桜川駅(2018.05.22)

↓大阪難波駅へ向かおうと、桜川駅で乗車した列車である…
Sakuragawa Station on 22-05-2018
↑阪神なんば線では、近鉄の車輛に出くわす頻度が高い…この列車も近鉄の車輛で、東花園駅へ向かうようだった…

桜川駅で様子を視ていると、阪神の乗務員と近鉄の乗務員の交代が行われている様子であった…そういう“境界”という感じも面白い…

この桜川駅の様子は、何となく思い出すことが多い感の風景だ…
posted by Charlie at 20:12Comment(0)大阪府

通天閣:<づぼらや>側から午後に望む(2018.05.20)

↓ここを通り過ぎた辺りに、この時目指していた「サウナ」の在る施設が在る…
Tsutenkaku in afternoon on 20-05-2018 (4)
↑辺りの飲食店の華々しい看板と通天閣…何度視ても面白い…

或いはこの辺りは「大阪らしい」を敢えて集めて、「演出」が施された地区で、「実は非日常」なのかもしれない…そういうように理屈としては思う他方で、何か「“日常”が創られている」中での「独特な居心地」というモノが在る…

↓何度立寄っても…不思議な場所だ…
Tsutenkaku in afternoon on 20-05-2018 (3)
posted by Charlie at 04:53Comment(0)大阪府

大阪城天守閣の朝(2018.05.20)

早朝の散策で、始発の地下鉄に乗って辿り着いたのが大阪城公園だった…

↓やや雲が多い感じもした朝だった…
Osaka Castle in morning on 20-05-2018 (10)
↑濠と石垣の向こうに視えた天守閣…何か「モノクロが似合う」という見栄えだった…

↓こういう様子を、暫し眺めていた…
Osaka Castle in morning on 20-05-2018 (9)

この日…大阪城公園から天王寺方面に移動し、一息入れた後に買物をし、午後から動き回ったのだったが、午後は朝の雲がどこかに消えてしまっていて、大変な好天に恵まれたのだった…
posted by Charlie at 18:44Comment(0)大阪府

通天閣:<ワールドスパ>辺りから日没後に望む(2018.05.20)

↓サウナを利用した後、「屋内に在った間に日没に…」と思いながら、通天閣が視える側を眺めた…
Tsutenkaku in evening on 20-05-2018 (1)
↑やや高くなっている辺りから、灯りが入った通天閣を眺める型になる…こういう眺めも好い…

「日曜日の夜」ということだったが、人通りは途絶えず、なかなかに賑やかである…
posted by Charlie at 15:56Comment(0)大阪府

早朝の大阪ビジネスパーク駅(2018.05.20)

普段から「(日本時間)プラス2時間」な暮らしなので、日本国内では「早寝早起き」な傾向が強まってしまう…

大阪に上陸し、滞在した宿では「早寝」をしたでもない筈なのに、確りと「早起き」になってしまった…宿の傍、桜川駅辺りからなんば駅辺りへ出て、そのまま御堂筋を進んで心斎橋駅に至った…そこで“始発電車”に向けて駅が開くのを待って、1日乗車券を求めて地下鉄に乗ってみたのだった…

↓やって来たのは大阪ビジネスパーク駅だ…
OBP Station in early morning on 20-05-2018 (7)
↑列車が走る2本のトンネルと、駅として利用するトンネルの計3本を組み合わせることで登場した空間らしいが…何度視てもクールな感じだ…朝早くの静かな感じの故に、クールさが引き立つようにも思う…

この駅に至り…大阪城公園を若干散策したのだった…
posted by Charlie at 22:41Comment(0)大阪府

通天閣:恵美須町側から午後に望む(2018.05.20)

大阪城公園でかなり歩いた後…「サウナにでも…」と不意に思い付き、通天閣の近くの施設を利用したことが在ったということを思い出した…

↓そしてやって来た恵美須町駅辺りから、通天閣を見上げた…
Tsutenkaku in afternoon on 20-05-2018 (1)
↑大変に気に入っている眺めである…

