キハ150:苫小牧駅(2020.03.28)

岩見沢駅から列車に乗車した。

発車を待つ間は「普通列車、苫小牧行です。札幌方面へは行きませんので御注意下さい。この列車ではKitacaは御利用になれません」と録音アナウンスが繰り返されていて、やがて動き出してみれば「各地で見受けられるワンマン運行」という感じで、苫小牧駅を目指して進んだ…

↓苫小牧駅に到着した…
28-03-2020 Tomakomai (1)
↑苫小牧駅に関しては、個人的には然程馴染みが深いのでもない。何となく「着いたか…」とホームで身体を伸ばし、乗って来た車輌を眺めてみる…

↓改札口へ向かう跨線橋の階段側へ進み、逆側から車輌を眺めた…
28-03-2020 Tomakomai (2)
↑キハ150という車輌も、こうして眺めると何となく好い感じだ…

時には、馴染みの薄い感じの駅に、やや出くわす機会が少ないと感じる車輌に乗って辿り着くというのも好いものかもしれない…

キハ40から721系電車へ…:滝川駅(2020.03.28)

稚内駅を出発して南下を続けていた。旭川駅に至ってキハ40による列車に乗車した。

↓列車は終点の滝川駅に無事に到着した…
28-03-2020 Takikawa Station (1)
↑この日は好天な場所が多く、滝川駅辺りも光の感じが好かった…

旭川から札幌を経て小樽に至るまでの区間の函館本線は“電化区間”である。車輌上部のパンタグラフに架線からの電気を受け、車輌に内蔵のモーターを駆動させて走行する「電車」が行き交う区間だ。そういう区間であるが、電化区間の中だけで運行しているように見える列車でも、電気を受けずにエンジンで動くディーゼルカーによる列車が時々混じる…今般はそういう例に出くわした。

↓案内に従って別なホームへ動けば、岩見沢行の列車が既に待機していた…
28-03-2020 Takikawa Station (4)

↓この、なかなかに好い内装の721系電車による列車である。3輌編成だ…
28-03-2020 Takikawa Station (3)

札幌にもっと近い辺りでは、ロングシートの内装となっている、少し新しい車輌が登場する例が多いのだが、岩見沢以北の電化区間での普通列車は、この721系電車で運行されているようだ…

↓行き交う特急列車の動きが落ち着く頃を見計らうように列車は出発を待っていた…
28-03-2020 Takikawa Station (6)

「専らディーゼルカー」という辺りから、「電車が主流」という辺りへ至ると、何となく「遠くまで来た…」という気分が高まってしまう。今般は、そういう気分を旭川ではなく、滝川で味わうようなことになった…

幌延駅…(2020.04.04)

旭川を早朝に発つ普通列車で稚内を目指す…

「何時の間にか、かなり北上した…」と目指す稚内を思い浮かべるような頃…どういう訳か20分程度も停車するので、少しホームに出て一息入れる…

↓幌延駅だ…ホームの辺りに掲出される、平仮名で縦書きの駅名標は、北海道内で広く見受けられる形式のモノだ…確りとビールの広告も在る…
04-04-2020 Horonobe (4)

↓キハ54…宗谷線の音威子府駅以北では、普通列車は専らこの型で運行されている…
04-04-2020 Horonobe (1)

この時は、或いは私自身も使用中だった<青春18きっぷ>を手にしていたのかもしれないが、「他地域からやって来た旅行者?」という風な人達を車内で若干見掛けた…「稚内へ列車で北上」という場合、旭川を早朝に発つ普通列車は意外に悪くない選択肢であると思っている…

音威子府駅…(2020.04.04)

旭川駅からの普通列車は北上を続け、豊清水駅で南下する特急列車を擦れ違い、更に北上して音威子府駅に至る…

↓音威子府駅では「一寸戸外の空気を…」という程度には停車する…
04-04-2020 Otoineppu
↑以前は、普通列車で宗谷線を移動すれば、音威子府駅で何やら長く停車するイメージであったが、最近はそれ程でもない…

「音威子府」と書いて「おといねっぷ」と読む…

アイヌ語の「オトイネプ(o-toyne-p)」が由来であるという。、「川口の濁っている川」という程の意味で、音威子府川が天塩川に合流する辺りが泥で濁っていたことからこう呼ばれるようになったと考えられているのだそうだ。

