「烏丸駅 四条駅 →」…(2022.05.11)

京都では、同行者と同じ宿の各々の部屋に滞在する展開の後、同行者が別な場所に移ったことを受け、自身も別な宿に移った。

↓その「滞在の後半」を過ごした宿の最寄駅への入口の案内だ。
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↑「烏丸駅」、「四条駅」と違う名前が並列して「→」ということになっている。

「烏丸駅」…これは京都の街の東西に延びる四条通に沿って起こり、その地下を通るようになった阪急の駅だ。駅の場所を特定する際、「四条通と交わる〇〇の辺り」というような方式になる。そこで「烏丸駅」という呼称が登場した。

「四条駅」…これは阪急よりも後の時期に登場した地下鉄の駅だ。京都の街の南北に延びる烏丸通に沿って地下鉄が開通している。駅の場所を特定する際、「烏丸通と交わる〇〇の辺り」というような方式になる。そこで「四条駅」という呼称が登場した。

写真の看板が見受けられるような辺りは、「四条烏丸」というように呼ばれているようだ。自身が滞在したチェーンホテルの建物も「京都四条烏丸」と称して、京都の街に在る他の建物と区別していた。他にも、何かの施設や店舗で辺りを示す場合に「四条烏丸」という呼称は多用され、人口に膾炙しているようにも見受けられた。

「烏丸駅」と「四条駅」とは通路で結ばれていて、阪急と地下鉄との乗換をすることが出来る。こういう「乗換駅」に関して、首都圏等では「同一の駅名を用いる」というような傾向が強いらしい。そういう感覚であれば、阪急も地下鉄も「四条烏丸駅」とでも名乗ることになるのか?

何気なく見掛けた案内表示なのだが、何やら色々と考えた。そして、この案内表示を眺めていた頃から、何時の間にか少しだけ時日を経たが、「また行こう…」というようなことを早速に思っていることに気付く…

他方、当地が何時までも肌寒いので、京都を訪ねていた時の感じが心地好かったということも思い出している…

相国寺…(2022.05.11)

地下鉄今出川駅の近くに用事を足しに出て、同行者が暫し取り込むこととなり、「待ち時間」が中途半端に発生し、辺りを少しばかり歩き廻ってみた…

↓「烏丸通」の延長線、街の北側の通を何気なく歩けば「相国寺」へ至る道に出くわす…
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↓「禅寺」という風情の場所に至った…
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禅は鎌倉時代に起こって盛んになって行く訳だが、室町時代に至って、京都には様々な禅の寺が開かれる。京都では色々と戦禍や災害も在って、有力だった寺院にも盛衰が色々と在る訳だが、相国寺もそういう色々な経過を経て現在に至っている寺だ…

↓「ゆったりと拝観…」ということでもなく「“待ち時間”の散策」ということに終始したのだが、相国寺の雰囲気を少しばかり愉しんだ…
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↓こういう感じを視ると、何やら「京都の禅の古刹」というような気がする…
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↓何となく歩き廻り、足を一寸停めて、好いと思った建造物等を眺めながら暫し佇むという程度に過ごすのが好きだ…
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↓こういう雰囲気も「京都辺りの寺」とでも聞けば勝手に思い浮かべるような風情だ…
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↓何やら色々な木々が茂る庭のようなモノも見受けられた…
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確り場所も記憶した。何れ、少しゆっくりと拝観に出掛けたいものだ…
posted by Charlie at 01:00Comment(0)京都府

街並み…:同志社大学近隣(2022.05.11)

↓こんな街並み…京都の一隅に「在りそう…」という程度に思った…
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↑同志社大学に近い辺りだ。存外に学生や関係者が多い大学だと思う。学生の需要が在る古書の店、そしてアパート等を仲介する不動産の店が何となく並んでいるのが「場所らしい」という程度に思った。

「場所らしい」と思った事に加え、建物の感じに風情が在ると思い、提げていたカメラを使った…
posted by Charlie at 04:33Comment(0)京都府

堀川第一橋 または 中立売橋…(2022.05.12)

些かの雨交りを苦にせず、辺りを積極的に歩き廻っていた…

↓一条通と堀川通とが交差する辺りから、堀川通に沿って少しだけ南に向かった辺りに橋が架かっている。
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↓堀川の河岸に下りられるようになっていて、この橋の美しい形を眺めることが出来る。
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これは江戸時代には「幕府が管轄する」とされた「公儀橋」に数えられた「中立売橋」だった。江戸幕府以前からの経過も在るようで、更に現在でも「中立売橋」が通称とはなっているらしい。

1873(明治6)年にそれまでの木造の橋を石造に改めた。明治時代の石造の橋ということでは最初期のモノということになる。堀川に初めて架けた石造の橋ということで、「堀川第一橋」が正式の呼称ということになったそうだ。

堀川第一橋は、橋の中央部の「アーチ」部分が正円の一部を切り出したような形になっているのが特徴だ。

↓堀川の河岸が都市緑地のように整備されていて、少し離れて特徴的な形を眺めることも出来る。
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修理は何度も行われているというが、基礎的な形等は1873年に石工達が苦心して造った特徴を非常によく伝えているという。

こういうような「やや地味?」なモノが意外に面白い…

ところで、撮影時に使用したXF16㎜F2.8装着のX-Pro2だが、レンズも本体も「防滴」を謳っており、多少の雨をものともせずに使用することが叶った。(撮影時に、レンズの面に目立つ水滴が付かないように注意は必要だったが…)
posted by Charlie at 03:59Comment(0)京都府

<京都写真美術館>…(2022.05.13)

↓地下鉄の東山駅に近い辺りに在る…
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↑「写真美術館」という看板に強く惹かれた…

