<КОРСАКОВСКАЯ>(コルサーコフスカヤ)…(2019.10.24)

↓視れば「サハリンに在る…」と酷く実感してしまう代物…
24-10-2019 night (2)
↑ロシアでは「0.5л」という表示が目立つように思うが「0.5l」のこと―ロシア語アルファベットの“л”は、アルファベットの“l”に相当する…―で、500ml入りボトルのガス入りミネラルウォーターだ…

↓ユジノサハリンスク市内でこういうモノを求め、御世話になった宿の居室に持ち込んで飲む訳だ…
24-10-2019 night (1)

<КОРСАКОВСКАЯ>(コルサーコフスカヤ)という名は、「コルサコフ」という街の名から来ている形容詞だ。コルサコフは樺太時代の「大泊」(おおどまり)である…

<Салат Оливье>(サラト・オリヴィエ)=<Russian Salad>=「ロシア風サラダ」…(2019.10.26)

ユジノサハリンスクで…「あそこは料金も手頃で料理も美味い…」と気に入っていたロシア料理系の店を思い出して立ち寄った…

店で迎えられて席に着けば…メニューが出て来る訳だが、ユジノサハリンスクの一部の店ではロシア語のメニューが出て来る場合も、英語のメニューが出て来る場合も在る。序に言えば、ウラジオストクの一部の店では韓国語のメニューや、稀に日本語のメニューまで在る…

ユジノサハリンスクの英語のメニューを備えた店では、英語のメニューを寄越される確率がやや高いように思う。自身では日本語、英語、ロシア語であれば読めるので問題は無い…それ以外になると「全く読めない…」ということになる可能性も在る。出してくれた側は、私の風貌を視て気を利かせてくれたのであろうが、残念ながら役立たないということも在る訳だ…

ロシア料理系の店の英語のメニューに<Russian Salad>=「ロシア風サラダ」というモノが高い確率で見受けられる…

実は…少し間隔が開いた状況下でユジノサハリンスクを訪ね、この<Russian Salad>=「ロシア風サラダ」という字句に出くわした時…「これは…何だったか?」と少し思い出せなかった…

↓「これは…何だったか?」と思いながら頼めば、出て来るのはこれだ…
26-10-2019 (11)
↑モノを視れば「“オリヴィエ”じゃないか!!」と直ぐ判る…

結局、<Russian Salad>=「ロシア風サラダ」という以前に、この料理を<Салат Оливье>(サラト・オリヴィエ)として記憶し、その“オリヴィエ”と“Russian”が頭の中で巧く結び付かなかったのだった…

↓「リュシアン・オリヴィエ」という19世紀後半の料理人の名に由来する呼び名であるという<Салат Оливье>(サラト・オリヴィエ)は、「ロシア風サラダ」と英訳されてしまう程度に、ロシアではポピュラーだ…ユジノサハリンスクでも御馴染なモノである…
26-10-2019 (13)

ユジノサハリンスクで頂く種々の料理…このサラダも含め、なかなかに好いモノも多いと思う…時々思い起こす場合に眺めてみようと、写真に収めてみる訳だ…

クルーゼンシュテルンの胸像(2019.10.24)

↓この胸像をこうして眺めるのも、少し久し振りだった…
24-10-2019 (29)

↓サハリンスカヤ通に沿って、幾つも緑地が整備されている。その一つに、このクルーゼンシュテルンの胸像が据えられている…
24-10-2019 (28)

クルーゼンシュテルンは、1803年から1806年の期間で、ロシアとしては初めて記録に残る世界周航を達成している。そして、その際に通過した日本海に関して"MER DU JAPON" と記録し、諸国に“日本海”の名を紹介した人物と考えられる…

彼はロシアが日本へ派遣した使節であったレザノフが乗っていた船の指揮を執っていた。レザノフは、長崎での幕府との交渉が巧く行かなかった後、カムチャッカへ向かっているようだが…その途中に日本海を北上して稚内辺りを通り過ぎているようだ…

そういう意味で、もう少し日本国内での知名度が向上しても善いのかもしれない。そう思いながら、こうしてユジノサハリンスクに在るクルーゼンシュテルンの像を御紹介している…

<СТОЛИЧНАЯ>(スタリチナヤ)…(2019.10.26)

出先の宿の居室で何か飲もうと、近所の店で求める…国内外を問わず、何処ででもやることだが…

↓ユジノサハリンスクでもういうモノを求めた…
26-10-2019 (27)
↑「ガス入り」のミネラルウォーターで1.5l入りというのが「彼の地の好み」という風ではあるが…別段に変わったところの無いミネラルウォーターだ…

しかし、これは「スーパーチェーンのプライベートブランド」という代物である。

ユジノサハリンスクには「二大チェーン」とでも呼ぶべきスーパーマーケットが市内各所に大小様々な店舗を展開している様子が見受けられるが、その1つでこの<СТОЛИЧНАЯ>(スタリチナヤ)が売られている…一寸面白い…