案の定、古いアイヌ語が少し転訛しながら漢字が充てられたという、北海道内ではよく見掛ける来歴の地名である。意外に歴史は在り、1797(寛政9)年の文書に「ヲトヱ子フ」という標記で登場しているそうだ。

1857(安政4)年には、かの松浦武四郎が天塩川流域で活動しており、音威子府に足跡を記している。ここでアイヌの古老と話し、アイヌは北海道のことを「カイナー」と呼んでいることを知った。「カイ」はこの国に生まれた者、「ナー」は尊称ということであるという。後年、松浦武四郎は「アイヌの国」という意味合いの「カイ」を採り入れ「北加伊道」という地名を提案し、それが転じて「北海道」になったという経緯が在るらしい…(「カイ」に関して、より新しいアイヌ語研究では「そういう意味か?」ということにはなっているらしいが…)

音威子府は大変小さな村で、非常に静かな場所なのだが…意外に深い歴史が在る。そんなことにも少し思いを及ばせながら、短い停車時間にホームで身体を伸ばし、更に北上を続けたのだった…

通過待ち…:豊清水駅(2020.04.04)

朝6時に旭川駅を出る列車で稚内を目指すと、何回か「少し長めな停車」が在る…

北上の場合には音威子府駅の手前になる豊清水駅でその「少し長めな停車」が生じる。

↓3分間程の停車だ…戸外の空気に触れるのが心地好いので狭いホームに出てみると、遠くに列車が見える…
04-04-2020 Toyoshimizu (1)

↓これは稚内駅を6時36分に発って旭川駅を目指す特急列車だ…
04-04-2020 Toyoshimizu (2)
↑見る見る近付いた列車は、足早に豊清水駅を通り過ぎた…

南下する列車を見送れば…程無く北上は再開される…素早く車内に引揚げた…

空港到着ロビーから鉄道駅へ…:新千歳空港(2020.04.03)

神戸空港からのフライトで新千歳空港に到着後、札幌を経て旭川へ移動しようとしていた…

↓空港の地下、新千歳空港駅へ通じる通路だ…提げていたカメラで、何となく撮ってしまった画だ…
03-04-2020 New Chitose AP (4)
↑下りエスカレータが途中で「動く歩道」という様相になり、更にそのまま再び下りエスカレータになる…

何か「昔のSFに出て来る設備?」というような感で、利用していて少し不思議な気がした…

夜の新千歳空港…(2020.03.28)

乗込んだ飛行機が、離陸に向けて滑走を始める地点へゆっくりと移動を始めた。様々な光が夜の空港では眩しい…

↓窓から見えている飛行機も駐機場からの移動を開始したように見受けられる…
28-03-2020 New Chitose AP (8)

↓こちらは未だ駐機中であるようだ…
28-03-2020 New Chitose AP (12)

F2でISO3200にしてみたが…動く飛行機の窓にカメラを圧し付けるようにして撮った画…画としてはやや雑で「今一つ?」だが、この「宇宙!?」というような、夜の空港の風情…日中とは全然異なる様子が記憶に残る…

利尻富士を望む…:稚咲内漁港のやや北…(2020.02.24)

豊富温泉辺りで一息入れた後、「冬景色を探す小さな旅」と称したドライブは「続き」ということになり、また日本海を望む<道道106号>に戻った…

↓稚咲内漁港の近くで海岸を望んだ…
24-02-2020 vol01 (30)
↑こういうような景色…少し時間帯が異なると、趣は変わるものだ…

↓この辺りで視ると「波間に浮かぶ山」という趣が濃くなるかもしれない…
24-02-2020 vol02 (52)

利尻富士を望む…:<サロベツ湿原センター>周辺(2020.02.24)

<サロベツ湿原センター>に立寄った。エゾフクロウの剥製が在ったことが記憶に残る場所だ…

「冬景色を探す小さな旅」と称したドライブ…稚咲内漁港の辺りから内陸側に進んだ。豊富町内で食事を摂って、豊富温泉に立寄ろうということになり、道すがらの<サロベツ湿原センター>で一息入れたのだ…

