<水天宮>:小樽(2019.12.21)

札幌駅から列車に乗って西へ…南小樽駅で下車した…南小樽駅を起点に小樽を歩き廻ってみた。

南小樽駅を起点に歩き廻ってみれば、小樽は複雑な地形の上に街が拓けていて、上り坂や下り坂が色々と交差していることに気付く。

↓こんな場所に行き当たった…
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↑鳥居が在って<水天宮>と額が掲げられている…

↓段々になっている地形に合わせて、石段が幾つか築かれている…
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↓石段を上がり切った辺りが平らになっていて、<水天宮>が鎮座していた…
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↓ここは狛犬が大きく立派だ…
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↓<水天宮>は1859(安政6)年の創祀と伝わるそうだ。更に以前に開かれていたが、顧みられなくなってしまっていた社を改めて整えたという経過だったらしい。
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↑幾つかの神社が合祀された経過が在って現在に至っているようだが、社殿は大正年間に整備されたモノが礎になっているようだ…

↓神社の境内は、何か「高台の展望台」という趣も在る…
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↓上がった時よりも街のにぎやかな辺りが近そうだと別な方向の石段を下りてみたが、少し急で驚いた。下りてから振り返った…
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この水天宮を訪ねて、複雑な地形の上に街が拓けていることを実感したが、同時にこの小樽の街を存外に歩き廻っていなかったということに思い至った…訪ねた時から然程の時間を経ていないのだが、早くも「また何時か…」と思い始めている…

小樽運河…(2019.12.21)

小樽で「運河の辺りを歩く」というようなことをするのは…「定番の中の定番」というような感じで「何度も歩いている…」のだが…それでも「小樽に寄ったのだから…」と引き寄せられてしまう感だ…

↓こういうような様子…何度眺めても、眺める都度に何となく好いと思ってしまう…
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↓日が傾いて、もう少しで灯りが目立つような感じになりそうだった時間帯だが…曇天という感で、劇的な光線状態とは言い悪い感じだった…
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何となく思い付きで小樽に立ち寄ってみたのだが、マダマダ余り歩き廻っていない場所も存外に多いことに思い至り、「そのうちにまた…」というようなことを考えるようになっている…

ランプ…:小樽駅(2019.12.22)

小樽駅の改札口を潜ると、エスカレータや階段が在って、そこを上がると列車に乗降するホームが在る…が、駅は「高架駅」という雰囲気でもない。結局「段差」が色々と在る地形の街なので、駅舎が建っている場所から「一段高い」という感じの場所に軌道が敷設されていて、そこに設けられたホームへ出るには「高架駅?」という感じでエスカレータや階段を上がるということになってしまうのであろう…

↓そのホームの1つ…硝子張りになっていて、駅舎の中が見える箇所が在る…
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↑小樽駅の中では「気に入っている場所の一つ」に挙げたい場所だ…

この硝子張りの場所には多数のランプが置かれている。午前中の時間でランプは灯っていないが、ランプの形状が美しいので、一寸写真に収めてみたのだった…

丸型ポスト:小樽・堺町通(2019.12.21)

↓この形の郵便ポスト!
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↑「やや懐かしい?」というような形状だと思う。「丸型ポスト」と呼ばれるそうだ…

日本ではこういう「円筒」を基調とした郵便ポストは20世紀初め頃から在って、若干の変遷を経ているという。1949(昭和24)年に定められた型がこの種のモノの「最終型」で、1970(昭和45)年以降は基本的に角型のモノになっているのだそうだ。

そういうことなのだが…「やや懐かしい?」というような形状の故か、少し古風な建物が在るような場所では「近年に新たに設えた?」というようにも見えるこの「丸型ポスト」に出くわす場合も在るように思う。

小樽の堺町通という辺りは、古い建物の外観を活かすような店舗が色々と見受けられ、国内外各地からの来訪者が多く見受けられる場所だ。そんな場所の郵便ポストは、「やや懐かしい?」というような形状になっている。こんなポストに「旅先からの絵葉書」でも投函する人は在るのか?通り掛かった時にそういうことをしていた方は見なかったが、この郵便ポストの脇で記念写真を撮っている様子は随分と見掛けた…

「懐かしい」という感じのモノ…:<日本銀行旧小樽支店金融資料館>(2019.12.21)

