岩見沢駅で列車に乗込んだが、沿線の様々な学校(高校、短大、大学、専門学校等)の学生が多いと見受けられた。新しい737系電車のロングシートの感じは、「大きな都市圏の通勤・通学の電車」という風情であった。そういう様子で途中に随分と乗客も入替りながら旭川駅へ向かって列車は進んだ。
↓やがて旭川駅に着いた。車内は少し賑わっていた。下車して一息入れながら車輌を眺めた。
↓これからはこの737系電車がこの辺りの主力となるような感じだった。
↓737系電車に関しては、今般初めて間近で眺め、乗車する機会も設けられたということになる。
↓改札を潜って駅前へ出た。宿へ引揚げる前に食事を摂るべく寄道をすることにした。
「移動をした列車が駅に着いた」という程度の如何でも構わないかもしれない場面であっても、何か「乗って来た車輌」にカメラを向けてみたくなる場合が多い。好い感じで写真が撮れると、それを後日に眺める。写真上の様子が、何やら酷く懐かしい感じがする。そういう感じを貯めるのが凄く愉しく、嬉しいのかもしれない。
ジンギスカン定食…(2024.05.12)
上富良野で過ごした後、旭川駅へ引揚げた。
早朝の旭川駅から発った時には「朝食前」で、上富良野では精力的に歩き廻ったので、「やや遅めな昼食」が「必須!」と感じ、何となく街を歩いた。
↓こんな御店に惹かれて入ってみた。
↓ランチのピークを過ぎて少し静かだった店内でテーブルに着くことになった。「飲物」を頂いて料理の登場を待つ。
↓こんな料理を頂いた。
↓こういう具合に供される。所謂「定食」である。
少なくとも北海道内ではこんな「ジンギスカン定食」を時々見掛ける。ジンギスカンの肉と野菜を焼いたモノが主菜で、米飯と汁物と漬物が添えられる感じだ。何か「焼肉定食」の亜種という感じだ。こういう感じが、実は意外に好きだ。
↓今般、単品で料理を一つ追加した。「くるくるソーセージ」だ。
何か「休業日の好い感じなランチ」という風情だ。
早朝の旭川駅から発った時には「朝食前」で、上富良野では精力的に歩き廻ったので、「やや遅めな昼食」が「必須!」と感じ、何となく街を歩いた。
↓こんな御店に惹かれて入ってみた。
↓ランチのピークを過ぎて少し静かだった店内でテーブルに着くことになった。「飲物」を頂いて料理の登場を待つ。
↓こんな料理を頂いた。
↓こういう具合に供される。所謂「定食」である。
少なくとも北海道内ではこんな「ジンギスカン定食」を時々見掛ける。ジンギスカンの肉と野菜を焼いたモノが主菜で、米飯と汁物と漬物が添えられる感じだ。何か「焼肉定食」の亜種という感じだ。こういう感じが、実は意外に好きだ。
↓今般、単品で料理を一つ追加した。「くるくるソーセージ」だ。
何か「休業日の好い感じなランチ」という風情だ。
<上川倉庫> 事務所棟等…(2024.05.11)
旭川駅に着いた時には、未だ真直ぐに宿へ向かうような時間帯でもなかったので、駅のロッカーに荷物を預けて街を歩いてみることにした。
↓旭川駅前で東西に延びている「宮下通」を東寄りへ進む。少し気に入っている眺めに出会える。
↑旭川市内に現存する木造建築としては最古と目される<上川倉庫>の事務所棟が見える。
農業、醸造業、建築業、木材業等の産業関係、旭川に立地した軍の師団に関連する事柄等、貨物の輸送需要が高まり、それに応えた<上川倉庫>が手掛けた倉庫事業は大変に栄えたのだという。交通或いは物流の要として発展した街の歴史を想起させる古い建築だ。
さり気無く、こういう建物が佇んでいる街角は素敵だと思う。
↓旭川駅前で東西に延びている「宮下通」を東寄りへ進む。少し気に入っている眺めに出会える。
