「飛ばなかった…」旅からの帰着後雑感…:運行日誌(2020.12.17-27)追記

月の下旬に少し時間を設けて動いてみれば、直ぐに月末に至ってしまう。動いたのが12月となれば、月末は即ち年末でもある。

年末、自身にとっては「札幌で“居候”…」ということが恒例化している。月の下旬の動きから、そのまま「札幌で“居候”…」という状況にスライドした。

時間を設けて動いたのは非日常だ。恒例化している“居候”は、半ば日常ながらも、一部は非日常だ。

「予も、いづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂泊の思ひやまず」というのは、かの松尾芭蕉の『奥の細道』に在る一節だったと思うが、「漂泊の思い止まず」ということで、時間を設けてフラフラと出てしまい、何となく戻った。

今般、余りにも「訪ねてみたいあそこ」という場が多く、何をどうしたものか、なかなか収拾が困難だった。「困難…」とは言っても、「勝手に迷っている」に過ぎず、どうということもないのだが…

とは言え、実際に「航空券を申込む!」、「止めた…」を何度かやって、「とりあえず<青春18きっぷ>=普通列車で、可能な範囲で随意に動くことが出来る」ということにして、改めて考えた。結果、「苫小牧に至ってフェリーで仙台にとりあえず上陸」ということにしたのだった。

今般、少なくとも<真言宗十八本山>の件は頭に在った。既に「十八本山」の18ヶ寺を巡った件については綴ったが、夏に思い付いて着手した「18ヶ寺巡り」の「残り」を何とかしたかった。

この「18ヶ寺巡り」の「残り」をどうかしようとすれば…A 交通至便な大阪の何処かに陣取り、根来寺、信貴山、高野山を巡る、B 京都または京都へ出易い辺りにに陣取り、京都の未踏4寺を巡る、C AとBとの移動に際して、阪急沿線の宝塚市内の2寺を巡るということをすれば、順番はどうでも構わないが、「18ヶ寺巡り」の「残り」を訪ねるということは可能であると見受けられた。

他方で「仙台に上陸」となれば、そこから訪ねたい、寄りたいは無制限に多々在るということで、益々収拾困難に陥る。フェリーの船内で寛ぎながら、随分と考えたのだ。

その結果、仙台上陸後に比較的速やかに大阪へ移動し、上述の「18ヶ寺巡り」の「残り」に向けた案を実施し「十八本山」の18ヶ寺巡りの成就を目指すこととした。

それ以降は?気紛れに、前夜やその日の思い付きのように動き回った。北海道へ引揚げる段取りに関しては、何時かも利用した新幹線の列車と北海道内の特急列車の乗継で札幌に到るということにして、それに備えて東京駅至近で前夜を明かすということは、少し早く決めた。

となると…関西から東京は何処をどのように通っても構わなかった。北陸や信越を経るということも思い付いた。紀伊半島を広く巡るようなことも思い付いた。四国や九州に向かって、そこから東京へ飛ぶことも考えた。が…何れでもなく、関西滞在を少しだけ伸ばし、名古屋を経て東京へという、やや無難な経路になった…

結果として…今般は「飛ばなかった…」という旅だ。空路を利用する機会を設けず、列車や船での移動を重ねていたことになる…

今般…「18ヶ寺巡り」の「残り」―根来寺、朝護孫子寺、金剛峯寺(高野山)、清荒神清澄寺、中山寺、大覚寺、醍醐寺、随心院、教王護国寺(東寺)―の9寺の他、建仁寺、法隆寺、興福寺、東大寺、葛井寺、観音寺(津島)、大須観音を訪れた。神社に関しては、鹽竈神社、松尾大社、辛国神社、津島神社、若宮八幡社、富岡八幡宮、穴八幡宮、神田明神を訪れた。また、大阪で大浪橋、岩松橋、千歳橋を、東京で永代橋、中央大橋を写真に収める機会が各々に在ったが、橋梁を眺めるというようなことも重ねたという記憶が残る…

こういうこと―合わせて16寺、8社に立寄った…更に社寺の辺りを漫然と通り過ぎてしまっているというのも在ると思う…―をやっていると、或る種の“巡礼”という様相を呈しているかもしれないが、そういう意識は薄い…社寺に関しては「歴史や文化や地域活動を象徴するような場」として、関心を覚えるので訪ねているに過ぎない。或いは「景色が好いので眺めに…」ということも在る。加えて社寺では「自身がここに在る」ことに関して、「各訪問先へ無事に着いたこと」について感謝の意を表しようと社寺で参拝し、可能であれば御朱印を頂く場合も在るということだ…

何処かを訪ねてみる場合、訪ねる先が何か特別である必然性は無いと、今般改めて思った。訪ねる先々の「普通…」な感じの中に何となく御邪魔するだけで十分だ…最近の関心は、何となく社寺に傾いていて、社寺を訪ねるようなことをしながら方々の街を随意に動いたというような感だった…

こうした営為から何を見出したのか?見聞等に関しては、追って少しずつ―一部は先行して素早く綴って出してしまっているが…―整理したい。マダマダ十二分に記憶が新しい間に、簡単な纏めをしようと、この記事を綴っている訳だ。

巷で「GoTo」なるものが如何したこうしたと話題になってはいるようだが…自身としては「Go to XX」と誰かに命令形で言われるまでもなく、何時でも「漂泊の思ひやまず」というもので、時間が設けられれば何処へでも可能なように出掛けるだけのことだ…そして今般は出掛けた。

戻ってみて、早速に「“次”に機会が在れば?」と何となく思っている側面も否定し悪い…

或いは「今年の些か特殊な事情?」ということも在るかもしれないが、「達成感のようなモノと縁が薄かった?」という中、「十八本山」の18ヶ寺巡りの成就は「少し大きな達成感!」というように思っている一面が在る…

『十八本山納経帳』:真言宗十八本山―18ヶ寺を巡った…(起 2020.07.31 至 2020.12.22)

↓手元にこういうモノが在る…
22-12-2020 my record (overviews)('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (1)

↓出し入れを繰り返してやや傷んだが、カバーになっていて、外すと中身が現れる…
22-12-2020 my record (overviews)('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (2)

↓「納経帳」とは、所謂「御朱印帳」である。仏事ではその起こりに因んで、帳面のことを「納経帳」と呼ぶ方を好む場合も在るのかもしれない…
22-12-2020 my record (overviews)('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (3)

↓中身は蛇腹のように用紙が綴られている。この『十八本山納経帳』は18ヶ寺の説明が在って、御朱印を頂くべき頁が決まっている。各寺を訪ねて、各々の頁に押印して頂き、決まっている文句を書き込んで頂くのだ…言わば「巡礼の証または記録」となる代物である…
22-12-2020 my record (overviews)('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (4)

夏に四国へ渡ってみた際に善通寺を訪ねた…弘法大師こと空海が生まれ育った家が在ったとされる辺りに開かれた寺であると伝えられる古刹だ…

やや旧い映画を観て、関連書を読み、弘法大師こと空海という、日本古代史で最大級の、更に日本史上でも屈指の文化人に何処か惹かれるものの在った中で善通寺を訪ねた。奈良時代というような遠い昔、後に非常に高名な僧侶になる幼児が走り回っていたかもしれない辺りの、時を経て巨大になっているな楠を視て、弘法大師こと空海を非常に身近に感じた…

そうしていると、その「弘法大師」の名を墨書した御朱印を授与しているということが判ったが、その際に<真言宗十八本山>という「18ヶ寺を巡る」という営みが在り、『十八本山納経帳』という専用の御朱印帳も在ると知った。

何か「非常に好い出会い」というような気もして、そして勝手に身近に感じた弘法大師こと空海の名を記した御朱印を手にしたく、『十八本山納経帳』を入手して18ヶ寺を巡ってみることにしたのだ…

「難解?」とされる真言宗である…その要諦を空海御本人が纏めたとされる『秘蔵宝鑰』(ひぞうほうやく)を現代語訳したモノが在ると知り、ゆっくりと読んでみた…

要は?「とりあえず生きている」というだけに過ぎない人間は、様々な事柄に触れて高みを目指して行く存在である。儒教や仏教の諸宗で様々な事柄を説いているが、それらを学んで実践するのは、各々が「通り過ぎるべき段階」である。正しい導師の助力を得ながら、より一層の崇高な高みを目指すのが真言宗であるという主張であると読み取った…

自身なりに思ったのは?昨日より今日…今日より明日と、少しなりとも「より心豊かに…」というようなことを考えてみるということが、人を豊かにしてくれる筈…ということのように考えた。完全に勝手な我流だが…

そういう中、18ヶ寺を巡ってみる思惑を胸に、時間を設けて動いてみるのは好い感じだった…

「十八本山」ということだが、これは一体何なのか?

端的に言えば、真言宗には主なもので16派在り、その16派の総本山、大本山というモノが18ヶ寺在るのだ。これを「十八本山」と呼んでいる。

真言宗では師から弟子へ色々なことが伝えられるようになっていて、また教団運営上の色々な事柄も在り、年月を経る中で様々な派も形成されて行った。それでも一定の一体性は保たれたが、近代に入って各派が独立性を有する教団のようになって行った。

現在では、同じ根を有する主要な16派は“連絡会”的な<真言宗各派総大本山会>を設置している。そこでこの『十八本山納経帳』というモノも登場した訳だ…

1番から18番と、18ヶ寺には番号が付されているが、それに拘泥する必要も無い。自身でも「可能なように…出来る範囲で…」と動いた。

以下に18ヶ寺を巡って頂いた御朱印を御紹介したい。

↓重複するが、1番は善通寺だ。(2020.07.31訪問)
22-12-2020 my record ('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (1)

この善通寺の後、四国から関西に移動し、早速に18ヶ寺巡りに着手した…

↓2番は須磨寺だ。(2020.08.04訪問)
22-12-2020 my record ('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (18)

↓3番は清荒神清澄寺だ。(2020.12.21訪問)
22-12-2020 my record ('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (17)

↓4番は中山寺だ。(2020.12.21訪問)
22-12-2020 my record ('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (16)

↓5番は大覚寺だ。(2020.12.21訪問)
22-12-2020 my record ('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (15)

↓6番は仁和寺だ。(2020.08.06訪問)
22-12-2020 my record ('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (14)

↓7番は智積院だ。(2020.08.06訪問)
22-12-2020 my record ('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (13)

↓8番は泉涌寺だ。(2020.08.06訪問)
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↓9番は東寺だ。(2020.12.22訪問)(※自身ではここを最後の18ヶ寺目とした…)
22-12-2020 my record ('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (11)

↓10番は勧修寺だ。(2020.08.06訪問)
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↓11番は随心院だ。(2020.12.22訪問)
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↓12番は醍醐寺だ。(2020.12.22訪問)
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↓13番は生駒山の宝山寺だ。(2020.08.05訪問)
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↓14番は信貴山の朝護孫子寺だ。(2020.12.19訪問)
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↓15番は西大寺だ。(2020.08.05訪問)
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↓16番は長谷寺だ。(2020.08.05訪問)
22-12-2020 my record ('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (4)

↓17番は根来寺だ。(2020.12.19訪問)
22-12-2020 my record ('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (3)

↓18番は高野山の金剛峯寺だ。(2020.12.20訪問)
22-12-2020 my record ('Shuin' for the Pilgrimage of 18 main temples for Shingon Buddhism in Japan)(I took the pics at Kyoto) (2)

以上の18ヶ寺が「十八本山」だ。各々が「或る種の美術作品?」と見えなくもない墨書と印が収まった『十八本山納経帳』は「宝物!!」になった…

『十八本山納経帳』を視ると、各々の頁の御朱印を頂くべく各寺を訪ねた時の様々なことも想い起される。振り返ると、少し勇み足(?)で「18ヶ寺を巡るのだ!!」と「走って…」しまったような傾向も帯びていたかもしれない。それはそれで善ということにしておきたい。何もこの18ヶ寺訪問が「御終い…」ではないのだから…

