ニューヨークチーズケーキ+珈琲:京都・今出川:<Papa Jon's Cafe>(2022.12.23)

↓地下鉄烏丸線の今出川駅の近辺、同志社大学や相国寺の近くに在る御店だ。
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↑立寄った経過は無かったが、近くを通ったことが在って、記憶に止めていた。記憶に止めていたというのは他の場所に在るチェーン店に寄ったという経過の故だった。

この場所の近くへ友人や、移動中に出くわした友人の友人達を伴ってアート関係の催しを観に行った。作品の展示が在って、アーティストが集まった人たちの眼前で何やら前衛的な画を描くというパフォーマンスが在った。全く初めてその種のモノを観た。事後に「一寸、御茶でも…」という相談になったのだった。そこでこのカフェを思い出したのだった。

聞けば、米国出身の方が京都で暮らすようになっていて、街で営んでいたレストランで、故郷の懐かしいモノをイメージしたチーズケーキを供したところ大好評であったのだそうだ。そこでそのチーズケーキを前面に押し出したカフェを開業したということであるそうだ。

この御店は1号店、本店であるようだ。(何箇所か店を開いて、それが閉じたという経過も在るようだ。現在時点で以前に寄った他の場所は2号店と見受けられる。)

学生や関係者の数も多い大学に近い立地ということも在るのだと思うが、若い人達を中心に、立寄ってみた御店はなかなかに賑わっていた。

↓御店の「看板メニュー」のニューヨークチーズケーキと珈琲を御願いした。
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↑尚、ケーキに関しては何種類か用意されている。それでもこの「看板メニュー」が頂きたかったのだ。

↓クリスマス時季なので、プレゼントの小箱という形の小さなチョコレートが載って登場したチーズケーキは凄く好かった。
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↑伝えられた伝統のレシピで丁寧に作ったチーズケーキというモノだ。凄く美味い!

何やら、色々な意味で想い出多い御店となった気がしている…

>>Papa Jon's Cafe ウェブサイト
posted by Charlie at 03:00Comment(0)京都府

京都駅にて…(2022.12.25)

<嵯峨野トロッコ列車>に乗車してみよう」という相談になり、<嵯峨野トロッコ列車>の駅を目指すべく京都駅で友人と落ち合うということになった。

↓京都駅は、到着して建物の中を視る都度に何やら驚くような感じだ。
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↓やや旧い映画では、この建物で「怪獣が闘う」というのも在ったと記憶するが、非常に天井が高く、色々なモノが立体的に配置されているような感じの場所だ。
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↓京都駅では新幹線と在来線とが在る。在来線の各路線の列車に乗降する一群のホームから少し離れた一画に“30番ホーム”と“31〜33番ホーム”というモノが在る。そして「降車専用」なので案内が表示されないが“34番ホーム”というモノも在る。
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「34番ホーム」というのは、鉄道駅のホームを示す数字としては日本国内で最も大きな数字になるらしい。が、京都駅に34本もホームが在るということではない。“0番”から“10番”で、“1番”欠番で10本。加えて“30番”から“34番”の5本。両者を合わせると15本のホームが在る。「30番台」は「山陰線方面」ということで「山=さん=3」という由来とされているようだ。

↓案内に従って進むと、こういうような看板が在って発着する列車の行先が示されている。
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列車で京都駅に着く人と落合おうとする場合、この「32番ホームの辺り」ということにすれば、「1本路」で相手が意外な場所から現れて互いを見失う可能性が殆ど無いので、便利と言えば便利だ。が、やや歩く感じではある。

↓こういう具合に列車が着いて、折り返し運転、または回送となる。
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随分と以前にこの辺りで列車に乗降したという事例も在ったかもしれないが、記憶が不鮮明だ。今般は<嵯峨野トロッコ列車>の件と連動して、この辺りの様子を少し鮮明に記憶したという感だ…
posted by Charlie at 05:34Comment(0)京都府

珈琲…:<Cafe Taka>:京都・祇園(2022.12.24)

生の楽器演奏を聴く機会が在り、夜に出掛けた。場所は祇園だ。

「夜の祇園」とでも聞けば、他地域から京都を訪ねている者としては「少々敷居が高い?」と思わないでもないが、別段にそういう感じの場所ばかりでもなく、気軽に立寄ることが叶う場所も在る。

そこで出掛けたのだったが、「〇時位から催し」とでも言われると、「遅れたくない…」と動いて「着いたは善いがやや早過ぎ…」というのが自身の場合は多いかもしれない。

↓そこで辺りを少しだけ歩き廻り、珈琲でも頂いて少し寛ぐことが叶いそうな場所を見付けた。
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↑立寄ることにしたが、店先の看板には「18:00 - 2:00」と在った。「夜のカフェ」という感じだ。

↓「夜の…」という営業体制のようだが、何か「普通の喫茶店」という様子で、特別でもない。
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↓そして「普通の喫茶店」という感じの料金と雰囲気で、美味しい珈琲を頂くことが出来る。
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↓「夜の…」という感じで、こういう感じで寛ぐということも容認されている場所だ。少し寛がせて頂いた。
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様子を視ていると、夜間に営業している飲食店等が多い辺りなので、そういう場所の関係者という雰囲気の人達が少し目立ち、そこに自身のような通りすがりという利用者が交るような感じだと見受けられた。

今般は「そう言えば、これまでに立寄っていないかもしれない?」というような雰囲気の場所を幾分訪ねた。この御店もそういう場所の一つである。そして好い感じの場所を覚えた…
posted by Charlie at 05:30Comment(0)京都府

抹茶バスクチーズケーキ+珈琲:四条烏丸:<PRONTO>(2022.12.23)

京都に至り、蛸薬師堂を参拝してみるというようなことをしていたが、その後に友人と待合わせということになっていた。予定の場所の周辺、四条烏丸で手軽な場所を見付けて一息入れようと考えた。