午後の光加減…商店街が日陰になっている他方で、通天閣は陽光を浴びて輝く感じだ…
posted by Charlie at 22:39Comment(0)大阪府

道頓堀(2018.05.20)

「年中、何時でも賑やか…」というイメージの繁華街にも、「変に静かな時間帯」というようなモノは在ると思う…

↓早朝の道頓堀である…
Osaka in early morning on 20-05-2018 (6)
↑既に少しだけ明るく、方々の灯りの多くはは消えている…が、残っているモノも見受けられる…人や車輛が溢れているような感でもない…

堀の水面に、「一晩中輝いていて草臥れた…」という風情の、半ば灯りが落ちた電飾や建物類が映り込んでいる…

この場所は…どんな時間帯であっても「各々に画になる」という感じがする場所だ…
posted by Charlie at 15:05Comment(0)大阪府

更に西を目指す<のぞみ>:新大阪駅(2018.05.20)

成田空港に上陸後、ターミナル地下の鉄道駅窓口で切符を求め、<成田エクスプレス>で品川駅に出て、東海道・山陽新幹線の列車である<のぞみ>に乗車した…

↓定刻の運行で新大阪駅に到着し、下車してホームに佇み、発車する列車を見送った…
Shin-Osaka Station on 19-05-2018 (1)
↑乗車していたのは「博多行」の列車だった…日が落ちて、少し暗くなり始めた中、列車は更に西を目指す…

東京から新大阪まではJR東海の乗務員が乗務していたが、その中の一人がホームに立って発車する列車を見送っていた。この先はJR西日本の乗務員が乗務する…

機会が在れば…新大阪より更に先の区間も乗車してみたい…以前に九州を訪ねた時等に乗車したことがある区間ではあるのだが…
posted by Charlie at 17:05Comment(0)大阪府

早朝の難波…(2018.05.20)

結局、普段から「(日本時間)プラス2時間」で暮らしている関係上、加えて出先で気分が昂揚していることも手伝って、滞在していた桜川の宿で早朝4時台に起き出してしまった…

こういう時は…「早朝から散策」というのが好い…桜川駅辺りからなんば駅までの「1駅間」は歩くことも叶うような距離だ。15分程度と思われる…

↓なんば駅周辺に「近付いた?」と思える辺りの光景…
Osaka in early morning on 20-05-2018 (3)
↑日曜日の始発列車が動く前のような時間帯…行き交う車輛の数は少ない…何となく「渋い…」ルックスのタクシーが目立つばかりだ…

大阪圏に「全く初めて」足を踏み入れたのは…高校生の頃の修学旅行だった…初めて乗った飛行機で大阪空港に着いて、用意のバスに乗るべく級友達と空港のビルの前に出て、何気なく待機中のタクシーの一群に目を向けた…黒系の車輛ばかりだった…札幌辺りはタクシーは白系の車輛が多いので「地域間の好みの違い?」と強く記憶に残った…そういうのは、最近に至っても変わっていない感だ…

↓色々な建物が集まる辺りを「少しだけ外れる」というのか、「隙間」というのか、限られているように見受けられる区域に高架の道路が色々と見受けられ、独特なムードを醸し出している…
Osaka in early morning on 20-05-2018 (2)

こういう感じ…意外に好きだ…
posted by Charlie at 16:45Comment(0)大阪府

旧 第4師団司令部庁舎=<ミライザ大阪城>(2018.05.20)

大阪城天守閣の脇に、「重々しい洋館」という雰囲気な建物が在る。

↓こういう具合の建物だ…これは「第4師団司令部庁舎」として登場した建物であるのだという…
Former 4th Division HQ at Osaka Castle on 20-05-2018 (1)
↑大阪城天守閣は、「昭和」に改元となった頃にその“記念事業”と位置付けられ、「“大大阪”のシンボル」として、天守閣が無くなって久しい城で「“らしい”感じ」を目指して建てられた「和風な外観」である。対して、この建物は「欧州の何処かの国の城館」という風である…

明治時代以降、大阪城の敷地は陸軍が利用していたが、大阪城天守閣の計画が出て、一部が公園化されて行く。その大阪城天守閣建築を目指した多額の寄付が集まった中で、第4師団司令部庁舎もほぼ同時期に建築されている…

