<蒸気時計>…(2020.02.29)

↓堺町通の辺りにやや目立つ建物が在って、その前に古風なデザインの時計が据えられている…
29-02-2020 Otaru (33)

↓時計は何やら煙を出す…多少驚かされた…
29-02-2020 Otaru (30)

↓日中は15分毎に「キーンコーンカーンコーン」というチャイムのような音を、蒸気で音を出す仕組み、「汽笛」を使って発している…
29-02-2020 Otaru (31)

これは<蒸気時計>というモノなのだそうだ。カナダのバンクーバーの時計職人が考案、製作した例が在って、バンクーバーで「街が発祥した」とされる地区に据えられているのだそうだ。それに肖って、小樽の街が発展し始めたとされる堺町通で、1994年に据えたのだという。

↓この大きな<蒸気時計>は高さが5.5mで、重量は1.5トンにもなるそうだ…
29-02-2020 Otaru (29)

何やら酷く大仕掛けな感じで、一寸面白かったので暫く眺めていた…

早朝:<小樽出抜小路>(2020.03.01)

早朝の街に出て運河の辺りに至り、更に歩を進めた…

↓静かな早朝の街に、営業時間外で静まり返っている<小樽出抜小路>の、独特な設えの建物が見える…
01-03-2020 Otaru in early morning (18)
↑何となく面白い眺めであると思った…

前夜に多少の降雪が在った痕跡も認められる道路状況であるが…日中から夜は行き交う車輌も少なくない場所で、勢い良く行き交っているが、早朝は殆ど車輌も通らない…早朝の散策は好い…

<小樽出抜小路>…(2020.02.29)

何度も訪れている街であっても、特段の理由も無く「そう言えば…近くを通ったことは在るが…近付いていない?」という場所は在るものだ…

↓小樽運河に近い辺りに、こういう場所が在る…
29-02-2020 Otaru (34)
↑特段に理由も無いが、何となく近付いたことが無かった…

↓この一画…<小樽出抜小路>(おたるでぬきこうじ)と名付けられている…少し見栄えの良いゲートも据えられている…
29-02-2020 Otaru (35)

↓一画には小さな建物が寄り集まるように設えられている…
29-02-2020 Otaru (36)

↓少し高くなった場所が在ったので、上がって眺めてみた…
29-02-2020 Otaru (38)

↓小さな建物が入組んだ「昔の小路」という設えになっている…
29-02-2020 Otaru (39)

小樽には「出抜小路」と呼び習わされた道が嘗て在ったそうだが、この一画はその名を冠していて、小さな建物に様々な飲食店が入居している。或る種の“屋台村”という感の場所だ…

中途半端な時間帯に至り着いたので、何となく静まっていた…そういう中で、美味いウィスキーが頂けそうな店を見付けて興味を覚えたが、偶々「本日休業」であったので、「次の機会が在れば…」ということにして辞去した…

何となく面白い感じがした場所だった…

丸型ポスト:小樽郵便局前(2020.03.01)

「3月」…序盤は荒天ともなると雪や寒さに見舞われるが、下旬は「春の予感」が溢れる…北国ではそういう「積雪期の終盤」という雰囲気が色濃いのだと思うが…出先でその3月を迎え、朝から辺りを散策してみた…

↓こういうモノに出くわした…
01-03-2020 Otaru in early morning (44)
↑薄く雪を被って「寒そう…」な感じの郵便ポストだ…

↓街では「本局」で通るのだと想像するが<小樽郵便局>の眼前に据えられていた…
01-03-2020 Otaru in early morning (42)
↑多分、現役なのだと思う。建物の入口右側に在ったのがコレで、敢えて写真は撮らなかったが、四角いポストも左側に視えた…少し不思議だったが…

小樽は「商都」として大変に栄えた経過が在って、郵便のような通信関係や金融関係が早い時代に充実し、そういう関係で築かれた古い建物も見受けられる街だが…こういう旧式な丸型ポストが酷く似合う…

旧 久保商店:小樽・堺町通り:早朝(2020.03.01)

↓北海道で「少し古めで和風な建物」とでも言えば、こういうような感じを思い浮かべるというような気がする…
01-03-2020 Otaru in early morning (36)

↓1907(明治40)年頃の建物であるというが、風雪に耐え、多少の修繕等も入りながら現在に受け継がれている貴重な建物である…
01-03-2020 Otaru in early morning (39)
↑現在はカフェになっているそうだが、そういう状況で中を覗いたことは残念ながら無い…