九五式戦車…:サハリン州郷土博物館

ユジノサハリンスクの<サハリン州郷土博物館>の敷地には、色々なモノが「屋外展示」として据えられている…

↓その中にこんなモノが在る…
24-10-2019 (46)
↑戦史を伝えるべく、修復が施されてここに展示されたという代物だが…占守島の戦いに参加した日本の九五式戦車である…遠く占守島から運び込んで修復をした訳だ…

「占守島」とは、殆どカムチャッカ半島に近いような、千島列島の北側に在る島だ。1945(昭和20)年8月、この地に在った戦車部隊である第11連隊を中心とした日本軍が、8月18日に上陸したソ連軍と交戦に及んだ経過が在った…

この展示を視て、存外に小さな車輌であることに多少驚く…同時代の堂々たる大きさのソ連軍戦車と比べれば、この九五式戦車は余りにも小さいが…占守島の戦いではそういう大きな戦車を向こうに回したのでもなく、上陸した歩兵等との交戦であったという。

戦車の砲塔に「士」という文字のようなモノが見える。これは「十一」を縦に重ねるようにして書くと、「武士」、「士魂」、「士道」という言葉に出て来る「士」の字になるということで、この第11連隊で好んで用いたマーキングであるという。永年の風雪で傷んでいたであろう戦車の修復に際し、将兵が想いを込めて書き込んだ“士”のマークは判読可能な状況だったのだと見受けられるが、確り再現されている…

↓展示されている九五式戦車の脇に、ロシア語と英語で説明をしたパネルが据えられていた…
24-10-2019 (47)

平和な時代に戦史を伝えるこういう展示…存外に大切なように思う。日本軍が用いたという戦車…正直、このユジノサハリンスクの展示でしか見た記憶が無い…

↓因みに「占守島の戦い」に関することでは、下記の小説がお勧めだ…
>>『終わらざる夏』

<Петр Великий>(ピョートル・ヴェリーキー)(2019.10.26)

↓ユジノサハリンスク市内のスーパーマーケットで珈琲豆を求め、拙宅に持ち帰って愉しんでいる…
26-10-2019 (24)
↑これはその一つ…<Петр Великий>(ピョートル・ヴェリーキー)とは、ロシア皇帝のピョートル大帝のことである…

↓昔風な肖像画のようなモノが掲げられ、クラシカルなデザインのカップというパッケージ…「美味い一杯」という雰囲気が演出されている…
26-10-2019 (23)

モノはミディアムローストの豆…挽いて淹れてみれば、スッキリした感じの「何倍も頂いてしまいそう…」な感じ、「スタンダードなブレンド」という感じだ…

「珈琲好き」を自認する私としては、ユジノサハリンスクへ出掛けて、「ロシア国内で流通している、ロシアの会社が扱う珈琲豆を入手」というようなことは、意外に面白い…

ОПАСНОСТЬ(アパースナスチ)=危険…?(2019.10.28)

↓ОПАСНОСТЬ(アパースナスチ)…「危険」という意味のロシア語が目立つ小さな缶だ…
28-10-2019 (3)

↓こういうモノなら?日本国内でも多々見掛ける筈だ…これはオイルライターに入れるオイルの缶だ…
28-10-2019 (2)

↓日本国内で出回っているモノの場合には「注意(火気厳禁)」と在る箇所に、ロシアでは「ОПАСНОСТЬ(アパースナスチ)」のシールを貼り付けている…
28-10-2019 (1)

ユジノサハリンスクの某所に置きっ放しになっていたモノを、今般のユジノサハリンスク滞在に際して拝借した…愛用のライターに給油していたのだったが…去り際に、また置いておくことにした…飛行機での移動の場合、こういうモノの持ち込みは禁じられている…

それはそれとして…「見慣れたモノにロシア語が入る」様子を視るというのは、少しだけ興味深い…

秋色…:サハリン州郷土博物館(2019.10.24)

↓色付く葉の向こうに、独特な形状の建物…なかなかに好い光景だ…
24-10-2019 (55)

↓色付いた葉に光が透ける…この日は「少しだけ冷えた好天」という風だった…
24-10-2019 (57)

↓色付く葉が美しい木が見受けられた他方、葉が殆ど落ちてしまっている木も見受けられた…
24-10-2019 (59)

秋が冬へ移ろう只中…そんな状況だった…

"Карат"(カラト)社の<Волна>(ヴォルナ):ロシアのチーズ…(2019.10.25)

