「だいやめで、きばいやんせ。―さつま白波」の広告看板(2014.12.17)

↓鹿児島中央駅近くの商業ビルに掲げられた広告看板…夕刻になって辺りが暗い中、照明に看板が浮かび上がる…
Kagoshima on DEC 17, 2014 (12)
↑よく見ると、背景の桜島は、焼酎を温める等の用途に使う“黒ぢょか”風の形状に細工されている…

「だいやめで、きばいやんせ」は「晩酌でも楽しんで、元気に頑張ろう」程度の意味なのであろう…

鹿児島の“玄関”のようになっている鹿児島中央駅の傍に在ることも手伝って、この看板を視ると「鹿児島に!着いた!!」と気分が盛り上がる。

吉松駅に停車する<はやとの風>と<しんぺい>(2014.12.19)

↓鹿児島県の北側、熊本県や宮崎県との境界に近い吉松駅だ…
Yoshimatsu Station on DEC 19, 2014 (2)
↑鹿児島中央駅を右の<はやとの風>で発って吉松駅に着き、ここから左の<しんぺい>に乗換えて、人吉駅へ向かった…

この肥薩線の区間…「そこに鉄道が敷かれた」という事実そのものを、「歴史を伝える出来事。鉄路は貴重なモノ」ということで「皆で親しむべきモノ」と位置付け、“観光列車”を運行している。大変に善いと思う。

↓<しんぺい>の車内は、木目調を多用したクラシカルな雰囲気で纏められている。
Yoshimatsu Station on DEC 19, 2014 (3)

<しんぺい>は、寧ろ<いさぶろう/しんぺい>として知られている。これは途中の長いトンネルの出入口に掛けられた額を揮毫した人物、開通当時の逓信大臣であった山縣伊三郎、鉄道院総裁であった後藤新平に因む。人吉から吉松へ向かう列車を<いさぶろう>、吉松から人吉へ向かう列車を<しんぺい>と呼ぶ。

この吉松・人吉間…何度か列車で移動したが…なかなかに好い!!

鹿児島中央駅のコインロッカー(2015.12.19)

多くの利用客が在るターミナル駅には、色々な広告が見受けられるが…

↓鹿児島中央駅では、コインロッカーに綺麗なラッピング広告が施されていた…
Kagoshima on DEC 19, 2014 (13)
↑広告の内容…芋の本格焼酎を造る酒造会社のモノ…「鹿児島らしい!!」と思った…

因みに…この広告の焼酎…美味い!

鹿児島の路面清掃車(2015.10.24)

各地の主要な街には、国道の管理等に携わる国土交通省の出先機関が入居するビルが在るものだ…鹿児島駅から然程遠くない辺りに、それらしい建物を見掛けたのだが…

↓建物の前の駐車スペースのような場所に、少し変わった車輛が在った…
Kgoshima on OCT 24, 2015 (14)
↑「何に使う車輛?」と思いながら視ると、“路面清掃車”と在って、車体の前方下部に回転ブラシのようなモノが着いている…

鹿児島では桜島の火山灰が降る“降灰”という現象が見受けられ、道路上に灰が溜まる場合が在る。それを片付けるための車輛だ…この種の、路面を洗うような車輛は方々に在る筈だが、通り掛かって直ぐに見える辺りに「何時でも出られます…」という具合に置いて在る例は余り思い当らない…或いは非常に「地域らしい」とも言える車輛だ…

フランシスコ・ザビエルの胸像(2015.10.24)

鹿児島の繁華街である“天文館”地区で、「路を一本入ったような辺り」に、少し変わったモノが在った…

↓「壁の一部」と思われるモノが在る。真中に胸像が据えられている…
Kgoshima on OCT 24, 2015 (20)
↑「日本にキリスト教を伝えた」とされるフランシスコ・ザビエルを記念した記念碑になっている…

↓胸像は、こういう顔だ…フランシスコ・ザビエルである…
Kgoshima on OCT 24, 2015 (22)

