工事中のチェーホフ通(2017.07.24)

↓ユジノサハリンスクは工事中の道路が「妙に多い」感じになっている…
24-07-2017 (17)
↑この看板が在るのは、看板の左側ということになるコムニスチーチェスキー通で手前から奥に進むようになっている。すぐ手前のチェーホフ通は工事で通行止めになる。看板の右になるハバロフスカヤ通の側へ向かうには、もっと先のアムールスカヤ通を巡るということになる。

何やら方々にこういう通行止めが在る。道路の改修、補修ということだけではなく、地下に埋設されているモノの交換というような作業も行われている様子で、少々時間が掛ってしまっている箇所も見受けられる…

↓チェーホフ通はフェンスのようなモノで囲い込まれてしまっているが、様子が視える箇所が…
24-07-2017 (18)
↑一寸驚いた…道路の真中が大きく掘り返されてしまっている…

何か、今年は「殊更に工事が多い」という感じのようだ…

栄光広場の犬達(2017.07.24)

↓「池の畔」のように見えるが、この場所は栄光広場という大き目な緑地の一部で、木立の下で草や花が在るような場所だ…週末の雨の水が、未だ退かないで残ってしまっているのであろう…
24-07-2017 (6)

↓2頭居た犬の1頭が、何やら水を相手に不思議な動きをしていた…
24-07-2017 (7)
↑「何をやっているのか?」と、暫し見入ってしまった…

時々、こういうのを何となく眺めるのも悪くない…

雲が美しい…(2017.07.23)

「この時季って…雲が綺麗な時季だと思わない?」と居合わせた友人が口にした…

↓何気なく見上げると、何となく「劇的?」な雲が…
23-07-2017 (12)

早朝は「薄暗い?」と思わせるものが在ったが、よく晴れた日曜日となった…

「ウラジミロフカ村」の歴史を伝える記念碑(2017.07.23)

ユジノサハリンスクのレーニン通を少し北上し、サハリンスカヤ通と交差する辺りで西寄りに進む…歩けば20分前後、バスなら停留所が2つという辺り…

↓こういうモノが建っている…道路から近く、容易に見付かる…
23-07-2017 (5)
↑何となく見上げる程度の大きさだ…

↓大きな石の真中に貼り付けられたプレートに注目…
23-07-2017 (8)
↑「ここに1882年、ロシアの入植者がウラジミロフカという村落を起こし、ユジノサハリンスク市の礎となった」というような趣旨のことが書かれている…

これは、1882年に「ウラジミロフカ村」が起こったという経過を示す記念碑である。

街のことに明るい方の話しを聴く限り、「ウラジミロフカ村」の中心的な場所というのは、レーニン通とサハリンスカヤ通の交差する辺りを通り越した、もう少し北寄りな辺りと考えられるようだ。この記念碑が在る場所―現在、「ウラジミロフカ」と呼び習わされている辺り―は、村内の農場の一部であった場所のようだという…

史跡を示そうとすれば、色々な話しも出て来ようが、とりあえず現在のユジノサハリンスクで「街の起こり」と考えている「ウラジミロフカ村」のことを伝える場所というのは興味深い…

ウラジミロフカ村の経過は在るが、現在のユジノサハリンスクの都心部は、1907年頃から拓かれた豊原を基礎としていて、1946年以降にソ連化して現在に至っている。ウラジミロフカ村は、現在の都心部よりやや北西に寄った感じになる…

インスティテューツカヤ通の猫:見上げて…想う…(2017.07.22)

↓集合住宅の壁の脇に棚のようなモノが設えられ、猫達がここで寛ぐかのように座っている様子をよく見る…
22-07-2017 (38)
↑目線の先に何が在るのか?猫は徐に天を仰ぐ…

↓そして何処かを見据えるように…
22-07-2017 (39)

何か、猫が「思索に耽っている」かのようで、何となく面白かった…

燕が舞う夕空(2017.07.22)

↓4階の窓からの様子…
22-07-2017 (19)
↑燕は、日没の頃まで元気に編隊飛行を続けている…何か「凄くタフ?」と不思議に思えてしまう…

ユジノサハリンスクでは毎日視掛ける燕…稚内では視ない…

<シャシュカ>を使った剣舞 ほか:<極東“サバントゥイ”>より(2017.07.22)

