丸型ポスト…:高野山(2020.12.20)

金剛峰寺の本坊の辺りを歩き廻っていた…

ケーブルカーに乗車して、「多少の雪が在る場所」に入り込んでいるので、「少し高い山上」に在ることは自覚出来る。他方、辺りが山に囲まれた盆地の地形であるため「山上から麓を望む…」というようなことにもならず、「少し高い山上」という状況が「判り悪い?」という感も否定出来ない…

↓そんなことを思いながら眼に留めたモノだ…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (27)
↑「長く使い込んだ」という程にも見えないが、「真新しい…」のでもない、何か微妙な感じの丸型ポストだ…

金剛峰寺の本坊の辺りに静かに佇んでいたポストだが、古風な外観の寺院建築も多い場所で、こういう少し古風な郵便ポストが酷く似合うと思った…

各地で見掛ける丸型ポストだが、気付くと思わず写真に収めてしまう…

岩出図書館停留所…:<和歌山バス那賀>(2020.12.19)

「バス停から歩いて10分か15分か…」というような範囲の場所を訪ねる。どうということもない…と言うよりも、自身の頭の中では「他地域の興味深そうな場所を訪ねてみる」ということは「列車や路線バスを利用し、最寄駅や最寄停留所から少々歩く」ということに他ならないのだ。

根来寺は、真言宗の教学の経過では「新義真言宗」と呼ばれる流れを起こした寺だが、或る種の「“大名”の興亡」というような経過も辿った。戦国時代辺りの根来寺は紀州北部で大変に大きな力を持ち、鉄砲隊まで在る侮り難い僧兵を軸とした軍勢まで擁するようになっていたが、やがて豊臣政権との戦いに敗れてしまった。そして荒廃したことから、教学に関する活動を再開して続けようとした人達が京都に智積院を起こすというようなことも在ったのだが、根来寺は活動を継続して現在に至っていて、豊臣政権との抗争に際しての戦禍を免れた貴重な建物等も伝わっているのだ。

そんな興味深い場所へ、列車とバスで訪れるのは非常に好いのだが…

↓この「根来寺へ歩いて10分か15分か…」という停留所と、大阪と和歌山とを結ぶJRの駅との間を往来するのが少々手間取る…バスの運行本数が少ないのだ…
19-12-2020 Negoro, Wakayama pref. vol01 (25)

根来寺を訪ねた後、街の図書館の前に設けられたバス停でやや長く待つことになった…

↓やや運行本数が少ないバス路線…タイミングが少しズレると、待ち時間がやや延びてしまうことは免れ悪い…
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↓バスがやって来た…
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↓車長が短い、何やら「マイクロバス?」というような趣のバスだ…
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運行会社は<和歌山バス那賀>という会社だ。「和歌山バス」の後に「那賀(なが)」が付されている…南海電鉄の資本で、和歌山バスの子会社ということになるのだそうだ…1991(平成3)年に和歌山バスの地域分割子会社として那賀営業所及びその管轄路線を分割化して発足したのだという。

この<和歌山バス那賀>の路線だが、ICカード乗車券が2020年4月から利用可能となったそうだ。実際、方々で利用しているICOCAで乗車した。均一料金ではない路線バスなので「乗車時にICカード乗車券を機器にタッチし、下車時にも機器にタッチする」という方式で利用する…

この「マイクロバス?」というような趣のバスに20分程度乗車でJRの和泉砂川駅に至った。バスは「そこそこの乗客…」という感だった。駅へ行けば、列車で出掛ける人達が家族等の自家用車で駅まで送ってもらっているという様子を随分と見掛けた。「地方の街」は何処でもそういう感じなのか?

