小子坊…:東寺(2020.12.22)

↓門扉に皇室で用いる菊の紋章が入っている…
22-12-2020 Kyoto vol01a (117)
↑東寺の境内でこれに気付いて足を停めて眺めた…

これは<小子房>(しょうしぼう)と呼ばれる場所だ。門扉に菊の紋章が入っているのは「天皇を迎える特別な場所」であるからで、普通は公開されていない場所であるそうだ。

少し前に『北朝の天皇』という本を呼んだのだが、この<小子房>には北朝に纏わる故事が伝えられている。

室町幕府の草創期、南朝方との争いが生じた中で幕府は北朝を擁立する。そして足利尊氏は光厳上皇を奉じて京都に入った際、東寺に陣取り、光厳上皇は<小子房>を御所としていたという。要は「上皇の居所」である所謂“仙洞御所”となった経過から、この場所が東寺の中で「特別な場所」という扱いになっているのだ…

↓東寺も火災や戦禍で伽藍が損なわれる、再建されるを繰り返した経過を免れないのだが、この現在の<小子房>は「弘法大師空海千百年御遠忌(ごおんき)」ということで、1934(昭和9)年に建てられたそうだ…
22-12-2020 Kyoto vol01a (116)

東寺という場所は、平安京が拓かれた当初から寺を建設すると構想した場所に在り続けるという、或いは非常に特異な存在であるだけに様々な豊かな歴史が伝わっている場所だ。何度も立ち寄って、この<小子房>のような場所に気付くことを積み重ねている…また立ち寄りたいものだ…
posted by Charlie at 06:15Comment(0)京都府

嵐山公園停留所…:京都のバス(2020.12.21)

大阪市西区の宿を発った。宿の最寄駅であった阪神なんば線のドーム前駅から列車で阪神の尼崎駅へ出て、阪神の今津駅へ向かって阪急の今津駅へ…そこから西宮北口駅宝塚駅を経て清荒神清澄寺中山寺とを相次いで訪ねた…中山寺からは大阪梅田駅へ移動してランチを愉しみ、やがて京都へ向かう列車に乗り込んだ…

大阪市西区の宿から京都市内への移動…少々「大回り」な感じで動いた…京都市内に入り込んでからは直ぐに嵐山に向かった…

↓「既に、存外に長く歩き廻っている…」と思いながら、嵐山の渡月橋が何となく見える辺りに到った…
21-12-2020 (5th)(visiting 7Daikaku-ji Temple' from Arashiyama) (4)

↓渡月橋が見える辺り、直ぐ横にバス停が在った…
21-12-2020 (5th)(visiting 7Daikaku-ji Temple' from Arashiyama) (5)

↓然程待つということもなく、バスがやって来た。行先を視れば「大覚寺」と在る…
21-12-2020 (5th)(visiting 7Daikaku-ji Temple' from Arashiyama) (7)

このバスに飛び乗った。手持ちのICカード乗車券も利用可能だった。これに乗車して、大覚寺を訪ねてみたのだった…

旅から戻って少し経つと、こういう「何時の間にか撮っていたバス…」というような感じの写真を視て、出先の感じが妙に懐かしくなってしまう場合も在る…
posted by Charlie at 06:10Comment(0)京都府

午後の建仁寺…(2020.12.22)

祇園に宿を求めて京都に滞在した中、直ぐ傍に建仁寺が在ることに気付いた…

夕刻に歩き廻って気付いたのだったが、祇園の宿の直ぐ傍、賑やかな四条通と交差する花見小路を進んだ先に境内が拡がり、脇の通へ通り抜けられるようにもなっていて、何か「京都の街中に在る、伝統を受け継いでよく名が知られた寺院らしい?」という気もした場所だった…

“禅”というモノが普及しようとする中で京都に起こった建仁寺は、戦乱で伽藍が損なわれるような経過も経ながら、禅寺として現在でも活動している場である。

朝早くから京都市内で方々を巡り、午後に宿の辺りに戻り、未だ建仁寺を通り抜けるばかりではなく拝観も可能な時間帯であったので、一寸訪ねてみることにした…

↓花見小路を進むとこういう門に行き当たり、ここから建仁寺の境内に入り込める…
22-12-2020 Kyoto vol01a (133)

↓重厚な感じがする本坊から中の方丈等を見学する訳である…
22-12-2020 Kyoto vol01a (134)

↓こういうような通路の設え…「伝統の在る寺」とでも聞けば思い浮かべるような雰囲気だ…
22-12-2020 Kyoto vol01a (136)

↓或いは好みが分かれるのかもしれないが、この時の光線の状態が酷く好いと思った…
22-12-2020 Kyoto vol01a (137)

↓何か「世界を抽象」というような、砂を使う庭の感じは面白いと思う…
22-12-2020 Kyoto vol01a (147)

↓少し陽が傾いた、冬至の頃の午後という趣が好かった…
22-12-2020 Kyoto vol01a (145)

↓「禅寺の庭」という雰囲気が色濃いと感じた…
22-12-2020 Kyoto vol01a (152)

↓色付いた葉が存外に多く残っていて、少し驚いた…
22-12-2020 Kyoto vol01a (153)

↓光加減の故も在って、非常に艶やかな光景に見えた。「禅寺の中に設えられた艶めかしい空間」という感で、暫し見入った様子である…
22-12-2020 Kyoto vol01a (158)
↑正しく「敢えてモノクロ…」としたが、酷く空気感が伝わるような画になったと思う…

↓瓦にも確りと寺名の「建仁」と入っている。これは栄西禅師が寺を開いた頃の元号に由来する名と聞いた…
22-12-2020 Kyoto vol01a (157)