出先の宿の部屋で寛ぐという段に至って…近隣の店で何か求めて、居室で一寸飲食というようなこと…何処ででもやることだと思う…

ユジノサハリンスクの、今般御世話になった宿の近隣にスーパーマーケットが在った。そこへ立ち寄った…

↓眼に留めて、求めてみたのはこういうモノ…
25-10-2019 (7)
↑製造会社の創業年と見受けられる「1934」に惹かれてしまったのだが…これは所謂プロセスチーズだ…

プロセスチーズ?これはナチュラルチーズを粉砕、加熱溶融し、乳化したというモノで、ナチュラルチーズ中の乳酸菌や酵素などの微生物はこの時点で死滅するので、品質が一定でナチュラルチーズと比較して保存性に優れているのだという…日本国内でも多く見受けられるタイプのチーズだ…

↓500ml入りのペットボトルと比べれば、大きさが判る…「一寸頂きたい…」という場面では適当な大きさだったと思う…
25-10-2019 (6)
↑"Карат"(カラト)が1934年創業の製造会社の名前で、製品名が<Волна>(ヴォルナ)だ…

味は?日本国内の、比較的安価に方々の店で購入可能なプロセスチーズの類と何ら変わらない…「随分と以前から“チーズ”と聞けば思い出すようなモノ…少し懐かしい?」という感も抱かないではない味だった…

これを宿の居室で頂いたが…国外でこういう平凡な感じもする日用の食品を試すのも一寸面白い…

>>会社のウェブサイト:製品(ロシア語)

A.P.チェーホフ像(2019.10.24)

↓何気なく出くわして、少し嬉しかった…気に入っている銅像である。脇を通り過ぎる時に「こんにちは!」とでも声を掛けてみたくなるような佇まいだ…
24-10-2019 (67)
↑戸外に少し長く居ると手が冷たくなるような感じではあり、多少は寒いが、酷く寒いという程でもない状況で、陽射しは寧ろ心地好い感じだった中、美術館の脇、或いは図書館の前に腰を下ろした感じのチェーホフ像を眺めた…一寸気に入っている銅像だ…

↓チェーホフは「よく知られたロシアの作家」ということになる訳だが、他方で「実際にサハリンの地を訪ねている」という人物で、1890年に彼が訪ねた頃の貴重な記録を残している。そういう意味で、サハリンでは殊更に敬愛されている感じがする…
24-10-2019 (68)
↑概ね等身大、或いは少し大きい感じ―チェーホフはなかなかに長身で大柄だったというようにも聞くが…―という銅像だと思う。「52mm相当画角」のレンズで撮るのが程好い按配だ…

このチェーホフ像は、ユジノサハリンスクの都心部、少し賑やかなレーニン通に面して「旅の途上」という風情で街や行き交う人達を静かに見詰め続けている…チェーホフ自身が訪ねた頃、この像が在った辺りは、多分「ウラジミロフカ村へ通じる細い道」というような様相であったと想像するが…約130年を経て、賑やかに車輌が行き交う様に、彼は何を思うのだろう…

“clubhouse sandwich”または“club sandwich”:ユジノサハリンスク(2019.10.28)

ユジノサハリンスクの空港へ移動する前…集合場所のホテルで、少し時間が在った…

乗せて頂く車が現れるまでの間に、軽食でも摂って、何かを飲もうということになった…現地では「少し早めなランチタイム」とでも言うような12時頃だった…(ユジノサハリンスクでランチタイムと言えば、午後1時からの1時間程度がポピュラーだ…)

↓頂いてみたのはこれ…
28-10-2019 (7)
↑クラブサンドイッチという代物だ…なかなかに美味かった!!付け合わせのポテトフライもボリュームが在った…ユジノサハリンスクでは、フライポテトが出て来ると、ケチャップが添えられることが多い…

クラブサンドイッチは、英語で“clubhouse sandwich”または“club sandwich”と綴るそうで、その起こりにも諸説在るらしいが、結局「3枚のパンに豊富な具材を挟み込むサンドイッチ」ということである。米国でポピュラーな流儀のモノらしい…

ユジノサハリンスクに、確りと米国の流儀によるモノが定着している感だ…

ところで…このクラブサンドイッチはなかなかにボリュームが在ったので、空港へ移動して札幌に飛んで、バスに揺られて夜遅くの稚内に着くまでの間、飲物だけで過ごすことが可能な程だった…

カプチーノ…:ユジノサハリンスク(2019.10.28)

「一寸した合間」にカフェで飲物を頂いて一息…何処に在ろうと、そういうことをするのは好きなのだが…ユジノサハリンスクでそういうことをする機会が在った…

↓多少勝手知ったエリアの、勝手知った感の店に寄って、こういう飲物を頂いた…
28-10-2019 (6)
↑ラテアートを施したカプチーノだ…「飲物は砂糖無しが好い…人生は甘い方が好いかもしれないが…」という台詞を“ネタ”にしてしまっているが、これも砂糖無しで頂いた…