「マイクロバス?」というような趣のバスが多少不思議だが、乗車した範囲では、JRの和泉砂川駅周辺で「狭く曲がり角の多い道路」が見受けられ、逆にこの種の車輌でもなければ走行が難しいかもしれないという感だった…

こういう「独特な各地の感じ」に触れるような移動も面白いかもしれない…

<高野山般若湯 原酒>…(2021.01.20)

<高野山般若湯>というモノを高野山を訪ねた折りに眼に留めてしまい、嬉々として入手したという経過が在った。

入手した<高野山般若湯>は高野山を下りた際に大事に抱えて、訪問の拠点にした大阪の宿を経て、次に滞在した京都の宿で愉しく頂いた。

そういうことではあったが…

↓実はこういうモノも在った…
20-01-2021 my sake from Koya-san.. (1)

京都に持参して宿で頂いた<高野山般若湯>の他、実は「もう1本…」を密かに求めていたのだった…

↓こういうような具合の徳利に入った、“原酒”というモノも在るのだ…
20-01-2021 my sake from Koya-san.. (4)

これに関しては大阪の宿、京都の宿、更に奈良の宿まで持参し、奈良から稚内までモノを箱詰めして送った際に中に容れたのだ。そしてこの<高野山般若湯 原酒>は拙宅へやって来たのだ…

↓紐と包を外して開栓し、紐はまた徳利に着ける…これで何時でも中身を頂くことが出来る…
20-01-2021 my sake from Koya-san.. (5)
↑古風な徳利に「高野山 般若湯」という文字…実に好いと眺め入ってしまった。

↓酒というのは容器を眺めるモノではない!呑むモノだ…ということで愛用のタンブラーに注いで試飲である。
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この「般若湯」は、「少し昔風な?」という芳醇な味わいを志向しているように思っていたが、そういう傾向の味だ。そして“原酒”なので、少しだけ度数が高いようではあるが、その度数は然程意識せずに頂くことが出来るような感である。

実は…最近は酒類を嗜む際には蒸留酒を主に頂くようにして、醸造酒は少な目にということもしているが、それでも好きなモノを完全に禁じるということではない。そこで大事にこの<高野山般若湯 原酒>を保管し、ゆっくりと頂こうとしていた。が、そういう考えとは少し別に、「思い出の高野山を懐かしむ材料になりそうな<高野山般若湯 原酒>が直ぐに空くのは寂しい…」と思って開栓することを躊躇していたという一面も在った。

それでも「我慢出来ない!!」と開けた…加えて、この<高野山般若湯 原酒>に関しては「入手する術」が見付かった!!酒造会社のウェブサイトで通信販売を手掛けていて、国内の何処でも送って頂けるのだ!

<高野山般若湯>を手掛ける初桜酒造は、高野山麓の町に在る。古くから酒造が行われていた地域で、初桜酒造自体は幕末期に起こった蔵を基礎としているようだ。酒造業の様々な変化の中、現在まで酒造を続けているのは、辺りでは初桜酒造だけになっているようだ。

標高900mに近いような山上の盆地ということになる高野山は、冬季には寒い訳で、身体を温める意味で“般若湯”を少しばかり嗜むことは認められていた経過が在り、山麓で醸造された酒が持込まれていた筈だ。そういう故事に因み、「やや昔風?」な芳醇な味の<高野山般若湯>の登場である。なかなかに好い。正直に言えば、以前から「芳醇…」という路線の清酒を寧ろ好んでいた感も在るので、“般若湯”が酷く気に入ったということも在る…

本当に「過ぎない…」という程度の“般若湯”を愉しみ、高野山を訪ねた時のことを思い出しながら、「何時かの再訪…」を期したいものである。

※ 記事に載せた写真は拙宅で撮ったのだが、モノは「高野山で買い求め、その後に拙宅へ送った…」という経過なので、記事を「和歌山県」のカテゴリに収めておきたい…

<こうや>:南海の特急列車…:極楽橋駅(2020.12.20)

↓ケーブルカーで極楽橋駅に着いてみると、余り視たことが無かった車輌が停車中だった…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (60)

橋本駅から、複雑に曲がりながら山を上り下りする軌道が敷設されていて、列車はそこを慎重に通り抜けて極楽橋駅との間を往来する。南海の高野線で橋本駅から向こうのなんば駅までの区間は、南海の沿線で見掛ける任意の車輌が行き交っている感だが、橋本駅・極楽橋駅間は走る車輌が限定されているらしい…

↓この31000系電車は4輌編成で、橋本駅・極楽橋駅間を含む区間を走る特急列車として運用されている…1999年に登場した車輌ということだ…橋本駅・極楽橋駅間を走る関係上、各車は他の車輌よりも短めな「17m」という規格が採用されているそうだ…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (61)
↑極楽橋駅を出発すると橋本駅まで停車は無く、以降は林間田園都市駅、河内長野駅、金剛駅、堺東駅、天下茶屋駅、新今宮駅、なんば駅の順で停まる。