なかなかに訪ね易い場所に在る建仁寺だ。ここに親しむ切っ掛けとなるような訪問であったという気がしている…今般、「酷く気に入った場所」ということで挙げてみたい感でもある…
posted by Charlie at 07:42Comment(0)京都府

朝の祇園で滞在した宿の建物を見上げる…(2020.12.23)

↓「祇園社」とも呼ばれる<八坂神社>の東大路に面した出入口を上層階から見下ろすような感じで佇むビル…普通なホテルである…
23-12-2020 (1st)(Kyoto to Nara) (1)
↑混み合っていれば、部屋が取れないか、取れても酷く高い…が、その限りでもなければ、「何かで他所に出る場面で利用する宿」という常識的な範囲の料金で利用可能な施設だ。京阪の祇園四条駅や阪急の京都河原町駅に近く、バス停も見受けられるのでバスも利用し易く、なかなかに好い場所だ…

ここには祇園枝垂桜を眺めた時に滞在した経過が在った。今般、2回目の滞在となったが、「真言宗十八本山」の18ヶ寺を全て巡ることを成し遂げた時に滞在した宿ということになる。何となく「記憶に留めたい場所」という感である…

特段に由緒在る建築というようなことは聞かないが、何か酷く趣が在るビルだと、視る都度に思う建物だ…この朝は、思い出深い場となった建物を眺め、ゆっくりと奈良方面へ移動したのだった…

↓こういう宿は、思い付いて下記のサイトを見て探す場合が殆どだ…



旅行なら楽天トラベル

posted by Charlie at 07:08Comment(0)京都府

小さな「大日如来」…:東寺の土産(2020.12.22)

↓東寺の境内に売店が在って、「一寸好い感じ…」と思ったモノをそこで求めた…
22-12-2020 souvenir (mini 'Vairocana' from Toji-Temple) (1)

↓「マグネット付き ミニ仏像 大日如来」という箱だ…
22-12-2020 souvenir (mini 'Vairocana' from Toji-Temple) (2)

↓大きさが判り易いように煙草の箱と並べたが、本当に酷く小さな大日如来だ…
22-12-2020 souvenir (mini 'Vairocana' from Toji-Temple) (4)
↑酷く小さいが、東寺に鎮座するよく知られている大日如来坐像―絵図に描かれている曼荼羅を立体的に見せることを構想した空海の指導下で制作された仏像群の一つとされているモノだ…―の雰囲気を好く伝えている…

京都の宿で中を視た後、バッグの隅に容れてこれを持ち歩き、稚内の拙宅へ大切に持ち帰った。何時までも箱に入れたままというのも寂しい。引っ張り出して、マグネットで着く金属製の板が出ている箇所―拙宅の場合、室内に視えている給湯機器が在る…―に「ピタっ!!」と貼り付けた…「鎮座…」という大袈裟な感じでもないが、立派な大日如来が拙宅と住人の安寧を見守ってくれるような気分になる。

何か干支毎の守護仏というモノが在るというのだが、自身の干支である申年は大日如来がそれに該当するそうだ。そんな意味も在って、東寺の売店から稚内まで、この小さな大日如来に「お越し頂いた」という訳だ。
posted by Charlie at 06:05Comment(0)京都府

<双龍図>…:建仁寺(2020.12.22)

京都の祇園に宿を求めることにした最初の夕べに辺りを歩いた。名が通った禅寺である建仁寺の境内の一部が普通の歩行可能な道という様相で、通り抜ける場面が在った。

そういうことが在って、翌日の午後に少し時間を設けることも叶ったので「そう言えば…訪ねてみたことが無かった…」と思い付いた建仁寺をゆっくりと拝観した…

↓驚いたのはこれだった…
22-12-2020 Kyoto vol01a (138)
↑特段に「御遠慮願う」というような指示も見受けられなかったので、驚いた記憶を留めておこうと撮ってしまった…

建仁寺も京都の古寺では多く見受けられるように、伽藍が様々な事由で損なわれ、それが再建されるということを繰り返している。

拈華堂(ねんげどう)とも呼ばれる法堂(ほっとう)は1927(昭和2)年の建物であるというが、この堂内の天井に「建仁寺創建800年」を記念して2002(平成14)年に据えられたのが<双龍図>である。口を開けた阿(生を意味する)と口を噤んだ吽(死を意味する)の二つの龍が描かれている。

↓高い天井に据えられているので大きさが見た目にやや判り悪いが縦11.4m、横15.7mで、畳108枚分にもなるのだという。この寸法は後で調べて判ったが、現場で視れば大きさに圧倒されてしまう…36枚のパネルに描かれ、天井に貼り合わせたのだそうだ…
22-12-2020 Kyoto vol01a (142)

それにしても凄い迫力だ…
posted by Charlie at 11:07Comment(0)京都府

五重塔…:醍醐寺(2020.12.22)

↓五重塔…「冬の朝の光」というような中に浮かび上がる姿を見上げ、「美しい…」と素直に思った。
22-12-2020 Kyoto vol01a (53)

↓よく見れば、木材が複雑に組み合わさっているようだが、光の加減により、角度を変えながら眺めていると「視る瞬間毎に表情が変わる」かのようであった…
22-12-2020 Kyoto vol01a (55)

この五重塔は931(承平元)年に、前年に崩御した醍醐天皇の慰霊という趣旨で発願されたが、諸事情で工事が滞るなどしてしまい、20年を経て951(天暦5)年に完成したのだという。頂上なでの高さが38mにもなるというが、相輪(塔の頂上部分の金具)が全体の3割にもなる12mにも及ぶ、少し特徴的な姿になっている。

