夕刻に…:12階の眺望:旭川(2024.04.15)

札幌での所用が済み、稚内へ引揚げる途次に旭川へ立寄ることにしていた。

旭川駅到着後にゆっくり歩き、頻繁に御願いしている宿に入れば、12階の居室が割り当てられた。隣接する大きな建物が在るでもなく、眺望が凄く好い宿である。

今般、西寄りな方角を向いた居室となった。温かい一日で、窓から射し込む西日の故に室内の空気が酷く温くなっていた。思わず…冷房を点けて15分間位様子を観た。程好い程度になったので冷房は直ぐに停めた。聞けば、日中は20℃を超えていたらしい。半ば夏のような感じかもしれない。

↓西寄りな天に傾いた陽光に街が緩やかに包み込まれたような様子が窓から見えた。
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↓日没時刻が少しずつ近付いている。
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↓何時の間にか陽が沈んだようだ。
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↓日没後、天の様子が刻々と変わり、街の灯りが目立つようになって来た。
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↓「夕刻」から「宵」へと切り替わったような感であった。
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こういう様子が見受けられるのも、午後5時台後半から午後6時台という時間帯になった。冬季を思えば遅めな時間帯になっている。こんな様子を眺めながら居室で寛ぎ、やがて街へ夕食に出た。

宵に…:旭川・平和通買物公園(2024.04.15)

夕食をゆっくりと愉しみ、旭川駅の東側に在る宿へ歩いて引揚げようとした。平和通買物公園を通り抜ける。

↓内部の照明の光が通を照らすかのような感である硝子張りの建物に眼が惹かれた。そして歩を停めて見上げた。
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↑少し西の、屋上に大きな看板を掲げている背が高い建物に加え、月も見えている。

やや静かな月曜日の夕べの様子が好いと思った。

夕べに…:<旭川やきとりism>(2024.04.15)

稚内へ引揚げる途次、旭川に滞在する。

↓夕食に街へ出て、少し馴染んだ御店の灯りが点いていると大きな安堵感を得る。
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↓そして階段を下りて御店に立寄る。
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↓<赤霧島>のグラスを傾けようということにした。
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↓御湯割りで頂く。芋の本格焼酎はこれが好い。長芋と茶豆の御通しを摘まみながら頂く。茶豆は出汁に漬けたモノで凄く好かった。
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↓「定番の中の定番」という感の鶏精肉を頂く。
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↑程好い歯応えの良質な肉が非常に好い。

↓「きんかん」はモツ焼きで見掛けるモノだ。未成熟の卵ということになる。これを味噌漬けにして丁寧に焼き上げる。
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↑削ったゴーダチーズを箸を使って塗して頂く。チーズの塩味が味噌漬けの「きんかん」に凄く合う。

↓鶏出汁と昆布出汁とを合わせて作るスープは卵白を入れている。中華料理に見受けられる「淡雪スープ」の様に纏めている。
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↓タレを塗しながら焼き上げるつくねに卵黄を塗す。
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↑一口サイズの米飯が添えられ、タレや肉の味も加わった卵黄の残りと合わせて頂く。

↓少し水を切ってある豆腐を、その場で揚げる「厚揚げ」だ。
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↑柔らかくも歯応えも在る豆腐だが、外側カリっと揚っていて、その“皮”に柔らかい豆腐が包まれていて、絶妙な食感だ。

↓鳥レバーも柔らかく仕上げられていて美味である。
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↓「やきとん」はタレの味が点いているが、辣油を加える、または唐辛子を載せて頂くのが更に好い。
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↓御店のロゴを入れた特製の最中にアイスクリームという「一口デザート」で〆る。
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↓1人で気兼ねなく立寄れる感じの御店は有難い。
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こうした「多少馴染んだ…」が在ると、街を「多少勝手知った(つもりになっている)他所」という程度に呼びたくなる。今般も愉しい一時を過ごした。

<サキソフォン吹きと猫>…(2024.04.12)

所用を足した後、昼食を愉しもうかと旭川の街を少し歩き廻った。

↓何時ものように「セッション」だった。
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↓「また旭川に寄りました…」と“御挨拶”という気分で眺めた。
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↓概ね等身大でベンチに掛けているという像は、何か通に凄く馴染む。
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旭川の都心部に在る「御気に入り」である。