↓滞在していた宿の辺り、ドーム前駅へ向かうにはなんば駅を経由する必要も在る。「真直ぐになんば駅というのが好いかもしれない…」と790円の特急指定席券を求めて乗車した…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (62)

↓感じが好いシートだと思った…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (63)

↓途中駅で停車は無いが、極楽橋駅・橋本駅の間はカーブ区間が多い軌道を、乗っていても「慎重な運転…」と何となく感じられるような具合で、4輌編成の列車を大きく曲げながらゆっくりと進む…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (67)

橋本駅以遠は、「快適な特急列車」そのもので、各列車を乗り継ぐ場合よりもずいぶん早くなんば駅に到着してしまう。この<こうや>も少し思い出に残る列車となった…

<高野山般若湯>…(2020.12.20)

高野山は、何か「小さな町に大きな寺が立地し、方々に関係施設が建っている」というのか、「寺の関係施設が沢山在る場所が“町”と称し始めた」というのか、少し不思議な雰囲気が在ると思った。

金剛峯寺の本坊壇上伽藍(大伽藍)を眺め、「なかなかに雰囲気が好かった…」と思いながら、その「街の中に寺」とも「寺が街と称している」ともつかないような辺りを歩いた。色々なモノが売られている商店も見受けられるので、そういう様子を眺めていた…

↓こういう幟を眼に留めた…そして足も停めた…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (50)

“般若湯”とは?仏教の寺で“酒”を指し示す隠語で、“般若湯”という語は「智恵の湧き出る湯」という程の意味であるそうだ…

高野山の金剛峯寺は、冬季にはなかなかに寒くなるような、標高900m近い山上に設けられている。そういう土地柄、弘法大師こと空海が「寒冷を凌ぐため温酒一杯これを許す」と僧達に告げたという言い伝えが在って、“般若湯”と称して「飽くまでも冷えた身体を少し温める」として酒が嗜まれた経過が在るのだそうだ…

そして眼に留めた<高野山般若湯>という幟であるが、これは和歌山県内の酒造会社の酒銘である。

↓こういう具合に箱に入って、幟を掲げた店で販売されていたので…求めてしまった…
21-12-2020 souvenir (Sake named after Koya-san from Wakayama pref (1)

↓訪ねてみて好い感じであった高野山のことを想いながら道中の宿で頂こうと、300ml入りの小さなボトルの<高野山般若湯>を求めた訳だ…
21-12-2020 souvenir (Sake named after Koya-san from Wakayama pref (6)

↓なかなかに好い感じの純米吟醸だった。やや甘いような気もした酒だった…
21-12-2020 souvenir (Sake named after Koya-san from Wakayama pref (5)

高野山で求めた<高野山般若湯>…大阪の宿へ持ち帰り、翌日に宝塚を経て京都へ至り、京都の宿で頂いてみたのだった…

「智恵の湧き出る湯」という意味の“般若湯”という寺の隠語がそのまま銘になっている酒…非常に思い出に残るモノとなった。

※ 幟は高野山で、酒瓶は京都の宿で各々撮っている。これは「高野山で求めた思い出の品」の件なので、記事は「和歌山県」のカテゴリに分類する。

雪の“境界”…:「高野山ケーブル」こと「南海鋼索線」(2020.12.20)

「高野山を訪ねる」となれば、南海の列車で和歌山県の橋本駅を経て極楽橋駅に至り、そこから先はケーブルカーで高野山駅で、以降はバスを利用することになる。

その経路で金剛峰寺の本坊壇上伽藍(大伽藍)を訪ねてみた。

そして引揚げるに際して、同じ経路を逆に辿った…

↓このケーブルカーで、高野山駅から極楽橋駅へ下りる…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (58)

ケーブルカーが走る区間の延長は800m程度で、高野山駅(標高867m)と極楽橋駅(539m)との高低差は328mで、29度にもなる急斜面を往来している。

↓ケーブルカーは雪が残る軌道を慎重に下り始めた…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol02 (2)

