<T101>…:電鉄富山駅/エスタ前・富山駅 間:富山の路面電車(2023.12.26)

↓立山連峰が背後の遠景に見えている中、路面電車が途中で何度か信号停止もしながらゆっくりと進んでいる。
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↓連接方式を採用して低床型を実現している近年の車輛であることが、カーブの区間で判り易くなる。
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↓3連接になっている<T100形電車>だ。
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↑2010年に導入された型で<サントラム>という愛称が冠せられている。「サン」はこの種の低床型として「3番目」の型であること、そして「太陽」の「Sun」に引っ掛け、「燦然とと輝く」という願いが込められているのだそうだ。

↓美しいと思い、眺め入ってしまっていた。
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<0603>…:電鉄富山駅/エスタ前・富山駅 間:富山の路面電車(2023.12.26)

富山の路面電車は6つの運行系統が在るそうだ。それらの多くが、富山駅の高架下に集まる。電鉄富山駅/エスタ前から富山駅へ、逆に富山駅から電鉄富山駅/エスタ前へ動く場合、車輛が概ね90度のカーブ道路に敷設された軌道を走行する。

その様子が少し面白いのだが、電鉄富山駅/エスタ前の方角には、遠くに立山連峰が見える。「山々に抱かれた土地が海に向き合う」というような辺りに街が拓けて長い経過を歩んだ「富山」を強く意識させる光景だと思う。

↓<0603>が電鉄富山駅/エスタ前側から富山駅側へ進んでいる。
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↓連接の美しい車体が、立山連峰を背後にカーブ区間を走行する様は美しい。
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↓複線区間で、様々な年代の車輛が擦違う様子が面白いと思う。
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↓富山駅の北側、富山港線を路面電車化した際に登場した新造車輛が<0600形電車>である。富山駅の高架化により、路面電車の各路線が結び付いた。結果、それまでこの富山駅の南側には現れなかった<0600形電車>が現れるようになった訳である。
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↓画の左側が富山駅だ。
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「立山連峰を背景に路面電車が行き交う様子」に興味が在ったが、現場で様子を観られる時間が限られていた中、意外に好い場所を発見し、そこで少しゆっくり写真を撮っていた。こういう過ごし方も好い感じだ。
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早目に休んで差支えない態勢に……=運行日誌(2023.12.26)

「些か早い?」とは感じながら、早目に夕食も愉しみ、宿の居室で飲むモノも仕入れているので、「何時でも御休み頂いて構いません」という態勢に入って、宿の居室で寛いで居る。前日や前々日よりも些か早めな時間帯にそういうことをしてしまっているというだけのことだ。

眠ければ眠り、眼が開けば起きていて、また眠れば好い訳で、面倒なことが在るのでもない。夜行バスに乗り込んだ後、連日のようにその「眠ければ眠り、眼が開けば起きていて、また眠くなれば眠る」という程度に過ごし続けている。その延長線上というものだ。

前夜は富山の宿の居室に在って、何となく「眼が冴える」という感じで「夜更かし傾向?」となってしまった。日中に精力的に動いたので、眠りたいという希望は強いのだが、「何時でも御休み頂いて構いません」という様子で、変に寛いでしまっていた。やがて休み、深く眠って眼を開け、また眠ってというようなことを繰り返していて、何やら早朝の時間帯に入っていた。或いは「身体の消耗」を「愉しい故の昂り」が凌駕し、昂った気分で眼が冴えているのかもしれない。気が張っているということではないのだから。

余り早くから動いても、色々な場所が開いているのでもない。少し「ゆっくり」という始動を意図して、朝は居室で寛いだ。居室は18階建ての建物の11階に在る。窓からの眺望も好い感じで、少し寛ぐには好適だと思う。

宿の朝食を頂いた後に一息入れて、午前8時台に始動ということにした。前日も似たようなものだが、今般はチェックアウトをして嵩張る荷物を預けるというようなことが無用だ。何処か「この街に在る中で休日を過ごす」という気分になる状況だ。「随意に過ごす時間を設ける」という中では、こういうように「出先」を強く意識しない程度に過ごすのが心地好いかもしれない。

富山では「市電」と呼んでいる路面電車が活躍している。、これは専用軌道の電車と区別して、街の併用軌道を行き交っている電車を「市内電車」と称し、それを略した言い方のようだ。この「市内電車」に650円で1日何回でも随意に乗降可能な“1日券”が在る。宿の直ぐ傍に在る富山地方鉄道の窓口で求められる。それを入手し、何となく市内を巡り、昼食後に宿で一息入れ、また出て、また引揚げて夕食まで更に一息である。

今般は岩瀬を訪ね、所謂「北前船」での繁栄の経過に触れることが叶った。これは非常に興味深かった。この他、「路面電車が在る街」、「立山連峰を望む街」という風情を少しのんびり愉しんだと思う。見聞等は何れゆっくりと綴りたい。富山はもう少しゆっくりと過ごすことも好いかもしれないと思った。今般、岩瀬で旧い「北前船」で活躍した人達の家を見学したが、他には資料館的な場所は訪ねていない。敢えてそうせずに、何となく動き回っていたという感じになる。