↓こんな様子が視られた…
24-02-2020 vol02 (47)
↑湿原に木道が設えられているが、積雪も少ないので、普通にスタスタと歩いて進入出来た。少し進んだ辺りに利尻富士が視えた…

↓積雪の湿原の彼方に、山頂が雲で隠れた状態で、巨大な壁のようにも見える雪を被った利尻富士…何かこの辺りの「冬景色らしい」という感だ…
24-02-2020 vol01 (26)

↓雲が天に「描画」というような様子も面白かった…
24-02-2020 vol01 (28)

利尻富士を望む…:稚咲内漁港(2020.02.24)

「あれ?何故…停まった?」と疑問が口を突いた。「そこ…信号でした…」と、周囲に通行中の車輛が全く見当たらない辺りで信号機に遭遇…「冬景色を探す小さな旅」と称するドライブは、静かな豊富町の海岸を進みながら続いた…

↓稚咲内漁港に至り、防波堤の辺りから浜辺を望んだ…
24-02-2020 vol01 (24)

↓砂浜を洗うように寄せる浪がダイナミックだった…
24-02-2020 vol02 (45)

利尻富士を望む…:<道道106号> 稚内市・豊富町境界の豊富町寄り…(2020.02.24)

「冬景色を探す小さな旅」と称したが、結局は「雪が被った利尻富士の様子を眺める」ということに…少し夢中で停車し易い場所を探しながら、車で移動を続けた…

↓雲が天に「描画」というような感じで、その下に雪を被って波打つ海に浮かぶように利尻富士が聳え立つ…
24-02-2020 vol01 (20)

↓雲、浪、天、海、山の「響演」というような様相を呈していたと思う…
24-02-2020 vol02 (36)

↓稚内・豊富の西岸に立てば、利尻富士は西側である。東側から光が当たる午前中の様子の見栄えが好いかもしれない…
24-02-2020 vol02 (37)

<オホーツク>:キハ183系ディーゼルカー:滝川駅(2020.01.03)

早朝、札幌市内のやや東寄りということになる厚別駅で列車に乗り込んで出発した…「電化区間」ながら、ディーゼルカーのキハ40で運行されている列車は旭川を目指した…

↓滝川駅で見掛けた…
03-01-2020 Takikawa Station (5)
↑網走へ向かう<オホーツク>である…

滝川駅でこの<オホーツク>に乗り換えて先へ進むか、<オホーツク>で滝川駅に着いてほかの列車に乗り換えるかという「選択の余地」が生じる…

↓左の奥に、ここまで乗って来た、そして旭川まで乗り通したキハ40が写っているが…<オホーツク>が到着して出発する様子を眺めていた…
03-01-2020 Takikawa Station (6)

普通列車でゆっくりと進み、時々少し長く停まる駅が在って、特急列車の発着を眺めるというようなこと…意外に気に入っている…

キハ40:滝川駅(2020.01.03)

厚別駅で乗り込んだ列車は淡々と進み、滝川駅に至った…
03-01-2020 Takikawa Station (2)
↑これは前からの眺めだ…

↓そしてこれが後ろから…
03-01-2020 Takikawa Station (4)
↑車輌後方での雪の具合を見ると、今季は積雪が少ないという状況がよく判る…

それにしても…北海道内の駅には、こういう感じの車輌が妙に似合うような気がする…

キハ54…「後ろ姿」…:幌延駅(2020.01.04)

早朝6時3分に旭川駅を2輌編成で発つ列車は、途中の名寄駅で後ろ側の1輌を切り離して「単行」となり、12時8分の稚内駅到着を目指して北上し続ける…

その稚内への道程も短くなる頃、幌延で列車は少し長く停車する…

↓名寄・幌延間を「単行」で走破したキハ54の「後ろ姿」である…
04-01-2020 Horonobe (2)

↓車輌の進行方向側、「前」はこういう具合だ…
04-01-2020 Horonobe (8)

↓「前」に対して「後ろ姿」を改めて…
04-01-2020 Horonobe (6)