訪ねてみた18ヶ寺は、深い由緒が在る場所が多く、文化史の上で重要な位置を占めている場所ばかりであると思う。18ヶ寺との出会いは「日本の歴史との邂逅」という性質を帯びていると言ってしまっても過言ではないかもしれない…

半ば思い付きで四国に渡り、善通寺を訪ねてみた時が契機となって「18ヶ寺を巡るのだ!!」とし始めて、年内に完遂することが叶って善かったと思う。こんなに“達成感”が在るとは、事前には思わなかった…

そしてこの“達成感”の記憶を一定の形に整理しておきたいと、態々時間を設けてこの記事も綴ってみた訳だ…

※ この記事は、旅に出た経過等を日誌か何かのように纏めた記事を収める<память>(パーミャチ=記憶)のカテゴリに収めたい。『十八本山納経帳』の中身の写真そのものは、18箇所目となった東寺を訪ねた後、京都祇園に求めた宿の部屋で撮っているが、18ヶ寺は香川県、兵庫県、京都府、奈良県、和歌山県に所在するので、「撮影した場所の都道府県」を基礎に分ける、このブログのカテゴリ整理では収まらない…序でながら、18ヶ寺の名称に嵌めたリンクで、各寺を訪ねた際のことを綴った記事を御覧頂ける。更に序でながら、12月に訪ねた各寺に関しては、未だ色々と綴るべき事項が多く在るので、関係記事が後から更に掲載という予定も在ることを申し添える…

北へ至る…:運行日誌(2020.12.27)

「午前5時前」という早過ぎる時間帯に、朝食という意図でコンビニのサンドイッチを頂き、「午後3時前」という時間帯に空腹を満たすべくハンバーグを頂き、「午後6時前」という時間帯に「後は“何時でも御休み頂いて…”にするのだ!」と「早過ぎる夕食」にカレーライスを頂いた…そんなことで寛いでいるのだが…

とうとう北海道に引揚げてしまった…夜遅くなってしまっているというのでもないが、何か「長い1日を過ごした…」という気分に満ちてしまっている…

早朝6時半に出る列車に乗る?駅から徒歩圏内の場所で夜を明かすのが好い…東京駅の傍に、時々利用するチェーンホテルを見付けて、自身で思う「妥当な価格帯」で滞在出来るということだったので、滞在することにしたが、気持ち好く休むことが叶った。早朝の列車に乗る関係上「寝過ぎ…」は拙いので、自動音声の“モーニングコール”を頼んであったが、それが無用な程度に早くスッキリと起き出した…

結局、新幹線の列車で東京・新函館北斗間を移動し、新函館北斗で北海道内の特急列車に乗換え、札幌に到った訳である。その移動に始まって、その移動に尽きた1日だった…

札幌では“居候”の生活を数日間予定している…それは…明日からなので、とりあえず札幌駅に近い馴染んだ宿を押さえてゆったりとすることにした…本当に「何時でも御休み頂いて差し支えありません」でゆったりとしている…

12月17日から12月27日の期間、「設けた時間を随意に過ごす」ということをすることが叶った…最近はこの種の時間が酷く愛おしい…

「安着祝い」と称し、些かウイスキーも頂いた…本当に「後は御随意にお休み下さい…」である。追って、今般の旅に関しては色々と振り返りたい…

侵入?:運行日誌(2020.12.26)

実質的に…不慣れな地域を巡るような今般の動きは今日が最後というような感じになる。飽くまでも(!!)「今般は」ということで、「時間を設けて気儘に…」というようなことは、自身の基準で「余程のこと?」でもない限り、止めない、止められないだ。止める意図など、全く無い(!!)のである…必ず「またやる!」と思う…

今日は「明早朝からの予定」に鑑みて、「夕刻から早朝に待機」という「確定した予定」が在って、早朝からその“予定”までの間は、「随意に過ごして埋めると好い」という感だった…

或いは?「南下」を開始して以来の何日間かで、最も長い時間、最も深く眠った後に迎えた早朝だったかもしれない…

「早朝」と言っても、例によって「深夜と朝との境界」というような、この時季には「日出時刻にマダマダ間が在る…」という時間帯ではあったが…「サウナで身体が解れた」ということの「効果」なのであろう…

そんなことを思っていれば、何やら妙な音が聞こえ始めた。「寝過ぎないように…」と居室のベッドの辺りに在ったアラームを前夕にセットしてあったことを半ば失念していた。結果論として、長く深く眠ってスッキリ起き出したので、とりあえずアラームは無用だったということになる…

6時半頃、名古屋は未だ少し暗かったが、滞在した宿の駅の目前に出入口が在る地下鉄は既に動いているような時間帯だ…

名古屋の地下鉄の「1日乗車券」は素敵だ。「24時間有効」なのである。前日の13時頃に求めたが、「12月26日13:00まで有効」というような印字がされた券が自動券売機で求められる。それを前日の昼から夕刻に使ったが、明けた朝に名古屋駅を目指す場面でもそのまま使用出来た…(後から東京にもこういうのが在ると知った。これは他所から大きな街を訪ねて滞在するような場面では、なかなかに便利かもしれない…)

東海道新幹線の名古屋・東京間で運行されている列車というのは、関西の私鉄で大阪の拠点駅から京都、神戸、奈良というような隣県の主要な駅とを結ぶ急行等を運行しているが「それらに似たような?」という頻度で運行しているように見える。ということは?何かの事情で酷く混み合う時季でもなければ、「何も考えずに駅へ向かい、切符を用意して、現れた目的地へ向かう列車に乗る」ということで構わない感じだ…

実際、今般はその「何も考えずに駅へ向かい…」というやり方で朝の名古屋駅に入り、クレジットカード専用と称する乗車券、新幹線特急券、指定席券が購入できる販売機を用い、少し後に出る列車の指定席ということで確りと切符を用意して、列車で東京を目指した…

↓名古屋の宿を発って、東京に向かって以降の、今日の動きの全てである…

丸の内→名古屋(名古屋地下鉄)
名古屋→東京(新幹線<のぞみ>)
茅場町→門前仲町(東京メトロ 東西線)
門前仲町→早稲田(東京メトロ 東西線)
早稲田→東池袋四丁目(<東京さくらトラム>こと都電)
池袋→恵比寿(JR 山手線)
恵比寿→六本木(東京メトロ 日比谷線)
六本木→恵比寿(東京メトロ 日比谷線)
恵比寿→新宿(JR 山手線)
新宿→御茶ノ水(JR 中央線快速)
御茶ノ水→東京(JR 中央線快速)

実は…一度やったことも在ったのだが、明早朝に東北・北海道新幹線の列車に乗って新函館北斗駅に至り、そこから北海道内の特急列車に乗換えて札幌に到るということにした。

その明朝の出発に向けて「悠然と歩いて東京駅を目指すことが叶う」というような場所に宿を取ることが叶った。換言すれば「明朝向けに東京駅に近い宿に入るまでの間、何処を如何動こうと、何をして過ごしていようと随意で構わない」ということになる。だから、結果的に「名古屋に滞在して東京へ…」としたが、例えば「前日に名古屋を経て何処かに向かって、そこから東京へ」でも「前日に名古屋に出た後、その日の間にいきなり東京へ」でも「早朝に名古屋を発って、寄り道を重ねながら東京へ」でも構わなかった訳で、「如何しようか?」と随分と色々考えていたのだ…

東京では「往年の自身」に係わりが在ったような場所と「現在の自身」が関心を寄せていた場所とを織り交ぜて訪ねるような感じだった…そしてそれらの各所への訪問だが、然程詳しく計画を立てていたのでもない中「何となく…」とか「偶々…」ということで為された感も強い…

東京駅到着後、嵩張るモノをロッカーに預けて、宿の位置を確認して辺りを何となく歩き始めた。すると、何やら兜町という住所に至り、地下鉄の茅場町駅の出入口が眼に留まった…

茅場町駅…自身にとっては懐かしい感じがする地下鉄の東西線の駅だ。その東西線で門前仲町に向かった。所縁の地である佐原を訪ねた経過も在ったが、19世紀に地図製作で活躍した伊能忠敬が富岡八幡宮の近くに住んでいて、そこから各地への測量の旅に踏み出したということで像が在ると聞いていたのだ…

そうやって門前仲町の富岡八幡宮を振り出しに歩けば、少し先に立派な橋梁である永代橋が在ると案内図を視て気付き、それを眺めに向かった。眺めていれば佃島のタワーマンションの集まっている様子や中央大橋の眺めが面白かったので辺りを歩いた…そのうちに門前仲町の駅に戻った…

門前仲町の後は「往年の自身」が住んでいた経過の在る早稲田へ向かい、辺りを歩いた。穴八幡宮が少し驚く程度に賑わっていた…あそこは「冬至から節分」が“書き入れ時”なのだ…あの近くの交番は何十年も変わっていないようだが、穴八幡は色々と新しい建物―立派な社殿―や鮮やかな彩色の鳥居等が色々と出来ていて驚いた…

そして久々に都電に乗車した…車輛も新しく、<東京さくらトラム>という愛称を冠するようになっていた…早稲田で乗車し、東池袋四丁目に出た。

池袋…『池袋ウエストゲートパーク』というシリーズの小説を愉しんだので、池袋の様子が視たくなったのだ。また、作中で主人公達が“ウエストゲートパーク”と呼ぶ池袋西口公園―小説作中の感じとは、近年の改修の故に異なってはいるが…―や、主人公が住む母親が営む果物店の店舗兼住宅が在るとされているエリアを歩いてみた訳である…

池袋の後は六本木…京都と大阪でも立寄った<HRC>が在る。<HRC Tokyo>は今や老舗と言えるであろう…言葉を交わした店員さんが「ロシア旅行に関心」と判って話が多少弾んだ。サンクトペテルブルグに立寄ったことが在ったとしていたが、「2時間やそこら…“近隣諸国”の次元で行けるウラジオストクやサハリンに興味…」ということだったので、拙作ブログを御紹介しておいた…

六本木の後には、東京駅への通り道でもあるので御茶ノ水駅に寄り、神田明神に道草だ…何か催事でもやっていたのか?存外に多くの人が出ていた…

詳しいことは追って綴るが…戯れに「“出入り禁止”になっているかもしれない?!」という程度に何となく御無沙汰した東京である。「世界中の人達が集まるのだから、自身が1人位敢えて素通りしたって構わないであろう…」という程度に感じていた側面も在るが、近年は本当に通り過ぎてばかりだった。勝手知っていたつもりの場所で迷ってみたり、少し歩けば隣の地下鉄駅やら、少し離れて並行している別な路線の地下鉄駅の出入口に出くわすような「東京を歩く感覚」が久々で、新鮮とも言えたが、些か驚くことの連発だった…

前夜の「身体を解し、深く長く眠った」のが善かったのかもしれない。かなり歩き廻って、宿に着けば着ていた長袖Tシャツと半袖Tシャツとは汗で濡れていて、直ぐに吊るして乾かそうとしている状況だが…それでも自身は至って元気という感である…

少し東へ…:運行日誌(2020.12.25)

サウナを利用すると、身体が解れるような感じになると思う。そんな状態で、宿の居室で寛いでいる…

「色付きカップ」とでも言えば、「コンビニの珈琲は悪くない…否!好きだ!」というような方なら判って頂けると思う。通常のモノは白いカップであるのに対し、「少しだけ高い豆」を使うモノも在って、以前は「碧いカップ」だったが、最近は「紅いカップ」になっている。日付が改まって少し経ったような頃、不意に「美味い珈琲…」と思い付いて、宿に極近いコンビニへ出て1杯仕入れた…そんなことから始まってしまった感の1日である。