ユジノサハリンスクのカフェ…或いはロシア国内全般のカフェは、少し独特な経過で現在に至っているのかもしれない。

このカプチーノを出すような、“使い切り容器”を使って外に飲物を持ち出すか、カップに注いで店内で頂くというような感じの店が、所謂「カフェ」というモノが流行り始めたのは「エスプレッソマシンで淹れる珈琲が隆盛になった時代以降」なのである。

日本国内では…「カフェ」が寧ろ「喫茶店」と呼ばれ、ハンドドリップやドリップする仕掛けのコーヒーメーカー、或いはサイフォンを使用して珈琲を淹れるという段階が在って、そういう他方で比較的新しい時代にエスプレッソマシーンを使う店も出て来たという状況であると思う。対してユジノサハリンスクやロシア国内の諸都市では、「カフェというモノが勃興した当初から既にエスプレッソマシーンの時代に入ってしまっていた」のである。

従って、「普通の珈琲」はエスプレッソの濃さを調整する<アメリカーノ>なのである。「ドリップコーヒー」ではないのだ…

↓そういう事情なので、このカプチーノは「極めてポピュラー」な感じだ…「とりあえず」とこそ言わないが、カフェ等で一寸飲物を頂こうとなれば「カプチーノ…」と言い出す人は、ユジノサハリンスクでは多いように思う…
28-10-2019 (4)
↑こうやって、頂く飲物を写真に収めるのも一寸愉しいが、ラテアートを施したカプチーノのようなモノ殊更に画になるかもしれない…

そんな「事情」を思い出しながら、少しだけ馴染んでいるユジノサハリンスクのカフェで供されるカプチーノを愉しんでいた。そして思い出したのは、ウラジオストクを訪ねた時、「敢えてドリップ方式で淹れた珈琲も供している」という店を見付けて、<リェグリャール>(“レギュラー”がロシア語に転訛しているのだと思う…)と称して売られていたそれを、店の近所を通り掛る都度に求めていたということも在ったのを思い出した…

一杯の珈琲を頂いてみるということから、随分と話しが拡がるものだが…ハッキリ言えば、こういうラテアートを施したカプチーノのようなモノに最も頻繁に出くわすのは…私自身の場合はユジノサハリンスクを訪ねて滞在する場面になるような気がする…日本国内の大きな街のカフェでも珍しくはない筈だが…

N.V.ルダノフスキーの胸像が在る広場…(2019.10.24)

↓“豊原時代”には「街の東西の境界」だったレーニン通と「街の南北の境界」だったサハリンスカヤ通とは何れも賑やかだが…両者が交差する、ユジノサハリンスク市内でも賑やかな辺りの、老舗映画館脇が都市緑地となっている。
24-10-2019 (22)

↓なかなかに雰囲気が好い緑地だ…
24-10-2019 (23)

↓緑地に胸像が据えられている…
24-10-2019 (24)
↑とりあえず、この胸像に因んで<ルダノフスキー広場>で通る場所になっているようだ…

↓何度も視ているが、渋い感じの風貌の胸像だ…
24-10-2019 (26)
↑「ロシア海軍の功労者」とされるネヴェリスコイの下で、サハリン南部の現地調査を手掛け、詳細な記録を残したのがこのルダノフスキーである…もう少しばかり知名度が高まっても好いと何時も思い、時々こうやってブログで紹介している…

この日は天候に恵まれた。少々気温が低い感ではあったが、こういう雰囲気が好い広場が多いユジノサハリンスクは、歩き回ることが心地好い街であるとも思う…

<Мокко-Южная Америка/Африка (средняя обжига)>(モッコ-ユージナヤ アメリカ/アフリカ スリェードニャヤ オブジガ)(2019.10.26)

↓ユジノサハリンスクのスーパーマーケットで珈琲豆を求めた…御世話になった宿の部屋で、硝子のテーブルの上に何となく置いて写真に収めておいた…
26-10-2019 (21)
↑直ぐに使える挽いてあるモノと、自分で挽く豆とが商品棚に在るのだが、豆の方を求めてみた。と言うより、拙宅には豆を挽くグラインダーが在るので、珈琲は豆で求めるようにしている…

<Мокко-Южная Америка/Африка (средняя обжига)>(モッコ-ユージナヤ アメリカ/アフリカ スリェードニャヤ オブジガ)という名前だが、要するに「南米またはアフリカのモカ(ミディアムロースト)」ということである。モスクワの会社がロシア国内等で流通させているモノだ…勝手に<モカ(ロシア流通)>とでも呼び習わすことにしたが…

この<モカ(ロシア流通)>…「直線距離に比して何倍かの距離を、酷く長い時間を掛けて移動」ということをして拙宅に持ち帰り、早速に愉しんでいるが…“ミディアムロースト”のスッキリした味の珈琲だ。盛んに淹れて、直ぐに無くなってしまうかもしれない…

