舎利殿&仏殿…:泉涌寺(2020.08.06)

↓永い伝統を誇り、皇室に縁も深いという泉涌寺だけに、伽藍の建物も何となく風格が漂うというように感じながら眺めていた…
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↑画の左側が舎利殿で、右側が仏殿だ…

↓舎利殿とは「釈迦の歯(仏牙舎利)を奉安する」という場なのだという…
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↑建物は慶長年間(16世紀末から17世紀初頭)に御所―天皇の生活や公務の場であった「内裏」…―の建物を移築改装したと伝えられる…平屋のような御殿の建物に上の層を加えたということのようだ…

↓仏殿は、国内では少し珍しいらしいが、現在・過去・未来を表す「三世仏」という形式になった3体の仏像が安置されている場であるという…泉涌寺の“本堂”ということになる。
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↑1668(寛文8)年に徳川家綱(江戸幕府の4代将軍)によって再建が果たされた建物ということだ…

↓仏殿を横の側、斜めの側から視ると、屋根の感じが面白い…
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↑2つの屋根を載せた多層の建物に見えるが、低い側は「裳階」と呼ばれる屋根ではない壁に付けられる庇状の構造物で、1層の建物になっているのだそうだ…

こういうような「一寸視る…」という程度でも、なかなかに見応えが在る建物が方々に溢れている京都…何度でも訪ねる価値が在るように思う…
posted by Charlie at 18:21Comment(0)京都府

ソメイヨシノ…:勸修寺(2020.08.06)

滞在していた奈良から京都へ移動し、泉涌寺智積院を訪ねてから昼食を愉しみ嵐電に乗車して仁和寺を訪ね、更に地下鉄で移動した…傍目には「あの人?大丈夫?」と御心配頂いた場合も在ったかもしれないと考えたくなる程度に汗をかきながら、何やら妙に精力的だった…

↓到ったのはここ…勸修寺だ…
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↑境内へ入っていく辺りに、なかなかに大きな木だ…花の季節には見事であろうと想像し得る桜の木である…夏の盛りの桜の木というのを、ゆっくりと眺めてみるというのも、時には好いかもしれないというようなことを考えていた…

ここに到った時点で…何か「タイムオーバー…」と感じた。勸修寺の庭園の拝観受付の終了間際だった。未だ入ることも可能ではあったが…「何時か機会を設けて…」と考えた。

そして勸修寺に祀られている様々なモノに向けて、無事にここまで辿り着いたということと、「夏らしい!」という状況下で愉しい一日を過ごすことが叶ったということに感謝の意を表しながら、奈良の宿へ引揚げる道筋へ向かった…

こういうように、気儘に方々を巡って過ごす時間が好い…「また何時か…」と、出先から戻る道中の段階で既に考え始め、戻った後にも頻繁にそんなことを思っている…
posted by Charlie at 05:42Comment(0)京都府

金堂…:智積院(2020.08.06)

↓少し離れた辺りから視ても「大きい…」と感じる程度の大きさの建物だ…
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↓智積院の境内では最大と見受けられる建物だ…
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↓これが智積院の金堂である…
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この建物…宗祖弘法大師の<御生誕千二百年記念事業>ということで1975(昭和50)年に建てられたそうだ…これ以前には、18世紀冒頭に建てられた金堂が在ったが、1882(明治15)年に火災で焼失してしまったということだ。金堂の中には御本尊の大日如来の尊像が安置されていて、日々の活動が行われる場となっているそうだ…

1975(昭和50)年の建物とは言うが、江戸時代最初期からの智積院の経過、更に遡った真言宗の永い経過が滲むような、重厚な趣の建物であると思いながら眺めていた…
posted by Charlie at 05:38Comment(0)京都府

名勝庭園…:智積院(2020.08.06)

↓庭の池に築かれていた築山だ…
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↑何やら見入ってしまう独特な雰囲気が在る…

↓建物の縁側に囲まれるように、池の在る庭…と言うよりも「池を中心にしている?」というように見える庭が設えられていた…
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↓上の画の辺りから振り返ると、池の拡がりが何となく判る…
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智積院とは、高野山の学僧が開いて隆盛を誇っていた根来道場が1585(天正13)年に豊臣秀吉の軍勢による攻撃を受けて荒廃したことから、その再興を目指したという場所であるのだという。

玄宥(げんゆう)僧正が京都東山で1598(慶長3)年―豊臣秀吉の薨去の年…―に道場再興を目指して活動を始めたことを起こりとしている。1601(慶長6)年に徳川家康の命で坊舎や土地が授けられ、祥雲禅寺を拝領して境内伽藍が順次整備されて行ったという。

智積院の正式名称は「五百仏山(いおぶさん)根来寺智積院」と言うそうだ…

↓それにしても独特な風情の池と築山である…
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↑土地の高低を利用して築山を造って、その前面に池を掘ったそうだ。山の中腹や山裾に石組みを配して変化を付けているのだという。山は中国の盧山というモノを象ったそうだ…