電池の電気で動く機器は、電池の電気が切れると動かなくなる。が、新たな電池を入れるか、電池に充電すればまた動く…

自身の場合、機器の電池に相当するモノが切れてしまいそうになりながらも「急速充電!!」というように深く眠ることが叶っているのか、何やら「変?」な程度に早寝早起きが続いている…或いは「充実!!」な時間を過ごしていて、気持ちが変に昂っているのかもしれない…

そういう訳で、前夜から今朝も「早寝早起き」で、日出時刻の遥か以前には起き出してしまっていた…宿を出る関係上、支度は半ば済ませて「今日?」と思案した…

「東へ…」という意図だけは明確に持っていたが、「如何に東へ?」という程度や方法の問題が思案の対象となる…<近鉄 3日間全線フリー>を入手して使っていたが、これは「とりあえず名古屋へ抜ける」という意図を持ってのことだった。

思案すべきは「名古屋から先を如何に?」である…中山道側へ向かう?東海道側へ向かう?何時?如何に?色々な思惑が錯綜する…

無駄が多い、無計画に過ぎることをしているかもしれない。「時間を設けた!」とただ勝手に過ごしている感だが、結局「訪ねてみたい…」が余りにも多いのだ。だから色々と思っている間に「時間を設けた期間(=出掛けようとしている日)が明後日から始まってしまう…」というような調子になってしまうのだ。そして期間中も連日のように「さて明日は?」ということになってばかりである…今般、出発直前まで迷いに迷い、鉄路と海路で、仙台を慌ただしく経由して関西に入った訳である…

こういうのは「自身が制作、監督、主演、助演…」というような、「1人しか関わらない」という状況だから出来る、許されるのだと思う…「1人しか関わらない」という状況でなければ出来る筈もなければ、許される筈も無い…

↓今日の動きである…

近鉄奈良→鶴橋(近鉄)
鶴橋→名古屋(近鉄)(特急 ひのとり)
名古屋→須ヶ口(名鉄)
須ヶ口→津島(名鉄)
津島→須ヶ口(名鉄)
須ヶ口→名古屋(名鉄)
名古屋→伏見(名古屋市地下鉄)
伏見→大須観音(名古屋市地下鉄)
伏見→名古屋(名古屋市地下鉄)
名古屋→丸の内(名古屋市地下鉄)

ということで…散々迷ったが、名古屋の地下鉄の丸の内駅傍に「大浴場が好評!」という宿を“直前予約特価”で利用出来るということが判り、その宿に入った次第だ…

近鉄奈良駅へは朝の6時台に入った。そこの窓口で問い合わせ、今年3月に投入されたばかりの車輛による<ひのとり>の特急指定席券+設備利用券を求めたのだ。乗車券はあの<近鉄 3日間全線フリー>を充てた。とすると?「<ひのとり>の大阪・名古屋間の券を求めると、他の利用分の列車にも乗車させて頂いた…」というような、不思議な感じになったかもしれない。

<ひのとり>については「時には…好いじゃないか…」という感じで「ワンランク上の寛ぎ」という旅を愉しむ列車だ。が、何やらリゾート列車とか観光列車ということでもないように思う…「出張?」という風な背広姿の男性から、「帰省?」という風な小さな子ども達を連れている人達から、各々の理由で移動中な感じの「少なくとも背広のような改まった服装でもない…」(自身を含む…)という人達まで、色々な乗客達が見受けられた。朝7時頃に出る列車で、少し空いていたかもしれない…

その列車で名古屋に着けば、嵩張るモノをロッカーに預けて身軽になり、少しだけ動き回ってみた…

名鉄の列車で、愛知県内の西側である津島を訪ねた。牛頭天王社の本社ということになる津島神社を訪ねたかった…加えて、画の得意な若い副住職が工夫しているというユニークな御朱印が頂けるという観音寺を訪ねてみた…

名古屋に引揚げてみて、思い付いたのは「名古屋の中の地名」でよく耳にする大須観音を訪ねてみた。序に「名古屋総鎮守」という若宮八幡社を訪ねてみた。そうしている中で街の様子を眺めながら随分と歩き廻った感だ…

今日は「変わり易い天候?」という感じであったのかもしれない。名古屋に着く前、雨が降ったらしく、辺りが多少湿っていた。以降、陽射しが強い感じで青空が広がる他方で、雲が多い時間帯も目立った。更に時折冷たい強風が吹き抜けた…更にその強風に意外に多量の落葉が舞っているという場所も見受けられた…

そんな様子な中「とりあえず押さえた宿…」という具合にしたのだ…宿に入ると、大浴場の説明を受け「今、この瞬間にも利用可能?!」と早速に利用した次第だ…

大浴場を利用してしまえば…体の火照りや多少の汗が退くまで、少しばかり休んだ方が好いというものなので、居室で一息入れた…その後は居室での飲物等を仕入れに出た…

マダマダであるとは思うが、大阪辺りは多少馴染んだと思う。他方で名古屋は「初めて」ではないのだが、「如何にも不慣れ…」を否定し悪いかもしれない。そういう中だったので、“不慣れ”を逆手に「何処でも初めてのような感じ…結構!」とでも考えることとした。名古屋に関して自身は、「何処かと往来する際に通り過ぎた」という感じで足を踏み入れている事例が多いと思う。名古屋そのものの中で少し動き回ったのは、随分と久し振りなように思っていた…

それにしても…<ひのとり>は快適だった…心地好さが過ぎて、居眠りをした場面も在って苦笑したが…大阪で「難波、上本町、鶴橋」と乗客を乗せると、大和八木と津にしか停車しなかった…本当に「新たな名阪特急」なのだ。

更に、津島のような「名古屋周辺の独自な伝統も或る程度色濃く伝えているような地域」、或いは「そういう地域で、可能な範囲、出来るように御自身の活動をしているような方」と言葉を交わすというようなことは、何か非常に好いようにも思った。

既に「綴るべきこと」、「綴りたいこと」が多く生じている旅になっている。今日も着実にそれらが積み上がってしまった…

明日は更に東へ…明後日は北へ…そんな段取りにはなっている…それは好いとして、何やら酷く眠くなって来た…

何も考えずに?:運行日誌(2020.12.24)

近鉄奈良駅に極近い宿の居室で寛いでいる夜だ…

夕刻…宿の近く…薄い黄土色で全身を包むような衣装に身を包んだ小柄な人物の姿を認めた…

「動物に扮している?鹿?!」と思った。鹿で御馴染みの奈良に在るので、そういうことをやっている人が在っても不思議ではない…

その小柄な人物…滞在中の宿に極近いコンビニの店先に居た。小柄な人物は若い女性、それも寧ろ「女の子」と表現したくなる―近年は「好ましくない表現」と言われるか?と言って、酷く若い感じの女性であれば、そう言いたくなる…―ような、「アルバイトの女子学生?」と見受けられる雰囲気だった。何気なくそちらを向いた。「お嬢ちゃん…何しとんのや?」と、彼女の脇を通り過ぎようとした自身の目線は問い掛けていたのかもしれない。

彼女は微笑んで「クリスマスなのでチキンの商品を御薦めしています!」とこちらに話し掛けて来た。「そうなの…」と応じ、並んでいた商品を一瞥し、一寸好さそうだったので骨なしの鶏を揚げたモノを一寸買ってしまった。

彼女の妙な衣装は、鹿ではなくトナカイだった訳だ…奈良では年中居る鹿に、この「クリスマスイブ」に扮するまでもない。サンタクロースの橇を曳くトナカイが似つかわしい訳だ。トナカイの衣装に身を包んだ「フライドチキン売りの少女」という感か?

そのチキンは直ぐに美味しく頂いてしまったが…「クリスマスイブ」というものを、或いは「例年どおり?」かもしれないが、一人静かに過ごしている…

眠いものを耐えるのは難しい。または出来ない…他方で、起きてしまったものを無理に眠るのも辛い…そういうことを想った早朝だった。深く眠った後に迎えた朝だった。

という訳で今日も早朝から動き回ってしまった…

興福寺の辺りを多少散策し、そこから例の近鉄の券を手に思い付くままに方々を巡った。午前6時40分頃に出て、「フライドチキン売りの少女」と出くわして宿に引揚げたのが午後5時半近くだった…

↓今日の動きだ…

近鉄奈良→大和西大寺(近鉄)
大和西大寺→大和八木(近鉄)
八木西口→橿原神宮前(近鉄)
橿原神宮前→古市(近鉄)
古市→富田林(近鉄)
富田林→藤井寺(近鉄)
藤井寺→大阪阿部野橋(近鉄)
天王寺→本町(大阪メトロ)
本町→なんば(大阪メトロ)
大阪難波→近鉄奈良(近鉄)

藤井寺駅にまで至れば、JRや大阪メトロ(地下鉄)では天王寺駅となっている大阪阿部野橋駅に出て、大阪メトロ(地下鉄)ではなんば駅となっている大阪難波駅へ動き、そこから近鉄奈良駅を目指す方が速いと思った次第だ…

天王寺駅と大阪阿部野橋駅…なんば駅と大阪難波駅…こういうような「同じエリアの乗換え駅で相互に名が異なる」とか、「同じ名前の駅が離れて併存している」というのは関西では幾分在る。札幌圏でも些か見受けられるかもしれないが、首都圏では余り無い例だと言われているようだ…この「関西方式?」にも、ほんの少し馴染んで来たというような気がする昨今である…

今日訪ねたのは?

奈良県橿原市の今井町に大阪府富田林市…何れも「寺内町」という独特な経過で起った街で、江戸時代には街道や川の舟運による物資輸送の拠点ともなって商人町としてなかなかに栄えた経過が在るという。江戸時代辺りの街の雰囲気を現在に伝えているという、一寸面白い場所だ…例えば「江戸時代、〇〇年間…」とか「明治時代」というような「昔の音」でも聞こえそうな街並みが好い感じだ…

藤井寺…ここには辛い国神社と葛井寺という、非常に古い時代に起こったとされる社寺が在る…

そして大阪阿部野橋駅から大阪難波駅に動く序でに大阪メトロ(地下鉄)本町駅に出て<HRC Osaka>に立寄った。<HRC>…現時点で大阪に2店舗在るが、1月31日で本町の店を閉めるという…自身にとって「大阪の<HRC>」と言えば本町であり、もう一つの方は行っていない…そういう思い入れも在るので、ショップで些かグッズを求める等していた…

今日は今井町のカフェの女性店主(珈琲豆の自家焙煎を手掛けていて、詩吟をやっているという方だった…)、富田林でおでんを売っていた女性店主(こちらは親しみを込めて「おばちゃん」と呼びたい雰囲気…)、閉店の噂のことを教えてくれた<HRC>の店員さんと色々と話す場面も多く在ったような気がする…

そうこうしていた中、また夥しい数の写真を撮ってしまった…それを少しだけ整理していて、何となく時間が過ぎた…

明日はどうしようか?面倒になって来たので、明日の早朝にでも考えることにしたい…

意図と行動との齟齬?:運行日誌(2020.12.23)

「緩急の“緩”」という意図が無いでもなかったのだが…「それなりに…」という程度には精力的に過ごしたということになるのかもしれない。

実際、何となく眠い…こういう場合は「何時でも御休み頂いて…」と寛ぐに限る…

眠る…起きる…また眠る…また起きる…という中で午前6時前になり、悠然と支度をした朝だった…

前日、東寺を訪ねようと近鉄の駅に寄った際に視付けた。「前日までに購入」ということになっている、「3日間(近鉄)全線フリー」の切符だ。近鉄の場合、特急列車は別料金の特急指定席券を求めなければならないが、それさえ求めれば乗車可能であるという乗車券だ。

この「3日間(近鉄)全線フリー」は3千円だ…例えば、大阪難波・近鉄名古屋間は運賃が2410円だという。この区間なら、実際には特急券を追加すると思うが…とりあえず名古屋にでも出る意図が、或いは名古屋を経て更に進む意図が湧いたのであれば「名古屋へ向かう場面で使う」ということにしておけば、この券は非常に有効だ!

