↓西8丁目停留所の傍に神社が在る。

↑何か「冬らしい」という風情の神社だ。時季としては高目なプラスの気温で積雪は些か緩んでいたが。
↓<三吉神社>という神社だ。

1878(明治11)年に秋田県出身の方が「大平山鎮座三吉神社御分霊」を奉斎し、翌1879(明治12)年に現在位置に遷座しているのだという。勝利成功、事業繁栄の神であるという「藤原三吉神」等を御祭神としている、札幌では長い歴史を誇る神社ということになる。
札幌に限らず、北海道内には各地の人達が移っている経過が在ることから、方々の神社の「御分霊」が祀られたことを起こりとする神社が見受けられる。この三吉神社もそうした例の一つだ。
↓趣深い社殿だと思いながら眺めて参拝した。

↓「藤原三吉神」は秋田県の山岳信仰から登場したのだという。そういう神を祀る力強い感じがするデザインの社殿であるとも思った。

↓御朱印も頂いた。「藤原三吉神」の画が入ったモノと、「月替わり」ということで節分の画が入った2月のモノである。

↑「藤原三吉神」は曲がったことが嫌いで、力持ちであり、弱気を援け、悪を挫くという、破邪顕正の神なのだという。その画が入った御朱印が凄く好い感じだ。画は「力自慢の正義感」というような人物のようだと思う。極々個人的なことだが、母方の祖父母が秋田県出身ということで、秋田県に起源が在る神社の御祭神については、勝手な親近感を抱いてしまう。
自身のコンディションが少し好くなって、元気に歩き廻って神社を訪ねることが叶うようになったのは「感謝すべきこと」だと強く思う。参拝して感謝の意を表した。そういう「一寸したこと」を報告するような感で、眼に留まった神社で参拝というようなことも好いような気がする。信心という程に身構えるようなことでもない。「生かされている」ということに、時には感謝したいという程度のことだ。
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