<YOSAKOIソーラン>の在る風景…(2024.06.09)

札幌市内に入って動き回ってみると、何やら独特な衣装に身を包んだ一団が地下鉄に乗って移動している様子等が眼に触れた。「例の…」と思った。

↓交通規制をした道路で演舞という様子が見受けられた。
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↓全国各地からこういうグループが札幌にやって来て催しに参加している。宿泊施設が混み合う筈である。
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↓この辺りは、何か凄い熱気だった。曇天ではあったが。
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<YOSAKOIソーラン>も、何時の間にか「札幌を代表する催事」というような感じになって久しいように思う。

16式機動戦闘車…:「第11旅団設立16周年・真駒内駐屯地開庁70周年記念行事」(2024.06.09)

期せずして「第11旅団設立16周年・真駒内駐屯地開庁70周年記念行事」の現場に居合わせることになった。日頃は間近に見るでもない特殊な車輛を観る機会は貴重で興味深い。

↓これも興味深い。
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↓8輪車の上に、戦車同様に旋回する砲塔を載せている。
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これは「16式機動戦闘車」(ひとろくしききどうせんとうしゃ)というモノだ。「装輪戦車」とも呼ばれるが、「戦車」という程度の重装甲でもなく、履帯で泥濘や砂漠や雪原を踏破するというのでもない。が、日本国内のような場所では、この方式の車輛はより動き易いと言える。90式戦車は強力だが、国内では動き悪い代物で、実戦部隊への配備は北海道だけであるという。他地域では、教育や研修のための場所に在るだけらしい。そういう事情で新しい10式戦車が造られた。この16式機動戦闘車は、10式戦車と並行して各地に配備するべく造られいるということのようだ。

↓「16式」の名が示すように、2016年から配備されているという新型車である。
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↓砲塔の形状に「新しさ」を感じる。
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今般は、偶々近くを訪ねたということでこの催事に出くわした。非常に好かった。

<HRC Kyoto>のTシャツ…(2024.06.09)

↓かなり気に入っているTシャツだ。
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↑今般、所用で出る際に着替えに持参した。旭川の宿で朝から引っ張り出して着用した。

こういうモノは好い。京都の祇園白川に在った<HRC Kyoto>で求めたモノだった。

「虎」のキャップ…(2024.06.08)

↓こんなモノを使い始めた。
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↓後ろ側がメッシュになっているキャップは、少し気温が上がる時季には好い。
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↓夏でも陽射しを避けるキャップは使いたい。そういう訳で後ろ側がメッシュのキャップを幾分用意している。
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派手な「虎」の柄が好い。阪神タイガースのグッズだ。

90式戦車…:「第11旅団設立16周年・真駒内駐屯地開庁70周年記念行事」(2024.06.09)

札幌の地下鉄南北線の南側終点は真駒内駅で、その手前は自衛隊前駅だ。陸上自衛隊の真駒内駐屯地の眼の前に地下鉄駅が在る。古くは駐屯地の一部が「雪まつり」の会場になっていて、自衛隊の皆さんが造った大きな雪の滑り台や、雪の壁を組合わせて設えた迷路が在った。幼少の頃、親父殿に連れられて訪ねたという記憶も微かに在る。

その自衛隊前駅の辺りには明治時代に製造され、大正期から昭和初期に札幌の街を走っていた路面電車が観られる<札幌市交通資料館>が在る。そこを訪ねたのだが、真駒内駐屯地の広い敷地が見える辺りを歩いた。

真駒内駐屯地の広い敷地は、漫然と歩いても何となく見えるのだが、何か様子が妙だった。物々しい車輛が少し広い辺りを走行している様子が見えた。少し前に観た映画の『ゴールデンカムイ』に、騒ぎが起こった現場に駆け付けた敵役が「何事なのだ!?」と台詞を発する場面が在ったのだが、正しくその人物のように「何事なのだ!?」という言葉が口を突いた。

↓こういう車輛が走り回っていれば、如何に陸上自衛隊の駐屯地の敷地内とは言え、少し驚いて「何事なのだ!?」という程度に思ってしまう。
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↓「第11旅団設立16周年・真駒内駐屯地開庁70周年記念行事」で真駒内駐屯地が一般開放ということになり、「展示」ということで車輛を動かしていたのだ。
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↑北海道に多く配備されているという90式戦車(きゅうまるしきせんしゃ)だ。