↓そして眼に留まったカフェに入った。
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↓「好さそう?」と思って御願いしたケーキは<抹茶バスクチーズケーキ>という。
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↑美味いチーズケーキに抹茶が使われている。聞けば、米国のサンフランシスコに在る人気カフェの流儀になるモノで、国内初登場であるそうだ。

何か「京都」とでも言うと、抹茶を色々と使ってみるというイメージを勝手に持っている。が、抹茶は飲物や菓子の材料として国外でも人気が少し高まっているらしい。また、日本国内に在る外国から来ている人達にも、抹茶を使った飲物や菓子は好評と見受けられる。

少し面白いモノに出くわしたという感じだ。
posted by Charlie at 05:29Comment(0)京都府

京都駅にて…(2022.12.27)

<青春18きっぷ>が手元に在った。そして神戸空港から新千歳空港へ飛ぶフライトを予約していた。新千歳空港到着後に利用する札幌の宿も取っていた。

フライトに間に合うように、京都から神戸へ向かえば好いが、ゆとりを持って神戸に入って街を散策するというようなことも考えた。

こういうことになると?京都・神戸間を<青春18きっぷ>で移動し、フライトの後に新千歳空港・札幌間でも<青春18きっぷ>で移動するのが好い。また<青春18きっぷ>については、神戸に至ってから一寸動き廻る場面でJRの列車に乗車するということも可能なのだ。

↓そう考えて、荷物を持って辿り着いた京都駅だ。何度、如何いうように眺めても、少し圧倒される空間だと思う。
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↑四条駅から地下鉄の京都駅に到り、とりあえずJRの列車に乗り換える分には地下の改札口から各ホームに出ることも可能だ。それを承知していながら、敢えて回り道をしてしまう。この独特な空間の雰囲気を愉しみたいのだ…

↓大阪駅を経て神戸の三ノ宮駅へ至ろうとしていた。列車が現れるホームに出て、何気なく京都駅の様子を伺う。
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↑JR西日本のエリアでは、1990年代以降の「JR型」の車輌の他に、近年は置換も相当進んでいるようには見受けられるものの、「国鉄時代」からの古参車輌も存外に多く見掛ける。画の右側の電車のような車輌である。古参車輌の多くは、「JR型」の各車輌と然程変わらないような内装に改められている例が多いとも思う。

↓乗車すべき列車が現れるのを待ったホームから視える様子だ。軌道を挟んだ向こう側のホームに「京都」という駅名の看板が視えるのだが、その看板の有無と無関係に「JR西日本の列車本数が少し多い駅」の特徴が出ているような気がする。
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↑向こう側のホームにベンチが在る。これは「線路側を向いて座っている」と「フラフラと立ち上がって線路に転落?」ということで「横を向いて座る」というように配置される。JR西日本で登場し、他の鉄道会社でも一部に見受けられる方式だと思う。手前には、何やらボクシングのリングを囲むロープのようなモノが在る。これは「ホーム扉」を意図した時、様々な規格の車輌が発着している関係で設置が難しいということになって考え出されたモノだ。列車が停まって乗降する時、ロープが高く上り、列車が発車する頃には画のようにロープは下りるのだ。これも「JR西日本の駅で見掛ける特徴的なモノ」という感じだ。(運用する車輌の企画が或る程度統一されている路線では、各地に在る「ホーム扉」と同じようなモノも見受けられる。)

自身は関西方面に出る場合には「各私鉄の列車に乗って…」という移動を志向する傾向が強いかもしれない。往路は阪急の神戸三宮駅から大阪梅田駅を経て烏丸駅と阪急の列車で神戸・京都間を移動した。これに対して復路はJR西日本の列車を利用した訳である。
posted by Charlie at 04:39Comment(0)京都府

「京都市営交通110年」:烏丸御池駅:烏丸線(2022.12.26)

↓京都の地下鉄の烏丸線で「電車が参ります」という場面になり、こうやって現れる電車を何気なく視るという感じに、仄かな愛着を感じるようになっていることに気付いた。
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2022年に関しては、5月、7月末から8月冒頭、12月と京都を3回訪れ、地下鉄も積極的に利用し、少し慣れ親しんだ経過が在る。

↓何時の間にか駅の「ホーム扉」というようなモノも、各地の鉄道で御馴染なモノになったと思う。
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↓「京都の地下鉄」とでも聞くと思い浮かべる、長く使用されている型の車輌だ。因みに近鉄の路線にも乗入れていて、奈良でこの車輛を見掛る場合も在る。(逆に地下鉄烏丸線で近鉄の車輌を見掛る場合も在る。)
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↑列車の先頭に「110」のマークが視える。「京都市営交通110年」のマークで2022年の5月頃から掲出していたらしい。

京都では1912(明治45)年6月11日に路面電車を市によって運行したことを「市営交通の起り」としている。そこから110年経ったという訳だ。

これからも永く歴史を刻むのであろう…そんな想いで「110」のマークを掲げた車輌に乗り、四条駅へ移動した。
posted by Charlie at 04:35Comment(0)京都府

自販機コーナー…:烏丸御池駅:東西線・烏丸線連絡通路(2022.12.26)

京都の地下鉄では東西線と烏丸線が在って、両者は烏丸御池駅で乗換が可能なようになっている。

より新しい東西線がより深い辺りに軌道が敷設されている。東西線の列車で烏丸御池駅に着くと、階段やエスカレータを上って烏丸線を目指す。

東西線は島式ホームなのだが、烏丸線は対面式ホームだ。ぼんやりしていると、烏丸線の進みたい側と反対側へ向かう列車のホームに至ってしまう場合も無いではない。

この「京都の地下鉄の東西線と烏丸線」というのが、何か「札幌の地下鉄の東西線と南北線」の関係に似ているような気がする。京都の路線図の「オレンジ色の東西線と緑色の烏丸線」というのも、視た瞬間に「札幌??」と錯覚してしまう。