この<近鉄 3日間全線フリー>の切符を求めて、もう少し近鉄の列車が動いているようなエリアに身を置くことにしたのだ。

↓この<近鉄 3日間全線フリー>を手に、以下の動きだ…

祇園四条→丹波橋(京阪)
丹波橋→大和西大寺(近鉄)
大和西大寺→近鉄奈良(近鉄)
近鉄奈良→大和西大寺(近鉄)
大和西大寺→筒井(近鉄)
筒井駅→法隆寺前(バス)
法隆寺前→筒井駅(バス)
筒井→大和西大寺(近鉄)
菖蒲池→大和西大寺(近鉄)
大和西大寺→近鉄奈良(近鉄)

結局のところ…京都から奈良へ居所を遷し、奈良で少しだけ動き回った…

当初は京都で滞在した宿の最寄駅の一つで移動を開始し、直ぐに<近鉄 3日間全線フリー>を手に丹波橋から動き始めた訳だ…

大和郡山市の筒井駅でバスを利用し、訪ねたのは「凄く名が通っているが…行っていない?」と思い出した法隆寺を訪ねてみたのだ。往路のバスは少し停留所付近で待っていた…復路のバスは、「そのまま来た道のバスでも、他に近鉄の駅に近い辺りに行けるバスでも…」と思いながらバスが発着する辺りに近付けば、いきなりバスが現れて、筒井駅を通るバスだと判って飛び乗ったのだ…

大和西大寺で食事を摂った後、近鉄奈良駅の方向、新大宮駅までの範囲で一寸歩こうと思ったのだったが…何時の間にか煩雑な道を間違えて、逆方向の菖蒲池駅に至ってしまった…そこから列車を乗り継いで奈良である…

奈良では興福寺を少しゆっくり拝観する等し、宿でゆったりし、夕刻にまた散策してから夕食を愉しんだ…そして「何時でも御休み頂いて…」である…

今般、奈良では「関西の別邸」と勝手に呼んでいるJR奈良駅の傍に在る宿ではなく、そこに出会う以前から何度か利用している近鉄奈良駅に極近い宿に滞在することにした…

結局?何となく気に入っている奈良に身を置いて動き回るようなことをしてみたかったのだろう…

詳しいことは後日色々と綴りたい…

「普通」かもしれない動き…:運行日誌(2020.12.22)

「またか?」とでも言われればそれまでだが、今晩も早目に「何時でも御休み頂いて構いません…」という態勢に入り、宿の居室で寛いでいる。

振り返ると…殆ど1日を費やして稚内から苫小牧へ南下してフェリーに乗船し、仙台で船を下りた後には新幹線の列車を乗り継いで一気に大阪に入った。大阪に滞在しながら和歌山県と奈良県とを訪ねるということをし、終いに高野山を往復した。そして宝塚へと西進しながらも不意に東進して京都に至った。

そういう「妙…かもしれない…」という展開を思い浮かべれば、今日の過ごし方は「名所旧跡が多い他所の地域に身を置いていて、時間が在るのでそれらを色々と訪ねてみた」という範囲に多分入るものであると思う…

今朝は…不意に“京都府警”に御世話になってしまった…別段に問題が生じたのではない!!

京都は「老舗喫茶店」というモノが色々と在る街だ。それらの1つを以前に朝から訪ねて愉しかったので、別な店を訪ねてみようと思い立った。

四条通を東側から西側へ進む…東西に延びる四条通と交差する何本もの南北に延びる通の一つに入り、少々北上した辺りに目指す場所は在った。その「北上すべく曲がる場所」をうろ覚えな中、西へ進み過ぎた…「いかん!このままでは街の西端に!?」と感じるようになって来た…「概ね20分」と聞いていた所要時間を少々超え、30分は歩いていた…至り着いた四条大宮で交番を見掛けた。その交番に入り、訪ねようとしている場所へ北上する通を「見失った…」という旨を、対応してくれた交番の女性警察官に申し出た。そこで話していて「大きく通り過ぎてしまっていて、引き返して20分位は要する…」と判った…

そういうことで、交番の警察官に道を尋ねたので「“京都府警”に御世話になってしまった」のである…こういうような「通り過ぎてしまう…」は、自身の場合、出先では時々やってしまう…

老舗喫茶店の一つである<イノダコーヒ>の本店に無事に辿り着いた…そこで<京の朝食セット>と銘打った、所謂「モーニングセット」を愉しんだ…

そうやって至った地区を起点に、地下鉄の1日乗車券―「600円!」という価格に少し驚かないでもなかった…札幌にも「休日限定」で似たような価格帯のモノが在ったが、とりあえず今日は「平日」だ…―を入手して動き回った…

↓今日の動きをメモしておいた…

烏丸御池→醍醐(地下鉄・東西線)
醍醐→小野(地下鉄・東西線)
小野→烏丸御池(地下鉄・東西線)
烏丸御池→京都(地下鉄・烏丸線)
京都→東寺(近鉄)
京都→四条(地下鉄・烏丸線)
烏丸→京都河原町(阪急)

結局、近鉄や阪急の列車にも乗車したが、何れも「一区間」に過ぎない。殆ど地下鉄で動き回っていた…

そういうことをやって…醍醐寺、隋心院、東寺を巡り、宿にも近い阪急の京都河原町駅に至り、前夕に一寸きになった建仁寺を確りと拝観したのだった…

朝7時前に老舗喫茶店を訪ねようと歩き始め、寺巡りという形になって、宿に引揚げたのは午後3時半頃…とにかく動いた…

宿で一息入れた後、辺りの気に入っている店である<HRC Kyoto>を訪ねて食事を愉しんだ…そこから引揚げて現在に至っている訳だ…

明日?余り細かいことは考えていない…

西へ…東へ…:運行日誌(2020.12.21)

一般的には、旅の途次に在る場合であれば「夕食を愉しんでいる…」というような時間帯に相当すると思うが、既に宿の居室で寛いでしまっていた。「もう出ない…」と、宿の室内着に着替えてしまったという状況だ…

前日から「体力を使った後?」という感ながら「気力充実!」という感でもあった。高野山(=金剛峯寺)を訪ね、千歳橋を歩き、何か「以前から何となく関心が在って、なかなか寄れなかった場所を一気に…」という達成感が在る。“達成感”という程のことでもないのかもしれないが…

「遅すぎる昼食と早過ぎる夕食を兼ねて…」という前日午後の動きの後、「かなり早目?」という時間帯に寝入って、深く眠った。そして日付も変わった…

今日は、前日のように「未だ暗い早朝から…」ということこそしないが、朝の「街が動き始めている…」という感の時間帯には既に行動を開始した。宿を出て、些か馴染んだドーム前駅から出発である…

前日のように「宿と高野山を往復」という時間を要する移動を大胆にしたのでもない。が、「細かい移動」を積み重ねることとなった…

↓手近なモノを容れているバッグに手帳とペンが在って、一寸メモしておいた内容を写す…

ドーム前→尼崎(阪神)
尼崎→今津(阪神)
今津→西宮北口(阪急)
西宮北口→宝塚(阪急)
宝塚→清荒神(阪急)
清荒神→中山観音(阪急)
中山観音→大阪梅田(阪急)
大阪梅田→桂(阪急)
桂→嵐山(阪急)
嵐山公園→大覚寺(京都市バス)
大覚寺→松尾大社前(京都市バス)
松尾大社→桂(阪急)
桂→京都河原町(阪急)

↑京都でバスに乗車した場面では所謂「交通系IC」を利用―自身ではJR西日本系の<ICOCA>で、「阪神が発売したモノ」というのを何時も愛用している…―した。それ以外の列車は<阪急阪神1dayパス>という代物を利用した。

<阪急阪神1dayパス>は、阪神電車の駅で駅員さんに申し出ると売ってくれるカードである。阪急電車の駅でも求められるが…<阪急阪神1dayパス>は、商品名どおりに「阪急と阪神の全路線の列車を朝から夜まで丸一日利用可能」という“1日乗車券”だ…

大阪神戸間で集落を結んで軌道を敷設し、列車の運行を始めた阪神に対して、阪急は「最速で両都市を結ぶには最短距離!」と既存集落に拘泥せずに「直線」に近い軌道を敷設して列車の運行を始めている。そういう経過なので、両社の列車は南側に阪神、北側に阪急と並行していて、双方の会社の列車に乗車可能な利点は「やや薄い?」というようにも見える…が、今津・西宮北口間で両社の列車は連絡可能だ。他に、他会社路線を一部で利用すれば、両社の列車を結んでドンドン動き回ることも出来る。そして阪急は大阪・神戸間の他に大阪・宝塚間、大阪・京都間の路線も在るので、広域で動き回ることを可能にするのがこの<阪急阪神1dayパス>だ。

実は、関西に滞在する機会が生じた場面で、この<阪急阪神1dayパス>は何度も利用している。そこで今日は、阪神電車の駅に近い辺りに滞在していたことも在って、この<阪急阪神1dayパス>を利用することとしたのだ…

夏季にも関西方面に入った経過が在った。あの時は、酷く汗をかきながら歩き廻った。そして「やや暑さがキツいことは否定出来ない…故に無理はしない…」と、「訪ねてみようか?」と思い立った場所に出なかったというのも色々と在った。

今般?確かに酷く温かいのでもない…「当地として、この時季として、一寸寒い…」という状態であるとは思う。しかし、「積雪が無い…」という―フェリー下船後の仙台や塩釜、標高が高い高野山では在ったが…あれは今般のこれまでの中では例外的…―のは有難く、酷く温かいのでもないのと同時に、自身の感覚で「寒過ぎる!?」ということでもない。そこで「精力的に!」ということにもなる。

上記の経路?関西の名所に明るい方は、既にお気付きかもしれない…宝塚市内にある名刹、清荒神清澄寺と中山寺を訪ね、大阪梅田駅に出てランチを摂り、そこから京都に向かい、バス停や駅の何も採用されている大覚寺と松尾大社を訪ねてみたのだ…

そして京都の祇園に宿を求めた。一度、今年の3月にも滞在した場所で一寸気に入っていたが、空きが在ったのだ…明後日の朝まで居る…

この宿に落ち着き、多少空腹を覚えたので辺りを本当に「極々短く…」という具合に歩き廻って、極軽い夕食を摂って「何時でも御休み頂いて…」ということにしてしまったのだ…

さて、何を如何するか?「色々と考える」というのが、また愉しい…

山へ…海へ…:運行日誌(2020.12.20)

大正駅に近い辺り、阪神なんば線のドーム前駅は更に近いという宿での滞在は今晩までである。明朝に離れるのだが…「何時でも御休み頂いて構いません…」の態勢に、早めな時間帯から入ってしまった…とりあえず寛いでいる…

前日は酷く深く眠って、気付くと日付が改まっていたという感で迎えた日である。

「訳が判らない程度に“深く”?」という程度に眠ったような気もする。深夜に起き出し、以降は身体を休めるか、起き出すかを繰り返していた。或いは「出先の宿ではよく在る…」というような具合かも知れない…

昨日、根来寺や朝護孫子寺を訪ねた後に思った…山に開いたというような名刹を訪ねてみるというようなことは「えい!やっ!」と勢いを加えて「この機会だ!行ってしまえ!」と動いてみなければ、多分相当長期に亘って訪問機会等は設けることが叶わないであろう…

根来寺は大阪府最南部と和歌山県北東部との間の山に在る…朝護孫子寺は急峻な信貴山を上るように開いた道に踏み入るような場所に在る…そういうことなら?かの高野山の金剛峯寺というのも、標高900m近い山の上に「宗教都市」という感で開かれて、営々と営みが続く場所で、「地図上で街と金剛峯寺を直線で結ぶ距離」の何倍もの「山に築かれた回り道」を進んで訪ねるということになり、意外に訪ね悪いかもしれない。

昨日の午後、信貴山から宿へ引揚げる途中、思い付いて南海のなんば駅に立寄った。なんば・高野山を往復する乗車券と、高野山でのバスの1日乗車券とがセットになったモノが在ると聞き及んでいたので、それを求めたのだった…