↓履帯で走る車輛だ。車高を調整して、戦車砲の角度も変えられる。
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↓砲塔が旋回する。
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↓砲塔が逆を向いた。前と後ろとは違うにしても、戦車はどちらの方向にも自由に動き回ることが出来、状況に応じて色々な方向に戦車砲を向けて撃てる出来る訳だ。
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↓砲塔は一周した。
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↓間近で見るとなかなかの迫力だ。
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「士魂」という部隊章が砲塔に描き込まれている。「第11旅団」という所属となるのだが、「十一」を縦に並べると「士」という文字になることに因んでいると想像した。実は、1945(昭和20)年8月の占守島の戦いで「第11連隊」という部隊が戦った。彼らは車輛等に「士」というマークを描き込んでいたという。これは「十一」を縦に並べると「士」という文字になり、、「武士」、「士魂」、「士道」という語に通じることに因んだのだと伝わる。占守島の戦いで使用された、当時の日本軍の車輛に関しては、ユジノサハリンスクの博物館で観ているが、そこにも「士」のマークは確り在った。

期せずして興味深いモノを拝見した。

「10形22号車」または「木製22号車」…:<札幌市交通資料館>(2024.06.09)

↓これが観たかった!さっぽろ駅で地下鉄南北線に乗って街を南下し、真駒内駅の手前、自衛隊前駅で下車して<札幌市交通資料館>に足を運んだ。
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↑「前場車停」(停車場前)と正面に掲出されている。「停車場」とは、札幌の街では「札幌駅」に他ならない。古くは「停車場」と呼ばれていたのだ。嘗ては札幌駅の辺りに路面電車の停留所が多々在って、街の方々との間が結ばれていた経過が在る訳だ。

↓乗務員が乗って運転をする場所が半ば剥き出しで、乗客が入る部屋が設えられている。かなり旧い路面電車の造りだ。
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「10形22号車」という車輛で、「木製22号車」という通称だ。車体が木製なのだ。1901(明治34)年に名古屋で製造された。「明治生まれ」である。1918(大正7)年に札幌に初めて登場した路面電車は、この型の車輛で運行された。1936(昭和11)年まで運行されていた。そして保存された。2013(平成25)年から愛知県の<博物館明治村>に展示―製造された=産れた場所である愛知県へ帰省していたことになる…―されていたが、<札幌市交通資料館>の新たな展示棟が完成したので2023(令和5)年に札幌に戻って来たのだそうだ。

↓流石にこういう「明治生まれ」な車輛が運行されている様は観たことが無いが、こういう展示を眺めるのは非常に興味深い。
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↓車内の感じだ。この電車に揺られて「停車場」辺りへ向かっていた人達の話し声を想像しながら眺めた。
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↓こんなに興味深い車輛が札幌で観られる。非常に好い!
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道標…:<上野ファーム>:旭川(2024.06.08)

桜岡駅で列車を下り、駅前の路を少し進めば広い道路と交差している。橋が架かっている方へ進み、橋を渡ると水田が広がる様子が見える。

↓そういう辺りにこんな道標が見受けられる。
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↑「1906年」とは「明治39年」だ。明治時代後期から代々続く農家の水田であるようだ。が、<NAYA cafe>という御店と思われる文字ロゴも見える。

↓米農家で米の個人販売を始めた頃に花を植え始め、やがて庭が形成され、そこにカフェも設けているという<上野ファーム>がこの先に在るのだ。
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実はこの<上野ファーム>を訪ねてみようと、桜岡駅迄、列車で訪ねてみたのだ。

桜岡駅到着…(2024.06.08)

旭川四条駅で列車に乗り、石北線を少し進んだ。

↓駅の辺りでH100形が減速した。
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旭川四条駅での乗車時に取った整理券と運賃を現金で乗務員に渡して桜岡駅で下車した。
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↑本当の「ワンマン」という感じの運行である。

↓発車した列車を見送った。
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↓駅名標だ。
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↓待合室が在って、時刻表が掲出されている。
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↑復路の列車の時刻をとりあえず確かめておく。というより、この程度の運行本数であれば、確かめるべきだと思う。

↓待合室になっていた場所が、小さな駅舎そのものであった。
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こういう駅で下車するというようなことも悪くない。

旭川四条駅にて…(2024.06.08)