少しばかり札幌に縁深い者が京都で地下鉄を利用すると思うようなことをぼんやりと思いながら、東西線で烏丸御池駅に着き、烏丸線の南下する側の列車のホームを目指した。

↓売店でも在るのなら、少し冷やかそうかと思えば…飲料の自販機が並ぶスペースだった。
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多分、この十数年なのだと思うが、京都の地下鉄では駅構内等の商業利用で収益を上げることに熱心であるようだ。この「広めな場所に複数台の自販機」というのも、そんな努力の一環だと思えた。

「地下鉄」は非常に大規模な“装置産業”で、運営は色々と大変なのだと思うのだが、一利用者としては便利で快適な交通手段だ。今後もこの地下鉄に親しむ機会を設けたいという感だ…
posted by Charlie at 04:33Comment(0)京都府

京都市交通局のメッセージ…:階段:地下鉄 山科駅(2022.12.26)

知恩院を訪ねてみた後、最寄の地下鉄の東山駅へ向かい、山科駅へ移動した。JR山科駅の側へ出ようと地下を歩いた。

↓階段だが、何やら広告になっている。
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↑<KOTO Chika>または<kotochika>となっている。これは「コトチカ」と読む。多分「古都の地下」ということなのであろう。幾つかの地下鉄駅で展開されているようだが、所謂「駅ナカ店舗」というようなモノで、地下に色々な店が設けられている。調べると、山科駅の他、京都駅、四条駅、烏丸御池駅、北大路駅で展開しているようだ。

<kotochika>は京都市交通局が関わる事業であるそうだ。広告も交通局のメッセージであるが、次は本当に「皆様に訴える」というような内容であった…

↓通行人が偶々疎だったので、思わず立ち止まって読んでみた。正直、「一瞥する広告」ということでは文字数が多いような気がしないでもなかった…
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↑市民各々が、月2回余計に地下鉄等に乗車すると、利用者数の目標が達成出来る計算なのだという。便利な公共交通の利用を訴えるメッセージだ…公共交通が整っているということは、何処かからやって来て住み始めるにしても、何かの用事や単純な観光旅行で訪れるに際しても、「誰でも随意に動き回ることが叶う」ということで、凄く大切な事柄のように思う。

自身、12月23日午前の到着から、12月27日朝まで京都に在った。

12月27日は四条駅から京都駅まで、1回だけ地下鉄に乗車した。他は「月2回」どころか「日2回以上」の乗車だった。

12月23日、12月24日は1日乗車券で、詳しく覚え切れない程度に地下鉄に乗車した。12月26日も1日乗車券を使ったが、四条駅・東山駅、東山駅・山科駅、山科駅・四条駅の3回、地下鉄に乗車した。12月25日は四条・京都、太秦天神川・四条と2回、地下鉄に乗車した。

今般、地下鉄の四条駅に直結している阪急の烏丸駅と京都河原町駅との間の列車も多用した。あれは1駅間160円だが。何れにしても、京都は地下鉄等で動いて歩き廻るという感じが過ごし易いと思う。

全般的に「だから?」という話しになってしまっているかもしれないが…
posted by Charlie at 19:01Comment(0)京都府

祇園白川…(2022.12.24)

夜、宿へ引揚げようと辺りを歩き廻った…

↓祇園白川の辺りだ…
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↓独特な風情を眺めた…
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↓朝、昼、夜と精力的に歩き廻り、何か愉しかった一日を振り返りながら、悠然と引揚げていた…
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何か強く記憶に残るような感じの一日だった…
posted by Charlie at 11:27Comment(0)京都府

本能寺…(2022.12.24)

少しだけ古い記憶を辿る。寺町の老舗喫茶店を初めて訪れた時、「あの本能寺の傍?」と少し驚いた。やがて同行者も在る状況で京都に入り、ホットケーキと珈琲を愉しんで「想い出の店」という様相になったのだが、その時も「あそこが本能寺…」と脇を通り過ぎた。更に暑い盛りに辺りを動き回って老舗喫茶店に立寄った経過は在ったが、本能寺に立寄ったのでもなかった。

そういう経過を経て、今般はフランチャイズチェーンの中で、その名も「本能寺店」を号する場所でハイボールを頂いて寛いだという経過の中、御勘定を済ませながら、「直ぐ傍の本能寺に御参りに…」と言いながら退出したのだったが、本当に本能寺に立寄ってみたのだ。

場所に出くわして以来、随分と長い時間を経て、漸く本能寺に立寄ったということになる。

寺町の老舗喫茶店辺りから御池通側に歩を進めた側に入口が在るのだが、何か物々しい標柱が据えられている。かの織田信長に所縁の本能寺という訳である。
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↓辻説法に建つ日蓮上人というイメージの像が据えられている。本能寺は法華宗の寺である。
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織田信長が明智光秀の襲撃を受けて斃れた本能寺は、現在地に在ったのではない。現在地に関しては、豊臣秀吉が「寺を街の端の側に集め…」というように区画整理―寺町辺りが、秀吉の時代の「繁華な街の端」であったようで、幕末や明治初期までそういう感じであったようだ―の中で構想し、当時は織田信長が討たれた一件で焼け落ちて―明智勢は織田勢を追い詰めるべく火を使ったようだが、信長の警護の任に就いた人達が鉄砲を主要装備としていて、多量の火薬が当たりに在った関係で、事変に際して想像を絶する大爆発が起こって辺りが粉砕されたという説が在るようだ…―しまって、何れにしても再建せざるを得なかった本能寺を現在地の辺りに移転させたのである。