庭そのものは、現在に受継がれる智積院の前身ということになる祥雲禅寺の時代に原型が造られていたのだという。その後、智積院の庭として整備が進められた訳だ。

智積院には、“国宝”の指定を受けている障壁画が受継がれている。祥雲禅寺の時代に描かれた作品群で、収蔵庫に収められており、拝観することも出来る。その障壁画というのが、庭を眺められるようになっている建物に据えられていたのだとも聞いた…

何か学僧達のイマジネーションを刺激していたかもしれない「独特な小宇宙」が封じ込められたかのような、何となく不思議な魅力の庭園だと思ったのだった…

二王門…:仁和寺(2020.08.06)

仁和寺を訪ねようと、嵐電を利用して移動し、停留所から仁和寺を目指した…

↓境内の中に入る前に、この大きな門を見て、思わず少し立ち止まって眺めてしまった…
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↑仁和寺の境内の入口に設置されている二王門だ…

多少離れても威容に圧倒されるが、高さが18.7m―『機動戦士ガンダム』のメカの設定というような大きさだが…5階建てや6階建てのビルのような高さだ…―も在るのだという…

1640年代に建てられたものであるそうだ。「和様」と称し、鎌倉時代に伝わった「禅宗様」よりも古い時期から見受けられた建築様式なのだそうだ…

殆ど直接に「道路に面して」という具合に「17世紀の木造の巨大な門」という感じ…色々な時代の文物を要する京都に在っても、やや珍しいのかもしれない…

本当にこの門の威容には驚かされたが、マダマダ京都には興味深い場所が多々在ることであろう…
posted by Charlie at 19:32Comment(0)京都府

<HRC Kyoto>の七分丈袖のTシャツ…(2020.03.31)

↓また少し前の写真だ…
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直ぐに京都で写真に撮っていたが、出番を設け損なっていた七分丈袖のTシャツである。早朝等は20℃を切る場合も生じている中、こういうのを着て、戸外に出る場合に何か引掛けるという程度が程好い感じになり、Tシャツに出番が巡った訳だ…

出番が巡ったTシャツということで、御紹介してみることとしたのだ…
posted by Charlie at 17:54Comment(0)京都府

<624>…:四条大宮:嵐電(2020.08.06)

<HRC Kyoto>でランチを愉しんだ後、仁和寺を訪ねてみようと思い立ち、阪急電車で移動して四条大宮の嵐電の乗り場を目指した。

↓辿り着いてみて…自身が乗車すべき電車が待機しているのだが、乗らなければならないことを半ば忘れて「美しい!」と見入ってしまった…
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↑或いは「最近の嵐電のイメージ」を牽引しているかのような車輌のように見受けられる。“京紫”と称する単色で塗装された車輌だ…

この車輌は「モボ621形」という型で、1990(平成2)年から1996(平成8)年に5輌製造されている。旧車輌との置換が盛んに行われた時期だったようで、この型は最近の嵐電の車輌の標準的な仕様というような具合になっている様子だ…

屋根で覆われた四条大宮で電車を視ると、外の軌道が明るい関係で、「輝く明日に向かって出発!」という風情が感じられ、殊更に電車が美しいと感じてしまう…

何時までも眺めてはいなかった…これに確り乗車して、仁和寺を目指して移動したのだった…
posted by Charlie at 08:44Comment(0)京都府

<HRC Kyoto>のTシャツ…(2020.03.31)

↓少し前の写真を引っ張り出した…
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↑<HRC Kyoto>のTシャツだ…

初めて<HRC Kyoto>に立寄った際にこのTシャツを求めて、直ぐに京都で写真に撮っていた…その後…Tシャツの出番を設け損なっていて…稚内が「20℃を挟む気温帯で、やや湿度が高い場合も…」という状況になった現在、裏地が貼られていないジャケットや長袖シャツと、この種のTシャツを組み合わせて着用というような感じが程好い訳だ。

出番が巡ったTシャツということで、御紹介してみることとしたのだ…
posted by Charlie at 08:17Comment(0)京都府

<HRC Kyoto>のデニムジャケット…(2020.08.06)

↓「Hard Rock Cafe KYOTO」とロゴマークが刺繍されている…
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↑スッキリした感じで、渋い外観に仕上がっていると思って「これだ!!」と求めた訳だ…

<HRC Kyoto>に立ち寄った際に、食事を愉しんだ後に求めたモノだ…

この種のモノ…米国のサンフランシスコで入手のモノを酷く長く使っているのだが、ここで改めて新しいモノを入手したのだ。

↓今般、京都で求めたモノも特段に変わった感じではなく、使い易い感じだと思った…
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↓ボタンにもハッキリと「HARD ROCK」と在るのが好い…
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出先に在って、身軽な荷物で動き回っていたが、このジャケットは他のモノと合わせて箱に詰めて拙宅へ送った…

「夏らしい!」という状況だった中、このジャケットは京都では出番が無かったが…朝夕に20℃を切っている稚内に在っては、半袖Tシャツの上にこのジャケットというような服装で程好い場合が在って、既にそのようにして使っている…

