<13077>:宇治駅…(2020.03.30)

↓京阪の車輌の画が出て来た!!4輌編成の電車だ…
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↑宇治駅に到着した時に撮った画だ…

京都の出町柳から大阪方向へ進む列車に乗り、京都の街の南側である伏見に在る中書島で列車を乗換えると宇治駅に向かうことが出来る。中書島・宇治間は一定間隔で列車が「折り返し運転」を繰り返しているように見える。この時の列車も、宇治駅で直ぐに待機態勢となり、中書島へ向かうことになっていた…

停車中の<13077>は京阪の<13000系電車>で、2012年に初登場した型だ。<13077>は2018年に登場した編成であるようだ。未だ真新しい感じもした車輌だった。

<13000系電車>は4輌編成または7輌編成で新造されていたようだが、7輌編成を4輌にして、4輌編成の列車にする、またはそれを組み合わせて8輌編成の列車にするという運用も在るようだ。<13077>は7輌編成で新造されたモノを4輌にして運用している例であるようだ。

京阪の宇治駅は2014年以来だと思った。中書島駅から宇治駅を目指す場合には手前になる黄檗駅は2019年に利用した経過も在ったが…

この時は宇治駅で下車後、宇治神社宇治上神社を訪ねたのだった。

こういうような列車を、「1日乗車券」に類する切符を手に、正しく「随意!」に利用して、何となく方々を動き回るというような1日の感じ…そういう状況が酷く恋しくなるような昨今である…
posted by Charlie at 18:16Comment(0)京都府

<茶壺型ポスト>…(2020.03.30)

「宇治を訪ねる」となれば、「京阪の宇治駅」か、「JRの宇治駅」かを利用することとなる。双方の軌道は一部で並行しているのだが、両“宇治駅”は互いに川を挟むように立地している。両者は隣接しているというのでもない…

京都市内から、京阪の列車を利用して宇治に着いたのだが、京都市内へ引揚げる際にはJRの列車に乗ることにした。宇治で立寄った神社は京阪の駅が在る側の河岸に鎮座していたが、そこから川に架かる橋を渡って「JRの宇治駅」を目指して歩いた。

「JRの宇治駅」の辺りに迷わず至り、駅の入口らしきモノを認め、駅側に近付いた…

↓何やら「妙なモノ」が眼前に現れ、思わず足を停めた…
30-03-2020 Kyoto vol01 (104)
↑「宇治茶」で知られる街なので「“茶壺”のオブジェ?」と思ったのだが…「〒」(郵便)の印が在る…<茶壺型ポスト>なのだそうだ…

ここに手紙を投函したら?心地好い茶の香りでも着いた便りが届く?ということにはならないであろうが、何となく面白い。

<UJI CHA>=宇治茶…(2020.03.30)

↓「自販機が置かれている…」と、何となく眼に留め、そのまま通り過ぎようとしたのだったが…そう出来ずに足を停めて見入ってしまった…
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↓「宇治茶」を謳う飲料ばかりを並べて販売している…「宇治茶 UJI CHA」と態々書いている…
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宇治は「宇治茶」で知られる街だ。そういう「地元ならでは…」ということなのであろう。一寸、面白かった…
posted by Charlie at 05:21Comment(0)京都府

宇治上神社…(2020.03.30)

<平等院>が圧倒的に有名な宇治に在って、「非常に有名な神社」というモノも在る…

↓宇治上神社(うじがみ神社)である…
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↑宇治神社の直ぐ近くで「対を成す」かのように鎮座する社である…

↓境内へ入っていく辺りの鳥居の脇に在る桜が「花盛り」で実に美しかった…
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この宇治上神社は「ユネスコ世界遺産」の「古都京都の文化財」の“構成資産”の1つなのだそうだ…京都市、宇治市、大津市に点在する17件の文化財が登録されているという。

個人的には、「ユネスコ世界遺産」には然程の関心を寄せていない。古くから伝えられる様々な文化財には各々に価値が在る。中には、様々な国々の人達がその価値を尊びたいとするようなモノも在るのであろう。が、文化財はそれを愛でれば、敬えば、それで十分だ。「世界○○」等と“権威付け”をしようがしまいが、文化財そのものの尊さに何ら変わりは無い筈だ。そうした文化財等は、粗末にせずに、可能なように護って未来へ伝えるようにすれば善いというだけだと思う。

そういうように思っているので、<世界遺産 「古都京都の文化財」>ということになっている17件を特段に把握はしていない…<世界遺産 「古都京都の文化財」>には「“京都”とでも聞けば、誰もが思い浮かべるような著名な場所、建物」が含まれているのであろうという程度に思っていた。宇治上神社がそれの中に含まれていることを示す、境内の入口辺りに掲げられた石柱は「やや意外?」と思った。

↓こちらが拝殿だ…
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↑平安時代の貴族の邸宅に見受けられたという<寝殿造>の建物の一部で、鎌倉時代後期のモノであるという。以前に上賀茂神社で見掛けた「立砂」(たてずな)が見受けられるのが面白いと思った…

↓そしてこれが、拝殿の脇から廻り込んで視られる本殿である。
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↓この本殿は、「年輪年代測定調査」という方法で建物に使用されている木材を調べた結果、「1060年頃の建築」と判定されたのだという。
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↑「現存する最古の神社建築」ということになるのだ!