<サバントゥイ>(Сабантуй)という祭りが在る。

タタール文化圏で催されて来た伝統的な祭りに起源を有する催しで、古式なレスリングの<キョレシ>の大会や、古くから伝わる伝統的なゲームや、出店が出て賑々しいという按配だが、タタール文化圏の音楽や踊りが披露されるステージも、催事の時間でずうっとやっていた…

タタール文化圏の音楽や踊りが披露されるステージでは、タタールスタンを始め、方々から集まったアーティスト達が出演していたが、サハリンで活動するグループも登場していた。“生”で聴いて、観る歌や演奏、或いは踊りはなかなか楽しいと思ったのだが…

↓こういう様子に注目した。
Сабантуй 2017 (21)
↑音楽の途中で、背の高い若者が、剣を手にステージ中央に進み、歌ったり演奏をしていたメンバーが少し奥に退いた…

↓グループは、こういうような女性6人、男性3人という編成だった…
Сабантуй 2017 (20)
↑勇壮さの中に哀切が滲むような、そしてテンポは好い感じの楽曲をやっていて、「何となく好い…」と思いながら視ていた…剣の若者は、右端の方で余り目立っていなかったのだったが…

↓若者は手にした剣を振って、勇壮な舞を披露してくれた…
Сабантуй 2017 (22)

この剣…確か<シャシュカ>と呼ばれるモノで、コーカサスの部族が用いた武器を起源とするモノだ。サーベルと長剣の中間程度の大きさで、一突きで相手を戦闘不能に陥れる威力を有する剣だ。そして適度に湾曲している関係で、勢いよく振るうと相手の首も斬れたという…ロシアでは騎兵が使う武器として帝政期から用いられ、ソ連時代の1950年代最初に騎兵部隊が解散する頃まで「正式な装備」として扱われていたらしい…(以降、儀仗兵がセレモニーで用いる場合というのは在って、それは現在にも受け継がれているようだ…)

多分、刃を研いでいないモノを使うのであろうが、この<シャシュカ>を振るう剣舞は方々でやっているようだ。音楽関係のビデオクリップでも、やっているのを視た覚えが在るが…

↓音楽的には、このバヤンが鳴っていて、リズムパートの音が流される中で各メンバーが歌う感じだった…
Сабантуй 2017 (18)

非常によく晴れた休日の土曜日に、野外で音楽を聴いて、催事を眺めて…なかなかに好かった…

<キョレシ>=タタールの古式なレスリング:<極東“サバントゥイ”>より(2017.07.22)

<サバントゥイ>(Сабантуй)という祭りが在る。

タタール文化圏で催されて来た歴史を有する祭りで、本来は春の農繁期が落ち着いた夏季に行われた農民達の催事であったという。タタールの主要な宗教であるイスラム教等が入って来る以前からの伝統を有するという。

現在では、タタール文化圏限定でもなく、ロシアや旧ソ連で広く催され、農村に限らず都市部でも行われているという。

サハリンに在って、この<サバントゥイ>(Сабантуй)という祭りはタタール文化圏に縁が在る人達を中心に催されて来た経過が在るようだが、今年は<極東“サバントゥイ”>と銘打って、本場のタタールスタンやその他極東管区の方々からタタールに所縁の人達や公職に在る来賓も招いて大々的な催しとして<スパルターク・スタジアム>を会場として行うことになった…地元テレビのASTVで“コマーシャル”まで流していたのだ…

特段に「どうしてもしなければならない…」を抱えるでもない、「久し振りに普通な休日」という展開で、加えて「久し振りに朝から好天」という気持ちの好い感じなので、<極東“サバントゥイ”>が催される<スパルターク・スタジアム>に足を運んだ…

“オープニング”というものが、「直ぐに終わるだろう…」と思っていれば、夥しい数の来賓祝辞が延々と続き、殆ど丸一時間近くやっていたが…漸く始まった催事を愉しく観ることになった。

↓こういう格闘技の大会が、この祭りの呼び物の一つだ…
Сабантуй 2017 (1)
↑タタールの古式なレスリングで<キョレシ>と呼ばれる。

2人の選手は各々の片方の手首に、長めなタオルの片方を巻く。そして上の画のように組み合って、タオルを相手の背中側、腰の辺りに廻し、タオルの端を空いていた方の手首に廻す。