戦禍で伽藍が焼けた経過の中、五重塔は残り続けている。1586(天正13)年の地震で大きな被害を受け、豊臣秀吉の支援で1597(慶長3)年に修理が完成した。時代が大きく下り、1950(昭和25)年には<ジェーン台風>で被害を受けてしまったが、1960(昭和35)年に修理が完成している。

結局、この五重塔は「平安時代の木造の塔」が修理を重ねて現在まで受継がれているという貴重な存在で、「京都最古の木造建造物」ということにもなる訳だ…

↓平安時代から、西暦の年号が“三桁”であった時代から受継がれているということだが…それはそれとして、他の塔とは少し違うような形状が、何か美しいと思った…
22-12-2020 Kyoto vol01a (56)

「記憶に留めたい…」という感の五重塔である。
posted by Charlie at 00:58Comment(0)京都府

金堂…:醍醐寺(2020.12.22)

醍醐寺は、あの「電車の内装が施された大きなエレベーター??」というような地下鉄東西線の醍醐駅から少し歩いた辺りに在る。

何時の間にか年月が経っていたが、一度立寄ってみたことも在ったと、曖昧な記憶を辿って訪ねてみた…

↓「こんな様子だったか?」、「こういうモノが在ったか?」、「あの道路の感じが記憶に?」等とブツブツ言いながら歩めば、寺域の入口辺りの総門に至った…
22-12-2020 Kyoto vol01a (28)

醍醐寺の本尊は薬師如来であるという。

↓その薬師如来が祀られている金堂である…
22-12-2020 Kyoto vol01a (50)

醍醐寺は、戦国時代には戦禍で荒廃してしまっていたが、かの豊臣秀吉が再興を手掛けている…この金堂は、紀州の建物を移築したという経過が在るそうだ。紀州での時間経過が在って改修の手が入っているモノが、1598年から1600年というような時期に現在地への移築工事が行われていることにより、その時代のモノも更に交っているのだという。

そういう建物の経過は後から確かめたことだが…この金堂の薬師如来を確りとゆっくり眺め、参拝して来た…
posted by Charlie at 00:11Comment(0)京都府

中京郵便局(なかぎょうゆうびんきょく)…(2020.12.22)

老舗喫茶店の朝食を愉しんだ後、その辺り、三条通を少し歩いた…

↓出くわした建物に眼を奪われて見上げてしまった…
22-12-2020 Kyoto vol01a (21)

↓郵便局?それも現役で使用されていると見受けられる、現在の会社のマークも掲出されている…
22-12-2020 Kyoto vol01a (23)

中京郵便局(なかぎょうゆうびんきょく)というそうだ。京都市が「歴史的界隈景観地区」に指定している三条通ではよく知られている建物であるそうだ。

建物は1902(明治35)年のものであるそうだ…1973(昭和48)年に改築の計画が持ち上がり、翌年には取り壊すことが決まったが、反対運動が起こって「外壁をそのままに、中を改造、新築する」という、所謂「ファサード保存」ということになったという。この「ファサード保存」というやり方の事例としては、国内で最初の事例になるらしい…

古風な建物に現在の会社のマークが掲出されていて、少し注目したが、現在でも普通に使われている訳だ…

↓狭い通なので、少し離れて建物全体の感じが視えた…
22-12-2020 Kyoto vol01a (24)

1970年代であれ、現在であれ、この建物以上に趣深い建物というのは、簡単には建てられないのではないかというようなことも思った…こういう建物に出くわす散策というのは非常に愉しい…
posted by Charlie at 00:00Comment(0)京都府

辰巳大明神…:祇園白川(2020.12.22)

↓祇園白川である。夕刻に辺りを歩いた…
22-12-2020 Kyoto in evening (4)

↓京都では、街角にこういうような小さな社を見掛けることが存外に多いような気がする。
22-12-2020 Kyoto in evening (23)

「辰巳」とは、京都の御所から視て南東側の方角を示しているのだという。その南東の方角を護るという社であった起こりを持つようだが、芸事の上達を祈る、商売の成功を祈るというような社になっていると聞いた…

↓なかなかに好い感じに視えると、何度通り掛かっても思う…
22-12-2020 Kyoto in evening (24)
posted by Charlie at 22:50Comment(0)京都府

五重塔を仰ぎ見る…:東寺(2020.12.22)

「名所」というモノが非常に多い京都に関しては「アレを視れば京都を思い出す」というようなモノは定め悪いかもしれない。

例えばテレビドラマ等で「主人公は〇〇へ移動…」ということを示すべく「〇〇の風景」を一寸映すという演出が在ると思う。こういう例で、「札幌へ飛んだ」ということなら「ススキノ交差点のウイスキー会社の大看板が在る様子」を使う例を思い出す。京都であれは?

↓コレが映る様子が採用ではないだろうか?東寺の五重塔である…新幹線の列車が通る高架の向こうにこの五重塔が視える箇所が在って、テレビドラマ等では「京都へ向かった」という場面で使う例が多いような気がする…
22-12-2020 Kyoto vol01a (102)
↑近鉄の駅から東寺の方向へ歩くとこういう様子が視えるのだが、何となく好きな光景だ…

↓独特な形で非常に背が高いモノが在ると、上ばかり仰ぎ見てしまう…
22-12-2020 Kyoto vol01a (103)
↑東寺の境内を囲う濠と塀の脇を歩きながら、思わず見上げていた…

↓門を潜って境内に入っても、何となく仰ぎ見てしまう…
22-12-2020 Kyoto vol01b (11)
↑木造のこうした塔としては日本一高い55m弱の高さが在るのだという…