旭川駅到着…(2024.04.12)

早朝に稚内駅を発ったのだったが、列車は順調に259kmもの道程を走り抜けた。

↓列車は定刻に旭川駅に到着した。
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↑車輛は回送となる。

↓直ぐ右に、旭川以遠、札幌駅迄の特急列車が待機中で乗換が可能だ。
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↓「ここまで運んでくれて有難う!」という気分で「ラベンダー編成」の車輛を眺め、改札口を目指して歩を進めた。
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旭川駅を発つ…(2024.04.12)

↓旭川での所用を済ませ、食事をゆったりと摂った後、旭川駅へ足を運んだ。
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↓3月16日からと聞くが、旭川・岩見沢間で交通系ICが新たに利用可能になったそうだ。その旨の看板が掲出されていた。
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↓「14:00 SAPPORO」に乗車する。
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↓エスカレータで上る。
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↓乗車予定の自由席の場所を案内板で確かめる。
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↑通常の6輛の仕様になっている車輛が不具合で5輛の仕様で代走となったそうだ。自由席は先頭の5号車1輛のみとなった。

↓右の789系電車に乗るのだが、左側に新しい737系電車が見えた。
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↓眼を転じると各地との間を往来するH100形が並んでいた。
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↓列車の先頭側を眺めた。
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↓荷物を置いて着席だ。
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何度となく各列車を利用して旭川駅から札幌駅へ出発しているのだが、何時も気持ちが少し弾む。

キハ150ディーゼルカー…:旭川駅(2016.02.14)

2016年2月の旅では根室を訪ねた。復路、根室を発って、釧路と新得を経て富良野に至り、旭川迄移動した。

↓富良野駅で乗り込んだキハ150が旭川駅に着いた。
Asahikawa Station on FEB 14, 2016 (1)
↑直ぐに折り返し運転の準備に入っている。

この後は稚内駅へ向かう特急列車を待つばかりだ。そして実際、特急列車に無事に乗込んで移動した。

この根室を訪ねた時の経路だが、2024年現在、利用不可能となってしまっている…

旭川駅を発つ…(2024.02.18)

前夜遅くに旭川に着いて宿に入り、早朝に美しい夜明の様子を窓から愉しみ、朝食を頂いて寛いだ後に戸外へ出て、8時台に開店している理髪店を利用し、<川村カ子トアイヌ記念館>を興味深く見学し、<特のせ味噌ラーメン>というモノも頂いた。ほどほどの密度の好い時間を過ごした気がする。

↓旭川駅へ歩を進めた。
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↓列車運行間隔が些か開く時間帯であったようだ。若干長めの待ち時間ではあったが、然程問題は無い。14時の列車で札幌へ移動することとした。
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↓改札口を潜って、エスカレータを上った辺りにこういう箱が在る。外で一寸頂いた飲物の缶が上着のポケットに在った。この箱に入れた。
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↓左側の4番ホームに停車している789系電車の<ライラック>に乗車するが、種々の列車が見受けられて面白かった。
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↑<ライラック>の右に721系電車が見える。これは滝川へ向かう普通列車だ。更に右は美瑛や富良野との間を行き交う列車が発着するホームだが、H100形が2本見えている。

↓少し近付いた辺りでも車輌を眺めた。
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↓乗車する789系電車「KAMIKAWA」の編成だ。上川地域のイメージということで、美瑛町の風景と見受けられるようなイラストが在る。
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↓少し発車に間が在ったが、車内で席に着いて寛いで居た。
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↓身軽な荷物を棚に上げる。忘れ物も無い。
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↓北海道内のJR駅の売店で見掛ける場合が在るペットボトルの茶だ。<北海道キオスク>による、所謂「プライベートブランド」なのであろう。
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こういうような「気が向くように動いて、駅に入って多少の待ち時間で列車に乗車可能」というような様子は好い。日頃、1日を通じての列車運行本数が「限られ過ぎ…」な場所に在ることも手伝って、旭川駅の感じは魅力的に見える。

<特のせ味噌ラーメン>…(2024.02.18)

旭川では朝から理髪店を利用し、興味を抱いた<川村カ子トアイヌ記念館>を訪ね、休日らしい午前中の過ごし方をしていたように思う。随分と歩き廻り、多少の空腹感も否定し悪くなった頃、バスを利用して旭川駅に近い辺り、昭和通に辿り着いた。

