烏丸丸太町辺りで護王神社に参拝し、烏丸通を渡って蛤御門を潜って、「京都御苑の反対側」に至った。
↓少し古い歴史を誇る廬山寺(ろざんじ)が在る。
↓廬山寺が在る辺りは、かの紫式部(970年代生まれと考えられ、1019年以降に他界したと見受けられる)の邸宅であったと伝えられている。
「10世紀末から11世紀初頭」というような時代、世界中の様々な国々で「女性が文章を綴り、綴った文章が少し広く愛読され、それが何世代にも亘って、現在までの千年間にも亘って受継がれている」というのは、世界の様々な国々の文化史の中で類例が思い浮かばない。とりあえず「凄いこと!」のいような感じだ…
↓天台宗の流れを汲む高僧達が活動した経過の在る寺が、時代の荒波を潜り抜けた中で、現在の場所に至り、「かの紫式部の邸宅の跡に在る古刹」という具合になって行った訳だ。
↓酷く年季が入った松の古木が記憶に残る感だった…
↓寺の庭や、様々なモノをゆったりと拝観した…
↓こういう場所も意外に好きだ…
↓この廬山寺にも縁が在る元三大師(がんさんだいし)という高徳の僧が、鬼の姿になって災厄や疫病を退けたという言伝えに基づく「角大師御札」というモノが在るという。幾つかの天台宗の流れを汲む寺でこの御札は在るらしい。最近「厄除け?」というようなことを話題にしていたので、知人に向けた土産として、これを入手してみた。
この「角大師御札」というモノに関しては、京都では存外にポピュラーであるというようなことも聞いた。それはそれとして、様々な意味合いで、京都で過ぎた永い歴史の様々な側面を想起させる小さな古刹というような場所を訪ねてみたことは興味深かった。
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