昼食を愉しんだ後、少し歩いて旭川四条駅に到った。「四条」の字は「よじょう」と読む。京都のように「しじょう」ではない。更に「4条」というように算用数字を使う場合も目立つ。

↓高架下の歩道に「←四条駅」と看板が出ている。
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↓階段で高架に上ると駅だ。「駅」というより、何か「乗降場」とでも呼びたいような雰囲気でもある。
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↓旭川駅の北東に在る旭川四条駅だ。昼食を愉しんだ御店の在る旭川銀座商店街辺りであれば、旭川駅よりもこの旭川四条駅の方が凄く近い。
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↑更に先の新旭川駅で石北線と宗谷線とが交わる。この旭川四条駅は両路線の駅である。

↓石北線と宗谷線の列車が停まる。乗る列車を確り確認すべきであろう。何れも列車本数が少ない路線だ。
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↓旭川方向へ向かう列車は、石北線も宗谷線も交じっているが、1駅間で変わりもない。旭川で富良野線や函館線の列車に乗換えるということも出来る。
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↓「←」を見て、乗車する列車が現れる側に進む。
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↓こんな階段を上ると乗場に出る。
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↓駅名標だ。確り「よじょう」である。
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↓高架の上に対向式ホームが設えられている。乗車する側と逆、旭川駅へ向かう列車の乗降が行われるホームが見える。
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↓旭川へ向かう列車が現れた。
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↓停車位置が近いので、列車は減速している。
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↓何人か下車して、列車はまた動き始めた。
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↓何時の間にか、この辺りの列車はH100形が主流になっている。
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↓キハ261系ディーゼルカーが現れた。
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↓稚内へ向かう特急列車であろう。勢いよく通過した。
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↓特急列車を追うかのようにH100形が現れた。
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↓上川駅へ向かう普通列車だ。これに乗車する。
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何度となく通過している駅だが、ここから列車に乗るという機会は余り設けていなかった。時には好いかもしれない。

<上川倉庫> 事務所棟等…(2024.06.08)

多少、陽射しの強さが疎ましくもあったが、それでも空気は然程湿っておらず、爽やかであるようにも思った。蒼天の下で旭川の街を歩いた。

↓宮下通で気に入っている建物を眺めた。
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↓物流の要となって行った旭川で起こった古くからの倉庫会社が立てたという「事務所棟」は、現存する市内最古の部類の木造建築であるらしい。
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こういう、街の歴史を伝えるような建物がさり気なく佇んでいる様は好いと思う。

旭川駅到着…(2024.06.08)

朝早目に稚内駅を発った列車は、定刻で旭川駅に着いた。
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車窓に利尻富士を眺めた後、車内では居眠りに陥っていた時間が長かったように思う。それ故に「速かった…」というように感じながら、「ここまで運んでくれて有難う」と車輛を少し眺めていた。
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↓嵩張るモノを駅のロッカーに預けた際、稚内で着ていた上着も預けた。既に20℃を超えてしまっているような感じで、半袖Tシャツという出で立ちで外に出た。陽射しが眩しかった。
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↓歩を少し進め始めてから振り返った。何か「夏」のような風情だ。
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↓今年になって、こういう「夏」のような風情の中で街を歩いたというのも、初めてかもしれない。稚内では未だ20℃を超えた例は殆ど無かったと思う。
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「多少勝手知った(つもりになっている)他所」という感の旭川だが、天候の様子は稚内辺りとは違う。259㎞の道程で着く街なのだから。

車窓…:南稚内・抜海間(2024.06.08)

↓列車の窓から日本海が見える区間である。少し霞んだ感ではあるが、利尻富士が見えた。
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↑沖に見える利尻富士は1721mの高さだ。

特急列車で、こういう様子が観易い指定席は「D」の列だ。南下する場合も、北上する場合も同様である。

朝の稚内駅を発つ…(2024.06.08)

日出も見えた早朝であったが、そのまま好天が続いていた中で稚内駅に足を運んだ。
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↓キハ261系ディーゼルカーが通常のとおりに現れた。
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↓改札を潜って乗場に出た。
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↓眼に馴染んだ車輛は好いと思う。
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↓列車に乗込んだ。
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↓棚に荷物を上げて席に着く。
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↓とりあえず飲物を出した。
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↓駅ビルのコンビニは6時から開いているので求めておいた。
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↓車中で朝食ということにし始めた頃、列車は動き始めた。
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旭川駅へ、259㎞の道程である。