↓昭和通を旭川駅方向へ進む中で眼に留めた。味噌ラーメンを「看板メニュー」に据える御店だ。
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↑「創業昭和四十五年」ということは1970年に起こった御店ということで、既に半世紀を超える歴史を有するという訳だ。

↓立寄ってみた。時には味噌ラーメンも好いと思ったのだ。
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↓<特のせ味噌ラーメン>というモノを御願いした。
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こちらの御店では「辛さを択ぶ」というようになっている。

1辛=平民、2辛=強者、3辛=挑戦者、4辛=破天荒、5辛=命知らずとなっていて、以降は「1辛足す毎に+100円」として6辛、7辛、8辛が設定されるが、そちらは「限界突破」となっている。今般は2辛にした。

↓ラーメンに載せる様々なモノを一揃い載せているような感じで、それ故に「特のせ」と称するのだと思った。
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↓縮れが非常に弱い、真直ぐな感じの麺を使っていた。
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↓確りと残さず…
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↓立地が好いので何度か立寄っている御店だ。
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理髪店…(2024.02.18)

前日の昼頃、「髪を切ろうか?」と思い付いたのは、稚内で理髪店を見掛けたことが切っ掛けだった。1時間程度の地かは設けられると思い、見掛けた理髪店で尋ねると、予約が一杯で散髪を御願いすることにもならない感じだった。

そんなことで夕刻から夜に旭川に移動したが、朝に思い出したのは旭川駅から平和通買物公園に入ったような辺りに理髪店が在ったということだった。

↓朝8時台から外に出て、「旭川を発つような昼頃にでも寄れると…」と考えたのだが、8時15分開店で通り掛った時には既に営業中であった。そして散発を御願いして、済んだのは9時過ぎであった。
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↑手早く散髪という感じの御店だ。所用で他地域に出る場面で旭川に寄り道ぢ、何となくこの御店に立寄る場面も、何時の間にか増えたかもしれない。

そんな場所を何気なく写真に収めてしまった…

旭川駅を発つ…(2024.02.20)

旭川駅の東寄りな辺りに在る気に入っている宿で夜を明かし、宿の朝食も愉しみ、少しゆっくりと、同時に乗車を予定する列車に遅れてしまわないように旭川駅を目指した。

↓旭川駅の東側にこういう出入口が在る。駅の正面側へ廻るよりも、滞在した宿の辺りとを歩いて往来する場合には手近な感じの出入口だ。
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↑融雪と凍結とが組合さった雪の路面という歩き悪い状態であった中、正面出入口よりも東側で歩き易い屋内に入ってしまえるのは有難かった。

↓例によって「9:00 WAKKANAI 6」に注目する。平常どおりに動いている。
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↓札幌駅を出る特急<宗谷>が旭川駅に停車するのだが、それに乗車することになる。改札を潜った。
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↓階段またはエスカレータを上って6番ホームを目指す。
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↓このエスカレータを上るとホームだ。
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↓こういうような「乗車位置」の案内が在る。
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↑今般は2号車の指定席を取っている。乗車位置の「5番」辺りで待てば好い。

↓左側にキハ261系ディーゼルカーが姿を見せた。
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↓列車は多少減速しながら進んでいる。
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↓キハ261系ディーゼルカーの少し見慣れた車輛が現れた。
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札幌から旭川へ移動する場合、旭川に午前9時頃というこの<宗谷>は少し利用し易いのかもしれない。旭川で下車する人達も存外に多い。そういう人達が下りた後に列車に乗込む。

↓稚内へ向かう列車の中、この朝に札幌や旭川を発って、昼に稚内に着く<宗谷>は車内が賑わっている場合が多いように思う。指定席を取って、荷物を棚に置いて、そのうちに直ぐ「発車します」である。
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↓列車が動き始め、着席すれば、後は眠っていても稚内迄運んで頂けるということになる。
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もっと早い時間帯に出る普通列車も在るが、朝に時間帯に少しゆったりと過ごした。所用で札幌辺りに出る場合の「普通な動き」を踏襲しているのだが、この列車で稚内へ引揚げるというのが少し気に入っている。

笹葺きの家…:<川村カ子トアイヌ記念館>(2024.02.18)

