瓦店…:祇園白川(2020.03.29)

外で「少し面白い!」というモノを視掛ける場合が在るが、それらに関しては、多くの場合は製造や販売に携わっている会社や個人が在る筈だ。

↓「とりあえず京都に…」と、陣取った宿に近い祇園白川辺りを歩いて、こんなモノを視掛けた…
29-03-2020 Kyoto (8)
↑瓦を扱う店で、看板替わりに色々な種類の瓦を掲げていたのだ…

京都やその他の近県の街角で、屋根の隅に何かの像が付いた瓦が使用されている例を視掛ける場合が在る。通り掛かって視掛けた店では、そういう像が付いた瓦を色々と用意して販売しているということである。

こういうモノは「建物に関わる人々の幸せを祈って…」ということで据えられるのだと想像するが、瓦を商う店で掲げているモノは所謂“七福神”と見受けられる像が目立つ。

こんなモノに出くわし、眺めながら歩くのが愉しい…
posted by Charlie at 05:35Comment(0)京都府

<京都国立博物館>の門(と建物)を望む…(2020.03.30)

清水五条駅に近い<喫茶 ラ・ヴィータ>で小一時間も寛いだ後、<豊国神社>に立寄り、「以降は徒歩のみではなく、列車にも乗ろう…」と七条駅を目指した…

<豊国神社>から踏み出して程無く、こんなモノを眼にした…
30-03-2020 Kyoto vol01 (53)

これが<京都国立博物館>だ。最近の「事情」で休館中ではあるが、午前8時台なので、何れにしても開いてはいない…

<京都国立博物館>の、門の間から視えている建物は1892(明治25)年)着工で、1895(明治28)年に竣工したそうだ…

↓何か欧州の何処かの国の、王族に所縁の宮殿とか、国会議事堂やら大統領官邸というようなモノを想起させる建物だと思った。
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そう言えば…この<京都国立博物館>も、「非常によく知られている」という場所で、直ぐ近くまで訪れた経過は在っても「どういう訳か立ち寄っていない…」というような場所となっていた…

「何時か…」と思いながら、七条駅の側へ歩を進めたのだった…
posted by Charlie at 05:25Comment(0)京都府

サイフォンで淹れた珈琲とバタートースト…:<喫茶 ラ・ヴィータ>(2020.03.30)

<祇園枝垂桜>、<産寧坂>、<大谷本廟>と<東大路通>を南下し、京阪の清水五条駅の辺りに至った。京阪の路線の七条駅から出町柳駅までの区間は、街の東寄りの地下に軌道が敷設されている。故に「清水五条駅の辺り」と言っても、「川沿いの道路の歩道部分に地下駅との出入口が見える」ということになる。

朝5時頃から歩くと…時間はたっぷりと在る。清水五条駅周辺に至った時点で朝7時前という状態だった。そのまま歩き続けるというのも消耗してしまいそうなので、一息入れられそうな場所を探した…

↓歩道にこんな看板が出ていた…<喫茶 ラ・ヴィータ>という店が在った。
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↓「営業中」だ!!
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↓「おはようございます!」と入ってみれば、「古き善き喫茶店」という風情が溢れる店だった…
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折り良く、店主氏が店に着いて、この日の営業を始めようとしていたところだった…流れていた音楽―詳しく知らないが、やや懐かしい感じがしたラテン系な曲だった…―に合わせて、店主氏の鼻歌が混じる。お気に入りの音楽と共に一日を幕開けしようとしていたのであろう…

↓スタンダードな感じのブレンドコーヒーをサイフォンで淹れていた…極々軽いブレックファストという感で、バターを塗ったトーストを頂いた…
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何か、主に近隣に在る皆さんが立ち寄る店というような感じの場所だった。そう言えば以前にもそういう感じな店に立寄ったことが在った…こういうような「日常の街角」に、一寸だけ静かに御邪魔させて頂くというのも、旅の愉しみというものかもしれない…京都に関して言えば、この種の「近隣に在る皆さんが立ち寄る」というような喫茶店は無数に在るような気がする…
posted by Charlie at 06:33Comment(0)京都府

<大谷本廟>…(2020.03.30)

<祇園枝垂桜>を振り出しに<産寧坂>に立寄り、辺りで南北に延びている<東大路通>を南下してみることにした。五条通に行き当たる筈で、右折すると西寄りに進むことになり、京阪の清水五条駅辺りに至る筈だと、辺りの案内図を視て考えたのだった。

↓思ったとおりに五条通が眼に入ったが、他方で絢爛な桜に眼を奪われてしまった…
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↓重厚な趣が在る場所だと思った…
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ここは<大谷本廟>という浄土真宗の寺である。浄土真宗を開いた親鸞聖人を祀る廟堂なのだそうだ。1603(慶長8)年から現在地に在って、この地を「大谷」と呼ぶのだそうだ。

↓<円通橋>(えんつうきょう)と呼ぶというが、幅6mで長さ40mの石橋が架けられている。1856(安政3)年に竣工したという。
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posted by Charlie at 06:28Comment(0)京都府

<産寧坂>…(2020.03.30)

「非常によく知られている」という場所で、直ぐ近くまで訪れた経過は在っても、「どういう訳か立ち寄っていない…」というような場所は見受けられるものである。

祇園の宿に在って、前日の“些かの消耗”から回復した感であった中、<祇園枝垂桜>を眺めに行くことを振り出しに、早朝から歩き廻った…

↓そして<八坂の塔>を見上げる辺りに至った…
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↓吸い込まれるように、石畳の路へ踏み込んで行った…
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↓<産寧坂>に至った…<三年坂>とも呼ばれている…
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この辺り…「“京都”のイメージ」というような感にもなっているような場所だと思うが、これまでどうしたものか訪ねたことが無かった…「漸く辿り着いた」ということになるのかもしれない…