自身には、幼少期に「新興住宅地の草創期」というような状況の下に在った経過が在る。住んでいた住宅の周囲は、他所の住宅も未だ少な目で、多くの宅地で建築工事が進んでいる途中で、工事未着手な空地も散見していた。そういう中で「何やら工事をやっている…」というのを漫然と眺めて、何らあてが在るのでもなく辺りをフラフラしていたという時期が在った訳だ。気付けば、周囲には「自身より若い建物による家並み」が形成されていたが…

そういう経験をしているので「○○時代の建物」というような古いモノが集まっている、あるいは散見するという程度でも構わないが、「遠い時代の物音を想像してしまうような都市景観」というようなモノに何時の間にか憧れめいたモノを持っていたのだと思う…

小樽の街が興って行く経過の中、「2つの地区の境界」という意味合いで「堺町」という呼び方になった辺りであるという「堺町通り」では、「商都」として街が発展していた明治期や大正期の雰囲気を想像させてくれる建物が幾つも見受けられる。静かな早朝に歩き廻って、そういう建物を眺めてみるというのは、なかなかに好い…

旧 北海雑穀株式会社:小樽・堺町通り:早朝(2020.03.01)

↓何処となく「蔵」を思わせるような造りだと思った。
01-03-2020 Otaru in early morning (35)
↑北海道内で見掛ける、明治期や大正期の石造建築については、商店や住宅の他に倉庫という例も多く在るようだが…この建物は雑穀を扱う会社の建物だったようで、一部は倉庫=蔵という使われ方であったのであろう…

この建物は1909(明治42)年より以前の建物と見受けられるそうだが、現在も残る同時代の建物に多く見受けられる木の骨組みと石を組合わせたモノだ。この種の建物に見受けられる「和洋折衷」というような感じが、なかなかに面白いと思う。

もっと古い時代からの流れを汲むような蔵とは一味違うような「明治期の北海道」という個性が感じられるので、この種の建物を眺めるのは一寸面白い…

旧 岩永時計店:小樽・堺町通り:早朝(2020.03.01)

↓なかなかに手が込んだ感じがする、非常に美しい建物だ…
01-03-2020 Otaru in early morning (30)
↑時計卸商の店舗であったという建物だという。バルコニーが設えられ、飾られたアーチ形の窓が据えられ、屋根に「鯱」まで飾っている…建物は1991(平成3)年に補修されたということだ。

木の骨組みと石を組合わせた建物で1897(明治30)年代の建物であるそうだ。従業員がバンドを組んで活動していたというようなことが伝えられる、辺りでは評判の「ハイカラな店」であったらしい…

因みに…現在も「明治29年創業の老舗時計店」ということで都通商店街に岩永時計店という店が在る…

旧 金子元三郎商店:小樽・堺町通り:早朝(2020.03.01)

↓堺町通りの古い建物…味わい深い…
01-03-2020 Otaru in early morning (28)
↑木の骨組みと石を組合わせた建物で1887(明治20)年の建物であるそうだ…

明治期、大正期に様々な物産や肥料を扱う店であったそうだが、店主は政治家としても活躍した人物であったそうだ…

過ぎる程に静かな早朝の街で…古い建物を眺めて往時の賑わいに想いを巡らせるようなことをするのも面白い…

旧 名取高三郎商店:小樽・堺町通り:早朝(2020.03.01)

小樽の街が興って行く経過の中、「2つの地区の境界」という意味合いで「堺町」という呼び方になった辺りが、現在に至っても「堺町通り」と呼び習わされている。ここは「街が興った地区」とも言い得る訳で、古い建物が色々と残っていて、そこが店舗等に利用されている地区だ。

この地区…「静かな早朝に散策してみたい」と思わせるものが在って、実際に朝の早くに辺りを歩いてみた…

↓北海道内で見掛ける「少し古い商店の建物」とでも言えば、こういう様子を思い浮かべるかもしれない…
01-03-2020 Otaru in early morning (27)
↑屋根に薄く雪が被っている様子が美しい…

1904(明治37)年に辺りで大きな火災が発生した経過が在ったそうだ。その少し後に、防火の見地も加わって、鉄骨や石材を使って造った建物なのだそうだ。

この辺りの店舗は、何やら硝子やオルゴール、土産品等を売る店となっている事例が目立つ。特段にそういうモノを眺めようという関心が個人的には低く、「この種の建物の外観」を一寸眺めたかったのだ…

小樽運河の早朝…(2020.03.01)

早朝は、通行人や通過車輛が少な目であることに加え、暗い夜の残滓の中で少しずつ明るくなる中で灯りが完全に消えてしまっていないという「微妙な状態」で、余程歩き悪い天候でもなければ「気持ち好く散策しながら景色を愛でる」ということをするには好適な時間帯であるように思う…

