新入学シーズン商戦を物語るマネキン(2015.09.04)

ロシアでは、学校の新学期は9月1日である。児童が学校に入学する時期も9月1日だ。

↓商業施設内に、新入学児童向けの様々な商品を扱っていることを示すショーウィンドーが在った。
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 04, 2015  (1)
↑撮影が咎められないような通路の辺りだったので、思わず写真に撮ってしまいたくなったのは…子ども達の姿を模ったマネキンが「異様にリアル?!」と、凄く気になってしまったからだった…

撮影した日は9月4日で、入学式が行われる9月1日を過ぎている…暫くは、そのままになっているようだ…

<BUBO>のハンバーガー(2014.09.05)

↓ユジノサハリンスクの宿に、近隣で買い込んだモノが入った紙袋を持ち帰った…
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 05, 2014 (6)
↑フクロウのマークが大胆に入った紙袋だ…

↓<BUBO>(ブーボ)という、地元のハンバーガー店で「持ち帰り」でハンバーガーを求めてみたのだった…
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 05, 2014 (7)
↑「まぁまぁ…」という感じのハンバーガーだった…国内外問わず、出先では、こういうこともしてしまう…

A.P.チェーホフの胸像(2014.09.08)

↓ユジノサハリンスク市内に、チェーホフの胸像というモノも在る…
Yuzhno-Sakhalinsk, Russia on SEP 08, 2014 (1)

チェーホフは実際にサハリンを訪ねて『サハリン島』という本を著した経過が知られているのだが、その事跡や、チェーホフが訪れた1890年頃のサハリンの様子等をテーマとする展示が観られる「チェーホフ 『サハリン島』 文学館」という場所が在る。胸像はその入口辺りに据えられている…

郵便局とレーニン通(2014.09.08)

↓ユジノサハリンスクの駅や市役所や、巨大なレーニン像に近い辺り…
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 08, 2014 (1)
↑画の左側は郵便局だ。市内のメインの郵便局らしい…右側は、早朝や夜遅く以外は、何時も交通量が多いように見えるレーニン通である…

早朝のユジノサハリンスク市庁舎(2014.09.04)

↓早朝の「明るくなる前」の時間帯、ユジノサハリンスク市庁舎辺りを通り掛かった…
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 04, 2014 (1)
↑流石にオフィスに出ている人は居ないような早朝なのだが…そうしたものか、上の方の階で室内灯が点いている…真中の玄関辺りにも灯りが点いている。よく視ると、一人佇む人影も見える…

建物全般が見え難い暗さの早朝、一部の壁や窓等が闇に浮かび上がるような様子が面白い…

I.P.ファルフトディーノフ胸像(2015.09.07)

↓サハリン州政府の旧庁舎ビル脇の広場に、こんな胸像が在る…
Morning at Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 07, 2015 (26)
↑嘗てサハリン州知事を務め、在任中に航空機事故で他界したファルフトディーノフの胸像だ…

ファルフトディーノフはサハリンで職を得て―「ソ連時代」である1970年代や1980年代に社会に出た彼のような世代の人達の場合、学校を卒業する際に各地の仕事のオファーが在って、それらのオファーから選んで各地に行って仕事に就くという仕組みだった…―以降、ネベリスク市やユジノサハリンスク市で市長(またはそれに相当する公職)を務め、サハリン州知事に選任された。知事時代は中央政界でも少しは知られた存在となっていて、「或いは連邦政府の要職に抜擢?」という話しさえ聞こえてきた…サハリン州の管轄下に在るクリル列島北部での公務に出た際、搭乗していたヘリコプターの事故で他界したのだった…

МОЛОКО(マラコー=牛乳)のトラックと壁面広告(2015.07.23)

↓ユジノサハリンスクの街角で、よく出くわすような雰囲気だ…
Yuzhno-Sakhalinsk on JUL 23, 2015 (15)
↑好天で、少々暑い感じの日だった…

トラックは乳業会社のモノと見受けられる…そして1階部分に店舗やオフィスも入居しているアパートの建物が在るが、壁面に広告パネルが掲げられている。

壁面の広告は「マレーシア」という意味の語が読めるが、マレーシア観光旅行を促す広告のようだ。サハリンの消費者は、ロシア国外も含む各所へ休暇旅行に出掛けていて、こうした旅行関係の広告もよく見掛ける…

バス停(2015.07.23)

↓ユジノサハリンスク市内のバス停…
Yuzhno-Sakhalinsk on JUL 23, 2015 (13)
↑ユジノサハリンスク市内、または他の街との間を結ぶ路線バスは色々と走っている…

バス停の多くに、風雨や、冬季の雪を除ける屋根が据えられているのは好いが…路線図や時刻表のようなモノは見当たらず、他方で広告類が溢れかえり、やや圧倒される…

<D51-22>(2014.09.08)

↓ユジノサハリンスクで出くわす…「視たことが在るモノ」のような感じがするが…何か「一味違う」感じがする…
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 08, 2014 (9)
↑<D51-22>というナンバープレートの上に「ソ連のエンブレム」が在る…

↓<D51-22>とは、こういうモノだ!
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 08, 2014 (7)
↑日本のD51蒸気機関車?!