↓石畳の坂道になっている一画だ…
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↑辺りは「重要伝統的建造物群保存地区」となっている。なるほど、何となく「幕末の志士が駆け抜けて行く?」というような様子を想像してしまうような街並みであった…

↓これは<二年坂>と呼ばれる<三年坂>と交差する少し緩やかな坂道であるが、ここも公式には<産寧坂>の一部なのだそうだ…
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↓桜の木が在る辺りでは、折良く花が咲いていた…
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↓実に雰囲気が好かった…
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早朝の、未だ全くと言って差し支えない程度に、何も動いていないような中でこの<産寧坂>に歩き至った。そして、遠い時代の人々の話し声や足音でも聞こえそうな街並みをゆったりと眺めた。起き出して散策に出ているような人達や、私自身と同様にカメラを手に散策している人達に少しだけ出くわしたが、驚く程に静かであった。街歩きは早朝が好いということか…

今般、ここに立ち寄ることが叶ったのは非常に嬉しい!!
posted by Charlie at 06:18Comment(0)京都府

城南宮…(2020.03.31)

竹田駅からはやや距離を歩くことになるが…

↓城南宮という神社が在る…鳥居に掲げられた扁額には「城南離宮」と在る…
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↑江戸時代まで、この辺りが院政の時代に<鳥羽離宮>とされていた地区でもあったことから、「城南離宮」が社号のように用いられていたそうだ…

↓鳥居の柱には「文久元年」(=1861年)と幕末期の年号が刻まれている。敬愛され、篤い信心を寄せられていた社で、この時期に寄進を受けた鳥居なのであろう…
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↓いよいよ城南宮に入る…
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↓鳥居の中央には「太陽・月・星」を象徴するという特徴的な紋が在る。
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平安遷都の際に創建されたと伝えられ、「城」(=平安京)の南側に鎮座することから「城南宮」と呼ばれるようになったという。院政の時代には、その中心的な場となった<鳥羽離宮>の一部を占めたことで寧ろ「城南離宮」と呼び習わされ、離宮の鎮守という位置付けにもなったことから、皇族の行幸も頻繁であったという。そして<(京都)御所>の「裏鬼門」を守る神となったことから、貴族の「方違」の宿所となり、方除けや厄除けの神としても信仰されたという…

↓本殿は1978(昭和53)年の建築であるというが、平安時代の様式に則ったとされるものだ…
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↓近付いて眺めると、なかなかの迫力だ…
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色々な事情で損なわれた建物が再建され、場合によって再建されていないのかもしれないが、「平安遷都の頃から辺りに鎮座」という「場所」が独特なエネルギーを放っている…というような気もした…少し興味が在って、なかなか訪ねる機会を設けられずにいたが、「京都から奈良へ移動する場合の通り道…」と思い付いて立ち寄る機会を設けられた。善かった…
posted by Charlie at 01:41Comment(0)京都府

安楽寿院の周辺…:鳥羽離宮跡の一部…(2020.03.31)

竹田駅の辺りを、城南宮という神社を目掛けて歩く…

↓途中でこんな小さな寺に行き当たった…
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↑「弘法大師」という文字の提灯が在るが、真言宗の寺で安楽寿院というそうだ…建物脇の桜が美しかった…

↓辺りは桜が咲き乱れ、一部に花びらが散っていたが、何か素晴らしく雰囲気が好かった…
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↓桜に包まれて、吸い込まれてしまいそうな気さえした…
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↓辺りは<鳥羽離宮>の跡の一部ということになるそうだ…
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「院政」というモノが絶頂であった時代、実権を握った上皇達が住んでいて、院政の中心であったのが鳥羽離宮ということになる。

↓院政の絶頂期に君臨した上皇達…白河法皇、鳥羽法王の足跡に関する碑が在った。「法皇」というのは、上皇が出家して僧籍を得た場合に冠せられる称号である…
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↓辺りには「皇室に所縁?」ということを想起させる紋が刻まれた瓦が使用されているのも見受けられた…
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↓「何となく出くわした…」という感の場所ではあったが…非常に好かった!
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この桜が咲き乱れていた辺りで親子連れを見掛た。お子さんは2人で、1人は何やらランドセルを背負っていた。もう1人は少し幼いちびっ子だ。2人を連れていた母親が、新入学児童らしい上の子と、幼い下の子の写真を撮っている様子を見掛た…色々と「事情」の生じた情勢下ではあったが…それでも桜は咲き、それでも御入学のような人生の節目は訪れる…そんなことを思っていた…

竹田駅…(2020.03.31)

京都の街の地下を南北に延びている地下鉄烏丸線(からすません)だが、南側へ進んで行けば、南の起点・終点の竹田駅は地上に在って、列車もトンネルを抜けて高架線に上がってから竹田駅に到着する。

↓左が竹田駅まで乗車した京都の地下鉄の車輌だ。右は北上しようとしている列車だが、車輌は近鉄のモノだ…
31-03-2020 Kyoto (8)
↑こういうような、外観の雰囲気が大きく異なる「他社車輌」が並ぶ様子を眺めるのは一寸愉しい…