何やらゴチャゴチャした雰囲気の中で稚内から南下して至った小樽…「早朝に少し歩いてみたい…」との想いで、この街で夜を明かした…想いを叶えるには、夜を明かして、朝を迎えてから散策に出るということが「殆ど唯一の方法」のように思っているからだ…

そして迎えた朝に散策に出た。出た時、2台のカメラを持参すべきか否かと迷ったが、潔く<X100F>だけを提げ、何も持たずに出た…

↓小樽運河の光景に見入ってしまった…
01-03-2020 Otaru in early morning (6)

↓なかなかに好い感じだ…
01-03-2020 Otaru in early morning (7)

↓運河沿いの歩道を歩いた…
01-03-2020 Otaru in early morning (8)

↓運河沿いの倉庫の多くは飲食店等に改装されているが、早朝はその灯りが漏れるということも無い…辛うじて非常灯らしきものが点っているのが判る程度だ…
01-03-2020 Otaru in early morning (10)
↑夜とは一味違う…

↓少し視点を変えてみた…
01-03-2020 Otaru in early morning (14)

↓実に好いものだ…
01-03-2020 Otaru in early morning (16)

小樽に関しては「札幌から訪ね易く、街の雰囲気がなかなかに好い」とは思っていたのだが…今般の散策で更に好いと思うようになった…そして<X100F>は、この種の散策に似つかわしい…

早朝:<日本銀行旧小樽支店金融資料館>の建物…(2020.03.01)

「この街で早朝に少し歩いてみたい…」とでも思い付けば…夜を明かして、朝を迎えてから散策に出る…「殆ど唯一の方法」のように思う…

↓日本銀行の旧小樽支店だ…
01-03-2020 Otaru in early morning (20)
↑坂道に沿って、手が込んだ建物の威容が覗く…

↓建物に近寄った…
01-03-2020 Otaru in early morning (21)
↑「今季は少ない…」とは言え、最近「やや多目?」に雪が降って強風が吹き抜けた経過が在ったようで、少し雪が路肩に残っている…

↓灯りが消えない他方で、天が少しだけ明るい…「微妙な感じ」が好いと思う…
01-03-2020 Otaru in early morning (22)

日中の見え方とも、夜の見え方とも趣が異なると思う…

早朝の都通商店街:小樽(2020.03.01)

小樽駅前から小樽運河の辺りへ延びる道を進む…

↓商店街が視えた…アーケードに並ぶ店は悉くしまっている…早朝5時台なので当然だが…
01-03-2020 Otaru in early morning (3)
↑よく視ると…1人歩いていた…何処へ向かうのか?

↓こういうのも独特な風情だ…
01-03-2020 Otaru in early morning (4)

早朝の小樽駅…(2020.03.01)

↓多分、早朝の列車が何本か動き始めて、駅に灯りが点き始めてから然程時間が経っていない頃合いだと思う…
01-03-2020 Otaru in early morning (1)
↑駅の真ん前で何かの工事らしきことが進められていた形跡が伺えるが、関係者らしき一群の人影が辺りから去ろうとしているように見えた…

駅舎は1934(昭和)年の建物らしい…内外装を何度も修復して大切に使われている建物だ…こうして眺めると趣深い…

夕刻の小樽運河…(2020.02.29)

最近は「暗い感じ」ということになる時間帯が遅くなっている。「光の春」と言うのか…寒さは居座り、多少雪も降る。小樽も0℃を挟む、或いは0℃を若干割り込むという気温帯で、酷く寒いという程でもないが、戸外に在れば直ぐに手が冷たくなる程度だった…

そうした中…「暗い感じ」ということになる時間帯に少しだけ間が在った中、空腹を覚えたので「やや早めな夕食」を愉しみ、その後に運河の周辺を散策してみた…

↓「小樽運河」とでも聞くと思い浮かぶような…「定番」な光景だ…
29-02-2020 Otaru (48)
↑画の右側…雪を被った遊歩道を行き交う人が…少ない…「色々」と在る昨今の情勢の故であろう…

↓運河沿いの倉庫の建物は、外観を古いままに残して、内装を改造して飲食店等に利用されている。そんな場所の灯りが漏れている時間帯だ…
29-02-2020 Otaru (53)

↓独特な風情が在る光景だ…
29-02-2020 Otaru (55)

<小樽倉庫№1>…(2020.02.29)