↓<川村カ子トアイヌ記念館>の敷地に独特な建物が在った。
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↓アイヌの村に見受けられた家屋を再現したモノであるという。
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↑屋根はクマザサで葺いたそうだ。広く方々で村を営んだアイヌの家屋には様々なモノが見受けられるらしいが、その一つがこうしたモノであったということになるのであろう。

↓中はこういうような感じだ。
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アイヌの家屋に関しては、窓から家の中を覗かない、家の中に設けられた祭壇を触ってはならない、炉の縁を踏んではいけない、炉の中を触ってはいけないというような「厳に禁止!」が幾つか在ったのだそうだ。

↓なかなかに興味深く拝見した。
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「川村カ子ト」…:<川村カ子トアイヌ記念館>(2024.02.18)

↓<川村カ子トアイヌ記念館>に測量の作業をしている人物の写真が在った。
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↑この人物が川村カ子ト(「カ子ト」は「かねと」)である。

川村カ子ト(1893-1977)は近文コタンに一家が住み始めたような頃に産れている。「カネトゥカアイヌ」(「金を稼ぐ人」の意)がアイヌ語の名であるが、戸籍上は「カ子トアイヌ」であった。長じて働くようになった際、「兼登」で「かねと」と読ませるようにしていた時期も在ったようだ。

古くからのアイヌの暮らしが出来なくなり、農業も厳しい状況であった中、川村カ子トは就職を考え、幼少の頃に憧れた鉄道に携わろうと測量技手となった。北海道内、長野県、樺太、朝鮮半島と各地の鉄道建設現場に出て、測量の仕事に携わっていたという。

↓鉄道建設に携わった際に受けた辞令が展示されていた。
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↓川村カ子トが携わった路線に関するモノも展示されていた。
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川村カ子トは父の川村イタキシロマが逝去した後に帰郷して記念館を引継いだ。測量の仕事で得た資金で記念館の充実を図ったというが、火災の際にも私財を投じて建物を再建する等していた。

↓川村カ子トに関しても色々と紹介されていて興味深く拝見した。
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川村カ子トは、明治、大正、昭和の鉄道建設現場で立派な事績を遺し、同時に民族の歴史と文化を伝える活動でも大きな事績を遺している。こういう人物が在ったと知り、この場で出会えたということになる。多少ドタバタしながらこの<川村カ子トアイヌ記念館>を訪ねられて善かった。

展示…:<川村カ子トアイヌ記念館>(2024.02.18)

辿り着いた記念館に入ってみる。
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↑窓口で訪ねると、館内での写真撮影は差支えないとのことであったので、少し写真を撮った。

↓村や家、人々を見守る存在と考えられたというフクロウの彫刻が入口辺りで迎えてくれた。
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↓主に2代目館長であった川村カ子ト(「カ子ト」は「かねと」)が収集したという、アイヌの生活用具等が展示されている。
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↓衣類や生活に用いた様々な道具に加えて装飾品も色々と在って面白かった。
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↓悪いことを仕出かした人を懲罰する場合等に用いる棍棒も紹介されていた。少し前に観た映画『ゴールデンカムイ』で、ヒロインのアイヌの少女、アシリパがこの種の棍棒を使う場面が在ったのを思い出していた。
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↓「チカプニコタン」または「近文コタン」で生まれた彫刻家の砂沢ビッキの事績も紹介されていた。
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↓夥しい数の熊の木彫りが在った。
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↓一寸圧倒された。
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↓アイヌの暮らしと共に在った森の動物達の剥製も色々と在った。
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<外国樹種見本林>で見掛けたエゾリスを思い出していたが、「森の身近な動物」という感じだったのであろう。
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↓フクロウの剥製は見入ってしまった。
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↓何となく気に入った。
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↓記念館の建物も未だ新しく、なかなかに好い感じだった。
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今般、やや苦戦しながらここに辿り着いて見学機会を設けることが叶ったのは好かった。

外観…:<川村カ子トアイヌ記念館>(2024.02.18)

↓こういう場所に辿り着いた。
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バスでイオンモール旭川西に至ってしまい、何とか近文小学校の辺りに辿り着いた。そこから「北門11丁目」を探そうとしたが、何やら要領を得ない。コンビニに至り、御店でタクシー会社の電話番号を尋ねて架電し、タクシーを待って乗車した。