竹田駅は、現在の近鉄京都線の基礎となる路線を開いた<奈良電気軌道>の駅として1928(昭和3)年に<城南宮前駅>の呼称で登場し、1940(昭和15)年に竹田駅と改称している。1963(昭和38)年に<奈良電気軌道>と近鉄が合併し、竹田駅は近鉄京都線の駅ということになった。1987(昭和62)年に竹田駅は現在の場所の駅となった。そして1988(昭和63)年には地下鉄烏丸線の延伸区間(京都・竹田)が開通し、近鉄京都線と地下鉄の相互乗入運行も始まったのだという。

↓駅の看板はこういう具合になっている。この看板は、地下鉄烏丸線で見受けられる仕様だ。駅は現在、地下鉄が主に管轄する駅ということになっている。
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↑看板の下側、隣の駅を表示する箇所には「地下鉄線」、「近鉄線」と付記されている。「たけだ」と大書されている脇には、地下鉄の駅番号であるK15と、近鉄京都線の駅番号であるB05が併記されている…

↓竹田から南側へ進む列車が発着するホームで列車を待てば…大和西大寺駅を経て、橿原神宮前駅(かしはらじんぐうまえ)に至る列車が現れた…
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↑この橿原神宮前行の他、近鉄奈良行の列車も見掛る場合が多いと思う…因みに、この時は橿原神宮前行で大和西大寺駅へ向かい、乗り換えて近鉄奈良駅に至った…

実は…地下鉄烏丸線も、近鉄京都線も、何度も利用したことが在ったが…竹田駅で乗降したのは初めてだったのだ…
posted by Charlie at 18:11Comment(0)京都府

桜…:木屋町通:高瀬川に沿って…(2020.03.31)

思い付いて老舗喫茶店を訪ねてみようとした朝…祇園の宿から四条通を少し西へ進み、地下に設えられた阪急の京都河原町駅の出口が在る辺りで木屋町通を北上し始めた…

↓木屋町通には桜が溢れていた…
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↓二条から五条の南北に延びる一隅が木屋町と呼ばれているらしいが、その木屋町に南北に延びる通の脇は桜が並木のようになっている…
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↓木屋町通は高瀬川と並行している。高瀬川の脇に桜が植えられ、木屋町通が「桜並木の道」というような様相を呈している…
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高瀬川は何か「真直ぐな水路」という様相なのだが、江戸時代初期に相当する1611年頃、京都の街中と街の南側の伏見とを結ぶ運河として開削されたものであるそうだ。この運河では「高瀬舟」と呼び習わされた川舟が行き交っていて、それに因んで運河も「高瀬川」と呼ばれるようになって行ったようだ。運河としての役目は既に果たしておらず、伏見へ繋がる水路でもなくなってしまっているが、江戸時代の「3間」(約5.4m)に設定された川幅は殆ど変わっていないということだ。

↓「道の脇に」とも「川の脇に」とも形容し得る状況だが、桜が非常に眼に優しい感じだ…
31-03-2020 Kyoto in morning (7)

↓こういう桜を愛でながら進むことが叶う場所を歩き廻ってみたい…それだけのことで、ここまで足を運んでしまったような気がする…
31-03-2020 Kyoto in morning (8)

木屋町通の桜に関しては、阪急の京都河原町駅辺りで眺めるのが専らであったが、「木屋町通を高瀬川沿いに歩いて眺める桜」というのも、非常に好いと思った。

夜桜…:祇園白川(2020.03.30)

滞在した宿から程近い辺りは、食事を摂ることが出来る場所も多かったのだが…辺りを眺めながら歩いて、至った店で夕食を愉しんでみた。

そこから引揚げようとした時に眼に停めた様子だ…
30-03-2020 Kyoto in evening (16)
↑満開だった桜の花が、辺りの照明に浮かび上がっていた…

↓やや角度を変えて眺めてみた…
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「暗さ」が少し増した他方で、灯りと、灯りに浮き上がる桜がより鮮やかで、全般に艶やかな感だった…

この時季…こういう「思わぬ好い景色」が多くなる…
posted by Charlie at 05:40Comment(0)京都府

朝…:<東華菜館>(2020.03.31)

京都・祇園の宿から離れようとしていた日…老舗喫茶店で朝食を摂ってみることを思い付いた朝だった…

京都は古くからの、様々な時代の文物が折り重なっているような街であるのだが、それは逆に言えば「各々の時代に“新しかった”モノ」が導入された、登場したという経過が繰り返されていた場所ということでもある。そういう中、「現在では当たり前なサービス」が「普及し始めたような頃」にそんなサービスが京都に登場している。そうしたモノの中には、現在も「登場した頃の好き伝統」というようなモノを受継いで現在に至っている例も在る。

京都・祇園の宿からふらりと歩いて訪ねるのに好適な位置に「1932(昭和7)年創業」を謳う老舗喫茶店が在ると知った。「珈琲を供する喫茶店」が起こって、街で一定程度定着するのは、どうやら昭和初期であるようなのだが、そんな頃の伝統を受継ぐ店を訪ねてみるのは気持ちが弾む…

↓弾む気分で四条通を歩んだ…朝の光に輝く感の古風なビルが好い趣だった…川面に典雅な建物の姿が映り込む感じが好い…
31-03-2020 Kyoto in morning (2)
↑かのウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で、1926(大正15)年に竣工したという<東華菜館>の建物だ。

↓建物の正面入口辺りの大袈裟にも見える装飾が面白く、未だ通行人が少ない朝でもあったので、少し足を停めて見入ってしまった…
31-03-2020 Kyoto in morning (3)

こういう「眼に留まって眺め入ってしまう」という建物が在る風景というのは非常に好い。何度でも訪ねたく、そして通り掛かりたくなる場所だ…
posted by Charlie at 04:02Comment(0)京都府

夕刻…:<東華菜館>(2020.03.29)