特段に入場料が生じるのでもない様子―セコい…(苦笑)―であったので入ってみた…

開催中であった<西田茂雄「伝説の人形師」写真展>を興味深く拝見した。在廊中であった西田茂雄さんは徳島県の写真家であるようだ。文楽や、徳島県に伝わる人形劇に用いられる人形を制作する職人の仕事ということで、印象的な人形の頭を撮った写真が記憶に残った。

この場所は料理店として利用されていた建物を改装した、写真等を展示するギャラリーである。「料理店として利用されていた」と言われると、食事をする卓のようなモノこそ無いが、何となく納得するような内装であった。

写真を美術作品の一種として販売するようなことを促すという意図、そして京都や各地の写真家の作品発表の場とするという意図で運営されているようだ。

一寸、興味深いと思った場所だ…記憶に止めたい。

>>京都写真美術館 ウェブサイト
posted by Charlie at 05:39Comment(0)京都府

<新風館>…(2022.05.11)

用事が段落してから何となく街を歩いた。地下鉄の今出川駅の辺りから概ね烏丸通を歩き、気付くと烏丸御池駅から程近い辺りに至っていた…同行者と「何処かで珈琲でも頂かないか?」という話しになった…

↓眼に留めたのはこの<新風館>だ…三条に在る様々な旧い建築の一つなのだが、外観を活かしながら改装し、ホテルや飲食店、各種ショップ、映画館が入っているという施設だ…
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↓館内のホテル1階部分に相当するのだが、こういうカフェが在る。
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↓この場所は珈琲等を求める場所で、頂く段では少し広いロビーに持って行くような塩梅だ。(空いたカップ等を戻す場所もこの中に在る…)
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↓自身はストレートな珈琲を御願いした…
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↓同行者はカプチーノを御願いした…
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↓シンプルで美しいラテアートが施されている。
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この珈琲を頂いて暫し寛いだのだった。

↓館内は意外に明るい感じだ…
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↓一寸だけ館内を歩いたが、何やら凝った造作だ…
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↓奥の方にこういうコーナーも在った…
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↓何か「一つ一つが画になる」という感じだ…
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↓館内はこういう「美しい中庭」という設えにもなっていた…
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↓出入口辺りに入居しているテナントの紹介も在る…
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昨年12月に偶々寄ったことで知った場所なのだが、なかなかに気に入っている…

因みにこの<新風館>の後、嵩張るモノを預けていた四条河原町の宿まで歩いたのだった…「随分歩いた滞在」であったことと、そういう時間が「心地好かった」ということを思い出し、早くも懐かしいような気がしてしまっている…

【参考】:新風館 公式サイト
posted by Charlie at 19:41Comment(0)京都府

カツパン 等…(2022.05.09)

↓少し大きなサクサクのカツ…ソースや調味料が幾つか点いて、キャベツと組み合わせて、些か火を通したパンでサンドウィッチに…
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↓これはなかなかのボリューム感だ…名付けて「カツパン」という…
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↓珈琲と合わせてゆっくりと頂いた…
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夜行バスで移動し、到着後にも随分と歩いた。「そろそろ“補給”…」ということで同行者と共に、眼に留まったカフェに立ち寄った。

↓伏見稲荷大社の参道脇、京阪やJRの駅に向かう途中に佇む店である。
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↓名古屋発祥の有名チェーン店だが、サンドウィッチ類のメニューも豊富だ…
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↓同行者は「フィッシュフライバーガー」を頂いていた。
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「カツパン」に満足しながら、同行者の「フィッシュフライバーガー」を「少しだけ羨ましい…」という程度に思う…「絶えて久しい感覚!?!?」と内心で慄いてしまった…
posted by Charlie at 19:35Comment(0)京都府

伏見稲荷大社…(2022.05.09)

夜行バスで辿り着いた京都で、JR京都駅のロッカーに嵩張るモノを預けて身軽となった後は、市内を散策した。

一頻り歩き廻って、京阪の祇園四条駅を伺うような辺りに在ったことから「そうだ!」と思い付いて、また移動してみた。

↓各駅停車で辿り着いたのは、この有名な神社の最寄駅だった…
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↓何度か観ているが、堂々たる大きな楼門だ…
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↓そして脇に狐である…
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↓この狐も「阿形と吽形」というようなことで造られているようだ…
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京都では「“修学旅行”が還って来た!」ということが一寸話題になっているようだ。この時は、午前中の「団体旅行が行動を開始するような頃合い」にこの場所に至ったかもしれなかった。とにかく「“その辺の中学生”が悉く大集結!?」というようにさえ思える程に多かった…些か驚いたが、とりあえずこの伏見稲荷大社は知名度が高く、「とりあえず寄っておきたい…」ということなのかもしれない。

↓山の上の方まで、色々と在るという。全て巡ると相当な時間も要してしまう…
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↓酷く人が多かった間隙に…「千本鳥居」らしい感じの画も収めておくことが叶った…
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この伏見稲荷大社の以前に、かなり早い時間帯に清水寺や産寧坂の辺りを歩いたが、多分時間帯がずれると「過ぎる程の賑わい」であったと想像する…それはそれとして、中学生や高校生が有名な場所を一寸でも訪ねておくのは悪いことでもない。が、団体旅行で寄るよりも、少し年齢を重ねてからふらりと訪ねて歩いてみるのは更に好い。様子を視ながらそんなことを思っていた…
posted by Charlie at 19:30Comment(0)京都府

京都府立図書館…(2022.05.13)

平安神宮が在るような辺り、「岡崎」と呼ばれる地区―名を聞いて「名古屋の東の向こうの??」と誤解してしまうが…―には様々な施設等が在り、多少足を延ばせば様々な名所も訪ねることがし易い。地下鉄の東山駅の界隈というような感だが、好天の日に、更に雨交りな日に歩き廻り、今般は何となく辺りに親しむことが叶った。