↓そういう状態から、審判員の合図で闘い始める。力比べをする感で、相手を投げるようにして押し倒すとポイントである。
Сабантуй 2017 (2)
↑柔道のように「立った姿勢で組み合う」のでもない。相撲で“水入り”となった後に、行事が両力士を慎重に組ませて取組を再開する場面を思い出した。或いは足を掛けるようなことをしない“グレコローマンスタイル”のレスリングを想起する…

↓大変に好天な中、「1試合3分間」ということでドンドン対戦が続けられた。
Сабантуй 2017 (4)
↑出場者数が紹介されたり、対戦表が掲出されるというようなことは無かったが、方々の選手が出場するトーナメントだ。

3分間で圧したり、引いたりで相手をマット上に倒し、ポイントを重ねて審判員が勝敗を判定する。中には「Чистая победа!」(チースタヤ・パビェーダ!)と宣せられる「一本勝ち!」も在る。(序でに、エントリーした選手が現れないので“不戦勝”というのも視て、苦笑いもしたが…)

始まって間もなくの1回戦を視ていると…日本国内で例えるなら「大学の体育会の柔道部や相撲部の道場に居そうな感じの…」という、堂々たる体躯の「如何にも強そう…」な選手が登場した。この<キョレシ>は、オリンピック種目のレスリングのように体重別ではなく、“無差別級”なので、堂々たる体躯の「如何にも強そう…」な選手の相手になったのは体重差が少し大きい感じの選手だった。その対戦で「Чистая победа!」(チースタヤ・パビェーダ!)と宣せられる場面を初めて視たのだが…「開始7秒 一本勝ち」というような感じで、瞬時に決着で驚いた…

↓対戦が重ねられ、3位決定戦、決勝戦となって行く…
Сабантуй 2017 (28)
↑出場選手を呼び出す係のマイクを手にした人は、「もっと声援を!」とか「〇〇選手は〇〇出身だ!」と集まっている観衆にアピールをし、何か場が盛り上がる。

結局、審判員が時間一杯闘った両者のポイントを判定する以外に「一本勝ち」も在ることを示してくれた、堂々たる体躯の「如何にも強そう…」な選手が優勝した。サハリンで“グレコローマンスタイル”のレスリングをやっていて、重量級で活躍している選手のようだ。コーチや仲間達が「彼なら、方々の猛者達を捻じ伏せてくれる…」と期待された“サハリン代表”だったようだ。

↓そしてこれが表彰式…右端が3位の選手、その左は2位の選手、催事の実行委員長である女性を挟んで優勝した選手…2位、3位の選手達はキルギスタン出身だったようだ…
Сабантуй 2017 (30)
↑伝統的に、<キョレシ>の大会で優勝した“勇者”には「生きた羊」を贈ることになっているのだそうだ。流石に力自慢で、羊も40㎏前後は在るらしいが、ガッチリと脚を押さえて抱え上げて見せてくれた。これも“勇者”の伝統的なポーズらしい…他方、この上位3人には提供を受けたテレビセット等の商品や賞金も授与された…

これまで「生で観る機会」など無かった催しを観ることが出来た!何か嬉しい感じである…

雨の日のアムールスカヤ通(2017.07.21)

↓少し強めな雨が降ると、何やら道路の脇の方に、存外な量の雨水が溜まってしまう…
21-07-2017 (1)
↑ユジノサハリンスクの道路では、比較的多く見受けられるパターンだ…

やや雨が強めな朝…通過する車輛が跳ね上がる水に警戒しながら、また溜まった水に足を突っ込んでしまい易いので慎重な足取りで歩いた…

雨中のチェーホフ像(2017.07.21)

緑地に据えられている人物の像の顔…年中「同じ顔」の筈だが…

↓今日のチェーホフ像の顔は…降り頻る雨を憂鬱な気分で眺めるというのか…人影が極端に少ない、今日の状態を怪訝に思っているというのか…何か「表情が違う?」という気がしてしまった…
21-07-2017 (6)
↑この像の原型を制作した際の意図は知る由も無いのだが、この像は「旅をしている作家が、道中の何処かで静かに座っている」ような風情で、何か凄く気に入っている…

今日の日中のやや強めな雨では…ここに座っているチェーホフも「これでは動き回り悪い…」と表情を曇らせてみるのかもしれない…

やや強めな雨の日に…(2017.07.21)

