運行日誌(2020.03.28-04.04)追記:帰着後雑感…

過ぎる程に静かな居室で<しゃちブレンド>を淹れる。芳香が辺りに立ち込める中、バランスが好いと思える味を愉しむ。「普段の月曜日の朝」が戻ったという感である。「善かった」とすべきか?「行ったきりなら幸せになるがいい♪」と、何処かに留まって、そのまま戻らないという選択も在ったか?少し時間を設けて、気分転換をして戻ると、時々思うことではある。が、今般は何やら世の中が「事情」でゴチャゴチャした感じになっているような中なので、普通に戻って「善かった」ということにしておくべきであろう。

「愛用のカメラでも抱えてフラフラと自由な時間」ということがしてみたくなり、実際にそれをやってしまった…

「あなたの街へ…この駅から…北の始発駅!稚内駅!」と勝手に呼んでいる駅を発ち、新千歳空港を“玄関”に本州方面を一寸往復しようと思い付いた。往路は成田空港に入り、復路は神戸空港を発った。

往路を成田で、復路を神戸としたのは、成田・神戸の間をゆっくりと進み、様々な文物に触れながら動きたかったからだった。実際には少し感じが変わった…

成田上陸とした理由でもあったが、香取神宮や佐原に出会って満足した。が、当日は冷たい雨に濡れ続けて、上着やキャップは「そのまま拭き掃除に使える?」と見受けられる「絞った雑巾のよう…」に湿り切った状態となり、身体が冷えて来た感じで多少弱った…終いに手が悴んで、ポケットのモノを出し入れする場面で苦戦するようになった。千葉県内辺りでそんな目に遭うとは思っていなかった…

東京駅へ向けて移動し、東京都内を少し視て、西へ向けて少し動こうとしたが…雨は真昼間から雪へと変わっていた…東京駅で一息入れた後…新幹線の列車で直ぐに京都へ移動してしまった。

以降、京都泊と奈良泊ということにして、関西圏でのんびりとしていた…出ていた期間中、雨に降られて動き悪かったのは、3月29日と4月1日だけだった。他は普通に曇天や晴天であった。それは好かった。

最近は「見慣れぬ路の果ての見知らぬ街」というような場所に至って、そのまま帰還が叶わなくなったとしても、「然程の悔恨も感じないのではないか?」と思っていた。最近は、そういう気分が少々強まっている感もしていた。実際に出掛けて戻ってみて、そういう気分は大きくは変わっていない。が、「事情」というモノで、何か世の中の様子が変わったという感はした。

新千歳空港を発着する航空便だが、これはよく視ると「減便」という措置が既に取られている様子だ。往路の成田行は「空席の方が少ない」という程度に座席が埋まっていた。復路の神戸発は「やや空席は目立つ」という程度だった。

東京・京都の新幹線の列車に関しては、「常時、それなりに混んでいる?」という感であるあの路線を承知しているので、「少々目立って空いている」というような、車輛の半分弱の座席が空いていたように見える状態だった。

各地―千葉県内と千葉・東京間。京都周辺。奈良周辺。大阪市内と大阪・奈良間。その他、若干…―のJR、私鉄は「座席が埋まる程度の乗車」とか「若干、立席が見受けられる」という程度で、「大都市特有な混雑」には出くわさなかった。尤も、混み合いそうな時間帯に動いていなかったとか、混み合いそうな朝早くには少し長閑な辺りを動いたということも在ったのかもしれない。

方々で、桜が美しかった!本当に「それでも花は咲く」という感であったと思う。

所謂「お花見の名所」では「宴会は御遠慮下さい」というような看板が、昨今の「事情」に鑑みて掲出されていて、そういう「お花見の光景」には出くわさなかった。が、思った。或いは「平常のお花見の様子」の方が「異様?」なのかもしれないとである。

京都の地方紙―京阪・清水五条駅周辺の喫茶店で拝見…―に、日曜日の桜の名所での様子が取上げられて「控え目に」となっていた。特段に「場所取り」で何やら料理を広げる、酒を酌み交わす、焼肉をやるという様子は無かった。それでも、通り掛って足を停め「好いなぁ…」と桜を眺める。自然で好い感じがしないでもなかった。そして場合によっては、桜の辺りでランドセルを背負った新入学児童らしい子どもの写真を撮っている親子連れや、確り衣装を着込んでカメラマンが撮影というスタイルの結婚写真の現場を視た。本当に「それでも…」という、人々が人生に普通に向き合う様子がそこに在ったような気がする。

地元に比べると「やや温かい」という感じの地方に入り込み、随分と精力的に歩き廻った。これは、動き悪い積雪期を過ごしていた身にとっては、少しばかり有難い時間だったかもしれない。そういう動き悪さと、昨今の「事情」の醸し出す雰囲気との相乗効果で、何やら倦んでいたと感じていたが、少しサッパリした感である。

暫くは…「好い時間」の「余韻」という中で過ごすことが出来るかもしれない…

そう思っていた間に<しゃちブレンド>を満たした<NARA>のマグカップは空いた…

帰着…:運行日誌(2020.04.04)

「終わりが判らない夜」と「始まりが判らない朝」とが交じるような感の「曖昧な時間」の中で「自身の一日」が何時の間にか始まっている感…「多少勝手知った(つもりになっている)他所」ということになる旭川で、4月4日の土曜日が始まった。

「どうしても抗えない…」という状況になるまで起きていて、何やら写真の整理等に興じ、何時の間にか眠って、何時の間にか起きてという状態だった。やがて、出発の事を顧慮すると、寝入ってしまわない方が好さそうであるという時間帯に至ってしまっていた。

昨夜は、午後11時近くに旭川の街へ着いて辺りを少々歩いたが…プラス1℃や3℃という次元だった。関西方面は、朝の少し低温な時間帯でも10℃を少し切る程度で、好天の日中には15℃近く、或いはそれを超えていたかもしれない。やや「気温差」は大きいが然程苦でもない感だ…

朝の静かな旭川のコンビニで、2リットルのペットボトルの水、サンドイッチ、加えて<黒霧島>の小さなカップを仕入れて旭川駅に入った…「例の列車」と呼ぶが、6時に出て12時に稚内へ着く列車だ…

この列車に乗込むと…何やら「乾杯!」してみたくなる。黙って乗っていれば稚内なのだ…

実際…乗車中は少し深めに居眠りに陥っていた…眠っていた時間が長く、何となく「然程長くはない…」と感じていた側面が在る。

稚内には定刻で着いた。出発した際には少し残っていた雪も、既に「消えた…」と言って差し支えない状況だ。拙宅に戻ってみて…何となく<いりおもて>を愛用のタンブラーに…独りで勝手に安着を祝う…

多少冷えている居室だが、厳冬期を想えばどうということもない。が、暖房器具を稼働させた。夕方までには温かい室内となることであろう。

何となく「満足度」は高い。思い付きで出掛けていた訳だが…その見聞や、考えたことなどは、追って整理したい…

北へ…:運行日誌(2020.04.03)

長い移動の途次に在る…

サッパリとした感じで朝を迎えた…適当に動いて、眠気には敢えて抗わずに休み、起き出しては気儘に過ごす。「時間を設けた…」ということをして以来、好い時間を過ごすことが叶っている…

前夜は、相当に動いた日中の後で、薄らと眠気を覚える状況は比較的早めな時間帯から訪れてはいたが、何となく写真の整理に興じて、休んだ頃には日付が変わっていたような気がする。そこから、一度は眼を開いたが、窓の辺りが明るくなるまで深く眠ったような気がする。「お腹が空くのは生きてる証♪」であると同時に「動いて休んでスッキリする」というようなことも「生きている証♪」ということなのかもしれない。当たり前のことなのであろうが、最近は“当たり前”の「尊さ」というようなことを些か意識するような一面も在るような気がする。

“北”へ飛ぶ日だが…フライトは夕方ということになる。余り早くから動いても時間を持て余す…故に、ゆったりと朝食を摂って、居室で寛ぎ、頃合いを視て出発することとした。今回は何やら買い込んで荷物が増える、或いは一部のモノを送るというようなことも無い。昨年、甲子園球場の店で求めたリュックサックに着替えやノートパソコンを容れ、外装が廃タイヤゴムチューブであるというビジネスバッグにカメラ類を容れるという、「多少、モノが多い人が日常の活動エリア内で動き廻る」という場面のような、極めて身軽な状態だ…

目指すべき空港は神戸空港なのだが…<青春18きっぷ>を使う。JRの列車で動くが…奈良からであれば<大和路快速>で大阪駅に出て、大阪駅から<新快速>で三ノ宮駅に出ると神戸空港へ通じる訳だが…三ノ宮駅を通り越して姫路駅に至ってしまった…

姫路駅では、好天でもあったので姫路城辺りを散策し、咲き誇る桜を愛でる等した。花が美しいポイントの「穴場」という感の姫路神社にも行き当った…

姫路駅から姫路城に至り、白の広い域内を歩けば存外な距離になる。桜の時季…花が多く視られる場所はとにかく佳い!!

ゆったりと過ごしたが、神戸空港を目指して動くには間が在る…何となく姫路駅に至ったが、過去に姫路で利用していて、姫路で「会員カード」を作ったチェーン店のネットカフェ―札幌で、同じチェーンの店が何箇所か在るようで利用したことが在ったが、その際には姫路で作った会員カードを使った…―が眼に留まったので、そこで休むことにした。そういうように「少し休みながら動く…」という程度が好いのだと思う…

姫路からは三ノ宮駅に進んで、三ノ宮駅で一駅入れてからはポートライナーで空港へ移動である。空港では順当に搭乗を待つ段に至った。神戸空港に関しては、駐機場の様子を眺め易い辺りに座って待つ場所も在るのが好い…

搭乗して…何やら機内は随分と居眠りしてしまった…そして「本機は最終着陸態勢に入りました」というアナウンスで気付いた感だ…新千歳空港へは定刻よりもやや早く到着だ…

新千歳空港からは列車で札幌駅へ出た。そこから「安さ…」が好いので高速バスに乗車し、旭川へ移動だ。旭川への移動に際しても、札幌市内で高速道路に入り込んだ後、気付いたのは旭川に至って市内の一般道にバスが入った辺りである。

旭川…週末となる金曜日の夜ではあるが、静かだ…ここでは“指定休憩所”と呼んでいる都心部のネットカフェへ…ここで休む…ゆっくり過ごそう…

今般、一寸だけ不快感を覚えたことがある。最近は「無数の人が狭い場所に集まる」というようなことを避けようとしている訳だが、何か「ドサクサに紛れて、定められた喫煙コーナーを勝手に閉鎖している?!」というように思える状態が方々に在った。こういうことをドサクサ紛れにやるのであれば、「戸外で勝手に“禁煙”などとするな!」と思う…

そんなことも思ったが、明早朝からは、北への移動の続きである…

動いた…:運行日誌(2020.04.02)

「深く短い眠り」なのか「眠りが浅い」のか判然としない。或いは出先での好い刺激の故に気持ちが昂っているのか?やや短めに眠り、そこから眼を開けて、一寸起きてから、また横になって何時の間にか眠るということを何度か繰り返していた間に早朝を迎えた…

