台東区浅草1丁目1番1号…(2022.05.08)

「具体的に所用で動くまでに多少の時間的なゆとり」という中で、細かい計画と無縁に辺りをフラフラとするというような、「無為な営み」と言われてしまいそうな振舞が存外に好きである。

正しく「好天に誘われて…」という程度のことで、滞在した宿から「徒歩圏内」と知って浅草寺を目指し、界隈を歩き廻った。

↓「好い趣…」と眺め入ってしまった…
08-05-2022 XPro2 (24)

↓<神谷バー>という老舗が知られるが、「浅草1丁目1番1号」という住所なのだそうだ。
08-05-2022 XPro2 (23)

好天の日曜日、午前中の少し早めな頃に辺りを動いていた。多少、人が出て来た感じではあったが、各種の店の中には未だ開いていない場所も目立った。この<神谷バー>も未だだった。敢えて開店を待つまでもなく、何となく移動した…
posted by Charlie at 06:30Comment(0)東京都

<グランドリーム>号…(2022.05.08)

新宿のバスターミナル(バスタ新宿)で乗車予定のバスを待つと驚く。

案内放送に戸惑う。「X時Y分発、A行〇〇号、B行〇〇号、C行〇〇号…」という調子なのだ。同じ時刻に様々な方面へのバスが同時に発車するようになっている。同じ行先でも「経由する場所が違う」というようなこと、運行会社が違うということで「X時Y分発、A行〇〇号、A行△△号…」というのまで在った。流石に「大東京のターミナル!」という感だ。注意深く案内放送を聴く他に、発券窓口が在る待合所に掲出される「乗場案内」を確りと真面目に視なければならないと思う。

↓確りと真面目に視て確かめた乗場で待機したが、乗車するバスが静かに現れた。
08-05-2022 X100F (1)

↓夜行の都市間バスに投入すべく準備された車輛だと思う。<グランドリーム>号と名付けられている。
08-05-2022 X100F (2)
↑自身で券は用意し、「3列シート」で同行者と並ぶ指定席ということにしてはいた。その券を同行者に見せると「“2階”?何だろう?」と言い出した。自身、全く気にしていなかったが、確かに“2階”と在った。現れたバスは、なるほど“2階建て”になっていた…

今般乗車のバスは、京都駅を経て奈良駅へ向かうということだった。京都駅まで乗車した。
posted by Charlie at 05:11Comment(0)東京都

新宿駅南口:髙橋一輝―サックス奏者 カテリーナ と邂逅…(2022.05.08)

新宿駅南口の少し広い歩道は、ストリートライブを試みるミュージシャンが多く現れる場所だと思う。この新宿駅南口の<バスタ新宿>でバスに乗車する段取りということになって、或る方を御案内した。

御案内した方はサックス奏者である。遠い国の御出身で、隣国との間を往来しながら活動していたのだが、昨今は事情が在ってそれもままならない。そこで御本人の過去に少しばかり縁が在った遠い国で「新たな可能性」を模索しようとしている。「徒手空拳」で何とかしようとしているので、自身としては古いと言えば古い縁により支援をしようとした訳だ。

「事情」の故に異様な遠回りでこの国に着き、いきなり別な「事情」に伴う「隔離」という羽目で、漸く「解放」になった日だった。「隔離」という羽目で、目指すこととした場所を目指して移動に関する段取りが組み立て悪くなっていて、そういう中で<バスタ新宿>でバスに乗車する段取りを整えた。

「一別以来!」と成田空港―具体的な場所の特定に手間取ったが、何とか見出し、待ち受けて迎えることが叶った…―で再会し、嵩張るモノをロッカーに預けるという程度にして、乗車するバスを待つという話しになった。そこでバスターミナルの<バスタ新宿>の近くへ足を運ぶと、力強い歌声が魅力の髙橋一輝が、熱心なファンや歌声に惹かれた人達に見守られながら熱唱していた。自身でも「何か好い歌だ…」と思っていたが、御案内した友人でもあるサックス奏者のカタリーナは些か心を動かされたようでもあった。

「嵩張るモノをロッカーに預けるという程度にして辺りを一寸歩き廻るなどして…」ということにしたのだったが、友人は大事にしている愛用の楽器を収めたケースと手近な貴重品を容れたハンドバッグという持ち物で<バスタ新宿>から再度外に出た。

歌声がなかなかに魅力的な髙橋一輝は少しずつ灯りが目立ち始めた新宿駅南口で熱唱を続けていた。

「一寸、聴きましょう…」と友人は髙橋一輝の熱唱に聴き入る。自身としても場に留まって熱唱を聴くことに異存は無い。実際、時に強く、一部に柔らかい感じの歌唱も混じる調子は心地好いと思った。何やら「好い感じの若いシンガーと出くわして、なかなかに好かった…」と思っていると、友人は何やら手持ちの楽器のケースを開いて演奏の準備をしようとしている。「どないするのや?」という感じなのだが、心惹かれた魅力溢れるシンガーのバックで演奏して盛り立てたいと言い出したのだ。

「何かややこしい話しに?」と危惧したが、友人は「訳が判らない位の大昔から、音楽家というのは、こういうように何となく盛り上がっている場所で歌舞音曲を担って生きて来た存在だ。自身もそういう音楽家の端くれだ…」と酷く張り切っている。

↓自在に演奏可能な状態になった友人は、熱唱する髙橋一輝の脇で「専属バンドのメンバーが盛り上げる」というようなノリで、即興で初めて付き合うような楽曲の間奏を担った。
08 MAY 2022 - a street live at Shunjyuku, Tokyo (4)

