日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)(2019.04.03)

↓近江八幡の由緒在る神社…日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)である…
03-04-2019 Ohmi-Hachiman, Shiga pref (33)
↑拝殿から本殿の感じである…

↓神社の建物の、こういう感じで斜め横から視たディーテールが何となく好きだ…
03-04-2019 Ohmi-Hachiman, Shiga pref (34)

↓手水場の辺り…献酒の樽が積み上げられているのが視えた…
03-04-2019 Ohmi-Hachiman, Shiga pref (31)

↓門の感じも趣が在る…
03-04-2019 Ohmi-Hachiman, Shiga pref (29)

こういうような、「辺りでは代表的な…」という神社に一寸寄ってみるというのは、意外に好い…

<近江牛>の牛丼!?…に加えて少々…(2019.04.03)

奈良から京都へ出て、更に近江八幡へ…

近江八幡は…豊臣政権時代の城下町が礎になり、江戸時代には商人町として歩み、明治期以降にも辺りの中心的な街の一つとして歩んだ地域である…古くからの建物が残っているような、時代モノのテレビドラマ等の撮影に利用された経過さえ在るような地区も在って、一寸面白い訪問先だ…

その近江八幡で…何となくランチを頂くことにした…

↓メインはこれ!!
03-04-2019 Ohmi-Hachiman, Shiga pref (25)
↑「たかが…されど…」という感…これは牛丼だが、<近江牛>の細切れ肉を使っているモノだ…

↓和食の伝統を汲んだ、なかなかに旨い感じに煮込んだ牛肉が米飯の上に…「これは美味い!!」という按配だ…単に「材料が佳い」に留まらないのだ!!
03-04-2019 Ohmi-Hachiman, Shiga pref (24)
↑細かいが、近江八幡辺りの名産であるという赤いコンニャクで瓢箪型の飾りが添えられている…

↓赤身肉の握り寿司というモノも頂いた…
03-04-2019 Ohmi-Hachiman, Shiga pref (20)
↑ほんの少しだけ肉に加熱されていただろうか?赤身に適度な脂が溶けていた感じだった…

↓更にトロというモノも…
03-04-2019 Ohmi-Hachiman, Shiga pref (21)
↑こちらは「良質な脂身」を味わうという感じだった…

現在の滋賀県の版図…近江では古くから牛肉を食用にしていた経過が在って、江戸時代の記録にも出て来るらしい。滋養強壮のための特殊なモノで、身分の在る人達の一部が口にしたモノであったのかもしれないが…そして牛肉を食べることが普及一般化した明治期以降は、滋賀県内で肥育された牛の肉は評価が高く、<近江牛>の声望は高まった…

近江八幡は、滋賀県内の産物を他地域に送る場合に「ここから貨車に積み込んで…」という経過も色々と在ったらしいので、或いは「<近江牛>の声望を高める上で大事な役目を担っていた地域」ということになるのかもしれない…そんな地域で<近江牛>の料理を頂いた!

何となく…所謂“ブランド牛肉”を頂く機会が続いた…時には好い!!
posted by Charlie at 18:13Comment(0)滋賀県

<浅茅生>(あさぢを)(2019.02.26)

日吉大社を訪ね、何となく参道のベンチに腰を下ろして一息入れていると、土産や飲物を売っている店を見付けた。店内で一寸飲物を頂いて一息入れられるようになっていた…好天に恵まれ、戸外のベンチも悪くなかったが、少々飲物も頂きたかった…

店に近寄れば…「近江地酒」と掲出されていて、土産にする四合瓶が主体ながら、もう少し容量の少ない酒も売られていた。店のおばちゃんに「ここの酒…買い求めて、そこに座って頂くというのは…」と尋ねると「構いませんよ!」ということだった…

↓そして選んで求め、店内で頂くことにしたのがこれである…
26-02-2019 at Otsu, Shiga pref (49)

「近江地酒」ということで、滋賀県内の色々な地域の住所が各々の酒の“製造業者”を示すような箇所に見受けられた…この<浅茅生>(あさぢを)は、「大津市」という住所であったのを眼に留めた。居合わせた日吉大社の参道から「最も近く」で醸していることになる…

店のおばちゃんに「大津市内で造っている酒ですね?」と問えば、「大津の街中、賑やかな商店街の辺りに在る、かなり古くから酒造業をやっているという会社ですよ」と教えてくれた…