これは、日本のD51蒸気機関車と基本的に同じモノなのだが、第2次大戦後にソ連へ輸出された仕様なのである。日本の規格で鉄道が敷設された南サハリンで用いるべく、輸出に供された経過が在るのだという…

↓動輪の感じ…日本国内で展示されているD51蒸気機関車と変らない…
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 08, 2014 (10)

ずっと屋外に置いて在るので「やや傷んでいる?」という感じではあるが…「思わぬ場所でD51!」と、一寸驚く…

<№4-78>(2014.09.08)

ユジノサハリンスクの鉄道駅近隣に、旧い車輛を屋外展示している場所が在る…

↓通り掛かる都度に眺めてしまう車輛…1937年頃のモノで、どうやら鉱山で用いられたモノのようだ…
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 08, 2014 (3)
↑「如何にも、昔のソ連のモノ」というデザインに、妙に惹かれる感じだ…

G.I.ネヴェリスコイ胸像(2015.07.23)

↓ユジノサハリンスク市内で、少し厳めしい感じの胸像を見付けた…こういう様子を視ると「“樺太時代”に礎が築かれた街に、欧州の流れを汲むセンスで色々なモノが持ち込まれた」というような、ユジノサハリンスクの個性のようなものを感じる…
Yuzhno-Sakhalinsk on JUL 23, 2015 (19)
↑この胸像は、随分以前から在るモノのように思う…

ネヴェリスコイは海軍軍人で、日本史で言えば「幕末の“黒船”」のような時期にサハリン等で活動し、帝政ロシアにおけるサハリンでの様々な活動の礎を築いた人物として知られ、ユジノサハリンスク以外のサハリンの街にも記念碑が設けられている。

A.P.チェーホフ像(2014.09.06)

↓「図書館前に有名な作家の像」というアイディア…好いと思うが…ユジノサハリンスクの図書館前にはチェーホフの像が在る。
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 06, 2014 (11)

アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ(Антон Павлович Чехов)(1860-1904)は、劇作家として有名だが、小説等も書いている。世界中で敬愛されているような劇作家で、世界中の演劇関係者も彼の作品を取上げている訳だが、サハリンでは殊更に敬愛されている。それは「郷土に縁が在る、物凄く有名な作家」だからである。

1890年、当時30歳であったチェーホフは、サハリンを訪ねていて、その調査経験を世に問う『サハリン島』という作品を著している。

この図書館前のチェーホフ像…30歳当時をイメージしたのか否かは判らないが、よく知られている晩年近い時期の写真よりも「若い」イメージで、何か「長旅の合間に腰掛けている」ようなイメージだ。

ユジノサハリンスク辺りは、1890年頃とは似ても似つかない、地域の中心的な都市となっている訳だが…このチェーホフの眼には、どのように映っているのだろうか?

大型商業施設内の鉄骨製の恐竜(2015.09.03)

↓後からガガーリン公園で「色違い」のモノを視ることになるが…ユジノサハリンスク市内の鉄工所で造ったという、恐竜のオブジェだ…
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 03, 2015 (5)
↑こちらは<СИТИ МОЛЛ>(シティーモール)と商業施設の名を刳り貫いた金属板の看板を提げたチェーンを咥えていた…

恐竜を広告として置いている鉄工所は、建物の外装や塀、門扉や出入口用のチェーン、看板のようなモノ、更に屋内の暖炉廻り等を飾る金属製のモノを造る、或いは様々な実用品を受注製造出来る場所のようだ。

夜間の散水車(2015.09.07)

静かな夜のユジノサハリンスクの街を足早に歩く…何やら少し大きな車輛の走行音と、水道の水を出している時のような音が聞こえた…

↓道路のメンテナンスの一環なのであろう…散水車が水を撒きながら走っていた…
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 07, 2015 (31)
↑ロシア製と見受けられる、何となく味わいの在るデザインのトラックだった…