実は、この宇治上神社に関して、事前には「現存する最古の神社建築」ということを聞き及んでいて、それに興味を覚えて足を運んでみたのだった。

宇治神社とは本当に「直ぐ近く」なのだが、明治時代以前には<宇治離宮明神>または<宇治離宮八幡宮>と呼ばれ、宇治神社と宇治上神社が「一体」だったそうだ。本殿の中央に「正一位離宮太神」という扁額が在るが、それが2つの神社が一体化していた時代の呼称を想起させるモノになっている。明治時代に2つの神社になって、現在に至っているそうだ。

神社の建物は、色々な時代のモノが各々に受け継がれている訳だが、この「現存する最古の神社建築」に関しては「視られて善かった!」と思った。

「1060年頃」ということであれば、かの<平等院>に関して藤原頼通が1052年に宇治の邸宅を寺院化したことが起こりと伝えられているというが、「概ね同時期」ということになる。そんな時代から、古代の皇子や天皇を祀って、その信仰が千年近くに亘って受継がれている証がこの本殿だ…

「神社」というモノは「1060年頃」という次元ではなく、相当に古い時代に起こり、その信仰は永く受継がれている。そういう中で、この宇治上神社の「現存する最古の神社建築」というモノが確かに在って、千年近く在り続けている…千年近くの間に、天災や戦乱、疫病の流行も在ったことであろうが、「それでも受継がれている」ということになる…何か心動かされながら建物を眺めていた…

やや地味かもしれない場所だが、この宇治上神社はなかなかに興味深い場所だ…
posted by Charlie at 06:09Comment(0)京都府

宇治神社…(2020.03.30)

「宇治」と言えば<平等院>が圧倒的に有名な場所であるように思う…が、その<平等院>が在る辺りと「川を挟んだ辺り」に古くからの伝統を誇る社が鎮座している。

↓宇治神社である…
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宇治神社は「宇治の産土神(うぶすながみ)」、「郷土の守り神」というような存在で、応神天皇の皇子であった菟道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)の神霊を祀っているのだそうだ…

菟道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)は、父の応神天皇に寵愛されて皇太子に立てられたものの、後の仁徳天皇となる異母兄に皇位を譲るために自殺したという美談で知られているという。

「宇治」という地名は「菟道」に由来という話しが在るそうだ。「菟道」は「うぢ」ということになる。道に迷っていた皇子の前に現れた兎(ウサギ)が、皇子の方を何度も振り返りながら進むべき道を先導したという言い伝えが在るという。それに因み、宇治神社では兎を神様の御使いとしているそうだ。

↓静かな場所だが、「4世紀の出来事」と伝えられる挿話に依拠した、かなり古くからの地元の篤い信仰を伝える、なかなかに雰囲気が好い場所だった…
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出先で、こういう「好い雰囲気だ…」と記憶に留めたい場所を随意に巡ってみるというようなことが、非常に愉しい。
posted by Charlie at 06:07Comment(0)京都府

居室…:京都(2020.03.29)

↓京都の宿の居室である…
29-03-2020 Kyoto (2)
↑「ツインのシングルユース」という形であった…専ら、奥の窓側に据えられたベッドを使用した。在室時は、角の机や椅子の辺りに陣取っていた…

窓からは少し先に在る八坂神社の<西楼門>辺りが一寸視える、祇園に立地する宿だった。こういう場所に滞在してみる機会は、これまでに設けることがなかなか叶わなかった…

ここを起点に、夜明け前から<祇園枝垂桜>を眺めるというようなことや、老舗喫茶店で朝食を愉しんでみようと出掛けるようなことや、祇園白川の<HRC Kyoto>に寄って夕食を摂ることや、その他様々な場所を歩き廻って「自分なりの京都」というモノを思い切り愉しんだように思う。
posted by Charlie at 06:04Comment(0)京都府

<KYOTO STATION>…(2020.03.30)

↓京都駅に掲出されていた…
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↑昭和の最初というような頃の旅行案内書に掲載された図であるらしい…画の下側、真中から少し右に寄った辺りの「南東」を示す辺りに京都駅が在る。そして山々に囲まれるようになった京都の街が広がっている…街の中には路面電車が走っている様子も在って、なかなか芸が細かい…

京都は、こういう「昔の絵地図」というようなモノが酷く似合うような気がしないでもないが…それでもこういう「昭和の最初」というような頃とは大きく様子が変わっている…

少し興味深く、掲出された図を眺め入ってしまったのだった…
posted by Charlie at 06:57Comment(0)京都府

烏丸駅&京都河原町駅…(2020.03.30)

京都で滞在した宿の最寄駅は、京阪の祇園四条駅で、次に近いのが阪急の京都河原町駅であった。

そういう状況であったのだが、京都で動き回る場面で両駅を利用しようとしたが、今般は阪急の京都河原町駅を利用する頻度が少し高かった…

阪急京都線の、京都の街中での軌道は「概ね四条通の地下」という感で、列車は地下で街を東西に行き交っている。この路線が街の南北を結び、奈良に至る近鉄京都線にも繋がる地下鉄烏丸線と交差するのが烏丸駅だ…

↓烏丸駅…各地によく在る地下鉄駅を思い起こすような雰囲気だ…
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↑列車の接近が伝えられて注意喚起をするアナウンスが聞こえる…

↓車輌の形式が変われば、列車の視た感じは変わりそうなものだが…阪急の場合はどの車輌も同じような色の塗装で、何れも丁寧にメンテナンスしていると見受けられてピカピカなので、「どの型の車輌が現れてもイメージが不変」という「多分、他所では無い!」と思われる特徴が在ると思う…
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↓多少減速しながら停車しようとする場面だ…
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烏丸駅は京都河原町駅の隣だ。烏丸駅で乗車すれば、あっという間に京都河原町駅に着いてしまう…

↓京都河原町駅に着いた列車は、殆どの場合、方向幕が素早く切り替えられて折り返し運転となる。
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↑この時の列車は、大阪梅田駅を目指す列車として折り返し運転となっていた…

クロスシートを装備した車輌の場合、乗務員がスイッチ操作で座席を逆方向(進行方向)に向き直すようにして、そこから待機で乗客を迎え入れるようになっているが、画のようなロングシートの車輌ではそういう間合いは生じない…