↓開けると…清酒らしい芳香が立ち上る…
26-02-2019 at Otsu, Shiga pref (50)
↑ラベルに「酒造り 三百三拾年」というように在る…調べると、この<浅茅生>(あさぢを)を手掛ける平井商店という会社は、1658(万治元)年に起こった酒造業者の後裔なのだという…

1658年から起算すると…既に330年以上経っていて…2018年で360年な筈だが…330年の時にこのラベルにしたということなのだろう…大津は古くから物流の要になる商業の盛んな街であったらしいから、酒造業者も色々と在ったことであろう…そういう業者の後裔が、大津の街中で頑張っているのだということだ…

この酒…味わいは?多少「濃い…」というように思えて、甘過ぎず、辛過ぎない、バランスが好いように思える酒だった…

それにしても…午前中からカップで清酒…何か非常に好い気分だった…この酒を常温で啜り、店のおばちゃんと一寸雑談に興じ、「さぁ!次へ!」と元気よく歩き出した…

最近は方々で、「土地の酒造会社による酒」をカップ等の少量で販売している例が多いように思う。そういうモノを見付けて、一寸頂いてみるというのが、旅の際には嬉しいものだ…
posted by Charlie at 00:41Comment(0)滋賀県

<808>:浜大津駅へ…(2019.02.26)

京都の地下鉄東西線の駅で列車を待っていると、6輛編成の列車と4輛編成の列車とが概ね交互に現れる。各々の列車の行先も異なる…

6輛編成の列車は純粋に京都の地下鉄で、「東西線」の部分だけを往来している…4輛編成の列車は、途中から京阪の軌道に乗入れ、琵琶湖に近い浜大津駅に至る…

4輛編成の列車は、車輛も京阪のモノである。寧ろ「京阪の<京津線>の列車が京都の地下鉄に直通運転している」ということなのかもしれない…

4輛編成の列車は、大津を目指す軌道に出て、浜大津駅の近隣では道路上に敷かれている軌道…併用軌道を走行し、“路面電車”の様相を見せる箇所も在る…

↓乗車した際…乗務員(運転士)の直ぐ後ろ辺りに陣取ったので、何となく前方を眺めたが、一寸興味深い…
26-02-2019 at Otsu, Shiga pref (1)
↑浜大津駅から北に延びる<石山坂本線>の軌道の一部も併用軌道になっている。その併用軌道の箇所を走行する電車が視える状態で浜大津駅へ接近していた…

↓浜大津駅の手前に大きなカーブ区間が在る…
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↓カーブを曲がって、屋根が据えられたホームの辺りへ列車が滑り込む…
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↓ゆっくりとホームに入って列車は停止する…
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↓<808>…これは京都の地下鉄に乗入れる<京津線>で専ら走っている型だ…
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↑こういう具合に駅で停車中な場面では「普通…」だが…「4輛編成」の状態で併用軌道を行く様子は独特だ…

この大津の京阪の列車が行き交っている辺り…なかなかに好い風情でもある…
posted by Charlie at 07:31Comment(0)滋賀県

神門へ…:建部大社(2019.02.26)

↓鳥居の向こうに神門が視える…
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「瀬田の唐橋」の辺りに「神領」という住所が在る…「近江国一之宮」という格式を誇る建部大社の辺りの住所である…

朝に京都市内の宿を出て…チェックインの時刻頃を目指して大阪の宿を目指すという状況だったが…「何箇所か寄ろう…」と思い付いて、多少の重さも在るモノを持ったままの状態で動き、この建部大社が在る「神領」という住所に至った訳だ…

↓注連縄の飾られた鳥居を潜り、この神門に至った…
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多少は冷えていたかもしれないが…陽射しが心地好いようにも思える状況だったことが記憶に残る…
posted by Charlie at 21:28Comment(0)滋賀県

<707>:浜大津駅(2019.02.26)

大きな琵琶湖の西南側に敷かれた軌道を行き交う電車が在る…<石山坂本線>だ…

↓その琵琶湖沿岸の<石山坂本線>の軌道と、京都市内へ向かう<京津線>の軌道とが交差する浜大津駅の様子だ…
26-02-2019 at Otsu, Shiga pref (52)
↑少し南側の石山寺から浜大津を経て、北の坂本比叡山口へ向かう電車が現れた…

