幾春別(いくしゅんべつ)…(2023.03.31)

広大な北海道について、北海道内に住んでいても「そう言えば訪ねたことが無い」は多々在り、地名が登場しても「読み方がよく判らない…」も多々ある。

「幾春別(いくしゅんべつ)」というのも、「そう言えば訪ねたことが無い」や「読み方がよく判らない…」に該当するように思う。

札幌・旭川間の特急列車が札幌駅の手前で停車する岩見沢駅から少し内陸に入ったような辺り、三笠市の域内にこの「幾春別(いくしゅんべつ)」は在る。

↓こういうモノを見付けて、思わず入手してしまった。
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↑「幾春別(いくしゅんべつ)」という鉄道駅の看板のミニチュアだ。

札幌駅近くの大きな書店に、鉄道駅のグッズを売っている一画が在った。現在も利用されている駅の他、「廃線になってしまった場所」の駅の関係のモノも在った。主に駅名の看板のミニチュアが目立つ場所だ。何となく冷やかすのが少し愉しい場所で、過日札幌で立寄ったのだった。

「幾春別(いくしゅんべつ)」という駅は、1987年に廃止された幌内線の駅だった。

幌内線は1882年に開業した北海道最初の鉄道の流れを汲む。石炭を積んで港に運び、需要先へ送り出すという役目を担う鉄道だった。やがて炭鉱が活動しなくなる中で輸送需要も減っていたのだが、国鉄の民営化から日を経ずに廃止されることになった幌内線である。

実を言えば、自身の母方の祖父母がこの幌内線の端に在る幾春別駅から歩いて10分位の辺りに住んでいた。祖父の他界後、祖母が長く幾春別に在った。そういう訳で「幾春別の祖母ちゃん」というのが、家族の会話の中でよく登場した。「幾春別」というマイナーな地名も、自身の家族の中では一定程度の頻度で出ていた訳だ。(この「幾春別の祖母ちゃん」が他界してからもかなり年月が経った…)

この幾春別に関して、“親父殿”の愛車で往来というのが多かった。それでも1回か2回だが、列車に乗ってみた記憶も在る。本当に「民営化後、直ぐに廃止された国鉄のローカル線」という風情の場所だった。

↓駅の看板のミニチュアを見て、「手近に置いておきたい!!」と非常に強く思った。そして入手した訳である。居室の小さな棚に何となく飾って在る。
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「北海道の歴史」の中で存在感を放つ幌内線の駅に据えられた看板だが、極々私的な「家族の歴史」にも関連が深い駅名である。こんな小さなモノだが、一寸大切にしたい感だ。

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