或いは?このジャケットを引っ掛けて京都を訪ねて「ジャケットの“里帰り”」というのも面白いかもしれない…

写真そのものは奈良の宿で撮ったが、記事カテゴリは「京都」としておきたい。
posted by Charlie at 06:49Comment(0)京都府

レジェンダリーバーガー…:<HRC Kyoto>(2020.08.06)

↓京都を訪れる機会が在れば、こちらには立ち寄っておきたいと思っていた…
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↑周辺の溶け込む“町家”の建物に、少し知られたロゴマークの暖簾を出している…<HRC Kyoto>である。

朝に滞在中だった奈良から京都に出て、泉涌寺智積院を訪ねて存外に歩いた中、祇園四条駅に移動して祇園白川のこの店を訪れたのだった。

↓こういう店内に迎えられたのだが…
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↓カウンターに陣取って、<季の実>(京都のクラフトジン)のソーダ割を頂くという程度のことをするのが心地好い…
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↓こういう桝も誂えたのであろう。飾って在った…2019年7月開業と聞く<HRC Kyoto>…未だ新しい…
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↓食事を確り摂って、エネルギー補給だ!御願いしたのは<レジェンダリーバーガー>だ…
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↓オニオンリングのフライ、ベーコンとハンバーグとチーズが少し、レタスにトマト…これが<レジェンダリーバーガー>だ…
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↓こういう一皿…時には頂きたい…頂いてしまって、この場所を離れて数分で「また頂きたい!!」と考えてしまっていた…
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<HRC Kyoto>は3月末に立寄ったという経過以来だった。是非、また訪ねたいものだ…
posted by Charlie at 08:10Comment(0)京都府

五重塔…:仁和寺(2020,08.06)

↓寺に設えられるこの種の塔を視るのは好きだ…
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↓下層から上層まで、大きさの差異が比較的少ない屋根が重なっている感であるのが、この仁和寺の五重塔の特徴だという…
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仁和寺の現在建っている五重塔は、江戸時代の1644(正保元)年に建ったモノで、高さが37.1mであるそうだ…

「五重塔」というモノは、地(基礎)、水(塔身)、火(笠)、風(請花)、空(宝珠)から成り、各々が5つの世界(五大思想)を示し、仏教的な宇宙観を表しているのだそうだ…
posted by Charlie at 21:08Comment(0)京都府

<26>…:帷子ノ辻&嵐電天神川:嵐電(2020.08.06)

↓帷子ノ辻で停車中であった電車だ…
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↑「美しい車輛…」と見入ってしまい、写真を撮ったが…余りゆっくりしていると発車してしまうので、駆け乗った…

上記の電車は「京福電気鉄道株式会社(けいふくでんきてつどう)」の車輛だが、寧ろ<嵐電>と呼ばれて親しまれている。恐らく「京福電気鉄道株式会社」と言ってみても「それ?何?」ということになる程度に、「嵐山の電車」という辺りから起こっていると思われる<嵐電>という呼び方が浸透しているような気もするが…

京都の四条大宮と嵐山との間の路線が在るのだが、帷子ノ辻から枝線が在って北野白梅町との間を結ぶ路線も在る。

この北野白梅町とを結ぶ路線を利用して仁和寺を訪ねたが、移動にまた嵐電を利用した際、帷子ノ辻で四条大宮の側へ向かう電車に乗換えようとして上記に出くわしたのだ。

↓嵐電天神川で下車した…
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この車輛は<モボ21形電車>という。1994(平成6)年に「平安京遷都1200年」の行事が行われた際、協賛の一環として登場した車輛ということで「レトロ調」な造りになった。これがなかなかに美しい感じであった…2輛が運用中であるということだ。

↓乗降が終わると、<26>は嵐電天神川を発車した…
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↓嵐電は専用軌道の区間が殆どだが、一部に併用軌道の区間が在る。この嵐電天神川の近くが該当する…
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↑こんなデザインの電車…何やら街の風情に酷く合うような気がした…

嵐電の沿線には訪ねて興味深い場所も多く在る…何度か利用してみた経過が在るが、今般も「そう言えば…」と乗車してみたくなったのだった…

白州…:仁和寺 白書院から望む南庭(2020.08.06)

↓照り付けていた「夏らしい!」という感の陽光の中、白い砂が眩しく、少し見入ってしまった…
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↓個人的には「酷く“日本的”」という気がする。「敢えて空間」という設えだ…
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↓何か、訳も無く気に入ってしまう光景だったが、この場所に関しては「光!」ということと合わせて記憶に残るような感だ…
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よく知られている仁和寺なのだが、何度も京都に寄った機会は在りながら、初めて立寄ったのだった…
posted by Charlie at 01:00Comment(0)京都府

蓮の花…:智積院 明王院(2020.08.06)

結果的に京阪の「東福寺駅から七条駅」の1駅間に「プラスアルファ」なのだが…列車で東福寺駅に着いた後、泉涌寺を訪ねて、駅へ引き返そうとしながら歩き続け、智積院にまで歩いてしまった…