独自な好い伝統を持って列車の運行を続けている阪急のような、関西の私鉄の列車を利用してみるのは、普段はそれに縁遠いことも在って、なかなかに興味深いと思う。
posted by Charlie at 06:55Comment(0)京都府

京都駅の中…(2020.03.30)

↓「とりあえず見上げてしまう…」という感じの場所が巷には幾つも在るような気がするのだが…「京都駅の中」というのは、そういう種類の場所の代表的な例であるように思う…
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↑所謂「烏丸口」であるが…

↓あの辺りの階段やエスカレータは「天まで届く?!」というようにさえ見えてしまう…
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現在の駅ビルは「京都駅」としては4代目の駅舎になるということで、1997(平成9)年から駅の部分が供用されているそうだ…何時の間にかオープンから年月も経って、何となく見慣れたような感じにもなっているが…それでも到着する都度に「とりあえず見上げてしまう…」という感じは免れ悪い…

「とりあえず見上げてしまう…」という感じの京都駅だが、「少し前の映画で大怪獣が戦った…」と記憶していて…調べて確かめた。『ガメラ3 邪神 イリス 覚醒』という1999(平成11)年の映画だった…

↓その「京都駅の中」で<ガメラ>と<イリス>が戦う場面の映像を見付けた…20年も前の映画だが、色褪せてはいないかもしれない…余りやらないのだが、敢えて映像が視られるリンクを入れておく…(3分51秒辺りから両怪獣が京都駅の中に入り込む…)


↓何度立寄っても興味尽きない場所のように思う…
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posted by Charlie at 17:55Comment(0)京都府

<堀川第一橋>…(2020.03.30)

清明神社の近くに<堀川>が在る…

<堀川>は京都の街中を真直ぐ流れる川だ。色々と利用されていたが、次第に顧みられなくなって行った。そして水流が途絶えて地名に名残を残すのみとなっていたようだが、2000年代に川として、河岸の憩いの場として復興整備が施されたのだという。

↓その<堀川>にこういうモノが在った…
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↑<堀川第一橋>(ほりかわだいいちきょう)という石造の橋だ。

↓柱に<堀川第一橋>と確り刻まれていた…
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この辺りには、古くから<中立売橋>(なかたちうりばし)という橋が架かっていて、御所と二条城とを結ぶ経路に在ることから、江戸時代には幕府が管理する「公儀橋」と位置付けられて重視されていた。

1873(明治6)年に、橋は石造のモノに替えられた。そして<中立売橋>という名は通称として残るが、<堀川第一橋>が公式の名称ということになった。

↓非常に美しい橋だ。真円の一部になるような形のアーチを描く形状だ。日本国内では稀な形状であるという…
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嘗ては車輌が通る部分を舗装していたそうだが、平成に入って全面的に石畳になったのだという。京都市が文化財に指定しているそうだ…

↓辺りは「親水河岸」というような雰囲気に整備されていて、桜が好い感じだった…
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この石造アーチ橋が築かれたという1873(明治6)年であれば?伝統的な技術が用いられたのかもしれないが、「明治初期に新しい石橋」という辺りに、「時代毎に各時代の新しい技術等を容れた京都」という「街の個性」に想いが及ぶ…

早朝の八坂神社…(2020.03.30)

前日の“消耗”に関して、好い塩梅に保養が出来たと感じ、早朝から歩き廻ることとした…

↓狛犬だ…
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↑これは「阿形」だ…

↓そして「吽形」の狛犬である…
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↓八坂神社の東大路通に面した門…<西楼門>である…
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↑なかなかに迫力が在る建物だ…

↓境内に進み入る…<南楼門>が眼に留まる…
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↓<南楼門>から境内の外側に何歩か出てみた…桜も咲いていて感じが好い…
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この時は、「夜明前の<祇園枝垂桜>を観る」ということを「一日の振出に…」と思いながら戸外に出たのだが、八坂神社の建物もなかなかに好い趣であると思った。参拝者、通行人が多い時間帯とは少し雰囲気が異なっていたと思う。或いは、<祇園社>と呼ばれていた昔は「こういう雰囲気だった?」と想像してしまった…「近隣他都市に滞在して、朝から京都に乗込む」というのも悪くはないが、「京都の街中に滞在して、静か過ぎる早朝から動く」というのも面白い…
posted by Charlie at 01:48Comment(0)京都府

清明神社…(2020.03.30)

↓“五芒星”の扁額が鳥居に掲げられている…
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↓独特な扁額の故に酷く存在感が在る鳥居だ…
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↓<一条戻橋>辺り、“陰陽師”として知られる安倍清明の屋敷の跡が社になっている。
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↑“五芒星”の扁額を掲げた鳥居の傍に、古い<一条戻橋>を再現している。<戻橋>には「冥界とこの世とを結ぶ橋」という伝承が在るという。<戻橋>の標柱の脇の石像は、陰陽師が僕のように使う<式神>(しきがみ)と呼ばれる鬼神をイメージしているのだという…

↓存外に参拝者が多かった感だが、拝殿や本殿の在る辺りへの入口だ…
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↓拝殿を正面から眺めた…両脇に安倍清明像と<厄除桃>が据えられている…
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↑提灯にも“五芒星”が記されているが、これは<清明桔梗>とも呼ばれる紋なのだという。

