煙硝蔵:大坂城(2018.05.20)

大阪城では、江戸時代に徳川幕府が建築した状況のままに残っているモノ―「大坂城」だった頃のモノ―が幾分在り、色々なことを伝える貴重な存在となっているのだが…「明治150年」という今年、徳川幕府が瓦解して行った経過にも立ち会っている、そうしたモノを特に公開している…

↓その一つがこれである…不思議な石の廊下のようだが?
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↑煙硝蔵という代物だ…要するに「火薬庫」である…徳川幕府は、銃砲を色々と持っていた…江戸時代を通じて、火縄銃が主なモノだったが、幕末期にはかなり進んだ銃を使った…そして大砲も在った…それらの銃砲用の火薬を保管した場所だ…

この場所は2.5m程度の幅で、廊下のように細長い特殊倉庫ということになるが、壁の厚さも概ね2.5m程度も在り、一定の通気のために穴も開けられている…

↓出入口の扉も、金属製の堅牢なモノが用意されている…
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明治期以降、大阪城の場所は陸軍が使用していた…昭和の初めの「古き善き時代」には、「“大大阪”の街のシンボル」として、現在の<大阪城天守閣>が出来た経過も在るが…この煙硝蔵は<帝国陸軍>(明治時代以降の軍)も使っていた経過が在るらしい…

見学に行けば、地元大阪のガイドのおばちゃんが居て、なかなかに愉しい。少しお話しを伺った…

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