↓既に一定のファンが在って、ストリートライブに駆け付ける人達が一定数在るようだが、外国人のサックス奏者が不意に現れて、熱唱を盛り立てようと熱演してしまっている状況は、驚きと喝采とで迎えられた。
08 MAY 2022 - a street live at Shunjyuku, Tokyo (15)

↓何やら面倒な事も在るのかもしれないと思ったが、色々な曲折を経ながらシンガーとして可能なように活動をしている髙橋一輝としては、仔細は全く不明な「乱入…」ながらも、一定以上の技量の在る演奏家が御自身のライブを盛り立ててくれたということを凄く歓んでいるようだった。
08 MAY 2022 - a street live at Shunjyuku, Tokyo (28)

サックス奏者の友人は、「その辺を普通に動き回って差支えない」ということになった「第1日」に、なかなかに素敵なシンガーに出くわし、押し掛けるかのように傍らで演奏したことが酷く嬉しかったとしていた。勿論、長い移動を開始して、「隔離」という羽目になって、愛用の楽器は音を出せない状態を強いられたのであろうから…

即興で楽曲に合わせた暑い演奏を披露するサックス奏者が「乱入…」という感じで現れた中、髙橋一輝は酷く驚きながらも、非常に気持ち好く歌うことが叶ったと驚きながら喜んでいる。そして彼を見守る人達も、不意に現れたそれなりに巧い演奏家に戸惑うと同時に、凄く歓んでいる様子が伺えたとしている。

この時の様子の写真は些か在るのだが…「初対面」という者同士でも、音楽を軸を「あの日は好かったな…」という「好感の環」が拡がるのは善いことだ。
posted by Charlie at 19:36Comment(0)東京都

蔵前駅―大江戸線(2022.05.08)

出先では、必ずしも早寝ではない場合も在るのだが、それでも早起きしてしまった。

↓戸外に出てみた…
08-05-2022 in early morning. XPro2 (1)
↑先行していた浅草線の蔵前駅と、大江戸線の蔵前駅は地下の通路では結ばれていないようで、互いに離れている。その大江戸線の蔵前駅が滞在している場所に近かった。

「12号線」という仮称のような名称で1991年に部分開業し、2000年に現在のような路線になって「大江戸線」となった。路線図を視ると「環状線」のように見えるが、実は「6」のような形に軌道が敷設され、JRの山手線のように「廻り続ける」という列車運行となっているのでもない。都庁前駅で折り返す、或いは環から放射状に延びる形になっている区間に出入りするというような形になっている。何回か利用してよく判ったが、「何方から廻っても〇〇駅に着く」という程でもない訳だ。

古く「江戸」の範囲とされた、江戸時代の地図で「朱引き」とされている範囲を食み出した箇所も含んで運行されているが、「江戸の範囲を囲むような」ということで「大江戸線」ということにしたらしい。

↓始発列車が発着する少し前のような時間帯に大江戸線の蔵前駅に入った。
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↑「東京辺りの流儀」では、乗換駅は殆どの場合に駅名を統一している。浅草線の蔵前駅が在ったから、ここは蔵前駅になったのであろう。多分、ずうっと前の建設構想の時点では「厩橋駅」という程度の呼称だったと思う。「関西辺りの流儀」であれば、そういうようになったかもしれない?そういう余計な事も思った…

↓都営地下鉄の、この乗場に掲出されている案内が判り易い。目指したい駅へ進む列車が着く場所が明確になる。
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↓列車が現れた…
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↓「日曜日の早朝」であり、車内はかなり空いていた…
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「休日の早起き」で一部に地下鉄を利用する移動も交えて散策に出るというのも面白い。
posted by Charlie at 07:56Comment(0)東京都

厩橋…(2022.05.07)

一夜の宿を求めて施設を訪ねようとして地図を視た。地下鉄大江戸線の蔵前駅を出て、「厩橋」(うまやばし)の交差点を少し越えた辺りと判った。

その「厩橋」(うまやばし)の交差点を少し越えた辺りの宿にモノを置いて、所要を足して引揚げた際、この「厩橋」(うまやばし)が気になった。

↓近寄るとこういうような様子だった。美しい…
07-05-2022 XPro2 (92)

↓更に寄ってみて、隅田川の河岸側に歩を進めた…
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↓美しい三連のアーチの橋だ。
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この橋は関東大震災後の復興の中で架橋されたモノであるという。1926(大正15)年に着工で、1929(昭和4)年に竣工ということだ。

蔵前に在った、幕府の米蔵の米を輸送するための馬を保管する厩が在ったことから、「御厩河岸」(おんまいがし)と呼び習わされていた辺りの橋であったことから「厩橋」の称が登場したそうだ。

江戸時代には辺りで渡し舟を運航していたというが、明治時代に架橋された。最初の橋が鉄橋に改められ、その後は震災後の復興で現在のモノになったそうだ。

↓なかなかに好いモノに出くわした…
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posted by Charlie at 02:26Comment(0)東京都

都庁…(2022.05.07)

↓こういう具合に見上げたのが酷く久し振りであるように思った…
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↓余り無い機会なので、一寸近付いて眺めてみた…
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↑周辺に幾つかの彫刻が設置されていた…

↓凄く巨大だ…
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↓「何度眺めても驚く…」という程度に嘗て思っていたような気がするが、そこは余り変わっていない…
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今般は本当に「偶々…」という按配でこの街に立寄った感なのだ…
posted by Charlie at 02:04Comment(0)東京都

都庁前駅:都営地下鉄大江戸線…(2022.05.07)

滞在している宿の「最寄り」が大江戸線の蔵前駅だ。浅草線の駅は少し離れているので、飽くまでも大江戸線が好い。

新宿で翌日の段取りに関連する用事を足した後に引揚げようとした。大江戸線については都庁前駅という駅が在って、何やら便利そうだ。

現在のあの「巨大なビル」に関しては、竣工してオフィスが使われるようになってような時期、学生として「都民」であった経過も在り、また新宿区内に居たので辺りは「懐かしいエリア」ということにもなる。と言って、酷く御無沙汰しているので勝手も異なることは重々承知だ。