↓「概ね等身大?」というような大きさの安倍清明像だ…
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「陰陽師」というのは陰陽五行説に基づいた陰陽道による御祓いや祈祷、吉凶占い、暦や時間に関する事に携わる仕事であったという。安倍清明は一条天皇の時代にそうした陰陽師の仕事で功績を挙げ、他界の後に屋敷跡で祀られることになったのだという。その後、清明神社の礎となった屋敷跡は色々と在って敷地はささやかなものとなって行ったものの、幕末頃から整備が進み、1950(昭和25)年に少し敷地を拡げて現在のような状態になったのだそうだ…最近は映画等―何か「魔法使い」のような感じに描かれているかもしれないが…―を通じて陰陽師が、安倍清明が知られるようになり、人気の神社ともなっているようだ。

↓御神木は楠だ…推定樹齢は300年程であるという。
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↓何か「エネルギー」のようなモノを感じる木だ…
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ここを参拝すると…何か陰陽師の力で「悪いモノ」を拭ってくれるというような気分になると思った…独特な趣が在る場所で、訪ねてみる機会が設けられて非常に善かったと思う…
posted by Charlie at 07:45Comment(0)京都府

御霊神社(上御霊神社)…(2020.03.30)

京都の礎となっている<平安京>では、北から「一条、二条、三条…」というように東西に延びる通が設けられた。数字が大きくなる程に南側だ。これは現在でも変わっていない…京都駅が在るのは七条や八条というような、街の南側だ。

一条の辺りを訪ねたかった…街を南北に結ぶ地下鉄の烏丸線の列車に乗車し、今出川駅で下車した。そして地下駅から地上の通に出た時、「↑京都駅」という標識を視掛けた。これを視て…「京都駅は南で、目指す一条は北」と思い、標識上の「↑」と逆側を目指して歩を進めた。

ところが…目指す一条らしき場所に行き当たらない…そのうちに、明らかに今出川駅ではない地下鉄駅の出入口が眼に留まり、駅名を視ると鞍馬口駅となっていた。要するに、今出川駅そのものが一条の少し北に在って、一条を訪ねるというのであれば、「↑京都駅」という標識の「↑」が示す南の方角へ進むべきだったということだ…

↓結果、鞍馬口駅に近い辺りでこういう場所に行き当たった…
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↑<御霊神社>という場所だ…

↓美しい楼門が迎えてくれる…
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↓なかなかに雰囲気が好い境内だ…
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↓これが<御霊神社>の拝殿だ…
30-03-2020 Kyoto vol01 (62)

この神社は<御霊神社>と号しているが、もう一つの御霊神社と並べて<上御霊神社>とも呼びならわされている。

平安時代辺りには「御霊信仰」と称される、「災害や疫病は不運の中で斃れた人達の怨霊が祟った…」とする考え方から<御霊会>という怨霊を鎮める催事を行うことが盛んだったという。そういう営みに起源を有するのが、この御霊神社ということになる。

ここで祀られる「御霊」とは?崇道天皇、伊予親王、藤原夫人、観察使(藤原仲成)、橘大夫(橘逸勢)、文大夫(文室宮田麻呂)等のことである。

こういうとこなら、以前に奈良の御霊神社に寄っているが、奈良の御霊神社も似たような趣旨で、崇道天皇等を祀っていた…

<御霊神社>という呼称の神社は方々に見受けられる。「御霊信仰」が深く広く普及していた証しと言えるかもしれない…

↓何か好い趣の場所で、居心地も好かった…
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世の災厄が“御霊”の祟りであるというのであれば…この<御霊神社>の力で鎮まって欲しいものだ…
posted by Charlie at 07:41Comment(0)京都府

瓦店…:祇園白川(2020.03.29)

外で「少し面白い!」というモノを視掛ける場合が在るが、それらに関しては、多くの場合は製造や販売に携わっている会社や個人が在る筈だ。

↓「とりあえず京都に…」と、陣取った宿に近い祇園白川辺りを歩いて、こんなモノを視掛けた…
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↑瓦を扱う店で、看板替わりに色々な種類の瓦を掲げていたのだ…

京都やその他の近県の街角で、屋根の隅に何かの像が付いた瓦が使用されている例を視掛ける場合が在る。通り掛かって視掛けた店では、そういう像が付いた瓦を色々と用意して販売しているということである。

こういうモノは「建物に関わる人々の幸せを祈って…」ということで据えられるのだと想像するが、瓦を商う店で掲げているモノは所謂“七福神”と見受けられる像が目立つ。

こんなモノに出くわし、眺めながら歩くのが愉しい…
posted by Charlie at 05:35Comment(0)京都府

<京都国立博物館>の門(と建物)を望む…(2020.03.30)

清水五条駅に近い<喫茶 ラ・ヴィータ>で小一時間も寛いだ後、<豊国神社>に立寄り、「以降は徒歩のみではなく、列車にも乗ろう…」と七条駅を目指した…

<豊国神社>から踏み出して程無く、こんなモノを眼にした…
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これが<京都国立博物館>だ。最近の「事情」で休館中ではあるが、午前8時台なので、何れにしても開いてはいない…

<京都国立博物館>の、門の間から視えている建物は1892(明治25)年)着工で、1895(明治28)年に竣工したそうだ…

↓何か欧州の何処かの国の、王族に所縁の宮殿とか、国会議事堂やら大統領官邸というようなモノを想起させる建物だと思った。
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そう言えば…この<京都国立博物館>も、「非常によく知られている」という場所で、直ぐ近くまで訪れた経過は在っても「どういう訳か立ち寄っていない…」というような場所となっていた…

「何時か…」と思いながら、七条駅の側へ歩を進めたのだった…
posted by Charlie at 05:25Comment(0)京都府

サイフォンで淹れた珈琲とバタートースト…:<喫茶 ラ・ヴィータ>(2020.03.30)

<祇園枝垂桜>、<産寧坂>、<大谷本廟>と<東大路通>を南下し、京阪の清水五条駅の辺りに至った。京阪の路線の七条駅から出町柳駅までの区間は、街の東寄りの地下に軌道が敷設されている。故に「清水五条駅の辺り」と言っても、「川沿いの道路の歩道部分に地下駅との出入口が見える」ということになる。