↓雨交りな中を歩めば、濡れた広場の面に姿が薄く映り込む旧そうな建物が在った。
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↑書体の呼称がよく判らないのだが、古めかしい印鑑か何かに在りそうな書体で「館書図都京」という文字が在る。これは旧い綴り方による「京都図書館」に他ならない。

所謂“近代”に入ってからに限っても、京都の図書館の歴史は厚みや幅が在るようだ。ここで建物を見掛けたのは京都府の図書館である。

画に在るのは1909(明治42)年に現在の位置に移った際に建てられた建物の一部ということになる。

1909年の建物は長く大切に使用されたのだが、1995(平成7)年の「阪神・淡路大震災」によって建物に損傷が生じてしまった。それを受けて、地上4階地下2階建の新しい建物に改め、2001(平成13)年に開館して現在に至っている。その際に、明治時代からの建物の正面壁を残して広場から見える箇所に組み込んだのだ。

傷んだ建物を新たな建物に改めて、大切な収蔵資料を遠い先に確かに伝え、安心して利用出来るように活動を続けるというのが公立図書館の本旨だと思う。が、ここはそこに「壁の保存」という要素を加え、大切に受け継がれた図書館や人々の想いをも伝えようとしている感である。

通り掛って少し眺めただけだが、眺めて嬉しくなるような施設だと思った…
posted by Charlie at 06:34Comment(0)京都府

桂駅にて…(2022.05.14)

「京都から関西空港に出て、新千歳空港へ飛ぶ」という段取りだった。

京都を起点に関西空港を目指す場合、色々な方法が在ると思うが「2時間強を要するのならそれで構わないので安価に…」ということを考えた。

滞在した宿の直ぐ傍に、阪急の烏丸駅が在った。そこで考えた…

烏丸駅→(阪急)→淡路駅→(阪急・大阪メトロ)→天下茶屋駅→(南海)→関西空港駅

料金券が無用の列車を上記経路でドンドン乗り継ぐ分には1700円で釣銭が出ることになる。「安価に…」を優先するとこれである。

↓現れた列車に飛び乗れば、淡路駅を経て天下茶屋駅まで辿り着く列車であった。
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↑「非常に好い!」とは思ったが、桂駅で下りた…

というのも、向かい側に程無く現れる特急に乗り換えると、淡路駅に早く着くと案内が在ったからだ。

こういう具合に「行先により早く…」と適宜乗り換えながら進むのが、ネットワークが発達した地域での列車の乗り方だと思う。
posted by Charlie at 18:58Comment(0)京都府

大将軍八神社…(2022.05.12)

北野天満宮の境内から道路に出た。

↓こんな看板が在った…
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↑然程遠いのでもない。一寸立寄ろうと思った。

↓歩を進めると、大将軍八神社への路と、北野天満宮への路とが交差しているのが判る「→」が在った。
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↓やがて大将軍八神社に到った…
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「大将軍」を勧請して祀ったという起りを有するというが、、陰陽道の暦神・八将神に因んで「八神社」というようにも号し、両者が合わさり、更に素戔嗚尊の御子神八柱の意も重なったて「大将軍八神社」という呼称が定着して行ったようだ。

色々な経過が在るようだが、「大将軍」は建築や転居、旅行などにおいて方角の吉凶を司る神であるため、この神社は長きに亘って民間の崇敬を集めた存在であるようだ。

↓民間の崇敬を反映してか、何か好い雰囲気が漂っているような気がした…
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↓近付いて御参りした…
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↓こういう辺りの木が好い…
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↓社殿の横からの眺めも美しいと思った。
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本当に思い掛けずに行き当たった社だが、善かった…
posted by Charlie at 07:38Comment(0)京都府

北野天満宮…(2022.05.12)

清明神社を訪ねた後、堀川通を北上しながら「北野白梅町」と道路の看板に在った方角へ、多少の雨交じりを物ともせずに歩み続けた。

↓こういう案内板に出くわした…
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↑京都は、この種の「歩行者向け情報提供」というモノが多く見受けられ、歩き廻るには好いと思う。

↓北野天満宮に到った…
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↓境内に入り込んで行く経路の感じが好い…
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↓有名神社では御馴染みな、酒造会社が献納した樽が積まれている様子も見受けられた…
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↓神社の建物を視ると、何やらディーテールに眼が向く場合も在る。
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↓何か厳かな雰囲気が漂うのが好い…久し振りにここでも参拝した…
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最近、京都では「“修学旅行”が戻って来ている」というのが話題であるようだ。北野天満宮のような有名な場所では、何処かからの“修学旅行”と見受けられるグループが散見した。最近は「バス1台」という単位で動いている例の他、「グループ行動」というような感じで動いている様子も多く見掛ける。

↓最初に到ったのは脇の側で、立ち去る際には正面から出た…
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少し以前に読了した『腐れ梅』という小説は、この北野天満宮が起る頃の事に着想を得た時代モノで、なかなか面白かったことを思い出していた。

↓こういう場所に思い付いて足を運ぶようなことは好いと思う…
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posted by Charlie at 07:06Comment(0)京都府

清明神社…(2022.05.12)

偶々、一条通に在る場所への用事に出た。出先で言葉を交わした方と、一条通は何やら「噂」(=霊魂に関すること)が在って、静かな夜に「やや不自然?」という音がすることも無いでもないということに話題が及んだ。

↓そんなことで思い出したのがこの「一条戻橋」である。少し“待ち時間”が生じて、辺りを歩き廻ろうとして、この場所に到ったのだった。
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↑“あの世”と“この世”とを往来する霊魂の通り道であったというような話しが在るらしい橋だが、現在では「普通の道路…」というようにしか視えない。