そういうように思いながら「近くに行けば、間違いなく仰ぎ見られる」という都庁を目印に辺りを歩きながら「都庁前駅は何処から入る?」と探した。

↓「Wi-Fi」というステッカーの在る公衆電話ボックスの辺りに、都営地下鉄の出入口が存在することを示すマークを見付けた。
07-05-2022 XPro2 (80)

↓辺りをキョロキョロしたが…駐車場か何かのようになっている場所の隅に出入口らしきモノが在った。
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↓「妙な場所?」と個人的には思ったが、間違いなく普通な地下鉄の出入口だ。
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↓都庁ビル地階の、旅券(パスポート)関係の窓口の出入口と都庁前駅が直結していた…
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↓ホームへ下りてみれば、都庁前駅が起点のようになっているので、大きな環になっている路線を行く予定の列車が待機していた。
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今般、何となく大江戸線が気に入ってしまった…それはそれとして、偶々出くわした都庁前駅の出入口が少し不思議だった…
posted by Charlie at 23:24Comment(0)東京都

都庁ビルの高層部分が覗く西新宿の鳩…(2022.05.07)

本州方面へ南下するというような場合に「敢えて目指すのでもない…」という行動に及ぶ場合が多く、近年は盛んに動き回っているのでもない東京に関して、戯れに「出入禁止?」と言う場合が在る。それは極端にしても、然程積極的に動き回っていない情況が何となく続く東京の中で、「都庁ビルの周辺」は、「前に歩き廻ったのは?何時だった?」という程度に御無沙汰している気がする。

記憶が確かなら…学生の頃に巨大な都庁のビルが竣工して、都庁がビルを本庁舎とするようになっていた。自身にとって全く初めてだった旅券(パスポート)は、確か都庁のビル内に設けられた窓口で手続を御願いした記憶が在る。

↓「かなり御無沙汰な眺め…」と視ていたが…何やら自身の他にも様子を眺めるかのように佇んでいた存在が…
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↑鳩だ…一羽だけはぐれてしまったかのように…何やら都庁ビルが視える辺りの柵に居た。

自身も「勝手な思い」を胸に、一人はぐれたかのように南下してこの巨大なビルが視える辺りに佇んでいるが、この鳩には如何いう仔細が在ったのか?

因みに、大き目な建物が林立する東京では、広角ズームを装着した<X-Pro2>の使い心地が何となく好かった…
posted by Charlie at 22:18Comment(0)東京都

「鉄骨柱梁接合部(実物)」…(2020.12.26)

名古屋駅で<のぞみ>に乗車して、発車の際の「3分程遅れて発車しました…」を挽回して定刻で東京駅に着いた後、嵩張るモノを駅のロッカーに預けて駅周辺に出てみた…

夜に泊まる予定の宿の場所を確かめながら、東京駅八重洲口辺りからふらりと歩いた。天候もなかなかに好く、「そう言えば、こういう具合に東京の街中を歩くのも暫く振りだ…」と心地好く歩いていた…

↓東京の街中…時に「これは何?」というモノにも出くわすという感だ…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (4)
↑「不思議なオブジェ?」と思った…所謂“メガバンク”と呼ばれる大手銀行関係のビルの前だった…

所謂“メガバンク”は、長い間に様々な銀行が合併して現在に至っているのだが、現在このビルに入居している銀行の“前身の一つ”となる銀行が、1952年に現在地に本店ビルを建てたのだそうだ。そのビルの「鉄骨柱梁接合部」の実物―現在のビルになる前に解体されて、その際に部材を取り出して、一部を保管したのであろう…―をモニュメントにしたのだそうだ。1952年当時には中高層ビルとして「日本国内で初めて」であったという「鉄骨造全溶接」という工法が採用されたというようなことも在ったのだという。

こういうモニュメントという形であっても、「建築の歴史」という観点で意義深いと考えられる建物の記憶が語り継がれるというのは、存外に大切なことなのかもしれない…そんなことを思いながら、辺りを然程明確な意図も無いままに歩き廻った…
posted by Charlie at 05:53Comment(0)東京都

<大隈講堂>…(2020.12.26)

↓視えている建物…正式には<早稲田大学大隈記念講堂>と言うそうだ。更にその早稲田大学の中では<21号館>とも呼んでいるようだが…とりあえず<大隈講堂>である。
26-12-2020 Tokyo... vol02 (11)

銅像がよく知られている、大学の創始者である大隈重信逝去後、その功労を記念する建物の建設という話しが持ち上がった。方々からの寄付も受けて1926(大正15)年2月に着工し、1927(昭和2)年10月に竣工したのだという。

↓聞けば「東京都選定歴史的建造物」(1999年)、「重要文化財(建造物)」(2007年)という指定を受けたそうだが…この建物は何時でも「辺りのランドマーク」で「通り掛かれば仰ぎ見る」という存在だ…<大隈講堂>は、とりあえず<大隈講堂>だと思う…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (79)
↑少し高齢になっても元気であったという大隈重信は、「人間は本来、125歳までの寿命を有している。適当なる摂生を以てすれば、この天寿を全う出来る」とする『人生125歳説』というモノを吹聴していたという。それに因み、この講堂の時計塔は「125尺」(約37.8m)に設計されたのだそうだ…

時にはこういう建物の辺りを漫然と歩き、「通り掛かれば仰ぎ見る」という雰囲気を遠くなった記憶の底から引き揚げてみるというのも、悪くはないのかもしれない…
posted by Charlie at 03:57Comment(0)東京都