「高野山を訪ねる」となれば、事前に慎重に計画を練って、1泊か2泊かの時間を取って出掛けるべきなのかもしれないが…「片道2時間前後?根来や信貴山を想えば、列車の本数は多い感じ…楽に日帰りも可能であろう…」と、無計画に「とにかく訪ねたいのだ!」と出掛けることにした…

「とにかくも早く現場に着いて…後は何とでも…」と早朝の暗い時間帯、早速に阪神なんば線で大阪難波駅に出て、南海のなんば駅から6時に出る列車に乗込んだ。“急行”は途中の堺東駅に直ぐに着いたが…少し先の百舌鳥八幡駅で「人身事故…」とのことで、列車は堺東・なんば間の折り返し運転というようなことになってしまった…

「或いはなんば駅へ引揚げて、明日にでも改めて?」と思わないでもなかったが、駅員さんによれば「“人身事故”は、通例では1時間から1時間半で運転が再開になって、暫くはダイヤが乱れるものの、やがて復旧」ということらしい。ゆったり座っている場所も見当たらないので、改札を一寸出て、駅周辺で過ごすこととした。駅前にネットカフェが在った。南海電車の運行情報を随時視て、ゆったりと過ごしていた。午前8時を少し過ぎた頃に「電車が止まっています」から「電車の運行が乱れています」に切り替わったので、ネットカフェを出て駅に向かい、「事故で列車が停まってしまったので外で待っていた」と切符を駅員さんに見せながら申し出た。そして無事に列車に乗った…

なんば・堺東間から、列車が停まった区間や、その先の高野山へ向かうという人が「溜ってしまっていた」という感じで、高野山へ向かう列車は少し混み合った…

大阪府を斜めに南下するような感じで和歌山県内の橋本駅に着くと、高野山を上る区間になる。その区間の最後はケーブルカーに乗換えるようになっている。ケーブルカーが山を上り始めて少しすると、辺りに「白」が目立った。雪が些か降ったようだった。

積雪は少し在ったが、天候が好転していて、雪は融ける過程に在った。屋根の上で凍り固まったような雪の塊、実質的に氷塊が派手な音を立てて、軒から歩道に落ちる様子も見受けられ、通行人が「危なかった…」とか「怖い…」と驚く様子も見受けられた。

実際には「大規模な寺院或いは寺院群が形成された場所に町が起こって…」ということなのかもしれないが、何か「街そのものが寺になってしまっている…」というように感じないでもないような独特の様子が見受けられた…

高野山訪問関係のことは、追って色々と纏めてみたい…

昼食には遅過ぎる午後3時前に宿に引揚げ、実は昼から営業している、馴染みになった「沖縄酒場」を訪ねて「遅過ぎなランチ兼早過ぎなディナー」を愉しんだ。そしてその足で大正区内を散策だ…

徒歩ではやや遠目な、<千歳橋>という巨大な、そして歩行者も歩くことが出来るという橋梁を眺めて渡ってみるなどした。そこから、路線バスを利用して宿の傍に引揚げた訳だ…

こんな具合の「全くの随意…」という過ごし方は好い…かなりの距離を歩き廻ってしまった感なのだが…とりあえずは寛いで回復を図る…

動き回った…:運行日誌(2020.12.19)

“連泊”ということにした宿で寛いでいる…

前夜は「寝付けない夜…」を過ごし、眠ったり起きたりを繰り返している中で早朝を迎えたような感である…

稚内・名寄・旭川・滝川・岩見沢・札幌・苫小牧と列車を乗り継ぎ、苫小牧・仙台を海路で移動し、中野栄・本塩釜・仙台と鹽竈神社を訪ねてみて、仙台・東京・新大阪を新幹線の列車を乗り継いで一気に駆け、新大阪・大阪・大正と移動して現在に至っている。「大正の辺りに宿を求めてみた」という“理由”である「沖縄酒場」にも寄って“沖縄そば”も頂いた…

傍目には「だから??」というようなことなのかもしれないが、何か「達成感!!」というようなモノで非常に昂っているのかもしれない。そのうち、身体を動かして、休息が必要ということになれば、ぐっすりと長目に眠ることにもなるであろうと、「無理に眠る?」ということもしない…

そういう訳で…朝から木津川の橋を眺める「極々短い散策」を愉しみ、精力的に動いた…

和歌山方面への列車で和泉砂川という泉南市内の駅へ向かい、ローカルな感じで運行本数も少ないバスで、和歌山県岩出市の根来寺を訪ねた…

根来寺の後は和泉砂川駅に引揚げて列車に乗り、天王寺に出て奈良行に乗換えて王子に向かった。王子でも概ね1時間に1本という運行のバスで信貴山朝護孫子寺を往復した…

信貴山朝護孫子寺の後は王子・JR難波間の列車を利用し、そこから南海の駅に道草した後、阪神なんば線の列車でドーム前駅、宿の最寄り駅に辿り着いた…

宿で一息の後は<TUGBOAT_TAISHO>で食事を愉しみ、そのまま新今宮駅に出て通天閣を眺めて来た…

何やら…「酷い移動距離…」という感じだが…随意に過ごして構わない状態で何処か他所の地域に在ると、「動きたくて仕方がない…」という症状に陥ってしまうのだ…

仔細は何れゆったりと…根来寺や朝護孫子寺というような場所は、思い立ってもなかなか行けない…少し思い切ってみた…何れも「少し深く分け入った…」というような場所だ…

そんな場所に至ることが叶う時間を設けられた…非常に好いことだ…が、流石にかなり動いたので、前夜の眠りの按配に鑑みて「何時でも御休み頂いて結構です…」の態勢にしている訳だ…

長い道程…:運行日誌(2020.12.18)

「小さ目で安価…」という部屋の宿が存外に好きなのだが…そういうタイプの場所に在る…随分と長い距離を移動したことになる…

フェリー船内で日付が変わったことを知った。夜に出航し、朝に到着する船なので当然のことであろうが…眠気に抗わずに早めに休み、気付けば日付が変わっていたという状況だったのだ。

全長192.5m、幅27m、総トン数13,694トンというフェリー<きたかみ>に乗船した。2019年1月に就航したそうで、マダマダ新しい感じの船だ。10,880馬力のエンジンを2基搭載し、最大速24ノットという性能であるという。通常は概ね20ノット程度で航行しているのだという。

フェリー<きたかみ>は名古屋港を母港としているようではあるが、専ら苫小牧・仙台間の「夜行」の航路で運用されているようだ。苫小牧・仙台間は概ね300海里、約560㎞であるという。20ノットは時速40㎞程度なので、15時間の航海ということになる。(国境を越える稚内・コルサコフ間の概ね3倍もの長さだ…)

苫小牧駅から250円の路線バス、約15分程度でフェリーターミナルに着けば巨大な船体が視えた。ターミナルで手続をして、乗船開始を待つ。午後7時出航の船に、午後5時半から乗船出来るようになっている。

乗船すれば、大浴場―250円のハンドタオルを求めて使った…―を利用し、夕食―バイキング方式のモノで、食券を求めて船内レストランを利用する…―を愉しむ。そうしていた間に出航だ。苫小牧駅のコンビニで求めたウイスキーを一寸呑み、暗い苫小牧港を船が存外なスピードで離れる様を眺めていた。そうやって出航する様子を視て、後は<エコノミーシングル>と名付けられた船室で休み、時折は適当に船内を歩き廻って過ごすという訳だ。

昨年、横浜駅・出雲市駅間で<サンライズ出雲>という夜行列車の個室寝台に乗車した。フェリー<きたかみ>の<エコノミーシングル>は、あの夜行列車の個室寝台のような設えだと思うが、アレよりもゆったりしている。安価な、細長い「寝るだけ…」という部屋の宿泊施設が、そのまま海上を移動しているかのようだ。勿論、船内には様々な場所が在る訳で、他がどういう具合かは経験していないが…

海の状況が普通に平穏なのだと思うが、列車に乗っているのと大差が無い感じで然程「揺れ」も気にならない。

そして朝の時間帯を迎えた…

苫小牧から仙台へ南下している場合、右側が奥州の山河で西に相当し、左側が大洋で東に相当する。午前6時を少し過ぎた辺りで東の大洋の側が明るくなって来た。低空にやや雲が多目であったが、雲の隙間に朝陽が上ったのは午前6時45分をやや過ぎた辺りだった…

その朝の様子は、甲板に出る、中に入るを繰り返しながら眺めていた。大洋が明るくなり、奥州の山河から夜が拭われる…そんな様子が好かったが、流石に洋上の風は冷たく、身体に些か刺さる感は否定し得なかった…

仙台には定刻の10時よりも些か早い程度で順調に到着した。仙台周辺は若干の雪に見舞われた経過が在ったと見受けられた…

その後、仙台駅へ向かうバスに乗車し、途中の中野栄駅で下りた。そこからは本塩釜駅へ列車で移動した。鹽竈神社(しおがまじんじゃ)を訪ねてみたかったのだ。

鹽竈神社は、長くやや急な石段の本参道から入って、東参道側から出て来るという形で訪ねてみた。「陸奥国一之宮」という由緒を誇る社である。なかなかに貫禄が在った…

好天な中で鹽竈神社を訪ねて満足し、仙台駅へ移動した。仙台駅では「ここから如何する?」と考えた…

その結果、「とりあえず大阪へ…」と思い立ち、大阪で滞在する宿をネットで予約し、新幹線の列車を2本乗り継いで新大阪駅へ出るということを思い付き、仙台駅の窓口で切符を求めてしまった…

2本の列車は何れも「速達性重視」という停車駅が少な目の列車である。何か「飛んでいるような…」という気はしたが、それでも軌道上を走行している訳である…

<はやぶさ>と<のぞみ>という、JR東日本とJR東海とが各々「看板」のようにしている列車で仙台・東京・新大阪を一気に駆け、新大阪駅から大阪駅に出て、大阪環状線で大正駅に向かい、宿に入ったのだ…

大正駅の辺り…以前に「沖縄酒場」という場所で食事を愉しんだ。再訪したいと強く希望していたが、無事に再訪が叶って“沖縄そば”を確り頂いた…

結局…「空路」を利用せず、鉄道と海路とで稚内から大阪に到達してしまった…妙なことを仕出かしたものだ…

海へ…:運行日誌(2020.12.17)

苫小牧駅の極近く、商業施設内のカフェで一息入れている…

「早めに出よう…」ということが念頭に在ったにせよ、「早過ぎ…」という時間帯に眼を開けて起き出してしまった。<Qグレード認証 コロンビア>を淹れて、居室で悠然と過ごした…芳香と味わいとが非常に好い感じだ。

戸外の様子を伺う…氷点下5℃程度の冷えた感じが継続中だった。雪が断続し、少しばかり積もっている。一部の道路で除雪作業もやっている様子が伺えた…

こういう「ありきたりな冬の早朝」という状況ではあるが、この状況から「如何なる?」という感で、自身でも自身の行動を精確に予想し悪い…

例によって、前日に用意しておいた<青春18きっぷ>を手に、早朝5時台に稚内駅からキハ54の一輛運行による普通列車に乗込んだ…

実は、一昨日や昨日は「雪の影響」で列車運行の様子が乱れてしまっていたということが伝えられていた。それが気に掛っていたが、然程の影響も無く、稚内・名寄間を進んだ。

名寄では<青春18きっぷ>ではなく、敢えて乗車券と特急券とを別に求めて旭川へ移動した。列車の本数が少ない…そうでもしないと、名寄と旭川とで長い待ち時間が連発して、ドンドン進んでは行けないのだ…

旭川では直ぐに滝川へ向かう普通列車が待機していて、それで滝川に着けば岩見沢に直ぐ向かえる…

岩見沢に着いてみた。異様に雪が多いような感であった。列車運行の乱れが生じてしまう場合の「アレな…」という話しになる、岩見沢辺りに雪が多い現象が発生してしまっていた…