↓ここまで来ると、この清明神社は近いので立寄ってみた。
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↓境内の入口辺りに、旧い「一条戻橋」のイメージが再現されている。
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↓社殿の側へ歩を進める。
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↓なかなかに好い感じだと思う…
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↓安倍晴明の像が在る…
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安倍晴明は陰陽師として知られていた人物で、この清明神社はその邸の跡に設けられていると聞く…

手近な、または世の中の好ましくないことが、現況以上に悪化しないよう、食い止められるようにというようなことを何となく思いながら、社殿の前で手を合わせた…

小さな社ということになるかもしれないが、何か独特な雰囲気が漂う場所である。

↓それにしても、この清明桔梗の紋が入った鳥居の額は目立つ…
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posted by Charlie at 05:44Comment(0)京都府

金戒光明寺(2022.05.13)

幕末期の会津松平家への関心の故に、「京都守護職」の本陣が設けられた金戒光明寺を訪ねた記憶は在る。かなり以前になると思う。

↓こういうモノを見掛ける機会が在った。「これは!」と雨交じりではあった中、金戒光明寺を訪ねてみることにした。
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金戒光明寺は地下鉄の駅等からはやや離れている。が、東山駅界隈をグルグルと廻って丸太町通辺りに到ると、何やら上記のような案内看板に出くわす。

↓入口に到った…
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↑「京都守護職」の本陣が設けられていた旨、看板が掲出されている。

↓進んで行けば、こういうような案内図が在る…
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↓見上げるような感じの場所に大きな門が設えられている。上記の案内図の境内は小高い丘のような場所の上に築かれているのだ。
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この「小高い丘の上」というのは「城」のような感覚で利用し得るということになる。街の北東部の主要道路等に睨みを利かせる位置でもある。そして千名以上の関係者が滞在して活動することも可能な広い敷地、多数の建物が在ったということで、幕末期の「京都守護職」が「本陣」とした訳だ。

↓上って門を潜ろうとしたが、扁額に注目した。
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扁額には「浄土真宗最初門」と在る。この金戒光明寺は「浄土宗」の寺で、「浄土真宗」ではない。

金戒光明寺は比叡山を下りた法然上人が最初に庵を結んで活動を始めた場とされる。「浄土の教えの真実を最初に広めた場所」というのが「浄土真宗最初門」の意味で、後小松天皇(在位1382-1412)から賜った宸翰(=天皇の直筆)で扁額を設えたのだという。

↓門の下から中の様子が少し覗く…
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↓振り返った感じも美しかった…
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↓こちらで御参りした…
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↓境内にはこういう傾斜も見受けられる…
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↓三重塔も在る…
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↓境内をぐるりと廻って、小高い辺りから下りると、中に入ることは叶わないものの竹林も在った。
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独特な形状の「五劫思惟阿弥陀仏」(ごこうしゆいあみだぶつ)という像會津藩殉難者墓地の「松平容保公」の像のように、殊に強く記憶に残ったモノは別途記事も起こした。この金戒光明寺も、訪ねて興味深い場所である。
posted by Charlie at 21:18Comment(0)京都府

松平容保公:會津藩殉難者墓地:金戒光明寺(2022.05.13)

↓凛々しい武士…それも身分が在りそうな武士だ…
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↑像は松平容保(まつだいらかたもり)(1836-1893)である。幕末期に会津松平家の当主となり、京都守護職として家中の士を率いて入洛し、金戒光明寺を「本陣」として活動した経過が在る。

↓その京都守護職の活動の中で、多くの殉難者が生じていることから、金戒光明寺には墓地が設けられている。そこに立寄ってみた。
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会津松平家に纏わることに興味を覚えたのは、1808年に「北方警固」という動きが在って、家中の士が宗谷へ大挙してやって来たという出来事を伝え聞いたからである。宗谷へ向かう事案の国元での纏め役を務めた人物に関して、『花ならば花咲かん 会津藩家老・田中玄宰』という小説に、少し詳しい。

その「北方警固」の件に触れたことが契機で、会津松平家に纏わる様々なモノを読んだ。一部によく知られるシリーズであるようだが、『会津士魂』というシリーズの文庫本21冊も読了した。この他にも色々である…

そういうように会津松平家に纏わることに色々と触れて思っていることが在る。「官」(=正)と「賊」(=邪)というようなことが「余りにも相対的」というような「世の無常」というようなことに関してである。

幕末期、社会の安寧に責任を負わなければならない幕府の下、京都守護職を務めた会津松平家は懸命の努力で任務を果たし、高い評価を受けた。そして体制が変わったが、そうなると「討伐対象」になり、「賊の首魁」のような扱いになってしまったのだ。『会津士魂』というシリーズは、その無念を訴えるような調子が強いシリーズなのだが。

↓その会津松平家の人達の想いが篭るような松平容保の像は、家中の士が眠る地で静かに端座していた…
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「官」(=正)と「賊」(=邪)というようなことが「余りにも相対的」というような「世の無常」というようなことは、幕末というような時代より後、現在に至っても繰り返し見受けられる様相であるとも思う。色々と考えながら、墓地で静かに祈った…
posted by Charlie at 20:24Comment(0)京都府

<モス野菜バーガー>…(2022.05.13)

↓今出川駅に近いモスバーガーに立寄って、一寸ハンバーガーを頂いたという場面での、如何でも構わないような1枚の写真を記事に載せておきたい。
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↑同行者を伴って「何処かで少し座って話す等しよう」としていた時、眼に留まったモスバーガーが、交っていた雨も少し強まっていた中で利用し易かったので立ち寄ったというだけの話しなのだ。