出来上がったモノを視た建築家達の中に、「大阪城天守閣の和風な外観に対し、第4師団司令部庁舎も、もう少し和風な意匠を採り入れるようなことをして、辺りの一体感、親和性を高める工夫が在っても悪くないのでは?」という意見を持つ人達が現れたのだそうだ…そういう考え方を受けて、「コンクリート造のビルに、瓦屋根のような和風な意匠を容れる」という“帝冠様式”と呼ばれる建物が方々に登場することになる。1930年代に一寸流行る“帝冠様式”だが…「華美な装飾は無用…」ということになって、“帝冠様式”は1938年頃には廃れてしまう…

実はユジノサハリンスクに、その“帝冠様式”が廃れて行くほんの少し前ということになる1937年に竣工した博物館の建物が在って、なかなかに面白い趣が在るのだが…そんな様式が登場する切っ掛けになったという「第4師団司令部庁舎」は気になっていた…

「第4師団司令部庁舎」は博物館として利用されていた時期が長かったということだが…その利用が終了した後は、少し長く“空き家”になっていたようだ…それがまた利用されることになった。2017年に商業施設化された。1階に土産店等の店舗が入り、2階、3階、更に屋上が飲食店になって、<ミライザ大阪城>を名乗っている…

<ミライザ大阪城>と名乗る商業施設になったということは…“帝冠様式”登場の経過故に、何となく関心が在った「第4師団司令部庁舎」の中を視る機会を設け易くなったことになる。

↓「中はどういう様子?」と館内に足を踏み入れれば…いきなり「らしい!」感じのシャンデリアのような照明器具が迎えてくれる…
Former 4th Division HQ at Osaka Castle on 20-05-2018 (3)
↑ここでは「古い建物の趣」を「活かす!」という方向の内装を採用したようだ…

↓土産物や飲食物を売る店舗が、嘗ては色々な用途の部屋になっていたであろう場所に入っているが、廊下の天井は「往年の司令部」という雰囲気が色濃く残る…
Former 4th Division HQ at Osaka Castle on 20-05-2018 (4)

立ち寄ったのは「ランチ終了」というような時間帯、そして「ディナー開始にやや間が在る」というような時間帯と「中途半端」だったので、好天の日曜日で人出がやや多く視えた割には、2階以上は閑散としていた…

↓御陰でこういう雰囲気を眺めて愉しむことが出来た…
Former 4th Division HQ at Osaka Castle on 20-05-2018 (6)
↑飲食店になっている箇所は硝子張りな扉が付けられていて、廊下に観葉植物も見受けられるが…廊下の感じは、軍服に身を包んだ司令部関係者が行き交っていたであろう時代の外観をかなり伝えていると思う…

↓3階は、2階以上に「昔の感じ?」を伝えているような気がした…
Former 4th Division HQ at Osaka Castle on 20-05-2018 (7)

この他に「天守閣が視える屋上」も在るが、立ち寄った時には「営業時間外」で立ち入り出来なかった…

ここの様子を視て…「機会が在れば、ゆっくりと食事に寄るのも好いかもしれない…」とも思ったが…こんなに立派な昭和の初め頃の建物を気軽に覗くことが出来る場所も貴重で、「単純に一寸除くだけでも、また寄りたい…」と思わせてくれる感だった…

大阪城の天守閣の辺り…「ド定番!」ではあるが…こういう「古くて新しい」が極最近に至って登場というのが面白い…
posted by Charlie at 21:35Comment(0)大阪府

ネギ牛すじカレー:大阪 桜川(2018.05.19)

桜川駅傍の宿…以前にも利用した経過が在り、近隣で一寸した食事を摂る場所にも事欠かない…

<新世界>から天王寺に道草で桜川に引揚げた時、以前に滞在した時に利用した店が健在であることに気付いた…

「串カツ盛り合わせ」を摘まんだというだけで、「もう少々…」と思ったので立ち寄った…

↓これが酷く美味い!<ネギ牛すじカレー>だ…
Sakuragawa, Osaka on 19-05-2018 (2)
↑米飯に牛すじ煮込みを乗せ、そこにカレールー…その上にネギを散らす…この組み合わせが好い!