前日は午前中から夜に至るまで雨が降り続いた。早朝の列車やバスが既に動いている様子が伺える居室の窓の外を眺めると、前日は濡れていた路面等が乾いている。夜遅く、何時の間にか雨は止んだようだ。多少、雲が多い感じがしないでもないが、普通に動き易い天候と言い得ると思った…天候の好転を期待していたが、願いが通じたような気がした。

想い起すと、前日は「早めなランチタイム」に“大和古代米”を摘み、「遅めなランチタイム」に美味いハンバーガーを頂き、宿に引揚げてからは何処にも出ず、居室内用にコンビニで調達してあったアイスコーヒーを飲んでいただけだった。酷く空腹感を覚える朝だった…

「お腹が空くのは生きてる証♪」と地元のコンビニチェーンのCMソングの歌詞に在って、店に寄ると流れていることが在って記憶に残る…正しく「生きている」、「身体はとりあえず(自身なりの)“普通”」であるが故に、午後の早めから早朝まで食事を摂らずに居れば、空腹も覚えるのが当然ということだ。そういう次第で、提供開始時刻早々に頂いた宿の朝食が美味かった…手頃な価格帯の宿で供する朝食で、特別な何かということもないモノだが、そんなモノでも美味い。「空腹は最良のソース」という言も在ったと記憶する…

そうやって、朝の7時台から<青春18きっぷ>を手に方々を巡った。<青春18きっぷ>が適用となるJRの普通列車、快速列車に加え、一部は近鉄の列車と奈良交通のバスも使ったが…出て戻る足で、宿の近所で適当に夕食まで摂って、居室に戻れば午後6時近くになっていて、何やらエネルギーを使った。

関西方面は「少し動く」ということをすると「様々な時代の各々のモノを積み重ねた」という感じの場所にドンドン巡り合う。それをランダムに巡るというようなことをするのが愉しい…一部に、些か公共交通が不便な場所が在ることは免れ悪いが、「1日に数本の列車…」という地域に居る者の目線で視れば「驚く程に充実!」という場所が多いのも関西方面の好さだと思う。

今日の状況は、「何をどう綴る?」というような有様だった。「(JRの普通列車、快速列車に)随意に乗車可能」な切符を手にしている。そこで、各駅停車で進んで、下車してから更に先を目指す場合「敢えて逆方向に進んで、快速列車に乗換えて先を目指す」というような、面倒なことをした場面も在った。

メモ帳に乗車区間を記しておいた…それを写し、序でに主な行動を付しておく。そうしておかなければ「訳が解らない?」ということになりそうだ…

奈良→桜井=JR
桜井→榛原=近鉄
榛原→古市場水分神社前=奈良交通(バス)

・宇太水分神社(うたのみくまりじんじゃ)を訪ねた。鎌倉時代から室町時代の建物が在る…

古市場水分神社前→榛原=奈良交通(バス)

・創建の挿話に「疫病退散祈願」という話しが在って、「日本初の健康の神様の社」とも言われる墨坂神社を訪ねた。社務所の大規模工事中で、参拝は出来たが、普通に活動していない様子だった…

榛原→桜井=近鉄
桜井→奈良=JR
奈良→王子=JR
王子→三郷=JR

・「三郷」は「さんごう」と読む。「みさと」だと思い込んでいた…列車本数がやや少ない区間、各駅停車のみの停車でやや不便な区間が入り組む中での妙な動きをした…
・三郷では「風神を祀っている」という龍田大社を訪ねた。急な坂道を上ると桜の花がぼんやりと視えた。満開の桜の中、「“風の街”から風神に会いに…」ということになった。

三郷→王子=JR
王子→大正=JR

・三郷駅で、駅に着いたと同時に王子行の列車が現れたので一旦“逆走”し、王寺駅から快速列車に乗って先へ進んだ。
・奈良・大阪間は、「天王寺駅に入って大阪環状線に乗入れて」というような感じになる<大和路快速>なる列車が多く運行されている。その列車を利用した。
・大正は、大阪の西南に在る半ば島のように大きな水路に囲まれた区である。嘗て、大阪での仕事に就こうとやって来た沖縄県の人達が多く移り住んだ経過が在り、現在でもその後裔に相当する人達や、関西に出て来る沖縄県関係者が好んで住むと言われ、大正に関しては<リトル沖縄>と呼ばれることも在るようだ。
・水路の脇に、「地域を牽引するような存在に…」という願いを込めて<タグボート>と名付けられた施設が今年1月に開業した。色々な飲食店等が在るが、景色も好く、雰囲気も非常に好い場所だった。
・この<タグボート>に「<リトル沖縄>=大正の店」という“沖縄酒場”がテナントに入った。そこに寄ってみて、自身としては初めて<沖縄そば>を頂いた。豚骨、鰹節、昆布と出汁を組み合わせたスープに少し平らな麺で、肉が具に入っている。非常に美味かった!そして泡盛を一杯ロックで頂いた…

大正→大阪城公園=JR

・大阪城公園を歩き廻った。
・なかなかの好天の中、桜も咲いている状況で大阪城天守閣―最近の「事情」で、大阪城天守閣は“休館”を続けている…―を眺め、豊国神社にも寄った。
・隣の森ノ宮駅の近くに歩き至った…

森ノ宮→大阪=JR

・大阪駅で些か写真を撮った…

大阪→奈良=JR

こういう具合に動き廻った一日だった…個々の見聞等は、そのうちに整理したい…

何か…長かったような、短かったような期間だった…明日は「北上…」を開始する段取りだ…

“緩急”の“緩”…:運行日誌(2020.04.01)

振り返ると「もう少し若かった頃」には、思い立って「随意に過ごして構わない」ということで出掛けた場合、殊に手許に<青春18きっぷ>のような類のモノが在る場合には、文字どおりに「早朝から夜のいい加減な時間帯迄」と動き廻り、深夜は各地のネットカフェで過ごすことも厭わずに居た。が、相対的に安価に宿を押さえられるとなって、もう少々ゆっくりするようになって行った。更に<青春18きっぷ>のような類のモノが在ったにしても、少し長距離の移動では“適用外”の交通手段も厭わなくなった。

そういうことだが「仔細な計画を練るのでもなしに、本当に“主演・演出・脚本・その他全て”を勝手に自身で…」というようにフラフラとしたくなってしまうことに変わりは無く、そうした傾向を半ば戯れに<“何処か行きたい”症候群>と称している。この<“何処か行きたい”症候群>の“対症療法”は?「気が済むようにする」=フラフラと何処かへ出て随意に過ごすということしか無い…

そんなように思うのだが、最近は「フラフラしている」という期間中に「“緩急”の“緩”」と称して「(相対的に)動かない」という日が生じるようになった…今日がそれに相当するであろう…

前夜…早い時間帯に眠りに落ち、深夜に眼が開いて、暫く起きていてからまた休み、再び眼を開ければ未だ日出前…最近は定番化したような感だが、今般は最初に眠りに落ちた時間帯がやや早い。「疲労回復に時間を要する」とか「疲れることをしたダメージが、少し間を置いて身体に強く感じられるようになる」という現象が、一定程度年齢を重ねると見受けられるようになるのだというが…或いは土日の疲労によるダメージが「間を置いて訪れている」という中、月曜日にも火曜日にも「回復を求める…」という程度に動き廻っていて、結局「自動停止します…」と身体が眠りを導いたのかもしれない。

「自動停止します…」というように「なってしまった?」と表現したくなるような感で、早い時間帯から、この数日としては最も長めな睡眠だったように思うが、朝早くから何かスッキリしていた…

やや雲が多いような気もした早朝…と言って「次第に明るく…」と感じられるような時間帯に戸外へ散策に出た。

奈良の三条通…JR奈良駅の、旧駅舎を利用した観光案内所の辺りで「興福寺と反対側」へ歩を進め、鉄道の高架を潜り抜けて真直ぐ進む…そうすると佐保川に行き当る…

奈良県内―県内に限らないとも思うが…―ではよく視るのだが、川に沿うように夥しい数の桜が植えられていて、花の時季には「うゎ!」と驚くような場所が在る。この佐保川については、近鉄の列車で奈良を目指す場合、地下に設えられた近鉄奈良駅へ通じるトンネル内の軌道へ入る手前に在る新大宮駅に列車が接近する際、多分「間も無く停車…」と列車が減速している区間に相当するのであろうが、窓から「うゎ!」と驚く「川縁の夥しい数の桜」が視えているのだ…

その佐保川の桜を眺めて愉しんだ後、新大宮駅から列車で近鉄奈良駅へ1駅間だが乗車した…

新大宮駅で近鉄奈良駅へ向かう列車を待っていた。反対方向の大阪難波駅や、更に先の尼崎駅、神戸三宮駅へ向かう列車のホームは早朝でもそれなりに乗客が多く見受けられたが、近鉄奈良駅へ向かう列車を待つ乗客は少ない。そこに「電車が通過します」とのアナウンスで、注意喚起の音楽が鳴り始めた。近鉄奈良駅に到着する、何処かからの特急列車は走っていないと思われるような早朝…何事かと思えば、実物を全く目にしたことが無かった、赤く輝くピカピカの車輛の列車が通過して行った。「アレは何だったのだ?」と驚いていた。

驚いていた間に乗車すべき列車が現れ、近鉄奈良駅に到着してみると、新大宮駅で視た車輛が停車中だった。赤く輝くピカピカの車輛は、この3月に登場したばかりの特急列車専用車輛である<ひのとり>だった。大阪難波駅へ向かう特急列車ということで、発駅の近鉄奈良駅に入る回送の場面を新大宮駅で見掛けたという訳だったのだ…

近鉄奈良駅からは、奈良の気に入っている風景の一つである猿沢池を少し眺めて、宿に引揚げた…早朝から少し動いた後の朝食が酷く美味く感じられたが、そこから居室で一息入れて寛いでいた…

ゆっくりと宿を出発する前に気象情報を視れば、天候は「下り坂」であるらしい。雨の予報だ…そこで、長く歩きそうな場所を訪ねることを遠慮して、とりあえず薬師寺を訪ねることにした。

薬師寺は国宝の建築物である東塔を擁するのだが、長い間に亘って修復工事が行われていて、覆いが在って姿が視えなかった…その工事が竣工した!姿が視える!そう聞いて、視に行くことにしたのだ。実を言えば「仔細な計画を練るのでもなし」でありながらも、「何処かのタイミングで薬師寺の東塔を眺めたい…」というアイディアは在ったのだ。

三条通を近鉄奈良駅まで歩み、列車を乗り継いで薬師寺に近い西ノ京駅に至った。薬師寺の境内に在る時に、近鉄の列車の走行音が聞こえる場合も在る程度に近い「最寄り駅」だ…その西ノ京駅に到着した時…雨が降り始めた…

雨の中で薬師寺をゆったりと拝観した…念願の東塔を眺めたが、西塔も金堂も好かった。そして<玄奘三蔵院伽藍>という箇所を初めて視た。1990年代に再建が完成したモノだというが、これが存外に好かった。

薬師寺は法相宗の寺ということになるそうだ。法相宗を開いたとされるのは、『西遊記』のモデルとされる玄奘三蔵である。その玄奘三蔵の“分骨”を祀る御堂が「貴人を祀る八角形の建物」という<玄奘塔>である。その奥には平山郁夫の力作、<大唐西域壁画>を収めた建物も在る。