走行中、軌道上や周辺の粉雪が後ろ側で舞い上がり、それらの雪が「複雑に分厚く吹き付け塗装」というように車輌後尾に貼り付いてしまう…そしてこういう姿になる。

或いは「非常に冬季らしい!」と思う眺めである…車輌後尾に雪が多量に付着した様子は、北の大地で立派に働いている証のようなものかもしれない…

ところで…今季はここまでやや雪が少なく、こういう「後ろ姿」を余り視ていなかったので、幌延駅で出くわした様子は何となく新鮮だった…

<ニッカウヰスキー余市蒸留所>…(2019.12.26)

立寄った経過が在る場所も、冬季に雪が積もっているというようになれば趣が変わる。

そういうことで、不意に思い立って立寄ろうとした場所に足を伸ばした。室蘭を早朝に発って、札幌に着いてから移動開始で順調に動いて着いたのだった…

↓辿り着いたのはこの場所である!
26-12-2019 Yoichi (7)
↑しかし…この画を1枚撮って、直ちに引揚げた…

到着してみれば、年末年始の休業に入ったところであったようで、正面のゲートに休業の旨が掲出されていて閉じている…

かの竹鶴翁が自らの会社を興そうと最初に設けた蒸留所がこの場所で、<ニッカウヰスキー>の創業地ということになる。「公園」のようになっている場所で、ウィスキーを造る工程の一部が見学出来て、色々なモノが売っている場所も在る…それを承知していて、冬季の様子を初めて視るということに期待したが…残念!

また何れ、訪れる機会が設けられると好いと思う。

ベンチ…:幌延町トナカイ観光牧場の入口…(2019.11.23)

↓何やら酷く味わい深い感じのベンチだと思い、何となく眺め入ってしまった…
23-11-2019 (24)
↑ビールの銘柄の名前…広告が書き込まれているベンチは木製と見受けられる…

「トナカイでも眺めよう…」と立ち寄った観光牧場の入口で、「開場まで数分?」という状況下に撮った画だ…

木道…原野…:<サロベツ湿原センター>周辺(2019.11.23)

↓草はすっかり枯れている中…散策のために設置された木道が見える…<サロベツ湿原センター>の傍だ…
23-11-2019 (77)
↑木道に関してはメンテナンス作業が始まっているということで、「立入は御遠慮下さい」ということだったので、入口の辺りで眺めたに留まった…

↓木道が設置されていない辺りを眺めた…「午後の光線」という感じが一寸好い…
23-11-2019 (80)
↑原野を渡る風が、背の高い枯れた草を揺さぶる音ばかりが聞こえるような感だった…

日本国内の本州方面辺りから来る方は、こうした広漠とした景観に感心するらしいが…思い出したのは、何時の間にか少し長く年月を経たが、サハリンの方をここへ御案内した時のことだった…

ここに到着して、これをサハリンの方に御覧頂けば…「ここ…“観光地”ということになる訳…ですか??こういう感じの場所…ロシアはこういうような場所ばかりなのですが?」ということだった。

この場所は、日本国内で想起される「日本の山河」というような風情とは「明らかに異質」であるように思える…

時には…こういう広漠とした風景を眺めてみるのも悪くないと思う…

オジロワシ(剥製)…:<サロベツ湿原センター>(2019.11.23)

↓少し迫力が在る貌だ…
23-11-2019 (91)
↑如何にも「猛禽類」という感だ…

↓<サロベツ湿原センター>に展示されているオジロワシの剥製だ…
23-11-2019 (85)
↑翼を広げると、その幅が180㎝程度になり、身体は80㎝程度だ…個体差で、もっと大きい感じのモノも見受けられるらしいが…

↓河川湖沼、或いは海で魚を獲って食べる鳥であるという…更に鳥や動物の屍骸を突くということもする…
23-11-2019 (83)

基本的に「渡り鳥」であるようだが、余り動かない例も在るらしい…実際、宗谷岬周辺で何度か見掛けたような気もする…サロベツ原野にも見受けられる訳だ…

このオジロワシの剥製…少々大きく、一寸見応えが在る…

<オトンルイ風力発電所>:林立する風力発電の風車…(2019.11.23)

↓何度視ても、なかなかに壮観である…
23-11-2019 (6)

↓時々“防風林”ということで樹木を一列に並べて植えている例が在るのだが…これはそれに似た一列の形で風力発電の風車が設置されている…
23-11-2019 (11)