↓そうやってここに辿り着いたのだ。
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川村イタキシロマが1916(大正6)年に、周囲の人達にアイヌの様々なことが理解されるようにという願いで、文化を紹介する展示館を設けた。これが<川村カ子トアイヌ記念館>の起こりだ。1944(昭和19)年に川村イタキシロマが逝去し、その子息である川村カ子ト(「カ子ト」は「かねと」)が後継し、展示館の充実を図った。未だ古い時代を知る年長者も存命で、川村カ子トは精力的に展示の充実に取組んだ。展示館は<川村カ子トアイヌ記念館>となって行く。

↓1965(昭和40)年の建物が長く使われていたが、新館の建設が行われ、2023(令和5)年に現在の建物がオープンしている。
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多少の苦戦の末に辿り着いた記念館をゆっくりと見学した。

階段…:<イオンモール旭川西>(2024.02.18)

「北門11丁目」という辺りを目指してバスでの移動を図った。旭川駅に近い、1条8丁目から近文辺りのイオンへ向かうバスに乗ると近くを通るらしいと知り、それに乗車した。

その「北門11丁目」という辺りを通る筈と思ったバスだが、その方面を経由せず、いきなりイオンに到着してしまった。特段にイオンに用は無かったので、按配が好くない。「北門11丁目」という辺りへ何とか向かおうとした。

イオンのような施設の敷地内に入るような按配でバスは停まった。そこで下車して辺りの道路に出ようとすれば、「何処から如何やって出れば??」という羽目に陥ってしまう。「辺りを歩く」ということが一顧だにされていないような感じの場所だと思う。

↓足元が悪い中、半ば途方に暮れるような気分になり、巨大な施設を眺めた。
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↑この様子を視て、少しすると何とか施設の大きな敷地の外に出た。

敷地の外は、何やら住宅街の真中のような感じで、何処を如何進めば好いものか見当も付かない。少し歩き廻り、何とか近文小学校の辺りに抜け出たのだった。「多少、勝手知った(つもりの)他所」であっても、路線バスというのは煩雑な場合が多い。

旭川駅到着…(2024.02.19)

札幌で朝から動いて所用を足し、15時30分に発つ列車に乗って旭川へ移動というような様子が最近は少し定着したかもしれない。今般は、途中で「線路点検」なるアナウンスが流れ、列車が数分間遅れたが、無事に旭川駅に到着した。

↓到着した旭川駅で、車輛を眺めて少し身体を伸ばす。
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↑左の4番ホームは乗って着いた<ライラック>の789系電車だ。隣の3番ホームはキハ283系ディーゼルカーで、網走へ向かう<大雪>である。右の2番ホームと1番ホームには美瑛や富良野との間を走っているH100形が見える。

↓何か風情溢れるような光景だ。「午後5時過ぎ」が真っ暗でもない感じな時季に入っている。
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↓改札口への通路を目指して歩を進めた。
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↓網走を目指す<大雪>のキハ283系ディーゼルカーが発車した。
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↓東改札口を通って駅の東寄りな辺りへ出た。気温がプラスになって融雪が進み、足元が酷く悪くなっている。慎重な足取りで進んだ。が、真っ暗でもないのが好かった。
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列車で移動して動き回っても、着実に動く季節というのは強く感じられる。

<サキソフォン吹きと猫>…(2024.02.19)

旭川で夕べに少し時間が在れば、平和通買物公園の辺りを通り抜けて、夕食を愉しむ御店に向かうというようなことをする。

↓大変に気に入っている<サキソフォン吹きと猫>の辺りを通った。
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↑「また寄りました…」と御挨拶という気分で辺りを通る。

↓演奏が聞こえるような気がする。何度見ても雰囲気が好い。
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↓この像は「夕べの賑わい」という辺りの様子が似合うかもしれない。
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↓今宵は「猫」が妙に熱心に演奏を聴いているようにも見えた。
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こういう「御気に入り」という場所は好い。

夕べに…:<旭川やきとりism>(2024.02.19)