↓いよいよこの本能寺を御参りする。が、「本能寺」の「能」の字について、「やや独特な書体」が用いられていることに気付く。「能」には「ヒ」が入っている。「ヒ」は「火」に通じる。焼け落ちた歴史を思うと、「火」はロクでもない…そこで少し変わった書体が用いられるようになったらしい。
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↓そして中へ…本堂に詣でて、かの織田信長の歴史を伝える寺に辿り着いたことに感謝である…
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↓奥に織田信長を祀る廟も在った。
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少し前に訪ねた、織田信長を祀った建勲神社とも少し色合いが違う何かを感じるのが、この本能寺だった。

↓本能寺には<宝物館>(有料)が在って、織田信長に所縁の刀剣等、少し面白いモノが観られる。こういうのも一寸興味深い…
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↓<宝物館>は写真撮影は「御遠慮願います」なのだが、構わないというモノも在る。この甲冑がそういう構わないモノである。
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↓明治時代の前半、幕末期からの甲冑職人が「織田信長公のモノ」を想って造ったという甲冑が寺に寄贈された経過が在るのだそうだ。そのモノが飾られている。
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↑なるほど、かの織田信長が幾つかの合戦の際に着用したモノを想起させる。加えて、「武士の実用品」として甲冑が大事にされていた時代の最後の時期の「本物だけが備える何か」が感じられる。余計な説明抜きに「見事な工芸品」として見入ってしまうものが在った。

↓そんなことで、少し面白い時間を過ごしたと思う…
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「寄りそうで寄れない…」というような経過が在って、「漸く寄った!」で興味深かった本能寺である。少し強く記憶に残る場所となった…
posted by Charlie at 10:01Comment(0)京都府

一杯のハイボール…:京都市役所の傍(2022.12.24)

↓佳いウイスキーをグラスに注いで、ソーダで割って丁寧に混ぜたハイボール…こういう飲物を昼間から頂くのは好い…
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↑「本日のウイスキー」ということで御店で択んだウイスキーのハイボールを手軽に飲むことが出来る。「実に好い!!」と思った。

京都市本庁舎の立派な建築を望むような辺りにコンビニが在る。色々なオフィスも在る辺りで、地下鉄の駅の傍で、人が多いのでコンビニは繁盛しているように見える。そのコンビニの入口から脇の方へ入ると、何やら「居心地が好さそうな小さなバー」という空間が在る。少し意表を突かれる…

↓ウイスキー等の品揃えがなかなかに立派だ。<厚岸>というような、渋いレアなモノまであると、御店の方と言葉を交わし始めた。最近は「日本のウイスキー」が「変に(?)人気」で、意外に入手し悪い。この店は、サントリーやニッカのよく知られた銘柄が概ね一通り揃って並んでいて、視ていて頬が緩んだ…
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↓実際には「午後2時台」だったが、「バーでハイボールを傾け、言葉を交わした御店の方と暫し語らう」という「夜遅く…」のような行動様式で苦笑いが漏れた。
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フランチャイズチェーンであるというバーは「本能寺店」と号している。確か京都市本庁舎等、辺りの住所に「本能寺」と入っていたと記憶している。そんなことで「本能寺なら直ぐ傍」という話しになった。かの織田信長が討たれてしまった本能寺は現在地とは違う場所であった。現在地というのは“寺町”と呼び習わされるようになった地域が形成された、かの豊臣秀吉による区画整理で、本能寺が現在地辺りに建てられたという事が起源だ。

暫し愉しい感じで一息入れた場所である。御勘定を済ませながら、「直ぐ傍の本能寺に御参りに…」と言いながら退出したのだった。こういう「街角で気軽に1杯」という場所は、何やら嬉しい。記憶に留めたい。

>><お酒の美術館>>>本能寺店
posted by Charlie at 08:42Comment(0)京都府

廬山寺(廬山天台講寺)…(2022.12.24)

烏丸丸太町辺りで護王神社に参拝し、烏丸通を渡って蛤御門を潜って、「京都御苑の反対側」に至った。

↓少し古い歴史を誇る廬山寺(ろざんじ)が在る。
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↓廬山寺が在る辺りは、かの紫式部(970年代生まれと考えられ、1019年以降に他界したと見受けられる)の邸宅であったと伝えられている。
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「10世紀末から11世紀初頭」というような時代、世界中の様々な国々で「女性が文章を綴り、綴った文章が少し広く愛読され、それが何世代にも亘って、現在までの千年間にも亘って受継がれている」というのは、世界の様々な国々の文化史の中で類例が思い浮かばない。とりあえず「凄いこと!」のいような感じだ…

↓天台宗の流れを汲む高僧達が活動した経過の在る寺が、時代の荒波を潜り抜けた中で、現在の場所に至り、「かの紫式部の邸宅の跡に在る古刹」という具合になって行った訳だ。
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↓酷く年季が入った松の古木が記憶に残る感だった…
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↓寺の庭や、様々なモノをゆったりと拝観した…
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↓こういう場所も意外に好きだ…
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↓この廬山寺にも縁が在る元三大師(がんさんだいし)という高徳の僧が、鬼の姿になって災厄や疫病を退けたという言伝えに基づく「角大師御札」というモノが在るという。幾つかの天台宗の流れを汲む寺でこの御札は在るらしい。最近「厄除け?」というようなことを話題にしていたので、知人に向けた土産として、これを入手してみた。
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この「角大師御札」というモノに関しては、京都では存外にポピュラーであるというようなことも聞いた。それはそれとして、様々な意味合いで、京都で過ぎた永い歴史の様々な側面を想起させる小さな古刹というような場所を訪ねてみたことは興味深かった。
posted by Charlie at 10:35Comment(0)京都府

蛤御門:京都御苑(2022.12.24)