<BOOKS RENAISSANCE>…(2020.12.26)

↓多数の学生が学ぶ大学の傍に古本屋…何となく好い感じな光景だと思った…さり気なく様子を写真に…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (73)
↑店そのものは、それ程古いようにも見えないが、新旧様々な本が在るように見受けられた…

<BOOKS RENAISSANCE>との屋号…“カタカナ”は無い…「ブックス ルネッサンス」ということなのだろう…

年末の少し静かな感じの、早稲田大学の正門に通じるような通で静かに営業していた古本屋だった…
posted by Charlie at 18:03Comment(0)東京都

<はやぶさ>…:東京駅(2020.12.27)

↓初めて視るということでもない…何度も視ているが、視る都度に何となく驚く形だ…「暗い早朝に降り立った猛禽」というイメージだと思う…
27-12-2020 (1st) departure from Tokyo (19)
↑E5系電車…東北新幹線で運用されている車輌だが、先頭車の形状は高速運転の実現に向けて工夫を重ねた結果であるという、非常に目立つ形になっている…

↓E5系電車にはこういうマークが描かれている…この車輌が登場した頃の「東日本大震災」という出来事を恐らく念頭に置いていると思う。“不死鳥”を想起させる画になっている。
27-12-2020 (1st) departure from Tokyo (20)
↑「日本東北」(=TOHOKU JAPAN)の脇に「Tresureland」と在る。「宝物のような東北地方」とか「輝く宝石のようなモノが溢れている東北地方」というイメージか?そしてこの車輌は、その東北地方と首都圏とを結ぶ訳だ…

↓<はやぶさ>は「全席指定」とのことだ。自由席が連結されていても、最初から指定席を利用することを意図してはいたが…
27-12-2020 (1st) departure from Tokyo (21)
↑「3列+2列」という座席配置の内装だ…

↓着替え等々を容れたトートバッグ、ノートパソコン等を容れたリュックサック、戸外で着る上着、愛用のキャップは荷物棚に載せた…
27-12-2020 (1st) departure from Tokyo (22)

↓カメラや細々したモノを容れたバッグは何となく手元に置く…
27-12-2020 (1st) departure from Tokyo (23)

↓ホームの自販機で車内用に飲物は求めた…
27-12-2020 (1st) departure from Tokyo (24)

何となく発車時刻を席に座って待っていれば、何時の間にか列車は静かに発車した…早朝の新幹線で北上して青函トンネルも潜って北海道に上陸し、北海道内の列車に乗り換えて札幌へ向かう…自身としては2回目なのだが、意外に「気に入った経路」ということになった…
posted by Charlie at 05:28Comment(0)東京都

東海道新幹線の列車…:東京駅(2020.12.26)

早朝の名古屋を発ち、列車の車窓を大いに愉しみながら午前中の間に、と言うより「“朝”の範疇?」というような時間帯に東京駅に辿り着いた…

↓列車を下りて、名古屋から乗車して来た車輌を何となく眺めた…
26-12-2020 the way from Nagoya to Tokyo.. (21)
↑「他地域から東京駅へ列車で辿り着く」という感覚自体が、自身にとっては「少し特別?」だ。普段は「東京駅目掛けて列車で移動」という状況とは縁遠い感じであるからだ…

↓特段に急いでいたのでもないので、何となくホームで列車を眺めた。そんな「中途半端で僅かな間隙」が多少在る程度な動き方が好い…
26-12-2020 the way from Nagoya to Tokyo.. (22)
↑「100km単位」の長距離を行き交う列車だが、何か「大都市の地下鉄や近郊電車?」というようなモノを思わせる頻度で列車が発着する東海道新幹線である。こういう具合に列車が並ぶ場面も多く見掛ける…

↓最近の東海道新幹線の主力になっている車輌であるN700系のシリーズも、先頭車の形状が少し特徴的だ…
26-12-2020 the way from Nagoya to Tokyo.. (23)

時には、こういう具合に新幹線の列車で移動するのも愉しい感じだ…
posted by Charlie at 05:41Comment(0)東京都

<ROPPONGI ROPPONGI>…(2020.12.26)

↓交差点の辺りに見えている高速道路に「ROPPONGI」の文字が入っていて、暗くなると電飾が点くようになっている…「ROPPONGI」というだけにしては「少し文字数が多目で長い?」と思ったが、<ROPPONGI ROPPONGI>と2回繰り返している…
26-12-2020 Tokyo... vol02 (18)
↑「イマドキ…」な感じのタクシーが信号停車する「最近の様子」には違いないのだが…この六本木交差点の辺りの眺めが、何か「懐かしい…」というような気がしてしまう…

「六本木」という地名に関しては…「辺りに6本の松の木が立っていて目印になっていた」という説、「辺りに上杉家、朽木家、高木家、青木家、片桐家、一柳家と樹木に因む姓の大名屋敷が6つ在った=6本の木」という説が有力らしいが…何れにしても六本木辺りの事始めとなると、江戸時代の前半である17世紀、然程賑やかでもなかった辺りに寺が開かれ、門前町が形成されたことを契機に街が形成されて行ったということらしい…

今般、この六本木の辺りを「何年振りか??」という程度に久々に歩き廻った…そして意外に愉しかった…
posted by Charlie at 05:26Comment(0)東京都

神田明神…(2020.12.26)

↓御茶ノ水駅に至って辺りへ出てみると、神田明神が近くに在るということは、案内標識を視れば直ぐに判る…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (180)

だからと言って、漫然と矢印の側へ進んで、その神田明神に直ぐに辿り着くということでもない…存外に辺りをグルグルと歩き廻る羽目に陥った…「思い付きで動き回る」というのは、往々にしてそういうモノであるような気がする…