或いは、大阪辺りでは肉の各部位を工夫して美味しく頂くというような伝統が在るのかもしれない…

↓街角の小さなカレーライスの店という感なのだが…また機会が在れば寄ってみたい「思い出の店」の“看板メニュー”である…
Sakuragawa, Osaka on 19-05-2018 (1)
posted by Charlie at 07:24Comment(0)大阪府

串カツ:大阪 新世界(2018.05.19)

新大阪駅から地下鉄の「1日乗車券」を使って移動中に「通天閣を眺めて…」と思い付き…宿に着いたのは午後7時半過ぎで…荷物を置いて、また「1日乗車券」を手に街へ…

↓辿り着いた<新世界>と呼び習わされる通天閣の傍で…「昭和20年創業」を謳う店に寄ってみた…「串カツ盛り合わせ」である…
'Shinsekai', Osaka on 19-05-2018 (2)
↑併せて日本酒を…何か「串カツを肴に呑む」感でもあるが…他方で、移動に費やした1日で、ゆったり食事を摂っていない感だったので、「到着した大阪“らしい”感の軽い夕食」という風でもあった…

結局…大阪辺りは、個人的には居心地が好く、滞在時には好天に恵まれ―戸外を歩き回っていて、多少日焼けした…―た中で愉しく過ごせた…
posted by Charlie at 07:23Comment(0)大阪府

<あべのハルカス>(2018.05.19)

大阪到着後、夕食に串カツを愉しみ…少しだけ道草…

↓交通量の多い交差点の上に環を描くように設けられた歩道橋から、巨大なビルを見上げてみた…
Abeno, Osaka on 19-02-2018 (3)
↑強引に「手持ち」で<X100F>を使ったのだが…

何か…堅固なような、儚いような…輝く「硝子の塔」という趣だ…

こういう様子…何か「不意に視たくなる…」ということが在る…今般、敢えて展望室に上がるということはしなかったが…
posted by Charlie at 22:30Comment(0)大阪府

<あべのハルカス>:動物園前駅から望む(2018.05.19)

<新世界>のエリアで夕食を愉しみ、地下鉄の「1日乗車券」で移動をしようと、最寄りの動物園前駅に入ろうとした…

↓こういう様子を眼に留めた…
'Shinsekai', Osaka on 19-05-2018 (5)
↑「1駅向こう」の天王寺駅周辺に聳え立つ「硝子の塔」…<あべのハルカス>が視えた…

1駅の寄り道…「1日乗車券」が在れば、気兼ねなく出来ることだ…近くへ寄って、あの塔を眺めることにしたのだった…

気侭に過ごす時間“らしい”感じが酷く好ましい…
posted by Charlie at 22:28Comment(0)大阪府

<ラピートβ>:関西空港駅(2018.05.22)

少し久し振りに…「関西空港からANA機で新千歳空港へ」という行程にしてみた…大阪の南海なんば駅にも遠くない、桜川駅傍の宿に滞在することにしたので、そういうことにしてみたのだ…

最近、航空券等に関しては色々な意味で“供給”が増え、何かで込み合う「年に何回かの時期」を外れていれば、然程高くないモノが比較的楽に入手出来る…他方で“地域差”は在るものの、日本国内を動き回る国内外の人達が増えている関係で、宿泊施設は「予約し悪い」とか「変に高い」というのが目立つ…そういう訳で、「交通→宿泊」ではなく、「宿泊→交通」で準備をする方が旅行の計画は立て易いと思う…

↓今般…関西空港へ向かう場面で、「何時以来だ?!」という程度に久し振りで、南海の特急列車を利用した…
EXP 'Rapito' at KIX on 22-05-2018 (3)
↑関西空港がオープンした頃に登場したこの車輛…既に20年以上経つが、それでも「酷く目立つ独特な感じ」は全く変わらない…