小樽の街を少々歩いた…前年12月下旬段階で、この時期に所用というのは確定していた。その際に小樽を少し歩き、なかなかに好かったので再訪を決めていた。「色々」と在る中、多少勝手が異なる程度に街は「長閑」だった…

歩き廻って…多少の空腹を覚え、食事を摂ろうということで思い立ったのは…「運河の辺りに何年か前に寄って好かった場所が…」ということだった。

↓ここがその「運河の辺りに何年か前に寄って好かった場所」である。
29-02-2020 Otaru (45)
↑運河沿いの倉庫の建物だ。建物外観は古いまま、内装を替えている…

↓「ドイツのイメージ」というようなことで、ビールを主体とする飲物や欧州風の料理を供する場所である…
29-02-2020 Otaru (46)

ここで少しゆったりと食事を愉しみ、更に辺りを少し歩いて休んだ訳だ…

<Eisbein>(アイスバイン)…(2020.02.29)

小樽の街を少々歩き…「多少早めな夕食」と思い立ち…旧い倉庫を改装したビアレストランに入った…

↓頂いてみたのはコレだ…
29-02-2020 Otaru (42)
↑<Eisbein>(アイスバイン)という代物だ…

↓豚の脛肉の塩漬けを煮込むのだという…ドイツ北部、殊にベルリンでは名物料理とされているのだという…
29-02-2020 Otaru (43)

何年か前に小樽でこの<Eisbein>(アイスバイン)を頂いたことを不意に思い出し、「確かこの辺り…」と至り着いた場所で「これだ!!」と判り、一寸寄ってみたのである…

ハッキリ言って…なかなかのヴォリューム…これ1点で、他には別段に何も要らない…ドイツ辺りでポピュラーなザウアークラフトが添えられていたのが好かった。肉は太い骨からフォークで簡単に外すことが出来る程度に柔らかく、なかなかに美味い。マスタードを点けて肉は頂く…

時にはこういうモノを頂くのも好い…

<Schladerer Schwarzwälder Kirschwasser>(通称“キルシュヴァッサー”)=シュナップス…(2020.02.29)

立寄って「早めの夕食を…」ということにした小樽の店で…やや視掛ける機会が少ないような気がする飲物を頼んでみた…

↓左側の小さなグラスの中身…「シュナップス」というドイツのスピリッツだ…
29-02-2020 Otaru (41)
↑“キルシュヴァッサー”または縮めて“キルシュ”という通称になっていた…<Schwarzwälder Kirschwasser>という独語の呼称は「Schladerer」(シュラデラー)というメーカーの名前から検索してみたのだ…

ジャガイモを原料にした42度のスピリッツということだが、ブラックチェリーの甘味を入れているのだという。何となく、材料由来の甘味が多少感じられるサツマイモの焼酎の原酒を「ウォッカを飲む要領」で、小さなショットグラスに注いでキュッと一口で空けるというような按配だった…

時にはこの種のモノを頂いてみるのも悪くはない…思わず…「もう1杯!!」ということにしてしまった…記憶に留めたい…

夜:<日本銀行旧小樽支店金融資料館>の建物…(2020.02.29)

早めの夕食を愉しんだ後、小樽の街を少々歩き廻った…酷く寒いとも思わない0℃前後の気温ながら、直ぐに手が冷たい感じになるという程度の状況…足元には凍結箇所が些か見受けられる中だった…

↓少し貫禄の在る建物が在って、眼を奪われる…
29-02-2020 Otaru (58)

↓日本銀行の「小樽支店」であった建物だ…
29-02-2020 Otaru (57)
↑立派な建物であるので「本来の使途」で利用されなくなった時に「資料館」ということになった。「資料館」の開館時間は終わってしまったので、「街の貫禄が在る古い建物」ということで眼前に現れた訳だが…

北海道の諸都市は沿岸部の方が歴史が古い…そして明治時代から大正時代には、それらの沿岸部の諸都市の中には、近年の様子からは想像し難い程度の隆盛を誇った場所も在る。

北海道の物流の要である港を擁し、様々な取引の都合で金融機関が多々立地し、加えて水産業や関連の加工業等も盛んであった小樽は、そういう「隆盛を誇った」という経過が在る街だ。

明治時代の終わり頃から、金融機関関係の様々な建物が小樽には登場しているというが、その中で「一際の威容を誇った」のが日本銀行の小樽支店である。

日本銀行小樽支店は、著名な建築家で、東京駅の設計等で広く知られる辰野金吾や他の建築家達が取り組んだ建物で、1912(大正元)年に竣工している。

↓この種の建物…「照明に浮かび上がる」という按配が酷く似合うと思う…
29-02-2020 Otaru (56)