朝5時頃から歩くと…時間はたっぷりと在る。清水五条駅周辺に至った時点で朝7時前という状態だった。そのまま歩き続けるというのも消耗してしまいそうなので、一息入れられそうな場所を探した…

↓歩道にこんな看板が出ていた…<喫茶 ラ・ヴィータ>という店が在った。
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↓「営業中」だ!!
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↓「おはようございます!」と入ってみれば、「古き善き喫茶店」という風情が溢れる店だった…
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折り良く、店主氏が店に着いて、この日の営業を始めようとしていたところだった…流れていた音楽―詳しく知らないが、やや懐かしい感じがしたラテン系な曲だった…―に合わせて、店主氏の鼻歌が混じる。お気に入りの音楽と共に一日を幕開けしようとしていたのであろう…

↓スタンダードな感じのブレンドコーヒーをサイフォンで淹れていた…極々軽いブレックファストという感で、バターを塗ったトーストを頂いた…
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何か、主に近隣に在る皆さんが立ち寄る店というような感じの場所だった。そう言えば以前にもそういう感じな店に立寄ったことが在った…こういうような「日常の街角」に、一寸だけ静かに御邪魔させて頂くというのも、旅の愉しみというものかもしれない…京都に関して言えば、この種の「近隣に在る皆さんが立ち寄る」というような喫茶店は無数に在るような気がする…
posted by Charlie at 06:33Comment(0)京都府

<大谷本廟>…(2020.03.30)

<祇園枝垂桜>を振り出しに<産寧坂>に立寄り、辺りで南北に延びている<東大路通>を南下してみることにした。五条通に行き当たる筈で、右折すると西寄りに進むことになり、京阪の清水五条駅辺りに至る筈だと、辺りの案内図を視て考えたのだった。

↓思ったとおりに五条通が眼に入ったが、他方で絢爛な桜に眼を奪われてしまった…
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↓重厚な趣が在る場所だと思った…
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ここは<大谷本廟>という浄土真宗の寺である。浄土真宗を開いた親鸞聖人を祀る廟堂なのだそうだ。1603(慶長8)年から現在地に在って、この地を「大谷」と呼ぶのだそうだ。

↓<円通橋>(えんつうきょう)と呼ぶというが、幅6mで長さ40mの石橋が架けられている。1856(安政3)年に竣工したという。
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posted by Charlie at 06:28Comment(0)京都府

<産寧坂>…(2020.03.30)

「非常によく知られている」という場所で、直ぐ近くまで訪れた経過は在っても、「どういう訳か立ち寄っていない…」というような場所は見受けられるものである。

祇園の宿に在って、前日の“些かの消耗”から回復した感であった中、<祇園枝垂桜>を眺めに行くことを振り出しに、早朝から歩き廻った…

↓そして<八坂の塔>を見上げる辺りに至った…
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↓吸い込まれるように、石畳の路へ踏み込んで行った…
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↓<産寧坂>に至った…<三年坂>とも呼ばれている…
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この辺り…「“京都”のイメージ」というような感にもなっているような場所だと思うが、これまでどうしたものか訪ねたことが無かった…「漸く辿り着いた」ということになるのかもしれない…

↓石畳の坂道になっている一画だ…
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↑辺りは「重要伝統的建造物群保存地区」となっている。なるほど、何となく「幕末の志士が駆け抜けて行く?」というような様子を想像してしまうような街並みであった…

↓これは<二年坂>と呼ばれる<三年坂>と交差する少し緩やかな坂道であるが、ここも公式には<産寧坂>の一部なのだそうだ…
30-03-2020 Kyoto vol02 (11)

↓桜の木が在る辺りでは、折良く花が咲いていた…
30-03-2020 Kyoto vol01 (24)

↓実に雰囲気が好かった…
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早朝の、未だ全くと言って差し支えない程度に、何も動いていないような中でこの<産寧坂>に歩き至った。そして、遠い時代の人々の話し声や足音でも聞こえそうな街並みをゆったりと眺めた。起き出して散策に出ているような人達や、私自身と同様にカメラを手に散策している人達に少しだけ出くわしたが、驚く程に静かであった。街歩きは早朝が好いということか…

今般、ここに立ち寄ることが叶ったのは非常に嬉しい!!

城南宮…(2020.03.31)

竹田駅からはやや距離を歩くことになるが…

↓城南宮という神社が在る…鳥居に掲げられた扁額には「城南離宮」と在る…
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↑江戸時代まで、この辺りが院政の時代に<鳥羽離宮>とされていた地区でもあったことから、「城南離宮」が社号のように用いられていたそうだ…

↓鳥居の柱には「文久元年」(=1861年)と幕末期の年号が刻まれている。敬愛され、篤い信心を寄せられていた社で、この時期に寄進を受けた鳥居なのであろう…
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↓いよいよ城南宮に入る…
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↓鳥居の中央には「太陽・月・星」を象徴するという特徴的な紋が在る。
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平安遷都の際に創建されたと伝えられ、「城」(=平安京)の南側に鎮座することから「城南宮」と呼ばれるようになったという。院政の時代には、その中心的な場となった<鳥羽離宮>の一部を占めたことで寧ろ「城南離宮」と呼び習わされ、離宮の鎮守という位置付けにもなったことから、皇族の行幸も頻繁であったという。そして<(京都)御所>の「裏鬼門」を守る神となったことから、貴族の「方違」の宿所となり、方除けや厄除けの神としても信仰されたという…