京都の祇園に宿を求め、夕刻までに無事に辿り着いた。そして辺りを少し歩き回った…

↓四条通と川が交わる辺りで、何となく見上げた…
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↑趣が在る古風なビルの上空に月が輝き始めていた…

↓少し建物が広く画に入るようにもしてみた…
29-03-2020 Kyoto (13)

この古風なビルは<東華菜館>という中華料理店だ…

建物は様々な業績が知られるウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で、1926(大正15)年に竣工したのであるという。大正時代には「ビアホール」が流行ったということで、この建物は洋食系の料理を愉しんでビールを飲むという店だったそうだ。その後、戦時色が濃くなる中、その種の店が営業し悪くなって休業したようだ。そして1945(昭和20)年末、中華料理店として再出発し、<東華菜館>として現在に至っている…

↓何度となく、こういう具合に見上げながら辺りを通り過ぎていたが、今般は思い付いて写真を撮った…
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色々な古今の文物を擁する街に関しては、何度立ち寄ってみても、その都度に「改めてアレが好い!」に出くわすものだ。些か残念なのは…ここに立ち寄る―中で食事を愉しむ…―機会を現時点で設けられていないということだ…
posted by Charlie at 19:02Comment(0)京都府

夜桜…:阪急・京都河原町駅周辺(2020.03.29)

香取神宮佐原の街を風雨の中で歩き廻り、冷たい雨に確り濡れて冷えてしまった中、「時季としては異例…」という雪まで降り積もり始め、逃げるように新幹線の列車に飛び乗って京都へ移動した…京都の宿に着いて、夕刻に辺りを少しだけ歩いてみた…

↓四条通、阪急の起点・終点となっている、地下に設えられた京都河原町駅―以前は「河原町駅」だったが、最近は「京都」を冠するようになった…「阪急が路線網を持つ各都市の中、京都のターミナル」と判り易くしたのであろう…―の地上に出た辺りである…
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この辺りは、高瀬川に沿うように桜の木が植えられていて、桜の花の時季は殊更に美しい場所であることは既に承知していたのだが…それでも見惚れてしまう…

↓刻々と天の明るさが変わるような時間帯だが…「暗くなり切っていない」という按配が、点き始めた照明の光に浮かび上がる桜を、一層好い感じに見せてくれるような気がしている…
29-03-2020 Kyoto (9)

こういう景色に会えると思えば…こんな時季には、多少強引にでも京都へ立寄る機会を設けてみたくもなる…
posted by Charlie at 19:46Comment(0)京都府

三条京阪駅駅の通路…(2020.03.30)

最近は、列車に乗込むと「スマートフォンの画面とにらめっこ」というのが定番になっているように見受けられるのだが…私は寧ろ「車窓を何気なく眺める」とか「車内に掲出されている御報せや広告を何気なく視る」のを好む。乗車時間が長い場合や、夢中になっているモノを手にしている場合には、本を読むというのも在るが…

地上を走る列車では車窓も面白いが、地下鉄の場合には、多くの場合がトンネル内なので「ただ薄暗いだけ…」で然程の興趣は無い…

↓が、駅に入るとその限りでもない…
30-03-2020 Kyoto vol02 (35)
↑京都の地下鉄東西線、三条京阪駅の通路だ…街を文字どおりに東西に結ぶ東西線と、街の東寄りを南北に結んで大阪にまで至る京阪線とが交差する乗換駅が三条京阪駅だ。「三条駅」と言えば、古くから京阪の拠点なので、後発の地下鉄東西線は「三条エリアで京阪との乗換」という意味で「三条京阪」と命名したのだと想像するが…この時は地下鉄から京阪線に乗換えようとしていた…

↓「地下に桜が咲き乱れている…」と、誰も見向きもしないような中で壁の装飾を眺め入りながら歩んでしまった…
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↓好い感じの画だ…
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↓相対的に新しい地下鉄である東西線は深い場所に軌道が敷設されているようで、駅の通路はやや長い…階段もやや多いが、「咲き乱れる桜の中を歩む」というような気分になった…
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この壁の飾りは「春だから期間を決めて施した」のか?「“京都”の街のイメージとして“桜の名所が多い”ということから装飾に採用」ということなのか?この駅を常用している訳でもないので判らないが…

↓事情は何でも構わないが、この装飾が酷く気に入った!!
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posted by Charlie at 04:52Comment(0)京都府

「緊急閉鎖」…(2020.03.31)

↓こんな様子を視掛けた…
31-03-2020 Kyoto in morning (24)

地下に設けられている阪急の京都河原町駅から地上に上る場所の一つに、高瀬川に並行する木屋町通と四条通が交差するような箇所が在る。高瀬川沿いに桜が植えられていて、現在の時季は美しい…四条通が条例で禁煙な中、指定喫煙場所がこの場所に設けられていて記憶していたが…何時も存外に多くの人が集まっている状況を踏まえて「集まらないように…」とこういう措置なのであろう…

他所でも視掛ける例だが…普段と変わらない桜と、何やら異様な様相の喫煙場所…複雑なモノが込み上げる…

<祇園枝垂桜>:朝…(2020.03.31)

喫茶店から宿へ引揚げようとした際、八坂神社に道草したが…そこで思い出したのは<祇園枝垂桜>だった。

京都に到着した時の夕刻に視た「妖艶」な感じ…暗い早朝から動き始めた時に視た「幽玄」な感じ…これらに対し、やや雲が多目な感から天候が好転していた朝…「どのような様子?」と思ったのだ…

↓明るめな空を背景に、朝の光を受けている<祇園枝垂桜>が佇んでいた…
31-03-2020 Kyoto in morning (29)