<ラピート>と名付けられた列車…停車駅の数が少ない“α”と、少しだけ多い“β”とが設定されている。どちらを利用しても、然程所要時間は変わらない…

今般、南海なんば駅から堺駅に急行で出て、堺で少し過ごした後、<ラピートβ>に乗車した。運賃の他に特急券が必要で、堺駅の窓口で乗車券と特急券がセットになって刷られた切符を購入した…列車は「全席が指定席」という状況だ…

↓何か…未来的なイメージの車輛…何度視ても好い!!
EXP 'Rapito' at KIX on 22-05-2018 (2)

ところで…南海の列車に乗車したのは久し振りだった…
posted by Charlie at 21:30Comment(0)大阪府

旧堺燈台に近い辺りの大壁画(グラフィティー)(2018.05.22)

↓何時の間にか…旧堺燈台の傍の大きな壁に画だ!?
Old Lighthouse at Sakai on 22-05-2018 (1)

↓所謂「南蛮貿易」…遥かな国々から波涛を越えて来日した人達を迎えた、堺の歴史を想起させる画が大きな壁に描かれている…
Old Lighthouse at Sakai on 22-05-2018 (11)

それにしても…この大きな画を「海側」の壁に描くのは、なかなかに大変な作業であったと想像する…
posted by Charlie at 21:28Comment(0)大阪府

旧堺燈台(2018.05.22)

関西空港へ向かうべく、桜川駅から阪神なんば線に乗車して大阪難波駅に着き、南海なんば駅へ歩いた…地下街のような場所を動き回って、南海なんば駅の高い場所に設けられているホームへ上がる訳だが…

歩きながら…空港で搭乗手続を行うまでに間が在ることから、沿線でのささやかな道草を思い描いたが…思い付いたのは、港の歴史を伝えるモニュメントになっている「明治時代の木造燈台」…堺に寄ることだった…

天候も好い中で堺駅に着いて、気温がやや上がって来た中、半袖Tシャツにジーンズ穿きという出で立ちで歩き、少々汗もかいた…

↓初夏のような眩しい陽射しに、白い灯台が輝く…
Old Lighthouse at Sakai on 22-05-2018 (10)

↓以前にもこれを眺めてモノクロ写真を撮った経過も在った…
>>旧堺燈台(2015.10.31)

↓本当に、埋め立てが進んで「航路標識としての機能」は損なわれてしまっていることが、こういう様子を視ると判り易い…
Old Lighthouse at Sakai on 22-05-2018 (5)
↑「航路標識としての機能」は損なわれたが、「港の歴史を伝える」という大切な役目は担い続けている訳だ…

この種のモノを眺めるのは好きだ…
posted by Charlie at 21:26Comment(0)大阪府

阪急の大阪梅田駅(2018.05.21)

京都の河原町駅で大阪梅田駅へ向かう阪急の列車に乗る場合…京阪の祇園四条駅寄りな側から四条通の地下に在る駅に入る…そうすると「列車の最後尾寄り」に乗り込む場合が多い…

↓梅田駅に着けば、こういう具合に後尾から下車して長居ホームをゆっくりと歩くことになる…
DSCF9764.JPG
↑列車の右側の扉から到着した乗客が下車した後、扉を閉めて左側が開く…進行方向が変わるので右側ということになるかもしれないが…

↓ホームに出ると、別段に急ぐでもないので、何となく身体を伸ばして駅内の様子を眺めるのも好きだ…
DSCF9767.JPG

「1日乗車券」のようなモノを手に、気侭に動く…「随意に過ごす時間」という場合、そういうやり方が好きだ…
posted by Charlie at 20:06Comment(0)大阪府

大阪梅田駅:阪急(2018.05.21)

阪急と阪神…両社共に「大阪・神戸間」に路線を有し、互いに競い合う関係だった歴史が長い訳だが…“同一ホールディング”の傘下という体裁になって、何やら「阪急と阪神の全線で利用可能な1日乗車券」というモノが何時の間にか売られるようになっている。これが在れば、神戸から大坂を経て京都までの広い範囲で動き回ることが叶う…そんな訳でなかなかに気に入っている…