↓少し緩やかなカーブを描くように軌道が敷設されていた…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol02 (7)

往路は、「事故による列車運行の乱れ」から運行再開されたばかりで、乗客が些か集中し、ケーブルカーの車窓を眺め易い状態とは言い難かった。が、復路は悠然と眺めるゆとりが在った訳だ…

↓上るケーブルカーと行違うようになっている辺りで、積雪が少なくなっていた…往路でも「下りて来るケーブルカーと行違った?」という辺りで「辺りが?白く?」と少し驚いたのだが、この行違いの辺りが積雪の“境界”となっていたようだ…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol02 (9)

↓正面が見える辺りに陣取って、こういう様子を眺めるのは存外に愉しい…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol02 (11)

↓いよいよ2輌のケーブルカーが行違う…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol02 (12)
↑見えている上っている車輌は<N11>のナンバーが見える。乗っている下っている車輌は<N12>だ。これらの車輌は2019年3月に登場したばかりの新しいモノということだ…

↓行違いを行う場所の先で、ハッキリと積雪が消えている…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol02 (14)

↓積雪が無い区間に入って行く…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol02 (16)

↓下側、極楽橋駅の出入口が見えて来た…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol02 (21)

↓こういう眺めが少し面白い…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol02 (24)

↓間もなく到着である…5分間程度の運行時間だ…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol02 (26)

このケーブルカーは高野山の上に広がる「一寸した町」の様相を呈している辺りと、山の半ばのような辺りとを往来している。上側は900mに近いような、やや高い標高で、積雪というような様子が下側とは少し違うようだ。そういう異なる様子の“境界”を越えながら動くのが少し面白かった…

金剛峯寺 壇上伽藍(大伽藍)…(2020.12.20)

高野山は山そのものが「金剛峯寺の境内」というように考えられている場所であるそうだ。そういう中で寺務所等が入っている「本坊」と呼ばれる場所を「金剛峯寺」と呼び習わしていたように見受けられた…

↓その本坊の少し先にこういう場所が在る…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (28)
↑「大伽藍」と記されている…

現場では上の画で看板が掲出されているように「大伽藍」と呼び習わされていたように見受けられたが、これが金剛峯寺の本坊の辺りから「壇上伽藍」への通路だ。

壇上伽藍は弘法大師こと空海の指導で建設が始まり、次の代の代表者の時代まで、816年頃から887年頃までの長い年月で整備が進められたようだ。勿論、新たな建物がその後に登場した例や、火災等で損なわれた建物が再建された事例は多々在ると見受けられるが…壇上伽藍は、弘法大師こと空海が高野山に道場を開くことにした当初から、自ら構想し、真言密教の思想に基づいて塔や堂を建立して行くことにした場所であるそうだ…

↓前夜から早朝に些かの雪が降り積もったと見受けられる状況で、何か溜息が漏れるような「雰囲気…」が在った…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (29)

↓永い歴史を誇る寺院の伽藍には、独特な空気感が漂うように思うのだが、「山が丸ごと寺…」ということになっているこの場所のそれは格別であるように思った…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (31)

↓非常に大きな多宝塔である根本大塔(こんぽんだいとう)は、金剛峯寺のシンボルのようになっているとされるモノだ…
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↓この根本大塔を見上げて見入ってしまった…
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↓大勢が集まる催事の場になっているという金堂も重厚だった…
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↓これは三昧堂(ざんまいどう)と呼ばれる小さな建物だが、こういう小さなモノで、19世紀の再建と伝えられるモノであっても、何か非常に独特な空気感を放っていた…
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今般、「真言宗十八本山」の18ヶ寺巡りを成就しようと、些かの慌ただしさを顧みずにこの高野山へ上った…訪問をゆっくりと振り返る中で「必ず再訪しなければ…」というような想いが込み上がることを感じずには居られない…

些か慌ただしい内容に「少しばかりの悔い」が残ろうとも、訪問を実現出来ない場合には「更に大きな悔恨」を残す羽目に陥る…そういう意味では「とにかく!」と訪ねてみたことを善としておきたい。が、高野山は「何れ再訪…」と頭の隅に強く留めておきたい…

<高野山トートバッグ>…(2020.12.20)