↓結局、御茶ノ水駅に至る前から動き回っていて乾いた喉を潤そうと水を求めたコンビニで、店番を担当していた方が「地元のおっちゃん」という風な方だったので「この近くですよね?」と話し掛け、一寸助言を頂いて神田明神に辿り着いたのだった…何か酷く嬉しかった…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (181)

↓境内へ進む辺りに神輿がケースに入った状態で展示されていた…神田明神の祭は名が通っているらしい…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (182)

↓灯りに浮かび上がる門の風情が好く、暫し見入ってしまった…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (185)

神社を訪ね、参拝して御朱印でも頂こうということであれば、日中によるべきだ…が、神田明神は「灯りに浮かび上がる風情が好い」と一寸聞いていたので、敢えて宿へ向かう前、陽が落ちた頃に立寄ってみたのだった…

神田明神は730年頃に創建された社を起こりとしているそうだ。江戸幕府が開かれた後には「江戸総鎮守」として幅広い層の信仰を集めた神社となって行った…

江戸時代後期の社殿が明治以降も受継がれていたというが、関東大震災でそれらが損なわれ、1934(昭和9)年に現在の鉄筋コンクリートの社殿が再建された。神田明神の周辺は戦禍で古い建物が随分と損なわれた経過が在るが、神田明神の社殿は何とか残ったのだという…

↓「初詣の支度が整った時期に入った年末」という感だったが…夜になっても参拝者が余り途切れないとうな感であった…
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↓何か独特な風情が感じられる場所だった…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (193)

自身には、東京都内に住んでいた経過は在るが、この場所に立寄ったのは初めてであったと思う。他方、「最初で最後」ということにはならないと思いながらこの場を眺めた。好い風情で、一寸気に入ってしまった…
posted by Charlie at 07:59Comment(0)東京都

<8901>:東池袋四丁目停留所:都電…(2020.12.26)

「東京で少しばかり時間が…」ということになれば、「一寸だけ寄ってみたい…」という辺りが頭の中に在った…少し「複雑な感じ?」で見詰めざるを得ない側面も否定し悪い懐かしいエリアを動き回った後に「そうだ!!」と思い出して都電に乗車してみた…

未だ真新しい感じもする車輛―2015年に登場したらしい…―に乗込み、見覚えが在るような、大きく変わって初めての場所と大差が無いような、色々と感じるモノが多い車窓を眺めながら、暫し「極短い都電の旅」を愉しみ、東池袋四丁目停留所で下車した…

↓「ここまで運んでくれてありがとう!」という気分で、何となく乗って来た<8901>を振り返った…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (86)

↓幅が広い道路を横断するような感じで軌道が敷設されているので、電車も「信号待ち」が生じる。いきなり停まった電車を何となく眺めた…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (88)

↓やがて<8901>は軌道を進み始めた…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (89)

こういう様子を眺めると、「思い付きで都電に乗って、沿線をフラフラとする一日というのも好さそうだ…」というようなことを考えないでもない…そういう想いを駆り立てるように、通り過ぎて行った電車の脇に「沿線御案内」という看板が出ていた…

都電が通っている辺り…何か「東京の今」が“過去”と“未来”の間でフラフラと揺れているような、微妙な場所をゆったりと電車が通り抜けているというような、何となく不思議な気分になる場所だと思った…
posted by Charlie at 08:44Comment(0)東京都

<8901>:早稲田停留所:都電…(2020.12.26)

聞けば、東京では現在の地下鉄路線やバス路線の多くが嘗ては“都電”の路線であったのだという。都内に網の目のように併用軌道や専用軌道が張巡らされて、電車が行き交っていたということになる。

その“都電”は、現在では<東京さくらトラム>という愛称を冠せられた荒川線が残るのみである。その起点・終着になっている早稲田停留所の辺りに至り、「一寸乗車してみよう…」と思い付いた…

↓停留所に着けば、折良く電車が待機中であったので近付いた…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (85)

<8901>…2015(平成27)年に登場したという8900形の1輛だ。最初に登場した<8901>を含む2輛がオレンジ、次の2輛がブルー、次の2輛がローズピンク、次の2輛がイエローと各々に鮮やかな塗色が施されているのだそうだ。

都電は専用軌道の箇所が多く、「路面」になる併用軌道は割合が低いように見受けられる。乗降を行う場所は大半が専用軌道箇所辺りなので、乗降のためにホームのようなモノを確り設けられるので、近年方々で見受けられる工夫を凝らした“低床型”ということではなくても、特段に段差が無い状態で乗降は誰でも楽に出来るような感じになっている…

画は後尾側だが、乗車時には前の乗務員(運転士)が居る側から入り、その時点で運賃を支払う。“均一運賃”なので、それが合理的である訳だ。

未だ真新しい感じもする車輛に乗込み、見覚えが在るような、大きく変わって初めての場所と大差が無いような、色々と感じるモノが多い車窓を眺めながら、暫し「極短い都電の旅」を愉しんだ…
posted by Charlie at 07:17Comment(0)東京都

ゑびす像…:恵比寿駅(2020.12.26)

山手線の列車で池袋駅から恵比寿駅へ移動し、地下鉄日比谷線の列車に乗換えようとした…

「恵比寿駅の辺りというのも、馴染んだような、馴染んでいないようなという感だ…」と思いながら、駅構内の案内表示を視ながら地下鉄の出入口の側へ歩を進めた…

↓「あっ!?ビールのラベル?」と注目してしまった…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (149)

↓<ゑびす像>というモノらしい…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (148)