↑旭川市内に現存する木造建築としては最古と目される<上川倉庫>の事務所棟が見える。
農業、醸造業、建築業、木材業等の産業関係、旭川に立地した軍の師団に関連する事柄等、貨物の輸送需要が高まり、それに応えた<上川倉庫>が手掛けた倉庫事業は大変に栄えたのだという。交通或いは物流の要として発展した街の歴史を想起させる古い建築だ。
さり気無く、こういう建物が佇んでいる街角は素敵だと思う。
夕べに…(2024.05.21)
夕刻、暗くなる迄にやや時間を要するような感じになった気がしている。
↓その暗くなり始めた頃、夕食を愉しもうと御近所に出て、馴染んだ暖簾を潜った。
↓サラダを摘まんだ。
↓複数人で分けるようなサラダを単独で頂くというようなことをするのが好い。
↓鰊の塩焼きを御願いした。
↓美味い焼魚というのは色々と在るとは思うのだが、鰊は凄く気に入っている。
↑ふっくらとした感じの焼き上がりで、凄く好かった。
↓そして大変に気に入っている「ホッケ蒲焼丼」だ。これをゆっくりと頂くことを念頭に、御店の暖簾を潜るという感じでもある。
↑揚げ焼きにしたホッケを甘辛いタレで味を付け、とろろ昆布を敷いた米飯に載せるという、オリジナルな丼である。
↓こういう具合に、小鉢、汁物、漬物が添えられて供される。これが非常に好い。
↓頂いた食事に大満足し、御店のテレビで流れていたプロ野球中継の試合がなかなかの好ゲームで愉しい感じで、風がやや冷たい中でゆっくりと引揚げた。
↓その暗くなり始めた頃、夕食を愉しもうと御近所に出て、馴染んだ暖簾を潜った。
↓サラダを摘まんだ。
↓複数人で分けるようなサラダを単独で頂くというようなことをするのが好い。
↓鰊の塩焼きを御願いした。
↓美味い焼魚というのは色々と在るとは思うのだが、鰊は凄く気に入っている。
↑ふっくらとした感じの焼き上がりで、凄く好かった。
↓そして大変に気に入っている「ホッケ蒲焼丼」だ。これをゆっくりと頂くことを念頭に、御店の暖簾を潜るという感じでもある。
↑揚げ焼きにしたホッケを甘辛いタレで味を付け、とろろ昆布を敷いた米飯に載せるという、オリジナルな丼である。
↓こういう具合に、小鉢、汁物、漬物が添えられて供される。これが非常に好い。
↓頂いた食事に大満足し、御店のテレビで流れていたプロ野球中継の試合がなかなかの好ゲームで愉しい感じで、風がやや冷たい中でゆっくりと引揚げた。
朝に…(2024.05.21)
朝に…:12階の眺望:旭川(2024.05.14)
建物…(2024.05.20)
↓若干、小雨であった。暫くの間、覆われた状態であった建物の姿が視えるようになった。
↑塗装工事が終わり、作業用の足場を順次解体している途中であったようだ。
5月3日に始まったので、2週間余りを要した。塗装面は新しくなった。色合いは変わった。
こういうようなことで街の外見は少しずつ変わるものだと思う。
↑塗装工事が終わり、作業用の足場を順次解体している途中であったようだ。
5月3日に始まったので、2週間余りを要した。塗装面は新しくなった。色合いは変わった。
こういうようなことで街の外見は少しずつ変わるものだと思う。
夕べに…(2024.05.20)
昼に…(2024.05.20)
昼に…(2024.05.19)
<北の錦 まる田>のTシャツ…(2024.05.14)
洗濯を終えた愛用のジーンズ…(2024.05.19)
↓コインランドリーでジーンズを洗濯した。
こういう感じで3月下旬にも写真に収めていた。
今般、塩狩(和寒)上富良野、栗山というように出掛けた際にも着用していた1本である。出先から戻った後の休業日であったので洗濯をした訳だ。
