利尻島の南側、やや西寄りの辺りは、嘗ては「仙法志村」と呼ばれる場所だったそうだ。1956(昭和31)年にやや北の沓形町と合併し、島の西側が「利尻町」となった。
↓その仙法志の御崎は海岸部が公園とされていて、こういうような風景が見受けられる。
↓島の南の海を望んだ。溶岩によって形成された地面や海岸という様子が判り易い場所だ…浪が岩に当り、岩の上では海鳥が翼を休める様子が見受けられた…
↓海を望んでから振り返ると、利尻富士の姿がよく視える…
「海抜1721mの山」と言うが…「海抜」とは海面を基準に考える高さである。
↓画の左側、海面から傾斜上に隆起して山頂に到る線が伺えるのだが…利尻富士は、正しく「海面を基準(=0m)にして、山頂の高さまで形成された山」と言う様子が判り易い…
この仙法志御崎公園の景色は凄く好いと思う…
それにしても「仙法志」(せんぽうし)というのは不思議な感じがする地名だ。
これはアイヌ語のチェプポ・オチ(cheppo-ochi=小魚・多くいる場所)に由来するのだという。幕末の探検家・松浦武四郎は「チエフホフシ」と記したといい、それが転訛して漢字が宛てられて「仙法志」で定着した訳だ…
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