聞けば「西口の<ゑびす像>辺り」というのは、恵比寿駅辺りでは人気の待合せ場所でもあるらしい…

この恵比寿駅の辺りには1887(明治20)年に<日本麦酒醸造会社>の工場が登場したという。そこで2年後に製品が出来上がり、<惠比壽麦酒>または<ゑびすビール>と呼ばれたのだという。それが現在の<サッポロビール>のブランドである<ヱビスビール>となっている訳だ…

このビールを積み出す駅が設けられたのが恵比寿駅の起こりで、製品に因んで恵比寿駅と呼ばれた。やがて昭和に入って、辺りの町名に「恵比寿」が登場し、戦後の区画整理や住居表示にも受継がれたのだという…

辺りで製造していたモノに因む地名…少し意外な感じがしたが、「あっ!?ビールのラベル?」と直ぐ判る像というのが、何か酷く面白かった…
posted by Charlie at 21:29Comment(0)東京都

東京タワーが視える…:六本木(2020.12.26)

地下鉄駅の出入口が在る交差点の側へ歩を進め、何となく振り返り、思わず足を停める…

↓そういう場面で眼に出来る、こういう光景…何やら酷く愛おしい感じがする…何か「懐かしい」という感を抱いた…
26-12-2020 Tokyo... vol02 (15)
↑「クリスマスの残滓」とでも言うのか、12月25日のクリスマスを1日過ぎて、それでも「何となくクリスマス風…」な灯りも散見するような様子だった…

時には、こんな景色を愛でるのも悪くないのかもしれない…
posted by Charlie at 18:47Comment(0)東京都

E235系電車:山手線:池袋駅&恵比寿駅(2020.12.26)

↓既に数年を経ているらしいが、この新しい山手線の車輛を池袋駅で初めて視た…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (128)
↑池袋駅の山手線ホームでは「新宿・渋谷・品川方面」と“し”で始まる駅名が並んだ語呂が非常に好い案内が為されていると思うのだが…車輛の先頭にも「新宿・渋谷」と進む方向が判り易く掲出されるようになっている…

↓11輛の先頭、運転台の直ぐ後ろに乗車した…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (134)

↓車輛の幅に目立つ程に大きな差は無いような気もするのだが、このE235系電車の正面は窓の幅が目一杯に横に拡がって、広い視野が確保できるような様子に視えた…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (138)

↓池袋で行先表示に在った新宿・渋谷を通り越して恵比寿に着いて下車した。
26-12-2020 Tokyo... vol01 (147)
↑こうして眺めると、正面が「タブレット端末」か何かのようだ…行先表示は「品川・東京」と切り替わっている…

E235系電車は山手線に初めて導入されたということだが、今後は他の路線で従前車輛と入れ替える場合に採用するということになっているようだ…

それにしても…このE235系電車を初めて視て、初めて乗車したが…東京は御無沙汰だった…
posted by Charlie at 11:32Comment(0)東京都

「ウエストゲートパーク」…:池袋西口公園(2020.12.26)

「池袋駅の辺り」と言えば、記憶に残るのは東口側ばかりであったような気がする…

↓西口の側へ歩を進めた…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (107)

↓「ここだ…」と立ち尽くして景色を眺めてしまった…「ウエストゲートパーク」…池袋西口公園である…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (111)

『池袋ウエストゲートパーク』という長く続く小説のシリーズの傑作選に出くわし、なかなかに愉しいので文庫化されている作品をドンドン読んでしまったということが在った。そんな中、「東京を通り掛かって時間が在れば…」と「ウエストゲートパーク」に佇んでみたかったのだ…

文庫化されている小説作品では、現在の様子に公園が改修される工事をやっているという言及が出て来たと思うが、未だ様子が少し違う時期に作中の物語の一部がこの主人公達が「ウエストゲートパーク」と呼び習わす池袋西口公園で展開している…

↓公園に佇めば、大小幾つかのホールを擁するらしい<東京芸術劇場>の大きな建物が見える…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (113)
↑こういう施設を擁していることから、音楽や舞台芸術も含めた「アートの街」というようなことを豊島区が標榜しているようで、池袋西口公園も「屋外での催事の場」として使い易いように改修したようだ…

↓公園の広場の上に、屋根というのでもないが、大きな環が冠せられ、奥にステージ、脇にカフェなどが入る建物が設えられている…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (112)

↓「そうか…こういう場所の物語の小説だった訳だ…」と妙に納得した…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (109)

こういうような「読んだ小説の舞台」とされる地域に一寸寄るようなことが、存外に愉しいと思う…
posted by Charlie at 11:01Comment(0)東京都

SMOKING AREA…:池袋駅東口(2020.12.26)

「東池袋」という住所が表示されている辺りを歩き廻り、池袋駅に近付いた…

↓池袋駅の大きな建物に入るような辺りで振り返った…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (102)
↑「!?」と思った…

↓何となく横断歩道を渡った…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (103)
↑「豊島区」の英訳に「Toshima City」という表現が用いられていることに気付いて、何となく感心した…東京の特別区は“市”のようなものだ…

↓温かいとは言い悪い感ではあったかもしれないが、冬の陽射しが心地好いような気がした一時だった…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (104)

↓再度、横断歩道を渡って辺りを伺ってみた…随分以前に「池袋へ…」というように出てみた場面で動いていたような場所だと思ったが…記憶の中に在る雰囲気と、視えている様子とが結び付き悪い感だった…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (106)

交通は利便性が向上して「近く」なったと言える東京なのだが、気持ちの中では日々「遠く」なっているような気がしながら東京を少し歩いていた…
posted by Charlie at 10:42Comment(0)東京都

伊能忠敬銅像…:富岡八幡宮(2020.12.26)