↓ユジノサハリンスクのレーニン通に面した、州立図書館や美術館やチェーホフ像が在る緑地だ…
21-07-2017 (5)
↑昼食休憩のような時間帯に、この緑地にここまで人が居ないのは珍しい…(稚内であれば、日中にこの程度に人が居ないのは日常茶飯事だが…)

多少の驚きを禁じ得ないと思いながら、多少の雨な中で無理に写真を撮ってしまった…

強めな雨に注意喚起も為されていたが、「時々強めになる、普通な雨」という感じで終始しようとしている感だ…

アムールスカヤ通の猫達(2017.07.20)

雨が上がり、何処となく蒸すような感じも在った日没前の時間帯…

↓この猫は“指定席”に確り陣取っていた…
20-07-2017 (3)

↓小さい3匹も、何となくのんびりしていた…
20-07-2017 (2)

翌日は「大雨に警戒」という話しにもなっているらしいが…そういうことに気を廻しながらも、こんな「平和…」に視える猫達に出くわすと、何となく長閑な気分になる…

インスティテューツカヤ通の猫:「見返り」…(2017.07.18)

レーニン通に並行するインスティテューツカヤ通を少し南下し、レーニン通側に出ようとした…

インスティテューツカヤ通の静かな集合住宅の合間で、猫達が各々に活動している様子が面白く、何となく眺めていた…

↓近付いた他の猫に挑みかかって、「ここは俺の場所だ!!」と脇の方に押しやってしまう猛々しさを見せていた猫だ…
18-07-2017 (4)
↑何気なく「見返り」な動きを見せた…

こういうような様子…視掛けると、何となく足を停める…

インスティテューツカヤ通の猫:少し変わった毛並み(2017.07.18)

レーニン通を南下しようとする前に、やや西に寄った鉄道駅の辺りに寄った。そこから、レーニン通に並行するインスティテューツカヤ通を少し南下し、レーニン通側に出ようとした…

↓建物の脇に猫が静かに座っていた…
18-07-2017 (3)
↑何とも名状し悪い、不思議な毛並みの猫だ…

この辺り…何頭かの猫が、各々に活動していた…

ユジノサハリンスク市内の散水車(2017.07.17)

↓“夕刻”と言うより“夜”というべきか?午後9時台の日没の少し前のユジノサハリンスクのレーニン通に、こういう車輛が登場した…
17-07-2017 (5)
↑乾いた道路に水を撒いている…

最近は「局地的な大雨」という“ゲリラ豪雨”という現象も伝えられるが…ユジノサハリンスク市内を動き回ると、「雨が降ったような感は無いが…何故この道路は派手に濡れている??」という場面に出くわす…その“正体”が、こういう散水車の存在だ…

↓散水車が通過した辺りは、本当に「やや強い雨の後」という雰囲気になる…
17-07-2017 (6)
↑華々しく撒いている水は、歩道の辺りまで飛沫が散っている…珍しがってこの車輛を眺める場合、多少注意した方が善いかもしれない…

夏から秋には、この散水車が存外な頻度で登場しているように見受けられる…

運行系統#7のバス:プーシキン広場にて(2017.07.15)

多少陽射しが強く「30℃を伺う?」という気温だった土曜日の午後…「歩き回るのがややキツい?」程度に思っていると、“プーシキン広場”と行先表示に出ているバスが居合わせた辺りで運行されていることに気付いた…

「“プーシキン広場”?行こうとしている辺りから然程遠いでもない…乗せてもらおう…」と、やって来たバスに20ルーブルで乗車…運行系統の番号は7番だった…

この7番のバス…思ったよりも大きな範囲で“循環”している路線だった…ぐるりと市内を巡って走り、20分強も乗車すると“プーシキン広場”の停留所に至った…

↓“プーシキン広場”の停留所に着くと、数分間はこうやって、黙って停まっている…
15-07-2017 (22)
↑この路線…“プーシキン広場”を「起点・終点」のようにして、グルグルと循環をしている路線なのであろう…

窓に相当する部分に広告ラッピングが在るのだが、この箇所は窓から外が視え悪い…

また、この新し目なバスは「室内XX℃ 車外XX℃」と表示が出る…この日は「室内33℃ 車外28℃」と表示され、なにやらガックリしたが…窓は開け放たれ、車内は存外に風が抜けて、表示されている気温の割には過ごし易かった…というより、こういう日は歩くとキツい…

こういう「非常に夏らしい感じ」と、「やや肌寒い感じ」とが「数日おき」なので、多少面倒な感じもする…

水面に博物館…(2017.07.15)