55m弱?普通、街のビルは1階の天井の高さが3m前後である場合が多いので…55m弱と言えば「18階建のビル」に比肩する訳である。

序ながら…野球場の<東京ドーム>の“天井”は56m余りであるそうだ。ということは?東寺の五重塔の高さの屋根を掛ければ「野球が出来る」という訳だ…

現在の五重塔は、1644(寛永21)年に竣工したモノで「5代目」であるという。こういう寺の高い塔は、落雷等で焼失する例が多かったようで、現在は視られないモノが多く方々に建てられては消失したということが繰り返されたようだ…

↓門の辺りからも視えているが、こういう塔は好い…
22-12-2020 Kyoto vol01a (105)
posted by Charlie at 06:05Comment(0)京都府

随心院…(2020.12.22)

↓辿り着いて、正面から眺めてみて「典雅な…」というように感じた…
22-12-2020 Kyoto vol01a (79)

京都の地下鉄東西線は、全駅でホームの床から天井までが壁のような扉で覆われ、入線する車輛の姿が視えないので「電車の内装が施されたエレベーター」のような不思議な感じであるのだが、その路線が街の東から南寄りに折れた辺りに小野駅が在る。小野駅を出ると、勸修寺(勧修寺)(かじゅうじ)も在るが、それとは反対の方向へ進むと随心院(ずいしんいん)が在る。

↓真正面に対して少し左側の入口から、拝観・参拝の受付に進む…
22-12-2020 Kyoto vol01a (81)

↓外から視ても感じた「典雅な…」という感じが溢れていると思いながら中を見学した…
22-12-2020 Kyoto vol01a (82)

↓「撮影は御遠慮願います」の文化財指定の画が入った襖が多々在った中、「撮影可」の華やかなモノが在った…
22-12-2020 Kyoto vol01a (85)

↓<極彩色梅匂小町絵図>(ごくさいしきうめいろこまちえず)と名付けられた2009年の作品であるという…
22-12-2020 Kyoto vol01a (84)

↓宮廷に仕えて、歌人として華やかな活躍も伝えられ、絶世の美女であったと伝わる小野小町は、小野一族に所縁が在るこの地域で隠棲していたという。その隠棲の場所が随心院であったというのだ。その「小野小町に所縁の随心院」としての活動の一環としてこれが制作されたようだ…
22-12-2020 Kyoto vol01a (86)

随心院そのものは、仁海(にんがい)(954-1046)が開いた牛皮山曼荼羅寺(ぎゅうひさんまんだらじ)の塔頭であったという。1299年以降は、皇族や摂家出身者が住持として入る「門跡寺院」ということになったという…

↓「冬の陽射し」が落ち着いた雰囲気を醸し出してくれていた…
22-12-2020 Kyoto vol01a (83)

↓この種の池の水面が酷く好い…
22-12-2020 Kyoto vol01a (88)

こういう場所…「一人静かに訪ねる」という感じが酷く合うような気もした…
posted by Charlie at 04:20Comment(0)京都府

<HRC Kyoto>の“スピーカーロゴ”のTシャツ…(2020.12.23)

京都の店で求めたモノだ…
23-12-2020 (souvenir from Kyoto) (2)
↑御馴染の<HRC>のロゴだが、真中の円がスピーカーになっている…

早速にこれを長袖Tシャツの上から着用だ…

↓かなり気に入っている…
23-12-2020 (souvenir from Kyoto) (1)

冬季用の上着を羽織っているので、上着の下に余り厚着をすると汗ばんでしまう。昨夕、「長袖Tシャツの上に上着でキャップ着用」という程度で散策し、程好いと思ったので、今日はその形で行く…

※ 写真そのものは奈良の宿で撮っているが、モノは「京都の土産」なので、記事は「京都府」のカテゴリとする…
posted by Charlie at 06:15Comment(0)京都府

丸型ポスト…:祇園・花見小路(2020.12.22)

↓建仁寺を訪ねてみた際に花見小路を歩き、これを眼に留めた…
22-12-2020 Kyoto vol01a (132)
↑古くからの建物が連なる“歴史的景観”というような場所に、こういう古くからの形である郵便ポストは酷く似合う。台座も含めて「年季が入っている?」というように見える。かなり古くから、ここに設置されて使用されているように見受けられた…

「火廼要慎」とポストの脇の建物に掲出されている。「やや見慣れない?」という感の字だ。

「火廼要慎」は「ひのようじん」と読むそうだ。「火の用心」に他ならないが、「火廼ち慎重を要する」という意味で「火廼要慎」となったそうだ。

京都の愛宕山の山上に鎮座し、防火、鎮火の神でもある雷神が祀られている愛宕神社ではこの「火廼要慎」という御札を授与しているという。京都の、「火を扱う仕事」に他ならない飲食店で、この「火廼要慎」の御札は広く普及しているという。それを踏まえてここにも掲出されているのであろう。

そういう伝統を踏まえたモノの脇で、丸型ポストそのものに「i」という「インフォメーション」のマークが着いた、京都市と日本郵便とによる「御報せ」が貼り付けられている。様々な問い合わせに関して「スマートフォンでQRコードを読み込んで各種案内をご利用下さい」という具合になっている。国内外の旅行者が多く通るような場所の「イマドキ」らしい感じだ…

これを視て「新旧織り交ざって、永く営みが続いている京都“らしい”…」と思っていた。
posted by Charlie at 05:53Comment(0)京都府

“残滓”なるが故に感じる“存在”…:醍醐寺 庭園(2020.12.22)