↓こういう標柱が据えられている箇所が在る。
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↑「蛤御門」(はまぐりごもん)という場所だ。

1864年の「蛤御門の変」または「禁門の変」と言われる事件の主要な舞台と伝えられる場所だ。前年に政変で不利な立場になって京都から追われてしまった長州が失地回復を目指し、京都守護職等の幕府勢力の排除を目論んで京都に出兵し、幕府勢力に敗れてしまったという一件で、天皇が在る場所である御所を巡る攻防の激戦地であった辺りに因んで「蛤御門の変」と呼ばれる。御所の門は「禁門」と呼び習わされることから、事件を「禁門の変」とも呼ぶ。

この戦闘に際しては、御所の周辺の邸宅で火災が発生し、延焼が拡がってしまい、一条周辺から七条周辺に至る広い範囲で火災に見舞われたという。京都の街の歴史では、「どんどん焼け」として伝えられているそうだ。

↓これがその蛤御門だ。
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↑多分、門の傍に京都守護職を担った会津の将士が警備のために陣取って、そこに長州勢が挑みかかって戦闘になったのであろう。画の左側を少し進むと、現在は同志社大学になっている辺り―少し北側ということになると思う―が薩摩島津家の邸宅が設けられていたという。恐らくそこで支度を整えてた薩摩の将士が進んで来て、会津勢を援護して長州勢に攻撃を加えたというような展開であったのであろう。

御所とその周辺はこの蛤御門を含めた幾つかの門も設えた塀で囲まれている。室町時代の後半辺りから、現在も「京都御所」として知られる京都御苑の周辺に御所が設けられ続けていたようである。蛤御門の眼前の烏丸通等、周辺の様子は時代毎に変わっていることであろうが。「蛤御門の変」または「禁門の変」の頃には、門の直近から烏丸通の幅目一杯、または近隣に両陣営の将士が散らばって激しい戦闘が繰り広げられたのであろう。

↓分厚い板で造られた門扉なのだが、経年劣化なのか、1864年の事件で飛び交った銃弾か何かで傷が着いたのか、何とも言い難い雰囲気が在る。
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↓「蛤御門の変」または「禁門の変」の頃を舞台にするような小説を多々読んでいる関係で、何やら非常に興味深くこの場所を眺めた。
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実を言えば、場所そのものに強い関心も在ったのだが、極めて「実用的な事由」でこの門を潜った。護王神社へ参拝し、烏丸通を横断するとこの蛤御門が直ぐに在る。広い京都御苑の敷地の反対側へ出る場合、日中の京都御苑の通り抜けが可能な時間なのであれば、ゆっくりと京都御苑の敷地を横断するのが近くて早いのである。そういう事由で、この蛤御門を潜り、反対側を目指したのであった。
posted by Charlie at 09:45Comment(0)京都府

護王神社…(2022.12.24)

烏丸丸太町の辺りを少し歩いた。

↓猪だ…
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↓猪が左右で対になっている…
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↓対の猪が在る神社である…
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↓足腰に御利益が在るとされる護王神社である。
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↓中にも猪が在る。
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↓これも対になった猪だ。
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↓嘗ての「10円紙幣」に、古代の朝廷の忠臣であったと伝わる和気清麻呂の肖像画が使われていたという。その和気清麻呂は猪に導かれ、悩んでいた足の萎える症状が恢復して元気になったと伝えられる。護王神社はその故事に因む神社だ。
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↓手水鉢の辺りにも猪だ…
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↓猪のマスコットを大量に並べている場所が在った…
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↓丸太町駅周辺を歩いて場所は承知していた護王神社だった。体調が十全でもない身近な人が在るので、参拝したいと思ったこと、加えて何処でも元気に歩き廻るということが出来ている自身に関して感謝の意を表したいと、この神社に立寄ったのだった。
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↓大変に大きく立派な生け花が飾られていた。有名社寺で時々見掛けるように思うが、こういうモノを眺めるのも存外に好きだ。
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↓休憩コーナーに掛けてみれば、何やら猪の立派な彫刻が在った…
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猪は力強く山野を駆けるというような感であろうか?そこから健脚というような連想で、和気清麻呂の言伝えが産れたのか?なかなかに興味深い。そして、今般立寄って、何となくこの護王神社が気に入った。
posted by Charlie at 07:25Comment(0)京都府

烏丸丸太町停留所…(2022.12.24)

↓一寸バスに乗った…
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<平安京創生館>の辺りで、眼に留めたバス停に間も無く現れるらしいバスに乗ると、地下鉄の丸太町駅辺りに行けると判った。そして利用した。往路は意外に歩いたが、復路は御蔭様で呆気なく着いた…

京都のバス停は、何も考えずに近くを通って「そう言えば〇〇へ行くが…間も無く現れるバスに乗れば…」という場合が存外に多い。停留所に何やら案内が色々と表示されるのだ。バスの交通網が便利になっている京都だ。が、個人的には地下鉄や私鉄の列車と徒歩という移動を酷く好む傾向も強いかもしれない。

↓南北に延びる通の名と、東西に延びる通の名を組合わせて地点を特定するという「京都の流儀」にほんの少し馴染んだ気がする。「地下鉄烏丸線は御乗換です」の停留所の名が「烏丸丸太町」だ。
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↓何時の間にか、京都の街でこの「地下鉄駅」のマークを視ると「これで地下鉄に乗って自在に動ける!」と妙に心強く感じるようになっていることに気付いた。
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京都の街中は「意外に歩ける…」という範囲に色々と集まっている面も在るが、それはそれとして、バスや地下鉄、私鉄という公共交通を利用してかなり自在に動き回ることが叶うという街である。そういうのが意外に好ましい…
posted by Charlie at 10:23Comment(0)京都府

「平安京」の痕跡…:<平安京創生館>を訪ねる…(2022.12.24)