週末、御誘いを頂いてドライブに出掛け、<道道106号>を南下して立寄ってみたのだった…

↓近寄って見上げると…本当に巨大な風車だ…多分「10階建てのビル」というようなモノを比較対象にするのが適切と思える程度の高さなのであろう…
23-11-2019 (19)

↓巨大な風車は、海からの風を受けて、唸るような音を立てながら回っていた…
23-11-2019 (21)

この時は射し込む光の感じが好かった…

エゾフクロウ(剥製)…:<サロベツ湿原センター>(2019.11.23)

↓「好い貌…」と思い、写真に収めてみた…
23-11-2019 (90)
↑「丸顔で大きな丸い眼」という具合で「可愛い…」という感でもある他方、嘴は器用に餌を刻んで食するナイフやフォークのような、独特な形状の鋭いモノと見受けられる…

これはエゾフクロウという鳥で、樹林に棲んでいて、夜間に小動物を狩って、それを餌にして暮らしているそうだ…

フクロウも、鋭い爪や嘴を備えて動物の肉を食する、所謂「猛禽類」ということになる…

↓50㎝程度の大きさなのだが、剥製である…
23-11-2019 (88)
↑「可愛い…」という感もする容貌だが、エゾフクロウも猛々しさを秘めた猛禽類だ…

「サロベツ原野の玄関」というようなことで、環境省による案内施設として<サロベツ湿原センター>という施設が在る。その館内に辺りの自然環境等を紹介する展示が在って、その一環としてこのエゾフクロウも在った…

時にはこういうモノを眺めるのも興味深く、一寸愉しい…

<幌延神社>…(2019.11.23)

稚内市の少し南側…「隣の隣」ということになる幌延町…

↓幌延駅から小さな街を進み、町役場の傍の小高くなった辺りに鳥居が見える…
23-11-2019 (69)
↑<幌延神社>だ…

↓小さ目な社殿だ…
23-11-2019 (63)

↓社名の額は年季が入った感だ…
23-11-2019 (65)

↓社殿の側から鳥居を望んだ…
23-11-2019 (66)

小さな街の小さな社に至った…そういう小さな御縁と、日々無事に過ごしていることに感謝という感である。最近は、神社という場所に至る都度にそんなことを考えてしまう…

<道道106号>の午後…(2019.11.23)

御誘いを頂いて、一寸ドライブに出掛けた…

↓こういう道路を走った…
23-11-2019 (92)

↓「直線」が強い印象だが…「カーブ」の区間も在る…
23-11-2019 (93)

↓散見する標識と、積雪時に“路肩”を示すマーカーが視えるばかりだ…
23-11-2019 (94)

何れも<道道106号>を走行中、車の助手席でカメラを手に、前方を撮影してみた画である…画は稚内市の域に入り込む少し南側の辺りになる…

「道道」とは「北海道庁が管理する道路」で、国内他地域の「県道」のようなモノだ。正しくは「北海道道」という訳だが、地元では「道道」で通っていると思う…

<106号>は天塩町・稚内市の間、約68㎞の区間で、1976(昭和51)年に「北海道道106号稚内天塩線」と定められたそうだ…

↓こういう場所…「よく造った…こんな場所に道路を…」と走行中に時々思ってしまう…或いは“北海道”とでも聞けば思い浮かぶような感じかもしれない…
23-11-2019 (95)

日本海岸に延びる道路で、海側に利尻富士が視える場合も多いのだが…この時には低空に雲が厚い感で、利尻富士を望むことは叶わなかった…

トナカイ…:幌延町(2019.11.23)

↓この動物…トナカイだ…
23-11-2019 (29)

↓幌延町の<トナカイ観光牧場>で飼われているトナカイだ…
23-11-2019 (39)

一寸気になって調べてみれば…“トナカイ”という呼び方はアイヌ語に由来するという。「トゥナカイ」 または「トゥナッカイ」とアイヌ語では呼んだようだが、この呼び方自体も、北方から伝わった呼び方が転訛したものと見受けられるのだという。更に、諸外国の色々な言葉の中でも様々な呼び方が在るようだ…

