「稚内・札幌間を往復で所用」という場面で列車の券を求めるのは稚内では少数派と見受けられるのだが、途中に旭川に立寄って過ごそうとするのは更に少数派かもしれない。が、「多少、勝手知った(つもりになっている)他所」で少し時間を過ごし、夜を明かして朝の列車で稚内へ引揚げるというような移動が好みなので、何時もそうしている。
↓旭川に関して「多少、勝手知った(つもりになっている)他所」というように感じるのは、何度も立寄っている場所が在るからかもしれない。
↓階段を下りて、少し馴染んだ場所へ御邪魔した。
↓<赤霧島>を御湯割りで頂く。
↓御通しのササミと枝豆が美味い。
↓「おまかせ」の焼鳥は3本、「ベスト3」を所望したが、1本目は鶏精肉である。
↑「美味い焼鳥を頂いた」という高い満足感が得られる。
↓ササミだ。これは下ごしらえに工夫で、柔らかく、食べ応えも在る。
↓タレで丁寧に味を付ける「やきとん」も凄く好い。これは豚肉だ。
正しく、所望した「ベスト3」という感じで満足だ。
↓更にこの「手羽大根」も満足度が高い。
↑出汁で大根と鶏手羽先を、箸で簡単に解せる程度に柔らかく煮込むのだ。これも、この御店に立寄ると、大概は所望する。
↓「口直し」に冷製の白い茶碗蒸しが出る。
↓鶏ひき肉とタマネギを使った「キーマカレー」だ。玉子の黄身を絡めて頂く。
↑これは鶏肉を使う肉そぼろ丼をカレー味にしたような感じさえしたが、何か凄く満足度が高かった。辛口という程でもない。辛味は程好い感じだ。
↓デザートに小さな最中のアイスクリームを添えて頂いた。
語らい、「御湯割り」のグラスを少し重ね、ゆったりと過ごした。旭川に立寄って夜を過ごすことにして善かった。
明朝…発つ。引揚げた後に所用が生じているので、気を付けて引揚げたいが、何か凄く充実した感じだった。
金峰寺…:旭川(2023.12.09)
多少の雨も交じった中で旭川の街を歩き廻った。やがて薄日が差す間合いが訪れた。
↓陽の光の辺り加減で、少し美しく見える建物に行き当たった。
↓高野山真言宗の金峰寺という寺だ。
1905(明治38)年、旭川に在って妻を亡くされた方が寺を建立し、高野山真言宗の活動を始めたという。やがて1909(明治42)年に総本山金剛峯寺より「金峰寺」(こんぽうじ)の寺号を授かった。爾来、現在に至る迄、114年に亘って活動が受継がれているのだという。
金峰寺は「北海道三十三観音霊場16番札所」となっている。「千手千眼觀自在菩薩」(せんじゅせんげんかんのんじざいぼさつ)が祀られていて、御参りをさせて頂いた。
「千手千眼觀自在菩薩」について、「千手」は「数え切れない程に多い」という意味で、、「千眼」は「祈る人々を見過ごさない仏様の智慧」という意味と説かれている。遍く人々を救おうとするということなのだと思う。
↓御朱印を頂いた。
少しずつ、こういうような場所にも親しむのが興味深いと思う。
↓陽の光の辺り加減で、少し美しく見える建物に行き当たった。
↓高野山真言宗の金峰寺という寺だ。
1905(明治38)年、旭川に在って妻を亡くされた方が寺を建立し、高野山真言宗の活動を始めたという。やがて1909(明治42)年に総本山金剛峯寺より「金峰寺」(こんぽうじ)の寺号を授かった。爾来、現在に至る迄、114年に亘って活動が受継がれているのだという。
金峰寺は「北海道三十三観音霊場16番札所」となっている。「千手千眼觀自在菩薩」(せんじゅせんげんかんのんじざいぼさつ)が祀られていて、御参りをさせて頂いた。
「千手千眼觀自在菩薩」について、「千手」は「数え切れない程に多い」という意味で、、「千眼」は「祈る人々を見過ごさない仏様の智慧」という意味と説かれている。遍く人々を救おうとするということなのだと思う。
↓御朱印を頂いた。
少しずつ、こういうような場所にも親しむのが興味深いと思う。
STOP…(2023.12.10)
元祖焼き餃子+ニンニク肉肉肉餃子…:<大阪王将>(2023.12.10)