同行者はモスバーガーのチェーンを知らず、何となく「初めて」という感じだった。「定評が高いので覚えておくと好い」という程度の話しをしたが、「初めて!」の方に、カフェラッテとこの<モス野菜バーガー>は大好評だった。何やら色々なバーガーが在って、「初めて!」で判らない同行者は「何でも構わないから…」と言い出し、「然らば…」と頼んだのが<モス野菜バーガー>だった。サラダ風な野菜に合うソースと、ハンバーグがバンズに挟まったモノで、諄い感じでもなく野菜と肉とパンのバランスが実に好いのだ。

京都の街を離れる前夕という中でここに立寄った。

「徒手空拳」という状態であった友人が、必要と見受けられる支援を受けられるように「縁」を結ぼうと動いていた。既に「縁」に「導かれる」というような感で、友人は生き生きと活動を始めることが叶った。既に活動を始めた友人と夕刻に落ち合った。滞在先まで地下鉄で一緒に行けば、何やら別れ難い気分が高まり、多少辛い。そこで、友人が滞在する場所の手前、自身が滞在する場所の最寄駅で下車し、地下鉄車内でさり気なく分かれようという話しにした。それでも「少し話そう…」ということで、道草した。

友人が生き生きと活動を始めることが叶うよう、扉を開けて「ここがスタート地点だ…」という場所まで送り届けた。以降は友人自身が一歩ずつ踏み出して行く筈だ。本当に善かったと思っている。「大きなチャンスを得た」と、生き生きと活動に臨もうとする友人の様子は、凄く嬉しく、密かに目頭が熱くなる。

友人は道が開かれようとしていることを喜んでくれていた。「感謝!」と言うが、「如何ということでもない。出発地点まで来た。後は“進め!”で、進むのは君自身の事柄だ…」とした。そして「アレは如何する?コレは如何なる?それから…と色々と出て来るかもしれないが、一つ間違いないのは“断じて慌てるな!”ということだ。出来そうなことを可能なようにやって、行動と事実が積み重ねられる中で事案は少しずつ動く筈である。どんな事案であれ、何かにつけて、とりあえず時間ばかり要するのが寧ろ普通だ…」というような話し、「断じて慌てるな!」が友人には記憶に残ったようだ。所詮は「なるようにしかならない…」という中で、少しなりとも好いモノを掴もうとするのが人生なのかもしれない。

活動を始めようとする友人を関係先の皆さんに引き合わせようと御案内した際、「何やら自身が“お父さん”のような??」という苦笑いが漏れた。友人の側でも「アレは如何する?コレは如何なる?それから…」という考えが頭を過った時、「そうだった…“断じて慌てるな!”だ。出来る行動と、それによって生じる事実を重ねていると、何時か悪くない方向に事案が動く筈…」という自身との話しを「“お父さん”の遺訓」のように思い出したという。

自身は友人よりもやや大きく年長であるとは思うが、と言って「親子の年齢差」という程でもない。しかし、友人が自身の助言を「“お父さん”の遺訓」のように感じてくれているなら、それはそれで悪くもない。で在れば?やや遠くの街で頑張る子を応援することを続けなければなるまい。

如何でも構わないようなハンバーガーの写真に、何やら大きな想い出が籠った。こういうことも在る…

地元へ引揚げる長い道程に入る前に、これをここに掲出しておきたかった…
posted by Charlie at 09:47Comment(0)京都府

南禅寺の水路閣(2022.05.13)

所用で立寄ろうとしていた場所の近くに「そう言えば以前に立寄ったアレが在った」と思い出し、「立寄れば、随分と久し振りということに…」と想いが巡った。

↓名刹南禅寺の一隅である…
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↓アーチ構造を組合わせて煉瓦で造ったモノだ…
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↓琵琶湖から京都への水路、<疎水>の一部を成すモノで水を通す水道橋で、<水路閣>と呼ばれている。
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↓「各々の時代の新しいモノ」が折り重ねられて現在に至っているのが京都である。こういう明治時代のモノも面白い…
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posted by Charlie at 07:49Comment(0)京都府

<京都伝統産業ミュージアム>…(2022.05.13)

↓「コンベンションセンター」と言うのか?展示会、見本市、会議等を催す施設のようだ。<みやこめっせ>と呼ばれる。
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この場所を通り掛かり、少し前に読んだ本に言及が在った事項を思い出した。

↓建物の地下1階に設けられているというこの<京都伝統産業ミュージアム>が何やら面白そうなのだ。
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実を言えば…些かの雨交りで着衣が濡れていたので、屋内に入って一息入れたかったということも在ったのだった。

↓階段を下りた辺りらしい…
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↓通路に館内展示を想起させるような、少しアーティスティックにも視える写真が飾られている…
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↓硝子の向こうが展示だ…
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↓「入場無料」で入ってみれば、74種類の「伝統産業」に纏わることを展示している旨が示されている。
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「伝統産業」?地域に伝わる「職人仕事」というように解釈すべきであろう。

↓実に多種多様なモノが紹介されている。
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カメラを提げた状態で見学していたが、展示場内に在った係の方が「写真は撮って構いません」と声を掛けて下さった。「そうですか…」と思えば…

↓和楽器関係の様々な部材や消耗品を造るという技術が受継がれているという展示に当たった。
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↑実は少し前に、やや古い時代劇ドラマを視る機会が在って、そこに「三味線の糸」が登場するのを思い出して、何となく「面白い!」と写真に撮ってしまったのだった。