↓柵の中のエリアを「歩き廻る…餌を食む…歩き廻る…餌を食む…」を繰り返して動き回っている…が、「餌を食む」がやや多いかもしれない。意外に大きな身体の動物なので、存外に多くの餌を食むものなのかもしれないと思った…
23-11-2019 (41)

↓トナカイに与える飼料が小さな容器に入れられ、1個200円で売られている。それを撒くか、掌に載せて食べさせるということも出来る…餌を撒くと間近に彼らが集まって来た…
23-11-2019 (49)
↑トナカイは牡も牝も角が生えているという。そして角は定期的に抜け落ちて生え変わるのだそうだ…

↓冬季になると、毛並みは白いモノになるようだ…以前に夏季に視た時には濃い茶色の毛並みだった…
23-11-2019 (51)
↑寒い大地に生きるトナカイだが…雪原の上を歩き廻る「冬季用ブーツ」のような、幅が広く分厚い感じな蹄の足だ…

↓薄い積雪を掘り返すようにして餌を食んでいる…
23-11-2019 (57)

↓トナカイ…なかなかに面白い顔をしているかもしれない…
23-11-2019 (28)

時にはこういうモノを眺めてみるというのも一寸愉しい…

<えぞ鹿ジンギスカン>:豊富町(2019.11.23)

「カメラを持ってドライブにでも?」と御誘いを頂いて、一寸出掛けた…

稚内市の南隣に在る豊富町に立寄った…温泉に入浴出来る施設の館内に食堂が在り、そこでランチを頂くこととした。(と言うより、辺りでフラフラとランチを摂るべく寄る場所を探し悪かったという面も在るのだが…)

↓こういう具合にランチを愉しんだ…
23-11-2019 (75)
↑北海道内では非常にポピュラーな<ジンギスカン>だが…通常の羊肉ではない…エゾシカの肉なのだ!

↓2人分であったが、こういう具合に「<ジンギスカン>で馴染みのモヤシやタマネギやピーマン…」と一緒に供される。「存外なボリューム」と思った…テーブルに据えられたコンロに専用の鍋を載せ、それを使って焼く…最初に野菜、次いで肉類というのが<ジンギスカン>を焼く場合の定番だ…
23-11-2019 (70)
↑「赤身が非常に多い…脂身は余り…」という感のエゾシカの肉と、その肉を使っていて“ギョウジャニンニク”が少々入っているというソーセージも在る。

↓肉は「アッサリと火を通す」という加減で焼くのが好いように思った。スッキリした赤身の肉である。ソーセージは少しゆったりと焼く位が好かった…
23-11-2019 (74)

「意外なモノ」という感じだが、1人分が千円以内だったので「時には変わったモノを…」という「御試し」にも好適かもしれない…

上空から望んだ新千歳空港…(2019.10.23)

ユジノサハリンスクへ向かうレシプロの大きくない飛行機は、駐機場の片隅に在って、ターミナルの端から階段を下って戸外に出てから歩み寄って搭乗するというようになっていた。

座席に落ち着いてから少し経ち、プロペラが回転して機体が走り始めるのだが…何処をどのように廻るものなのか、離陸までに酷く時間を要しているように思えた…「漸く…」という感じで滑走路に至って、機体が走る速度が急上昇し、やがて機体が浮き上がる…

↓高度を少しずつ上げる機体の窓から…こういう様子が見える…
23-10-2019 New-Chitose AP (11)
↑新千歳空港の大きな建物の脇に、方々との間を飛び交っている飛行機が沢山駐機中だ…

↓この場所を見下ろすような高い建物が辺りに在るのでもない…上昇する飛行機の窓からしか視られない様子ということになる…
23-10-2019 New-Chitose AP (12)

時には…こういう様子を眺めるのも好いかもしれない…

オーロラ航空のDHC-8:新千歳空港(2019.10.28)

ユジノサハリンスク・新千歳間の空路に関して、ユジノサハリンスクを離陸後にオホーツク海側へ抜けて、北海道上空を斜めに横切って、日高辺りの上空から苫小牧周辺に抜けて新千歳空港へ至るという経路を通る場合が在るというのを経験した…