↓本殿は1978(昭和53)年の建築であるというが、平安時代の様式に則ったとされるものだ…
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↓近付いて眺めると、なかなかの迫力だ…
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色々な事情で損なわれた建物が再建され、場合によって再建されていないのかもしれないが、「平安遷都の頃から辺りに鎮座」という「場所」が独特なエネルギーを放っている…というような気もした…少し興味が在って、なかなか訪ねる機会を設けられずにいたが、「京都から奈良へ移動する場合の通り道…」と思い付いて立ち寄る機会を設けられた。善かった…
posted by Charlie at 01:41Comment(0)京都府

安楽寿院の周辺…:鳥羽離宮跡の一部…(2020.03.31)

竹田駅の辺りを、城南宮という神社を目掛けて歩く…

↓途中でこんな小さな寺に行き当たった…
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↑「弘法大師」という文字の提灯が在るが、真言宗の寺で安楽寿院というそうだ…建物脇の桜が美しかった…

↓辺りは桜が咲き乱れ、一部に花びらが散っていたが、何か素晴らしく雰囲気が好かった…
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↓桜に包まれて、吸い込まれてしまいそうな気さえした…
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↓辺りは<鳥羽離宮>の跡の一部ということになるそうだ…
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「院政」というモノが絶頂であった時代、実権を握った上皇達が住んでいて、院政の中心であったのが鳥羽離宮ということになる。

↓院政の絶頂期に君臨した上皇達…白河法皇、鳥羽法王の足跡に関する碑が在った。「法皇」というのは、上皇が出家して僧籍を得た場合に冠せられる称号である…
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↓辺りには「皇室に所縁?」ということを想起させる紋が刻まれた瓦が使用されているのも見受けられた…
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↓「何となく出くわした…」という感の場所ではあったが…非常に好かった!
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この桜が咲き乱れていた辺りで親子連れを見掛た。お子さんは2人で、1人は何やらランドセルを背負っていた。もう1人は少し幼いちびっ子だ。2人を連れていた母親が、新入学児童らしい上の子と、幼い下の子の写真を撮っている様子を見掛た…色々と「事情」の生じた情勢下ではあったが…それでも桜は咲き、それでも御入学のような人生の節目は訪れる…そんなことを思っていた…

竹田駅…(2020.03.31)

京都の街の地下を南北に延びている地下鉄烏丸線(からすません)だが、南側へ進んで行けば、南の起点・終点の竹田駅は地上に在って、列車もトンネルを抜けて高架線に上がってから竹田駅に到着する。

↓左が竹田駅まで乗車した京都の地下鉄の車輌だ。右は北上しようとしている列車だが、車輌は近鉄のモノだ…
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↑こういうような、外観の雰囲気が大きく異なる「他社車輌」が並ぶ様子を眺めるのは一寸愉しい…

竹田駅は、現在の近鉄京都線の基礎となる路線を開いた<奈良電気軌道>の駅として1928(昭和3)年に<城南宮前駅>の呼称で登場し、1940(昭和15)年に竹田駅と改称している。1963(昭和38)年に<奈良電気軌道>と近鉄が合併し、竹田駅は近鉄京都線の駅ということになった。1987(昭和62)年に竹田駅は現在の場所の駅となった。そして1988(昭和63)年には地下鉄烏丸線の延伸区間(京都・竹田)が開通し、近鉄京都線と地下鉄の相互乗入運行も始まったのだという。

↓駅の看板はこういう具合になっている。この看板は、地下鉄烏丸線で見受けられる仕様だ。駅は現在、地下鉄が主に管轄する駅ということになっている。
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↑看板の下側、隣の駅を表示する箇所には「地下鉄線」、「近鉄線」と付記されている。「たけだ」と大書されている脇には、地下鉄の駅番号であるK15と、近鉄京都線の駅番号であるB05が併記されている…

↓竹田から南側へ進む列車が発着するホームで列車を待てば…大和西大寺駅を経て、橿原神宮前駅(かしはらじんぐうまえ)に至る列車が現れた…
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↑この橿原神宮前行の他、近鉄奈良行の列車も見掛る場合が多いと思う…因みに、この時は橿原神宮前行で大和西大寺駅へ向かい、乗り換えて近鉄奈良駅に至った…

実は…地下鉄烏丸線も、近鉄京都線も、何度も利用したことが在ったが…竹田駅で乗降したのは初めてだったのだ…
posted by Charlie at 18:11Comment(0)京都府

桜…:木屋町通:高瀬川に沿って…(2020.03.31)

思い付いて老舗喫茶店を訪ねてみようとした朝…祇園の宿から四条通を少し西へ進み、地下に設えられた阪急の京都河原町駅の出口が在る辺りで木屋町通を北上し始めた…

↓木屋町通には桜が溢れていた…
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↓二条から五条の南北に延びる一隅が木屋町と呼ばれているらしいが、その木屋町に南北に延びる通の脇は桜が並木のようになっている…
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↓木屋町通は高瀬川と並行している。高瀬川の脇に桜が植えられ、木屋町通が「桜並木の道」というような様相を呈している…
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高瀬川は何か「真直ぐな水路」という様相なのだが、江戸時代初期に相当する1611年頃、京都の街中と街の南側の伏見とを結ぶ運河として開削されたものであるそうだ。この運河では「高瀬舟」と呼び習わされた川舟が行き交っていて、それに因んで運河も「高瀬川」と呼ばれるようになって行ったようだ。運河としての役目は既に果たしておらず、伏見へ繋がる水路でもなくなってしまっているが、江戸時代の「3間」(約5.4m)に設定された川幅は殆ど変わっていないということだ。

↓「道の脇に」とも「川の脇に」とも形容し得る状況だが、桜が非常に眼に優しい感じだ…
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↓こういう桜を愛でながら進むことが叶う場所を歩き廻ってみたい…それだけのことで、ここまで足を運んでしまったような気がする…
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木屋町通の桜に関しては、阪急の京都河原町駅辺りで眺めるのが専らであったが、「木屋町通を高瀬川沿いに歩いて眺める桜」というのも、非常に好いと思った。