1912(大正元)年に竣工という壮麗な建物は<日本銀行旧小樽支店金融資料館>となっている。私自身の目線では、壮麗な建物それ自体が非常に興味深いモノだが、館内には日本銀行の仕事等を紹介する様々な展示が在る。

↓展示を見学していて「うゎ!」と思ったのがこれだ…
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↑「五百円紙幣」という代物…小中学生の頃に親しんだモノだ…

↓更にこれ!
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↑これも小中学生の頃に親しんだ「千円紙幣」だ…

この「五百円紙幣」と「千円紙幣」とは、個人的には「この世の中には“紙幣”というモノが在る」ということを教えてくれたというような存在だ…

「五百円紙幣」は姿を消し、「五百円硬貨」となっている。「千円紙幣」はデザインを変えながら現在でも出回っている。

↓そしてこれ!!“聖徳太子”…(最近の歴史の教科書では“聖徳太子”と呼ばないようになったらしいが…)
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↓一寸気に入った展示であったが、第2次大戦後の「日本銀行券」(=紙幣)が展示されているコーナーだ…
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↑こういうようなモノ…かなり好きだ!!

それにしても…岩倉具視、伊藤博文、聖徳太子という各紙幣の肖像画は懐かしい感じがした…

外観…:<日本銀行旧小樽支店金融資料館>(2019.12.21)

「北海道の金融業界の一大拠点」という様相を呈した小樽に、日本銀行が支店を設けていた経過が在る。支店の建物は、日本銀行関係の建物としては、東京の本店、大阪支店に次ぐ程度の経費を投じての建築だったという…

↓坂道が多い小樽…「“平ら”な場所が無い…」とまで言う方も見受けられる坂道の多い街で、坂道の脇に壮麗な建物が佇んでいる…
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↓存外に歩行者も多い、小樽駅に近いエリアに建っている…
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鉄骨と煉瓦で造った建物の表面をコンクリートで覆っているという建物だという…1912(大正元)年に竣工という建物…永く伝えたい立派な建築だ…

それにしても…<日本銀行>は官庁とは少し違うが、「国の機関」である。現在、例えば<函館税関>というような例外も些か思い浮かぶが、国の官庁の「北海道〇〇局」というような北海道地方での様々な業務を進める出先機関は、殆ど札幌に在る。が、明治末年というような時代、日本銀行は「全国屈指!」というような壮麗な支店を小樽に建てた…この一事から「小樽が誇った隆盛」が窺い知れるというものだ。なかなかに興味深いと思う…

館内…:<日本銀行旧小樽支店金融資料館>(2019.12.21)

↓何か…「近現代史の重要な舞台?」というような、厳かな空気感さえ漂う場所だ…
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↓残念ながら見学エリアから外れていて上ることは叶わないが、階段の感じも好い…
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日本銀行は小樽に支店を構えていた経過が在る…

北海道の諸都市は沿岸部の方が歴史が古い…そして明治時代から大正時代には、それらの沿岸部の諸都市の中には、近年の様子からは想像し難い程度の隆盛を誇った場所も在る。

北海道の物流の要である港を擁し、様々な取引の都合で金融機関が多々立地し、加えて水産業や関連の加工業等も盛んであった小樽は、そういう「隆盛を誇った」という経過が在る街だ。

明治時代の終わり頃から、金融機関関係の様々な建物が小樽には登場しているというが、その中で「一際の威容を誇った」のが日本銀行の小樽支店である。

日本銀行小樽支店は、著名な建築家で、東京駅の設計等で広く知られる辰野金吾や他の建築家達が取り組んだ建物で、1912(大正元)年に竣工している。

↓入口扉のマーク…日頃使っている紙幣(=日本銀行券)に確り刷られている日本銀行のマークだ…
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↓因みに入口扉全般はこういう感じである…
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↓カウンターが設えられていて、「銀行の支店」と言われて納得出来るような雰囲気である…
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この日本銀行小樽支店は2002(平成14)年まで活動していて、後に札幌支店に統合となった…何時の間にか、金融等で札幌が圧倒的に大きな位置を占めるようになって、小樽との間は毎日通勤通学している人達も多いような距離なので「支店の統合」ということになったのであろう…

↓そしてこの華麗な建物は資料館ということになって一般に広く開放されている…
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館内では「フラッシュ撮影は御遠慮願います」となっているが、一部の企画展展示物のようなモノを除けば、写真は撮って構わないという事になっている…