来日したフランシスコ・ザビエル…日本国内で初めて上陸し、活動したのは鹿児島だった…それを記念した立派な教会が在ったのだが、戦災で建物が壊れてしまい、壁の一部を記念碑としたそうだ…

辺りは「街角の公園」という風情で、遊んでいる子ども達も見受けられるような、「街中で一寸一息入れられる」ような雰囲気の場所だった…他所の街を何となく訪ね、歩き回って、こういうような場所に出くわすのは愉しい…

大久保利通像(2016.10.24)

鹿児島中央駅の近隣を歩き、美味しく手軽な店が集まる<かごっまふるさと屋台村>脇の路面電車停留所を過ぎた辺りに高見橋が在る…

↓橋の辺りに、明治時代の洋装姿で、厳めしい髭の人物の像が建っている…
Kgoshima on OCT 24, 2015 (24)
↑幕末期に、更に政治家として明治時代の初めに活躍した大久保利通の像である…

島津家中の武士として生まれた彼だが、若い頃は父親が家中の騒動に巻き込まれて処分を受けたことなどが在って不遇であり、苦労も重ねたようだ。そして、明治時代の様々な“くにづくり”に尽くし、やがて凶刃に斃れてしまう…

鹿児島では、地元では声望が非常に高い西郷隆盛と対立してしまった経過の在る人物であることから、必ずしも人気が高い訳でもなく、「没後100年」というようなことで1979年にこの像がようやく建立され、その功を顕彰しようというようになった経過が在るようだ…

この像に出くわすと…「凛々しくスマートな明治の政治家」という感じがするのだが、同時に背後に植えられた木に「南国!!」という感を抱く…

鹿児島中央駅前停留所の“7001”(2015.10.24)

“鹿児島中央駅”というのは、永く“西鹿児島駅”と呼ばれていた。「鹿児島市内の旅客ターミナル駅」という位置付けで、九州新幹線もこの駅を発着している…

新幹線の開通で、鹿児島では「駅に着いた人の移動」または「駅へ向かう人の移動」という「二次交通」の強化という論点が在ったようだが、駅と併せ、軌道の配置も含めた停留所のリニューアルが施された。駅前の広場から道路側に向かうと、歩道脇に双方向の乗場が「道路を横断することなく」利用可能な形状に設えられた停留所が在る。これは非常に便利だ!

そういう訳で、鹿児島の路面電車は、鹿児島中央駅前から天文館通辺りで利用客が増えているらしい…

↓「少し増えた乗客に対応する」と同時に「誰でも乗降し易い低床型」であることを目指して登場したのが、この7000形である…
Tramcars at Kagoshima on OCT 24, 2015 (3)
↑前後に運転台の在るパーツが入り、中間が3つの部分で構成され、全体としては「五連接」になっている…

これの以前から在った低床型の1000形は、運転台部分がやや大き目な「三連接」で乗客定員が少し少な目である…そこで「五連接」にすることで乗客定員を増やそうとしたのである。

何か「かなり長い?」感じに見えるこの型…一部の停留所では、乗降の扉開閉と関係ない部分が、停留所の端の方で「少しはみ出した」感じに見える…

日没後の鹿児島駅前停留所(2015.10.23)

鹿児島の路面電車は、鹿児島駅前停留所の「三叉路」になった軌道に到着し、暫く待機して折り返し運転を行う。

↓暗くなってから、3本の軌道に3輛の電車が並ぶ様は、何となく画になる。
Tramcars at Kagoshima on OCT 23, 2015 (1)

右側は、初めて導入された低床型電車の1000形、左側は少し新しい低床型電車の7000形だ。真中は…灯りが強めで、一寸番号が見え難いが、1990年代までの低床ではない型の車輛だ…

鹿児島の路面電車は2つの運行系統が在り、鹿児島駅前を出ると途中の高見馬場停留所の辺りで分岐する。1系統は鹿児島市の南側に在る谷山停留所に向かう。2系統は鹿児島中央駅前停留所を経て郡元停留所に至る…