↓ジーンズの場合に見受けられる「使用感」が少し増して来たような気がする。
↓一部に「色落ち」の傾向も判るようになって来た。
↓使う程に愛着が強まる。
殊更に厚い感じの「25oz」という生地のジーンズで、盛夏には少し着用し悪いかもしれない。当地は未だ肌寒い感じなので、出番は多そうだ。
こういう感じで3月下旬にも写真に収めていた。
今般、塩狩(和寒)上富良野、栗山というように出掛けた際にも着用していた1本である。出先から戻った後の休業日であったので洗濯をした訳だ。
↓ジーンズの場合に見受けられる「使用感」が少し増して来たような気がする。
↓一部に「色落ち」の傾向も判るようになって来た。
↓使う程に愛着が強まる。
殊更に厚い感じの「25oz」という生地のジーンズで、盛夏には少し着用し悪いかもしれない。当地は未だ肌寒い感じなので、出番は多そうだ。
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車窓…:抜海駅(2024.05.11)
↓列車が停まって、動き始めた時、車窓に見えていた駅舎にカメラを向けた。
↑風雪の中で長い年月を過ごした抜海駅の建物である。少し傷んだ屋根の風情が面白いと思った。(これも直した方が建物の保存の上では好いのだと思うが。)
1924(大正13)年に鉄道が延伸された際に登場した抜海駅である。この当時の経路は「天北線」(1989(平成元)年廃止)経由で、現行の「宗谷線」の経路は1926(大正15)年からである。
1987(昭和62)年のJR発足の前の時点で、抜海駅は無人駅になっていた。そこから現在に至っている。嘗ては「昼に抜海駅へ向かい、夕方に抜海駅から稚内駅へ引揚げる」というようなことも出来たが、普通列車も減便されている中、簡単に往復出来ない感じになっている。最近は「廃止」という件が話題になる場合が多い場所だ。
↑風雪の中で長い年月を過ごした抜海駅の建物である。少し傷んだ屋根の風情が面白いと思った。(これも直した方が建物の保存の上では好いのだと思うが。)
1924(大正13)年に鉄道が延伸された際に登場した抜海駅である。この当時の経路は「天北線」(1989(平成元)年廃止)経由で、現行の「宗谷線」の経路は1926(大正15)年からである。
1987(昭和62)年のJR発足の前の時点で、抜海駅は無人駅になっていた。そこから現在に至っている。嘗ては「昼に抜海駅へ向かい、夕方に抜海駅から稚内駅へ引揚げる」というようなことも出来たが、普通列車も減便されている中、簡単に往復出来ない感じになっている。最近は「廃止」という件が話題になる場合が多い場所だ。
切符…(2024.05.14)
↓出先から戻り、昼食に寄った場所で何となく並べてみた。
↑5月11日から5月14日で出掛けた際に利用した切符の一部である。
JRで列車を下りた後に有人改札口を利用するのであれば、駅員さんに切符を示して「記念に持ち帰りたい」とでも申出ると、既に無効であることが判るようなスタンプを押す等して持ち帰らせてくれる。大概はそういう程度に御願いして切符を持ち帰る。
今般は「稚内・岩見沢(往復)」という乗車券を用意した。
往路は列車乗換の名寄、途中下車の塩狩を経て旭川に至った。塩狩で「ワンマン運行」の列車に乗った際に何となく取った整理券も在る。
それから旭川に滞在していた。旭川から上富良野を往復したが、「ワンマン運行」の列車で乗務員(運転士さん)に切符を渡したので切符は残らず、復路分は残った。そしてイベント列車の到着を観ようと旭川駅に入った際の入場券も在る。