<大唐西域壁画>を眺めて、頭の中にBGM『シルクロードのテーマ』が思い浮かんだ…(後から宿でYouTubeで見付けて聴いてみたが…)玄奘三蔵が真理、奥義を求めて果てしない道程を旅したと伝えられるシルクロード…遥かな古代から、仏教思想のような抽象的なモノに至るまで、様々なモノが想像以上の広い範囲で行き交って、そうやって紡がれた歴史…そんなことに想いが至った。

薬師寺自体、千年を超える歴史を有する寺だ。大変な権威や威光が在った時代も在って、訪れて視る人の誰もが大いに驚く程に豪華な伽藍を誇ったというが、戦乱や火災や色々な事情により、東塔を除く建物は損なわれてしまったことが在る。そこから再建されたり、再建されなかったりで近年に至っているという。が、既に長い間に亘って「伽藍の再建」を可能な範囲で進めている経過も在る。東塔に対する西塔もそんな努力の一例である。

結局のところ…それぞれの時代に様々な困難が在っても、薬師寺を開いた時期である千年以上前の人達による「真理を追い求めて世に功徳を」とでもいうような想いは、どういう形であろうと受け継がれているのだ…

雨に当たりながら、各々に典雅さと力強さとを兼ね備えたような伽藍の建物を眺め、写真に収めるようなことをしながら、色々と考えた…

西ノ京駅の辺りに再び至ったが…雨は止まない…直ぐ傍のカフェに入って、<大和古代米>なるモノを摘んだ。粘り気が強い感じがしたが、赤紫色の米飯の小さな握り飯で、若干のおかずと、汁物という意図でうどん―これが関西の流儀の美味い出汁だった!―が添えられているセットだった。

やって来た時の道筋を戻ろうかとも思ったが、目の前にバス停が在って、少しだけ待つとやって来るバスは東大寺大仏殿辺りに行くらしいことが判った。それに乗車した…

東大寺大仏殿辺りに至り、雨に濡れながら散策し、氷室神社の辺りを過ぎて、バスターミナルのビルであるという場所に入っているカフェに立寄った。更に濡れながら歩き、近鉄奈良駅近くの小路でハンバーガー店を見付けたので寄ってみた…このハンバーガーが酷く佳かった!!!

そうやってJR奈良駅近くの宿に引揚げた…以降は…館内のコインランドリーを利用することや、写真の整理等をして、何となくゆったりしている。

或いは?滞在中の宿の居室に長く住んでいたとして、「特段に予定らしい予定が入っていない休日」という日が訪れたなら、「実際に今日過ごしたような過ごし方」を「してしまうかもしれない?」と思ってしまった…

雨が降り頻る状態は、陽が落ちてしまって以降も続いているようだ…気象情報では、明日は天候が好転しそうではある。期待したい…

安堵感…:運行日誌(2020.03.31)

今日は…本当に「何時でも御休み頂いて結構です」という態勢に早々と入った感である…

深く眠って眼を開け、暫く起きていて再度休み、そして朝に起き出すに至ったが、起き出したのは「前日は既に戸外を動き回っていた時間帯」だった…宿の居室の窓から視えている<八坂神社>の一部も、既に灯りが目立たないか消えたかという時間帯だ。曇天の朝だ…

余り早くから動いても、朝に営業する喫茶店等が開店前である場合も在る訳で、少し居室でゆったりと寛ぐこととした…

そして少々散策に出た…

四条通を木屋町通方面へ進み、木屋町通を三条通方面へ北上し、やや西の寺町通に至る。そこで1932年創業を謳う老舗喫茶店の<スマート珈琲店>に入った…

<スマート珈琲店>では、京都の喫茶店では人気が高いという<玉子サンド>を頂いた。玉子焼きがパンに挟まれたサンドイッチだ。甘味を多分加えていない玉子焼きが美味く、それが柔らかいパンに挟まっていた。これは「なるほど美味い!」という感である。そしてオリジナルブレンドの珈琲もアッサリと苦い感じの「古くからの喫茶店で頂くことが出来るような感じ」で好かった。

そこからまた、少し違う経路で宿の周辺に引揚げ、八坂神社に足を運んだ。昨日寄った<HRC Kyoto>でさり気なく<八坂神社>の<祇園社>という文字が入った御朱印を飾って在るのを視て「そう言えば未だ入手していなかった」と思い出したのだった。

早朝の曇天は次第に好転して、陽射しが覗くようになり、天も蒼の部分が多くなった。何となく温かく感じられる状況だった。<祇園枝垂桜>を眺めに寄り、再会を期すこととした…朝の陽射しの中で、<祇園枝垂桜>は「爽快」とでもいうような表情を見せていたような気がした…京都や祇園に縁が深いのでも何でもない自身だが、桜の花の時季である祇園に2泊して、異なる時間帯に眺めてみたというだけで、<祇園枝垂桜>が愛おしくなってしまった。

宿のチェックアウトは午前11時だが、“キャンペーン”というようなことで12時ということになっていた…そんなことも頭に在るので、居室でゆったりと過ごすということにさせて頂いた…

最近…来訪者、参拝者が多目な神社では、各々が持ち込む御朱印帳に押印して文字を書き込むということを控え、予め用紙に記載押印したモノを交付という方式を専らとする場所が目立つようになっている。「このところの諸般の事情」ということである…そういう場所や、書く方が不在で予め用意の用紙ということになった場所の御朱印が些か溜まった…そこでスティック糊をコンビニで買って、それを使って御朱印帳に丁寧に貼り付けるというようなことをしていたのだった…

あれは2018年11月に九州に上陸し、大分県の宇佐神宮を訪ねた時だったが、前年に思わぬ負傷ということも在った中、何か大きな力のようなモノで「生かされている」ということに感謝しなければならないような気がしたものだ。そして神社の御朱印を集めてみるようになった…各地で神社に立寄ってみること自体、なかなか面白いと思うのだが、訪ねた神社では「そこへ無事に辿り着いたこと」や、先年の負傷やその他であろうとも「生きていられること」等に感謝すべく参拝をしている。普通に所謂「御参り」をしているに過ぎないが…そういうことをした足跡を「御朱印帳」に残しているということなのだ…

京都は…「異様に来訪者が溢れていて、訳が解らない…」という様相を呈していたが、現在はそういう感じでもない。かなり以前に何かで立寄ったような頃の雰囲気に近いものが在ると思う。今般、「聞いたことは在るが、そう言えば寄っていない…」というような按配の場所に足を運んでみることも適った。何か好かったと思う…

“北”へ還る航空券は神戸から札幌というモノを押さえて在るが…その便までの期間が未だ少し在る。以前であれば「動くことが叶う限り動き続ける!!」と方々を巡ったと思うが…最近は「連泊して、そこを起点に辺りを色々と…」というようなやり方も好むようになった。そういう中…前日に京都の地下鉄の列車に乗車した際に「奈良行」という列車を視掛けて思った。「そうだ!奈良へ行こう!」とである。

京都・奈良間については、京都の地下鉄と近鉄とが繋がっていて列車が相互乗り入れしている。京都の地下鉄の軌道に近鉄の車輛が登場するという例も珍しくないのだ。逆に奈良の近鉄の駅で、京都の地下鉄の車輛を視掛ける場面も在る…また前日には宇治駅と京都駅との間をJRの列車で移動したが、宇治から南へ、奈良へと軌道は通じていて、京都・奈良間の列車も多く運行されている。奈良に滞在して、朝から列車で京都に入ってみたということもやったことが在った…

そんな訳で、悠然と宿をチェックアウトした後は奈良へ向かって、奈良に滞在することとした。奈良に関しては、近年は「好感度上昇!」という按配で、何度か滞在を重ねているのだ…

阪急の京都河原町駅から烏丸駅へ、地下鉄の四条駅に出て乗換えて京都の南に在る竹田駅に至った。竹田駅では中世の院政期には<鳥羽離宮>であったという経過の在る場所や<城南宮>に立寄った。ここで竹田駅と<城南宮>との間を歩いたが、存外な距離だったかもしれない…

竹田駅では近鉄の列車に乗ることが出来る。大和西大寺駅で乗換えて近鉄奈良駅に至った…近鉄奈良駅から、宿を求めたJR奈良駅近くまで歩いたが、途中に率川神社(いさがわじんじゃ)というモノを発見し、一寸寄ってみた…

最近の奈良滞在で何度も利用した経過が在る宿に入ったのだが…何やら変に安堵感が大きい…

奈良ではコレと言って何かしたというのでもないが…とにかく、明日の事は明日の天候でも視て考えることにしたい…些か写真を整理する等して、本当に眠くなったら遠慮も会釈も無く眠るだけだ…

それにしても…昨年の6月に旅をしてみた以降、何か所用に絡んで出掛けているとは思うのだが…今般のように「出先で気儘に散策」を繰り返しているような状況はその「昨年6月」以来だと思う。時にはこういう時間も設けたい感だ…

歩く…:運行日誌(2020.03.30)

京都の宿は2泊押さえている…今晩は「第2泊目」である。前夜に関しては「とりあえず到着…」で、今夜は「一日過ごした後に休む…」という感だ。

少し早めに「何時でも御休み頂いて結構です」という態勢に入ってしまったという前夕の判断は善かったかもしれない。無理に動かず、深く眠った。

前日は上着やキャップの濡れ方が酷く、何か「硬く絞った雑巾?」という感、「そのまま拭き掃除に使える?」という程度に濡れていた。それが乾いて普通になった。ジーンズ穿きで、半袖のアンダーウェアの上に長袖Tシャツ、そして上着とキャップという服装で外に出てみた…

夜の間、宿の部屋から戸外を望めば、少し向こうに「朱色の建築物が照明に浮かび上がる」という様子だった。<八坂神社>である…「近くで、少し落ち着いて眺めたい…」と思いながら、夜は戸外へ出なかったが…早朝の暗い時間帯にも未だ灯りが点いていた。そこで午前5時頃に出たのだ…

<八坂神社>を眺めた後、昨夕の日没頃にも視ている<祇園枝垂桜>の「異なる時間帯の異なる表情」を愉しんだ。“妖艶”という感の夕刻に対し、“幽玄”という感の早朝の様子だった…

そこから東大路通を歩いて南下し、<八坂の塔>や<三年坂>、<二年坂>を訪ね、更に歩いて<大谷本廟>に至り、京阪の清水五条駅の辺りまで歩き続けた。その辺りで、開店しようとしていた喫茶店が在ったので立寄り、「旧き善きスタイル」なゆったり出来る喫茶店であったので、店主氏がサイフォンで淹れた珈琲を頂いて1時間ばかり休んだ…

休んだ後は、また歩いた…<豊国神社>に立寄り、<京都国立博物館>の前を通って京阪の七条駅辺りに至って<七条大橋>を眺めた…<七条大橋>は明治末年から大正初期に登場し始めた「コンクリートのアーチ橋梁」というモノで、現在でも使用されている、実はなかなかに貴重なモノだ…