御近所の御店で夕食を愉しんでいた時、偶々点いていたテレビの番組を何となく視た。
番組は、外食チェーン店の商品開発担当者等が自慢のメニューを用意し、関係分野の著名な料理人がそれらを試食し、好いと思うか、今一つと思うかを評するという内容だった。過日視たのは、<大坂王将>という餃子や中華系の料理を供するチェーン店で、中華料理の分野で活躍する料理人の皆さんがメニューを試食していた。その中で、その<大坂王将>の餃子について、「“餃子”と言えば“こういう感じ”な…“ザ・餃子”という感じで素晴らしい!」と絶賛されていた。
↓実は在るのだ…札幌にその<大坂王将>が…
↑2011(平成23)年に「北海道初上陸」でこの御店が登場したそうだ。現在、山形県、栃木県、山梨県、岐阜県、三重県を除く42都道府県に出店しているそうだ。
↓大阪城天守閣を思わせる形を使ったマークが掲げられている。
↑大小幾つかの建物の御店とやや広い駐車場の、所謂「郊外型」な商業施設が札幌駅の北東側に在り、その一隅に<大坂王将>の御店が在ると知って足を運んでみた。自身の感覚では「札幌駅から徒歩圏」だ。15分前後歩いた…
↓昼食の時間帯で、少し賑わっていた。
↓カウンター席に御案内頂いた。過日視たテレビ番組で登場のメニューを紹介したモノも在った。
↓2種類の餃子を御願いし、小ライスと合わせて昼食(兼朝食)とした。
↓「ニンニク肉肉肉餃子」…
↓「元祖焼き餃子」…
↓辣油と…
↓タレを点けて頂いた。
やや肉やニンニクを工夫して厚い感じの皮に包んだ「ニンニク肉肉肉餃子」と、中華料理の世界の人達から絶賛された伝統の「元祖焼き餃子」をゆったりと愉しんだ。
↓実に多彩なメニューが用意されていた。が、とりあえず2種類の餃子を愉しく頂いた。
<大坂王将>は<餃子の王将>の「暖簾分け」を起源とするが、その後は全くの別会社として発展しているそうだ。1970(昭和45)年に1号店が開いたそうだ。既に半世紀余りの伝統を有していることになる。
都心部を少し外れるが、好い場所を覚えた…
番組は、外食チェーン店の商品開発担当者等が自慢のメニューを用意し、関係分野の著名な料理人がそれらを試食し、好いと思うか、今一つと思うかを評するという内容だった。過日視たのは、<大坂王将>という餃子や中華系の料理を供するチェーン店で、中華料理の分野で活躍する料理人の皆さんがメニューを試食していた。その中で、その<大坂王将>の餃子について、「“餃子”と言えば“こういう感じ”な…“ザ・餃子”という感じで素晴らしい!」と絶賛されていた。
↓実は在るのだ…札幌にその<大坂王将>が…
↑2011(平成23)年に「北海道初上陸」でこの御店が登場したそうだ。現在、山形県、栃木県、山梨県、岐阜県、三重県を除く42都道府県に出店しているそうだ。
↓大阪城天守閣を思わせる形を使ったマークが掲げられている。
↑大小幾つかの建物の御店とやや広い駐車場の、所謂「郊外型」な商業施設が札幌駅の北東側に在り、その一隅に<大坂王将>の御店が在ると知って足を運んでみた。自身の感覚では「札幌駅から徒歩圏」だ。15分前後歩いた…
↓昼食の時間帯で、少し賑わっていた。
↓カウンター席に御案内頂いた。過日視たテレビ番組で登場のメニューを紹介したモノも在った。
↓2種類の餃子を御願いし、小ライスと合わせて昼食(兼朝食)とした。
↓「ニンニク肉肉肉餃子」…
↓「元祖焼き餃子」…
↓辣油と…
↓タレを点けて頂いた。
やや肉やニンニクを工夫して厚い感じの皮に包んだ「ニンニク肉肉肉餃子」と、中華料理の世界の人達から絶賛された伝統の「元祖焼き餃子」をゆったりと愉しんだ。
↓実に多彩なメニューが用意されていた。が、とりあえず2種類の餃子を愉しく頂いた。
<大坂王将>は<餃子の王将>の「暖簾分け」を起源とするが、その後は全くの別会社として発展しているそうだ。1970(昭和45)年に1号店が開いたそうだ。既に半世紀余りの伝統を有していることになる。
都心部を少し外れるが、好い場所を覚えた…