岩見沢と言えば…「札幌方面を経ずに苫小牧へ南下」という路線の起点になっていて、少し待てばその「苫小牧行」に乗車出来る筈なのだが…「大雪の影響」というようなことで、運休になってしまっていた…

そういう訳で…岩見沢から札幌に出て、札幌から千歳線の列車に乗り、「札幌方面を経ずに苫小牧へ南下」というようにした場合よりも小一時間多く要した形で苫小牧に至った。

苫小牧方面…岩見沢方面で視た積雪が「嘘!?」のようだ…全然、積雪が視えない感じだ…雪の量や天候の感じが移ろう様を眺めながら、稚内から苫小牧まで列車を乗り継いで移動した…

これから?バスに乗る…苫小牧港へ向かう。海に出るのだ…フェリーに乗る。

ということで、ここまでの動きを綴ってみたのだった…

前夜…(2020.12.16)

氷点下5℃を挟むような気温…氷点下5℃を割り込んでいる場合も在り、更に降雪が断続している。

国内の広い範囲が強力な寒気に覆われてしまっているらしい。方々で「今季初の“非常に冬らしい”という感じ」が見受けられている様子が伝わる。

「冬は寒い北海道」というイメージが強いと思うが、その中でも北側に在る稚内に関しては「殊更に寒い?」というイメージも在るのかもしれない。北海道に縁が薄いと思われる方に御訊ねを頂いたことも在った。が、「気温」という側面で考えると、稚内よりも南に相当する内陸部の方が遥かに低い。稚内に関しては「海を渡る冷たい風」の干渉で、戸外に出れば「身体に寒風が刺さるような…」ということになり、実際の気温以上に「寒い…キツい…」と感じてしまう割合が高いように思う。そして、少し低温の場合に見受けられる粒子が細かい雪が多少積もっていると、それらは風に舞い、酷く辺りの視界が悪くなる。そういうのが冬季の「厳しい…」というイメージを“水増し”してくれる面も在ると思う。

「氷点下5℃を挟むような気温…氷点下5℃を割り込んでいる場合も…」というのは、「稚内の冬季の気温」としては「“最も寒い”に近い?」というクラスだと思う。「氷点下10℃を伺う…」という辺りが、「稚内の冬季の気温」としては「最も寒い」の部類になると思う。

11月に雪が降り積もる場面が見受けられ、また冬がやって来て、そして「所謂“厳冬期”に向かって行くのか…」という感じで「年末か…」ということも思っていた間に、「“最も寒い”に近い?」というクラスの気温だ…

年末なので「今年は??」というようなことに想いが巡る場合も少し増えている…「2020年は?」ということだ…

「少し前」という辺りから振り返ってみる…

2017年…何か非常に大きな達成感のようなものが在ったと思える反面、11月にアクシデントに見舞われてしまったという感じだった…アクシデントそのものは少々キツいと思ったが、達成感は非常に大きかった。

2018年…前年のアクシデントを何とか乗り切った…そしてその後に、前年以上の大きな達成感のようなものが在ったと思える…

2019年…更なる達成を図ろうと考え、それが妨げられ、力一杯に気分を害していた中で色々と所用が生じ、そういう方面に労力を割いて、それに終始してしまった感だった…

2020年…特段に達成感のようなものは無いかもしれない。少しばかり時間を設けて随意に過ごしてみる機会が設けられた中、これまで縁薄かった四国に上陸したというのが非常に好かったということは思い出すが…他に<祇園枝垂桜>も忘れ難い…

敢えて一口に纏めると上述のような感か…

2020年に関しては「“事情”に覆い尽され、“荒んだ”ような雰囲気に辟易し続けることを無理強いされて、結果的に不快千万…」というのが正直なところだ。何もしたくなくなるような感だ…自身が「普通に生きていること」に関して「それがいけないことでしょうかね?」とでも問いたくなるような雰囲気を個人的には感じないでもない。何となく鬱屈してしまう。鬱屈してばかり居て、如何なるものでもないように思うが…

そういうことであるから…傍目には「しょぼい…」ということではあっても、全然構わない…「飽くまでも自身の中の基準、価値観に即して…」ということながら「盛大に!!!」と少々意気込んで、「憂さ晴らし」のような振る舞いに及びたいという気分が、自身の中で湧き上がって、そういうのが抑え難いような感になって、少し時日が経った…

「特段に達成感のようなものは無いかもしれない」というのは、裏返せば「特段に課題らしい課題、当面の宿題という程の何事かに思い当たるのでもない」ということにもなる。であるとすれば?所謂“被雇用者”に宛がわれている“年次休暇”なるモノを「目一杯に注ぎ込む!!」ということをして、「とりあえず“時間”を設けてみる」ということも、出来ないではない訳だ…

“時間”を設けてみて如何するか?深くは考えていない…何か鬱屈してしまうような気分の中、「私は自らを由とする!!」とでも叫んでみたい気分で、「とにかく自身の“時間”を設ける!!」と考えただけなのだ…

達成感のようなものは無いかもしれない2020年に在っては、「例えば、この数時間後とか、数日以内に何らかの事由で“力尽きる”か、“物理的に随意に動き悪い”というようなことになった時、“少なくともアレが視たかった…視られないのが無念だ…”というようなことが、ほんの少しでも少なくなれば善い」という程度に考えていた側面が在る。何度か“時間”を設けた中で密かに思っていたことである…

そんなことで…「とりあえず翌朝は早起きして…」ということばかりを考え、酒を嗜んで、食事を愉しんでという状況で「普通な夕べ」を過ごした…正しく「明日には明日の風が吹く」というものだ…

運行日誌(2020.07.30-08.09)追記:帰着後雑感…

8月10日の稚内では、日出を期待し、日出を待ち、日出を眺めて1日の始まりを迎えたのだったが、何処となく湿り気が感じられた空気の中で昼頃から雨交じりとなった。

雨交じりとなること自体は珍しいことでもないが、少し気に掛った。振り返ると、7月30日以降「雨に降られていない…」という状態、「移動もしながら、晴天であった地域に居続けた」ということに思い至ったのだ。随分と久し振りに雨に当たったような気がした休日ということになった。

雨交じりの故に薄暗い感の居室で、<アロママグ>に注いだ<サードウェーブテイスト>を啜る。旭川で「時間が在るなら立寄りたい」という場所の“リスト”に俄かに加わったカフェで使用されている仕様と同じで、同じ店で販売もされているのを入手した<アロママグ>に<サードウェーブテイスト>を注いで頂いてみると、あの店出だしていて何種類か愉しんだオリジナルブレンドの一つにやや似ているような感じもする。<サードウェーブテイスト>、旭川の店とは全然縁が無い大阪の業者の豆ではあるのだが…

旭川の店や、他に奈良の店で好い珈琲を少しゆっくりと頂く機会が在ったが…稚内で過ごす休日という中でも「カフェを梯子」というのに近いことをやっていて、方々で珈琲を頂いた。拙宅で、気に入った豆を挽いてハンドドリップというのとは少々違う。何か「馴染んだモノに親しむ大きな安堵感」というモノが在る。

様々な珈琲を頂いたとなれば「何れが一番好かったか?」ということになるのかもしれない。が、「何れも好い」という以上のことは申し上げ悪い。珈琲のような嗜好品は全く「各々に好い」または「少なくとも一般に出回っているようなモノは各々に好い筈」なのであって、横並びにして順位を付すようなことに最初からなじまないように思う。

珈琲に限らず、「休暇に訪ねる場所」というようなモノも全く同様であると思う。方々を巡ってみるというようなことをする都度にそういうような思いが強まって行くような感さえする。今般、方々を少し動き回ってみて、そういうような思いが確実に強まった…

「城」と名が付く場所…丸亀城、徳島城、高知城、松山城、今治城、尼崎城と方々で寄っている…

「寺」と名が付く場所…善通寺、須磨寺、宝山寺、長谷寺、西大寺、泉涌寺、智積院、仁和寺、勧修寺、東大寺、興福寺という具合か…

「社」と名が付く場所…善通寺の乃木神社、大山祇神社、手向山八幡宮という感か…

城でも寺でも神社でも構わないが、何れにしても「各々の面白さ」が在る、他所の地域を訪れた際に何となく視に行くような場所だが、どんな城も、どんな寺も、どんな神社も「各々に好い」のだと思った。

更に一部は寺に在るモノだが、幾つかの庭園も訪ね、古い町並みを愉しむ場面も在った。庭園に関して、例えば壮大な栗林公園と、京都の寺に在った庭園とではスケールは単純な面積比較ということが可能だと思えるが…そういう面積の数字では測りようがない「各々の好さ」が在ったと思う。

もう少し、1箇所に落ち着いて居れば好いのかもしれないというようなことを、毎度思わないのでもないのだが…「見慣れぬ路の向こうの見知らぬ街」というような感覚が酷く好きで、そういうことを、「動き回ること自体」を愉しんでしまうような性向が在って、何時も随分と方々を動き回るようなことを仕出かしてしまう…

何やら社会が“事情”に覆いつくされてしまっているかのような感に辟易しているが…外を歩き廻ってみる程度のことで、ガタガタ言われなくてはならない必然性もないと思っている。今般、「何年振りか??」と自身で驚く程度に日焼けもした…

そして「出掛けるから写真を撮る」のか「写真を撮りたいから出掛ける」のか判らない状態で、収拾困難な程度に写真も撮った…追って整理しよう…

暫くは…今般の旅を色々と振り返るような時間が多くなりそうである。同時に…早くも「また機会が設けられるなら…」というようなことを考えてしまっていることに気付く。

帰着…:運行日誌(2020.08.09)

力尽きたように寝入ってしまい、少し深く眠ってから起き出し、また眠る…起き出している間は、頭を過る「足跡」を想起する…

旭川に到着し、宿に入ってから一歩も出ずに居室で過ごしていた状況である…

早朝から「更なる北上」に出ても好かったかもしれないが…「昼の特急列車」の券を入手した。そして、宿の居室で「とりあえずゆっくり…」である。

早朝から何かをするということも容易ではあったが…結局、宿の居室でゆっくりすることにした。「休日」であった割りには、期間中に精力的であり過ぎたかもしれない…他方、「休日で随意に動くことが叶うが故に…」と、過ぎる程に張り切り、「頭の中と身体との連携が悪くないか?」と思う一面も否定しない…が、総じて満足出来るような動きをしていた…

旭川では…ゆっくりと宿を出て「カフェを梯子」というような過ごし方に終始し、「昼の特急列車」に乗車した。

車内のこと…記憶が殆ど無い…旭川駅を出て程無く、永山駅で列車は信号停車するのだが、その辺りから音威子府駅辺りまでが判らない…そこから天塩中川駅辺りまでも判らない…かなり確り眠ってしまったのだった。

前々日の荒天で列車運行等が乱れ、前日も影響が残っていたというように聞くが…今日は何ら問題は無かった。通常は4輛運行の列車も増結で6輛運行であった。が、然程混み合ってもいなかったが…

とにかくも帰着した…

北へ…:運行日誌(2020.08.08)

搭乗する飛行機が神戸空港から離陸するのは…12時45分ということになったいた。ギリギリに走るのも落ち着かない。早めに空港へ行って悠然と過ごしていれば好い。と言って、空港への移動までに些かは時間を要する…

神戸空港へ向かう道すがらに、何処かへ道草するにしても、「少し早目な時間帯」ということで寄ってみるという他に、何となく都合が悪いような?そんな時間帯のフライトであると、今更のように思った。が、フライトが「着いた後」の動きを思うと、これ以上遅めな時間帯も按配が好くない…