それを駆使して…大阪の難波の隣り、桜川駅から阪神の列車を利用し、西宮を経て神戸に出て…神戸で愉しく過ごしてから大阪を経て京都に向かい…また大阪に戻った…

↓何度視ても壮観な阪急の大阪梅田駅である…
DSCF9779.JPG
↑手前が「1号線」で、京都の河原町駅から乗って来た列車だ…直ぐに折り返しで河原町行の列車となり、大勢の乗客が足早に乗車していた…そして各乗場に各方面から到着して折り返す様々な列車が勢揃いしている…

阪急では「1号線」という具合に“号線”という言い方をしている…よく在るのは「1番線」とか「1番乗場」または「1番ホーム」だが…阪急は「1号線」だ…

聞けば…阪急では車庫内で“番線”という用語を用いていて、区別する意味で各駅では“号線”を用いる寒冷なのだそうだ…一寸、面白い…

何れにしても、この梅田の阪急の駅を視ると「関西に在る」ということを強く実感する…
posted by Charlie at 19:45Comment(0)大阪府

<OSAKA METRO>(大坂メトロ)のロゴ:地下鉄中央線の車内(2018.05.20)

大坂の地下鉄…“市営”という型で発足した日本国内最初の事例だった筈だが…「“市営”の“民営化”」としても日本国内最初の事例となった…

↓4月から改組でロゴマークを変える旨、電車の中に広告が掲出されていた…
DSCF8566.JPG

この“M”のマーク―「METRO」から取ったのだと推測する…―は、方々に掲出されるようになってはいたが、未だ以前のマークも見受けられる…

こういうモノは、切り替わるのにそれなりな期間を要する筈だ…とりあえず「1日乗車券」の料金は何ら変わっていなかった…
posted by Charlie at 03:55Comment(0)大阪府

大阪城天守閣:西の丸側から望む(2018.05.20)

好天に恵まれた中…昼食(兼朝食)で予定以上にゆったりとしてしまい、「櫓の公開」の「入場時間に遅れてしまう…」と慌てた…

目指す<大手口>に近いのは…地下鉄の谷町4丁目駅なのだが…通り過ごしで森ノ宮駅まで地下鉄で移動し「1駅分」の距離「プラスアルファ」を丸ごと速足で歩いた…

何とか間に合い、順路に従って<多門櫓><千貫櫓>を視て、<煙硝蔵>を目指した…

↓そういう最中に視た天守閣…
DSCF8631.JPG
↑背後の空の感じが好い!

好天な中で、近隣や国内に留まらず、「世界中からの来訪者」が溢れていた大阪城で過ごしたが…何となく好かった!!
posted by Charlie at 22:09Comment(0)大阪府

千貫櫓:大坂城(2018.05.20)

大阪城では、江戸時代に徳川幕府が建築した状況のままに残っているモノ―「大坂城」だった頃のモノ―が幾分在り、色々なことを伝える貴重な存在となっているのだが…「明治150年」という今年、徳川幕府が瓦解して行った経過にも立ち会っている、そうしたモノを特に公開している…

日本で「城」と言えば…一般には「壮麗な天守閣」のイメージが強いのかもしれないが…実はそうでもない…

江戸時代に「城」が所領を経営する大名の居城ということになって以降は、「領主の公館」であって、来客が在った場合の「迎賓館」であって、家中の公式行事を催す「会館」であって、主だった家臣達が行政事務や会議を行う「政庁」でもあった<御殿>がより重要で、天守閣が在る場合でも「警備担当者」が些か居る程度だったらしい…天守閣に関しては、或いは「領主の権威の象徴」というような意味合いも色濃かったかもしれない…

江戸時代の初期や、もう少し前の時代に「城」が「本当に防衛拠点であった」という時代には、築かれた場所の地形や、時代が下ってからは石垣や堀で囲われた「攻めるに難く、護るに易い」ような工夫、地形や石垣による工夫を補完する「櫓」と呼び習わされた「将兵が詰める場所」が重要だった…

↓これは千貫櫓の中だ…
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↑格子の窓や火縄銃を突き出す銃眼が幾つも据えられた防衛施設だ…

↓こういうように見える場所に建築されている構造物なのだ…
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↑城を囲む軍勢と対峙する最前線という構造物である…