そこからは『歩くまち 京都 レールきっぷ』の出番だ。京阪、京都市地下鉄、JR、嵐電、阪急の京都辺りの路線の列車に1日中乗ることが叶う代物だ。京阪の発売駅は三条駅なので、とりあえず三条駅へ列車で北上し、その『歩くまち 京都 レールきっぷ』を求め、「列車で少し移動しながら歩く」という感じになった。

地下鉄の今出川駅まで出て、<一条戻橋>を探したが、思わず逆方向へ歩いて、結果的に<上御霊神社>を訪ねた。今出川駅から地上に出ると、道路の標識に「↑京都駅」と在った。京都駅は街の南寄り…北側に相当する一条は「逆方向?」と思ったのだが、今出川駅辺りは一条よりやや北だった訳だ。

<上御霊神社>辺りから今出川駅周辺に引き返せば同志社大学が在るのだが、そこで史跡を示すモノを発見した。明治期…薩摩関係者と縁が深く、会津出身ながらも京都市の仕事をして活躍していた山本覚馬が、妹の夫である新島襄の「学校を開く用地?」という相談を受け、薩摩島津家が京都に構えた屋敷―所謂「薩摩藩邸」…―の跡地を提供出来ることになった経過が在る。幕末の、薩摩の人達が関与していた色々な出来事の舞台―近くに<御所>が在るので、薩摩島津家が将士を送り込んだ<蛤御門の変>のような争乱の際には、今日歩いていた道筋を彼らも歩いていたに違いない…―となった場所が、現在は永年の実績で声望が高い同志社大学な訳だ…

そんな状況から<一条戻橋>に辿り着き、<清明神社>を訪ねた。“陰陽師”の安倍晴明を祀る神社で“五芒星”―要するに「☆」のような形―の紋を掲げている。結果的に…“御霊”は祟りをもたらすとして畏れられた訳で、“陰陽師”の役目の一つにはそういう畏れへの対応も在った筈だ。双方に関連が在る場所を訪ねたのは好かった…

やがて地下鉄と京阪を乗り継いで宇治を訪ねた。宇治では<宇治神社>と<宇治上神社>とを訪ねた。その宇治からJRの列車で京都駅に入った頃には午後3時に近かった…

「次の一手」を思ったが、「多少…寛ごう…」と、地下鉄と阪急の各列車を乗り継ぎ、宿に引揚げた。宿の建物の1階にカフェが入っているので、珈琲を持ち帰りで求めて、宿の居室で頂きながら暫しゆったりと…

京都の事情に明るい方であれば、ここまでの「午前5時から午後3時過ぎまで」で歩いた距離が「なかなかなモノ…」であることを御理解頂けると思う。10℃に届くかどうかというような気温の曇天で、汗ばむようなこともなく、動き易かったが…動き過ぎた…前日は「この雨にやられて♪」という具合で、酷く濡れて消耗して「とりあえず…少し遠くに逃れて休む…」としたのに対して、爽やかではあるが「エネルギーをかなり使った…」という感ではある。

そして「夕食でも摂ろうか…」と思い始めた頃に外へ…何か列車で動くことも出来た訳だが、敢えてそうせず、宿の近隣を少し歩いた。各種の飲食店が多い祇園エリアに在るのだ。加えて…かなり動き廻り、随分と積極的に歩いた日中だったので、ゆったりとしたかった…

出くわすことが叶ったのは…<HRC Kyoto>である。HRC?<ハードロックカフェ>である!昨年7月、京都に<ハードロックカフェ>がオープンした!未だ新しい部類だ…

<HRC Kyoto>が在るのは、祇園白川である。店は「過ぎる程に周辺に馴染んでいる」という状況で、全然目立たない…故になかなか気付かないような感じだ…

<HRC Kyoto>は、「来日した国外の人達に“日本”を経験しながら、<HRC>を愉しんで頂く」というようなことを目指したようで、非常に落ち着いた感じの内装になっている。1階はグッズを売る店と、混雑時の待合、場合によって飲物等を頂くことも出来る場所になっている。2階は普通のカフェで、料理や飲物を愉しむ場所だ。場合によって、音楽演奏等の催しも開催可能な感じだ…

<HRC>のチェーン店で供する様々なモノは普通に供しているが、「“日本”を経験」ということで、ジャパニーズウィスキーや日本のクラフトジン、日本酒や焼酎も供していて、料理の中には「一工夫…」なモノも含めて「<HRC Kyoto>だけで供している」というモノも在る。

バーカウンターに陣取って、少し店員さん達と話しながら飲物と料理を軽く頂いた…飲物は、京都で製造しているクラフトジンのソーダ割…料理はチキンウィングに「一工夫」の代物で、名付けて<やきとりチキンウィング>という。「焼鳥のタレ」風な味に仕上げて、“山椒”や“黒唐辛子”という「京都の調味料」が在って「御好みで点けて」ということになる。

京都のジンも、<やきとりチキンウィング>も凄く好かった。店員さんによると、国外の方に“黒唐辛子”は好評ながら、“山椒”や“山葵”は「異質な辛さ?」と驚かれてしまう例が目に付くようだ…自身は蒲焼でも愉しむ気分でチキンを半分、そして好みの「些か辛味の調味料を点けて」という感じで残る半分のチキンを存分に愉しんだ。

夕食も愉しんで「1日の幕引き…」という状況だが…とにかく歩いた感で、同時に何本も列車に乗った…『歩くまち 京都 レールきっぷ』なる呼称の、指定地区内各社の路線の列車を利用可能な1日乗車券を使ったが…自身では、休暇の旅行のようなモノの際には「公共交通で適当に動き、辺りを気が済むように歩き廻って、様々な興味深い文物に触れる」というのが“肝”だと思っている。『歩くまち 京都 レールきっぷ』というようなモノは、自身のような志向の人にとってはなかなかに好いものだと思う。

少しばかり時間を設けて、気儘に歩き廻りたい…ただそれだけで動く数日の只中に身を置いている。別段に、どのように動いたのかを綴る必要性も無いのかもしれないが、「記憶を補完すべく記録」が少しは欲しくなる。そこでこの記事が現れた訳だ…

明日は?明日、考えれば好い…

思い掛けない?:運行日誌(2020.03.29)

或る程度想定していたようでいて、想定を少々外れてしまい、「それはそれとして…」と何となく納得する場合…個人的な事に関してはそういう例は少なくない。自身で考えて、自身で行動する限り、どういうことであろうと納得は可能だ。何処かの他所の人間が、自身の関わる事について好き勝手を言っていて、そちらの言い分のとおりになる場合には納得どころか理解さえしない、出来ない、する気も無いということになってしまうように思うのだが…

振り返ると、人生の多くの場面について「そんなモノ…」というような感、言葉を換えると「なるようになるモノ…」というような物腰で臨んでいるということなのかもしれない…今日は、少し早めに「何時でも御休み頂いて結構です」という態勢に入った…

宿の大浴場を利用させて頂いていた間に日付も変わっていた…そうやって始まった1日だ…更に、日付が変わって以降に休んでいるのだが、眠りが深いのか、ダラダラと寝ているというのでもなく、普段「極々短い散策」に出ているような時間帯には目が開いてしまった。不思議なものだ…

前夜に成田に宿を求めたのは、着実に新千歳空港に着くことが叶うような夜の時間帯のフライトで、遅めに到着した時に便利だったからということが挙げられるが、実はそれだけではない。

成田の少し先に佐原(さわら)という場所が在る。江戸時代には幕府の御料(所謂“天領”)であったり旗本の知行地であったという経過が在る場所だという。そこはかの伊能忠敬に所縁が深い地域なのだ。

江戸時代である19世紀初めの方に、地図を作る仕事を伊能忠敬は、本格的に学問に勤しんで、その成果を活かすべく地図製作に向けた測量のようなことを手掛けたのは50歳以降である。それまでは婿養子に入った佐原の伊能家で醸造業、金融業、舟運というような事業を手掛けていて、その傍らで名主という“村長”とか“町長”という感じの役目を担っていた。江戸時代の地方では、こういうような代表者が任命されて色々な事をやる自治制度のようなものが存外に重要だったようだが…

その伊能忠敬の佐原だが、伊能忠敬が住んでいたという家を含めて、古い建物が江戸時代には舟運に利用されたであろう水路の辺りに残っていたりして面白そうだったのだ。

加えて、辺りには香取神宮という由緒在る立派な神社が鎮座することも知られている。

とりあえず「実質的なスタート地点」という感の成田から佐原を訪ね、そこから先は「なるようになるモノ…」というような物腰で臨んでいて、深く考えていなかった。或いは、色々と考え過ぎて「その時の気分と天気で決める!」ということにしてしまっていたのだった…

成田は雨交じりな早朝だった…そして雨は強弱が揺れていたが、成田駅から佐原駅の1つ向こうの香取駅へ向かった。香取神宮へは2㎞程度…概ね30分だ。その間、雨に濡れた…

香取神宮は18世紀頃の建物が伝わっているのだという。かの徳川綱吉が寄進したのだというが、そういう建物を時々修繕しながら大切に使っていて、また神職の皆さんの数も多い感じで、偶々人出が少ない朝早めな時間帯だったが「大社の風格」が感じられた…

その香取神宮から2㎞程度…伊能忠敬が住んでいたという家も在る佐原の旧い街並みの辺りまで更に歩いた。ここでも雨に濡れ続けた…やや冷たい雨で、時々強風が交じった…身体も冷えた…

旧い街並みの傍に<佐原町並み交流館>という案内所的な施設が在る。オープンしたところであるようで、硝子張りな扉から御手洗が視えたので拝借しようと中へ入った。

御手洗を拝借したが、<佐原町並み交流館>には街の歴史や伊能忠敬の事績を広く伝えようと様々な活動をしているグループの皆さんが居て、訪ねる人達に色々なことを伝えている。自身は、樺太探検の間宮林蔵が、伊能忠敬の地図製作に協力して北海道の測量史料を提供した経過を承知していて、地元の資料館で間宮林蔵等が携わった当時の地図製作という関係の展示を愉しく視ている。それで、当時の関係者の中心的人物でもあった伊能忠敬に関心を持った。

<佐原町並み交流館>の皆さんと少し話して面白かった。伊能忠敬の人生と事績を紹介するビデオが在るというので、それを拝見してずぶ濡れの身体を休めていた…

佐原に関しては、非常に好い感じだったが…風雨に動きを阻まれた…そして冷たい雨に濡れ続け、何か酷く低温の中を動き回る時以上に辛い感じさえした…

実を言えば、成田に上陸後に本州を少し西へ進んで、そのまま空路で北海道へ“帰国”という考えだった。色々な経路で西へ進むことも思い描いたが…とりあえず、やや列車本数が少ない佐原駅で乗車出来た千葉行の列車に乗っていれば…続いていた雨は、真昼間に雪に変わり、雨で冷えた箇所に些か積もるというような…この時季の首都圏では「珍しい!?」状態になった。

何か…半ば力尽きたような感となり…「この雪から逃げよう」ということにした。京都の祇園に宿―少し前まで「空いていない…」ばかりで、空いていても「高過ぎ…」という感であった場所…―を求め、東京駅から新幹線で京都駅に向かってしまったのだった…

