案内を確かめる。
↓<宗谷>は札幌を発って、旭川を経て稚内へ向かう列車だ。旭川を発つ少し前に札幌の方角から列車は現れる。
↓定位置で停車すべく減速しながら動く。今般は見慣れたキハ261系ディーゼルカーの最初期型、4輛の列車だ。
↓指定席に陣取り、持物は荷棚に載せる。
↓以降は黙って乗っていれば稚内へ連れて行ってくれる訳だ。安堵感が湧く。無事な出発に乾杯という感だ。
何度も旭川駅から稚内駅へ向かう列車には乗っているのだが、それでもこうやって出発の際に写真を撮ってしまう…自身の中の慣例のような感じだ。