↓暫し見入ってしまった…
31-03-2020 Kyoto (2)
↑背景にしているのは西寄りな空である。朝の時間帯は正面から光が当たることになり、好天時には非常に見栄えが好くなると思う…

思い浮かんだのは「爽快」という語、或いは「快活」という語だ…

↓天候が好転している中、「天のキャンバスに枝垂桜を描き込んだ」というようにも見えた…
31-03-2020 Kyoto in morning (31)

滞在していた祇園の宿を去る前という状況だった朝である。そして京都を離れようともしていたが…こういう様子の<祇園枝垂桜>を視ると「再会を期す!」という気分になる。

「妖艶」な感じ「幽玄」な感じに続いて、また別な表情の<祇園枝垂桜>を視られた…自身にとって、<祇園枝垂桜>が酷く愛おしい存在となった。
posted by Charlie at 23:59Comment(0)京都府

<タマゴサンドウィッチ>と<珈琲>と…:<スマート珈琲店>(2020.03.31)

京都の祇園に宿を求めて滞在していた。京都を離れる朝は存外に「早い…」感じで訪れた。

宿の朝食が別料金である場合、朝食提供時間の以前から外に出る、またはチェックアウトして移動する場合も多いことから「朝食無しの“素泊まり”」とする場合が多い。今回もそのようにした。実際、早朝5時台から活動して午後3時台に引揚げるということもしてしまった位なのだ…

京都を離れようとしていた朝、不意に思い付いたのは「老舗喫茶店で朝に何か?」ということだった。宿から徒歩圏内で、何か在れば好いと思ったが…ネット検索してみれば、訪ね易い辺りに1軒、アッサリと見付かった!

↓こういう感じの店だ…
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「八坂神社が視えるような場所」からであれば…四条通を西へ進み、川を渡って阪急の京都河原町駅辺りに至り、木屋町通を北上して三条通に至り、そこから寺町通に入った辺りだ。商店街の中である…

↓「“昔”の“モダン”」という風だが、現在視ても洒落た感じのマークだ…
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↑朝の開店した辺りに入った…

↓階段が在って、2階席も設けられているようだったが、そちらはランチタイムに使用する場所のようで、1階に入った…
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↓メニュー表の表紙にも確り「1932(昭和7)年創業」と書き込まれている…
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↓<タマゴサンドウィッチ>というモノを頂いた…
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↓絶妙な柔らかさの玉子焼きがパンに挟まっている…
31-03-2020 Kyoto in morning (18)
↑玉子焼きは甘味料を加えていないと思う。「御好みで…」と塩が供された…

京都では玉子焼きを使うサンドイッチがポピュラーであるらしい…これを「最初に考案した人」というのは、凄い発想の人なのだと思った…

↓やがてこの店の定番となっているオリジナルブレンドの珈琲も出て来た。カップが美しい…
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こういうような「伝統」になっているような喫茶店というのは、なかなかに凄いと思う。私自身のような来訪者も、街の人達も利用しているような感じの場所で、私が在席した間も色々と出入りは在った…

京都は古くからの様々なモノが在る他方で、時代毎の新しいモノを積極的に導入して来たような面も在る。1930年代に珈琲を供する喫茶店は「目新しい事業」で、珈琲を普段から頂くというのも「目新しい慣習」だった筈で、それに挑んだ店の創業に携わった皆さんが在って、その事業が現在も受継がれている…

こういうモノに出くわすことが出来たのは好かった!

↓こちらがウェブサイトだ…
>>スマート珈琲店 昭和7年創業、京都三条の喫茶店
posted by Charlie at 23:34Comment(0)京都府

<HRC Kyoto>…(2020.03.30)

↓夕刻の祇園白川である…
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↑古くからの建物が多く残り、それを利用した飲食店等が軒を連ねる場所だ。そういうモノの一つとして、さり気なく通り過ぎそうだが…

↓こんな暖簾が表に…
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↑和風な暖簾にアルファベットで外国語の店名をというような例は、多数派ではないかもしれないが、在るかもしれない…が、これはかの<ハードロックカフェ>なのである…

<ハードロックカフェ>は華やかに飾った感じの店舗外観に設える例、店の辺りに華々しい電光看板を据える例が目立つのだが…この店は「過ぎる程に周囲に馴染んでいて、素通りしてしまいそう…」なのである…

中へ入ると、1階がグッズを売る<ロックショップ>で、混み合った場合の待ち合いや補助的な席として利用可能な場所が設けられ、2階は飲物や料理を愉しみ、場合によっては音楽演奏等の催しも開催可能というようになっていた。他の場所でも視掛ける<ハードロックカフェ>そのものだ…昨年7月に開店したということで、未だ新しい店だ。

↓バーカウンターに陣取り、京都で製造されたクラフトジンのソーダ割を愉しんだ。美味いジンのソーダ割…非常に好い!!
30-03-2020 Kyoto in evening (9)

↓「和風」とか「日本」を前面に押し出す感の店なので、日本のウィスキーや日本国内のクラフトジン等が在る。そして自身は「多分、呑み過ぎる…」ので敢えて頼まなかったが、京都(伏見)の清酒も供していた…
30-03-2020 Kyoto in evening (10)

↓料理も「一工夫」で「和風」とか「日本」というイメージで創作している。<チキンウィング>だが、これは敢えて<やきとりチキンウィング>と命名されている…
30-03-2020 Kyoto in evening (11)
↑焼鳥のタレを少々使ったような味付けに、京都の調味料を御好みで点けて頂くという次第だ…

↓これがその「京都の調味料」である…
30-03-2020 Kyoto in evening (12)
↑2本の串に刺して、焼鳥的な外観で供された<チキンウィング>だったが、1本に<粉山椒>、もう1本に<黒七味>を点けてみた。何れも好かった!!

