高札場…:東海道 関宿の面影(2019.04.01)

↓古い東海道の宿場町という趣を伝える関で見付けた…
01-04-2019 Seki, Kameyama, Mie pref (43)
↑当局から町の人達に伝える内容等を書いて掲示する…「高く札を掲げる」ということだろうか?「高札場」と呼ばれるモノを再現している…

江戸時代からの街並みを伝えるような場所で、こういうのは見掛けることが在る。江戸時代を背景にしたテレビドラマや映画で、町の人達がこういう何事かが掲出されている場所に集まっている場面というのをよく見るような気がする…

こんなモノが据えられた街角…一寸面白い…
posted by Charlie at 08:25Comment(0)三重県

<玉屋>:東海道 関宿の面影(2019.04.01)

↓「江戸時代の人!?」と少々驚いた…少し“リアルタイプ”に設えた人形が据えられていたのだった…
01-04-2019 Seki, Kameyama, Mie pref (35)
↑ここは関宿で色々な人達が利用した宿泊施設で“旅籠”(はたご)と呼ばれたモノの中、なかなかに知名度が高かったという<玉屋>だった建物の中だ…幕末期頃の、旅籠のオーナーをイメージした人形が造られている訳だ。

↓旅人が休んだ部屋の感じが再現されていた…
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↓台所が在るような辺りだ…
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↓旅籠の屋号の「たまや」という文字、地名の「セキ」という文字が見える徳利が在った…ここに伝わるモノであろう…
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↓中庭のようになっている場所に井戸が在る…
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↓奥まった箇所に蔵も在った…
01-04-2019 Seki, Kameyama, Mie pref (29)

この<玉屋>は現在残っている建物よりも規模が大きかったというが、明治時代以降に宿泊施設としての規模縮小で建物の一部を壊して改装したのだという。やがて宿泊施設としての営業を止めた後、オーナー一族(上の写真の人形のモデルになった人の後裔に相当する人達)が住宅として使っていて、やがて資料館になって行ったのだという。

ここを見学すると…何となく「江戸時代に東海道を往来していた人」にでもなったような気分になる。
posted by Charlie at 08:19Comment(0)三重県

“漢字”?“ひらがな”?:東海道 関宿の面影(2019.04.01)

↓古くからの面影が在る老舗…店の真中、高い辺りに看板が掲げられている…
01-04-2019 Seki, Kameyama, Mie pref (42)
↑看板は“漢字”で書かれている…

↓反対側で看板を見る…
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↑流麗(に過ぎるよう)な書体で、やや読み悪いが…「の」と“ひらがな”が見える…

実はこの“漢字”と“ひらがな”の使い分けは、東海道では広く普及したやり方らしい…“漢字”は「東の方向=江戸へ行き着く」、“ひらがな”は「西の方向=京都へ行き着く」ということになっているのだそうだ…言われてみて、何となく見たが…なるほど、そういう仕掛けだった。この地点の場合、東が関駅であると地図を見て承知していたので、「確かに東=“漢字”は関駅=東だ…」と納得した…

↓少し通を進んでみた…画の左側に「あいづや」と“ひらがな”が在る…
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↓回り込んで、看板の反対側を見ると「會津屋」と“漢字”だ…
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「會津屋=あいづや」というのは、嘗ては旅籠(はたご)であったのだという。現在は何かの店であるようだが、“史跡”と言うべき「嘗ての旅籠」として看板を残している訳だ…

江戸時代を通じて栄えた宿場町…細かい工夫が在るようで面白い…

破風…:東海道 関宿の面影(2019.04.01)

↓現在は住宅になっているというが…嘗ては<鶴屋>という旅籠(はたご)であったのだという建物だ…
01-04-2019 Seki, Kameyama, Mie pref (50)
↑さり気なく…建物の左側に、少し立派な破風が設えられ、出入口も右寄りの現在も利用されているモノと別に設えられている…

往時の旅籠には、色々な層の人達が宿泊した。町人から武士、僧侶や公家等の様々な身分の人達が在った…そういう訳で、「身分が在る人が泊まる」ということになった場合、この<鶴屋>では左側の立派な破風を設えた側から、その該当者が出入りするようにしていたのだそうだ…

さり気なく見える設えに独自の意味が込められる…そういうことを知ると、古い街並みを眺めるのが更に興味深くなるというものだ…
posted by Charlie at 08:22Comment(0)三重県

屋根…:東海道 関宿の面影(2019.04.01)

JRの関西本線…東側は“名古屋圏”という趣で、西側は“大阪圏”という趣であるのに対し、真中に相当する亀山から加茂の区間は、1輌のディーゼルカーが行き交う「ローカル線…」な感じだ…駅間距離も長く、北海道内の鉄道と錯覚するような乗り心地だ…