上空からの、個人的にはやや見慣れない眺めを少々愉しんでいた間に、飛行機は無事に新千歳空港に到着した…

↓小さな飛行機は駐機場の隅に停止…そこから下りて、空港ビルに入る所まで徒歩…振り返れば、素早く給油が始められている様子も伺えた…
28-10-2019 New-Chitose AP (1)

↓天候が好く、日差しが心地好い感じだった中、何となく振り返りながら空港ビルの入口へ歩いた…
28-10-2019 New-Chitose AP (2)

↓この飛行機は、折り返しユジノサハリンスクへ向かう便の機材となる筈だ…
28-10-2019 New-Chitose AP (3)

空港ビル内の長い通路を進んで、入国手続を行い、荷物を受け取って税関の手続が在って、到着ロビーに入る。「稚内へ引揚げよう」という場合…「新千歳空港到着後」が酷く長い道程に感じられる…

オーロラ航空のDHC-8:新千歳空港(2019.10.23)

↓長い階段を下りて、駐機場に至って徒歩で飛行機に近付いて搭乗というようになっている…カメラを提げてその経路を歩き、何となく写真を撮ってしまった…
23-10-2019 New-Chitose AP (8)
↑この「国内の短距離路線」で運用されているような型の機体が、「出国審査」を経て出入りする空港の「国際」のエリアで発着しているのだ…

↓これに乗って…ユジノサハリンスクへ飛んだ…
23-10-2019 New-Chitose AP (9)

稚内から…札幌へ南下し、辿った経路の上空を辿るかのように、北上する…稚内から真直ぐ北上が叶わない訳だ…

<北海道大雪山の天然水>…(2019.09.30)

最近、北海道内を列車で移動する場合…「車内販売を行っていない」とか「車内に自動販売機は無い」という案内が在る…駅構内や近隣等で、車中で飲むモノ程度は、殊に乗車時間が長い感じになる場合には乗車前、発車前に用意しておく方が好い…

↓そういう訳で…旭川で乗換て稚内へ向かう列車での移動の前、札幌駅構内の売店で求めたモノだ…
30-09-2019 in a train (1)
↑何本か求めておいて、車内で順次飲むのだが、これは天塩中川駅辺りに至って開けることとなった最後の1本だった…

↓他地域に出しているのか否かはよく判らないが、最近は北海道内で見掛ける機会が少々増えた感の<北海道大雪山の天然水>だ…
30-09-2019 in a train (2)

こういうような「列車で動く地域」に所縁の水を求めて飲むというのは、何となく好い…

<豊富八幡神社>(2019.09.23)

豊富町(とよとみちょう)…稚内市の南隣の町だ…

↓豊富町には、こういう鳥居が設けられていて、奥に石段が見える場所が在る…
23-09-2019 (75)
↑町の代表的な神社ということになる<豊富八幡神社>だ…

豊富町は温泉で知られる町でもある。独特な湯が面白いのだが、その入浴施設に立ち寄り、豊富町内に在ったときに<豊富八幡神社>に立ち寄った…

<豊富八幡神社>の辺りに至った時…雨が交じり始めた…

↓少しだけ雨を気に掛けながら、石段をゆっくりと上がってみた…
23-09-2019 (76)

↓何か趣き深い…
23-09-2019 (81)

1907(明治40)年に京都の男山の八幡宮の分霊を受けて、この<豊富八幡神社>が起こったのだという…なかなかに永い歴史を有する社だ…

↓建物の暗い色を背景にすると…「雨脚」が画の中にも見られる…
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豊富町は、明治時代の初期から様々な入植者が入り、行政区画の変遷が色々と在ったと聞くが、1907(明治40)年に至って辺りの農場主達が発起人になって、本州方面の親族の協力を得ながら男山の八幡宮から分霊を受けて神社を起こした訳だ…新たに定着したこの地への強い想いを抱く人達が、自身や子孫と地域の安寧を祈る場であった、そして現代を生きる地域の人達にとってもそれは変わらない訳だが…何かこの境内や社殿は、この神社が起こったような頃から現在に至るまでの「人々の想い」が渦巻いている場所のように感じられた…

ここもまた…「通り過ぎる」というばかりかもしれないのだが、時には立ち寄ってみたい感の場所である…