↓鮮やかな焼き物が非常に多くの過程を経て完成するという展示が興味深いと思った。
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↓仏壇の“りん”だが、並んでいるモノ各々の音色が違う。音楽が得意な人なら、こういうので何やら演奏が出来てしまうかもしれない。
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↑概して小さ目なモノは音が甲高く聞こえるが、そのニュアンスが少しずつ違うような気がした。仏壇や仏具の製造も、京都に伝えられる伝統技術の典型例だという。

↓少し古くからの建物で、屋根等に鐘馗様が飾られている例が見受けられるのだが、そういうモノの製造も受継がれている。
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↓何か「昔の御姫様が愉しんでいた…」という感じがするが、“貝合わせ”である。美しい画を着ける訳だが、この種の技術も確り伝えられているようだ。
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眼に留めて写真も撮ったモノ以外にも、様々な展示が興味深い。そして「歩き廻る途中で気軽に…」という具合に立寄ることも叶う。記憶に留め、再訪してみたいような場所だ。

>>『深ぼり京都さんぽ』
posted by Charlie at 06:53Comment(0)京都府

煙草店の店頭の公衆電話…(2022.05.13)

↓煙草店の前に、何やら年季が入った看板だ…
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↓少し「昔風…」な感じで、何か「懐かしい…」というような気がする感じだ…
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↓こんな公衆電話…「余り視掛けない?」という感じになった。
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今般の京都滞在の中、同行者と動き回っていて、立寄った先で京都在住の友人と出くわし、同行者と友人とも意気投合したので、自身を含めて3人でこの辺りを少し歩いた場面が在った。「一寸、電話照会をすべき事柄が…」ということになり、「如何しましょう?」と話していた時、この場所に至った。そこで「待っとけ…電話を架ける…」と自身は硬貨を引っ張り出して電話を架け、電話照会をすべき事柄を解決した。

と、3人で何となく顔を見合わせて笑った。「こういう電話から架けて、用事を足してしまったという話しを余り聞かない…この電話機を実際に使っている場面を前に視たのは何時だったであろう?」という話しになった。そして少し歩いた後だったので、灰皿が確り在ることを幸いに一息入れていた…

↓期せずして同じ場所を再度通り掛かった。事案の中でそれなりに大切な事柄を照会する電話を架け、事柄が巧く動く契機を生み出してくれた「想い出の公衆電話」となった代物だ。何となく写真に収めてしまった…
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それにしても…こういう街角の雰囲気…少数派になっているかもしれない…
posted by Charlie at 02:01Comment(0)京都府

五劫思惟阿弥陀仏:金戒光明寺(2022.05.13)

↓「妙な“被り物”??」というのか、「大胆なアフロヘア―」というのか、不思議な形の頭をした仏像だ…
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↓「五劫思惟阿弥陀仏」(ごこうしゆいあみだぶつ)という像であるという。
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↑「妙な“被り物”??」というのか、「大胆なアフロヘア―」というのか、不思議な形の頭は頭髪(螺髪)(らほつ)なのだという。

諸々の衆生を救わんと「五劫」という永い間に亘り、只管に思惟を凝らし、四十八願を立てて修行をしたという阿弥陀仏ということが「無量寿経」に在るのだという。その「五劫思惟」の姿を現したというのがこの像であるという。

「一劫」というのは「四十里立方(約160km)の大岩に天女が三年に一度舞い降りて羽衣で撫で、その岩が無くなるまでの長い時間」のことなのだという。岩を衣で撫でて、どの程度の岩が削られるというのか??衣で撫でて、やがて岩が無くなるとすれば、それは途方もない長い時間だ。「五劫」となれば、その「一劫」の5倍だ…

気の遠くなるような長い時間、思惟を凝らして修行に打ち込んだ結果、髪の毛が伸びて渦高く螺髪を積み重ねた頭となってしまった様子がこの像なのだという。

↓不思議な像だが、全国でこの「五劫思惟阿弥陀仏」(ごこうしゆいあみだぶつ)という像は16体程に留まるのだという。
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↑制作時期は不詳らしいが、「江戸時代中期」と目されているそうだ。石像である。

↓不思議な姿が人気なので、場所を案内する看板も掲出されている。
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金戒光明寺は、比叡山を下りた法然上人(1133年-1212年)が最初に庵を結んだ場所が寺となって行ったとされる。浄土宗の寺だ。
posted by Charlie at 19:33Comment(0)京都府

錦天満宮…(2022.05.10)

朝、四条河原町辺りから三条の側へ北上すべく商店街になっている場所を歩いた。色々なモノが在って、朝の静かな時間でも何やら歩くのが愉しい場所だと思う。

↓こういう具合に神社が設けられている…
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もう少し賑やかな時間帯に通り掛かって立寄ったという経過も在ったが、こういう「静かな朝の風情」も凄く好い…
posted by Charlie at 07:24Comment(0)京都府

<羅城門>:「10分の1」の模型…:JR京都駅(2022.05.12)

JR京都駅では、新幹線の列車に乗降する南側の八条口に対し、北側の烏丸口は「街へ連なる」という感のような感じに見受けられる。「京都」というのは「都心」が判り悪いかもしれない。様々な経過、色々な事由で、各々に繁華な場所が幾つも見受けられるのだ。

JR京都駅周辺は「交通の結節」という意味で繁華であるが、京都の礎となる“平安京”の「入口」であった辺りからも然程遠くはない場所だ。

↓そのJR京都駅の烏丸口辺りでこんなモノを視掛け、思わず足を停め、提げていたカメラを使った…
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↑随分と手が込んだ模型で、見入ってしまった…

これは「平安京の出入口」として在ったと伝えられる<羅城門>を「10分の1」の模型として造ったモノであるという。1994年に「建都1200年」ということで、色々な分野の職人が参加して製作したモノとのことだ。