↓梵字が書き込まれている…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' -souvenir (3)
↑左から「勝負運がよくなる梵字」、「毎日元気で力強く生きるための梵字」、「災いを除ける梵字」という意味であるそうだ…

↓こういう具合に売られていたのを購入したのだった…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' -souvenir (1)

↓これが、高野山の土産のトートバッグなのだ…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' -souvenir (4)

最近は、買物の際に求めたモノを容れるバッグのようなモノを持ち歩く方が都合が好い感じになっている。高野山でこのバッグを求めた後、各地でこれを早速使っている。記事を綴っている時点で札幌に在るが、札幌でも使っている…

出先で一寸気に入ったトートバッグを見付けると、思わず入手してしまう。こういうモノは何個在っても邪魔にはなり悪いと思うからだ…

バッグに在る梵字に込められた「勝負運がよくなる」、「毎日元気で力強く生きる」、「災いを除ける」というような効果が如何程在るのかは判らない。が、高野山を訪ねてみた時のことを思い出しながら、愉しく使える実用品で、既に存外に役立っていることは間違いない…

※ 写真そのものは大阪の宿で撮っているが、高野山で入手したグッズなので記事は「和歌山県」のカテゴリに収めたい。

大塔…:根来寺(2020.12.19)

「公共交通機関で移動し、歩き廻る」という方式では、些か訪ね悪い場所は多く在ると思うが…そういう場所は、敢えて行かない場合も少なくない。しかし「それでも!」と訪ねてみる場合も在る…

↓根来寺(ねごろじ)を訪ねてみた…
19-12-2020 Negoro, Wakayama pref. vol01 (12)

史実を一定以上尊重している場合も、その限りでない場合も在る“時代モノ”の映像作品や小説等に、「根来」という地名が出て来る…そこで興味が在ったのだが…

大阪府泉南市というような、大阪府と和歌山県の県境を擁するような辺りから、運行頻度が高くない小さな車輛によるバスに乗って、山間に開いたような、トンネル区間も眼に留まる道を行くと「根来」に辿り着く。辺りは和歌山県岩出市だ。2006年に市制が施行されたそうだ。和歌山県の北側、「紀北」と呼ばれている地域で、自家用車や大阪府南部の鉄道駅を利用して大阪との間を往来する人達が多く見受けられるという。所謂“ベッドタウン”なのだそうだ…

この岩出市の根来に興教大師(こうぎょうたいし)と呼ばれる覚鑁(かくばん)が開いたとされる根来寺が在る。

覚鑁(かくばん)は高野山で活動し、大伝法院や密厳院(みつごんいん)という道場を起こし、宗祖・空海の教義を復興しようと努めていたが、内部対立が激しくなってしまったことを受けて1140(保延6)年に高野山を離れ、根来寺の母体が形成されて行くのである。そして高野山に残っていた大伝法院の名跡が、根来寺形成から1世紀以上を経た1288(正応元)年に根来に移り、根来寺の独立性、独自性が高まって行ったという。

戦国時代に至ると、根来寺は夥しい僧房が在る「宗教都市」の様相を呈し、多数の僧兵や鉄砲隊を擁する勢力となっていた。そして豊臣秀吉の雑賀攻め(紀州攻略)の戦いで荒廃してしまった…(この時に根来を離れざるを得ないとした人達が京都で智積院を起こして行くこととなる…)

↓戦国時代の戦禍を免れた極一部の建造物が、現在でも大切に伝えられている…
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↓1496(明応5)年の建物と伝わる、この種の「多宝塔」としては大きな規模のものであるという…
19-12-2020 Negoro, Wakayama pref. vol02 (2)

現地を訪ねれば…「山間の数万人の人口規模の小さな市」という以上でも以下でもない感は免れ悪いかもしれないが、如何にも「密教の道場が築かれて発展した経過」を有するという感がする場所だった…

この根来寺は「訪ね易い」とは言い悪い感ではあったが、訪ねてみて善かったとも思った。こういう機会が設けられたことを歓びとしたい…

金剛峯寺 本坊…(2020.12.20)