東京メトロ東西線の門前仲町駅の近くに富岡八幡宮が在る。

↓その富岡八幡宮の境内にこういう銅像が立っている…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (19)
↑御本人や関係者が日本全国を歩き廻って測量を実施して立派な地図を作ったという19世紀の故事が在る訳だが…これはその最初の仕事となった、江戸から北上して蝦夷地を目指す旅へ踏み出した伊能忠敬をイメージした像だという…

「歩いて立派な地図」という事績に興味を覚え、伊能忠敬が長く暮らした佐原を訪ねてみた経過も在った。佐原では「郷土の偉人」と顕彰されている様子も見掛けた。

伊能忠敬は佐原では有力な商家の主人であり、現代風に言うなら“町長”のような役目も担って活躍していた。50歳代に差し掛かろうというような頃に一線を退き、学問に勤しんで測量の活動を展開するようになり、その活動が「歩いて立派な地図」という事績に繋がって行く…

この測量の活動に携わるようになった頃、伊能忠敬は江戸に在り、富岡八幡宮の近くに居を構えていたという。1800(寛政12)年閏4月(現在の暦で6月に相当するという…)に蝦夷地を目指す初めての旅に出る朝、伊能忠敬は富岡八幡宮に参拝し、それから出発したのだと伝えられているという…

富岡八幡宮は、19世紀頃には江戸の人達の信心を集める立派な社として大きな存在感を既に有していて、近隣に住んでいた伊能忠敬にとっても「馴染みの深い場所」であったに違いない…「蝦夷地の測量」を名目に出発するとした当初、「では船を仕立てて蝦夷地へ…」ということになったものを、「蝦夷地への道程を測量することも必要である!」として陸路で北を目指す旅ということにしたのだという。伊能忠敬は長い、何が待っているのか判らない道程に想いを巡らせながら、馴染んだ境内の光景が見える住まいの辺りにきっと戻って来ようと考えながら参拝をし、旅の無事や仕事の成功を祈ったのだと想像する…

↓さり気ない像だが、大きな事績に向けて、文字どおりにこの辺りから歩を踏み出したという人物のことを伝えてくれる像だ…
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↓何か酷く好いと想いながら、この像に見入っていた…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (17)

年末に出会った「歩を踏み出した男」の像を、年頭に当たって改めて想い起したい…そんな気分である…
posted by Charlie at 01:00Comment(0)東京都

<総長大隈老侯像>…(2020.12.26)

東京に1泊で、少しばかり時間を設けて随意に歩き廻ったのというのは、何となく久し振りなことだ。随分と以前に住んでいた辺り…今般は一寸立ち寄ってみた…

↓周辺の建物の様子は何時の間にか随分と変わったように思ったが、佇む銅像は「相変わらず…」という感だ。
26-12-2020 Tokyo... vol01 (80)

↓この銅像…眺めるのも随分と久し振りだと思う。
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↓銅像の脇の建物が「こんなに背が高かっただろうか?」と一寸考えてしまった…
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↑銅像の顔を見ると、「随分以前のテレビ時代劇で『水戸黄門』に出ていた御老公役の俳優に似ている…」と思うことが在る。晩年の大隈重信は、所謂“元老”ということにこそならなかったが、首相を含む要職を経験した大物ということで、“水戸黄門”か何かのような「御意見番」的な存在感が在ったようだ…

↓これはこの大隈重信の像が据えられた場所のイメージとしてよく知られているような様子であろうか…大隈重信は、自らが創立に携わった大学を随分と愛していたと伝えられる…
26-12-2020 Tokyo... vol02 (8)
↑こういう様子は「何時までもこういう感じで…」と一寸思ってしまう…

時にはこういうような辺りにふらりと寄るのも悪くないかもしれない…
posted by Charlie at 07:06Comment(0)東京都

夜が明ける前から…:東京駅(2020.12.27)

12月下旬の“歳末”というような時季、「6時台の列車に乗る」となれば、「夜の残滓」が色濃いような中で動き回ることになる…

振り返ると、2017年11月にも、早朝の新幹線の列車で北上し、北海道内の特急列車に乗換えて札幌に到るということをやっていた。あの時は、東京で時間を過ごす意図は無かったものの、ユジノサハリンスクでの“アクシデント”を抱えたままに、ウラジオストクを経て成田空港に至り、浅草橋駅近くに求めた宿で夜を明かした。そこで午前5時台には既に列車で東京駅を目掛けて移動していた…

今般は「東京駅へ徒歩圏内」という場所、古めかしい表現かもしれないが“駅前旅館”というような存在感の宿で過ごしたので、気持ちには些かゆとりが在った…

↓新幹線の列車が発着している八重洲口とは逆側、丸の内口側へ一寸歩いた…
27-12-2020 (1st) departure from Tokyo (4)

↓戸外へ出てみれば「終夜点いている…」ということになっているらしい箇所だけが明るい感じだ…
27-12-2020 (1st) departure from Tokyo (5)

↓こういう様子を眺め、「何処かの国の王宮か何かのような…」と思っていた…
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↓何度も視ている東京駅だが、なかなかに貫禄が在る感だ…
27-12-2020 (1st) departure from Tokyo (7)

↓列車に乗る関係上、何時までも駅舎を眺めている訳にも行かないので、一寸だけで駅に入って改札口を目指した…
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時には、こういう様子をもっとゆったりと眺められるような、そういうような予定を組むのも歩くないかもしれないと思いながら、足早に改札口を目指したのだった…
posted by Charlie at 19:07Comment(0)東京都

フィッシュ&チップス…:<HRC Tokyo>(2020.12.26)

「東京…」とでも聞けば、個人的に想い起す色々なモノが在るのだが…

↓これはそういう「東京とでも聞けば想い起す」の一つのような気がする…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (165)