随分以前に訪ねてみたことが在ったのだが…南小樽駅辺りから小樽駅辺りへ歩いた途中にこの<日本銀行旧小樽支店金融資料館>が在ったことに思い至り、何となく寄ってしまった…

これだけのモノ…当時、日本銀行関係の建物としては、東京の本店、大阪支店に次ぐ程度の経費を投じての建築だったというが、そんな建物の中に「一寸寄道…」と気軽に寄ることが叶うのは素晴らしいと思った。

<旧久保商店>:小樽・堺町(2019.12.21)

小樽に「堺町」という住所が在るという。

聞けば…江戸時代に“場所”と呼び習わされた交易拠点が設けられた経過が在って、<オタルナイ場所>と<タカシマ場所>との境界地域というモノが発生した。その地域に街が成立して行く中で「さかい」という通称になり、「堺町」という呼称が明治時代に成立したのだという…

その堺町…現在は「観光小樽!!」の中心地のようなエリアになっていた…適当に古い建物も残り、様々なモノを売る店が軒を連ね、別段に「歩行者天国」のようなことにはなっていないが、国内外の方々からの来訪者で溢れ返っていた…「土曜日の午後」という、人出が多い感じの時間帯に立寄ったからであるとも思うが、相対的に来訪者が少な目と見受けられる「中途半端な冬の或る日」という様相ではないと個人的には思って驚いた…

↓カメラは提げていたが「人が狭いエリアに多過ぎる…」と感じて堺町の画は然程撮っていないが、これは「おっ!?」とカメラを向けずには居られなかった…
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↑今季、妙に積雪は少ないのだが、それでも「積雪寒冷地」という風情は漂う…そういう中での古い家屋…面白い外観と思った…

この建物は雑貨卸を営んでいた<久保商店>という店舗であったという建物で、1907(明治40)年の木造建築なのだそうだ…

↓明治、大正、昭和、平成、令和と幾つもの時代を潜り抜けた建物が醸し出す、何とも言い難い雰囲気が好い…
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今般は…「そう言えば、小樽の街に関しては存外に歩き回っていないかもしれない…」ということに改めて思い至ることとなった…何処かへ出掛けると「今般の積み残し…」というような「(在るか無いかも定かでもない)次回への課題」を何時も発見してしまうのだが…小樽に関しては堺町がそういうモノの一つということになるのかもしれない…

<X-Pro2>+<XF16㎜F2.8>…(2019.12.26)

早朝から移動して小樽駅に至り、駅舎に入っているカフェで<小樽運河通ブレンド>という珈琲を愉しんで寛いだ…

↓そんな時にこれを撮ってしまった…
26-12-2019 my X-Pro2 (4)
↑持ち歩いている<X-Pro2>だが、現在は<XF16㎜F2.8>を装着した「画の状態」である場合が多い…

「新機材!」ということになる<XF16㎜F2.8>を入手したのは12月14日であった…未だ2週間経っていないのだが、既にかなり使っていると思う…

「新機材!」を入手した札幌で試用し、旭川でも使ってみた…稚内でも試用を続け、小樽函館室蘭へも持ち出している…

新しい機材であるが故に当初は「試用」としたが、何時の間にか「使用」と、更に「半ば常用」という感になっている…現在は地元を離れているが、今般の旅の写真だけでも枚数が多くなっていて、今後も増えそうだ…そういう中、少し前までの旅路では広角ズーム(XF10-24㎜F4)を半ば常時装着で色々と撮ったが、現在はその位置を<XF16㎜F2.8>(=広角単焦点)が占めてしまっている感だ…小型のレンズで、本体に装着しても軽快で、「防滴」や「耐寒」が謳われていることもあって、各地で雪や寒さの中で使っていても「雪や寒さの故に激しく機材が傷むということでもなかろう…」とドンドン持ち歩くことが出来るのだ…

ドンドン写真を撮っていて、このブログに記事として御紹介するまでに時間を要してしまう場合も最近は在るのだが…この「<X-Pro2>+<XF16㎜F2.8>」を抱えて色々な場所に足を運んでみたい…

一寸気に入った<小樽運河通ブレンド>という珈琲を愉しみながら、気に入ったカメラとレンズを眺めて悦に入っていたのだった…

733系電車:小樽駅(2019.12.21)