東側でディーゼルカーの運行が始まる亀山から1駅で関に到着する…

↓関駅の様子である…
>>キハ120:関駅(2019.04.01)

関駅の直ぐ前に、概ね嘗ての東海道に築かれたという「国道1号」が通っているが…そこを渡って、傾斜になっている辺りを上がると…本当に嘗ての東海道だった場所に至る…

↓こういう感じの場所だ…
01-04-2019 Seki, Kameyama, Mie pref (18)
↑建物の2階部分に上がって、街並みの感じを見下ろすことが出来るようになっている場所が在る…

関は、江戸時代には東海道の宿場町として賑わった場所である。見えている場所が東海道の一部に沿って拓けた街で、ここを色々な人達が行き交っていたのである。

↓江戸時代の後…明治時代に鉄道が発達する等し、東海道を行き交う旅人は少なくなって行った…そういう中で街の営みがそれなりに続く…他方で、新たなモノが大々的に入ったでもなく、古いモノが少々多く残った…
01-04-2019 Seki, Kameyama, Mie pref (17)

現在では「街並みの保存」に配意がなされているが…ここは強い問題意識というのでもなく、かなり自然に古い町並みが残っていた経過が在ったというように聞く…幕末期までの建物、明治期の建物が多く在る一画…興味深いものが在った…
posted by Charlie at 18:32Comment(0)三重県

蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)と桜…:桑名(2019.04.01)

↓「城の一部」を思わせる建物を背後に咲き誇る桜…
01-04-2019 Kuwana, Mie pref (10)
↑今季の桜は「微妙に遅い??」という様相で、何となく「咲き按配がバラバラ?」という具合だったが…なかなかに好い感じの場所も多かった…

↓これは桑名城の一部であった蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)である。
01-04-2019 Kuwana, Mie pref (7)

東海道の一部の「海路で往来する区間」で、宿場町だった桑名だが、そういう要地の拠点となる城も在って、城下町でもあった。

蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)に関しては、「城も在る桑名の宿場」ということを象徴するような景観だったようで、浮世絵の『東海道五十三次』にも描写が見受けられるそうだ。

そうしたことを踏まえて復元したのが、この現在の蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)なのだそうだ…

「宿場町であると同時に城下町」という桑名の個性を体現する存在…一寸面白い。そして桜が似合った…
posted by Charlie at 18:02Comment(0)三重県

本多忠勝像:桑名(2019.04.01)

↓桑名で見掛た…武将の銅像…
01-04-2019 Kuwana, Mie pref (14)
↑特徴的な鹿角の兜…甲冑に大きな数珠を巻き付けている…愛刀を手に腰を下ろし、背後には愛用の槍を立てている…

これは徳川家康麾下の猛将、本多忠勝の像である…

関ケ原合戦の後、本多忠勝は桑名を知行地とすることになった…「宿場町であると同時に城下町」ということになる桑名だが、街の礎はこの本多忠勝の指揮下で築かれたのだという…

↓辺りの桜は、「もう一寸…」という具合ではあった…
01-04-2019 Kuwana, Mie pref (13)

↓現在に至るまで様々な経過を辿った桑名である…その礎を築いたとされる彼は、こうして街の公園を見詰めている…
01-04-2019 Kuwana, Mie pref (15)
↑なかなかに迫力の在る像のように思う…

この種の、「街の礎を…」と敬愛される人物の像を眺めてみるのも、なかなかに好い…
posted by Charlie at 18:16Comment(0)三重県

キハ120:関駅(2019.04.01)

関西線…東側では亀山まで…西側では加茂まで…それぞれが「名古屋圏」、「大阪圏」というような風情を帯びているようなのだが…両者の間に相当する亀山・加茂間は「非電化のローカル線で、列車運行本数も少なめ」という状況のようだ…

この「非電化のローカル線で、列車運行本数も少なめ」という状況の区間に、幾つか「面白そう!」という場所が在ることを知り、関西線の列車に乗車して訪ねてみようかと思い立った…

名古屋を発って桑名に寄り、桑名から更に亀山を目指した。桑名・亀山間は「名古屋の近郊」という風情の他方で、車掌が乗客の運賃の精算を扱うような無人駅らしい箇所も見受けられた。名古屋・桑名・亀山は2輌運行の電車の列車が走っていた。時間帯や曜日によっては、増結した列車が登場する場合も在るのかもしれない…