所謂「初詣」に早く、「紅葉を愛でる」にも遅く、多少「迷惑?」ながらも「見映えが美しい程度の積雪」が見受けられるのでもない…「中途半端?」な時季なのかもしれない…そういう時季に京都に在って、醍醐寺を訪ねてみた。

醍醐寺…閑散としていた…伽藍の奥に庭園が設えられている。

↓こんな光景を眼に留めた…
22-12-2020 Kyoto vol01b (5)
↑設えられた庭園と、辺りの林が何となく交じり合ったような感じになっている場所であるが、「夥しい量!?」の枯れてしまった小さな紅葉が通路以外の地面を埋め尽くしていた…

↓凄まじい量の落葉だ…木々の間から冬の陽光が射し込んでいた…
22-12-2020 Kyoto vol01a (69)

↓極一部に未だ色付いた葉が残っているが、もう「紅葉時季」は流石に過ぎてしまっている…
22-12-2020 Kyoto vol01a (68)

足元の夥しい量の落葉は、言わば紅葉の“残滓”だ…その“残滓”の「存在感」に驚き、それの故に紅葉の“存在”をより一層意識した。そんなことを想いながら境内を散策した…
posted by Charlie at 03:08Comment(0)京都府

からしそば…:<京の中華 ハマムラ 近鉄名店街みやこみち店>

「東寺を訪ねる…」と思い立った際、「地下鉄の1日乗車券」を手にしていたので、地下鉄で京都駅に至ったのだが、京都駅から近鉄の列車で一駅の東寺駅へ向かった。

「東寺から引揚げる」という場面では、好天に誘われて京都駅へゆったりと歩いてみた…

↓近鉄の駅の辺りで看板を見掛けた…「み」を象ったマーク?<近鉄名店街>という、駅ビルに入った飲食店や様々な店が入っている場所だ…
22-12-2020 Kyoto vol01a (124)
↑「京都」と言えば「碁盤の目のように街路が設えられ…」というイメージだ。そこで「碁盤の目のような道路」の街というイメージで、「碁盤の目の一部」を「み」と判るようにしている訳だ…

以前に京都でタクシーを利用した。運転手氏は「京都は“碁盤の目”とは言いますが…旅行した北海道の街の方が、本当に確りした“碁盤の目”になっていて…」と話していた。同感だ…そういうことも在るが、この「み」の看板は秀逸だと思った。

↓近鉄の駅の辺りを通り抜けようと、「み」の看板に注目した<近鉄名店街みやこみち>に入って直ぐ、こういうモノを眼に留めた…
22-12-2020 Kyoto vol01a (125)
↑<京の中華 ハマムラ>という店が在るそうだ。大正時代後期に起こった中華料理の店で何店舗か展開しているという…そこでやっていたラーメン店を基礎に出店したということのようだ…

↓折良くランチタイムだったので、この<京の中華 ハマムラ>に立寄った…こんな一皿を御願いした…
22-12-2020 Kyoto vol01a (127)
↑ラーメンの麺…「麺が真直ぐ」というタイプの麺に“餡かけ”という感じになっている。所謂「餡かけ焼きそば」のようだが、麺を焼いているとすれば、「焼いた」という食感は薄い。が、独特なのは“餡かけ”だ!

↓所謂「塩味の“餡かけ”」で野菜や小エビが入っていたが、味付けに「和がらし」を加えている。「ツン…」という仄かな辛味が在る…
22-12-2020 Kyoto vol01a (128)
↑「混ぜて御召上がり下さい…」と店員さんが言いながら供してくれたので、少し“餡かけ”をかき混ぜてから頂いてみたが…「和がらし」が酷く合う!!

何となく馴染みな、方々に在るようなモノも、地域毎、供する店毎のアレンジが在って、そういうのに出会うことが愉しい…
posted by Charlie at 02:44Comment(0)京都府

味噌わさびバーガー…:<HRC Kyoto>(2020.12.22)

↓3月、8月にも寄った経過が在ったが…今般も立寄ってみた…
22-12-2020 Kyoto in evening (7)
↑華々しい飾りはなく、「余りにも…」という程度に周囲に馴染んだ店構えの<HRC Kyoto>だ…

↓ここに寄れば、京都で蒸留されているというクラフトジンをソーダ割で愉しむというのが、自身の定番である…
22-12-2020 Kyoto in evening (13)

↓<HRC>のチェーンで供する料理に独自な工夫を加えた<京都セレクション>というシリーズが一寸面白い…
22-12-2020 Kyoto in evening (10)

↓<味噌わさびバーガー>というモノを頂いた…
22-12-2020 Kyoto in evening (18)

↓ハンバーグと漬物、アボカド、トマト、レタスをバンズに挟む特製のハンバーガーだが、わさびを利かせた味噌ソースを使っている…
22-12-2020 Kyoto in evening (19)

↓「特製バーガー」は気に入っているが…和風な「わさび」を加えた味噌のソースが意外に合う!!序に、付け合わせのポテトフライにも一寸点けて頂くというのが好かった…
22-12-2020 Kyoto in evening (20)

↓バーガーに加えて<シーザーサラダ(スモール)>も頂いた…
22-12-2020 Kyoto in evening (14)

この種の料理を気に入った雰囲気の場所で頂く…好いものだ!!
posted by Charlie at 02:11Comment(0)京都府

<京の朝食セット>…:<イノダコーヒ 本店>(2020.12.22)