小樽を少し歩き廻り、札幌へ引揚げようと小樽駅に入ると<区間快速いしかりライナー>なる列車が待機中だった…

↓こういう車輛の列車だった…
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↑未だステンレス外装が輝きを残す感だ…2012年に初めて登場している型の車輛である…

↓駅で少し長く停車している時、扉の脇の開閉ボタンを押して車内に入るという仕組み…近年では少し馴染みになって来た…
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↑この「開閉ボタン」の方式は本州方面が先行していたと思う。本州方面で出くわした時には少しばかり驚いたものだったが…現在、この733系電車で採用されている…

↓内装はこういう按配…“大都市圏”という感じなロングシートの内装である…
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↑北海道の場合…電化区間、架線から電気が供給されてモーターで走行する電車が走っている区間は、“大都市圏”と言って差し支えが無い札幌周辺部が中心だ…函館周辺が少し離れた例外だ…

↓<区間快速いしかりライナー>は小樽から札幌を経て岩見沢へ向かう。途中、札幌・手稲間は琴似意外に停まらないので“区間快速”と称している。が…各駅に停車する普通列車のような感じだ…
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↑因みに小樽・札幌・岩見沢の間は「ICカード乗車券」の利用可能エリアだが、小樽から先や岩見沢から先では利用出来ない。小樽へ向かった時、小樽駅で乗換て余市等へ向かう場合は「ICカード乗車券」が使えないので、小樽駅で切符を予め購入するか、列車の乗務員に現金で運賃を支払わなければならないと列車内で繰り返し案内されていた…

或いは…この「733系の在る場所」は、北海道内では「大都市圏」ということになるのかもしれない…そんなことを思うが、同時にこの車輛を視る都度、なかなかに美しいと思う。

<石蔵カフェ ヴェールボア>:小樽(2019.12.21)

稚内駅を発って旭川駅に至り、乗換えて札幌駅へ、更に乗換えて南小樽駅に至った…

南小樽駅周辺で住吉神社を訪ねた後、更に歩いた…

↓こんな壁の建物がさり気なく…
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↓年季が入った石造の倉庫という建物だが…「珈琲」というような幟…カフェだ…
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↓内部はこういう感じだ…
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建物は明治30年代に建てられたモノであるらしい…20世紀冒頭頃であろう…そういう建物の外観を活かして綺麗な内装にリノベーションを施した様子だ…

↓稚内駅で列車に乗った時にサンドイッチを頂いて、以来午後2時台まで何も頂かずに居て空腹だったのでランチを愉しんだ…
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↑これは<牛すじカレー>というモノ…非常に美味かった!

↓店主氏が丁寧にハンドドリップで淹れた珈琲を食後に頂いた…
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↓吟味して選んだらしい照明器具がさり気なく使われていた…
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正しく「通り掛かり」で立寄った場所だが…非常に好かったので、こうして撮った写真を添えて記録しておきたい…

<小樽乃酒 寶川>の田中酒造店(2019.05.02)

↓小樽で出くわしたが…こういう外観の建物は目立つ…
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↓<寶川>という酒を製造販売している小樽の老舗だ…
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↑「一寸その辺で試飲…」と小さな瓶を求めてみた…

田中酒造店は1899(明治32)年に起こり、小樽で酒造を続けているのだという。概ね120年の伝統を誇る…<寶川>(宝川)という酒銘を主に使っている…

↓何度も前を通り過ぎて気になっていたが…初めて立ち寄ったような気がする…
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小樽へは何度も立ち寄っていたが…それでも「そう言えば?」という「未踏箇所」は多々在る訳だ…そんな場所を訪れるのも愉しい…

<C55 50>:小樽市総合博物館(2019.05.02)

↓「日本の蒸気機関車」とでも聞くと思い浮かべる何種類かの車輌が在るが…こういう感じ!!その「らしい!」と思う蒸気機関車の一つだ…
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↑本州各地、九州、そして北海道で広く活躍したという<C55>である。

<C55>は、更にポピュラーな<C57>の原型になった型、と言うよりも<C55>を改良するということになり、仕様変更で設計をしていて、仕様変更が多岐に及んだので「新たな形式番号?」となって<C57>ということになったということで、両者の見た感じは非常に似通っている訳だ…