<700形>と呼ばれる電車だ…1992年から1993年に、古い車体を流用しながら製造されたモノであるという。登場当初は京津線にも乗り入れていたが、1997年10月に京都の地下鉄東西線と京津線とが直通乗入になって以降は、専ら石山坂本線で運用されている。

写真の707…最近増えている、現行の京阪の各車輛に施されている塗装に切り替わったモノで、従前からの塗装のモノとイメージが少し違う…

石山坂本線…極一部に、道路上に軌道が敷かれる併用軌道の箇所も在るのだが…沿線の名所も多い、なかなかに味わい深い路線で、そこをゆっくりと走っているこの車輛もなかなか好い感じだ…
posted by Charlie at 21:50Comment(0)滋賀県

山王鳥居:日吉大社(2019.02.26)

一度だけ…大津市内に用事が在って滞在した時…少々慌ただしく、朝早くに眺めに行った日吉大社…少しゆっくりと寄ってみたいと思っていた…

↓少し独特な形状の鳥居が在る…
26-02-2019 at Otsu, Shiga pref (31)
↑通常の鳥居の上に“山”が象られている…

↓近付くと、この特徴的な形状が判り易い…
26-02-2019 at Otsu, Shiga pref (32)

これを<山王鳥居>(さんのうとりい)と言い、日吉大社に独特なモノなのだそうだ…

東に向かって<伊勢神宮>を始めとする「東日本の神々」を拝し、西に向かって「西日本の神々」を拝するという…この日吉大社から「全国の八百万の神々」を拝するという意味が込められているのだそうだ…

「神仏を讃える」ということで、永く独特な強い存在感を示す比叡山の古い社である日吉大社の独特な鳥居…面白い!
posted by Charlie at 07:30Comment(0)滋賀県

石山寺の朗澄大徳(ろうちょうだいとく)(2014.08.01)

↓石山寺に「不思議な姿の怪人?妖怪?」が刻まれた石板が据えられている…
Ishiyama-dera Temple, Ohtsu, Shiga pref. on AUG 01, 2014 (2)
↑「何者?」と思ったのだが…これは“鬼”に化身したという言い伝えが在る高僧、朗澄大徳だという…

朗澄大徳(1131-1209)は「朗澄律師」とも呼ばれ、大変に高名な僧だった。彼は「(没後には)石山寺経蔵の一切経、並びに聖教(しょうぎょう)を守護し、万民の降魔招福(ごうましょうふく)の為、鬼の姿となるのだ」と誓ったと言われ、没後の或る時に弟子が鬼を見掛けたという言い伝えが在るのだそうだ…

そうした言い伝えに基き、石山寺を盛り立てた功労者とされる朗澄大徳の名を冠した庭園を造成する際、「鬼となって万民の降魔招福に努めている」という彼の姿を刻んだ石板が登場した訳だ…

この鬼と化した朗澄大徳の姿…この時訪ねた石山寺で観たモノの中で、どうしたものか、一際記憶に残る…
posted by Charlie at 06:43Comment(0)滋賀県

琵琶湖の<一番丸>(2014.08.01)

「滋賀県」と聞いて…申し訳ないが、稚内辺りでは「何処??」と問う方も存外多いのだが…「滋賀県」と言えば、琵琶湖である…

↓「夏の関西」を訪ねた際、琵琶湖で運航していた遊覧船だ…
'ICHIBAN-MARU' at Ohtsu, Shiga pref. on AUG 01, 2014 (1)
↑明治時代の船を模した形状の<一番丸>である…

↓船室も、何かクラシカルな設えで、なかなかに趣が在る…
'ICHIBAN-MARU' at Ohtsu, Shiga pref. on AUG 01, 2014 (2)

↓船室の雰囲気は素敵だが、夏季の場合には、このデッキで湖を渡る風を受けながら景色を眺め、ガイドさんのお話しの音声に耳を傾けるのが好い…
'ICHIBAN-MARU' at Ohtsu, Shiga pref. on AUG 01, 2014 (3)

この時は、“大津プリンスホテル”の辺りから出航し、石山寺に向かうクルーズだった…
posted by Charlie at 18:10Comment(0)滋賀県