館内は昨年12月に見学したという経過が在った。その時に「暗くなってから建物を眺めたい…」と思っていて、暗くなる前に小樽から離れたという経過も在ったので、今般寄ってみたのだった…日中の見え方とは趣を異にする…

<水天宮>:小樽(2019.12.21)

札幌駅から列車に乗って西へ…南小樽駅で下車した…南小樽駅を起点に小樽を歩き廻ってみた。

南小樽駅を起点に歩き廻ってみれば、小樽は複雑な地形の上に街が拓けていて、上り坂や下り坂が色々と交差していることに気付く。

↓こんな場所に行き当たった…
21-12-2019 Otaru (24)
↑鳥居が在って<水天宮>と額が掲げられている…

↓段々になっている地形に合わせて、石段が幾つか築かれている…
21-12-2019 Otaru (25)

↓石段を上がり切った辺りが平らになっていて、<水天宮>が鎮座していた…
21-12-2019 Otaru (31)

↓ここは狛犬が大きく立派だ…
21-12-2019 Otaru (33)

↓<水天宮>は1859(安政6)年の創祀と伝わるそうだ。更に以前に開かれていたが、顧みられなくなってしまっていた社を改めて整えたという経過だったらしい。
21-12-2019 Otaru (36)
↑幾つかの神社が合祀された経過が在って現在に至っているようだが、社殿は大正年間に整備されたモノが礎になっているようだ…

↓神社の境内は、何か「高台の展望台」という趣も在る…
21-12-2019 Otaru (38)

↓上がった時よりも街のにぎやかな辺りが近そうだと別な方向の石段を下りてみたが、少し急で驚いた。下りてから振り返った…
21-12-2019 Otaru (41)

この水天宮を訪ねて、複雑な地形の上に街が拓けていることを実感したが、同時にこの小樽の街を存外に歩き廻っていなかったということに思い至った…訪ねた時から然程の時間を経ていないのだが、早くも「また何時か…」と思い始めている…

小樽運河…(2019.12.21)

小樽で「運河の辺りを歩く」というようなことをするのは…「定番の中の定番」というような感じで「何度も歩いている…」のだが…それでも「小樽に寄ったのだから…」と引き寄せられてしまう感だ…

↓こういうような様子…何度眺めても、眺める都度に何となく好いと思ってしまう…
21-12-2019 Otaru (76)

↓日が傾いて、もう少しで灯りが目立つような感じになりそうだった時間帯だが…曇天という感で、劇的な光線状態とは言い悪い感じだった…
21-12-2019 Otaru (77)

何となく思い付きで小樽に立ち寄ってみたのだが、マダマダ余り歩き廻っていない場所も存外に多いことに思い至り、「そのうちにまた…」というようなことを考えるようになっている…

ランプ…:小樽駅(2019.12.22)

小樽駅の改札口を潜ると、エスカレータや階段が在って、そこを上がると列車に乗降するホームが在る…が、駅は「高架駅」という雰囲気でもない。結局「段差」が色々と在る地形の街なので、駅舎が建っている場所から「一段高い」という感じの場所に軌道が敷設されていて、そこに設けられたホームへ出るには「高架駅?」という感じでエスカレータや階段を上がるということになってしまうのであろう…

↓そのホームの1つ…硝子張りになっていて、駅舎の中が見える箇所が在る…
22-12-2019 Otaru (10)
↑小樽駅の中では「気に入っている場所の一つ」に挙げたい場所だ…

この硝子張りの場所には多数のランプが置かれている。午前中の時間でランプは灯っていないが、ランプの形状が美しいので、一寸写真に収めてみたのだった…

丸型ポスト:小樽・堺町通(2019.12.21)

↓この形の郵便ポスト!
21-12-2019 Otaru (42)
↑「やや懐かしい?」というような形状だと思う。「丸型ポスト」と呼ばれるそうだ…

日本ではこういう「円筒」を基調とした郵便ポストは20世紀初め頃から在って、若干の変遷を経ているという。1949(昭和24)年に定められた型がこの種のモノの「最終型」で、1970(昭和45)年以降は基本的に角型のモノになっているのだそうだ。

そういうことなのだが…「やや懐かしい?」というような形状の故か、少し古風な建物が在るような場所では「近年に新たに設えた?」というようにも見えるこの「丸型ポスト」に出くわす場合も在るように思う。