今般、「札幌を経て稚内へ引揚げる」という以外には事前に決まっていることも無いというようなことをしてしまっていたが、「東京を通り掛かることが在れば?」と何箇所か「立寄ると好い場所」というのは念頭に、或いは頭の奥に在った…

↓この「ギターの大看板」もその一つで何となく視たかった…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (164)

<HRC Tokyo>…開店したのは1983(昭和58)年のことであるという。存外に老舗である…

↓早朝に名古屋・東京間を移動し、都内で昼食も摂ったが、些か日も傾いた中で「多少何かを…」と思い付いて立寄り、とりあえず<ジム・ビーム>のソーダ割を…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (167)
↑店内の様子を眺め、記憶を辿り、「改装の経過も在るようだな…」等と思っていたが、ウイスキーのソーダ割は好い感じだ…

↓「シーザーサラダ」のスモールサイズを一寸摘み…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (168)

↓「フィッシュ&チップス」を頂いた…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (169)
↑「スタンダードな感じ」というのが好い。タルタルソースを点けて頂くのである…

↓何やら満足して出て来ると、更に日が傾いていた…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (173)

↓小さな別棟で<HRC>のグッズが売られているが、ここに立寄るのも愉しい…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (174)

日本国内の<HRC>…一時は店舗が増えたが、それがまた減っている様子である。自身としては「気に入っている場所」なので続いて欲しい…

佃島と中央大橋とを望む…(2020.12.26)

永代橋を眺めた際に、橋の背後にタワーマンション群が視えたことに興味を覚え、もう少しそれらが「視易い?」と思えた側へ歩を進めてみた…

↓何か「“未来都市”?」というようなことを連想してしまう光景だった…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (45)
↑緩やかに流れる隅田川の穏やかな水面に、巨大な建築群が揺れている。そして大きな橋が視える。橋は中央大橋だ…

中央大橋は1994(平成6)年に登場したそうだ。恐らく佃島にタワーマンションが登場して行ったような時期であろう…

↓水門が設けられていて、遊歩道が途切れる辺りまで歩いた…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (54)
↑東京ではこの種の案内板が設置されている箇所が意外に多く在り、なかなかに好い。(そういうモノが「無いか?」とキョロキョロすれば「見当たらない…」という場合も在るが…)

↓期せずして、なかなかに面白い景色を眺められたと思う…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (53)

posted by Charlie at 04:02Comment(0)東京都

永代橋(えいたいばし)…(2020.12.26)

思い立って門前仲町駅辺りへ…時々見掛ける、掲出されている周辺案内地図を眺めながら、辺りを歩いた…天候に恵まれ、歩き廻るには好適な日であった…

↓隅田川に架かる永代橋の辺りに至った…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (37)
↑これは「江東区佐賀」という住所の側、東岸である。隅田川に沿って設けられた遊歩道に下りて眺めてみた…

永代橋は橋長が184.7mで幅は25mであるという。

1698(元禄11)年、徳川綱吉が将軍であった時代に初めて架橋されたが、20年程を経て幕府が財政難を理由に維持補修を止めてしまった。しかし住民の嘆願で橋はそのまま在った。その橋は1807(文化4)年に祭に集まった人達が大勢殺到したことが契機になって“落橋事故”ということになってしまい、転落、死傷者、行方不明者が1400人以上にもなったと伝えられているという。そしてその後、橋は再建された。

明治時代には鉄橋化された。1897(明治30)年のことである。頑丈であったことから、1904(明治37)年には路面電車も橋を通った。そういう頑丈な鉄橋であった他方、橋底の基部や橋板に木材を使用していたことから、1923(大正12)年の<関東大震災>で拡がった大火災の中で橋が炎上してしまった。

そういう経過を辿った永代橋は、<関東大震災>の後の復興という流れの中、1926(大正15)年に現在の姿で登場している。

↓少し離れて視ると、背後に佃島のタワーマンション群が視えている…
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↓非常に好い感じだ!
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↓遊歩道を歩いて、橋の下を通り抜けた…
26-12-2020 Tokyo... vol01 (42)

思い付いての散策で、こういう歴史在る橋梁を眺めるというのは愉しい。
posted by Charlie at 03:41Comment(0)東京都

雪交じり…:東京駅(2020.03.29)

東京駅に在って「車輌に雪が付着した」という状態の列車が到着することは、然程頻繁に見受けられることでもないであろう…

千葉駅で乗車した列車東京駅の地下ホームで下りた後、「とりあえず…」と外に出てみた…

↓こういう様子が見受けられた…
29-03-2020 Tokyo Station (3)
↑東京駅の壮麗な駅舎の前は冷たく濡れていて、雪が舞っているのが画でも判る…やや大粒で湿った感じの淡い雪だった…

「とりあえず西…」と進んでいたが、「雪のため…」という「列車運行の乱れ」が生じてしまうのも不都合と考え、思い切って新幹線の列車に乗車してしまったのだった…

少し珍しい状況に出くわしたのは興味深いが…「次」が在るなら、もう少しだけはゆっくりしたい感だ…
posted by Charlie at 18:27Comment(0)東京都

<KITTE>…(2020.03.29)

東京駅に至り着き、とりあえず屋外に出てみた。

あの煉瓦造の駅舎の直ぐ脇、<KITTE>からの眺望が好いと承知していたので「一寸だけ眺望を…」と思ったのだった…

そうは思ったが…眺望を愉しむことは叶わなかった…

↓施設1階は「通路」として通り抜けることは出来たが…「臨時休業」となっていて、上階に上がることは出来なかった…
29-03-2020 Tokyo Station (5)

制服姿の警備員が佇む様子が散見し、通行人も殆ど居ない状況だった…こういう様子…記録しておこうと思った…
posted by Charlie at 06:00Comment(0)東京都