↓その智積院で見掛けた…
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↑美しい蓮の花に見入ってしまった…こういう様子…何か酷く惹かれる…

↓こんな具合に、明王院という堂の脇に在る小さな池の畔に飾られていた…
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↓明王院も貫禄が在る建物だった…そして智積院は「桔梗紋」を使っているようだ…
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posted by Charlie at 20:31Comment(0)京都府

霊明殿…:泉涌寺(2020.08.06)

「奈良に滞在し、滞在中に一寸、京都にも寄ってみよう…」というようなことを思い付く場合、奈良・京都間の移動には色々なやり方が在るとは思う。

自身が「気に入っている方式」の一つは、JRの京都行の列車に乗り、京都駅の手前の東福寺駅で下車し、京阪の列車で京都市内の東寄りな側を北上しながら街へ入って行くというような方法だ。奈良・東福寺間の各駅停車は、1時間強を要するが…

そういう自身なりの方式で京都に寄ろうとしていた際、「東福寺駅から20分程度も歩くと泉涌寺が在る」と気付いた。「名前は聞くが、全然訪ねたことが無い」という泉涌寺なので、訪ねてみようと思い立った…

東福寺駅で案内図を視て、<泉涌寺道>なる文字どおりに「泉涌寺へ続く道筋」を見出す経路を考え、午前中から陽射しが強くなって行く様子を感じながら泉涌寺に至った…

↓辿り着いた泉涌寺で、こういう様子に注目した…
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↑大きくダイナミックでありながら、精緻な感じの透かし彫りが施された門扉に、皇室が用いている「菊の御紋」が視える…

泉涌寺は鎌倉時代以降に皇室との独特な関係を持っていた寺ということになる。それ故に「菊の御紋」が見受けられること自体は自然な感じもする…

↓注目した門扉が据えられた門はこういう具合で、奥に品格の在る建物―所謂「宸殿造」というようなモノ―が視えている…特段に公開されているのでもないが、何やら興味深かった…
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これは歴代天皇の御尊牌(御位牌)を祀る、<霊明殿>と呼ばれる建物なのだという。1884(明治17)年に「明治天皇の思し召しで宮内省が再建」という建物であるという。それを知れば、明治時代以降の方が一層「皇室の御威光」を顕示しようとした側面が在る訳で、注目した門扉が放っていた独特な雰囲気にも得心する…

それにしても、何か「独特な軸の時間が流れていた空間」というようなことを感じながら、この建物を少し眺めていたのだった…
posted by Charlie at 20:29Comment(0)京都府

姿が…?:50形電車:太秦天神川駅:京都の地下鉄(2020.08.06)

京都の地下鉄は2つの路線が在って、「東西線」は街を東西に横切っている。「(地下鉄の)東西線」と聞けば、札幌や東京にも在って、自身にとって「縁多き路線」であったため、それだけで親しみを覚える。しかし…京都の場合は「とうざいせん」と言う場合の“抑揚”が札幌や東京とは少し異なる。そういうのが多少面白かったりもするのだが…

↓その東西線の列車を利用しようとすると、多少驚く…
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↑列車の到着が案内されても、列車の姿がよく視えないのだ…

↓1997(平成9)年に登場という京都の東西線は、各駅でホームに壁と扉とが設えられている…列車が到着して停車すると、ホームの扉が車輛の扉と共に開く…
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何か…「列車に乗る」というより、「エレベータの中に入る」という感を抱かないでもない…

↓太秦天神川と六地蔵との間を往来している車輛は「50形電車」と呼ばれるそうだが…こういう車内だ…普通に「都市部の所謂“通勤型”な内装」である…
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↑太秦天神川駅で乗車した時、撮り易い状況だったので、内装を写真に収めたが…外観が余り判らない感じの車輛だ…

こういうような感じ…少し独特で面白い…
posted by Charlie at 06:06Comment(0)京都府

<13077>:宇治駅…(2020.03.30)

↓京阪の車輌の画が出て来た!!4輌編成の電車だ…
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↑宇治駅に到着した時に撮った画だ…

京都の出町柳から大阪方向へ進む列車に乗り、京都の街の南側である伏見に在る中書島で列車を乗換えると宇治駅に向かうことが出来る。中書島・宇治間は一定間隔で列車が「折り返し運転」を繰り返しているように見える。この時の列車も、宇治駅で直ぐに待機態勢となり、中書島へ向かうことになっていた…

停車中の<13077>は京阪の<13000系電車>で、2012年に初登場した型だ。<13077>は2018年に登場した編成であるようだ。未だ真新しい感じもした車輌だった。

<13000系電車>は4輌編成または7輌編成で新造されていたようだが、7輌編成を4輌にして、4輌編成の列車にする、またはそれを組み合わせて8輌編成の列車にするという運用も在るようだ。<13077>は7輌編成で新造されたモノを4輌にして運用している例であるようだ。