旭川・岩見沢間に関しては普通列車で往復した。岩見沢・栗山間の往路は「ワンマン運行」の列車で乗務員(運転士さん)に切符を渡したので切符は残らず、復路は路線バスを利用し、車内で運賃を現金で支払ったので切符は無い。因みに、岩見沢・栗山間の乗車券は岩見沢駅で乗車前に写真を撮っていた。
復路の旭川・稚内間については、指定席特急券を別途求めている。それは在る。
今般の「稚内・岩見沢(往復)」という乗車券は用意する機会が殆ど無いようなモノなので、思わず写真に収めてみたのだ。今回は途中下車をしながら進むような方式を採り入れたかったので、通常の途中下車可の乗車券を敢えて用意したのだった。
時には敢えてこういうやり方で列車を利用するのも愉しいものだ。
↑5月11日から5月14日で出掛けた際に利用した切符の一部である。
JRで列車を下りた後に有人改札口を利用するのであれば、駅員さんに切符を示して「記念に持ち帰りたい」とでも申出ると、既に無効であることが判るようなスタンプを押す等して持ち帰らせてくれる。大概はそういう程度に御願いして切符を持ち帰る。
今般は「稚内・岩見沢(往復)」という乗車券を用意した。
往路は列車乗換の名寄、途中下車の塩狩を経て旭川に至った。塩狩で「ワンマン運行」の列車に乗った際に何となく取った整理券も在る。
それから旭川に滞在していた。旭川から上富良野を往復したが、「ワンマン運行」の列車で乗務員(運転士さん)に切符を渡したので切符は残らず、復路分は残った。そしてイベント列車の到着を観ようと旭川駅に入った際の入場券も在る。
旭川・岩見沢間に関しては普通列車で往復した。岩見沢・栗山間の往路は「ワンマン運行」の列車で乗務員(運転士さん)に切符を渡したので切符は残らず、復路は路線バスを利用し、車内で運賃を現金で支払ったので切符は無い。因みに、岩見沢・栗山間の乗車券は岩見沢駅で乗車前に写真を撮っていた。
復路の旭川・稚内間については、指定席特急券を別途求めている。それは在る。
今般の「稚内・岩見沢(往復)」という乗車券は用意する機会が殆ど無いようなモノなので、思わず写真に収めてみたのだ。今回は途中下車をしながら進むような方式を採り入れたかったので、通常の途中下車可の乗車券を敢えて用意したのだった。
時には敢えてこういうやり方で列車を利用するのも愉しいものだ。
<X-Pro2>…(2024.05.11)
↓列車の中でテーブルが在るような席に陣取っていて、カメラを何気なく取り出して置いた。
↑随時使えるように出した状態であった<X100F>に対し、こちらは名寄で使おうとリュックサックから引っ張り出した。
↓出先では「広角ズーム」を装着した状態で使うことが多いような気がする。
↑「広角ズーム」の「24mm」の側は<X100F>の画角と近く、持っている感じは少し違うが、撮れる画は似ている。「10mm」の側にズームすると、画角は広くなり、広めな風景、大き目な建物、狭い屋内というような場所で色々と撮り易く、凄く気に入っている。
<X100F>は、下車する前にリュックサックへ引っ込めた。
時には、こういう具合に愛用のカメラの姿を写真に収めておきたくなる場合が在る。
↑随時使えるように出した状態であった<X100F>に対し、こちらは名寄で使おうとリュックサックから引っ張り出した。
↓出先では「広角ズーム」を装着した状態で使うことが多いような気がする。
↑「広角ズーム」の「24mm」の側は<X100F>の画角と近く、持っている感じは少し違うが、撮れる画は似ている。「10mm」の側にズームすると、画角は広くなり、広めな風景、大き目な建物、狭い屋内というような場所で色々と撮り易く、凄く気に入っている。
<X100F>は、下車する前にリュックサックへ引っ込めた。