店員さん達と言葉を交わしたが、<黒七味>は国外の方達にも概ね好評だが、<粉山椒>や<山葵>は「異質な鼻に抜けるような辛味?」と、首を傾げる方達が目立つようだ。自身は、<粉山椒>を<チキンウィング>に点けた時には「鶏肉の蒲焼??」と感じた。<黒七味>に関しては、肉料理に辛味の調味料を点けて頂くことを好むので「これは素敵!」ということになった。

↓入った時と反対側から戸外へ出た…
30-03-2020 Kyoto in evening (14)
↑クラフトジンと<チキンウィング>を愉しんで出てみれば、辺りは暗かった…

↓出入口にこういう暖簾も出ている…
30-03-2020 Kyoto in evening (13)

何か新たに「お気に入り!」が増えた感で嬉しかった…
posted by Charlie at 07:01Comment(0)京都府

唐門:豊国神社(2020.03.30)

↓桜の時季…古い建物と咲き誇る桜との眺めは好いものだ…
30-03-2020 Kyoto vol02 (19)

↓桜の木と建物とは、こういうような感じで豊国神社に在る…
30-03-2020 Kyoto vol02 (18)

↓唐門と呼ばれる建築…賽銭箱が視えるが、本殿の手前に在ってなかなかに大きい…
30-03-2020 Kyoto vol01 (46)

↓近付くと門扉がなかなかに立派であった…
30-03-2020 Kyoto vol01 (47)

この唐門は、晩年の豊臣秀吉が居城としていた伏見城の遺構とも伝えられる建物であるらしい。建物を移築して受継ぐという例も在る訳だ…

その出自がよく判らないらしい豊臣秀吉であるが、武将として頭角を現して「天下統一」を成し遂げて「位、人臣を極める」ということになり、没後は「神」である。そして廃祀されてしまいながら、時を経て社が再興されて現在に至っている。何か凄い話しであると改めて思った…

「京都の豊国神社」というのは聞いたことは在ったが、訪ねてみたのは初めてであった。

30-03-2020 Kyoto vol01 (43)
posted by Charlie at 06:27Comment(0)京都府

太閤 豊臣秀吉:豊国神社(2020.03.30)

↓こんな像に出会った…
30-03-2020 Kyoto vol01 (44)
↑よく知られている画を立体化したような像だと思った…豊臣秀吉だ…

この像に出くわしたのは、京都の豊国神社の境内だ。

「豊国大明神」こと豊臣秀吉を祀る<豊国社>は、太閤薨去の後の1599(慶長4)年に開かれたが、<大坂夏の陣>の後、1615(慶長20)年に廃祀されてしまった。

1868(明治元)年に至って再興ということになり、現在地に鎮座するようになったのが豊国神社である。

↓その豊国神社に、祀られている太閤の像である…
30-03-2020 Kyoto vol01 (45)

京阪の清水五条駅から七条駅へ向かって歩こうとして、少し廻り込むとこの豊国神社に至る。非常に静かな感じだった…
posted by Charlie at 06:24Comment(0)京都府

<祇園枝垂桜>:早朝…(2020.03.30)

滞在中の宿で居室の窓から、夜には「照明に浮かぶ朱色の建物」が視えていた。<八坂神社>の東大路通に面した側に在る門だ…

前夜は宿の居室でゆったりしていたが、早めに眼を開けた。そして窓から戸外を視れば…<八坂神社>の東大路通に面した側に在る門は「照明に浮かぶ…」という状態のままだった…

その照明に浮かぶ八坂神社の門を眺めることを振り出しに、少し動き回ろうと午前5時台に戸外へ出た。

記事の題名は<祇園枝垂桜>だが…<祇園枝垂桜>が在るのは、<八坂神社>の境内を通り抜けた公園の中である…

↓日出時刻に些か間が在るような時間帯の眺めだ…
30-03-2020 Kyoto vol01 (7)

↓未だ少し離れた辺りの灯りの光も散見するような暗さだ…
30-03-2020 Kyoto vol01 (8)
↑こういう「早朝の薄暗さ」の中に、「枝垂れ」の枝に付いた無数の花がぼんやりと浮かんで見える…

↓寧ろ曇天なのだが、それでも刻々と天の様子は変わる…それを背景にする<祇園枝垂桜>である…
30-03-2020 Kyoto vol02 (7)

思い浮かんだのは「幽玄」という語だ…何か「墨絵?」のような気さえする眺めであった。

この<祇園枝垂桜>…1886(明治19)年にこの場所が公園となった時に枝垂桜の大きな木が在って親しまれて、それが枯れてしまったことから1947(昭和22)年に苗木から育てて準備していた「二代目」を植えたのだそうだ…現在の木の推定樹齢は80年程だという。何時頃から「夜間のライトアップ」をやっていたのか、自身では承知していないのだが…今般視た早朝の状況は、少なくともこの場所が公園になった1886年頃から、多くの人達が「多分視た感じ?」と想像した…

こういう様子に出会えて好かった!
posted by Charlie at 01:14Comment(0)京都府

<祇園枝垂桜>:夕刻…(2020.03.29)

動き回った間、殆ど途切れなかった雨に濡れてしまい、やや強い風にも吹かれ、何やら身体が冷えて、手も悴むという異様な感じで消耗していたが…地域としては「異例?」な時季に雪が降って、冷たい雨で冷やされた箇所に積もるような例まで見受けられた時…「少し遠くへ逃れて…そして休もう…」と思った。