↓サハリン州郷土博物館の敷地内を散策していて見付けた様子…
15-07-2017 (14)
↑小さな池が幾つか在って、その一つ…敷地内のやや西寄りに相当する辺りだ…

こういう画…視たことが無かった…その辺を動き回ると、こういう“発見”は在るものだ…

「ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国(РСФСР)」の国章(2017.07.15)

↓サハリン州郷土博物館の敷地内に在る…屋外展示の一つだ…
15-07-2017 (11)
↑屋外展示と言っても、敷地の端に、何となく「フェンスの一部が“塀”のように?一寸、不自然?」というのが木の陰に視えるという感じで、余り目立つモノでもない感じだ…

↓概ね「直径3m弱の円形?」という雰囲気なのだが、これは1918年に設立で、1992年に「ロシア連邦」へ移行することになった「ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国(РСФСР)」の国章である。
15-07-2017 (12)
↑ユジノサハリンスクで実際に建物に掲げられていた経過が在る代物で、2013年から博物館に在るのだという…

「ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国(РСФСР)」は<10月革命>の後に社会主義国ということになったロシアであり、1922年に「ソ連」が成立した時点で「ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国(РСФСР)」と号している。そして“連邦”であるソ連を構成する“共和国”であり続けた。「ソ連を構成する共和国」の位置付けながら、「共和国自体が“連邦”の制度」という不思議に思えるような状態も見受けられた…

15の共和国で構成されていた“ソ連”は、バルト3国が「離脱」という手続きで離れた後、残る12の共和国が各々に完全な独立国ということになった。「ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国(РСФСР)」については、「ロシア連邦」となり、現在に至っている。(1990年代前半辺りと、最近の様子を比べると、本当に「隔世の感」ではあるが…)

それにしても…1990年代初頭までの“ソ連”に関連するモノ…完全に「史料」という扱いである…この屋外展示自体は、何やら「不思議な存在感」というのか、「余り目立っていないので、知らない方が多い?」という気もしてしまうのだが…

アムールスカヤ通の猫達(2017.07.12)

↓集合住宅の床下というのか、地下というのか、微妙な場所に棲んでいる猫達の中、これはやや大柄な猫で、相対的に高めな“指定席”に何時も陣取っている…
12-07-2017 (13)
↑黒く見える毛並みだが、喉の辺りがマフラーでも巻いているか、アスコットタイでも着用しているかのように白い…

↓低い辺りには、子猫のような小柄な猫がよくチョロチョロしている…
12-07-2017 (12)
↑右側の猫は、何時も“指定席”に陣取る大柄な猫の子だろうか?マフラーかアスコットタイのような、黒の中で目立つ白い毛がソックリで笑ってしまう…

このアムールスカヤ通の猫達にも、「何時ものとおり…」も在れば「一寸変わった展開」も在って、のんびりと寛いでいるように見える他方で、色々と大変なのだろうと想像してしまう…

この日は一寸出掛けなければならなかった日だったが…そういう日の朝にこの猫達を視掛けて、そしてカメラを持ち合わせて写真に収めると、何か「善いことでも在りそう?」という気分にならないでもない…

古いタイプライター=コルサコフ郷土博物館(2017.07.12)

↓これ!一寸見入ってしまった…
12-07-2017 (2)

↓キーの感じが少し判り易い角度でも画を撮ってみた…
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「イマドキの子ども達」には、多分、どういうモノなのか判らないであろうタイプライター…「地域の子ども達が学ぶ場」というような役目を果たしている郷土博物館の展示品だ…

「ソ連時代」な部屋?=コルサコフ郷土博物館(2017.07.12)

↓「“ソ連時代”に見受けられたモノ」が並んでいた…モノクロでが妙に似合う画になった…
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↑これらは、コルサコフの郷土博物館の展示だ…

小ぶりな博物館である…小さいながらも「地域の子ども達が学ぶ場」というような役目を果たしている。こういう少し古い道具は、「そんなモノを視たことが無いという子ども達に紹介する」という場面が多々在るようだ…

例えば…「イマドキの子ども達」は、画に写っている「一部破損した箇所も見受けられるダイヤル式の、家庭やオフィスに在った電話機」を視ても、どうやって使うのか、そもそも「これは電話機」ということさえ判らないかもしれない…

一寸気に入って、暫し眺めてしまった展示だった…