時には、こういう具合に愛用のカメラの姿を写真に収めておきたくなる場合が在る。
宵に…:中央商店街(2024.05.19)
波止場横丁の夕べ…(2024.05.19)
余りにも寒い連休は拙宅に閉じこもるような感じになってしまい、翌週は「1週間遅れの連休」と号して他地域に出ていた。そういう訳で、少し久し振りに「休業日らしい」という感じで過ごしていた。
↓午後からサウナを利用し、休憩室で寛ぎ、些かの居眠りも交じりながらプロ野球中継を観て、何となく道草である。
↓馴染んだ辺りで寛ぐのは好い感じだ。
↓馴染んだ暖簾を潜った。
↓サウナ利用の後、泡盛のシークワーサーと炭酸で割ったモノは凄く好い感じになる。
↓大阪の流儀のドテ煮を摘まむ。
↓そしてキムチだ。これも大阪の鶴橋の御店で採用されている仕様だ。
↓ラムの串カツは、塩コショウの味付けでアッサリと頂く。
↓合鴨の串カツを頂く。
↓更に「餅チーズベーコン」の串カツを愉しんだ。
↓アスパラの時季だ。この辺では、名寄や士別、或いは旭川近郊の佳いアスパラが出回る。それを湯がいたモノを頂いた。
↑旬のアスパラの仄かな甘みが素晴らしかった。
↓やがて「ジャスミン焼酎のジャスミン茶割」という、名付けて<JJ>を頂きながら少々寛いだ。
↓寛ぎながら、「美味いアスパラのアンコール」というようなことで、アスパラの素揚げを所望した。
↑これもアスパラの自然な甘味が凄く感じられる。秀逸だった。
↓一頻り愉しんだ後に数歩移動した。
↓<さくら白波>を1杯頂いた。
こういうような休業日の夕べの過ごし方は好い感じだ。
↓午後からサウナを利用し、休憩室で寛ぎ、些かの居眠りも交じりながらプロ野球中継を観て、何となく道草である。
↓馴染んだ辺りで寛ぐのは好い感じだ。
↓馴染んだ暖簾を潜った。
↓サウナ利用の後、泡盛のシークワーサーと炭酸で割ったモノは凄く好い感じになる。
↓大阪の流儀のドテ煮を摘まむ。
↓そしてキムチだ。これも大阪の鶴橋の御店で採用されている仕様だ。
↓ラムの串カツは、塩コショウの味付けでアッサリと頂く。
↓合鴨の串カツを頂く。
↓更に「餅チーズベーコン」の串カツを愉しんだ。
↓アスパラの時季だ。この辺では、名寄や士別、或いは旭川近郊の佳いアスパラが出回る。それを湯がいたモノを頂いた。
↑旬のアスパラの仄かな甘みが素晴らしかった。
↓やがて「ジャスミン焼酎のジャスミン茶割」という、名付けて<JJ>を頂きながら少々寛いだ。
↓寛ぎながら、「美味いアスパラのアンコール」というようなことで、アスパラの素揚げを所望した。
↑これもアスパラの自然な甘味が凄く感じられる。秀逸だった。
↓一頻り愉しんだ後に数歩移動した。
↓<さくら白波>を1杯頂いた。
こういうような休業日の夕べの過ごし方は好い感じだ。
稚内港北防波堤ドーム…(2024.05.19)
夕べに…(2024.05.18)
「ラベンダー編成」:キハ261系ディーゼルカー…(2024.05.18)
第一副港辺りの眺め…:稚内港(2024.05.18)
朝に…(2024.05.18)
<サキソフォン吹きと猫>…(2024.05.12)
上富良野から旭川に引揚げた時には午後1時台だった。少し遅めな昼食(兼朝食)でも摂ろうと思い付き、街を歩いた。
↓「また御逢いしましたね…」という感である。
↓何度観ても雰囲気が好い。
↓気持ち好く音を出している「サキソフォン吹き」という風情だ。
↓「サキソフォン吹き」の演奏を聴き入っているかのような猫の風情も秀逸だ。
「サキソフォン吹き」は「猫」と一緒に何時もここに居る。何度でも会いに行こう。
↓「また御逢いしましたね…」という感である。
↓何度観ても雰囲気が好い。