↓見逃すというのか、全く気付かない場合も多いと思う。歩道の上、横断歩道の辺りになるのだが、「大極殿跡」と足元に文字が在る。
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↑「大極殿」というのは、平安京で天皇が活動した宮殿のことである。その宮殿の跡と考えられる場所であると、実にさり気なく示されている。

こういう具合に「無造作に、その辺に史跡」というのが、建都以来1200年以上も経っている、古くからの歴史を誇る京都「らしい」のかもしれないとも思った。

↓「無造作に、その辺に史跡」というようでもあるが、少し歩を進めると、「大極殿」に関する説明のプレートも掲出され、関心を寄せた人が少し学ぶことも出来るようになっている。
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京都の街を南北に貫く烏丸通の地下を地下鉄が通っていて、少し北寄りに丸太町駅が在る。その丸太町駅から西寄りの方向へ少し歩いてみて、この「大極殿」というような、「嘗ての平安京の主要施設」の跡を伝えるモノに出くわした。

↓画の右側に東西に延びている丸太町通を示す看板が在って、真ん中辺りに南北に延びる千本通を示す看板が在る。
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↑京都の街中でよく見掛ける感じであるが、この千本通が、平安京の真中を南北に貫いていた朱雀大路の跡と考えられるということだ。現在の京都は、平安京の創建時から事実を経て、かなり東に偏った形で推移しているという事に思い至る。

↓辺りの、銀行の支店が入った建物の脇には、朝堂院という平安京の重要施設の跡という説明のプレートも在る。
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次々とこういうのが現れ、「無造作に、その辺に史跡」と改めて驚かされた。

↓そしてこういう場所に至った。
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↑京都市の施設で、会合や講演会や学習会等を催すような場である「生涯学習センター」と、市民が幅広く利用する図書館が併設されている場所にもう一つ、<平安京創生館>という資料館が更に併設されている。

↓「街の歴史」に纏わる京都市の施設で、特段に入場料等は無用となっていた…
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↓「平安京」だ!!
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↑「千分の一」で成功に造られた平安京の模型である。

館内に在った御案内頂ける係の方によると、「建都1200年」の頃(1994年頃)に「平安京の模型」という企画が持ち上がり、そして出来上がったのが展示中のモノであるということだ。

↓やがて院政期に巨大な伽藍を誇る寺が在ったと伝わる東の端側や、院が活動する壮麗な御所が築かれたと伝わる南の側等、当初は造られなかった部分の模型も加わった。
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↓現在の京都市の地図の上に、平安京の範囲を四角く囲って示している。平安京が登場した頃から相当に東側に偏って発展し、現在に至っているということが判り易いと思う。
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↓画の右側、東寄りな辺りでは様々な邸宅や寺社が建ち、商工業地域が発展し、やがて豊臣政権期の区画整理や建設が在って、近代に入って現在に至る。
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↑その東に対し、画の左側の西寄りな辺りは、低湿地で利用し悪かったようで、東寄りな地域のように年月を経ても都市化が鈍かったようだ。

↓現在は見受けられない巨大な建造物も平安京には在ったそうだ。今日では動物園になっている辺りの寺の塔は高さが81mも在ったそうだ。発掘した遺構から推定しているという。
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↑東寺の塔が、現在伝わるこの種の建物で最も背が高いが、高さは55mである。聞けば、嘗て大きな権力を手にした人達で寺の建立を手掛け、高層の塔を建立した例が幾つも在るようだが、残念ながらそれらの多くは伝わっていない。高層建築に避雷針を据えるというような考え方、知識が無かった時代のことで、高層建築は落雷を受けて大火災となって喪われたという例ばかりのようだ。

↓手が込んだ模型等を視ながら、「平安京」という時代に想いを巡らせるこの場所の展示がなかなかに好かった。
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なかなかに好い施設なので、記憶に留めたい。そしてこういう「古い街の経過」に関心が在る方には広く御薦めしたい。

>>平安京創生館 公式サイト
posted by Charlie at 09:57Comment(0)京都府

“セブン”…:早朝:東大路通(2022.12.24)

↓未だ暗い早朝の街で、こういう「コンビニの灯り」は何となく和む…
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↑東大路通を歩く場合、自身の中で「現在位置を把握する目安」というような感じに、何時の間にかなっている店だと思う。

2022年の5月、8月、12月に各々立寄っている。加えて2021年の12月にも立寄ったような気がする。出先の街に、こういう「寄道ポイント」が出来るのも嬉しいものだ。
posted by Charlie at 07:08Comment(0)京都府

早朝の八坂神社…(2022.12.24)

四条通を東側へ進んで行くと東大路通に行き当たる。

↓そしてこういう様子が見える…
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↑八坂神社だ。境内の西側の門ということになる。

↓何度も観ているが、立派な門だ。
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↓思い付いて境内を通り抜けてみた。
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↑未だ暗い早朝、様々な灯りが未だ点いていて、色々な建物等が仄かな光に浮かび上がる感じが美しいと思った。

↓多数の提灯に老舗百貨店の名が在る。境内には、名を耳にしたことが在る企業等が寄進したと思われるモノが色々と見受けられた。古くから信心の対象になっている祇園の八坂神社の貫禄を感じさせる。
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↓境内の南側の門から出て振り返った…
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↓東大路通側の門が目立つのだが、この南の門が神社の「正面の門」ということになるのだという。
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未だ暗い八坂神社を訪ね、京都で好い時間を過ごす機会を得られたことに感謝の意を表し、更に歩き廻ったのだった…
posted by Charlie at 06:57Comment(0)京都府

公衆電話ボックス…:八坂神社(2022.12.24)