京阪の宇治駅は2014年以来だと思った。中書島駅から宇治駅を目指す場合には手前になる黄檗駅は2019年に利用した経過も在ったが…

この時は宇治駅で下車後、宇治神社宇治上神社を訪ねたのだった。

こういうような列車を、「1日乗車券」に類する切符を手に、正しく「随意!」に利用して、何となく方々を動き回るというような1日の感じ…そういう状況が酷く恋しくなるような昨今である…
posted by Charlie at 18:16Comment(0)京都府

<茶壺型ポスト>…(2020.03.30)

「宇治を訪ねる」となれば、「京阪の宇治駅」か、「JRの宇治駅」かを利用することとなる。双方の軌道は一部で並行しているのだが、両“宇治駅”は互いに川を挟むように立地している。両者は隣接しているというのでもない…

京都市内から、京阪の列車を利用して宇治に着いたのだが、京都市内へ引揚げる際にはJRの列車に乗ることにした。宇治で立寄った神社は京阪の駅が在る側の河岸に鎮座していたが、そこから川に架かる橋を渡って「JRの宇治駅」を目指して歩いた。

「JRの宇治駅」の辺りに迷わず至り、駅の入口らしきモノを認め、駅側に近付いた…

↓何やら「妙なモノ」が眼前に現れ、思わず足を停めた…
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↑「宇治茶」で知られる街なので「“茶壺”のオブジェ?」と思ったのだが…「〒」(郵便)の印が在る…<茶壺型ポスト>なのだそうだ…

ここに手紙を投函したら?心地好い茶の香りでも着いた便りが届く?ということにはならないであろうが、何となく面白い。

<UJI CHA>=宇治茶…(2020.03.30)

↓「自販機が置かれている…」と、何となく眼に留め、そのまま通り過ぎようとしたのだったが…そう出来ずに足を停めて見入ってしまった…
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↓「宇治茶」を謳う飲料ばかりを並べて販売している…「宇治茶 UJI CHA」と態々書いている…
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宇治は「宇治茶」で知られる街だ。そういう「地元ならでは…」ということなのであろう。一寸、面白かった…
posted by Charlie at 05:21Comment(0)京都府

宇治上神社…(2020.03.30)

<平等院>が圧倒的に有名な宇治に在って、「非常に有名な神社」というモノも在る…

↓宇治上神社(うじがみ神社)である…
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↑宇治神社の直ぐ近くで「対を成す」かのように鎮座する社である…

↓境内へ入っていく辺りの鳥居の脇に在る桜が「花盛り」で実に美しかった…
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この宇治上神社は「ユネスコ世界遺産」の「古都京都の文化財」の“構成資産”の1つなのだそうだ…京都市、宇治市、大津市に点在する17件の文化財が登録されているという。

個人的には、「ユネスコ世界遺産」には然程の関心を寄せていない。古くから伝えられる様々な文化財には各々に価値が在る。中には、様々な国々の人達がその価値を尊びたいとするようなモノも在るのであろう。が、文化財はそれを愛でれば、敬えば、それで十分だ。「世界○○」等と“権威付け”をしようがしまいが、文化財そのものの尊さに何ら変わりは無い筈だ。そうした文化財等は、粗末にせずに、可能なように護って未来へ伝えるようにすれば善いというだけだと思う。

そういうように思っているので、<世界遺産 「古都京都の文化財」>ということになっている17件を特段に把握はしていない…<世界遺産 「古都京都の文化財」>には「“京都”とでも聞けば、誰もが思い浮かべるような著名な場所、建物」が含まれているのであろうという程度に思っていた。宇治上神社がそれの中に含まれていることを示す、境内の入口辺りに掲げられた石柱は「やや意外?」と思った。

↓こちらが拝殿だ…
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↑平安時代の貴族の邸宅に見受けられたという<寝殿造>の建物の一部で、鎌倉時代後期のモノであるという。以前に上賀茂神社で見掛けた「立砂」(たてずな)が見受けられるのが面白いと思った…

↓そしてこれが、拝殿の脇から廻り込んで視られる本殿である。
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↓この本殿は、「年輪年代測定調査」という方法で建物に使用されている木材を調べた結果、「1060年頃の建築」と判定されたのだという。
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↑「現存する最古の神社建築」ということになるのだ!

実は、この宇治上神社に関して、事前には「現存する最古の神社建築」ということを聞き及んでいて、それに興味を覚えて足を運んでみたのだった。

宇治神社とは本当に「直ぐ近く」なのだが、明治時代以前には<宇治離宮明神>または<宇治離宮八幡宮>と呼ばれ、宇治神社と宇治上神社が「一体」だったそうだ。本殿の中央に「正一位離宮太神」という扁額が在るが、それが2つの神社が一体化していた時代の呼称を想起させるモノになっている。明治時代に2つの神社になって、現在に至っているそうだ。

神社の建物は、色々な時代のモノが各々に受け継がれている訳だが、この「現存する最古の神社建築」に関しては「視られて善かった!」と思った。

「1060年頃」ということであれば、かの<平等院>に関して藤原頼通が1052年に宇治の邸宅を寺院化したことが起こりと伝えられているというが、「概ね同時期」ということになる。そんな時代から、古代の皇子や天皇を祀って、その信仰が千年近くに亘って受継がれている証がこの本殿だ…