↓気持ち好く音を出している「サキソフォン吹き」という風情だ。
↓「サキソフォン吹き」の演奏を聴き入っているかのような猫の風情も秀逸だ。
「サキソフォン吹き」は「猫」と一緒に何時もここに居る。何度でも会いに行こう。
新しい「カテゴリ」…(2024.05.19)
このブログは、方々で撮った写真と関連の文章を主としている。各記事は、概ね「写真撮影地」ということで「カテゴリ」に分類している。
「カテゴリ」について、国内の分は「都道府県」を基準にした。「〇〇県」というような感じになっている。が、地元であると同時に、大変に広大な北海道に関しては「北海道/〇〇」として、北海道内の地域を特定している。
地元なので凄く写真や記事が多い「北海道/稚内」、所用で訪れる場合が多く、写真や記事が多い「北海道/札幌」、所用に関連した移動の途次というような状況も含めて立寄る機会が多い「北海道/旭川」という突出した存在も見受けられる。他に関しては、何度か訪ねている、または立寄っている時の画を使った記事だ。とりあえず「北海道/〇〇」と記事を起すが、然程件数が増えるでもないと見受けられる各地に関しては「北海道/その他」というようにしている。
この5月、「1週間遅れて“連休”…」と称して、少し時間を設けて出掛けた。その出先で撮った写真を使った記事に関しては、「北海道/その他」というようにしても構わなかったのかもしれないが、敢えてカテゴリを新設した。「北海道/和寒」、「北海道/上富良野」、「北海道/栗山」という各カテゴリを新設したのだ。
今般、何か「文学紀行」というような感じにもなるような感じで、「北海道/その他」という中に「紛れ込んだ感じ」にしてしまいたくはなかったので、敢えて新しいカテゴリを設けてみた。他のコンテンツを合わせて、御愉しみ頂ければ幸甚である。
「カテゴリ」について、国内の分は「都道府県」を基準にした。「〇〇県」というような感じになっている。が、地元であると同時に、大変に広大な北海道に関しては「北海道/〇〇」として、北海道内の地域を特定している。
地元なので凄く写真や記事が多い「北海道/稚内」、所用で訪れる場合が多く、写真や記事が多い「北海道/札幌」、所用に関連した移動の途次というような状況も含めて立寄る機会が多い「北海道/旭川」という突出した存在も見受けられる。他に関しては、何度か訪ねている、または立寄っている時の画を使った記事だ。とりあえず「北海道/〇〇」と記事を起すが、然程件数が増えるでもないと見受けられる各地に関しては「北海道/その他」というようにしている。
この5月、「1週間遅れて“連休”…」と称して、少し時間を設けて出掛けた。その出先で撮った写真を使った記事に関しては、「北海道/その他」というようにしても構わなかったのかもしれないが、敢えてカテゴリを新設した。「北海道/和寒」、「北海道/上富良野」、「北海道/栗山」という各カテゴリを新設したのだ。
今般、何か「文学紀行」というような感じにもなるような感じで、「北海道/その他」という中に「紛れ込んだ感じ」にしてしまいたくはなかったので、敢えて新しいカテゴリを設けてみた。他のコンテンツを合わせて、御愉しみ頂ければ幸甚である。
<LAWSON>の入口に…(2024.05.18)
阪神タイガースのTシャツ…(2024.05.13)
今般、バッグの中に何枚か新しいTシャツを入れて持参し、旭川の宿の居室で引っ張り出して適宜替えていた。
↓こういうモノを持参した。
↑1935年以来の伝統を誇る阪神タイガースのTシャツだ。少し凝ったデザインの書体のアルファベットと数字が在って、虎のイラストだ。