所用を無事に済ませ、北上の途に就いた。例によって旭川に寄道だ。宿に入った後、夕刻の街に出た。

↓馴染んだ看板と灯りを見ると少し安堵感を覚える。
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↓御通しを摘まみ、<赤霧島>の御湯割りを頂きながら料理の登場を待つ。
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↓鳥モモのタレ焼きは山ワサビを塗している。こういう組合せが好い感じだ。
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↓オリジナル七味唐辛子を使った、手作りの明太子が美味しい。
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↓鳥精肉は「焼鳥!‼」という感じだ。
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↓そして「月見つくね」も好い。
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もう一点、熟成鶏モモ肉も頂いたが、「これは好い感じ!」と頂いて写真を撮り忘れた…

↓鶏出汁と昆布出汁とを合わせた美味いスープが焼鳥に添えられる。
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↓そして鶏挽肉を使ったキーマカレーを頂いた。
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↓焼酎を頂きながら切り干し大根を摘んだ。
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↓デザートは小さな最中を使った一口バニラアイスクリームだ。
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↓旭川で夕べに時間が在ると何となく立寄る、気に入っている場所である。こういう場所も好い。
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夜に…:平和通買物公園:旭川(2024.02.19)

↓イルミネーションが美しい。そして融けかかった雪の水気で濡れている箇所に光が跳ね返って不思議な風情になっている。何か、いきなり「3月下旬頃の融雪の時季?」という様子かもしれない。
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↑2月としてはやや異例なプラス気温で、何やら雪が融けて、少し不思議な様相になっている。が、少し経てばまた氷点下に気温が下がるという予報であるという。

こういう気温の高下も経ながら、季節は少しずつ進む。

チカプニ→近文…Cikap-un-i=鳥 いる 所…(2024.02.18)

↓近文小学校という学校が在った。
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↑1919(大正8)年に「北門尋常小学校西分教所」として開校し、1922(大正11)年に「近文尋常小学校」として独立した学校となった。1941(昭和16)年に「近文国民学校」と改称している。戦後の制度の下、1947(昭和22)年に「旭川市立近文小学校」となって現在に至るようだ。

↓この小学校の辺りにこんな看板が在って、足を停めて少し眺めた。
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↑北海道の地名には、アイヌ語の音が転訛して漢字を宛てた例や、「如何いう意味か?」という話しを受けて、その意味する漢字を宛てているという例が見受けられる。小学校にも冠せられている近文は音が転訛して漢字が宛てられた例となる。他に鷹栖という地名も在るが、それは「鳥 いる 所」の意味に漢字を宛てた例となる。

この辺りは「近文コタン」と呼ばれた辺りだ。現在の旭川市内の住所として、近文、緑、錦、北門というような辺りに相当するようだ。

1887(明治20)年にアイヌ保護が謳われ、当時の旭川村と鷹栖村との中間辺りに、方々に広く点在していたアイヌのコタン(村)を纏めるということになり、一帯は「チカプニコタン」と呼ばれるようになった。

やがてアイヌに土地を与えるという計画が起ったが、1899(明治32)年に陸軍の第七師団が旭川に入ることになった関係で、土地を与える計画が保留となる。以降、急速に旭川村が発展する中、不動産投機の思惑等が絡んで「チカプニコタン」の様子は色々と揺れた。それでも「チカプニコタン」は継続したが、1929(昭和4)年に辺りの地名が近文町、緑町、錦町、北門街というようになっている。

1945(昭和20)年から1947(昭和22)年の「農地改革」で、「チカプニコタン」であった地域の農地に関して、地主から小作人に権利が移されるようになって、地主であったアイヌが困窮した例も在ったようだ。やがて旭川の発展と共に辺りは市街地の一部に組み込まれて行くようになる。

近文、緑、錦、北門というような辺りは、大きな商業施設や大学や、様々なモノが立地している地区である。軍の関係で敷設されて後に貨物線となった軌道は廃止されているが、近文駅は現在も旭川駅の西北の隣に健在である。少し前に観た、『カムイのうた』という映画で、ヒロインが東京へ旅立つ際に列車に乗ったのは「近文駅」であったが、あのヒロインのモデルになった人物が「チカプニコタン」に在ったからなのであろう。

多少、道に迷いながら辺りを動き回り、地域の歴史に想いを巡らせる時間を過ごしたのだった。

バス停…(2024.02.18)

旭川駅に近い1条通の7丁目、8丁目辺りには多くのバス停留所が設けられている。様々な方面のバスが行き交っていて、運行系統別に辺りの停留所を使い分けている。

↓そんな停留所の1つだ。
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↑停留所の上に何か載っている?