亀山駅で、加茂へ向かう列車に乗ったが…1輌運行のディーゼルカーで、乗務員は運転士1人だけというワンマン運行だった…

亀山から先…加茂までの区間は駅間距離もやや長い感じだった…

↓亀山の西…関という駅で下車した…跨線橋から軌道と、停車中の車輌を眺めた…
01-04-2019 Seki, Kameyama, Mie pref (2)
↑こういうディーゼルカーが関西線の亀山・加茂間を行きかっている…

キハ120という型だ…1992年に初登場し、3回に亘って順次増備され、89輌がJR西日本の管轄区域各地で活躍中だそうだ…

乗降口の扉が、バスのような形状で内側に開く…これは北海道の鉄道車輌では余り見掛けない…そして中はロングシートだ…そういう細かい違いは在るが…「三重県内で列車に乗っているが、何やら北海道内のような乗り心地」という不思議な感じだった…

この関西線の亀山・加茂間…機会が在れば再訪してみたいものだ…

<七里の渡し>跡…:桑名(2019.04.01)

大都市圏に在って「電車で25分」とでも言えば、「街の端から都心部」というような感覚であろうか?場合によって、大都市の「半ば一部?」のようになっている隣町から大都市の都心部ということも在るだろうか?

“ローカル線”的な感覚が混ざるJRの関西線で、名古屋駅から25分程度の乗車で桑名駅に着く…愛知県から三重県に県境を越え、そして当然ながら市も変わる…「何処まで行っても北海道…」という感覚が色濃い私には、何となく奇妙な感さえ否定出来ないのだが…

↓その桑名にこういう場所が在る…
01-04-2019 Kuwana, Mie pref (3)
↑古い東海道の一部が在ったことを伝える場所になっているのだという…

「東海道」と聞くと、何となく「鉄道の東海道線の経路?」という気がしないでもない…3月31日に東海道線の列車で移動していた静岡県内には、嘗ての東海道の宿場町の名を冠した駅が多々在った…が、東海道は鉄道の東海道線の経路と一部が違う…桑名もその「違う」という箇所に該当する…

東海道の宿場町…「宿駅」に<宮宿>と呼ばれた熱田(<熱田神宮>の近在だったようだ…)と桑名も在るのだが、両者の間は海路で結んでいたのだという…そしてこの海路の区間を<七里の渡し>と称したのだということだ…満潮の時、熱田・桑名間は七里(28km程度)だったことで、この名が在るという。干潮の際には沖を廻って、移動距離は十里(39km程度)になってしまったという…

熱田神宮の辺りにせよ、桑名にせよ“港”という印象は薄いのだが…往時は東海道を往来する人やモノを載せた船で賑わい、多くの旅籠が設けられていたのだという。順調に船が航走すれば4時間程度だったようだが、存外に大変な移動であったようだ…天候が崩れると海難事故の発生も見受けられたことから、海路を避ける脇道も登場していたようだ…

桑名は伊勢国の北東部で、東から西へ移動すれば「伊勢国で最初の宿場」ということになる…「伊勢国の東の玄関」ということだ…それに因んで天明年間(1781年-1789年)に<伊勢国一の鳥居>というモノが建立されたのだそうだ…

↓これは<伊勢神宮>の鳥居を移築するというモノで、現在でも「式年遷宮」の都度に建て替えているという…
01-04-2019 Kuwana, Mie pref (6)
↑独特な趣が在る…

熱田神宮の辺りと桑名…現在では列車の乗換に要する時間を勘案しても、1時間以内で移動可能だと思うが…江戸時代には両者の間の移動がなかなかに大変だったことが伺える…そんな様子を偲びながら辺りを散策してみたのだった…

こういう史跡を巡る時間…非常に好い!!
posted by Charlie at 06:16Comment(0)三重県

近鉄名張駅(2019.02.24)

名古屋を発ち…伊勢中川駅で列車を乗換え、名張駅に至った…

少し懐かしいような感じの特急列車の車輛…駅に着く都度「1号車から4号車は扉が内側に開きます。1歩下がって御待ち下さい」という録音の車内放送が流れた…乗車時には別段に気に留めなかったが…下車する時に様子を視れば、本当に扉が車内側に静かに開いた…

↓右の特急から下車し、左の急行に乗車した…
24-02-2019 Nabari Station (3)

↓特急が先に発車した…
24-02-2019 Nabari Station (7)

↓それを追うように、急行も間もなく発車である…
24-02-2019 Nabari Station (5)
↑急行は、途中までの各駅に停車し、大阪が近くなると一部の駅に停車せずに進む…文字どおりに“急行”となる…

三重県と奈良県との境界のような山間部に在る名張…休日の午前中で、何となく長閑な感じだった…
posted by Charlie at 07:00Comment(0)三重県