早朝の散策と称して街を歩き廻った…

↓こんな様子を、何となく見入ってしまった…
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↓大きな鳥居と、「八坂神社」という標柱の眼前に在る公衆電話ボックスというのが、何となく好いと思って見入ってしまった…
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こういうような感じ、「早朝の散策」は出先でも愉しいものだ。今般は「足元が凍っているのでもない…」と随分と愉しめた気がする…
posted by Charlie at 18:27Comment(0)京都府

<八坂の塔>が在る光景…:早朝(2022.12.24)

「休日前夜」の続きというような空気感も一部に感じられるような、未だ暗い早朝に散策に出た。

四条烏丸から四条通を東側へ進み、祇園から東大路に入って少し南下するという経路を辿った。8月初めにも辿った経路だと思う。8月初めには汗もかいたが、今般はプラス一桁の前半というような気温で、少し歩く中で手指が冷たくなってきた。何気なく持っていた手袋―名寄で入手し、以降は’ポケットに入れていた…―が有難い感であった…

↓<八坂の塔>が視える辺りに至った…
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↑実は…当初は暗過ぎて塔の姿が全く判らず、少し通り過ぎて「多分…違う!」と少し引き返し、そしてこの塔の様子に出会ったという次第だった。

↓何度も見ている様子ながら、見る都度に好いと思う光景だ…
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↓今般も、この様子を早朝に眺めるという機会が設けられ、何か酷く好かった…
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posted by Charlie at 18:09Comment(0)京都府

四条通り×烏丸通り…(2022.12.23)

↓通り掛かる都度に一寸注目してしまう看板だ…東西の四条通と南北の烏丸通とが交差している辺りだ…
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2022年だけで通算3回に亘って、辺りの宿に滞在した関係で、何となく馴染みになってしまったエリアだ。

京都の場合、東西の通と南北の通との各々の名を組合わせて「四条烏丸」というような呼び方がポピュラーだ。何度か京都に立寄る中で、ほんの少々馴染んだ気はしている言い方だ。
posted by Charlie at 13:50Comment(0)京都府

「宿泊税を活用して改修されたものです」…(2022.12.23)

↓蛸薬師通を歩いていて眼に留めた…
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↓街角に整備されている公衆トイレであるが、こういうモノを整備・改修という仕事の財源に、京都市で独自に課す宿泊税が活用されているのだそうだ。
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京都で宿泊施設を利用する場合、チェックイン時に別途その宿泊税を求められる場合が在ったような気もするが、最近利用した場所は最初から料金に含んでいると見受けられる様子だった。

何れにしても「宿泊施設を利用」=「他地域等からの来訪者」ということで、その来訪者の需要を満たすような社会資本に宿泊税が財源となっていることが示されている訳である。これを何となく視て「律儀やなぁ…」と―関西流の言い方が伝染ってしまった…―いう程度に思った。こんな「〇〇税が活用」と敢えて掲出している例等、率直に言って思い当たらない…こういうモノに出くわすのも少し面白い…
posted by Charlie at 13:32Comment(0)京都府

蛸薬師堂…(2022.12.23)

四条通から新京極通に入って少し北上する。蛸薬師通という辺りに至ると、直ぐにその蛸薬師通の名の由来となる蛸薬師堂が在る。

↓こういう様子で、多数の提灯が視える…
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蛸薬師堂そのものに関しては、「写真撮影御遠慮願います」なので撮っていない。

色々な伝承が伝わる場所だが、病気平癒の御利益が在ると、広く信仰されて来た経過が在る。個人的には、身体の調子が十全とも言い悪い人が手近に在るので、その恢復も願いたいという想いが在って、ここに立寄ってみたのだった。

↓様々な伝承の一部が現地で確りと紹介もされていた。
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↓「街中」というような場所に、古くからの信心の対象となっている御堂が護られ、伝えられているというような様子に些か心動かされる。
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↑身体の調子が十全とも言い悪い手近な人の恢復も含めて、少し真面目に参拝し、御朱印も頂いた。

何か記憶に留めたい場所という感である…
posted by Charlie at 09:48Comment(0)京都府

四条駅:正面展望…(2022.12.23)

地下鉄の京都駅で北上する列車に乗り込んだ。

列車先頭側に立って乗っていたが、運転士さんの脇辺り、正面展望が愉しみ得る場所に在ることに気付いた。

↓「間もなく四条(しじょう)…四条です。阪急線は御乗換です」というような放送が聞こえ始める辺りだと思う。
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↑所謂「島式」なホームが近付く感じが判る。

↓四条駅のホームの灯りが眩しい…
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↓ホーム扉の感じや、ホームで列車を待つ人々の様子が何となく判る感じだ…
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↓列車は減速し、静かに停車する。そして乗降が始まる。
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京都へ出ると「地下鉄の1日券を入手して動き回る」ということをする機会も少なくないが、今般もそうやって動き回った。戻ってから然程の時日を経ていないが、何かこの京都の地下鉄の感じが酷く懐かしいような気もする…
posted by Charlie at 09:27Comment(0)京都府

地下鉄 京都駅…(2022.12.23)

京都タワーを仰ぎ見るような辺りで地下の通路に下りてみる。

↓こういう案内表示を眼に留めた。
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↑右側の新幹線は、現在主流のN700系シリーズの以前に在った700系で、JR西日本が独自に設えた<レイルスター>と呼んでいた仕様の車輛を思わせる。ハッキリ「JR」と書き込まれた鉄道車輛らしきモノがJRの各路線に乗降する場の方向を示している。左側の「↑」(直進)で示される地下鉄だが、「トンネルの中に鉄道車輛」と判るデザインが工夫されている。正しく、地下のトンネルの中を走る地下鉄である。

↓北上する側の列車を待てば、直ぐに現れた…
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↑京都の南北を結ぶ地下鉄の烏丸線である。個人的には「南北線」と言ってしまう場合も在るが…