<C55>は、1935(昭和10)年から1937(昭和12)年の期間に62輌製造されたそうだ…4社で手分けして製造されたようだが、<C55 50>は<汽車製造>という会社で1937年に製造されたという…

↓北海道に在って、この機関車は方々へ向かう旅客列車を牽引していて、稚内へ至る宗谷線でも活躍していた型だ…
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↑実は稚内にもこの機関車が在ったのだが…戸外に在って、風雪で傷んで解体してしまったという経過が在る…小樽も戸外の保存・展示という体制だが…こうやって姿が保たれている様子を眼にすると酷く嬉しくなる…

↓“C”と名が付く旅客列車牽引を志向する機関車は、速度が出ることを意図して大き目な動輪を備えている。この<C55>もなかなかに動輪が大きい…
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北海道では、この<C55>は1974年まで運用されていて、小樽で保存されている機関車は旭川の機関区で動いていたモノだという。或いは稚内にやって来たことも在るかもしれないと、親近感を覚えながら眺めた…北海道で<C55>が視られるのは…この小樽だけだ…他所では、九州での保存例が在る他、京都の博物館で見られるというだけだ…

或いは貴重な車輌を眺められたということになる…

<C12 6>:小樽市総合博物館(2019.05.02)

↓小型の蒸気機関車だ…
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↑<C12>という型だ…小樽で屋外に展示されていた…

日本国内の鉄道整備は、所謂“幹線”から着手されて、輸送規模が小さ目な路線は昭和期に順次登場している…そうした輸送規模が小さ目な路線に向けて「軽量な機関車」という求めが在って、それに応えるように<C12>は登場した。1932(昭和7)年から1940(昭和15)年の期間、そして間隔が開いて1947(昭和22)年に製造されていて、総数は282輌に上るのだという。鉄道省(=国鉄の前身)向けの他、方々の小規模な私鉄にも供された機関車であり、台湾や樺太でも活躍したのだという…

↓この「6号機」=<C12 6>は1933年に製造された車輌ということだ…
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↑石炭や水を積載するテンダーを連結しないタンク式の機関車だ…走行可能な距離は少々短くなるが、身軽に様々な路線に入り込むことが出来るという好さが在って、方々で多用されたのであろう…

こういう車輌を眺めるというのも、一寸愉しい!殊に「樺太にも渡った形式」というのは興味深い…

<大勝号>=7150形蒸気機関車:小樽市総合博物館(2019.05.02)

↓古い機関車庫そのものが“展示物”のようでもあるが…その機関車庫が展示スペースになっていて、中にこういうモノが在る…
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↑明治時代に北海道内で運用された蒸気機関車である…

↓機関車の真正面…
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↑「右から左へ横書き」という、やや読み悪い場合も在る書き方で旧字体も入っているのだが…「北海道炭鉱鉄道株式会社手宮工場製造 明治二十八年四月」と在る…

1895(明治28)年に、現在は博物館になっている手宮地区で製造されていたという機関車だ…当初は<30号>と呼ばれていたので、その番号が残るが…鉄道の国有化以降は<7150形>と呼ばれていたそうだ…

↓北海道に初めて導入されたという機関車―この小樽の博物館にも在る<しづか>の7100形―に外見がよく似ているが…内部や運転台等は色々と差異が在るらしい…
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↓この機関車…日清戦争に関連して<大勝号>という愛称が冠せられたのだという…
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1954(昭和29)年に廃車ということになり、その後復元が施されて現在の状態になっているということだ…

↓明治時代の車輌…間近で眺められるというのは貴重な経験であると思う…
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“特約店”の古い看板…:小樽(2019.05.02)

↓年代が特定し悪いが…或いは過去の少し長めな期間に亘って使用されたものかもしれない…各種商品の“特約店”ということで、製造業者等から入荷して地元で販売している店ということで認知されている存在であることを示す看板なのだという…
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↑カメラを提げた状態で訪ねた地酒の店…「写真撮って構いませんか?」と店員さんに尋ねて、差し支えないということだったので撮った…

右側の醤油の看板には「宮内省御用達」と皇族の食卓に上がるモノを用意する厨房にも在ることを伺わせるようになっている…真中辺りの<サクラビール>というのは…大正時代から昭和初期まで、北九州で造っていて、広く出回っていたビールと聞いた気がする…その隣の「優等清酒」は「右から左の横書き」という方式で「キンクワン」と在るが、これは清酒等の呼称で見掛ける場合も少なくない「金冠(きんかん)」のことであろう…