何やら凄く興味深い…
posted by Charlie at 06:36Comment(0)京都府

<HRC Kyoto>のデニムジャケット…(2022.05.11)

↓何となく写真に収めてしまった…
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2020年8月に入手の代物である。「Hard Rock Cafe KYOTO」とロゴマークが刺繍されている。現在は、小さなアイロンを使って貼るワッペンを貼ってみている。

↓正面は至って普通なデザインだ…
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<HRC Kyoto>は“事情”による急激な集客減等の要因と見受けられるのだが、既に閉店になってしまっている。今般、偶然出くわした京都在住の友人が同行者とも意気投合して、少し御一緒した際、自身が引っ掛けていたこのジャケットに、店が営業していた頃を知っている友人が「あっ!<ハードロック京都>!?」と反応したのだ。

自身では2020年12月に立寄る機会が在ったのだが、その少し後の閉店で、それが「最後の機会」になってしまっていた。祇園白川の旧い建物の外観をそのままに、出入口にロゴマークを染め抜いた暖簾を提げていて、中に入ると少し渋い感じながらも、世界各国の都市で親しまれている<HRC>という感じだった。往時を知っている友人と、そういう話しを、往時を知らない同行者に紹介する等していた。友人の観方では、国外からの来訪者の間で殊更に人気が高かった店で、国外からの旅客が途切れ、飲食店業全般が“事情”で低迷を強いられた中で、営業継続困難ということになったのかもしれないということである。

何れにしても、京都で求め、稚内へ持ち帰って自身で着用しているジャケットが、京都へ「里帰り」ということになる。今般、偶々ながらも、友人との話題にもなった。何となくこのジャケットへの愛着が高まった…
posted by Charlie at 06:13Comment(0)京都府

<真宗本廟>(東本願寺)…(2022.05.12)

多少の雨が交った日とはなったのだが、「雨ニモ負ケズ…」と街を歩いた…

四条烏丸から烏丸通に歩を進め、JR京都駅を目指す。南下することになる。

JR京都駅の少し北に「酷く大掛かりな…」という感じの寺が在る…
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↓所謂「東本願寺」だ…
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↑見えている建物が御影堂だ…真宗の寺で親鸞聖人を祀る場である。

記憶を辿ると、随分と以前に立寄っている場所だが、長く御無沙汰しているような気がして、一寸立寄ってみた。

↓境内への「正面入口」に相当するのは御影堂門だ。
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↑<真宗本廟>と額が掲げられている。これがここの正しい名称だ。所謂<西本願寺>と区別するため、一般に「東本願寺」と呼ばれる。実際、所謂<西本願寺>に対して、少し東寄りに在る。

↓幅が21m、奥行きが13m、高さが27mという御影堂門は、木造建築による寺の山門としては世界最大級であるそうだ。
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↑1907(明治40)年に起工し、1911(明治44)年に落成している。

東本願寺は明治時代に火災で建物が損なわれ、再建が図られた。その建物が今日に伝わっているということになる。

↓境内に入り込めば、御影堂の巨大さに驚く…
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↓隣の阿弥陀堂も大きい…
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↓「何やら凄い建物だ…」と思いながら辺りを歩き廻っていた…
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↓手水鉢の竜が酷く立派だ…
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↑向こう側に京都タワーが一寸視える…

↓境内の案内図も在るが、判り易い…
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↓少し大きなイチョウの木も在る…
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「JR京都駅に程近い」という辺りに、なかなかに壮麗な寺が在るということになる。存外に好いと思った。
posted by Charlie at 02:12Comment(0)京都府

「四条烏丸」…(2022.05.12)

札幌では、例えば「北1条西1丁目」というような具合に、東西に延びる通(条)と南北に延びる通(丁目)を出して辺りを特定する。

ユジノサハリンスクでは「サハリンスカヤとレーニンとの交差点」というような具合に、2つの通の名を挙げて「交差点」とすることで辺りを特定する。

札幌やユジノサハリンスクは「“碁盤の目”に道路を設えた」という街で、相対的に新しい。意識しているのは「“碁盤の目”に道路を設えた」という街の「大先輩」たる京都かもしれない。

↓京都ではこういうような標識を時々視る。
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↑東西に延びる四条通と、南北に延びる烏丸通が交差している辺りであることを示している。

京都の街中では、こういうような「2つの通の名を組合わせた呼称」で辺りを特定している。「四条烏丸」というような呼び方がポピュラーだ。

ほんの少し馴染むと、「JR京都駅の正面辺りが烏丸通で、一寸西に堀川通、そのまた西に大宮通…」という程度の位置関係が何となく判るようにもなる。

札幌やユジノサハリンスクは「“碁盤の目”に道路を設えた」という経過が相対的に新しく、スッキリしているが、今日とはその限りでもない一面も在る。何やら、古い“碁盤の目”の上に新たな“碁盤の目”を重ねている部分が在る、或いは道路拡張が為された箇所と為されていない箇所とが歪な繋がり方をしているというような例も多々見受けられる感だ。

↓「四条烏丸」に関しては、双方共に大きい感じの道路で、何となく判り易い。
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今般は、何となく四条通と縁が深まった感もする。京都に着いて程無く「四条河原町」の宿に陣取り、その後は「四条烏丸」の宿に陣取ったのだった。
posted by Charlie at 19:54Comment(0)京都府

長い通路…:今出川駅:京都市営地下鉄烏丸線(2022.05.11)

地下鉄の駅は、大概は幾つかの出入口が在る。列車で地下の駅に着けば、「目指す場所に近いのは?」と出口を択び、そこへ向かって通路を進み、地上に出ることになる。

「訪ねるべき場所」が今出川駅に近いという場所であった。間違いなく円滑に訪ねたかったので、何度もネットで地図や駅構内案内を事前に確認しておいて、それを念頭に地下に在る今出川駅に列車で到着した。