小樽の堺町通という辺りは、古い建物の外観を活かすような店舗が色々と見受けられ、国内外各地からの来訪者が多く見受けられる場所だ。そんな場所の郵便ポストは、「やや懐かしい?」というような形状になっている。こんなポストに「旅先からの絵葉書」でも投函する人は在るのか?通り掛かった時にそういうことをしていた方は見なかったが、この郵便ポストの脇で記念写真を撮っている様子は随分と見掛けた…

「懐かしい」という感じのモノ…:<日本銀行旧小樽支店金融資料館>(2019.12.21)

1912(大正元)年に竣工という壮麗な建物は<日本銀行旧小樽支店金融資料館>となっている。私自身の目線では、壮麗な建物それ自体が非常に興味深いモノだが、館内には日本銀行の仕事等を紹介する様々な展示が在る。

↓展示を見学していて「うゎ!」と思ったのがこれだ…
21-12-2019 Otaru (56)
↑「五百円紙幣」という代物…小中学生の頃に親しんだモノだ…

↓更にこれ!
21-12-2019 Otaru (55)
↑これも小中学生の頃に親しんだ「千円紙幣」だ…

この「五百円紙幣」と「千円紙幣」とは、個人的には「この世の中には“紙幣”というモノが在る」ということを教えてくれたというような存在だ…

「五百円紙幣」は姿を消し、「五百円硬貨」となっている。「千円紙幣」はデザインを変えながら現在でも出回っている。

↓そしてこれ!!“聖徳太子”…(最近の歴史の教科書では“聖徳太子”と呼ばないようになったらしいが…)
21-12-2019 Otaru (57)

↓一寸気に入った展示であったが、第2次大戦後の「日本銀行券」(=紙幣)が展示されているコーナーだ…
21-12-2019 Otaru (59)
↑こういうようなモノ…かなり好きだ!!

それにしても…岩倉具視、伊藤博文、聖徳太子という各紙幣の肖像画は懐かしい感じがした…

外観…:<日本銀行旧小樽支店金融資料館>(2019.12.21)

「北海道の金融業界の一大拠点」という様相を呈した小樽に、日本銀行が支店を設けていた経過が在る。支店の建物は、日本銀行関係の建物としては、東京の本店、大阪支店に次ぐ程度の経費を投じての建築だったという…

↓坂道が多い小樽…「“平ら”な場所が無い…」とまで言う方も見受けられる坂道の多い街で、坂道の脇に壮麗な建物が佇んでいる…
21-12-2019 Otaru (68)

↓存外に歩行者も多い、小樽駅に近いエリアに建っている…
21-12-2019 Otaru (65)

鉄骨と煉瓦で造った建物の表面をコンクリートで覆っているという建物だという…1912(大正元)年に竣工という建物…永く伝えたい立派な建築だ…

それにしても…<日本銀行>は官庁とは少し違うが、「国の機関」である。現在、例えば<函館税関>というような例外も些か思い浮かぶが、国の官庁の「北海道〇〇局」というような北海道地方での様々な業務を進める出先機関は、殆ど札幌に在る。が、明治末年というような時代、日本銀行は「全国屈指!」というような壮麗な支店を小樽に建てた…この一事から「小樽が誇った隆盛」が窺い知れるというものだ。なかなかに興味深いと思う…

館内…:<日本銀行旧小樽支店金融資料館>(2019.12.21)

↓何か…「近現代史の重要な舞台?」というような、厳かな空気感さえ漂う場所だ…
21-12-2019 Otaru (54)

↓残念ながら見学エリアから外れていて上ることは叶わないが、階段の感じも好い…
21-12-2019 Otaru (49)

日本銀行は小樽に支店を構えていた経過が在る…

北海道の諸都市は沿岸部の方が歴史が古い…そして明治時代から大正時代には、それらの沿岸部の諸都市の中には、近年の様子からは想像し難い程度の隆盛を誇った場所も在る。

北海道の物流の要である港を擁し、様々な取引の都合で金融機関が多々立地し、加えて水産業や関連の加工業等も盛んであった小樽は、そういう「隆盛を誇った」という経過が在る街だ。

明治時代の終わり頃から、金融機関関係の様々な建物が小樽には登場しているというが、その中で「一際の威容を誇った」のが日本銀行の小樽支店である。

日本銀行小樽支店は、著名な建築家で、東京駅の設計等で広く知られる辰野金吾や他の建築家達が取り組んだ建物で、1912(大正元)年に竣工している。

↓入口扉のマーク…日頃使っている紙幣(=日本銀行券)に確り刷られている日本銀行のマークだ…
21-12-2019 Otaru (48)

↓因みに入口扉全般はこういう感じである…
21-12-2019 Otaru (47)