↓背中にも「Hanshin Tigers Baseball」と凝った書体で入っている。
以前に甲子園球場を訪ねてみた経過が在って、あの球場を本拠地とするタイガースには親近感も在るのだが、それはそれとしてTシャツのデザインが気に入って入手したのだ。そういう「単純にデザインが気に入ったから入手のTシャツ」というような例は、自身の場合には凄く多い。
↓こういうモノを持参した。
↑1935年以来の伝統を誇る阪神タイガースのTシャツだ。少し凝ったデザインの書体のアルファベットと数字が在って、虎のイラストだ。
↓背中にも「Hanshin Tigers Baseball」と凝った書体で入っている。
以前に甲子園球場を訪ねてみた経過が在って、あの球場を本拠地とするタイガースには親近感も在るのだが、それはそれとしてTシャツのデザインが気に入って入手したのだ。そういう「単純にデザインが気に入ったから入手のTシャツ」というような例は、自身の場合には凄く多い。
下車用停留所…:岩見沢ターミナル(2024.05.13)
全く乗車した経験が無い路線バスに乗って移動するのは少し興味深い。「如何いう感じの場所を通るのか?」と興味津々で車窓を眺める。が、時に些かの居眠りも交ってしまう。
栗山駅前を発ったバスは、それ程の時間を経ずに岩見沢市の区域に入ったようだ。そういう様子を見て、居眠りが交ってしまった。やがて気付くと、少し乗車する乗客が増えた。
岩見沢の街中に近くなり、色々な公的施設等の辺りに設けられた停留所で乗客の入れ替わりが色々と生じた。やがて「この道の先に岩見沢駅…」と判る辺りを走るようになる。
↓「終点、岩見沢ターミナルです」ということで、岩見沢駅南口の駅舎隣り辺りに在るバスターミナルの建物を望むような場所に設けられた、下車用停留所にバスは停まる。そして下りた。
このバスは「栗山・岩見沢間」というより、「岩見沢市内の路線」とい雰囲気が色濃いのかもしれないと思った。
岩見沢・栗山間の移動である。列車は440円で30分を切るが、バスは600円で45分弱を要した。バスに関しては、今般乗車したバスと経由地が少し違うという便も在るようだ。運行本数がやや多い。対して列車は運行本数が少ない。何方が好いとも決められない。
今般、往路は列車、復路はバスということになったのは、少し興味深かった。岩見沢へ着いてからは、思い描いていた列車で旭川へ向かう。列車でもバスでも、その予定には間に合って何等の問題も無い。
栗山駅前を発ったバスは、それ程の時間を経ずに岩見沢市の区域に入ったようだ。そういう様子を見て、居眠りが交ってしまった。やがて気付くと、少し乗車する乗客が増えた。
岩見沢の街中に近くなり、色々な公的施設等の辺りに設けられた停留所で乗客の入れ替わりが色々と生じた。やがて「この道の先に岩見沢駅…」と判る辺りを走るようになる。
↓「終点、岩見沢ターミナルです」ということで、岩見沢駅南口の駅舎隣り辺りに在るバスターミナルの建物を望むような場所に設けられた、下車用停留所にバスは停まる。そして下りた。
このバスは「栗山・岩見沢間」というより、「岩見沢市内の路線」とい雰囲気が色濃いのかもしれないと思った。
岩見沢・栗山間の移動である。列車は440円で30分を切るが、バスは600円で45分弱を要した。バスに関しては、今般乗車したバスと経由地が少し違うという便も在るようだ。運行本数がやや多い。対して列車は運行本数が少ない。何方が好いとも決められない。
今般、往路は列車、復路はバスということになったのは、少し興味深かった。岩見沢へ着いてからは、思い描いていた列車で旭川へ向かう。列車でもバスでも、その予定には間に合って何等の問題も無い。