「神社」というモノは「1060年頃」という次元ではなく、相当に古い時代に起こり、その信仰は永く受継がれている。そういう中で、この宇治上神社の「現存する最古の神社建築」というモノが確かに在って、千年近く在り続けている…千年近くの間に、天災や戦乱、疫病の流行も在ったことであろうが、「それでも受継がれている」ということになる…何か心動かされながら建物を眺めていた…

やや地味かもしれない場所だが、この宇治上神社はなかなかに興味深い場所だ…
posted by Charlie at 06:09Comment(0)京都府

宇治神社…(2020.03.30)

「宇治」と言えば<平等院>が圧倒的に有名な場所であるように思う…が、その<平等院>が在る辺りと「川を挟んだ辺り」に古くからの伝統を誇る社が鎮座している。

↓宇治神社である…
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宇治神社は「宇治の産土神(うぶすながみ)」、「郷土の守り神」というような存在で、応神天皇の皇子であった菟道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)の神霊を祀っているのだそうだ…

菟道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)は、父の応神天皇に寵愛されて皇太子に立てられたものの、後の仁徳天皇となる異母兄に皇位を譲るために自殺したという美談で知られているという。

「宇治」という地名は「菟道」に由来という話しが在るそうだ。「菟道」は「うぢ」ということになる。道に迷っていた皇子の前に現れた兎(ウサギ)が、皇子の方を何度も振り返りながら進むべき道を先導したという言い伝えが在るという。それに因み、宇治神社では兎を神様の御使いとしているそうだ。

↓静かな場所だが、「4世紀の出来事」と伝えられる挿話に依拠した、かなり古くからの地元の篤い信仰を伝える、なかなかに雰囲気が好い場所だった…
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出先で、こういう「好い雰囲気だ…」と記憶に留めたい場所を随意に巡ってみるというようなことが、非常に愉しい。
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居室…:京都(2020.03.29)

↓京都の宿の居室である…
29-03-2020 Kyoto (2)
↑「ツインのシングルユース」という形であった…専ら、奥の窓側に据えられたベッドを使用した。在室時は、角の机や椅子の辺りに陣取っていた…

窓からは少し先に在る八坂神社の<西楼門>辺りが一寸視える、祇園に立地する宿だった。こういう場所に滞在してみる機会は、これまでに設けることがなかなか叶わなかった…

ここを起点に、夜明け前から<祇園枝垂桜>を眺めるというようなことや、老舗喫茶店で朝食を愉しんでみようと出掛けるようなことや、祇園白川の<HRC Kyoto>に寄って夕食を摂ることや、その他様々な場所を歩き廻って「自分なりの京都」というモノを思い切り愉しんだように思う。
posted by Charlie at 06:04Comment(0)京都府

<KYOTO STATION>…(2020.03.30)

↓京都駅に掲出されていた…
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↑昭和の最初というような頃の旅行案内書に掲載された図であるらしい…画の下側、真中から少し右に寄った辺りの「南東」を示す辺りに京都駅が在る。そして山々に囲まれるようになった京都の街が広がっている…街の中には路面電車が走っている様子も在って、なかなか芸が細かい…

京都は、こういう「昔の絵地図」というようなモノが酷く似合うような気がしないでもないが…それでもこういう「昭和の最初」というような頃とは大きく様子が変わっている…

少し興味深く、掲出された図を眺め入ってしまったのだった…
posted by Charlie at 06:57Comment(0)京都府

烏丸駅&京都河原町駅…(2020.03.30)

京都で滞在した宿の最寄駅は、京阪の祇園四条駅で、次に近いのが阪急の京都河原町駅であった。

そういう状況であったのだが、京都で動き回る場面で両駅を利用しようとしたが、今般は阪急の京都河原町駅を利用する頻度が少し高かった…

阪急京都線の、京都の街中での軌道は「概ね四条通の地下」という感で、列車は地下で街を東西に行き交っている。この路線が街の南北を結び、奈良に至る近鉄京都線にも繋がる地下鉄烏丸線と交差するのが烏丸駅だ…

↓烏丸駅…各地によく在る地下鉄駅を思い起こすような雰囲気だ…
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↑列車の接近が伝えられて注意喚起をするアナウンスが聞こえる…

↓車輌の形式が変われば、列車の視た感じは変わりそうなものだが…阪急の場合はどの車輌も同じような色の塗装で、何れも丁寧にメンテナンスしていると見受けられてピカピカなので、「どの型の車輌が現れてもイメージが不変」という「多分、他所では無い!」と思われる特徴が在ると思う…
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↓多少減速しながら停車しようとする場面だ…
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烏丸駅は京都河原町駅の隣だ。烏丸駅で乗車すれば、あっという間に京都河原町駅に着いてしまう…

↓京都河原町駅に着いた列車は、殆どの場合、方向幕が素早く切り替えられて折り返し運転となる。
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↑この時の列車は、大阪梅田駅を目指す列車として折り返し運転となっていた…