奈良から神戸への移動に関して、少々早く出て、1箇所だけ道草をすることにした。今般、「そう言えば利用したことが無かった?」とい経路を取り入れた。

JR奈良から出ている“区間快速”と称する列車に「宝塚行」というモノが在ることに気付いた。「奈良から?どういう経路だ?」と思った…

この列車は奈良から京都へ向かう経路で少し北上して木津に向かい、京都府の南寄りから大阪府に入って四条畷に至る。四条畷から先は大阪を西へ進む。大阪市内の京橋から暫く地下を通って、そのまま兵庫県の尼崎に至る。尼崎からは伊丹を経て宝塚へ経路が在る。

何やら面白いと思い、<青春18きっぷ>を使い、奈良から尼崎までこの列車に通して乗車した。1時間半程度を要する行程であった。

頻繁にこの奈良→木津→四条畷→京橋→尼崎というような「通し」のように列車を利用するという乗客は然程多くはないかもしれない。が、奈良県、京都府、大阪府、兵庫県と「毎日のように複数の県境を越えながら、それなりの頻度で列車が運行」という状況が在る。他にもこういう、複数の県境を越えながらという運行系統の列車は、関西圏では色々と見受けられる…交通機関は「県境等は最初から半ば無視」で発展しているのかもしれない…「何処までも♪」とい程度に県境との縁が薄い地域に居るので、そんなことに酷く感心してみたりもする…

尼崎に至ってからは、バスで阪神の尼崎駅との間を往復し、尼崎城の建物を眺めていた…あれは新しく整備された公園という趣だった…

尼崎から先はJRの列車で三ノ宮駅に入り、神戸でも時間が中途半端なので、速やかにポートライナーで神戸空港へ移動した。空港の様子は?「普通…」と思えるような感じだった…そこそこに乗客は出ていたというように視えた…

飛行機の中で着席して…気付けば上空に在って「何処に?居るのだ??」とい感じだった。飛行機が離陸のために滑走路へ動き始めたような頃に、居眠りに陥ってしまったようだった…

新千歳空港に着いた後は、また<青春18きっぷ>を取り出して使い始めた…

新千歳空港→札幌→岩見沢→旭川と、午後3時前に新千歳空港駅で列車に乗ると、普通列車だけを乗り継いで、午後6時40分を前に旭川駅に居たることが出来る。旭川辺りまでの普通列車…本数が一寸少ない…

そういうことで旭川入りし、何となく馴染んだ宿の一つにとりあえず陣取った…

30℃超えが常態であった地域から、何となく25℃程度の場所へ…少々涼しい…明日には?更に涼しい辺りだ…振り返って整理すべき事柄は多々在るので、それらは追って、順次、随時とい感だ…

とりあえず…戻って「しまった」というような“感じ方”をしているかもしれない…

「休日」…:運行日誌(2020.08.07)

「何を…どうしたものか?」と、半ば途方に暮れるかのような境地で朝を迎えていた。苦笑いが洩れた…

客観的には「思い立って旅に出る」と称して、“避暑地”そのもののような地元を夏の盛りに飛び出してしまったという奇矯な行動の最中だ。「何を…どうしたものか?」と勝手に自問してみるが、「御随意に!」という以上でも以下でもない…

或いは…朝早くに「何を…どうしたものか?」と、何となく自問してしまうというのは、少し纏まった休暇の時間に、窓の景色の好さ故に気に入って何度も滞在して「別邸」とまで勝手に呼んでいる宿の居室で、「非常に満ち足りた気分」の中に在るということなのかもしれない。

マダマダ「訪ねてみたい…」は尽きないので、何処へなりとも訪ね歩くのも好いが…文字どおりに「“別邸”で寛ぐ」という感で、奈良で過ごすのも非常に好い…何れも好いので、いよいよ「何を…どうしたものか?」なのである。

こういうのは?「或る種の修行」というような営為で「至り着いた“境地”」とでも呼ぶべきモノなのか?そう思い、また別な苦笑が洩れる…

意味も無く、相当に古い歌の歌詞が頭の中を過るという場合が在るように思う…

「もしもあなたが♪一緒に居たら♪どんなに愉しい♪旅でしょう?♪」という歌詞が昨日辺りから頭の中を過っている。

或いは旅の時間を分かち合うような、素敵な同行者が在れば好いのかもしれないが…多分、私が1人で勝手にやっているような事は、他の誰にもやり悪いのかもしれないというようにも思う…

そう言えば「同行二人」という表現が在った…香川県に在った時に善通寺に至ったが、あそこで生まれたと伝わる弘法大師だが、仮令1人で歩いたにしても“お遍路さん”の心は常に弘法大師と共に在るというようなことが「同行二人」という表現の意図だったとうろ覚えながら記憶する。

不意に思い出した「同行二人」という表現だが、私は「どうしようもないわたしが歩いてゐる」という句を拝借して表現したい、「訳もなく動いて、自身が生きている、生かされている喜びのようなモノを感じ、心弾まずには居られない」ということと、「訳もなく、無計画に動き回る…愚か者の所業かもしれないが、それが愚かな行為なら、自身は愚か者で大いに結構!」というようなことばかりを1人で想い続けている。

或いは、「見えることが無かった…」、「見えていて見過ごした…」、「見えていながら離れてしまった…」、「見えることなど在り得なかった…」という「同行者の幻影」のようなモノを勝手に追い掛け続けているのかもしれない…

様々な想いが渦巻いた朝…窓から望む気に入っている景色が「夏らしい!」という感の好天に包まれて行くのが判った中…「奈良でゆっくりする日」とすることに決めた…午前8時半頃から「ゆったり」とスタートだ…

結局…「若草山に(徒歩で!)上る」ということに挑戦し、途中で「無理は禁物…」ということにして…手向山八幡宮に寄って東大寺大仏殿周辺に至り、奈良女子大学の方向を徘徊し、「9年間だけ動いていた」という鉄道の記念碑を眺めて、適当にランチや珈琲を愉しんだということになった。本当に「この街に暮らしていて、ふと訪れた休日に何となく取る行動」というようなことに終始した…

今日は気温が35℃近くになっていたらしいが…歩き廻ってとんでもなく汗をかいたので、宿でゆっくりしながら、汗で汚れた衣類をコインランドリーで洗っていた…

その洗った衣類やら、何となく買い込んだモノ等を箱に詰め、稚内の拙宅へ発送しておいた…明日は?北上開始である…

振り返ると…今日は「歩いた」というだけで、列車やバス等には全く乗車しなかった…「稚内の拙宅に在る休日」と然程の差が無い…

敢えて求めた“夏”の中…:運行日誌(2020.08.06)

「過ぎる?」程度までに夏が冷涼な地域に住んでいて、毎年のように夏季に「敢えて時間を設けて随意に過ごす」ということも敢えてせずに居る中、今年は「夏らしい!」という感の時季に時間を設けて随意に過ごしている。

古くから「避暑」という言葉も在る。夏には「避暑」という過ごし方が想起されるのであろうが…夏が冷涼な地域に住んでいると、「時には“らしい!”という感じな夏の中で…」と考えてしまう。飽くまでも「時には…」ということではあると思う。随意に過ごして構わない状況下では「夏らしい!」も好いが、日頃の色々の最中では、何かと苛立って、序に暑さで体調でも崩してしまうかもしれない…

そんなことを思っているが、滞在し、訪問している各地は「梅雨明け」というようなことで好天傾向が続いているようで、思った程に湿度が高いのでもなく、「一寸気温は…」という感じで、「陽射し?!」と思う場合も在るが、一寸多めに水やコーヒーや茶を頂いて凌いでいる。そういうためもあってか、「傍目に酷く苦しんでいるように見えるかもしれない?」という程度に汗をかいてしまっている一面も在る…

今朝も…眼を開けた時、今日も天に月が輝いていた様子が視えていた…好天が継続している。結構なことだ!

気儘な時間に眠り、気儘な時間に起き出す。休暇中ならではの「自堕落…」というようではあるが、それでも平素の生活のような早朝に普通に起き出し、何に妨げられるのでもなく、随意に歩き廻っている。実に好い感じだ!

今朝も…午前7時半過ぎには何となく動き始めてしまっていた…JR奈良駅から京都駅へ向かう列車に乗った…

そうやって京都駅の手前の東福寺駅に至り、泉涌寺を訪ねてみた。

泉涌寺を訪ねた後、東福寺駅から歩いた道筋に在った案内地図を視て、「七条駅から歩いて10分程度と聞く智積院という場所…敢えて東福寺駅に引き返して列車に乗るまでもなく、何となく歩いて着いてしまいそうな?」と思った。そして…歩いて智積院に向かって、着いてしまった…

こういう具合に、思い付いてドンドン歩いてしまう性分ではあるのだが…途中で休み、休み―コンビニで珈琲や他の飲物を求めて、辺りに佇んで、それらを飲みながら一息というようなこと…―というのを平素以上に行いながらの行動にしても「消耗感…」がやや大きいことを否定し悪い感だった…

<HRC Kyoto>でランチを愉しんで、少しばかり買物をしてしまったというのを挟み、京都に在って泉涌寺、智積院、仁和寺、勧修寺と訪ねた。そして奈良へ引揚げた…

本当に「別邸に在って、近隣で動いている」という具合かも知れない…「奈良に滞在している中、1日を京都で…」という「やや少数派らしい?」ことをやってしまっている…

思い付く「訪ねてみたい」は多々在る。それらを訪ねて再訪してみたくなる場合も少なくない。並行して、新たに思い付く「訪ねてみたい」が際限無く増える。終いに「収拾困難」となってしまっている…

今般、「名前を聞いていても、実は立寄っていない…或いは立寄っていないかもしれない…」という場所に注目し、何となく訪ねている。「凄く面白かった!」と「もう少し…あそこにも寄りたかった…」とが同居する状態だ。今般は「過ぎる“消耗”」を避けようとしている側面も在るかもしれないが…

何れにしても、その京都での見聞に関しても、順次、随時に整理はしてみたい…

明日は?明日の朝にでも考えてみれば好い…

エネルギーを使った…:運行日誌(2020.08.05)

普段、拙宅の居室に在るような時と似たような時間帯に「何時でも御休み頂いて差し支え無し」という状況で寛ぎ始めているのだが…普段の何倍もエネルギーを使ったという実感が在る…

前日は早めに休み、深夜に起き出して、暫く経って休むという「睡眠ダブルヘッダー」と―妙な造語だ…―いう状態で朝を迎えた。

勝手に「関西の別邸」と呼ぶ、窓からの眺めが気に入った宿の居室では、「一般的には十分に早起き」な5時頃の、天空に未だ月が輝いて視えるような光景を些か愉しんでいた。

7月30日に朝5時台に出る列車に乗って以来、連日のように何となく早くから動いている…

7月31日の姫路発は6時30分…8月1日の高松発は7時5分…8月2日の高知発は8時1分…8月3日は7時23分の列車に乗ろうと6時台に路面電車で出た…8月4日は8時のバスに乗ろうと7時台に路面電車に…

7月30日の例は多少極端かも知れないが、大都市圏で通勤通学に少々時間を要する状況であれば、連日のようにこういうような時間帯に動くのは普通なのであろう…が、私が住む街の状況下では「微妙に変?」な感じかもしれない…私自身、早朝に「極々短い散策」と称して動き回る場合等は在るが、平日は朝8時20分や8時半から動いているような状態なのだから…

そんなことを思い始めた朝だった…

そういうようには思い、居室の居心地も好いのだが、それでも…午前8時前には、好天に誘われるように戸外へ出た…

今日、密かに「最大の功労者」であったのは、「近鉄の1日乗車券」であった。これは大阪府、京都府、奈良縣の区域に敷設されている近鉄の路線で、近鉄が設定している「別途の特急指定料金」が求められる以外の列車について、指定の利用日の朝から夜まで随意に乗降可能なモノなのだ!それが「千円」だ。しかし「必ず利用前日までに求める」というルールなので、昨夕に思い付いて入手しておいたのだった…