「千貫」というのは「多量の銭」を意味する…「非常に高い価値」という含意だ…

「大坂城」の場所が「石山本願寺」であった頃、激しい抗争を展開した織田信長が、攻めあぐねていた櫓に関して「千貫文を出してでも奪いたい…」(どんな大金を積んででも攻め落としたい)と言っていた場所に在る櫓なので「千貫櫓」と呼ばれているという説が在るのだという…

この建物…1620年に徳川幕府が大坂城を再建した頃からの建物ではあるようだが…何度か改修の手が入っている可能性も在るのだそうだ…

何か「浪漫溢れる」という存在感が在る場所だと思う…
posted by Charlie at 21:55Comment(0)大阪府

大手口多門櫓:大坂城(2018.05.20)

大阪城では、江戸時代に徳川幕府が建築した状況のままに残っているモノ―「大坂城」だった頃のモノ―が幾分在り、色々なことを伝える貴重な存在となっているのだが…「明治150年」という今年、徳川幕府が瓦解して行った経過にも立ち会っている、そうしたモノを特に公開している…

↓「日本の城の建物内」という雰囲気が色濃い…
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↑城の区画を囲う石垣の側に在って、城内を移動する際の通路になり、敵と対峙する将兵が詰めた場所…「多門櫓」と呼ばれる構造物である…

大阪城にもこの「多門櫓」と呼ばれた構造物は多々在ったらしいが、現存しているのは第2次大戦期の大阪空襲の被害を免れた、この大手口のモノだけである…

大手口多門櫓は1628年に建築され、1783年に落雷による火災で焼失し、1848年に再建されたのだという。幕末期に大阪城に入った14代将軍の徳川家茂、15代将軍の徳川慶喜もこの「大手口多門櫓」を通って本丸の御殿へ向かっていたらしい…

そんな話しを聞けば…幕末の<鳥羽伏見の戦い>の後、徳川慶喜が大坂城を抜け出して、半ば乗っ取るように乗り込んだ<開陽丸>で密かに江戸に引揚げてしまうという挿話が在るが…そういう場面で血相を変えて「大樹公は何処におわす!!」と口々に叫ぶ関係者が、絵の場所をドタドタと走り回っていたのかもしれないと想像してしまう…

↓大きな大坂城の構造物だけに、天井も高く、なかなかに立派だ…
DSCF8590.JPG

「大阪城天守閣」は、「昭和の代」になったことを記念する事業という位置付で、「“大大阪”のシンボル」として築かれたモノなのだが…大阪の<大坂城>は、間違いなく「歴史の舞台」なのだ…そんな「当たり前」かもしれないことを改めて想った…
posted by Charlie at 21:23Comment(0)大阪府

煙硝蔵:大坂城(2018.05.20)

大阪城では、江戸時代に徳川幕府が建築した状況のままに残っているモノ―「大坂城」だった頃のモノ―が幾分在り、色々なことを伝える貴重な存在となっているのだが…「明治150年」という今年、徳川幕府が瓦解して行った経過にも立ち会っている、そうしたモノを特に公開している…

↓その一つがこれである…不思議な石の廊下のようだが?
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↑煙硝蔵という代物だ…要するに「火薬庫」である…徳川幕府は、銃砲を色々と持っていた…江戸時代を通じて、火縄銃が主なモノだったが、幕末期にはかなり進んだ銃を使った…そして大砲も在った…それらの銃砲用の火薬を保管した場所だ…

この場所は2.5m程度の幅で、廊下のように細長い特殊倉庫ということになるが、壁の厚さも概ね2.5m程度も在り、一定の通気のために穴も開けられている…

↓出入口の扉も、金属製の堅牢なモノが用意されている…
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明治期以降、大阪城の場所は陸軍が使用していた…昭和の初めの「古き善き時代」には、「“大大阪”の街のシンボル」として、現在の<大阪城天守閣>が出来た経過も在るが…この煙硝蔵は<帝国陸軍>(明治時代以降の軍)も使っていた経過が在るらしい…

見学に行けば、地元大阪のガイドのおばちゃんが居て、なかなかに愉しい。少しお話しを伺った…
posted by Charlie at 20:59Comment(0)大阪府