結局、「普通の珈琲豆」という以上でも以下でもない訳だが…モスクワの会社がロシア国内等で流通させているモノで、ロシア語がゴチャゴチャ書かれたパッケージに入っていると、何か「殊更に珍奇なモノ」にでも接するような、不思議な気分になる。

<ASAHIKAWA CITY>…:Tシャツ…(2019.10.25)

↓ユジノサハリンスクで何となく着ていたTシャツ…
25-10-2019 (5)
↑長袖のアンダーウェアの上から、<ASAHIKAWA CITY>のロゴが視えるような形にして着用していた…

↓モノ自体は、9月初めに旭川で求めたのだったが…何となくユジノサハリンスクへ持参して、そこから愛用し始めたということになる…
25-10-2019 (4)

これを見付けた時…「間違いなく、往年の有名ミュージシャンが写っている写真で着用していた<NEW YORK CITY>というロゴが入ったTシャツを意識している…」と思い、衝動的に求めてしまったのだった…聞けば「何となく人気が在る」ということだ…

自身は、別段に旭川に縁が深いという程でもないのだが…この<ASAHIKAWA CITY>のTシャツが酷く気に入ってしまった…

こういうような“地名”が入ったグッズは意外に好きだ…

アニワ岬…:上空から望む…(2019.10.28)

ユジノサハリンスクから南東側へ進んだ飛行機の窓から、「サハリン島南東端辺り」を眼下に望んでいた…

↓サハリン島の南東端に相当するアニワ岬が綺麗に視えた!!
28-10-2019 fly over Sakhalin (27)
↑先端部に…1939年竣工(樺太時代の建築)という古い灯台も在る…

※記事中の画をクリックし、ウェブギャラリーの頁を開き、更にウェブギャラリーの頁で画をクリックすると拡大画が表示され、灯台が判る…

アニワ岬は、樺太時代には「中知床岬」と呼ばれていたそうだ。ここの灯台は「サハリンのイメージ」として或る程度多用されていて、なかなかに画になる感じだ…訪ねる機会を設けようとしたが「簡単に辿り着けない場所」なのでツアーを利用しようとした。満員で参加が叶わなかった、或いは参加が決まったツアーについて、悪天候が予想されるということで中止になってしまったというようなことで、結局「未踏」のままだ。灯台を視るには、ボートを出して、その船上からということになるようだ…

乗っていた飛行機は、このアニワ岬上空からオホーツク海上空に出て、北海道を斜めに横切って日高地方周辺から苫小牧周辺に抜け、そこから新千歳空港へ向かって行ったのだった…

コルサコフ…プリゴロドノエ…:上空から望む…(2019.10.28)

ユジノサハリンスクから離陸した小さな飛行機…個人的な経験を振り返ってみれば「やや慣れない?」という感じの経路を飛行していたようだった。

ユジノサハリンスクから、飛行機は南東側へ進んだ…記憶しているのは南西側に進むというような状況なので、少し機窓の風景が新鮮だった…

↓画の上方、海と陸地の境目になっている…右端にはコルサコフ港が視える…そして左に寄った側にプリゴロドノエ港が視える…
28-10-2019 fly over Sakhalin (18)
↑コルサコフ港とプリゴロドノエ港は同じコルサコフ地区に在って、両者の間を車輛で移動するなら20分程度の距離だ…

左に寄った側のプリゴロドノエ港は、液化天然ガスや石油を積み出すようになっていて、沿岸部に天然ガスの液化を行う工場も在る…

機窓から望んだプリゴロドノエ港…大きな工場や、少し沖合の大きなタンカーらしき船、更に港のエリア内で動き回っているタグボートと見受けられるモノも視える…なかなかに興味深い…

ユジノサハリンスク市街鳥瞰…(2019.10.28)

ユジノサハリンスク空港から…否!<ユジノサハリンスクA.P.チェーホフ空港>から新千歳空港へのフライトを利用した…

「通用口??」のような、隅っこの判り悪い入口から建物に入り、手荷物等の保安検査が在って、税関の関係で手荷物等を機会に通すチェックが在って、機内預け荷物を預けるような搭乗手続きが在って、狭苦しい感もする階段を上って、出国手続きが在って、保安検査で…ここで初めて「座って搭乗を待つ」ということが叶う場所に辿り着く。そしてまた、狭苦しい感もする階段を下ってバスに乗せられ、漸く飛行機に乗り込む訳だ…

↓離陸した小さな飛行機は…市街地が見え易い方角へ上昇した…流れる雲が地上に影を落としている…
28-10-2019 fly over Sakhalin (2)
↑画の真ん中辺りに…<ハリストス生誕主教座大聖堂>が視える…

↓画の中程にテレビ塔が視え、左側に州政府本庁舎の「横長に大き目な建物」も視える…
28-10-2019 fly over Sakhalin (3)