東京は少々御無沙汰で、少しばかり何かを視ようと思わないでもなかったが…何やら「また素通り…」ということになった。御無沙汰な状況を捉えて「東京には出入禁止を食らっている…」と冗談を言うことが在るのだが…

そして深い考えも無く京都にやって来て…朝の6時台に出発して、11時頃に佐原を発つまで濡れながら歩いて少々弱っているので、休もうとしていたが…宿の比較的近くにかの<祇園枝垂桜>が在ることを思い出し、折良く「時季!!」な状況を視て来た…

<祇園枝垂桜>というクラスのモノは、流石に些か多目な見物者が見受けられた。京都は、少し以前のような「異様な人出」は免れている。これは東京も同じだ…佐原は、多分平素から比較的静かなのだと想像する。しかし「例の問題」に関して、千葉県内で「由々しき…」が発生したので危機意識は高くなったようだ…

京都の祇園の宿で…とりあえず悪条件下で動いた身体を休めている。折角居る京都でどうするか?何をするでもなく、漫然と過ごせば善い筈だが…「何時でも御休み頂いて結構です」という態勢で何となくゆっくりする…

長かった一日…:運行日誌(2020.03.28)

「後は何時なりと御休み頂いて結構です…」という時点に至り、1日を振り返ってみて「長かった…」と慨嘆する場合が在る。今日はそういう感じかもしれない…

「早くから動く」ということで「早めに起きる」という必然性が在る朝…その前夜に、軽く酒類を嗜んで、好みの料理を少々摘まみ、何やら気持ちよく眠ってしまえば、とりあえず早起きは「してしまう」という感だ。通常、休日ということであるのなら、何時の間にか居眠りに陥ったとしても問題は無いが、「早くから動く」と予定している以上、居眠りは避けるべきかもしれない。

そんなことを思いながら、<しゃちブレンド>を淹れて、未だ戸外が暗い中、過ぎる程に静かな居室で悠然と啜る。立ち込める芳香と、適当な苦味が非常に好い…

「愛用のカメラでも抱えてフラフラと自由な時間」ということがしてみたくなり、そういう想いが「募って、高まった…」ということで時間を設けた。そういうことをやるということは、「普通に歩き廻る」に過ぎないのかもしれないが、結果的に「身体を動かす」ということに他ならない。足下が悪いような状態の積雪期が続いていて、「身体を動かす」というようなことがやり悪かったかもしれない。そういうことで、とりあえず「動きたい!!」のだ。と言って、その辺を漫然と歩き廻るようなことだが…

悠然と身支度を…ロシアの水兵が着る長袖ボーダーTシャツの“チェルニャーシカ”を着て、最近着用機会が多いジーンズの中で最もゆったりしたデザインのモノを穿き、米国オレゴン州の刑務所内で製造されているというシャツと上着を着ることにして、シャツの上にはジーンズと同じ日本国内のメーカーの手になるベストを着る。気に入っている感じの動き易い服装が整った。

そういうことをやりながら過ごしていれば、<しゃちブレンド>のマグカップは空いた…そこで小さなグラスに<いりおもて>を注ぐ…スッキリした30度の泡盛…好い感じなのだが、「素敵な休日に!」とグラスを傾けた。

そして出発だ…<青春18きっぷ>を手にして出掛けた。

「あなたの街へ…この駅から…北の始発駅!稚内駅!」と勝手に呼んでいる駅へ静かに歩み、早朝の普通列車に乗車した。

馴染みのキハ54ディーゼルカーの1輛運行という列車は、稚内駅から名寄駅へ淡々と進む。進行方向右側に陣取ると…利尻富士が視える場合が在る!今日はそれが視えたのだが…車内は途中の恩根内駅まで…「貸切」だった。流石にこれは珍しい…

最終的に、自身を含めて3名が名寄駅に着いた列車を下りた。そこから先、旭川駅までは<青春18きっぷ>を使わずに、普通に券を求めて特急列車で移動した。

名寄・旭川間を特急で動いてしまえば、旭川駅から<青春18きっぷ>で乗車可能な列車の選択肢も多少在る。そして、そこから先もかなり動き易くなる。名寄で少し長く待って普通列車に乗れば、旭川以遠も、旭川で少し待ち時間が長くなってしまい、次第に乗車する列車の選択肢が少なくなってしまうのだ…

旭川駅に特急列車が着くと、そのまま乗場を移動して滝川駅へ向かう普通列車に乗ることが叶う。電化区間でありながら、どうしたものか2輛連結のキハ40ディーゼルカーで運行される列車であった…

滝川駅からは721系電車の3輛編成による列車で岩見沢駅に向かった。岩見沢駅では改札を出て一息入れ、次は“室蘭線”の列車に乗った。

「普通列車、苫小牧行です。札幌方面へは行きませんので御注意下さい。この列車ではKitacaは御利用になれません」と繰り返しアナウンスを流していたキハ150の1輛運行の列車に乗込み、苫小牧に出た。苫小牧では、「本日初めての食事」という感じで、駅前の商業施設内のファストフード店で一息入れた。

苫小牧から札幌方面への普通列車…概ね1時間に1本というように見受けられる。“食事休憩”という感じであったが、少し列車を待った。そして南千歳駅に向かい、札幌からやって来た、少し驚く程度に空いていた<快速エアポート>に乗車…新千歳空港駅に至った。

夜の<ピーチアビエーション>のフライト…少し搭乗手続開始に間が在る。空港ビルの4階に、「普通の喫煙席」が在る、イマドキ“絶滅危惧種”なカフェが在るので、そこでゆったりとしていた…

考えてみると…<ピーチアビエーション>のフライトは「初めて!」だった…機材の到着の関連で定刻よりやや遅れたフライトだったが、存外に乗客は多かった。何となく<ピーチアビエーション>と記憶しているが、畿内の客室乗務員や機長のアナウンスでは単に<ピーチ>と言っていた…

存外に多く思えた他の乗客と共に、A320で乗り込んだのは…成田空港だった。到着する場所が<第3ターミナル>という場所だ。鉄道駅が設けられている<第2ターミナル>へ向かうには酷く歩く。何度も上り下りも在る…20分かそれ以上を要して<第2ターミナル>へ…JRの列車は本数が減っていて、待ち時間がより長かったので京成電車を利用して京成成田駅に出た…そして京成成田駅の傍に押さえた宿に入った訳だ…

稚内→名寄→旭川→滝川→岩見沢→苫小牧→南千歳→新千歳空港―敢えて稚内から「札幌を経ずに新千歳空港」という経路を使ってみた…岩見沢・苫小牧の経路は、嘗て「樺太との連絡のために稚内と往来」という人達を意識した旅客列車が走ったそうだ…―、加えて空港第2ターミナル→京成成田で8本の列車に乗ったことになる…朝5時台に出発し、宿に入ったのは午後10時半頃…列車内で些かの居眠りは在ったと思うが…それ程長く居眠りしてしまったのでもない…その割には元気だ!

今日の「長かった一日…」は、「休日の旅」の実質的なスタート地点にしようということにした成田へ至ることに費やされた訳だ…

成田は…雨が交じっている…

前夜…(2020.03.27)

<しゃちブレンド>の芳香が、過ぎる程に静かな居室の中に立ち込める感である。淹れてみた珈琲の芳香が感じられるということは“嗅覚異状”という妙な症状ではない…善いことだと思うが、夜の一時に居室で珈琲を淹れるという例はやや少な目だ…

夕刻に何となく<あさ開>の粕取焼酎を居室で頂きながら寛ぎ、御近所の店に立寄って<ザンギ><豚キムチ>とを摘んで「夕食」ということにした。

そんなことをしていた間に「雨交じりな夜」という感になっていて、多少の雨で湿りながら帰宅してみて、何やら<しゃちブレンド>を頂いてみたくなったのだ…

そしてその<しゃちブレンド>を啜りながら、何となく音楽を鳴らしてみたくなり…意味も無く『仁義なき戦い・オリジナルサウンドトラック』を鳴らしてみる…

少しばかり“御機嫌”な、静かな夜を何となく過ごしているが…久し振りに「(純粋に)勝手に随意に過ごす時間」というようなものを設けてみた…

随分と以前から「何処かへ出掛けるから写真でも撮る」のか、「写真でも撮ろうかと何処かへ出掛ける」のかがよく判らなくなってはいたが…最早、それは何れでも構わない…愛用のカメラでも抱えてフラフラと自由な時間を過ごし、気が向いたらカメラを使い、出来た写真が気に入れば保存して公開…そういう「好き勝手!」を酷く渇望していたような気がするのだ…

「愛用のカメラでも抱えてフラフラと自由な時間」ということなら、それは「私が生きている時間」というモノと実は殆ど同一なのかもしれない…少なくとも意識の中ではそういうように思わないでもないのだが、物理的に、本当に何時でもそういうようにしているという訳でもない…時々、思い付いて時間を設けて、そういうことを気が済むように試みる訳だ…

そういうように「設ける時間」に関しては、入口と出口とは或る程度確定しているが、その中間は「本当に好き勝手に一人で…」という場合が殆どとなる。「“時計”が半ば消えている時間」という設えになってしまう訳だ…

そういう時間の実質的な入口に佇み、気に入っている<しゃちブレンド>を「休む前の一時」に啜っている…或いは…「見慣れぬ路の果ての見知らぬ街」というような場所に至って、そのまま帰還が叶わなくなったとしても…多分、それはそれで然程の悔恨も感じないのではないかと思う…最近は、そういう気分が少々強まっている感がしないでもないが…

とりあえずは、この「“時計”が半ば消えている時間」というような期間の見聞や考えたこと、それ以前の“行動記録”のようなことを、とりあえず綴っておくことを思い立ち、こうして序章のようなモノを綴っている訳だ…

明日の今頃?何処で何をしているものか?「見慣れぬ路の果ての見知らぬ街」というような場所で、「行ったきりなら幸せになるがいい~♪」という具合であろうか?とりあえず、早起きをp企図する明朝だが…深く眠れるような気がしている…

運行日誌追記(-2019.06.09)

既に日付が改まって6月10日の朝だが…「やや極端な早寝」の結果として「早起き…」という朝を稚内の拙宅で迎えている…

6月8日の夜は、札幌都心の宿に入って、そのまま6月9日の朝まで一歩も外に出ずに休んで、やや早くに出発した…

札幌駅・新千歳空港間を列車で移動し、空港で搭乗手続き、未だ開店していない館内飲食店が多数な中、開いていた店でうどんを求めて朝食とし、保安検査場を通って待合室に入った。出発が多少遅れたが、無事に小さな飛行機は稚内へ飛んだ…稚内空港から稚内駅まではバスで移動した。

拙宅に戻ると…旅の際に汗で湿って、6月7日の雨で濡れたジーンズや、その他に拙宅に在った衣類を洗濯しようと直ぐにコインランドリーへ向かった。コインランドリーから戻る道すがら、馴染んだ店でやや遅い昼食をゆっくり愉しんだ。拙宅に戻ってから、今度は別な馴染みの喫茶店に足を運んで寛ぎ…拙宅に引揚げて、出先から送っていた荷物を受け取り…そこで直ぐに眠ってしまった訳だ…眠ってしまった頃は、多分、未だ午後7時にもなっていなかったと思う…