鹿児島駅周辺の電気機関車EF81 303(2015.10.24)

鹿児島駅周辺に、貨物列車の基地が見受けられる。その辺りを歩き回ると、柵を挟んだ「直ぐ近く!」な感じの場所に、電気機関車が停車している様子が見える。思わず、近付いて眺めてしまう…

↓EF81電気機関車!!だが、少し特徴的な外観だ…陽光が当たると、鈍い光…車体の材料の金属が、剥き出しな感じだ…(ステンレス等の材料の金属色が剥き出しな鉄道車輛は珍しくないかもしれないが、“機関車”となると、余り例を思い浮かべられない…)
EF81 at Kagoshima on OCT 24, 2015 (1)
↑関門トンネルでの運用を行うために、1973年から1974年に4輛製造されたという、ステンレス車体の機関車の1輛だ!なるほど…少し年季は入った感じだ…

EF81は異なる方式で電化が進んだ日本海沿岸のような場所で活躍出来るよう、交流・直流の幾つもの方式に対応出来るという、優れものの電気機関車である…

ここに在った303号機…JR貨物が運用している…現在は門司を本拠地としていて、九州方面で運用されているようだ…実を言えば、鹿児島で何度か見掛けている…

鹿児島・仙巌園:島津義弘侯御着用甲冑(レプリカ)(2015.12.18)

島津家の別邸として整備された仙巌園…「御殿様が桜島を眺めたかったから造った庭と屋敷」というお話しも耳にしたような気がするが、ここはとにかく素晴らしい眺望が楽しめる場所だ…

↓その入口にこういうモノが鎮座している…
Kagoshima on DEC 18, 2014 (3)
↑戦国時代末期、九州制覇を目指すような型になった島津家の先頭に立った4兄弟の中、勇将、猛将として知られた次兄の義弘が愛用したという甲冑のレプリカ…レプリカであっても、なかなかの迫力だ!

嘉例川(かれいがわ)駅と特急<はやとの風>(2014.12.19)

↓鉄道が地域に開通したような頃に設けられた駅舎が、永い時を超えて今でも使用されている…九州各地にはそういう駅が見受けられるようだが、この肥薩線の嘉例川駅は、そうした「受け継がれる古い駅舎」の代表格のような存在だ…
Kareigawa Station on DEC 19, 2014 (1)

↓九州新幹線が部分開業した頃から運行しているという<はやとの風>…
Kareigawa Station on DEC 19, 2014 (2)
↑渋いアレンジの車輛で運行されるのだが、嘉例川駅でも何分間か停車してくれる…列車本数が少なめな区間なので、こういう「少し長い停車」は嬉しい…

鹿児島駅前停留所の<かごでん>(2015.10.24)

鹿児島の路面電車は1912年に初登場し、2012年に100周年を迎えた…

↓100年を迎え、更に新たな100年に向けて一歩を踏み出すという意味合いで“101”という車番を与えられたようだが、「大正時代から昭和初期の電車」をイメージして、旧い台車に新造の車体を載せた<かごでん>が登場した…
Tramcars at Kagoshima on OCT 24, 2015 (13)
↑鹿児島駅前停留所で、少し長めに停車している場面だ…

<かごでん>は通常の1番系統、2番系統の運行ということでもなく、“貸切”や「観光電車」として運行されていることが多い。この「観光電車」が、何度か乗車もしてみたが、なかなかに好い。

「観光電車」は、鹿児島中央駅前停留所から、概ね2番系統の経路で鹿児島駅前停留所に入り、そこからは半ば1番系統の経路で往路とは少し異なる場所を通り、郡元停留所で2番系統の経路に入って鹿児島中央駅前停留所に至る。1時間余りで一周するような按配で、車内では沿線の事物や街の人々の暮らしに纏わるお話しが聴ける。これがなかなかに愉しい!!

