「5月初めの連休」ということに関して、当地は未だやや寒いので、何となく積極的に動こうという気分でもない場合が多いかもしれない。それでも巷では何となく「時間が設けられたので出掛けよう」という気分が高まっている様子が伝わる。
巷が如何であろうと、自身としては自身が好いと思うようにしていれば結構なのだと思う。自身としても「5月初めの連休」に「時間を設ける」ということは容易に出来る。が、早めな準備が出来るのでもないので、何処へ如何行っても混み合うと見受けられる時季に、その隙間に入り込むような調子の準備をしておく好機を逸してしまっている。故に「5月初めの連休」に関しては、漫然と当地で過ごすことになる。サウナを利用する、食事を愉しむ、呑む、読書に興じる、近隣で写真を撮る、眠るという程度の過ごし方だ。
そういうことではあるが、「5月初めの連休」の少しだけ後に、何となく「時間が出来る」という場合も在る。「設ける」というように能動的なことでもなく、「出来る」という受動的なことなのだ。「時間が出来た」として、またサウナを利用する、食事を愉しむ、呑む、読書に興じる、近隣で写真を撮る、眠るという程度のことを繰り返すというのも悪くはないかもしれないが、やや面白味に欠けるように思う。
今年を少し振り返る。
1月は年末に不具合を来して“療養”という羽目に陥り、それで1ヶ月間の大半が潰れてしまった。そして2月はその際の影響で十全でもない中で、所用を抱えて札幌へ出た。3月は特段に何処かへ出たという程のことも無かった。4月は所用で札幌へ出た。
こういうような感じだが、4月に所用で他地域へ出た際には、日頃のように列車を使えなかった。鉄道の軌道が傷んだために復旧工事が行われ、それに手間取ってしまって列車が運休し、稚内・旭川間を「代行バス」というモノで移動していた。その自身が出掛けた時期の少しだけ後になって、列車の運行が戻った。そうした経過なので、何か「日頃のように列車を使って」というような想いが少々膨らんだ。
その「膨らんだ想い」を如何かしようと、「時間が出来た」という状況下で動いてみることにした。とりあえず列車に乗って旭川を往復する。戯れに「別宅」と呼ぶ場合も在る、馴染んだ宿の部屋も押さえることが叶った。時季にもよるが、日曜日や月曜日というのは押さえ易い場合が少し多いかもしれない。逆に金曜日や土曜日は押さえ悪い場合が多目かもしれない。そういうことなので日曜日から些かの時間が出来たというのは有難い感じだ。
思い出してみると、昨年も同じ時季に「時間が出来た」と出掛けている。昨年は少し張り切って、三浦綾子の小説に所縁の和寒町の塩狩や上富良野町を訪ね、加えて岩見沢を経て栗山町を訪ねて煉瓦造の酒蔵を眺める等した。大変に興味深く、方々を歩き廻ってみるのが愉しかった。
そういう「愉しかった」が何時迄も記憶の中に在り、今年も「時間が出来た」という様子である中、「今一度!」というような想いが、列車に乗ってみたいという想いと合わさって大きくなったのかもしれない。
昨年の同じ時季のように、塩狩駅、上富良野駅、栗山駅というような場所を目指すのであれば、少し真面目に旭川駅からの列車時刻表を調べてみるようなことをしなければならないと思う。列車の本数が然程多いのでもない場所だ。稚内駅から旭川駅へ出る、そして戻るにしても限られた本数の列車で往来することになるのには変わりないが、旭川駅を起点に列車本数が少ない場所を巡るとなれば少しは気が張るかもしれない。それに何等の問題は無いとも思うが。
今般は昨年の同じ時季のように、列車時刻表を真面目に調べるという程のこともしていない。「とりあえず稚内・旭川間を列車で往復」ということと、馴染んだ宿に滞在ということが確定しているだけである。
こういうようなやり方、往復の交通手段等が確定しているが、細かい事は決めずに気儘に過ごしてみるというようなことをするのが好きだ。行った先―今般は旭川―に「住んでいる」として、特段に予定が確定しているのでもない休日を過ごすことになったというような様子で時間を費やすという訳だ。そういうような、能率や効果というような考え方に背を向けてしまうような「いい加減さ」というのが少し愉快に感じられるのだ。
朝、稚内駅へ足を運ぶと何時もの時間に列車が現れ、「改札中です」の録音放送が流れる中、「行ってきます!」と改札の駅員さんに切符を示し、乗場へ歩を進めて列車に乗り込んで出発するという「当たり前」が、「代行バス」になってしまった経過の故に酷く有難いというように感じている昨今である。その「当たり前」の恩恵を享受し、とりあえず旭川を往復する。如何いうように過ごそうか?気持ちが凄く弾んでいる。
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