夕食は、前日にいきなり出会った<とやま鮨>を再度訪ねた。非常に気に入った!「氷見寒ブリ」のブリ大根、ブリのモツ、のどぐろの吸い物というような料理、気に入ったホタルイカの沖付けや黒作り、そして若干の寿司だ。何か「寿司が美味かった富山」というように記憶してしまいそうでもある。

12月23日の夜遅くに発ち、12月24日は動き続け、12月25日も精力的であった。ここで「少しだけゆっくり」というようになっていたかもしれない。それはそれで好いであろう。明日は富山を離れる。

<とやま鮨>…(2023.12.25)

無事に富山駅に近い宿に入った。日中に多く歩き、高速走行の新幹線とは言え、362㎞も移動している。(稚内・札幌間を思わせる距離だ。)少し寛ぐことが必要だと思った。

宿の居室で飲むモノ等を近隣の御店で求めるというのは、出先での恒例だ。御店で煙草を求めて“たばこ税”を払い、「感謝の納税」という程度に嘯いてもみる。そんなことで、宿の辺りで御店を探そうとした。

↓御店は直ぐに在ったのだが、その御店の少し手前に何やら気になる看板が出ていた。
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↓近付いてみれば…<とやま鮨>…
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↓夕食を摂ろうと立寄ってしまった。
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所謂「回転寿司」だが、カウンター席の辺りに在るタブレット端末で欲しいモノを御願いし、後から小皿を数えて精算する。手軽に御好みで鮨を摘まむことが叶う訳である。或いは最近はやっている方式かもしれない。

↓この時季は「氷見寒ブリ」が推しだという。2種類の握りに“炙り”が加わったモノを頂いた。
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↓少しこだわりの「昆布ガリ」というモノも在ったが、これも美味い。
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↓ホタルイカの「黒作り」というモノは独特だ。
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↓紅ズワイガニは解し身の軍艦巻きと、普通の握りと、“炙り”という組合せを御願いした。
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↓ホタルイカの「沖漬け」も凄く好みに合うモノだった。
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↓「北陸の寿司の王様」と謳っていた「のどぐろ」を“炙り”で頂いた。
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↓白エビは昆布で軍艦巻きのようにするというモノで、これも美味かった。
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↓時季としてやや気温が上がったかもしれないが、それでも寒い時季にはアラ汁が美味い。
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↓もう一つ「氷見寒ブリ」を摘んだ。
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富山県は海の幸が豊富な地域で鮨も美味い場所だという。「いきなり!」かなり愉しんだ。この御店…滞在した宿に酷く近い。「再訪」の強い誘惑に悩まされそうだ…
posted by Charlie at 07:46Comment(0)富山県

公衆電話ボックス…:午後:大宮駅東口(2023.12.25)

川越から大宮に戻り、荷物を引き取って列車を待つ迄の間に辺りを歩いた。

↓この場所は「硝子張りの少し大きな壁」というように見える。公衆電話ボックスの硝子に、人々が行き交う様子が映り込む。
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縁が薄かった大宮だが、居心地は悪くなかった。何時か再訪しようと思いながら辺りで過ごした。
posted by Charlie at 05:44Comment(0)埼玉県

「壁」??「△」(さんかく)??:大宮にて(2023.12.25)

「大宮」という地名の由来になったという、「武蔵一宮」こと「氷川神社」を訪ねてみた後に大宮駅へ向かって歩いていた。

↓こういう様子を眼に留め、歩を停めて見入ってしまっていた。
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↑2階建ての建物の高さで窓が設えられた「壁」が忽然と現れたように見えたのだ。

歩を停めてよく観れば、「△」(さんかく)になっている2本の道路に挟まれた用地に、用地の形に確り合わせた建物を建てているということのようだ。光の当たり方の故も在って、「不思議な“壁”」というように見えたのだ。

「だから?」という話しだが、こういうことに気付くのが存外に面白い…
posted by Charlie at 05:30Comment(0)埼玉県

<0605>…:富山駅南口周辺にて:富山の路面電車(2023.12.25)

到着したばかりの富山駅の周辺を歩いた。

↓こういう様子を見掛けた。
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↑富山では路面電車が走っていると聞いていたが、早速出会った。

乗降する停留所に「市電」と在る。「市営交通の電車」ということではない。「市内電車」という意味であるという。富山地方鉄道が運行している電車の中、街の併用軌道を走り回っているモノを「市内電車」と呼び習わし、それを略して「市電」だ。

↓低床型の新しい感じの車輛が発車して離れて行った。
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「富山港線」というJR西日本の路線を路面電車に改めるという構想が出て、2006年に開業した。<富山ライトレール>という会社が富山駅の北側の路線を運行した。新造車輛を導入し、車輛には<ポートラム>という愛称が冠せられた。