「非常に充実!!」の直後に「脱力感…」というようになる場合が在るのかもしれない。現在が正しくそれであろう…

出先では日中に25℃を超えるとか、その辺りの気温帯が多く、30℃に届いていたという場面さえ在ったようだ…半袖Tシャツ着用で過ごす場面が殆どだった。稚内へ戻り…甲子園球場のショップで求めた、野球のユニフォーム型の半袖シャツを着ていたが…上着を1枚引っ掛けた…稚内は15℃を挟むような気温帯で、風が少々冷たい…何やら「異国情緒」のようなモノさえ感じてしまうことを禁じ得ない…

これから…方々での写真を整理して、見聞等を纏めておこうかと思っている。「次」が在るのか否か、よく判らないが…

北の空を目指し…♪:運行日誌(2019.06.07-08)

札幌の宿に在る…到着した時点で「ぼんやりしていると午後9時になりそうな…」という時間帯であった…本当に直ぐに午後9時になってしまったのだったが…宿に入る前に居室で飲むモノ等を求めてあった訳で…「今夜はもう出ないで、直ぐに休む…」という態勢に入ってしまった…

札幌駅から南下した訳だが…大通公園周辺で「祭り」の盛りで、交通規制が入っていた。「おい!!勝手に道路を塞いでくれるな!!渡れないじゃないか!!!その先…30秒もかからない場所に行くのに5分も掛かるじゃないか?!」と、少々歩いただけで苛立つこと頻りだった…そういうことも手伝って「素早く休む…」という気分にもなった訳だ…

少し長い1日だったかもしれない…

前夜は、日付が変わってから休んだが…何やら「バタン…」と深く長く眠り、気付けば午前6時半を過ぎた辺り…「普通」な時間帯の起床であるとは認識するが…変な時間帯に眼を開けることもなく、そんな時間帯までシッカリと眠っていたのは久し振りであるような気がする…「“甲子園”の日」とばかりに、前日にエネルギーを使った証左でもあると思うのだが…

スッキリしたような、ぼんやりしたような、よく判らない状況でとりあえず今日の行動開始だった…

何となく…「夕刻に名古屋から札幌へ飛び、翌日に稚内へ…」という「妙(??)な段取り」だ…「大阪から名古屋へ移動」ということになる…「関西方面から真直ぐ札幌」のフライトで気に入った感じのモノが「何となく?」と見当たらなかったというだけのことだが…大阪・名古屋間の移動も一寸面白いと思っている・

大阪・名古屋間…新幹線ではなく、近鉄特急にした…意外にアレが好きなのだが…今般は偶々乗車したことが無かった<アーバンライナー>という、「平成の御代」に登場した車輛に乗車だった…これまでの何回かの利用では専ら「“昭和”な雰囲気?」という感じだった…<アーバンライナー>は、何処となく「新幹線に遜色無い」というような感じを目指したのかもしれないと感じたが…それでも、何となく独特な沿線を駆け抜ける風情で、それを愉しんだ…<アーバンライナー>や、違う呼称で殆ど同じような車輛が、近鉄沿線を通過する場面や駅で乗降が行われている場面は視ていたが…乗車したのは初めて!!こういうのは面白い…

名古屋では…<あおなみ線>なるモノを利用した。JR東海による鉄道博物館である<リニア鉄道館>をとりあえず視て来た。あそこは…「各年代の“実物”の車輛を据えた東海道新幹線広報室」という感が強く、「博物館“感”」は「JR東日本やJR西日本、更にJR九州が関わる他所よりも弱い??」というようには思った…が、「気になっていたが、訪ねる機会を設けられていなかった…」という場所だったので、寄ることが出来て善かった…

思い返すと…復路を「大阪→名古屋→札幌→稚内」というように、往路は「稚内→東京」と「出入口」だけは交通等を確保し、「中身」は「現場の思い付きで構わない…気儘が好い…」と設けてみた時間を費やすこととした。何処となく、事前計画を拒むかのような感さえ否定し悪かったかもしれない…或いは、色々と思い付き過ぎて、自身の中で収拾困難に陥っていたのかもしれないが…

そして…結果として「気になっていたが、訪ねる機会を設けられていなかった…」が「キーワード」になった…

「気になっていたが、訪ねる機会を設けられていなかった…」??現役の普通に窓口で切符を求めて乗車可能なモノとしては、目下のところ「唯一!!」になってしまっている<サンライズ>に乗車…出雲大社、松江城、萩を訪ね…広島城に寄り…甲子園球場を訪ねて、見学をして試合観戦…<リニア鉄道館>である…何れも「気になっていたが、訪ねる機会を設けられていなかった…」である。

ハッキリ言えば…「九州北部に在って福岡空港を利用」、「関西に在って神戸空港や関西空港を利用」というのは、「道内で札幌に出て新千歳空港を利用」という場合と「然程の差を感じない」という按配だ。慣れている…対して名古屋の中部空港は…利用機会が少し少なく、何となく勝手が慣れない…その中部空港を久し振りに利用だ…

あの(!!)、何やら「世界の中心である!」とでもいう程に広壮で、周辺の住所がその略称である「名駅〇丁目」という住所―この“名駅”のように、「札幌駅」を“札駅”と呼ぶ人が多くなっている…私が高校生位の頃には、多分「存在しなかったような?」言い方なので抵抗感も強い…少なくとも名古屋で“名駅”は住所にまでなってしまっているが、“札駅”はその限りでもない…―になってしまっている名古屋駅の中を彷徨い…名鉄の空港線の列車に久々に乗車した…偶々、熱田神宮から名古屋駅へ向かう際に名鉄の列車には乗車した経過が在ったが…久し振りに列車で中部空港だ…

久々の空港で利用したのは、これも久々ということになる<ジェットスター>の便である…随分以前に、<ジェットスター>の便で中部空港に着いたという記憶は在るのだが…中部空港から乗るのは初めてだった…で…空港でゆったりしてから搭乗すると、席に落ち着いて眠気が射し、駐機場から滑走路へ動き始めた後…眠ってしまったようだ…気付けば「雲の上」で、操縦席からの副機長のアナウンスで「山形県の日本海沖を航行中」ということだった…苦笑が漏れる…

色々な見聞は追って振り返りながら纏めて行こうとは思っている…明日は更に北上だ…

強めな雨が交じった日に…:運行日誌(2019.06.07-08)

「午後10時半」というような次元に、出先で宿に引揚げる…最近では少し珍しいかもしれない…大阪の通天閣の“足下”辺りの宿に在る…

宿で朝食を頂いたが…会場となるホールのテレビでは、方々で大雨の予報で、「避難指示」という話しになった地域や、交通の運転見合わせが生じた地域が在るという話題を取り上げていて、少々気持ちが曇った…関西も雨が強い時間帯が在るということだった…

とりあえず…朝食を摂った直ぐ後辺りから雨が交じり、やがて雨は強めになった…戸外に出ようとした際、既に強めな雨だったので…宿のフロントで販売していた「300円の傘」を流石に求めた…傘を使っても…かなり濡れてしまったが…

食事を摂った“串カツ”の店に<今宮えびす>の縁起物が飾られていて、一寸店の方と言葉を交わした…1月の祭事に際し「この辺りで商売をしている者は粗方出掛けて、縁起物を買います」という話しだった今宮戎神社が酷く気になった…雨の中で歩いて足を運んでみた…

そういうことを仕出かして…直ぐ傍の南海の今宮戎駅から列車に1駅間乗車…なんば駅に出て、また街を歩いた…難波神社にも立ち寄った…そして難波神社となれば、地下鉄の本町駅が近い…

本町駅から地下鉄に乗り…日本橋駅に至って<なんばウォーク>の<久保本家酒造>(大宇陀の老舗の酒造会社…)が運営する殆どカウンター席だけの店で濁酒を頂いて牛すじ煮込みを摘んだ…

そんなことをやっていて…なんば駅に出て…大阪難波駅へ歩き、阪神なんば線の列車に乗り…車中で居眠りに至ってしまった…そして尼崎駅に着いて、乗務員のアナウンスに起こされてぼんやりとしてホームに出れば…直ぐ目の前に阪神本線を進む特急列車が現れ…それに飛び乗って甲子園駅へ…

実は今般…「6月7日に甲子園球場でタイガースとファイターズの交流戦の試合が…」と偶々気付き、ネット予約で入場券を押さえ、序でに球場内を見学出来るツアーにも申し込んでいたのだった…

雨がやや強い状態…昼頃まで続き、夕方から夜にも「不意に雨脚が強く…」というのも在ったが…無事に見学ツアーも試合も愉しむことが叶った!!今宮戎神社や難波神社、序でに甲子園球場裏の素戔嗚神社(すさのおじんじゃ)で、自身がとりあえず生きて随意に活動していることに感謝の意を表しながら、強めな雨の妙な影響が少なく済むことを祈っていたような感なのだが…少しばかり“御利益”が在ったのか?

独特な雰囲気の甲子園球場…今年で創建以来95年…何度も改装してはいるが「完全に壊して再建した」という経過はない、正しく「多くの笑顔や涙を視て来た野球場」と言える甲子園球場…最早「半ば“史跡”」であり、充実した資料館まで備わっている…ここでの見聞等は、別途詳しく纏めたい…

タイガースとファイターズの交流戦の試合…ファイターズの好打をタイガースの好守が食い止めてしまうという具合で、両チーム無得点の均衡が続いた…が、ファイターズが先行して2対0となったが、タイガースは追い上げて同点になる…しかしファイターズは追加点…3対2…ファイターズは接戦を制した…ファイターズでは有原投手や宮西投手という、「何やら“持続力”が?」というファイターズ投手陣で目立つ好投を続ける投手を観られたのが好かった…野球とは関係ないモノを着た状態で、「敢えて何方かを熱心に応援しているのでも…」という“立ち位置”で観戦していたつもりだが…内心では「“頼み”の有原を甲子園のマウンドに?!これは…負けられないじゃないか?!」と思いながら観ていたかもしれない…また周囲の人達が5番レフトで出場の清宮を話題にしていた…マダマダ若手ながら「全国区の人気者」と言えるかもしれない…

何やら…「“甲子園”が軸」という1日で、そこに今宮戎神社や難波神社が加わったという按配だ…もう少し方々に行こうとも思ったが…「この雨にやられて♪」という按配でもあった…

そうやって振り返っていた間に…日付が改まってしまった…下り坂の天候から逃げるかのように動いている感だが…今日はどういう具合になって行くことか…

運行日誌(2019.06.06)

不意に妙な事を思い出した…

“親父殿”が何となく撮った「幼少期の私」の写真の中に、何か妙な写真が在った…床に座り込んで、その辺に在る電気炊飯器を半ば傾けるようにして、しゃもじを手に何やら弄っている様子…という「あいつ?何をどうしたいんだ?!」と、傍の大人が苦笑を漏らす他無いような、幼児に特有な動き…

そうやって、電気炊飯器を何やら弄っていた妙な幼児だったが…食べるモノは確りと、「過ぎる…」という程度に食べて、身体はやや大きくなって、序でに態度もやや大きいかもしれないという状態の“おっちゃん”になっている私だが…何やら今日―生誕は6月6日の朝6時頃という話し…―でまた1つ、「無駄かもしれない齢」を重ねてしまった次第だ…