夜のマキシム・ゴーリキー通―「栄光広場」周辺(2015.09.07)

ユジノサハリンスクのマキシム・ゴーリキー通…街の東寄りで南北に延びている道路だ。逸早く舗装の補修を行った経過が在り、その際に古風なデザインの街灯も設置された…

↓夜に辺りを歩いたが、なかなかにムードが在る…
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 07, 2015 (36)
↑場所は「栄光広場」周辺で、軍の功労者達の胸像がずらりと並び、何か独特な雰囲気が漂う…

この辺りは、豊原時代には「樺太神社」―1911(明治44)年に創建され、“官幣大社”という高い格式が与えられた神社だった…―へ向かう参道に通じる道路だったという地区に相当するようだ…

ガガーリン公園の鉄骨製の恐竜(2015.09.07)

↓公園内の小路の脇に、何やら妙なモノが見え、足を停めた…
Morning at Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 07, 2015 (11)

ユジノサハリンスク市内の鉄工所で造ったという、恐竜のオブジェだ…同じようなモノを大型商業施設の館内でも見掛けた。

恐竜は丈夫そうなアクリルを使った箱を手にしている。箱の中には、好天時にベンチで読書でもしたいという方に貸す本が入っていた…

ガガーリン公園の「熊の親子」のオブジェ(2015.09.07)

好天に恵まれた朝、滞在していた宿に近い公園に出て、オットセイのオブジェが在る池を眺めていると、近くで何かの作業でもしていたような感じのおじさんに話し掛けられた。「あっちに面白いモノが…熊が居るよ…」等と言っている…

↓熊の親子だ!ディーテールを造り込んでいるでもない感じだが、何となく「らしい」感じに纏まったオブジェだ…
Morning at Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 07, 2015 (9)

サハリンには…北海道よりも熊が多いようだ…狩猟が北海道よりも盛んであると見受けられ、時には「趣味は狩猟で…」というようなことを言い出す方にも出会う…以前にそういう話しをされていた方…愛用のライフルで熊を撃つのだそうだ…

逆に北海道に多い鹿はサハリンには少ないようだ…或いは…鹿を捕食するような熊が多いからであろうか?

建設中の<大祖国戦争勝利70年並びにキリスト生誕記念主教座大聖堂>(2015.09.07)

↓「夜道に忽然と現れる」という具合に、眼前に姿を見せたのは、建設中ながらロシア正教の教会だ…
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 07, 2015 (22)
↑聞けば、最も高い辺りが57mにもなるのだという…

<大祖国戦争勝利70年並びにキリスト生誕記念主教座大聖堂>と名付けられ―「大祖国戦争」とは「第2次大戦」のロシアでの呼び方…―ているのだそうだ…「主教座大聖堂」というので、恐らく高位の聖職者が常駐して活動することになるのであろう。竣工時期や、活動開始時期はとりあえず明示されていなかったが…ここが動き始めると、辺りの感じもかなり変わることであろう…

「昇天寺院」の屋根の十字架(2015.09.07)

↓稚内の対岸、コルサコフに在るロシア正教の寺院の屋根…ピカピカなモノに陽光が辺り、凄く眩しかった…
Korsakov on SEP 07, 2015 (15)

木造風で、1990年代に出来た建物のようだ。コルサコフの街での目印の一つとして勝手に「あそこの木造風な、“金ピカ”な十字架を掲げた、小ぶりな教会」という具合―「視たまま」を字面にしてみただけ…―に記憶していたが…「ヴォズニェセンスキー・フラム」(Вознесенский храм)という名称らしい。「昇天寺院」という程の意味だ…

催事か何か以外、出入りが見受けられないような感じで、用も無しに訪ねて中を視るのも気が引けるので、内部を視たことは無い…ただ、凄く古い訳でもない建物ながら、その外見から“古き善きロシア正教の小さな教会”という風情が感じられる…コルサコフを歩いてみる中では、一寸近くを通ってみたくなる場所だ…

ユジノサハリンスクの消防車(2014.09.08)

ユジノサハリンスクの街を歩いていて、独特な雰囲気を有する「働く自動車」というようなモノを見掛けると、思わず足を停めて注目してしまう場合が在る…

↓防火標語か何かの一部と思われる文字が書かれている壁は消防分署のようだ。その分署前に消防車が駐車していた…
Yuzhno-Sakhalinsk on SEP 08, 2014 (23)
↑厳つい感じの、ロシア製トラックをベースにした車輛のようだ。太いタイヤ…雪の日でも、悪路でも、何処なりと乗り越えて現場に向かって行きそうな感じがする…