「市内で最も嫌いな場所」(=空港の「国際」の搭乗関係の場所…)を経て、よく馴染んだ「市内で気に入っているエリア」を上空から眺めることが叶った…

レーニン像…:ユジノサハリンスク(2019.10.24)

好天に恵まれた中、ユジノサハリンスク市内を歩き廻る機会が在った…

↓久し振りに「これ!」を眺めた…
24-10-2019 (17)
↑広場の巨大なレーニン像である…(当然のことながら)「相変わらず」な佇まいだ…この像は「酷くスタイルが好い…」という感じもする像だ…

1970年に「レーニン生誕100年」というようなことで、ソ連全土の方々の街にレーニン像が登場したのだという。ユジノサハリンスクの「これ!」も、その1970年に登場している。

嘗て、「共産党系政権の“退場”」というようなことが方々で在った、元号が平成に切り替わったような時期、「レーニン像を撤去」というのが見受けられ、そういう映像が繰り返し伝えられていた。その印象が強烈であるが故に、こういう大きなレーニン像に関して「こんなモノ?未だ在る??」と驚かれる場合も在る…

が…このレーニン像は9mも在ると言われるモノが大きな台座に載っているモノで、撤去だの取り壊しというのにも、酷い手間と経費―一寸した建物を新築する位の経費は必要であろうか?―を要することは間違い無い…元号が平成に切り替わったような頃、ロシアが体制を変えたような頃、口を開けば…否!口を開く前から「金が無い!!!」が連呼されていた状況で、特段に何かの妨げになっているのでもない広場の銅像がどうであろうと、誰も知ったことではなかった訳だ…そこで「これ!」は何となく残った…

そして年月を経て…何時の間にかサハリン州政府の文化省がこの像を“文化財”に指定していて、台座の脇にその旨を記したプレートが貼り付けられている…

色々な経過が在った訳だが…何やらこの巨大なレーニン像は、移ろう街の様子や人々の様子を、この場で静かに見守り続けているような感だ。そして、自身もこの像を眺めるのが気に入っている…

<ФРЕШ ДОГ>(フレッシュ・ドッグ)…:ユジノサハリンスク市内商業施設のフードコート(2019.10.27)

ユジノサハリンスク市内の大型商業施設内に在るフードコートで、前日にも利用した店に再度立寄った…

↓今回はこういうモノを頂いた…
27-10-2019 (1)
↑レタスや他の野菜が幾分在って、ソーセージが挟まり、マヨネーズをベースにしたと見受けられるソースが点いている…

マヨネーズだが、日本国内で一般的な「卵黄を使う」というモノだけではなく、「卵白も卵黄も使う」というマヨネーズが出回っているので、「マヨネーズ?多少違う??」と思える場合も在るのだが…今般は正しくそういう状況だった…

↓こういう感じ…意外に好いかもしれない…
27-10-2019 (2)
↑名付けて<ФРЕШ ДОГ>(フレッシュ・ドッグ)というらしい…何か「ФРЕШ」(フレッシュ)という、英語の単語にロシア語のアルファベットを当てたと見受けられる表現は、「生野菜のような生鮮品」というようなことを想起させるのかもしれない。他の飲食の場でも、「ФРЕШ」(フレッシュ)を冠した名前で、生野菜が使われていることを前面に出したメニューが見受けられるように思う…

ユジノサハリンスク滞在中、「馴染んだ…」というモノも愉しんだが、「少しだけ新しい」というモノも愉しんだ…このフードコートのホットドッグは「新しい」の範疇だ…

Сало(サーロ)を久々に…(2019.10.26)

些か「間隔」が開く状況でユジノサハリンスクに入ると、「そう言えば…アレが…」と何となく思い出すモノも幾分在る。

以前にもブログで取上げたモノだが…かなり久し振りに頂いた…
26-10-2019 (16)

↓「肉の脂身」の塩漬け、Сало(サーロ)だが…日本国内では視掛けないような気がする…久し振りにユジノサハリンスクで愉しんだ…
26-10-2019 (17)

何となく、今般はこの種の「再会…」という機会を求めているような一面も在る…

郵便局仕様の“ブハンカ”…(2019.10.24)

↓ユジノサハリンスクの鉄道駅の並びに、郵便関係のモノを集配している場所が在り、郵便局で使用している様々な車輛が出入している様子が見受けられる…
24-10-2019 (19)
↑同型の車輛が2台…なかなかに画になると思った…

この車輛…最初のモノがソ連時代の1965年に登場したという、 УАЗ-452だ…「パンの塊のような形の車輛」ということで、「塊」を意味する“Буханка”(ブハンカ)という通称が在るというこの車輛の外観は、1965年以来殆ど変わっていないそうだ…

