
↑下段が直径約23m、上段が直径約18mで高さが5m程の二段になった古墳である。何か不思議な存在感を放っている…
1972(昭和47)年に中の石室から見事な彩色画が発見されて注目されたという古墳だ。
↓発見されている彩色画に関する研究成果を伝える資料館が在って、これが興味深かった。

この高松塚古墳は< 国営飛鳥歴史公園>として整備されている地区の中に在る。そういう整備の以前は、農村地域の水田や畑の中のような場所であったそうだ。そこに忽然とこの高松塚古墳が視えて来るということになる。
公園としての整備の有無と無関係に、この場所は「地方の小さな集落の一隅」という以上でも以下でもない様相だ。しかし、高松塚古墳が築かれた時代には「時代の最新モード」が発信されたというような場所であったと推察し得る。何やら酷く不思議な感じだ。
この記事へのコメント
ライカ
私たち地元民にはとても残念な姿に映ります。
それでもこんな何も無い田舎からあんな極彩色の
壁画が発見された事は当時この地にどれだけの
高度な技術をもった先進集団が住んでいたかと想像するだけでウキウキ・ワクワクとしていまいます!
時に丁度、帰ってからニュースで、
「高松塚古墳壁画発見 50周年の記念切手」が
12月24日から販売されると流れていました。
これも何かの縁ですかね。(^^)
Charlie
古墳に関しては、往古のように砂利を塗して埴輪を並べるような感じで「再現!」ということをしている場所も在るよう―実際に訪ねてみたことは無いのですが…―ですが、ここは何か「中途半端に整然?」というようには思いました。
古くから「古代の貴人の墓と見受けられる、所謂“古墳”?」という場所の周辺で「普通な日常」が営々と営まれ続け、或る時そこから「何やら凄い!?」が出現した時の風情をこそ伝えるべきかもしれませんね…
山、或いは丘陵に囲まれたような感の奈良県内で、不意に不自然な隆起が在って「アレは“古墳”ですね…」という様子が多々見受けられたという様子が強く記憶に残ります。
それはそれとして、この古墳がある場所は本当に「小さな村の一隅の凄く静かな場所」で、そこが「古代には最新モードが華やかだった…」という様子だったらしい訳で、何か酷く面白かったです。
そう言えば1972年の壁画発見から50年ですよね…記念切手!何か、偶々立寄ったのでニュースの側から擦り寄って来たのかも知れませんね…(笑)