京都には幾つもの「老舗喫茶店」が在る。一度、それらの一つを朝から訪ねてみたことも在った。更に「オリジナル珈琲」を取寄せてしまったという経過まで在った…

そういうように「京都の老舗喫茶店」は愉しいので、「京都に泊まる」という展開にした時に「そうだ!!朝早くから喫茶店だ!!」と思い付いた訳だ…

自身は、京都の街に在っては「遠い所から流れて来た、街に不慣れなおっちゃん」という以上でも以下でもない。やや苦戦しながら、情報を得た店を探した…

四条通の東側に在るので、東西に延びる通を西へ進み、南北に延びる堺町通に入って三条通の手前に至れば店は在るのだ。堺町通を見逃してしまい、烏丸通との交差点、堀川通との交差点を通り越し、四条大宮まで歩いてしまった。(京都の様子に明るい方は「朝早くから元気に随分と歩く…」と笑ってくれると思う…)

四条大宮から堺町通と四条通との交差する辺りへ引き返し、堺町通を無事に北上した…

↓辿り着いた店の佇まいだ…
22-12-2020 Kyoto vol01a (10)
↑画の右側の広めの場所に設えられた席と、右側奥に設えられた席とが在った…

↓右側奥の席に陣取ってみて、程無くモノが運ばれて来た…
22-12-2020 Kyoto vol01a (12)

↓これが名付けて<京の朝食セット>である…
22-12-2020 Kyoto vol01a (13)
↑サラダ―キャベツの陰にポテトサラダも一寸隠れている…―とスクランブルエッグと焼いたハム…クロワッサンとジュースに珈琲だ…

↓何か外国のホテルで供される朝食を思わせる感じだ…
22-12-2020 Kyoto vol01a (11)

↓存外なボリュームだと思いながら皿の料理を平らげ、ゆったりと珈琲を頂いた…
22-12-2020 Kyoto vol01a (14)

↓この店では、砂糖やミルクを入れた状態で珈琲を供するのが標準仕様になっているというが、敢えて御願いすると美味いブラックが出て来る…
22-12-2020 Kyoto vol01a (15)

店は存外に席が埋まり、誰かが出れば、他の誰かが入って来るという具合で、来店客が切れない感じだった。或いは京都では「喫茶店での朝の一時」というのが“文化”なのかもしれないとも思った…

少し苦戦しながら辿り着いた場所だが、なかなかに好い場所を見付けた…
posted by Charlie at 21:29Comment(0)京都府

<花見小路>…(2020.12.21)

↓夕刻に宿から戸外に一寸出て、<花見小路>を歩いてみた…
21-12-2020 Kyoto in evening (2)
↑「祇園の風情」というようなモノが漂っているかもしれない…

↓方々からの夥しい数になる旅行者が溢れていた時期が少々続いたらしいが、月曜日でもあったので静かだった…
21-12-2020 Kyoto in evening (3)

こんな街並みを、特段に目的らしい目的も無く、一寸だけ歩いてみるというようなことをするのも悪くはない…
posted by Charlie at 02:40Comment(0)京都府

<八坂の塔>を見上げた夜…(2020.12.21)

「宿の直ぐ傍…しかしながら歩いていない?」と好奇心に駆られて<花見小路>という通を少しだけ歩いた…

そうすると建仁寺の境内の一部が「普通の道」のように通り抜け可能となっていて、<八坂通>に抜け出ることが出来た…

その<八坂通>は<東大路>と交差する。

↓交差点を少し過ぎた辺りの眺めだ…
21-12-2020 Kyoto in evening (10)
↑少し見入って写真を撮ってしまった…<八坂の塔>が暗い夜空に浮かび上がっている感だ…

3月にはこの<八坂の塔>が在る<産寧坂>を散策した経過も在った。「期せずして再訪?」とも思ったが…今般は「酷く動き回った日の夕刻に、極々短く…」という意図で歩いたので、敢えてこれ以上は坂を上らなかった…

或いは?「京都…」とでも聞けば思い浮かべるような光景かもしれない…
posted by Charlie at 00:35Comment(0)京都府

夜の建仁寺…(2020.12.21)

宿の傍、<花見小路>という通を何となく進んでみた…「寺の門?」というようなモノが視えたが、他の通行人が門を潜って直進したので、自身も進んでみた…

↓程無く足を停め、こういう様子を見上げてしまった…
21-12-2020 Kyoto in evening (6)
↑何か「京都…日没後…」とでも聞けば思い浮かべるような雰囲気だった…

↓思わず見上げたのは建仁寺の建物だった…
21-12-2020 Kyoto in evening (7)

そのまま進むと<八坂通>に行き当たり、左折して<八坂通>を進めば<東大路>に行き当たる。<東大路>を左折すると八坂神社の辺りに至る…

「寺の境内の一部が、普通の歩行者が進む道路」という状況…実は然程珍しくもないのかもしれないが、自身の「想像の枠内」からは少し外れる状況で些か驚いたのだった…
posted by Charlie at 22:23Comment(0)京都府

<心経宝塔>(しんぎょうほうとう)…:大覚寺 大沢池(2020.12.21)

↓大覚寺の大沢池の辺りで最も目立つ建物である…
21-12-2020 (5th)(visiting 7Daikaku-ji Temple' from Arashiyama) (20)

大覚寺は、正式には「旧嵯峨御所大本山大覚寺」と称し、「嵯峨御所」とも呼ばれる。

大覚寺の前身は、平安時代初期に嵯峨天皇が築いた離宮だった。876(貞観18)年に皇孫である恒寂入道親王を開山として開創したのが大覚寺ということになる。爾来、皇室との関りが深かった経過が在る。

↓この<心経宝塔>は嵯峨天皇の事績に因んで1967(昭和42)年に建てられたものであるという…
21-12-2020 (5th)(visiting 7Daikaku-ji Temple' from Arashiyama) (17)
↑大覚寺には「勅封」という般若心経が奉安されているという。これは弘法大師(空海)の薦めで嵯峨天皇が般若心経を浄書したというモノであるという。「60年に一度」ということで開封するそうだが、この<心経宝塔>は「勅封」から1150年を記念して建てたのだそうだ…