色々と誕生日を祝うメッセージを頂くというようなことも在ったが、メッセージを頂いた皆様には、御厚情に感謝申し上げる…

その誕生日の夜…サウナを利用して身体を解し、適当に食事も摂って、何やら「直ぐ休んで頂いて結構…否!早く休んだ方が好いかもしれない…」という状態で、大阪の通天閣の足下にというような位置の宿に在る…気に入って何度も利用した経過が在る場所だ…

奈良の宿で迎えた朝は…日出の前に起き出し…戸外に出て、猿沢池を少しだけ眺めてから多少休んでいた…

近鉄奈良駅へ出てみれば…何やら修学旅行生が大勢居た…最近は、奈良に滞在して、公共交通で京都等をグループ行動で動くということをやっているようだ…中学生にも高校生にも見える感じでよく判らなかったが…PASMOを持っている生徒が在ったのが見えたので、恐らくは東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県というような辺りに在る何処かの学校であろうが…今般、広島や奈良で小中高各々の修学旅行を随分視掛けたのだが…今日の様子は「最近の流儀か?」と少々驚いた…

近鉄の列車で奈良から京都方面へ向かい、丹波橋で京阪に乗換え、以降は“1日乗車券”を利用だ…

今般、京都の吉田神社、宇治の黄檗宗の萬福寺、大阪府下の門真市に在るパナソニックの資料館を訪ねた…何れも「寄ってみようか…」と思い立った経過は在ったものの、立寄ることが叶わないままになっていた場所だ…

この辺りの見聞等は追って整理することにする…

“誕生日”ということになって「“無駄かもしれない齢”を重ねてしまった」という感じ方をする他方、「とりあえず“誕生日”まで生きて居られたことについて…何かに感謝すべきであろう…」という感じ方をする場合も発生するようになった気がする…

何となく感じるのは…自身の人生では、「掴んだ」というつもりで居て、実は掴んだという訳でもないとか、後になってから「砂を握った時のように指の間から砂が零れ落ちてしまっていた…」と気付くというのが多かったという気がしているが…同時に「実は出来そうで出来ない?」というようなことを「意外にアッサリ?」と達成してしまっているというようなことも多かったかもしれない…思い付いてフラフラとしている中で誕生日を迎えたが…どうということもない、1年に一度は必ず訪れる「6月6日の朝6時頃」が過ぎてしまったに過ぎない…所詮、何でも「“なる”ようにしか“ならない”」ということなのだろうから、「逃したモノが大き過ぎる」という程度のことに思い至ったとしても、実は「気付かずに大きなモノを得ている」というのも多いのかもしれない…

それにしても…今日も好天の時間帯が多く、日焼けが少し酷い…顔が痛い…今日の関西は「30℃に届いた」というようなことだったが…稚内では「真夏にもそういう状況には?」という感なので、何となく驚かざるを得ない…

やや暑いので…余り強引には動き回らないことにしたのだったが…多分、それで善かったのだと思う…

「運行日誌」というより「歩行日誌」?(2019.06.05)

奈良・長柄(ながら)…長柄・京終(きょうばて)…半ば「一往復」という感で…列車に乗ったのは「これだけ」という1日だった…

とりあえず奈良市の隣の天理市に足は踏み入れているが…とりあえず「奈良を歩き回る」ことに終始した1日だった…

早めな時間帯には曇っていたが、次第に天候は好天し、汗もかいて日に焼けもした…朝から午後まで歩き廻り、宿で一息入れて、夕刻に一寸外に出た…出発以来、かなり派手に移動し続けているので、何やら「“緩急”の“緩”」ということになったかもしれない…

長柄へ出たのは…大和神社(おおやまとじんじゃ)を訪ねてみたかったからだ…かの戦艦<大和>の「艦内神社」に祀られたのが、この大和神社から勧請した神だったのだという話しも聞くが…“神道”というモノが形になっていくプロセスの中で登場したと考えられているような旧い由緒を誇る神社だ…が…田畑の多い感じの郊外風な場所で、長柄駅から微妙に歩く感じの判り悪い場所に在る、広壮な感じでもない神社だった…それでも、古くからの社を訪ねると、何やら“力”を感じるというものである…

「広壮な感じでもない神社」ということであれば…奈良の街中にもそういう小さな神社は多いと思う。何となく「一寸した戸建ての住宅の敷地が、大変に古い由緒の〇〇神社なのだという…」というのが幾つか在った…細かく探せば際限が無いかもしれない…

そして京終…ここは「平城京の端で終わりの辺り」ということで「京終」の文字で「きょうばて」と呼び習わされるようになったそうだ…

この京終の…「鉄道が開業したような時代のイメージ?」という小さな無人駅舎を起点に、<ならまち>と呼び習わされるような辺りを動き回り<入江泰吉記念奈良市写真美術館>を訪ねる等して動き回っていたのだ…

今日は何やら「自身が奈良に住んでいたとして、休日に何となくやりそうなこと…」をやっていた感じだ…好天だったのは結構だが…何やら体力を使ったような気がする…

今日の見聞に関しては…追って整理する…ここまで、連日のように歩き廻っているのだが、今日は「更に多く歩いた」というような気もする…

明日は?明朝に決めよう…

「勝手知った(つもり!になっている?!)他所」へ…:運行日誌(2019.06.04)

近鉄奈良駅に程近い宿に在る…

阪神の神戸三宮駅で「近鉄奈良行」の“快速急行”なる列車に乗込むと「多少馴染んでいる…」と少し大き目な「安堵感…」を抱き、途中の居眠りも交えて1時間20分程度の乗車…列車の始発から終点までだが…近鉄奈良駅に着いてみれば、「ハッキリとアウェイ」な地域であるにも拘らず、何やら「半ばホーム」と勝手に感じている…

このところ、「何となく関西方面…」という時間を設けている経過の中、何となく奈良に滞在して居心地が好く、自身の中で「奈良の“好感度”が大いに上昇」ということを受けている訳だ…別段、自身は何らかの形で奈良と縁や係わりという程のモノでもない…単純に、休暇の時間を過ごす際に居心地が何となく好いというだけのことだ…

近鉄奈良駅に至った頃…既に「もう少しで日没か?」という時間帯だった…駅の出口から視えるような場所の宿で、素早くチェックインを済ませ、とりあえず居室で寛いだ…ぼんやりとしてしまっていた間に、時間が流れてしまった…そのうち…宿の並びの店で適当に軽い夕食を摂り、居室で飲むモノを求める序に、「(滞在、立寄り地域への)感謝の納税」と勝手に呼んでいるが、煙草も求めた…そして宿の居室に早々と引揚げて、「何時でもお休み頂いて結構です…」という態勢にしてしまった…

広島の宿を出て…駅のロッカーに少し嵩張るバッグと、「暑い…」とずうっと抱えっ放しの「ジャケット兼用な感の厚地のシャツ」とを預けてしまい、身軽になって広島電鉄の1日乗車券を入手した…

広島電鉄…広島の路面電車…加えて専用軌道が敷設されていて、宮島へ向かうことも出来る…これを利用し…厳島神社と広島城、更に原爆ドームに立寄った…立寄った各所のことは、追って別に整理したい…

酷く汗もかいた中…午後に広島駅へ至り、遅めな昼食に<お好み焼き>を確り頂いた…そして東京へ向かうのだという<のぞみ>の自由席に飛び乗った…

実は昨日、新山口から広島へ新幹線で移動する際、乗車券は神戸までということにして、広島・新神戸の自由席特急券も求めてあったのだ…「とりあえず神戸に至る」ということであれば…私の感覚なら「随意に各方向へ動き回ることが出来る」というように感じる訳だ…

その「神戸に至る」という展開の中…「神戸なら…真直ぐ奈良に出る手段も…」と思い至り、奈良に宿を求めた訳だ…

「乗物好き」な部類である私にとっては、「様々な交通手段を駆使した移動」というのも「お楽しみ」である…(世の中には“手段”が“目的”に摩り替わってしまうというような例が多く、それが「世の中を悪くしている!!」と憤りを覚えることも多いのだが…「乗物好き」が「交通手段」を「愉しもう!!」と「半ば目的」にしてしまう程度のことは…然程の害悪でもなかろう…)「お楽しみ」とは言え…今般は…或いは今般“も”ということになろうが…随分と動いた…

今般の経路を振り返ると…稚内→東京→横浜・横須賀→出雲・松江→萩→新山口→広島→神戸→奈良…である…

何か…天候には恵まれている…鏡を何気なく視れば…「赤いお顔の右大臣♪」と『ひな祭り』の歌の一節が頭に浮かんで―頭の中で鳴っているのは、サハリンから稚内にやって来た<ルースキー・テーレム>が歌っていたヴァージョン…―苦笑が漏れる…顔が日焼けした…

こうして「勝手知った(つもり!になっている?!)他所」へ至った訳だ…

出雲→石見→長門→周防→安芸…:運行日誌(2019.06.03)

広島の宿に在る…精力的に動いた1日で、何か…「このまま朝までゆったりと…」という感だ…

例によって…「動き過ぎ!?」である…早朝から列車に乗り、島根県を東西に横断して山口県の日本海岸を進み萩を訪ねた…萩で半日強を過ごし、バスターミナルに現れた、「他所からの旅行者にも人気の高速バス」ではない方の「ローカル(!!)な路線バス」で新山口駅―「何処をどういう具合に?」と大きく回り込むというのか、ジグザグに枝道に入るというのか、不慣れな旅行者には判らない経路で、何時の間にか「山口市小郡」という、新山口駅が在るエリアに至った…―へ向かい、そこから新幹線で広島に出てとりあえず休むということにした…

“旧国名”で言うと「出雲→石見→長門→周防→安芸」という具合…島根県から山口県へ向かって、広島県に廻り込んだということになる…

出雲大社に松江城…萩…こういう山陰地方各地というような場所…「えぃ!やっ!!」と気合を入れて、「“打ち込み”である!!進め!!」とでもいうような“勢い”を付けるのでもなければ、なかなか訪ねる機会を設け悪いように思う…今般…「<サンライズ出雲>に乗車が叶った」という僥倖が在って、松江に在った訳だが、色々と考えて萩を訪ねてみることにした…

山陰地方…交通は不便だ…早朝6時台に松江駅を出発すると、約4時間半の移動で東萩駅に着くことが叶う…これを逃すと、萩で過ごす時間が中途半端になってしまう…萩に泊まるのでもなければ、とりあえず新山口駅へバスで出て、そこから動くというのが最も便利と見受けられる…列車で下関等へ向かうのは不可能ではないが、列車の運行がかなり少なく、接続も悪い…

そんな事情で…今日のような動きになったが…萩ではとにかく歩いた…

↓少し前に…「幕末期の長州」に題材を求めた小説を愉しく読了した…
>>『風の如く』

3冊の文庫本から成る作品…或る程度、史実に依拠した内容で、史上の人物を明確にモデルとした劇中人物達が活躍する訳で…「あの件…あれはこういうことになって…」と「全く知らない訳でもない…」という内容が在るのだが…それでも、なかなかに魅力的な造形が施された各劇中人物達のことが気に掛かり、引き込まれてしまった…