やがて富山駅の高架化が行われ、富山駅の南側の併用軌道と「富山港線」とが連結されて車輛が行き交うことも可能になった。2020(令和2)年から、<富山ライトレール>は富山地方鉄道に吸収された。<ポートラム>は<0600形電車>という正式呼称になった。それでも<ポートラム>と呼ばれた頃と同じ外観で動いているようだが。

↓連接の美しい車輛だと思いながら眺めた。
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何か、初めて歩く街で、路面電車に早速に歓迎して頂いたかのようで嬉しかった…
posted by Charlie at 05:19Comment(0)富山県

公衆電話ボックス…:早朝:大宮駅東口(2023.12.25)

朝6時過ぎ、大宮駅へ足を運んだ。

前夜にも眼に留めていたが、未だ灯りが残る早朝の感じも少し面白いと思った。
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↑空いた公衆電話ボックスが5つ並んでいる。何度もこの辺りを通り掛かった。が、誰かが公衆電話ボックスを利用している様子は見掛けなかった。

大都市圏では、午前6時過ぎという時間帯に存外な人通りが見受けられると思う。そういうのは、過ぎる程に静かな街で暮らしていると「大きな違い…」と気になる。
posted by Charlie at 04:48Comment(0)埼玉県

小雨が交る夕べに…:富山駅南口にて(2023.12.25)

早朝、大宮の宿の居室でネット予約した宿は「富山駅南口」に近いということだった。

↓その「南口」を目指した。
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↓既に暗い中、些かの雨が交じる。駅の建物を振り返った。
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↑最上部に新幹線の軌道と乗降のためのホーム、中間に在来線、外科医が街と通じる部分という「新幹線を擁する駅」の典型的な構造だと思った。が、12輛編成の列車が発着する訳で、駅は巨大だ。

↓淡い雨雲に霞むような月が覗くが、何やら広壮な駅と駅前である
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↓「大きな“交通結節点”という設え」と地図を見て承知していたが、「眼で観る」と何となく驚く。
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↓背が高いビルが林立している様子が凄いと思った。
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↓JR駅に他の鉄道会社の駅も連結だ。
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富山には連泊する。後から少しゆっくりと様子を探ろうと思った。
posted by Charlie at 00:45Comment(0)富山県

富山駅到着…(2023.12.25)

「北陸新幹線」というモノが在る。東京から上信越を抜けて北陸地方に至り、大阪へ向かうという計画の路線である。

「東北新幹線」、「上越新幹線」の一部と連結する形で長野迄の新幹線が開通したのが1997年であるそうだ。その後、金沢までの区間は2015年に開通している。そして2023年、今年になって金沢の先、敦賀迄が開通するということになっていて、一寸話題になっていると思う。

振り返ってみると、学生時代に長野県内へ足を踏み入れた記憶が在るが、当時は所謂「長野新幹線」も開通していなかった。1990年代に舞鶴を訪ねようとした際、新潟から列車で敦賀に至って列車を乗換えた記憶が在る。他に2012年だったが、列車を乗り継いで稚内から青森に至り、青森から特急「日本海」に乗車して京都へ移動しようとしたことが在った。あの時、列車が雪で数時間も遅れ、金沢駅で特急<サンダーバード>に乗換えるように案内が在ったということが在った。

そういうように富山県や石川県を列車で通過したという記憶は在る。が、「駅に着いて街に出る」ということは全くやっていない。そこで、所謂「長野新幹線」の時代から現在まで、全く乗車経験が無い北陸新幹線の列車で富山を訪ねてみようかというようなことを思い付いた。

「思い付いた」としたが、少なくとも2015年に金沢迄の新幹線が開通して「北陸新幹線」という呼び方が登場した後から、新しい列車に乗って北陸地方を訪ねたいという希望は在った。「機会が在れば」とは言うが、こういうような何かをする“機会”というのは「在れば」ではなく「設ける」という筋合いのモノなのだと思う。今般、漸く「機会を設ける」ということが叶った。

余り詳しく考えず、「鉄道網の要」のようになっている大宮に至れば、様々な列車を利用する機会を設けられそうだと思い、今般は旭川空港から羽田空港へ飛んだ後に大宮へ向かった。そして「大宮・富山」で「北陸新幹線」の<かがやき>に乗車したのだ。

↓1時間40分程度の乗車で、列車は富山駅に到った。
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↑全席指定で、列車の最後尾の1号車に乗った。後ろから下車し、列車が混んでいて少しだけ窮屈だった関係で、身体を少々伸ばしながら「ここまで運んでくれて有難う!」と車輛を眺めていた。

↓そのうちに列車は金沢駅を目指して発車した。それを何となく見送った。長野駅迄はJR東日本の乗務員で、そこから先はJR西日本の乗務員だった。富山駅はJR西日本の駅ということになる。
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↑夕刻の移動で、現在の時季であれば、乗車中は寧ろ暗く、窓の外は見え悪い感じではあった。

↓こんなモノを見て実感する。富山駅だ…
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↓新幹線の富山駅に着いた!
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こうして富山の地を漸く踏んだのである。少し感慨が沸き起こる。
posted by Charlie at 00:28Comment(0)富山県