比較的新しい建物ということになるのかもしれないが、それでも「重い歴史」を偲ばせる…
posted by Charlie at 22:09Comment(0)京都府

竹林の“音”…:大覚寺 大沢池(2020.12.21)

大阪の大正に近い<京セラドーム大阪>―所謂「大阪ドーム」…―の傍に在る宿から、宝塚市内に出て、そこから大阪を経て好天の京都に至った…

嵐山からバスで向かう名刹、大覚寺には「有名で広大な庭」ということになる大沢池(おおさわのいけ)が在る。好天に誘われてこちらに入場して散策した…

↓竹林が設えられている一隅が在る…
21-12-2020 (5th)(visiting 7Daikaku-ji Temple' from Arashiyama) (24)

↓ここの竹林はマダケ(真竹 Phyllostachys bambusoides)であるという。かのエジソンが白熱電球を造った際に「日本の竹」をフィラメントに用いたとされるが、それがこのマダケなのだそうだ…
21-12-2020 (5th)(visiting 7Daikaku-ji Temple' from Arashiyama) (29)

北海道に住んでいれば、「竹林の眺め」というようなモノは「少し非日常…」ということになってしまうと思う。そういう訳でこのマダケの竹林に身を置いて空気感を満喫していた…と、何やら“囁き声”にしては「騒々しい?」という感の不思議な音が聞こえた…

↓見上げると、背が高い竹が大きく揺れていた…そして複数の竹の枝や葉のような部分が擦れ合うような感になり、不思議な音を発していたのだ…
21-12-2020 (5th)(visiting 7Daikaku-ji Temple' from Arashiyama) (26)

↓非常に不思議な音がしたので、暫し竹林に身を置いて「風待ち」ということをして音を愉しんだ…
21-12-2020 (5th)(visiting 7Daikaku-ji Temple' from Arashiyama) (28)

竹林で、時折吹き抜ける風に竹が揺さぶられて不思議な音を発するというようなこと…想像したことも無かった…

何か「意外!?」に出くわした…こういうのが愉しい!
posted by Charlie at 21:47Comment(0)京都府

舎利殿&仏殿…:泉涌寺(2020.08.06)

↓永い伝統を誇り、皇室に縁も深いという泉涌寺だけに、伽藍の建物も何となく風格が漂うというように感じながら眺めていた…
06-08-2020 Kyoto vol02 (35)
↑画の左側が舎利殿で、右側が仏殿だ…

↓舎利殿とは「釈迦の歯(仏牙舎利)を奉安する」という場なのだという…
06-08-2020 Kyoto vol02 (11)
↑建物は慶長年間(16世紀末から17世紀初頭)に御所―天皇の生活や公務の場であった「内裏」…―の建物を移築改装したと伝えられる…平屋のような御殿の建物に上の層を加えたということのようだ…

↓仏殿は、国内では少し珍しいらしいが、現在・過去・未来を表す「三世仏」という形式になった3体の仏像が安置されている場であるという…泉涌寺の“本堂”ということになる。
06-08-2020 Kyoto vol02 (8)
↑1668(寛文8)年に徳川家綱(江戸幕府の4代将軍)によって再建が果たされた建物ということだ…

↓仏殿を横の側、斜めの側から視ると、屋根の感じが面白い…
06-08-2020 Kyoto vol02 (7)
↑2つの屋根を載せた多層の建物に見えるが、低い側は「裳階」と呼ばれる屋根ではない壁に付けられる庇状の構造物で、1層の建物になっているのだそうだ…

こういうような「一寸視る…」という程度でも、なかなかに見応えが在る建物が方々に溢れている京都…何度でも訪ねる価値が在るように思う…
posted by Charlie at 18:21Comment(0)京都府

ソメイヨシノ…:勸修寺(2020.08.06)

滞在していた奈良から京都へ移動し、泉涌寺智積院を訪ねてから昼食を愉しみ嵐電に乗車して仁和寺を訪ね、更に地下鉄で移動した…傍目には「あの人?大丈夫?」と御心配頂いた場合も在ったかもしれないと考えたくなる程度に汗をかきながら、何やら妙に精力的だった…

↓到ったのはここ…勸修寺だ…
06-08-2020 Kyoto vol02 (139)
↑境内へ入っていく辺りに、なかなかに大きな木だ…花の季節には見事であろうと想像し得る桜の木である…夏の盛りの桜の木というのを、ゆっくりと眺めてみるというのも、時には好いかもしれないというようなことを考えていた…

ここに到った時点で…何か「タイムオーバー…」と感じた。勸修寺の庭園の拝観受付の終了間際だった。未だ入ることも可能ではあったが…「何時か機会を設けて…」と考えた。

そして勸修寺に祀られている様々なモノに向けて、無事にここまで辿り着いたということと、「夏らしい!」という状況下で愉しい一日を過ごすことが叶ったということに感謝の意を表しながら、奈良の宿へ引揚げる道筋へ向かった…

こういうように、気儘に方々を巡って過ごす時間が好い…「また何時か…」と、出先から戻る道中の段階で既に考え始め、戻った後にも頻繁にそんなことを思っている…
posted by Charlie at 05:42Comment(0)京都府

金堂…:智積院(2020.08.06)

↓少し離れた辺りから視ても「大きい…」と感じる程度の大きさの建物だ…
06-08-2020 Kyoto vol02 (59)

↓智積院の境内では最大と見受けられる建物だ…
06-08-2020 Kyoto vol02 (61)

