ユジノサハリンスクでは「サハリンスカヤとレーニンとの交差点」というような具合に、2つの通の名を挙げて「交差点」とすることで辺りを特定する。
札幌やユジノサハリンスクは「“碁盤の目”に道路を設えた」という街で、相対的に新しい。意識しているのは「“碁盤の目”に道路を設えた」という街の「大先輩」たる京都かもしれない。
↓京都ではこういうような標識を時々視る。

↑東西に延びる四条通と、南北に延びる烏丸通が交差している辺りであることを示している。
京都の街中では、こういうような「2つの通の名を組合わせた呼称」で辺りを特定している。「四条烏丸」というような呼び方がポピュラーだ。
ほんの少し馴染むと、「JR京都駅の正面辺りが烏丸通で、一寸西に堀川通、そのまた西に大宮通…」という程度の位置関係が何となく判るようにもなる。
札幌やユジノサハリンスクは「“碁盤の目”に道路を設えた」という経過が相対的に新しく、スッキリしているが、今日とはその限りでもない一面も在る。何やら、古い“碁盤の目”の上に新たな“碁盤の目”を重ねている部分が在る、或いは道路拡張が為された箇所と為されていない箇所とが歪な繋がり方をしているというような例も多々見受けられる感だ。
↓「四条烏丸」に関しては、双方共に大きい感じの道路で、何となく判り易い。

今般は、何となく四条通と縁が深まった感もする。京都に着いて程無く「四条河原町」の宿に陣取り、その後は「四条烏丸」の宿に陣取ったのだった。
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