クロスシートを装備した車輌の場合、乗務員がスイッチ操作で座席を逆方向(進行方向)に向き直すようにして、そこから待機で乗客を迎え入れるようになっているが、画のようなロングシートの車輌ではそういう間合いは生じない…

独自な好い伝統を持って列車の運行を続けている阪急のような、関西の私鉄の列車を利用してみるのは、普段はそれに縁遠いことも在って、なかなかに興味深いと思う。
posted by Charlie at 06:55Comment(0)京都府

京都駅の中…(2020.03.30)

↓「とりあえず見上げてしまう…」という感じの場所が巷には幾つも在るような気がするのだが…「京都駅の中」というのは、そういう種類の場所の代表的な例であるように思う…
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↑所謂「烏丸口」であるが…

↓あの辺りの階段やエスカレータは「天まで届く?!」というようにさえ見えてしまう…
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現在の駅ビルは「京都駅」としては4代目の駅舎になるということで、1997(平成9)年から駅の部分が供用されているそうだ…何時の間にかオープンから年月も経って、何となく見慣れたような感じにもなっているが…それでも到着する都度に「とりあえず見上げてしまう…」という感じは免れ悪い…

「とりあえず見上げてしまう…」という感じの京都駅だが、「少し前の映画で大怪獣が戦った…」と記憶していて…調べて確かめた。『ガメラ3 邪神 イリス 覚醒』という1999(平成11)年の映画だった…

↓その「京都駅の中」で<ガメラ>と<イリス>が戦う場面の映像を見付けた…20年も前の映画だが、色褪せてはいないかもしれない…余りやらないのだが、敢えて映像が視られるリンクを入れておく…(3分51秒辺りから両怪獣が京都駅の中に入り込む…)


↓何度立寄っても興味尽きない場所のように思う…
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posted by Charlie at 17:55Comment(0)京都府

<堀川第一橋>…(2020.03.30)

清明神社の近くに<堀川>が在る…

<堀川>は京都の街中を真直ぐ流れる川だ。色々と利用されていたが、次第に顧みられなくなって行った。そして水流が途絶えて地名に名残を残すのみとなっていたようだが、2000年代に川として、河岸の憩いの場として復興整備が施されたのだという。

↓その<堀川>にこういうモノが在った…
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↑<堀川第一橋>(ほりかわだいいちきょう)という石造の橋だ。

↓柱に<堀川第一橋>と確り刻まれていた…
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この辺りには、古くから<中立売橋>(なかたちうりばし)という橋が架かっていて、御所と二条城とを結ぶ経路に在ることから、江戸時代には幕府が管理する「公儀橋」と位置付けられて重視されていた。

1873(明治6)年に、橋は石造のモノに替えられた。そして<中立売橋>という名は通称として残るが、<堀川第一橋>が公式の名称ということになった。

↓非常に美しい橋だ。真円の一部になるような形のアーチを描く形状だ。日本国内では稀な形状であるという…
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嘗ては車輌が通る部分を舗装していたそうだが、平成に入って全面的に石畳になったのだという。京都市が文化財に指定しているそうだ…

↓辺りは「親水河岸」というような雰囲気に整備されていて、桜が好い感じだった…
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この石造アーチ橋が築かれたという1873(明治6)年であれば?伝統的な技術が用いられたのかもしれないが、「明治初期に新しい石橋」という辺りに、「時代毎に各時代の新しい技術等を容れた京都」という「街の個性」に想いが及ぶ…

早朝の八坂神社…(2020.03.30)

前日の“消耗”に関して、好い塩梅に保養が出来たと感じ、早朝から歩き廻ることとした…

↓狛犬だ…
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↑これは「阿形」だ…

↓そして「吽形」の狛犬である…
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↓八坂神社の東大路通に面した門…<西楼門>である…
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↑なかなかに迫力が在る建物だ…

↓境内に進み入る…<南楼門>が眼に留まる…
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↓<南楼門>から境内の外側に何歩か出てみた…桜も咲いていて感じが好い…
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この時は、「夜明前の<祇園枝垂桜>を観る」ということを「一日の振出に…」と思いながら戸外に出たのだが、八坂神社の建物もなかなかに好い趣であると思った。参拝者、通行人が多い時間帯とは少し雰囲気が異なっていたと思う。或いは、<祇園社>と呼ばれていた昔は「こういう雰囲気だった?」と想像してしまった…「近隣他都市に滞在して、朝から京都に乗込む」というのも悪くはないが、「京都の街中に滞在して、静か過ぎる早朝から動く」というのも面白い…
posted by Charlie at 01:48Comment(0)京都府

清明神社…(2020.03.30)

↓“五芒星”の扁額が鳥居に掲げられている…
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↓独特な扁額の故に酷く存在感が在る鳥居だ…
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↓<一条戻橋>辺り、“陰陽師”として知られる安倍清明の屋敷の跡が社になっている。
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↑“五芒星”の扁額を掲げた鳥居の傍に、古い<一条戻橋>を再現している。<戻橋>には「冥界とこの世とを結ぶ橋」という伝承が在るという。<戻橋>の標柱の脇の石像は、陰陽師が僕のように使う<式神>(しきがみ)と呼ばれる鬼神をイメージしているのだという…