その作品に、かの吉田松陰の<松下村塾>が登場するのだが…東萩駅から少し歩くと、<松下村塾>と吉田松陰の家を境内に擁する<松陰神社>が在る…最初にそこを訪ね…作中にも登場した高杉晋作のような、吉田松陰を慕って<松下村塾>に顔を出していた城下の若者達が「自宅等へ引揚げる道筋」という感じで、城下町の側へ歩いて、指月山の辺りに在る萩城の跡にまで…途中で<菊屋>や<萩博物館>に寄りながら歩き…藩政時代には藩校だったという辺りの先に在る<萩バスセンター>と称するターミナルまで…好天で、多少汗もかく中で動き回っていた…多少…顔が日に焼けた…

萩という街…何となく興味が在ったが…偶々、小説の『風の如く』を読了して日が浅かったことから、「山陰地域に在った」という状況と相俟って「訪ねてしまった」ということかもしれない…

相変わらず…出先では色々と写真は撮った…追ってこれらを順次整理しながら「何を視て、何を想った」というようなことも綴ってみたい…

広島へ辿り着いたが…夕刻に街を広く歩き回るというようにはならなかった…宿でゆっくりして、極近所に見付けた店で夜食を摂り…「後は何時でもお休み頂いて結構です…」ということに…してしまった訳だ…

明日の事?明朝に考える…

山陰侵入…:運行日誌(2019.06.02)

松江の宿に在る…

考えてみると、島根県に足を踏み入れたのは「初めて」だと思う…「だから?」という話しにもなろうが、何にでも「初めて」は在って、記憶に残る…或いは「記憶に留めたい」という側面も在るのかもしれない…

夜行列車の中で6月2日を迎え、列車が到着してから直ちに動き回り、結局は「松江に泊まって明日以降のことでも考えて備えよう」ということにした訳だ…

昨夜…午後10時台に東京、横浜から西へ進む<サンライズ出雲>に横浜から乗車した…浅いような、深いような、何度も眼が開く、意識が覚めるような車中の睡眠だった…やや窮屈な個室寝台の<ソロ>なるもの…悪くない…計14輛もの長大な編成の列車は東海道線と山陽線を走る…少し明るめになっていた頃に眼を開けるとm大阪、神戸、明石辺りを駆け抜けていたのが判った…岡山で少し長く停まり、前半の7輛を切り離し、それが四国上陸を目指して出発するのを見送ると、残る7輛は山陰地域を目指して伯備線に入る…新見から先は1時間程も停車が無く、米子に至って山陰線に入り込んで、そのまま西へ進み、松江を経て出雲市駅に至る…12時間弱の旅だ…

こういう運行時間の、「本格的!!」な感じがする夜行列車…最後に乗ったのは2012年の<日本海>だった…それ以前は<北斗星>にも乗車した経過が在ったが…時には好いように思った…現在、普通にJRの各駅に開設されている<みどりの窓口>で駅員さんに尋ねて普通に切符を求めて乗車可能な夜行列車は、この<サンライズ>しか動いていない…西日本へ出ようと、「岡山まで<サンライズ>?」と考えたことは少し前にも在ったのだが、人気が高いので寝台は取れずに諦めた…今般は横浜駅で尋ねるとアッサリと取ることが叶ったのだ!!

ただ…これに乗る場合は、稚内から旭川へ向かう列車や札幌へ向かうバスに乗る場面のように「車中での飲物」を乗車前に求めておくというのを忘れない方が好いかもしれない…食堂車や車内販売は皆無だ…それでも飲料の自販機は在るが…

<サンライズ出雲>が到着する出雲市駅…街の中心であるようだが…訪ねてみたかった出雲大社からはやや離れている…「バスを使う」という話しも聞くが…敢えてローカル私鉄の一畑電車を利用してみた。これがなかなかに味わい深い…

一畑電車を利用して出雲大社を訪ね、そこから松江市内に移動し、松江城を訪ねた。松江城を訪ねる直前、駅の待合室でノートパソコンを広げ、ネットで松江の宿を予約したという次第だ…

松江城の天守閣は…「“本物”の迫力」が感じられた…江戸時代の建築がそのまま残って伝えられるという貴重なモノだが、黒い板を外壁に貼った個性的な外観でもある…

その後…レザーの腕時計のバンドが何やら傷み、金具も何時の間にか取れそうな妙な状況になったので…松江駅に近い商業施設を訪ね、テナントの時計店で黒っぽいメタルのバンドを求めて、店主のおっちゃんに着けて頂いた。大事に使おう…時計本体はウラジオストクで求めたロシア製の代物であったりする…

とにかくも…「何時でもお休み頂いて構いません」という状況になろうとしている…明朝も…早くから活動するような感じであろう…

運行日誌(2019.06.01)

月が改まった日の朝…稚内は雨交じりだった…

>>雨交じりの早朝…:稚内港北防波堤ドーム(2019.06.01)

早朝は湿っていたが、雨が何時の間にか上がり、濡れていた路面も何時の間にか乾いた…「多少…雲は多い…時々陽光も射す…」という程度の天候になった…

ジーンズ穿き…半袖Tシャツ…“ジャケット”兼用という感の厚い生地のシャツ…そんな出で立ちで出発することとした…

稚内駅前からバスに乗車…稚内空港へ至り…羽田空港へ飛んだ…

羽田空港には概ね定刻に着いたが…着陸後に地下の京浜急行の駅へ辿り着くのに30分間を擁した…何やら駐機場のゴチャゴチャした場所に入り、バスで到着ロビーに移動だが…飛行機を滑走路方面へ移動させる場所と、バスが走る箇所が交差していて、無駄に長くバスが停止する…全然進まない!かなり「感じが悪い」と思った…外国から成田空港に着いた場合、預けた荷物を受け取るような面倒が無ければ、入国手続きを経て、地下の鉄道駅に至るまでに30分間も要しない場合が在る…羽田空港は、何かの手続きという程のものは無い。「バス移動」に時間が掛かり過ぎる!!

京浜急行の列車…久し振りに乗車したのだが…とりあえず横浜駅へ…横浜駅で「移動」の段取り…<みどりの窓口>で列車の券を求めようという訳だが…“夜行列車”に乗車出来る!ということになった…土曜日なので売り切れであろうと思いながら尋ねてみると…未だ切符が在ったのだ!!非常に好かった!!

“夜行列車”までの時間を利用し…横須賀に出て<三笠>の外観を眺め…横浜の<赤レンガ倉庫>辺りを散策し…余り歩き過ぎても草臥れるので、カフェで一息入れている…

前夜…(2019.05.31)

巷では「モチベーションが上がらない」というような表現が多用されているのかもしれない。何となく「前向きに何かに向かって行く意欲に少々欠ける」とか「何かをやる動機付けが弱め」というのが「モチベーションが上がらない」ということであろうか?

そんな「モチベーションが上がらない」という表現を思い出していたが、結局、最近は「意欲的に何かをやる気分が盛り上がり悪い」というように…感じている…

こういうような気分の時は…「好きなこと」にでも興じるのが好いのであろう…私の場合、その「好きなこと」というのは?「然程の細かい計画も練らずに、何処かをフラフラと彷徨う」とか「写真を撮る」という程度のことなのだと思う…他には「読書」というのも在ろうが、これは何時でもやっている…

「然程の細かい計画も練らずに、何処かをフラフラと彷徨う」と「写真を撮る」とであるが、これは“同時並行”で進めるような事柄になる。「出掛けたから写真を撮る…」のか「写真を撮るべく出掛ける…」のか、両者が混淆してしまって、何やら訳が分からなくなって久しい…

今般…「然程の細かい計画も練らずに、何処かをフラフラと彷徨う」という時間を設けてみた…出掛ける際の持物だが…とりあえずカメラは絶対に忘れずに抱えて出る…「出掛けたから写真を撮る…」のか「写真を撮るべく出掛ける…」のかが益々判らなくなってしまう…

かなり古いヒット曲―私自身が小学校の低学年だったような時代の作品だ…―の歌詞に「行ったきりなら幸せになるがいい♪」というのが在った…そんな歌詞の文字どおりに、何処かへ出掛けて、そのまま彷徨い続けているというのも面白いかもしれないが…全く戻らないということにもなり悪い…そういう訳で「出先から引揚げる段取り」は既に考えてある…他方…その「段取り」に入り以前の状況に関しては…然程深く考えていない…

例えば、複数の関係者で纏まって動き回るとか、行程の中で他所の方と約束をして会うというようなことであれば、「予め細々と、ゆとりを十二分に持って行程を決めて、“馬鹿正直”に決めたとおり(!)に動く」というのが大原則だと思う。それが出来ないとか、細々とその場で変更したがるというなら、複数の関係者で纏まって動き回るとか、行程の中で他所の方と約束をして会うというようなことは最初から「止めてしまえ!」と個人的には思っている。他方…自身が「独り」で、特段に誰かと会う約束のようなことを事前に一切しない、文字どおりの「勝手気儘な物見遊山」であれば…「どうしても必要か?」と思って事前に決めた段取り以外は「好き勝手」で構わない筈だ…

私の流儀の「然程の細かい計画も練らずに、何処かをフラフラと彷徨う」というのは…その「好き勝手」で差し支えが無い性質のものだと思う…が…例えば「今日は何が食べたい?」とでも身近な人に問うた時に「何でも構わない…」とでも応えられると困惑してしまう場合が在るというように、「決めた段取りに至るまでは全くの随意」ということで出掛けるとなれば、「さて…どうしようか?」ということになってしまう…

私の場合…「訪ねてみたい」とか「立寄ってみたい」という場所は、誇張でも何でもなく、毎週とか毎日というように「ドンドン増える」という一方だ。一度訪ねている場所に関しても「あそこを再訪」と思い出す頻度も非常に高い…全く際限が無い…

今般…「稚内へ引揚げる段取り」ということにする以前は、とりあえず然程深く考えていないのだが…「訪ねてみたい」とか「立寄ってみたい」という場所が余りにも多く…「こういうのが好さそう」というのを幾つも幾つも思い浮かべ、「どういう具合??」と延々と迷い続けている…

例えば…“第1案”というようなモノを思い付いたとして…その“第1案”の「軽微な変更」というようなモノが直ぐに3つ程度は思い浮かぶ…やがて“第2案”というようなモノを思い付き…そのヴァリエーションを4つも5つも思い付いてしまう…そのうちに“第1案”と“第2案”との“折衷案”のようなことを考えるが、今度は“折衷案”のヴァリエーションが2つや3つ出て来る…やがて“第1案”に戻るが、今度はこれまで思い付かなかった「軽微な変更」を思い付き、やがてそれのヴァリエーションが幾つか…流石に「収拾困難…」となってしまう…というような具合なのだ…

色々と細々としたことをやってみる、或いは食事を愉しむということをしながら、上述例のような「際限の無い考え事」を続けていたが…“結論”、或いは「結論めいた何か」が何時までも纏まらない…今般は…例えば「西へ行こうと駅へ向かい、南へ向かう列車に乗車してしまい、何となくそのまま西ではなく南に進んでしまった…」という馬鹿々々しいことをしたとしても、誰かに咎められるのでもなく、差障りも無いのだ…

今夜は休む…“結論”?明日、実際に動けばハッキリすることであろう…