郵便局の色々なモノを運ぶ車輛として、この“ブハンカ”も随分と使われている様子で、ユジノサハリンスクでは意外にこの郵便局仕様の車輛を頻繁に視掛ける…何時までも、この形の車輛に活躍して欲しいと思いながら眺めてしまう…

<ЧИКАГО ДОГ>(シカゴ・ドッグ)…:ユジノサハリンスク市内商業施設のフードコート(2019.10.26)

ユジノサハリンスク市内、繁華なエリアから空港へ向かう側に「ロシア極東で最大級」と言われる商業施設が在る。その大きな館内にフードコートが設けられ、色々なモノを頂くことが出来る。休日はランチタイム―サハリンでは午後1時頃から午後2時頃が“ピーク”。様々なオフィスの昼休みもこの時間帯である場合が殆どだ…―の辺りから夕刻まで、とりあえず利用者が絶えない感だ…

↓「多分“ピーク”の少し前…」というようなタイミングで、このフードコートを利用してみて…眼に留めたホットドッグを頂いてみた…
26-10-2019 (2)

↓<HOT☆DOGGER>というのは屋号で、下には「本物のアメリカのホットドッグ」という意味のキャッチフレーズが在る…
26-10-2019 (1)
↑とりあえず「ホットドッグの店」で、何となく好さそうだと思ったのだ…

↓幾つかの選択肢の中、眼に留めて選んでみたのは<ЧИКАГО ДОГ>(シカゴ・ドッグ)と称するモノだ…
26-10-2019 (7)

ЧИКАГО(シカゴ)は当然ながら、米国の街の名であるのだが、彼の地ではホットドッグの人気が高く、多数の店が犇めいているのだという。そして「シカゴの流儀」というようなモノが在って、要するに刻んだ玉葱やピクルスやトマト等、野菜関係のトッピングが豊富であるのが特徴的なのだという…

↓なるほど…その「シカゴの流儀」というようなモノを意識したようだ…
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これを売っていた店の在るフードコートが設けられた商業施設だが、今年で開店から10年になるそうだ。フードコートの中を見回すと、「確か…初期の頃から在った店だ…」という例も在る。こういうのは、「根強い支持」が在るのか、何か美味いやり方で続けているのか、少し興味深い…が…存外に店の入替りは多いように思う。季節によって傾向は些か異なるようだが、平日の朝から昼には来店者が少な目な感にも見えるものの、休日はとりあえず「ユジノサハリンスク市内と周辺の30万人前後の人口を擁する商圏で最大の来店者」と見受けられる商業施設の中でのことである。飲食店を運営して行くこと…存外に難しいのかもしれない…

このホットドッグの店は、未だ回転して日が浅いように見受けられたが…意外に好かった!

<サハリン州郷土博物館>…(2019.10.24)

↓天候が好かった日…少し日が高くなった頃、この辺りへ…
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ユジノサハリンスクでは、既に早朝には「1℃…」という次元になっていて、方々の噴水は動かすのを止めてしまっていて、水も抜かれていた…

↓この場所は、未だ噴水が動いていた…
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1937年竣工の建物が使われ続けているが…この博物館は、「建物それ自体」が「重要な展示品」というようにさえ思える。ユジノサハリンスクに在れば、とりあえず近くを通りたいという感だ…

МЕСТО ДЛЯ КУРЕНИЯ (ミェスタ ドリャ クーリェニヤ)…(2019.10.23)

↓御世話になっている宿の玄関脇…戸外の壁に掲出されているモノだ…
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↑到着の夜以降、何度となくこれを視ることに…単に通り過ぎるということに留まらず、ここに足を停めて佇むか、居室から玄関先の戸外に出てこの辺りに向かう…

МЕСТО ДЛЯ КУРЕНИЯ (ミェスタ ドリャ クーリェニヤ)…「喫煙のための場所」と文字が在るが、字を読むまでのことも無い…それにしても、この掲出物は「画として」という観点で、何となく洒落ているようにも思う。

ロシア国内の法律らしいが…宿泊施設の居室は“禁煙”の場所に指定されている様子だ…そこでこういう場所が在る。

自身の場合…室内で煙草に火は点けず、「一寸、玄関前の戸外に…」というようなことにする場合も少なくはないので、こういうような「玄関前の“コーナー”へどうぞ…」ということなら、「そうですか…」という具合だ。

今般のユジノサハリンスク滞在に在っては…新千歳空港の免税店で求めた<The Peace>(ザ・ピース)を愉しむ機会も在る…深く眠った後の早朝、「夜の残滓」というのでもなく「ハッキリと深夜!?」のような雰囲気も漂う戸外のこの場所で<The Peace>(ザ・ピース)を点ける…その場面での「よろめき…」がなんとも名状し悪い…

滞在中…更に何度となくこの掲出物を眼にすることとなりそうだ…

<Сахалинская>(サハリンスカヤ)…(2019.10.25)