↓存外に参拝者が多かった感だが、拝殿や本殿の在る辺りへの入口だ…
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↓拝殿を正面から眺めた…両脇に安倍清明像と<厄除桃>が据えられている…
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↑提灯にも“五芒星”が記されているが、これは<清明桔梗>とも呼ばれる紋なのだという。

↓「概ね等身大?」というような大きさの安倍清明像だ…
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「陰陽師」というのは陰陽五行説に基づいた陰陽道による御祓いや祈祷、吉凶占い、暦や時間に関する事に携わる仕事であったという。安倍清明は一条天皇の時代にそうした陰陽師の仕事で功績を挙げ、他界の後に屋敷跡で祀られることになったのだという。その後、清明神社の礎となった屋敷跡は色々と在って敷地はささやかなものとなって行ったものの、幕末頃から整備が進み、1950(昭和25)年に少し敷地を拡げて現在のような状態になったのだそうだ…最近は映画等―何か「魔法使い」のような感じに描かれているかもしれないが…―を通じて陰陽師が、安倍清明が知られるようになり、人気の神社ともなっているようだ。

↓御神木は楠だ…推定樹齢は300年程であるという。
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↓何か「エネルギー」のようなモノを感じる木だ…
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ここを参拝すると…何か陰陽師の力で「悪いモノ」を拭ってくれるというような気分になると思った…独特な趣が在る場所で、訪ねてみる機会が設けられて非常に善かったと思う…
posted by Charlie at 07:45Comment(0)京都府

御霊神社(上御霊神社)…(2020.03.30)

京都の礎となっている<平安京>では、北から「一条、二条、三条…」というように東西に延びる通が設けられた。数字が大きくなる程に南側だ。これは現在でも変わっていない…京都駅が在るのは七条や八条というような、街の南側だ。

一条の辺りを訪ねたかった…街を南北に結ぶ地下鉄の烏丸線の列車に乗車し、今出川駅で下車した。そして地下駅から地上の通に出た時、「↑京都駅」という標識を視掛けた。これを視て…「京都駅は南で、目指す一条は北」と思い、標識上の「↑」と逆側を目指して歩を進めた。

ところが…目指す一条らしき場所に行き当たらない…そのうちに、明らかに今出川駅ではない地下鉄駅の出入口が眼に留まり、駅名を視ると鞍馬口駅となっていた。要するに、今出川駅そのものが一条の少し北に在って、一条を訪ねるというのであれば、「↑京都駅」という標識の「↑」が示す南の方角へ進むべきだったということだ…

↓結果、鞍馬口駅に近い辺りでこういう場所に行き当たった…
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↑<御霊神社>という場所だ…

↓美しい楼門が迎えてくれる…
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↓なかなかに雰囲気が好い境内だ…
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↓これが<御霊神社>の拝殿だ…
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この神社は<御霊神社>と号しているが、もう一つの御霊神社と並べて<上御霊神社>とも呼びならわされている。

平安時代辺りには「御霊信仰」と称される、「災害や疫病は不運の中で斃れた人達の怨霊が祟った…」とする考え方から<御霊会>という怨霊を鎮める催事を行うことが盛んだったという。そういう営みに起源を有するのが、この御霊神社ということになる。

ここで祀られる「御霊」とは?崇道天皇、伊予親王、藤原夫人、観察使(藤原仲成)、橘大夫(橘逸勢)、文大夫(文室宮田麻呂)等のことである。

こういうとこなら、以前に奈良の御霊神社に寄っているが、奈良の御霊神社も似たような趣旨で、崇道天皇等を祀っていた…

<御霊神社>という呼称の神社は方々に見受けられる。「御霊信仰」が深く広く普及していた証しと言えるかもしれない…

↓何か好い趣の場所で、居心地も好かった…
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世の災厄が“御霊”の祟りであるというのであれば…この<御霊神社>の力で鎮まって欲しいものだ…
posted by Charlie at 07:41Comment(0)京都府

瓦店…:祇園白川(2020.03.29)

外で「少し面白い!」というモノを視掛ける場合が在るが、それらに関しては、多くの場合は製造や販売に携わっている会社や個人が在る筈だ。

↓「とりあえず京都に…」と、陣取った宿に近い祇園白川辺りを歩いて、こんなモノを視掛けた…
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↑瓦を扱う店で、看板替わりに色々な種類の瓦を掲げていたのだ…

京都やその他の近県の街角で、屋根の隅に何かの像が付いた瓦が使用されている例を視掛ける場合が在る。通り掛かって視掛けた店では、そういう像が付いた瓦を色々と用意して販売しているということである。

こういうモノは「建物に関わる人々の幸せを祈って…」ということで据えられるのだと想像するが、瓦を商う店で掲げているモノは所謂“七福神”と見受けられる像が目立つ。

こんなモノに出くわし、眺めながら歩くのが愉しい…
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