そうして京都に至り着いた。何度も前を通りながらも、タイミングが合わずに利用機会を設けられなかった宿が在って、そこを押さえることも適ったことに感謝しながら到着であった。

酷く濡れた衣類を替えるようなことをして、濡れながらかなり歩いた身体を休めていたが、ふと思ったのはかの<祇園枝垂桜>が宿の近くであったということだった…

<祇園枝垂桜>に関しては2016年4月2019年4月とに各々、花が咲いていた様子を視ている。「今季は?」と思ったのだ…

↓「東寄りから西寄りを望む」というような角度で夕刻に<祇園枝垂桜>を眺めた…
29-03-2020 Kyoto, 'Gion Shidare-Sakura' vol01 (3)
↑半ば逆光な感じで、枝に付いている無数の薄い花びらの一部が透けたような感じになる…

↓思い浮かんだのは…「妖艶」という語だ…
29-03-2020 Kyoto, 'Gion Shidare-Sakura' vol02 (2)

↓刻々と背後の天の様子が変わる時間帯で、<祇園枝垂桜>の見え方も刻々と変わる…
29-03-2020 Kyoto, 'Gion Shidare-Sakura' vol02 (3)

↓古く大きな木には「精霊」のようなモノが宿っているというような気がする場合も在るが…きっと「妖艶な桜の精霊」が宿っているのだと想像した…
29-03-2020 Kyoto, 'Gion Shidare-Sakura' vol01 (7)

通常は夜間にこの<祇園枝垂桜>をライトアップするらしいが、今季は「例の諸般の事情…」で中止したのだそうだ。それでも、夕刻の刻々と変わる光に浮かぶ<祇園枝垂桜>の肢体は艶かしい…こんな様子に出くわすことが叶って好かった…
posted by Charlie at 01:12Comment(0)京都府

夕刻の<京都タワー>…(2019.02.25)

↓夕刻…日が傾いてしまって、多少薄暗くなり始めたような頃…京都駅の前に佇んだ…
25-02-2019 Kyoto (81)
↑何気なく見上げると<京都タワー>…

↓<京都タワー>は「蝋燭をイメージしたデザイン」と聞いたような気がするが…確かに「京都の夕空に点った蝋燭」というようにも見えるイメージだ…
25-02-2019 Kyoto (82)

この時は…奈良から京都に入り、色々と動き回って、久し振りに京都市内に一夜の宿を求めたという日だった…<京都タワー>を見上げてから、とりあえず宿に向かったのだった…

こういうような…記事として整理していない写真は多々在るのだが、時々少し前の写真を眺めて「そう言えば…」と思い出すというような按配が悪くないように思っている…
posted by Charlie at 00:00Comment(0)京都府

三条駅…(2019.06.06)

近鉄の列車で近鉄奈良駅から丹波橋駅へ移動し、京阪の列車に乗換えた。京阪の列車で出町柳駅を目指したが…三条駅で特急に乗換える方が、出町柳駅には早く着くという案内が在り…三条駅でホームに出た…

↓京阪も新旧様々な車輛が運用されていて、こういう具合に駅で様々な車輛を眺めるのが少し面白い…
06-06-2019 Kyoto (3)
↑地下に「島式ホーム」が2本、4本の軌道という「地下のターミナル」という風情が少々面白い…

↓大阪方向へ向かう特急が少し先に現れた…
06-06-2019 Kyoto (4)

この反対方向の列車を見送った後、乗車する列車が直ぐに現れたので飛び乗った…

京阪電車…京都方面に出るとなると、何となく利用してみたくなる…
posted by Charlie at 10:14Comment(0)京都府

金堂:<東寺>(2019.04.03)

少し前の写真に眼を通して、撮影した時のこと(=撮影地を訪ねた経過等…)を思い出すというようなことをしていた…

京都で<東寺>に立寄った経過が在った…

↓この建物…なかなかに貫禄が在る感だが、金堂と呼ばれる建物だ…
03-04-2019 Kyoto (65)
↑こういう幅が広い建物は、広角ズームで撮るのが好い…

この東寺の金堂…平安遷都と殆ど同時に建立されることになった東寺の中でも、最初に建築に着手されたと伝えられる、言わば「本堂」に相当する建物なのだという…

想像に難くないように、戦乱等で東寺境内の建物も「焼失と再建」というようなことが色々と在るようだが、金堂は江戸時代の最初期、17世紀初めに再建された建物が現在に伝わっているようだ…

東寺は、平安遷都と同時に「ここは寺を…」ということになって寺が起こり、以降の永い歴史を同じ場所で見詰め続けて来た存在である。そんな寺の「本堂」たる金堂は、なかなかに貫禄が在る…

こういう建物を何となく眺めるような時間…好いものだ…
posted by Charlie at 00:00Comment(0)京都府

東寺駅…(2019.04.03)

平安遷都と同時に起こったとされる東寺…同じ場所に在り続けて永い歴史を見詰め続けている存在である訳だが…その東寺に立寄った経過を思い出していた…

↓東寺と言えば、こういう駅が在った…
03-04-2019 Kyoto (59)
↑JRに直結の、大きなビルの上階に入っている近鉄の京都駅から1駅である…

↓ビルの上階から突き出るような高架の軌道を列車は進み、東寺駅はそのまま高架上の駅になっている…
03-04-2019 Kyoto (57)

