<651>(広島電鉄650形):Nゲージ…(2021.08.06)

↓この種のモノ…少し久し振りで、半ば衝動的に入手してしまった…
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↑こういうモノは、製造数、流通数が限られる…何やら「残りが少ないらしい」と聞き、「欲しい!!」という想いが不意に強くなってしまったのだった…

これは広島の路面電車のNゲージスケールの模型だ。車輌は「650形」の1輌で<651>である。1942(昭和17)年に初登場の車輌だが、現在でも使用されているという。

↓こういう具合に梱包されて届いたのだ。
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広島は1945(昭和20)年8月6日に原子爆弾による攻撃を受け、街が壊滅的な状況に陥ってしまった。そこから少しずつ街の復旧が目指された中、路面電車は可能な範囲で走り続けていて「電車が走っているなら街は何とかなる」と人々に希望を与える存在だったと聞く。

「1942年初登場」と言及したので、既に御気付きかもしれない。この<651>は、1945年8月6日の原子爆弾による攻撃の被害を潜り抜けた車輌の中の1輌ということになる。

「650形」は5輌製造―<651>から<655>の番号が与えられた―され、広島の街で走り回った。そして原子爆弾で、その後の終戦である…

5輌の中の4輌は、終戦の翌年3月頃までに、殆ど元通りの姿で走り回り始めた。損傷が大きかった1輌は大きく容を変えたという。

大きく容を変えた<655>は1967(昭和42)年にトラックと衝突する事故で損なわれてしまった。他の4輌は活躍を続け、1975(昭和50)年にワンマン化改造が施された後、方向幕の電動大型化や冷房設置と幾分の改造が入って、長く動き続けることとなった。

やがて2006年に至り、<653>と<654>とは「引退」となった。<654>は広島市交通科学館という場所で屋外保存・展示されているという。<653>は貸切運行専用となっている。

<651>と<652>は、近年の新しい車輌と比べて相対的に乗客の収容力が劣り、時速35km程度という最高速度であるということで「予備車輌」というような様相を呈しているものの、平日朝の運行便が多めな時間帯に現在でも普通に走っているのだという。

この<651>と<652>、貸切専用の<653>は「被爆電車」とも呼ばれ、少し注目される存在であるという。色々な年式の車輌が行き交う広島の路面電車は、広島を訪ねると必ず眺めて乗車もする訳だが、<651>に乗車したことは無かったと思う。

偶々だが…半ば衝動的に入手しようと通販で申し込み、モノを受け取ったのが「8月6日」ということになった。一寸、この小さな<651>を大事にしたい…

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