↓カウンターが設えられていて、「銀行の支店」と言われて納得出来るような雰囲気である…
21-12-2019 Otaru (53)

この日本銀行小樽支店は2002(平成14)年まで活動していて、後に札幌支店に統合となった…何時の間にか、金融等で札幌が圧倒的に大きな位置を占めるようになって、小樽との間は毎日通勤通学している人達も多いような距離なので「支店の統合」ということになったのであろう…

↓そしてこの華麗な建物は資料館ということになって一般に広く開放されている…
21-12-2019 Otaru (50)

館内では「フラッシュ撮影は御遠慮願います」となっているが、一部の企画展展示物のようなモノを除けば、写真は撮って構わないという事になっている…

随分以前に訪ねてみたことが在ったのだが…南小樽駅辺りから小樽駅辺りへ歩いた途中にこの<日本銀行旧小樽支店金融資料館>が在ったことに思い至り、何となく寄ってしまった…

これだけのモノ…当時、日本銀行関係の建物としては、東京の本店、大阪支店に次ぐ程度の経費を投じての建築だったというが、そんな建物の中に「一寸寄道…」と気軽に寄ることが叶うのは素晴らしいと思った。

<旧久保商店>:小樽・堺町(2019.12.21)

小樽に「堺町」という住所が在るという。

聞けば…江戸時代に“場所”と呼び習わされた交易拠点が設けられた経過が在って、<オタルナイ場所>と<タカシマ場所>との境界地域というモノが発生した。その地域に街が成立して行く中で「さかい」という通称になり、「堺町」という呼称が明治時代に成立したのだという…

その堺町…現在は「観光小樽!!」の中心地のようなエリアになっていた…適当に古い建物も残り、様々なモノを売る店が軒を連ね、別段に「歩行者天国」のようなことにはなっていないが、国内外の方々からの来訪者で溢れ返っていた…「土曜日の午後」という、人出が多い感じの時間帯に立寄ったからであるとも思うが、相対的に来訪者が少な目と見受けられる「中途半端な冬の或る日」という様相ではないと個人的には思って驚いた…

↓カメラは提げていたが「人が狭いエリアに多過ぎる…」と感じて堺町の画は然程撮っていないが、これは「おっ!?」とカメラを向けずには居られなかった…
21-12-2019 Otaru (45)
↑今季、妙に積雪は少ないのだが、それでも「積雪寒冷地」という風情は漂う…そういう中での古い家屋…面白い外観と思った…

この建物は雑貨卸を営んでいた<久保商店>という店舗であったという建物で、1907(明治40)年の木造建築なのだそうだ…

↓明治、大正、昭和、平成、令和と幾つもの時代を潜り抜けた建物が醸し出す、何とも言い難い雰囲気が好い…
21-12-2019 Otaru (44)

今般は…「そう言えば、小樽の街に関しては存外に歩き回っていないかもしれない…」ということに改めて思い至ることとなった…何処かへ出掛けると「今般の積み残し…」というような「(在るか無いかも定かでもない)次回への課題」を何時も発見してしまうのだが…小樽に関しては堺町がそういうモノの一つということになるのかもしれない…

<X-Pro2>+<XF16㎜F2.8>…(2019.12.26)

早朝から移動して小樽駅に至り、駅舎に入っているカフェで<小樽運河通ブレンド>という珈琲を愉しんで寛いだ…

↓そんな時にこれを撮ってしまった…
26-12-2019 my X-Pro2 (4)
↑持ち歩いている<X-Pro2>だが、現在は<XF16㎜F2.8>を装着した「画の状態」である場合が多い…

「新機材!」ということになる<XF16㎜F2.8>を入手したのは12月14日であった…未だ2週間経っていないのだが、既にかなり使っていると思う…

「新機材!」を入手した札幌で試用し、旭川でも使ってみた…稚内でも試用を続け、小樽函館室蘭へも持ち出している…

新しい機材であるが故に当初は「試用」としたが、何時の間にか「使用」と、更に「半ば常用」という感になっている…現在は地元を離れているが、今般の旅の写真だけでも枚数が多くなっていて、今後も増えそうだ…そういう中、少し前までの旅路では広角ズーム(XF10-24㎜F4)を半ば常時装着で色々と撮ったが、現在はその位置を<XF16㎜F2.8>(=広角単焦点)が占めてしまっている感だ…小型のレンズで、本体に装着しても軽快で、「防滴」や「耐寒」が謳われていることもあって、各地で雪や寒さの中で使っていても「雪や寒さの故に激しく機材が傷むということでもなかろう…」とドンドン持ち歩くことが出来るのだ…