↓こんなラベル!!「少し古風?」というデザインが好い…
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↑「サハリンの」という形容詞の<Сахалинская>(サハリンスカヤ)と名付けられたミネラルウォーターだ。

これはユジノサハリンスクの少し規模の大きなスーパーマーケットのような場所へ行けば、存外に頻繁に視掛ける…

↓「今時、これは少数派?」という感の、硝子のようなボトルに入っている…
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以前に空港の免税店で求めた大分県の本格麦焼酎をこれで割って“ハイボール風”に愉しんだという経過も在ったが…これは「そのまま頂く」というのが非常に好い。地元の方によれば…スミルヌィフという、サハリン島中部の街からの「本物のミネラルウォーター」とのこと…なかなかに美味い!

ПАКЕТЫ(パキェーティ)=袋…(2019.10.24)

ユジノサハリンスクのサハリンスカヤ通に沿って、幾つかの緑地が整備されている。近隣を行き交う人が通り抜ける他、近所の人達が憩う場にもなっていて気持ちが好い場所なのだが…

↓緑地内でこんなモノを発見した…
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この時は、同行して辺りを歩き廻っていた方達も在って、皆さんは「ПАКЕТЫ(パキェーティ)」というロシア語を承知しているのでも何でもないが…「犬の“落とし物”の関係で注意喚起」と、何ら説明するのでもなかったにも拘らず、直ぐに察した。「本当に誰にでも解る」というようなピクトグラムが付されているからだ。

集合住宅内でも犬を飼い、その飼い犬を散歩に連れ出すというようなことはユジノサハリンスクでは多く見受けられる。そういう地元の人達に向けた注意喚起ではあるが、「外国人」でもとりあえず内容や掲示の意図が判る…何か「大切なこと」を示唆されたような気もした…

<アルピースキー・サブ>…(2019.10.25)

以前…ユジノサハリンスクに在って、頻繁に寄っていた店へ朝7時半に立寄った時だった…少し調子が良い感じで愛想も好い店員さんが「御客さん…今朝は少し遅かったですね…」とである。言い出した店員さん、更に居合わせたもう1人の店員さんによれば、私が店に姿を現す時、何気なく時計を視れば午前7時前後というのが“通例”なのだそうだ…一寸笑ってしまったのだが…

その頻繁に寄っていた店へ立寄る機会は設けていないが…居合わせた大型商業施設の“フードコート”に、その店のチェーン店が在った!!昼食時間帯だったので…思わず「あの!気に入っていたモノを…」と立寄ってしまった…

↓大型商業施設内の“フードコート”で一寸頂く食事という雰囲気…こういうのも意外に好いかもしれない…
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↓世界中に広がるチェーン店だが…ロシアの店でポピュラーであるらしい、黒パン系統のパンを選び、ソーセージが入ったモノである<アルピースキー・サブ>を頂いた…好みでハラペーニョは増量し、野菜は何となくチョイスして「形が酷く崩れてしまわないように…」という按配にする…
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↓確りと平らげて…「夕食は…要らないか?」という感じに…
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滞在中のユジノサハリンスクの名物という訳でも何でもないが…少し以前に当地に在って、随分気に入っていたモノである…「懐かしい味」ということに違いは無い…

「未だ眠る…」という感の街に佇む…(2019.10.25)

日本国内の時間帯が適用される稚内と、ロシアで定めた時間帯が適用されるユジノサハリンスクとでは「2時間」の“時差”が在る。

↓早朝5時台の様子だ…
25-10-2019 in eaarly morning (9)
↑「夜の残滓…」というのでもない。ハッキリと「夜!!」という風情だ…

稚内では、現在の時季の日出時刻は午前6時頃である。ユジノサハリンスクでは午前8時頃だ。東西に大きく距離が隔たっているでもない両地域だ。日出時刻の差は「概ね“時差”と同じような感じ」である…

現在の時季、「稚内の午前5時台」は「少しずつ明るくなって行く…」という感じだが、「ユジノサハリンスクの午前5時台」は「マダマダ暗い…」のである。「日本国内の時間帯の午前3時台」と何らの差は無い…

↓御世話になっている宿の建物手前…「サハリンを南北に貫く道路の一部」という位置づけになっているのだという、ユジノサハリンスク市内でも交通量が多目な通に面した辺りが芝生の広場のようになっていて、そこに木が佇んでいる…
25-10-2019 in eaarly morning (8)

なかなかに「風情が在るかもしれない眺め…」と思い、<X100F>のISOを「3200」として手持ちで撮ってみた画だ…

「活動開始」まで少々の間は在るが…「ユジノサハリンスクに在る」というだけで、普通に活動しているにも拘らず「早朝の暗い間から動き始め…」というような、少し妙な感じになってしまう…