夜桜…:祇園白川(2020.03.30)

滞在した宿から程近い辺りは、食事を摂ることが出来る場所も多かったのだが…辺りを眺めながら歩いて、至った店で夕食を愉しんでみた。

そこから引揚げようとした時に眼に停めた様子だ…
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↑満開だった桜の花が、辺りの照明に浮かび上がっていた…

↓やや角度を変えて眺めてみた…
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「暗さ」が少し増した他方で、灯りと、灯りに浮き上がる桜がより鮮やかで、全般に艶やかな感だった…

この時季…こういう「思わぬ好い景色」が多くなる…
posted by Charlie at 05:40Comment(0)京都府

朝…:<東華菜館>(2020.03.31)

京都・祇園の宿から離れようとしていた日…老舗喫茶店で朝食を摂ってみることを思い付いた朝だった…

京都は古くからの、様々な時代の文物が折り重なっているような街であるのだが、それは逆に言えば「各々の時代に“新しかった”モノ」が導入された、登場したという経過が繰り返されていた場所ということでもある。そういう中、「現在では当たり前なサービス」が「普及し始めたような頃」にそんなサービスが京都に登場している。そうしたモノの中には、現在も「登場した頃の好き伝統」というようなモノを受継いで現在に至っている例も在る。

京都・祇園の宿からふらりと歩いて訪ねるのに好適な位置に「1932(昭和7)年創業」を謳う老舗喫茶店が在ると知った。「珈琲を供する喫茶店」が起こって、街で一定程度定着するのは、どうやら昭和初期であるようなのだが、そんな頃の伝統を受継ぐ店を訪ねてみるのは気持ちが弾む…

↓弾む気分で四条通を歩んだ…朝の光に輝く感の古風なビルが好い趣だった…川面に典雅な建物の姿が映り込む感じが好い…
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↑かのウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で、1926(大正15)年に竣工したという<東華菜館>の建物だ。

↓建物の正面入口辺りの大袈裟にも見える装飾が面白く、未だ通行人が少ない朝でもあったので、少し足を停めて見入ってしまった…
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こういう「眼に留まって眺め入ってしまう」という建物が在る風景というのは非常に好い。何度でも訪ねたく、そして通り掛かりたくなる場所だ…
posted by Charlie at 04:02Comment(0)京都府

夕刻…:<東華菜館>(2020.03.29)

京都の祇園に宿を求め、夕刻までに無事に辿り着いた。そして辺りを少し歩き回った…

↓四条通と川が交わる辺りで、何となく見上げた…
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↑趣が在る古風なビルの上空に月が輝き始めていた…

↓少し建物が広く画に入るようにもしてみた…
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この古風なビルは<東華菜館>という中華料理店だ…

建物は様々な業績が知られるウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で、1926(大正15)年に竣工したのであるという。大正時代には「ビアホール」が流行ったということで、この建物は洋食系の料理を愉しんでビールを飲むという店だったそうだ。その後、戦時色が濃くなる中、その種の店が営業し悪くなって休業したようだ。そして1945(昭和20)年末、中華料理店として再出発し、<東華菜館>として現在に至っている…

↓何度となく、こういう具合に見上げながら辺りを通り過ぎていたが、今般は思い付いて写真を撮った…
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色々な古今の文物を擁する街に関しては、何度立ち寄ってみても、その都度に「改めてアレが好い!」に出くわすものだ。些か残念なのは…ここに立ち寄る―中で食事を愉しむ…―機会を現時点で設けられていないということだ…
posted by Charlie at 19:02Comment(0)京都府

夜桜…:阪急・京都河原町駅周辺(2020.03.29)

香取神宮佐原の街を風雨の中で歩き廻り、冷たい雨に確り濡れて冷えてしまった中、「時季としては異例…」という雪まで降り積もり始め、逃げるように新幹線の列車に飛び乗って京都へ移動した…京都の宿に着いて、夕刻に辺りを少しだけ歩いてみた…

↓四条通、阪急の起点・終点となっている、地下に設えられた京都河原町駅―以前は「河原町駅」だったが、最近は「京都」を冠するようになった…「阪急が路線網を持つ各都市の中、京都のターミナル」と判り易くしたのであろう…―の地上に出た辺りである…
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この辺りは、高瀬川に沿うように桜の木が植えられていて、桜の花の時季は殊更に美しい場所であることは既に承知していたのだが…それでも見惚れてしまう…

↓刻々と天の明るさが変わるような時間帯だが…「暗くなり切っていない」という按配が、点き始めた照明の光に浮かび上がる桜を、一層好い感じに見せてくれるような気がしている…
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こういう景色に会えると思えば…こんな時季には、多少強引にでも京都へ立寄る機会を設けてみたくもなる…
posted by Charlie at 19:46Comment(0)京都府

三条京阪駅駅の通路…(2020.03.30)

最近は、列車に乗込むと「スマートフォンの画面とにらめっこ」というのが定番になっているように見受けられるのだが…私は寧ろ「車窓を何気なく眺める」とか「車内に掲出されている御報せや広告を何気なく視る」のを好む。乗車時間が長い場合や、夢中になっているモノを手にしている場合には、本を読むというのも在るが…

地上を走る列車では車窓も面白いが、地下鉄の場合には、多くの場合がトンネル内なので「ただ薄暗いだけ…」で然程の興趣は無い…

↓が、駅に入るとその限りでもない…
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↑京都の地下鉄東西線、三条京阪駅の通路だ…街を文字どおりに東西に結ぶ東西線と、街の東寄りを南北に結んで大阪にまで至る京阪線とが交差する乗換駅が三条京阪駅だ。「三条駅」と言えば、古くから京阪の拠点なので、後発の地下鉄東西線は「三条エリアで京阪との乗換」という意味で「三条京阪」と命名したのだと想像するが…この時は地下鉄から京阪線に乗換えようとしていた…