ドンドン写真を撮っていて、このブログに記事として御紹介するまでに時間を要してしまう場合も最近は在るのだが…この「<X-Pro2>+<XF16㎜F2.8>」を抱えて色々な場所に足を運んでみたい…

一寸気に入った<小樽運河通ブレンド>という珈琲を愉しみながら、気に入ったカメラとレンズを眺めて悦に入っていたのだった…

733系電車:小樽駅(2019.12.21)

小樽を少し歩き廻り、札幌へ引揚げようと小樽駅に入ると<区間快速いしかりライナー>なる列車が待機中だった…

↓こういう車輛の列車だった…
21-12-2019 Otaru (87)
↑未だステンレス外装が輝きを残す感だ…2012年に初めて登場している型の車輛である…

↓駅で少し長く停車している時、扉の脇の開閉ボタンを押して車内に入るという仕組み…近年では少し馴染みになって来た…
21-12-2019 Otaru (88)
↑この「開閉ボタン」の方式は本州方面が先行していたと思う。本州方面で出くわした時には少しばかり驚いたものだったが…現在、この733系電車で採用されている…

↓内装はこういう按配…“大都市圏”という感じなロングシートの内装である…
21-12-2019 Otaru (89)
↑北海道の場合…電化区間、架線から電気が供給されてモーターで走行する電車が走っている区間は、“大都市圏”と言って差し支えが無い札幌周辺部が中心だ…函館周辺が少し離れた例外だ…

↓<区間快速いしかりライナー>は小樽から札幌を経て岩見沢へ向かう。途中、札幌・手稲間は琴似意外に停まらないので“区間快速”と称している。が…各駅に停車する普通列車のような感じだ…
21-12-2019 Otaru (85)
↑因みに小樽・札幌・岩見沢の間は「ICカード乗車券」の利用可能エリアだが、小樽から先や岩見沢から先では利用出来ない。小樽へ向かった時、小樽駅で乗換て余市等へ向かう場合は「ICカード乗車券」が使えないので、小樽駅で切符を予め購入するか、列車の乗務員に現金で運賃を支払わなければならないと列車内で繰り返し案内されていた…

或いは…この「733系の在る場所」は、北海道内では「大都市圏」ということになるのかもしれない…そんなことを思うが、同時にこの車輛を視る都度、なかなかに美しいと思う。

<石蔵カフェ ヴェールボア>:小樽(2019.12.21)

稚内駅を発って旭川駅に至り、乗換えて札幌駅へ、更に乗換えて南小樽駅に至った…

南小樽駅周辺で住吉神社を訪ねた後、更に歩いた…

↓こんな壁の建物がさり気なく…
21-12-2019 Otaru (19)

↓年季が入った石造の倉庫という建物だが…「珈琲」というような幟…カフェだ…
21-12-2019 Otaru (13)

↓内部はこういう感じだ…
21-12-2019 Otaru (15)

建物は明治30年代に建てられたモノであるらしい…20世紀冒頭頃であろう…そういう建物の外観を活かして綺麗な内装にリノベーションを施した様子だ…

↓稚内駅で列車に乗った時にサンドイッチを頂いて、以来午後2時台まで何も頂かずに居て空腹だったのでランチを愉しんだ…
21-12-2019 Otaru (21)
↑これは<牛すじカレー>というモノ…非常に美味かった!

↓店主氏が丁寧にハンドドリップで淹れた珈琲を食後に頂いた…
21-12-2019 Otaru (22)

↓吟味して選んだらしい照明器具がさり気なく使われていた…
21-12-2019 Otaru (16)

正しく「通り掛かり」で立寄った場所だが…非常に好かったので、こうして撮った写真を添えて記録しておきたい…

<小樽乃酒 寶川>の田中酒造店(2019.05.02)

↓小樽で出くわしたが…こういう外観の建物は目立つ…
02-05-2019 Otaru (62)

↓<寶川>という酒を製造販売している小樽の老舗だ…
02-05-2019 Otaru (66)
↑「一寸その辺で試飲…」と小さな瓶を求めてみた…

田中酒造店は1899(明治32)年に起こり、小樽で酒造を続けているのだという。概ね120年の伝統を誇る…<寶川>(宝川)という酒銘を主に使っている…

↓何度も前を通り過ぎて気になっていたが…初めて立ち寄ったような気がする…
02-05-2019 Otaru (61)

小樽へは何度も立ち寄っていたが…それでも「そう言えば?」という「未踏箇所」は多々在る訳だ…そんな場所を訪れるのも愉しい…