↓烏丸線では、長く活躍している車輛と、近年に搭乗した車輛とが見受けられる。今回は長く活躍している車輛だった。未だ、前者の場合が多いかもしれない…
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↓減速して停車した。
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今般、京都を動き回るに際し、1日乗車券を求めて地下鉄を一定程度多用した。この地下鉄が少し気に入っている…
posted by Charlie at 08:50Comment(0)京都府

京都タワーを見上げる…(2022.12.23)

四条烏丸辺りに至った後、京都駅周辺へ出て細かい買物をした。

↓京都駅辺りに至ると、思わずこの京都タワーを見上げてしまう…
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↓駅のビルの硝子張りになっている箇所に映り込む様子も面白い…
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逆に、これが視えていると「京都に在る」という気分が強まるのかもしれない。
posted by Charlie at 08:11Comment(0)京都府

烏丸駅にて…(2022.12.23)

大阪梅田駅で乗車した「準特急」は順調に走った。聞けば、「準特急」というのは乗車した日の少し前、12月17日から運行されるようになったという。従前は「快速急行」と称していたのだという。

大阪梅田駅から44分程度で、京都市内の烏丸駅に到着する。
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↓今般、滞在した宿に近いので、この駅も何度も利用した。阪急の京都のターミナルである京都河原町駅の1駅手前、少し西側に相当する場所だ。
23-12-2022 X-Pro2 (14)

こうやって、出先で滞在した辺りの駅を何度も利用し、勝手に「馴染の…」という気分になる場所を増やしている感だ…
posted by Charlie at 07:15Comment(0)京都府

一群の自販機…:知恩院近くの駐車場脇(2022.12.26)

知恩院を目指して、ゆっくりと歩を進めていた。

もう少しでその知恩院だと思った時、何やら不思議な様子を眼に留めた。

↓「何や、こりゃ!?」と驚いた。流石に見慣れない程度に多数の自販機が並び、缶やペットボトルを回収する箱も多数並んでいる…
26-12-2022 X-Pro2 (9)

場所は知恩院に程近い駐車場で、纏まった人数で移動する場合のバスの利用が多いという感じの場所だった。存外に飲物の需要も在るということなのであろう。

「何やら凄い…」と思って一群の自販機を眺めていれば、バスが1台停まっていて、「〇〇北」というような地名が背中に大きく書かれたスポーツウェア姿の若者の一群が現れた場面を見掛けた。“〇〇”は「地名らしいが…何処だ?」という地名だった。京都に全国の高校のチームが集まる駅伝大会が催された直後に相当する日であったようで、方々の人達が街に在ったようだ。この知恩院の周辺に泊まっていた何処かのチームの皆さんが、移動する関係でこの駐車場に停まったバスの辺りに集まっていたのであろう。

それはそれとして、知恩院は浄土宗の総本山で、壮麗な伽藍が知られる名刹でもあるので多くの人が集まるのであろう。この自販機がそれを雄弁に物語っていると思った。
posted by Charlie at 16:27Comment(0)京都府

鞄の店…:蛸薬師通(2022.12.23)

↓江戸時代という設定のドラマに出て来る「〇〇屋」という消化を何となく想起させるのだが、それでも鞄を扱っている店のようである…
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↑到着した京都で、蛸薬師通を歩いてみて出くわした様子だ。

現代の普通の店に関しても、古い建物の雰囲気等を大事にして、何となく面白い演出を工夫するという様子が京都では見受けられる。そんな様子が愉しいと思いながら眺める場面が在った…
posted by Charlie at 16:03Comment(0)京都府

「竹林の小径」へ…:京都・嵐山(2022.12.25)

「竹が沢山在る“日本らしい”感じの場所」というようなことで、「竹林の小径」という場所を指し示す固有名詞と余り関係無く、国外の皆さんにも知られている、或いは「京都屈指の名所」というのが嵐山の「竹林の小径」であるというように、何となく思っている。

今般、同行した友人は管楽器の演奏をするのだが、管楽器の大切な部品であるリードは竹で造るというのが主流で、そういう御本人にとって大変に身近で大事なモノに通じる竹が沢山在る場所ということに興味津々だった。観光列車が行き交っているという嵐山で、その観光列車にも乗車して、「竹林の小径」を訪ねてみるのが好さそうだという話しになった。そういう友人の希望を叶えようというようなこともあったが、自身でも観光列車は未経験で、「竹林の小径」を何度も訪ねているというのでもない訳で、少し期待が膨らんだ。

↓何時の間にか、こんなディーゼル機関車もやや珍しくなっているかもしれない。トロッコ亀岡駅で列車に乗り、トロッコ嵐山駅へ至った。
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トロッコ嵐山駅から階段や坂道を歩くと、何時の間にか「竹林の小径」に至る…

↓地元の北海道では視られない竹なので、眺めると何やら酷く感心してしまう…
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↓天候も悪くない年末の日曜日ということで、人出はなかなかに多かった。敢えて、その人出が判り悪いように写真は撮っている…
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↓多数の竹が集まって、独特な空間が形作られているという感じだった。
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↓同行した友人も「こんな大きな竹が育つのに、どの位の年月が?」と興味津々で眺めていた。「一緒に訪ねてみて善かった」と自身でも興味深く眺めた。
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確か…竹は何十年かに一回、花を咲かせるというような感じで、酷く長い年月を生きる植物だった筈だ…色々なモノの材料として利用されている経過も在って、それは現在も続いている訳だが、この“小径”のように「観賞用」という具合にもなっている訳だ…

↓それにしても美しい…
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単に「街中の滞在場所から嵐山へ」というのでもなく、「観光列車にも乗って至った」というのが、「細やかながら“特別”」という具合で、殊更に記憶に残る…
posted by Charlie at 15:53Comment(0)京都府