↓これが智積院の金堂である…
06-08-2020 Kyoto vol02 (63)

この建物…宗祖弘法大師の<御生誕千二百年記念事業>ということで1975(昭和50)年に建てられたそうだ…これ以前には、18世紀冒頭に建てられた金堂が在ったが、1882(明治15)年に火災で焼失してしまったということだ。金堂の中には御本尊の大日如来の尊像が安置されていて、日々の活動が行われる場となっているそうだ…

1975(昭和50)年の建物とは言うが、江戸時代最初期からの智積院の経過、更に遡った真言宗の永い経過が滲むような、重厚な趣の建物であると思いながら眺めていた…
posted by Charlie at 05:38Comment(0)京都府

名勝庭園…:智積院(2020.08.06)

↓庭の池に築かれていた築山だ…
06-08-2020 Kyoto vol02 (45)
↑何やら見入ってしまう独特な雰囲気が在る…

↓建物の縁側に囲まれるように、池の在る庭…と言うよりも「池を中心にしている?」というように見える庭が設えられていた…
06-08-2020 Kyoto vol02 (46)

↓上の画の辺りから振り返ると、池の拡がりが何となく判る…
06-08-2020 Kyoto vol02 (53)

智積院とは、高野山の学僧が開いて隆盛を誇っていた根来道場が1585(天正13)年に豊臣秀吉の軍勢による攻撃を受けて荒廃したことから、その再興を目指したという場所であるのだという。

玄宥(げんゆう)僧正が京都東山で1598(慶長3)年―豊臣秀吉の薨去の年…―に道場再興を目指して活動を始めたことを起こりとしている。1601(慶長6)年に徳川家康の命で坊舎や土地が授けられ、祥雲禅寺を拝領して境内伽藍が順次整備されて行ったという。

智積院の正式名称は「五百仏山(いおぶさん)根来寺智積院」と言うそうだ…

↓それにしても独特な風情の池と築山である…
06-08-2020 Kyoto vol02 (48)
↑土地の高低を利用して築山を造って、その前面に池を掘ったそうだ。山の中腹や山裾に石組みを配して変化を付けているのだという。山は中国の盧山というモノを象ったそうだ…

庭そのものは、現在に受継がれる智積院の前身ということになる祥雲禅寺の時代に原型が造られていたのだという。その後、智積院の庭として整備が進められた訳だ。

智積院には、“国宝”の指定を受けている障壁画が受継がれている。祥雲禅寺の時代に描かれた作品群で、収蔵庫に収められており、拝観することも出来る。その障壁画というのが、庭を眺められるようになっている建物に据えられていたのだとも聞いた…

何か学僧達のイマジネーションを刺激していたかもしれない「独特な小宇宙」が封じ込められたかのような、何となく不思議な魅力の庭園だと思ったのだった…

二王門…:仁和寺(2020.08.06)

仁和寺を訪ねようと、嵐電を利用して移動し、停留所から仁和寺を目指した…

↓境内の中に入る前に、この大きな門を見て、思わず少し立ち止まって眺めてしまった…
06-08-2020 Kyoto vol02 (97)
↑仁和寺の境内の入口に設置されている二王門だ…

多少離れても威容に圧倒されるが、高さが18.7m―『機動戦士ガンダム』のメカの設定というような大きさだが…5階建てや6階建てのビルのような高さだ…―も在るのだという…

1640年代に建てられたものであるそうだ。「和様」と称し、鎌倉時代に伝わった「禅宗様」よりも古い時期から見受けられた建築様式なのだそうだ…

殆ど直接に「道路に面して」という具合に「17世紀の木造の巨大な門」という感じ…色々な時代の文物を要する京都に在っても、やや珍しいのかもしれない…

本当にこの門の威容には驚かされたが、マダマダ京都には興味深い場所が多々在ることであろう…
posted by Charlie at 19:32Comment(0)京都府

<HRC Kyoto>の七分丈袖のTシャツ…(2020.03.31)

↓また少し前の写真だ…
31-03-2020 Kyoto in morning (32)

直ぐに京都で写真に撮っていたが、出番を設け損なっていた七分丈袖のTシャツである。早朝等は20℃を切る場合も生じている中、こういうのを着て、戸外に出る場合に何か引掛けるという程度が程好い感じになり、Tシャツに出番が巡った訳だ…

出番が巡ったTシャツということで、御紹介してみることとしたのだ…
posted by Charlie at 17:54Comment(0)京都府

<624>…:四条大宮:嵐電(2020.08.06)

<HRC Kyoto>でランチを愉しんだ後、仁和寺を訪ねてみようと思い立ち、阪急電車で移動して四条大宮の嵐電の乗り場を目指した。

↓辿り着いてみて…自身が乗車すべき電車が待機しているのだが、乗らなければならないことを半ば忘れて「美しい!」と見入ってしまった…
06-08-2020 Kyoto vol02 (94)
↑或いは「最近の嵐電のイメージ」を牽引しているかのような車輌のように見受けられる。“京紫”と称する単色で塗装された車輌だ…

この車輌は「モボ621形」という型で、1990(平成2)年から1996(平成8)年に5輌製造されている。旧車輌との置換が盛んに行われた時期だったようで、この型は最近の嵐電の車輌の標準的な仕様というような具合になっている様子だ…

屋根で覆われた四条大宮で電車を視ると、外の軌道が明るい関係で、「輝く明日に向かって出発!」という風情が感じられ、殊更に電車が美しいと感じてしまう…

何時までも眺めてはいなかった…これに確り乗車して、仁和寺を目指して移動したのだった…
posted by Charlie at 08:44Comment(0)京都府