夕べに…(2024.03.14)

↓とりあえず夕食を摂ろうと御近所に出てみた。
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↓過日、凄く気に入ってしまったサラダを頂いた。
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↑何時の頃からか、食事に出る場面で少し積極的にサラダを頂くようになったような気がする。

↓そしてこちらの御店で殊更に気に入っている<ホッケ蒲焼丼>を頂いた。
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↓こういうような感じで供される。
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↓今般はじゃこ天も摘まんだ。
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↓夕べの街角に浮かび上がる灯りが愛おしい感だ。
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朝に…(2024.03.14)

↓凍る箇所も存外に多い道路を歩いて、こういうような場所に到ると安堵する。
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↓こんな具合なら、テカテカの凍結箇所に足を取られるようなことを心配する必然性は非常に低い。
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↓プラスの側に少し傾いた気温だ。
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↓中途半端に雪が残るように見える。
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↓「春」へ着実に向かっているのか?明言はし悪いようにも思うが、穏やかな朝だ。
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昭和99年…=平成36年=令和6年…(2024.03.15)

↓壁に掲出されていたカレンダーが眼に留まり、偶々辺りに置いて在ったカメラを手にして写真に収めた。
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↑個人的には、“昭和”、“平成”、“令和”と元号が変わって煩雑なので「今年は2024年…あの出来事は一昨年だから2022年…」と西暦で考える機会が多いと思う。が、現在は「令和6年」だ。そして平成が継続中であれば「平成36年」で、昭和が継続中であれば「昭和99年」だという。

恐らく「あれは平成XX年だった。何年前?」、「昭和XX年生まれ?今年でX歳?」というようなことを思った時に参照出来るように「平成36年」と「昭和99年」が記されているということなのであろう。全てのカレンダーということではないが、時々見掛ける。

これを偶々視て「昭和99年」に少し驚いた。自身、昭和生まれで長く親しんだ元号であるのだが、来年になれば「昭和100年」なのだ。

「昭和」は1926(昭和元)年12月25日から1989(昭和64)年1月7日で、「62年と14日」という期間だ。日本を含めて元号を用いた例の中で、この「昭和」の期間は最長のモノであるという。清朝の時代に「康熙」が61年(1662-1722)、「乾隆」が60年(1736―1795)という例が在るそうだが、60年以上の元号というのがこの3つしか無いらしい。

以前に聞いた。1988年4月生まれから1989年3月生まれが集まった学校の学級では、同じ学級に「昭和63年生まれ」、「昭和64年生まれ」、「平成元年生まれ」が混在するという、少し珍しい状況が発生したのだそうだ。こういうのも珍しいかもしれない。これも「昭和64年」が1週間に終始したということの結果であろう。

何気ないカレンダーの記載事項を眼に留め、何となく色々と想ったという次第だ。

夕べに…(2024.03.13)

↓慎重な足取りで御近所の御店に辿り着いた。凍った箇所が目立つ足元であった。
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↓御通しの茄子を摘まんで<白霧島>を頂く。
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↓蛸も頂く。
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↓フグの唐揚を頂く。

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↑稚内近海も含め、日本海の北部でも少しフグは漁獲が見受けられるのだそうだ。

↓そして煮魚を所望した。
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↓ヤナギノマイという魚である。メバルの仲間であるという。これが凄く美味い。
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↓デザート感覚でイモモチを頂いた。
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↓序に揚げパンも少々頂いた。
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↓気軽に立寄る御近所での夕べというものが、何やら凄く好い感じだ。
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