京都駅を発着する近鉄の列車は、京都市の南側から奈良県側へ進んで行く…京都・奈良間は意外に便利だ…

訪ねた場所に関して思い出すと…こういう地元の列車のようなモノが、妙に懐かしく思い出される場合が多く在る…
posted by Charlie at 16:49Comment(0)京都府

黄檗山萬福寺(2019.06.06)

何やら聞き付けて「気になる場所?」ということになった場所に関して、直ぐに訪ねてみる機会を設けられる場合も在るが、なかなか巧く行かない場合も多く在ると思う。

「明(中国)の禅僧が17世紀に開いた寺」ということで、宇治の萬福寺は少し長い間「気になる場所?」ということになっていた。関西方面に出た際に「行ってみるかもしれない場所」と何度も頭の中にリストアップしていた。京阪の列車で宇治方面に向かい、黄檗駅から然程遠くもない。が、どうしたものか、なかなか訪ねる機会を設けられなかった。

今般…漸くこの宇治の萬福寺を訪ねてみる機会を設けることが叶った。

↓入口に辿り着き、暫し足を停めて眺め入った…
06-06-2019 Kyoto (32)
↑この寺を興した隠元禅師が慣れ親しんだ明朝末期の中国での建築様式や建築群の配置の仕方が採り入れられていると聞くが…この門は「中国?!」という感じだ…

↓門の感じに比して、境内の中に配された建築は「寺だ…」というイメージを大きく踏み出す感じでもなかった…
06-06-2019 Kyoto (35)

↓この奥に在る<大雄宝殿>まで、西から東へ建築群が直線に配置されている…
06-06-2019 Kyoto (43)

↓西から東へ直線に並ぶ建築群の各建築を結ぶような回廊が、左右対称に境内に広がっている…
06-06-2019 Kyoto (42)

17世紀の「創建の頃」の雰囲気を色濃く伝えているらしいが…何となく好い感じだった…
posted by Charlie at 06:49Comment(0)京都府

開梛(かいぱん):黄檗山萬福寺(2019.06.06)

↓不思議なモノを視た…
06-06-2019 Kyoto (54)
↑板のようなモノで“魚”の形を造っている…

↓存外に大きなモノだ…
06-06-2019 Kyoto (47)

これは<開梛>(かいぱん)というモノなのだそうだ。これを叩いて音を鳴らし、寺で暮らす人達に時刻を伝えるという道具らしい…一説に寺で使う木魚の原型ということになるモノなのだという…

魚は、時間帯を問わずに目を閉じないことから「眠らない?」と思われていたようで、その「眠らない」に肖って「眠る暇も惜しんで精進」ということで魚の形を使うようになったとされているようだ…

↓出来た頃から相当に長い年月、この<開梛>(かいぱん)の目は開いたままで、この場所に寝起きした、或いは通り過ぎた無数の人々を見詰め続けている訳である…
06-06-2019 Kyoto (50)

これは一寸面白かった…
posted by Charlie at 06:14Comment(0)京都府

隠元禅師の像…:黄檗山萬福寺(2019.06.06)

京都府宇治市に<黄檗>という京阪の駅が在る。その傍に<黄檗山萬福寺>という寺が在る。

↓この萬福寺に、こんな像が在る…
06-06-2019 Kyoto (55)
↑萬福寺を興した隠元禅師の像である…

隠元隆琦(いんげんりゅうき)(1592-1673)は明朝末期から清朝初期の禅僧で、日本に渡来して活動している。

1654年に長崎に渡来し、1660年に寺地を賜って<黄檗山萬福寺>を興した。故郷の寺と同名にしたのだということだ。

隠元禅師の禅は臨済宗であるのだが、当時の明の流儀が色々と在って、日本国内で定着していた臨済宗と少しだけ趣が異なることから、黄檗宗というようになって行ったのだそうだ…

↓遠い昔…明の国の流儀による臨済禅を持込み、色々な文物をもたらしたとされる僧の姿を伝える像…少し見入ってしまった…
06-06-2019 Kyoto (56)

京都の街中からであれば…京阪の列車で中書島に出て乗換え、宇治へ向かう列車を利用すると、この<黄檗山萬福寺>を訪ねられる。この像に出くわした日、初めて立寄ったのだったが、意外に感じが好い寺だった…
posted by Charlie at 06:24Comment(0)京都府

出町柳駅(2019.06.06)

京都の街で、少し北東に寄った辺りの地下に京阪の起点・終点になっている駅が在る…出町柳駅である…

↓出町柳駅のホームは、こういうような具合になっている…ホームの端、大阪方向へ列車が進む場合には最後尾になる側から視ている。最近導入された特急列車の「有料指定席」である<プレミアムカー>が向こう側に在る旨を示す、矢印が付された掲示が見える…
06-06-2019 Kyoto (28)
↑大阪方向から各種の列車が到着すると、少しの間待機して、また大阪方向へ向かって出発する…左が準急で、右が特急だが、行先は大阪の起点・終点である淀屋橋駅となっている…

京阪の車輌は、列車の種別毎に概ね統一されたカラーリングで、何となく独特な趣が在る…大阪・京都間では、何となく乗車してみたくなる…

「出町柳」という駅名が、辺りの地名のように定着している感だが…実は鴨川左岸(東側)の「柳」、鴨川右岸(西側)の「出町」が組み合わせて駅名にしたという経過が在ったらしい…京阪の出町柳駅の住所は「京都市左京区田中下柳町」となっていて「柳町」なのだ…一寸面白い…

この時は、出町柳駅を起点に吉田神社を訪ねてみたのだったが…「また何時か利用したい」と考える頻度が微妙に高まった感の昨今である…
posted by Charlie at 00:00Comment(0)京都府