↓目指す出口の番号や「↑」が掲出されているので、それに従って進もうとするが、何やら長い通路で、少し面白い眺めであると思った。
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↓何か「果てしなく続く?」と思わせる雰囲気も漂う…
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↓歩を進めたが、些かのカーブも在って、未だ続きそうだ…
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↓こういう場所は“縦位置”にすると、一層奥行きが深く見えるかもしれない…
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些かのカーブを曲がると、出口は然程遠くはなかった。が、何か「面白い眺め…」と思ったので提げていたカメラを使った…
posted by Charlie at 03:34Comment(0)京都府

ホットケーキと珈琲と…:<スマート珈琲店>(2022.05.10)

「次に○○を訪ねる機会が在れば?」という程度のことを、肝腎の「○○を訪ねる」という予定が「全く無い!」にも拘わらずに思い描く場合が在る。京都に関してもそういうことが多く在る。

「次に京都を訪ねる機会が在れば?」ということであれば、「老舗喫茶店で“朝食”を摂る」というようなことである。

今般、そういう機会を設けることが叶った!

↓滞在した四条河原町の宿から寺町通を少し北上すると、老舗喫茶店の一つであるこの店に至る…
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↓朝は1階席のみを開けている。陣取った辺りからの眺めだ。
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↑出入口付近に焙煎機が在って珈琲豆の焙煎をしていた。珈琲の方向が立ち込めて心地好かった。

↓その出入口付近の焙煎機で焙煎した豆を使った珈琲が、1932年という創業から日が浅い頃からのデザインであるというロゴが入った美しいカップに満たされて供される。
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↓そして「伝統!」のホットケーキである。
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↑何やら、嘗ては京都に出入りする著名人が好んでこれを頂いていたという挿話も色々と在るらしい…

↓「美味い珈琲から始まる朝」というのは素敵だ…
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posted by Charlie at 00:57Comment(0)京都府

<産寧坂>:坂を下りながら…(2022.05.09)

「街の坂道の風景」というモノは興趣が深いと思う。地形が複雑な景観を作り出し、同じ場所が違って見えるというような様子が発生し、時間帯毎の見え方の違いが際立つと考えている。余計な事ながら、坂道が多く在る街では、進行方向の違いで「街並みの見え方」が違って、何やら「迷い易い?」という気がしないでもない。

<産寧坂>は「京都」とでも聞けば思い浮かぶような風景が観られるのかもしれない場所だ。京都は「(存外に段差は多いかもしれないものの)概ね平坦な感じ」のような気もするので、あの「坂道の街並み」というのは、「或いは特殊?」ということになってしまうかもしれないのだが。

以前に「下から上がり、時々下を振り返る」という形で<産寧坂>を歩いている。今般、清水寺に立寄った後に、「坂を下り、時々上を振り返る」という形、以前と“逆”に<産寧坂>を歩いてみた。

↓坂の上から視えている木は枝垂桜であったと記憶する。青々と葉が茂っている。
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↑自身は“寒冷地仕様”と嘯く程度なので然程気にならなかったが、人によっては「肌寒い…」と感じるかもしれない様子ではあった。それでも木の葉の様子に「時季」を感じた。

↓未だ午前6時台で静かだ…この辺りは静かな早朝の散策が好いのかもしれない。
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↓唐辛子等、伝統的な調味料を扱う店のようだ。何か味わいが在る外観のように思った…
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↓舗装というのか、石畳というのか、現代的に路は設えられているように見えるが、何処となく「時代劇映画の大規模なセット」というような気さえしてしまう。
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↓「下り」の場合は「進む先」に五重塔が視える…
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↓やや雲が多い感じだった…
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↓歩を進める都度に見え方が変わるような感じで面白かった…
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↓塔の下あたりに差し掛かって見上げた…
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↓そして下から振り返って上を眺めた…
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「下から上がり、時々下を振り返る」という形であれ、今般のように「上から下がって、時々上を振り返る」という形であれ、辺りの景色はなかなかに好い。
posted by Charlie at 00:07Comment(0)京都府

<鶏ドロラーメン>:ラーメンを「探した」という件…(2022.05.10)

一日の用事を足して宿へ引揚げようかという段になって、同行者が言った。「ラーメンを食べませんか?」とである。

「その辺にラーメン店が在れば、一寸寄るか…」ということになった。

歩きながら「ラーメン」という看板類が眼に留まると近付いた。が、如何したものか「営業していない?」という状況ばかりだった。午後5時前後だった。

「ラーメン」という看板類を眼に留め、「営業していない?」という状況が何度繰り返されたか判らなくなった頃である。

↓営業中のラーメン店に漸く行き当たった。午後5時20分近くになっていた。
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暖簾を潜ってみれば席に案内されたのだったが…「5時半にラストオーダーで6時閉店」ということだった。「構いませんか?」という話しなので「構わない」と応じた。

↓色々と在るメニューを拝見し…
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↓<鶏ドロラーメン>というモノを択んだ…
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「ドロ」と言うが、肉類の油が濃い感じの「ドロっとした」とでも形容したいスープにストレートな麺と具材とが絡むような感のモノだった。同行者は「何時か頂いたロシアのスープにこういうのが在ったような?好い感じ…」としていた。なるほど、何処かの国のスープにこういう感じが在るかもしれない。

それにしても、「ラーメンを食べませんか?」で「ではその辺で…」と歩き始めて、何やら「探し回る…」という感になってしまうとは思ってもいなかった。

↓何処となく「不思議?」な感じもする出来事の故に、何か「想い出の味」というようになった一杯だった…
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posted by Charlie at 23:06Comment(0)京都府