「ループ」のような構造が採り入れられているような軌道を進む列車は標高535mの極楽橋駅に至り、そこでケーブルカーに乗換えて急峻な山を標高867mまで上がると高野山駅だ。ケーブルカーが上る途中、辺りが雪に覆われている様子になった…

↓そして高野山駅からバスに乗って至った場所がここだ…金剛峯寺の本坊である…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (22)
↑方々の通路で除雪作業も行われていた。流石に標高900mの山上である…

「金剛峯寺」という名称は、弘法大師が『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)』という御経より命名したと伝わるそうだ。

上の画、「本坊」の辺りを“金剛峯寺”と通称しているように見受けられた。が、画の左側に掲げられた「総本山金剛峯寺」という公式名で呼ぶ場合には、「一山境内地」と称し、高野山の至る所が寺の境内地であり、高野山全体が寺というように考えられるのだそうだ。

↓貫禄が在る正門だ…現存する建物では最古で、1593(文禄2)年に再建されたモノが現在に伝わっているという…
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↓実に好い趣だ…
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↓貫禄が在る建物だが、屋根の上に桶が載っている…「天水桶」(てんすいおけ)と称する防火用水であるという…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (25)

↓今般は「雪が在る様子」を視られて好かった…
20-12-2020 Visiting 'Koya-san' vol01 (26)

もっと朝早くに辿り着いてゆっくりする予定が、列車運行の事情で変更を余儀なくされ、何となく「慌ただしい訪問」になった感だった。が、これもまた「何れ、ゆっくり腰を落ち着けて来なさい…」という“導き”であったのかもしれない。

今般は「音に聞こえた」というような金剛峯寺と「初めての面会」という様子だったと思う…そして、それが叶って善かったとも思う…

223系電車:和歌山駅(2019.02.27)

↓和歌山から移動しようと、駅のホームに出てみれば、大阪方面の列車が待機中だった…
27-02-2019 at Wakayama (38)
↑223系という型だ…1993年から2008年に掛けて、927輌が製造されたのだという…関西では随分な頻度で見掛ける車輌だ…

↓発車まで間が在って、他の乗客が見当たらない状況なので、車内の様子も写真に収めた…
27-02-2019 at Wakayama (39)
↑関西空港に乗入れる列車に使われる場合も在る車輌なので、大き目な荷物を持った乗客も多い…そこで「2列+1列」の座席配置として、モノを置くことも出来るようにしたらしい…

地域毎に色々と車輌にも工夫が施されるというものだ…何かこういう「JR西日本の車輌」というような写真を眺めていると…また、これらに乗車可能な場所を訪ねてみたい気分になる…

<うめ☆電車>(UMEBOSHI DENSHA)(2019.02.27)

JR和歌山駅で…<和歌山電鐵>の列車に乗るホームへ向かった…「9番ホーム」となっているが…駅の端で、JR各線との連絡が出来るようになっていて「かなり“ローカル線”…」というムードの乗場だった…

“ICカード乗車券”は利用不可…定期券や1日乗車券以外で、一寸往復したいだけであれば…現金のみで、和歌山駅から乗車の場合は乗場手前の窓口で運賃を払うと切符が出て来る…話しが先走るようだが、和歌山駅に着く場合は、列車に乗車する時に車輛の入口で整理券を取り、その整理券を係員に渡して運賃を現金で支払うと、JRの改札口を通過出来る“精算済券”を渡される…街へ出る時にはそれを使う訳だ…

今般<日前宮>を訪ねてみようと、この<和歌山電鐵>に乗車することにした…

↓和歌山駅までの乗客を乗せた列車が入って来た…この列車が折り返し運転になる…原則的に、和歌山と貴志との間を幾つかの編成が往復していて、終着駅で少し待機して折り返すような具合で運行されているように見受けられた…
27-02-2019 at Wakayama (3)
↑少し変わったデザインだ…

↓2輛編成の列車だが…JR九州に関連する仕事で知られる、かの水戸岡デザイナーが手掛けたものだという…
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現在の<和歌山電鐵>の路線は、南海の路線であったが「廃止?」という話しが持ち上がった。地元では鉄道の存続を願い…事業者を募集した。事業者に選定されたのは岡山市内の路面電車等を手掛ける<岡山電気軌道>だった。かの水戸岡デザイナーは、実は岡山の出身で、<岡山電気軌道>の路面電車を手掛けた経過が在る等の縁が在る。そんな訳で、<和歌山電鐵>の車輛に関してデザインを依頼という運びになったということだ…