↓「地下に桜が咲き乱れている…」と、誰も見向きもしないような中で壁の装飾を眺め入りながら歩んでしまった…
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↓好い感じの画だ…
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↓相対的に新しい地下鉄である東西線は深い場所に軌道が敷設されているようで、駅の通路はやや長い…階段もやや多いが、「咲き乱れる桜の中を歩む」というような気分になった…
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この壁の飾りは「春だから期間を決めて施した」のか?「“京都”の街のイメージとして“桜の名所が多い”ということから装飾に採用」ということなのか?この駅を常用している訳でもないので判らないが…

↓事情は何でも構わないが、この装飾が酷く気に入った!!
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posted by Charlie at 04:52Comment(0)京都府

「緊急閉鎖」…(2020.03.31)

↓こんな様子を視掛けた…
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地下に設けられている阪急の京都河原町駅から地上に上る場所の一つに、高瀬川に並行する木屋町通と四条通が交差するような箇所が在る。高瀬川沿いに桜が植えられていて、現在の時季は美しい…四条通が条例で禁煙な中、指定喫煙場所がこの場所に設けられていて記憶していたが…何時も存外に多くの人が集まっている状況を踏まえて「集まらないように…」とこういう措置なのであろう…

他所でも視掛ける例だが…普段と変わらない桜と、何やら異様な様相の喫煙場所…複雑なモノが込み上げる…

<祇園枝垂桜>:朝…(2020.03.31)

喫茶店から宿へ引揚げようとした際、八坂神社に道草したが…そこで思い出したのは<祇園枝垂桜>だった。

京都に到着した時の夕刻に視た「妖艶」な感じ…暗い早朝から動き始めた時に視た「幽玄」な感じ…これらに対し、やや雲が多目な感から天候が好転していた朝…「どのような様子?」と思ったのだ…

↓明るめな空を背景に、朝の光を受けている<祇園枝垂桜>が佇んでいた…
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↓暫し見入ってしまった…
31-03-2020 Kyoto (2)
↑背景にしているのは西寄りな空である。朝の時間帯は正面から光が当たることになり、好天時には非常に見栄えが好くなると思う…

思い浮かんだのは「爽快」という語、或いは「快活」という語だ…

↓天候が好転している中、「天のキャンバスに枝垂桜を描き込んだ」というようにも見えた…
31-03-2020 Kyoto in morning (31)

滞在していた祇園の宿を去る前という状況だった朝である。そして京都を離れようともしていたが…こういう様子の<祇園枝垂桜>を視ると「再会を期す!」という気分になる。

「妖艶」な感じ「幽玄」な感じに続いて、また別な表情の<祇園枝垂桜>を視られた…自身にとって、<祇園枝垂桜>が酷く愛おしい存在となった。
posted by Charlie at 23:59Comment(0)京都府

<タマゴサンドウィッチ>と<珈琲>と…:<スマート珈琲店>(2020.03.31)

京都の祇園に宿を求めて滞在していた。京都を離れる朝は存外に「早い…」感じで訪れた。

宿の朝食が別料金である場合、朝食提供時間の以前から外に出る、またはチェックアウトして移動する場合も多いことから「朝食無しの“素泊まり”」とする場合が多い。今回もそのようにした。実際、早朝5時台から活動して午後3時台に引揚げるということもしてしまった位なのだ…

京都を離れようとしていた朝、不意に思い付いたのは「老舗喫茶店で朝に何か?」ということだった。宿から徒歩圏内で、何か在れば好いと思ったが…ネット検索してみれば、訪ね易い辺りに1軒、アッサリと見付かった!

↓こういう感じの店だ…
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「八坂神社が視えるような場所」からであれば…四条通を西へ進み、川を渡って阪急の京都河原町駅辺りに至り、木屋町通を北上して三条通に至り、そこから寺町通に入った辺りだ。商店街の中である…

↓「“昔”の“モダン”」という風だが、現在視ても洒落た感じのマークだ…
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↑朝の開店した辺りに入った…

↓階段が在って、2階席も設けられているようだったが、そちらはランチタイムに使用する場所のようで、1階に入った…
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↓メニュー表の表紙にも確り「1932(昭和7)年創業」と書き込まれている…
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↓<タマゴサンドウィッチ>というモノを頂いた…
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↓絶妙な柔らかさの玉子焼きがパンに挟まっている…
31-03-2020 Kyoto in morning (18)
↑玉子焼きは甘味料を加えていないと思う。「御好みで…」と塩が供された…

京都では玉子焼きを使うサンドイッチがポピュラーであるらしい…これを「最初に考案した人」というのは、凄い発想の人なのだと思った…

↓やがてこの店の定番となっているオリジナルブレンドの珈琲も出て来た。カップが美しい…
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こういうような「伝統」になっているような喫茶店というのは、なかなかに凄いと思う。私自身のような来訪者も、街の人達も利用しているような感じの場所で、私が在席した間も色々と出入りは在った…

京都は古くからの様々なモノが在る他方で、時代毎の新しいモノを積極的に導入して来たような面も在る。1930年代に珈琲を供する喫茶店は「目新しい事業」で、珈琲を普段から頂くというのも「目新しい慣習」だった筈で、それに挑んだ店の創業に携わった皆さんが在って、その事業が現在も受継がれている…

こういうモノに出くわすことが出来たのは好かった!

↓こちらがウェブサイトだ…
>>スマート珈琲店 昭和7年創業、京都三条の喫茶店
posted by Charlie at 23:34Comment(0)京都府