何か「郷土資料館の展示」というような感さえ抱くが、これが普通に営業中の店に…北海道の中では歴史が深い小樽…一寸面白い…

旧日本郵船小樽支店(2019.05.02)

↓小樽の古い建築だ…1906(明治39)年に2年間の工事を経て竣工したモノだ…
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↑石造2階建…船舶・海運・倉庫業界が競って石造建築を建てていた中で登場している建物だという…当時の総工費が「6万円」と聞くが?現在の価値であれば、どの位になるのか?手が込んだ立派な建築だ…

この建物…本来は<小樽市総合博物館>の一部として見学が出来る。見事な建築の中の様子が分かるようになっていて、興味深い展示も在るのだが…長期間の補修工事が行われていて、現在は残念ながら建物外観を見ることしか出来ない…

この建物が竣工して程無く、1906(明治39)年11月のことだったというが日露戦争後の<ポーツマス条約>に基づく国境の画定に関する実務者会議がこの建物の中で行われている…この小樽での合意に依拠しながら、測量と境界標石の設置が行われた訳である…

さり気なく佇む明治時代の洋館が、日ロ交渉史の中のなかなかに重要な事案に携わっているというのは興味深い…

<しづか>=7100形蒸気機関車:小樽市総合博物館(2019.05.02)

↓小樽の博物館で保存され、展示されている古い蒸気機関車だ…
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↓久し振りに訪ねた博物館で、こういう具合に上からも視られることに気付いたのが酷く嬉しかった…
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↓車輌の形式としては「7100形蒸気機関車」と呼ばれるらしいが…「北海道で初めて走った機関車」と言うほうが判り易いかもしれない…
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北海道では、炭鉱を開発していて、石炭を運び出すということで、輸送手段である鉄道の敷設は全国各地の中で比較的早い…

1880(明治13)年に鉄道が敷設されて最初の機関車が米国から輸入された。以降、1889(明治22)年までに合計8輌が製造されて輸入された。1885(明治18)年までの6輌の機関車には1号=「義經(義経/よしつね)」、2号=「辨慶(弁慶/べんけい)」、3号=「比羅夫(ひらふ)」、4号=「光圀(みつくに)」、5号=「信廣(信広/のぶひろ)」、6号=「しづか(静/しづか)」と愛称が冠せられている…小樽に在るのは6号機…<しづか>である…

この小樽の博物館の展示…なかなかに人気であるようだ。親子連れが見学している様子を多々見たが…この種のモノが好きなのか、技術に明るい方なのか、何処かのお父さんが子ども達に「こんな時代の機関車を間近で視られるのは凄く貴重だ!!」と言っているのが聞こえた…正しくそのとおりだ。

実は…これと同型の<義経>が現在は京都の鉄道博物館に在る…随分と以前、自身が小学生であった頃にこれを小樽に運び込んで「<義経>と<しづか>の再会」という催しをやっていて、視に行ったような…記憶が微かに在る…

↓因みに、京都に在る<義経>…
>>明治 >> 大正 >> 昭和 各時代の蒸気機関車―<京都鉄道博物館>(2016.11.28)

この古い機関車…時々、訳も無く眺めてみたくなることが在る…

02-05-2019 Otaru (54)

731系電車:小樽駅(2019.05.02)

↓札幌駅から乗車した列車が、終着の小樽駅に到着した…
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↑そのまま折り返し運転となるらしく、下車しようとした時には乗客がホームに待っていて、下車したのと同時に乗車していた…

731系電車…1996(平成8)年に初登場した車輛だ…ロングシートの内装で、扉から入って客室の仕切りが無い、北海道以外の地域でも見受けられる「通勤電車」の雰囲気になっている…

↓小樽駅到着時、なかなかによく晴れていて、ステンレスの車輛が輝いていたので、「よい雰囲気だ…」と暫し見入ってしまった…
02-05-2019 Otaru (2)

この731系の性能、仕様やデザインに準じて造られた、更に新しい車輛も既に在るのだが…731系3輛と、更に新しい型の3輛を連結して運用していたようだった…JR北海道の“電化区間”では、こういうような感じの車輛が主流を担って行くのかもしれない…列車は6輛での運行だったが…