鹿児島で路面電車を運行している鹿児島市交通局にとって、この<かごでん>の「観光電車」は、「一押し!!」であって、同時になかなかに人気なので時々話題になっている様子だが…そういうことに触れる都度、「また鹿児島でこの<かごでん>に…」と思い出している…

石橋記念公園の西田橋と桜島(2014.12.18)

城下町の鹿児島…天保年間に5本の石造アーチ橋を架け、橋は1990年代まで実際に利用されていた経過が在る。

150年間も利用された堅牢な石造アーチ橋であったが、河川の状況も大きく変わった中、水害で橋が損傷してしまった。5本の中の2本は流失という憂き目に遭ってしまった…

そうしたことから、貴重な石造アーチ橋を護って後世に伝えたいと、市内の石橋記念公園に3本の石造アーチ橋を移築するということになったのだそうだ…

↓その貴重な石造アーチ橋の一つ、西田橋である。背後に、「少し珍しい12月の雪」を被っている桜島が見える。何か「銭湯の壁画」を思わせないでもない…
Kagoshima on DEC 18, 2014 (10)
↑画の左側に門が設けられている。これは1990年代まで実際に道路で利用されていた際には撤去されていたモノで、この公園に橋を移築した際に再現した江戸時代に在ったモノである…

↓門から橋を眺めてみる…
Kagoshima on DEC 18, 2014 (9)
↑往時と場所は変わっているが、門から橋を覗いた時の型は変わらないことであろう…

この西田橋は、鶴丸城(鹿児島城)から城下町を経て各地域へ繋がる街道への道筋に相当する箇所に架っていたのだという。参勤交代で往来する島津侯の行列、将軍に輿入れした篤姫、島津斉彬侯の密命を帯びて方々を訪ねた西郷隆盛と、様々な史上の人物達が行き交った橋でも在る…

この場所…鹿児島市内の「一寸気に入っている場所」でもある…

鹿児島中央駅に待機中の新幹線列車(2015.10.24)

鹿児島中央駅の辺りは、近隣に大きめなビルも目立ち、駅本体が商業施設のビルに囲まれるような感じになっているが、駅の真上の方に延びるような具合で新しめな部分が在る。その新しめな部分の上層階に、外が視える窓が在るコーナーが在るのだが…

↓殆ど真上から、新幹線列車が発着するホームを見下ろすことが出来る!!
'Shinkansen' at Kagoshima Chuo Station on OCT 24, 2015 (5)
↑この場所…「鹿児島の一寸気に入った場所」なのだ…この時は左に800系、右にN700系と、現在九州で活躍している2つの型の車輛が仲良く並んでいた…

800系は、九州新幹線の新八代・鹿児島中央間が先行部分開業した際に初めて登場した「九州オリジナル」な車輛だ。車輛メーカーで700系を開発した際に採用されなかった先頭車両デザインをベースに、かの水戸岡デザイナーが趣向を凝らしたモノだという…

N700系は、東海道・山陽新幹線で活躍しているモノの派生型というモノで、「西日本・九州仕様」となっていて、新大阪・鹿児島中央間で活躍中だ。東海道・山陽新幹線では16輛編成という、迫力の長大な列車が東京・博多間で活躍しているのだが…「西日本・九州仕様」は8輛編成で、九州に在る勾配が少々キツい区間に対応すべくモーターを増強しているという…

この美しい車輛が駆け抜ける九州新幹線…過日の地震で運休を強いられてしまっていて、気持ちを曇らせていたが、運行が順次再開されて全線が動くようになるようだ…善かった…

何度か乗車したことは在るが…何時も「また何時かあの列車で…」と思い出している…

雪を頂いた桜島(2014.12.18)

↓「12月の雪は珍しい…」と地元の方から聞いたが…城山から望んだ、雪を頂く桜島の光景は「忘れ難い光景」の一つだ…
Kagoshima on DEC 18, 2014 (36)