↓とりあえず車内に入るとこういう具合だった…
27-02-2019 at Wakayama (7)
↑JR九州の列車で視たことが在るような雰囲気…この画を撮った時は未だ乗客が少なかったが…ここに、「普通のワンマン運行のローカル線」で見受けられるような感じで、通学の高校生等が沢山乗車する訳である…

↓普通の鉄道車輛の座席と変わらないような座り心地だが…「木調のソファー」のような設えになった座席が据えられている箇所も在った…
27-02-2019 at Wakayama (9)

↓一部に陳列棚が在って、和歌山県内の工芸品や産物、或いは<和歌山電鐵>関係のモノ等が飾られている…
27-02-2019 at Wakayama (7)

「和歌山県」と言えば御馴染みなモノ?ということで「紀州の梅干し」をテーマにデザインが施されたということで<うめ☆電車>(UMEBOSHI DENSHA)と名付けられたそうだ…

<和歌山電鐵>では、こういう独特で面白いデザインの車輛を何編成か用意していて、「普通」に運用している。「是非、乗車してみたい!」と方々の人達がやって来て乗車している例も在るようだ…

何か…「頑張っているローカル線…」という風情である…

國懸神宮(くにかかすじんぐう)(2019.02.27)

↓これが…日前國懸神宮(ひのくまくにかかすじんぐう)の“右”である…
27-02-2019 at Wakayama (27)
↑日本神話の天照大神の挿話に因む<日矛鏡>を祀る…祭神は<國懸大神>と言うそうだ…

↓住宅地の中に忽然と現れる感の“鎮守の森”の中にひっそりと佇む感の社である…
27-02-2019 at Wakayama (25)

相当に古い歴史を有する社だが…炎上の経過や戦国時代の争乱で荒廃してしまったということも在って、現在の建物は大正時代のモノであるということだ…

日前神宮(ひのくまじんぐう)(2019.02.27)

↓これが…日前國懸神宮(ひのくまくにかかすじんぐう)の“左”である…
27-02-2019 at Wakayama (19)
↑日本神話の天照大神の挿話に因む<日像鏡>を祀る…祭神は<日前大神>と言うそうだ…

神話の世界を貴び、そうしたモノへの信心を形にした古い社…簡素で、それが故の迫力が在る感じであった…

日前國懸神宮(ひのくまくにかかすじんぐう)=日前宮(にちぜんぐう)(2019.02.27)

和歌山に「紀伊国一之宮」という格式の、古い由緒を誇る神社が在る…

JR和歌山駅から発着する<和歌山電鐵>の列車で2駅…「直ぐ!」な場所に<日前宮>という駅が在って、その傍だ…

<日前宮>という駅で下車する際、和歌山駅で求めた190円の切符を駅の係員に渡すように案内が在って、ホーム脇の小さな詰所に居た係員に渡し、<日前宮>の方角を尋ねると…駅係員が指し示す辺りの住宅か何かの建物の向こうに“鎮守の森”の一部が既に覗く…直ぐ手前に押しボタン式信号の横断歩道が在るが、駅係員によれば、車輛の通行が多目な時間帯も在るが、平素は静かなもので、そのまま押しボタンを使用せずに横断してしまう例も少なくないようだという…

駅係員に御礼を言って進み始めると、「進む」という程でもなく、話題にした横断歩道が在った。道幅は狭い…が、やや車輛が行き交っていたので横断歩道の押しボタンを使った…

↓境内へ入って行く辺りである…
27-02-2019 at Wakayama (16)

↓少し進むとこういう表示が在る…
27-02-2019 at Wakayama (17)

日前宮(にちぜんぐう)のが通称で、最寄り駅の名前にも採用されているのだが…この神社は「2つで1つ」であり、2つの本殿が並んでいて、各々に<日前神宮>(ひのくまじんぐう)、<國懸神宮>(くにかかすじんぐう)という名称も在る。これらを合わせて<日前國懸神宮>(ひのくまくにかかすじんぐう)というのが“正式名称”なのだ…

一寸面白い…