<龍宮神社>:小樽(2019.05.02)

思い付いて…朝からふらりと出て…小樽駅に至ってしまった…

↓小樽駅から数分…見事に桜が咲き誇っている場所に行き当った…
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↑正しく「今!!」が桜の時季なのである…

↓桜が咲き誇っているのは…<龍宮神社>の境内だ…
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↓かの榎本武揚が1876(明治9)年に「北海鎮護」と献額し、北海道への移民の安寧を願って、アイヌ達が祭礼を行っていた場所でもある現在地に社を起こした…
02-05-2019 Otaru (17)
↑榎本武揚の書を写して石に刻んだモノが掲げられているが、これがこの<龍宮神社>の起こりなのだという…

その後、有栖川野宮熾仁親王の揮毫を頂いたことで<龍宮殿>と号したが、一条実孝侯爵の揮毫を頂いたことから1916(大正5)年に<龍宮神社>と改称して現在に至っているのだという…

↓因みに、境内に榎本武揚の銅像が在る…
02-05-2019 Otaru (14)

↓社殿は1941(昭和16)年に改築したモノであるそうだ…
02-05-2019 Otaru (15)

何となく雰囲気の好い場所だった…

厚目な雲が流れていて、晴れたり少々強い雨が交じったりと変わり易い天候であったが、好天の中で<龍宮神社>へ立寄ることが叶った…

小樽駅:ホームのランプ(2016.07.23)

↓ホームの屋根を支える柱に、古風なランプが設えられていて、小樽駅は少し美しい…
Platform, Otaru Station on JUL 23, 2016
↑733系電車が奥に視えるが…早朝の小樽駅には、順次朝の列車として動くことになる車輛が多く停まっている…

早朝の小樽駅のランプ(2016.07.23)



↓小樽駅の改札口辺りで、何気なく見上げると多数のランプが見える…
Otaru Station in early morning on JUL 23, 2016 (6)

↓改札口を通ってホームに上がると…待合室側がこういう具合に見える…
Otaru Station in early morning on JUL 23, 2016 (7)

市内の硝子工房で造ったと見受けられるランプが、昔ながらの外観を活かした駅の雰囲気に似合う…

<小樽倉庫№1>(2016.07.22)

↓運河沿いの元々は倉庫であった建物の、運河の裏側…パブとして営業している店が入居している…
The Otaru Canal area on JUL 22, 2016 (15)
↑右側に「Otaru Beer」という看板が見えるが、「小樽ビール」と称するビールを醸造している場所でもある…

↓渋い店内だ…
The Otaru Canal area on JUL 22, 2016 (7)
↑スッカリ気に入ってしまった!!

↓「アイスバイン」というドイツ風な肉料理…骨からフォークだけで大半が外せる程度に、豚肉の塊を柔らかく煮込んである…
The Otaru Canal area on JUL 22, 2016 (13)
↑ボリュームもたっぷりで、非常に美味い!!

↓「ヴァイス」と呼ばれている、少し味がフルーティーなビール…凄く好い!
The Otaru Canal area on JUL 22, 2016 (14)

何となく小樽に立ち寄り、気に入った場所を見付けてしまった…

小樽運河沿いの街灯(2016.07.22)

↓運河沿いの街灯は趣が在るデザインになっているが…ここにカモメが入れ替わり立ち代わりやって来て、翼を休めている…
The Otaru Canal area on JUL 22, 2016 (2)
↑何となく画になる光景だ…

夜の小樽運河(2016.07.22)

小樽運河周辺…夏季にはとにかく賑わっている感じだ…

↓日が落ちた後の感じだ…
The Otaru Canal area on JUL 22, 2016 (16)
↑夏季にはボートが運航され、多くの来訪者が“クルーズ”を楽しんでいるようだ…

小樽港に停泊中の<飛鳥2>(2016.07.22)

一寸、小樽に立寄った…

↓小樽運河の近くで大きな船が見えたので近付いた…
Port of Otaru on JUL 22, 2016 (8)
↑<飛鳥2>が停泊していた…

↓何か「憧れ」が掻き立てられるような船だ…
Port of Otaru on JUL 22, 2016 (10)

今日は、「爽やかな夏の日」という雰囲気の日だ…