↓「動いた?!」と驚いたが、カラスだった。
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旭川の街中は、何やらカラスが多く、何処でもウロウロと動き回っているように感じる。殊に朝はそういうように感じる場合が多いような気がする。

早朝に…:12階の眺望:旭川(2024.02.18)

夜の旭川駅に着き、そのまま宿に入って休み、早朝を迎えた。

↓早朝に窓から外を眺めた。
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↓次第に明るくなる様を、幾分の間隔を置きながら眺めるのは愉しい。
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↓12階の居室で過ごした。
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↓遠くの山々の辺りに朝陽が上る様子も視えた。好天に恵まれそうな様子だ。
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後刻、更に移動もするが、好い休日を過ごすことが叶いそうな感じがする早朝だ。

旭川駅到着…(2024.02.17)

日が長い夏季を除けば、夕刻の特急列車は、暗い駅から暗い大地に敷設されている軌道に入る。「汽車は♪闇を抜けて♪」という雰囲気で、稚内駅を発った列車は南下を続ける。そして「間もなく…」と駅に停車する際、駅とその周辺の灯りが少し見える。短い停車で、また暗い大地に敷設されている軌道に入る。

「野生動物が多く出没する区間を走行するため急ブレーキを使用する場合がございます」というアナウンスも車内に入るのだが、今般はその種の妙な事態も免れた。列車は順調に進んだ。

↓そして旭川駅に列車は着いた。何やら暗い中を進んで来たので、旭川駅が眩しい感じもする。
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↑列車の後尾側に佇んで身体を伸ばしながら様子を少々眺めた。

↓この後、列車は札幌を目指す。
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↓東改札口から出て、旭川駅の東寄りの辺りに出た。少し眼に馴染んだ風景でもある。
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時には、こういうような調子で他地域に出るのも好い。

牛たん焼定食…(2024.01.03)

↓休業の期間に出先に在って昼食を摂る場合、料理を待つ間にハイボールを頂くというようなことをすることをしてしまう。
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↓頂いたのは「牛たん焼」だ。
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↓こういう「定食」で頂いた。
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「牛たん焼」と言えば「仙台の流儀」として知られているのかもしれない。余り仙台を訪ねるような機会も設けておらず、何か仙台以外の何処かで見掛けた時に頂いている場合ばかりであるような気がする。

↓旭川駅に直結している商業施設の中に在る飲食店街に、仙台の流儀の牛たん焼を供する御店が在り、少し気に入っている。
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こういうような場所を、少し時間も経っている中で、不意に思い出す場合も在る。

「映り込み」…:平和通買物公園:旭川駅周辺(2024.01.03)

↓歩き廻っていて、眼に留まって足を停めた。
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↑硝子張りな壁に近くの建物が綺麗に映り込んでいる。そして建物の背後に建設中の高層建築が見える。

↓建物に加えて天も映り込んでいるが、何か様子が面白いと思った。
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こういう「何気ない様子」を観て、写真を撮ってみるというようなことをするのが好きだ。

旭川駅を発つ…(2024.01.04)

早朝、滞在した宿で朝食が供されるよりもかなり早いような時間帯にチェックアウトしてしまう。冬季であれば未だ「夜の残滓」が色濃く感じられるような午前5時半前後には旭川駅の傍に辿り着く。

↓早朝に出る場合、旭川駅に近いこの御店に寄り道をする場合も多い。
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↓早朝の旭川駅では東改札口が開く。東寄りから旭川駅に近付くのが便利だ。と言うより、「東口」の宿に陣取ったので、この東側が近付き易いのだ。
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↓発車案内を見る。左側の「LOCAL 6:03 WAKKANAI」、稚内へ向かう普通列車に乗る。
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↓エスカレータでホームに出る。
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↓「名寄以遠」に向かう場合、ここで前照灯が点いている前側の車輌に乗込むのが好い。
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↓何時ものキハ54だが、今回は512号車だ。
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↓こんな設えの席に陣取った。
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↓例によって身軽な荷物を棚に上げる。
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↓コンビニで仕入れたモノを出す。
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毎度、この列車に乗ると「後は何を如何していても、稚内迄連れて行ってくれる…」と安堵感、または少し解放感めいたモノを感じる。

殊に<青春18きっぷ>の期間には、この列車は旭川・稚内の移動には非常に好いと思う。