これを駆使して…生駒山の宝山寺、長谷寺、西大寺を巡り、一息入れて夕刻には東大阪市役所展望ロビーも訪ねた…それから近鉄奈良駅から三条通を経て宿との間を往来するような場面で猿沢池辺りを散策するなどした…

↓乗車状況は下記のとおりだ。今日は近鉄以外の列車には乗っていない…

近鉄奈良→生駒
鳥居前→宝山寺(※生駒山のケーブルカー)
宝山寺→鳥居前(※生駒山のケーブルカー)
生駒→鶴橋
鶴橋→長谷寺
長谷寺→大和八木
大和八木→大和西大寺
大和西大寺→近鉄奈良
近鉄奈良→生駒
生駒→荒本町
荒本町→生駒
生駒→近鉄奈良

こういうように、多少精力的に動いた感ではあるが…それでも「陽射しがやや強く、30℃を超えていたらしい」という中では「無理はせず…」という範囲を心掛けたのだったが…

今般は「聞いたことが在る他方で、余り馴染んでいない…」という場所に寄ることに主眼を置いたかもしれない。訪ねた先での見聞等は、何れ写真と合わせて整理しておきたいものだ…

明日は?「明日には明日の風が吹く」ということにしておこう…

長駆移動…:運行日誌(2020.08.04)

暗くなり切ってしまう少し前から「何時でも御休み頂いて構いません…」という状態で寛いでいる…

早朝、松山の宿の居室で不意に思い出していた。本当に不意に思い出したのだが、別段に重要な事でも何でもない…

学生の頃、御厄介になった教授陣の中の一方が何かの折りに仰っていた。「例えばモスクワへ飛ぶというような、長い時間の乗物移動の前夜は、乗物の中で眠れば好いので、徹夜で何かをしても差支えは無い」とである。

長い時間の乗物による移動は、体調を整えた方が好いのかもしれないが、結局「黙って座っているばかり」で、体力を消耗するという程でもなく、智慧を巡らせる余地が在るのでもない。私は移動の乗物の車窓を眺めるのが「愉しい!」と感じる方ではあるが、近年は移動の乗物の席で眠ってしまう場合も少なくはない。何も「教授の薫陶」ということでもないが…

そういうことを思い出したのは、「長駆移動…」という前夜、日中に歩き廻っていた関係で早めに眠気が射し、早めに休んで「寧ろ深夜」に眼を開けて、また眠るということがし悪くなってしまい、「何となく起きていた」という時間が長かったからだ。「徹夜で何かして」ということでもないが、「(結果として)余り眠っていないかもしれない」という夜を過ごしていた形になってしまった。そういう中で「移動の乗物で居眠りでも全く問題は無い…」と不意に思い出したのだ。

振り返ると…前日は「松山→今治→大三島→今治→松山」…前々日は「高知→多度津→松山」…その前は「姫路→岡山→坂出→善通寺→丸亀→高松」というように動いていた。姫路に至った日の、稚内からの移動は「新千歳→神戸」の空路が含まれるので「例外?」かもしれないが、連日のようにそこそこに動いている。

こういう中なので「松山→神戸」の高速バスは「長駆移動…」という感になるように思う…

何となく聞き及ぶ範囲では、列車も空路も海路も在るが、「四国・関西間を移動」ということでは、高速バスも「手っ取り早く、相対的に安価」ということになっているらしい。こういうことは「とりあえず経験」と思ってしまう…

実際、「そう言えばそんなモノも在るのか?」とJR松山駅の辺りで気付き、入手した「松山→神戸」の高速バスの券は「当たり前の価格」で6500円だった…JRグループのバス会社が運行しているようだ。(他のバス会社も携わっていると思うが…)

朝の松山で、少し馴染んだ路面電車に乗ってJR松山駅へ向かった。少しだけゆとりを持って出て、バスが現れるのを待っていた…乗車した朝の便は…空いていた…最初に、間違って券を求めた昼の便はやや混んでいるようにも視えたのだが…朝の便は、最初は私1人が乗客という状態だった…

松山市内を、何やら「自転車通学」の生徒諸君が走っている様子やら、信号待ちで並んだトラックに豚や牛が積まれている様子も眺めながら進んで、「松山南警察署」というモノの近くから高速道路に入った。以降、高速道路は内陸に築かれているようで、バスは内陸の道を進み続けた…

やがて「池田」とか「三好」とか「美馬」というような地名の看板が見え始めた。高松から徳島を経て高知へ向かった時に列車で通っている徳島県の内陸部、嘗ては吉野川の舟運が盛んであったという地方に入った。徳島県内まで、何箇所かの停留所に停車して乗客を乗せようとした。乗った停留所も在ったが、誰も乗らずに実質通過という場所も目立った…

やがて鳴門市内の道を進み、淡路島に入り込んで、淡路島を北上し続けると見覚えも在る<明石海峡大橋>だ…橋の神戸市側、舞子で下車する乗客は無かったので、そのまま三ノ宮駅にバスは向かった。そこで私は下車した。他の乗客はそのまま乗り続けて大阪駅へ向かった…

概ね4時間半強という行程だった。「オンタイム」だ…渋滞のような状況で遅延は発生しなかったが、出発した時に録音のアナウンスで「遅れた場合の払い戻しは無い」という旨を言及していたので、時には「何やら酷く時間が…」ということもあるのであろう。が、それは寧ろ例外なのだと感じた。存外に快適な車内で、妥当な速さで安価と言い得る運行だと感じた…この「関西・四国間のバス」というのは記憶に留めたい感だ…

これで…瀬戸内海の巨大な架橋群に関して、岡山県・香川県間の橋と、徳島県・兵庫県間の橋は渡った…愛媛県・広島県間は…愛媛県側を「途中まで」ということだ…

神戸の三ノ宮駅周辺は、何となく親しんでいる。立寄ったことも在る店で、強めな光線を避けるべく半分メッシュになった夏季向けのキャップを求め―拙宅から持参しようとして、何となく持たず終いだったが、四国で強い陽射しを浴び続け、「これは帽子でも…」と思ったのだ…―てから、「一寸腹ごしらえ…」と<神戸牛>のステーキを少々頂いた…

そして神戸では須磨寺を訪ねてみた…強烈な陽射しを受けながら見学した感だった…更に大阪へ移動して1つだけ細かい買物―愛用中のパソコンに溢れる写真データを保管するためのモノ…―をして、奈良へ移動した…

大阪から移動し、奈良に至った…四国に在って色々と考えた。“帰国”は神戸空港からなのだが、その前に…何処へでも向かうことは出来たと思うが、何となく少し馴染んだ関西で過ごしたくなって来た。で、“別宅”と勝手に呼んでいる奈良の宿に陣取るという段取りにした訳だ…そして窓からの「非常に気に入っている景色」を時々眺めながら寛いでいる…

「松山→神戸」の高速バスの中では、多少は居眠りをした気がするが、「松山の知らなかった箇所」や「四国の山河」や「淡路島の知らない部分」という様子の車窓が興味深く、寧ろ確り起きていた時間が多かったような気がしている。前夜からの流れで然程寝ていないかもしれない中、須磨寺を訪ねた際の陽射しで多少消耗した…「何れ必要となる…」と大阪駅の傍で一つだけ買物をし、後は押さえた奈良の宿へスムースに向かったのだった…

それにしても…好天が続いていて、何となく好い感じの時間が流れている…

結局、早朝から動く?:運行日誌(2020.08.03)

何か…「充実した!」という感で、些かの眠気も禁じ得ないような感の中、居室で1日を振り返る…

前日は、日中の暑さに消耗した感で、暗くなり切る前には既に宿の居室でゆったりと寛いでいた…少し早くから居室内の照明を全て灯したままに、然程のこともせずに眠りに陥った…何やら深夜帯に起き出した…暫くそのまま起きていた…

今般、「旅の前半」は“四国”との「鮮烈な出会い」が叶った感だった。松山の宿を出た後は“帰国”までの間に「旅の後半」ということになる。何をするのか、細々したことは事前に特段に決めておく程のこともない。「極々大まかな段取り」を一寸だけ考えておけば、それで差支えは無い…

そんなことをしていて、やがて照明を落として少々休んだ…そして、眠っては眼を開けるということを繰り返した…

どうしても何かを早朝からしなければならない必然性も無かったのだが…朝6時台から動き始めた…

JR松山駅へ向かい、列車で今治に出て、バスに乗って大三島の大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)を訪ねた。<しまなみ海道>というモノを初めて経験した。“ETC”というゲートが設えられている有料の自動車専用道路と、一般的な道路とを何度も出入りし、芸予諸島の島々が橋で結ばれて「海上の道路」の様相を呈している訳だ…この<しまなみ海道>を進めば、今治から広島県の尾道まで至ることが出来るということだ…

大山祇神社では、奉納を受けた様々なモノを展示しているという宝物殿は“事情”で休館だった…が、独特な雰囲気の神社と、<しまなみ海道>というモノを経験出来たことが好かった…

やがて今治に引揚げ、海に浮かぶような今治城を眺めるというようなことをして松山に引揚げた…

松山では…連日、酷い汗をかいて汚れてしまったワークパンツを選択した。替えのズボン等は用意していなかった…そこで、今治で<ユニクロ>に出くわしたのを幸いに、宿の館内等で着用するショートパンツを求めた。宿でそれに穿き替え、ワークパンツやTシャツ等を洗った…

洗濯を終え、また普段のワークパンツに、未だ来ていなかった持参のTシャツという服装で、モノは極力持たずに道後温泉を訪ねた。

非常に有名な<本館>は工事中だ。入浴も可能とはいうが…敢えて入らずに観られる建物外観を愉しみ、別な施設で名湯を愉しんだ次第だ…

宿へ引揚げる道すがらに食事…松山の郊外、三津浜で起こって受継がれ、「松山のソウルフード」と言われる場合も在るという<三津浜焼き>を頂いた。広島辺りの影響を多少は受けているのかもしれないが、独自に発展して受継がれている、当地流の“お好み焼き”のようなモノだ…

「そうしなければならない理由」等、何処にも無いのに、早起きして活動していた…「そうしなくても構わない理由」は在る。「休み」なのだから…それでも早起きして活動だ…振り返ると、今般の行動を起こした7月30日以降、連日のように早朝から動き回っている感だ…

今日はやや雲が多めであったかもしれないが、それでも陽射しは強めで気温は低くはなかった…何か半袖Tシャツを着ていて外に出ている腕と、そして顔が酷く日に焼けている…「こんなに日焼けしたのは何時以来か?」と思ってしまう程度だ…

そのうち…見聞に関して、方々での写真に関して整理をしてみたいが…今宵は「とりあえず充実!」と振り返っておくに留める…

些か…:運行日誌(2020.08.02)

松山の宿に在る…今日と明日と、連泊することにした…

連日、「夏らしい!」という感の中で日中に精力的に動き回っている感だ。「酷く眠い…」で寝入って深く眠り、スッキリと起き出すという展開が続いている感である。

無理や無茶という程度でもなく、気が済むように、普通に歩き廻っているような日中の様子が、或いは非常に健全なのかもしれない。

そんなことを想いながら高知の宿で朝を迎えた…

宿は朝食が出るプランになっていた。(無しにしてしまうことも多い。或いは朝食提供の時間帯以前に出てしまう場合も少なくない…)更に、普段も「そう言えば食事という程のモノも…」という朝も少なくないように思うが、今回は朝食を確りと美味しく頂いた。

よく在る「朝食バイキング」ではなく、弁当を配布する方式になっていた。昨今の“事情”というようなことだ。館内会場のテーブルで頂くということも出来たが、居室に持ち帰ってというのも「在り」となっている。居室に持ち帰る場合、保存期限の関係で持ち出さないようにと念を押される。私に関しては「御懸念無用!!」である…居室に持ち帰って、素早く平らげてしまった…何かの催事等で「関係者食事の弁当」というモノが登場する場合が在るが、そういうイメージのモノであった…

朝食を摂りながら、或いはその前後に「本日の動向」を考えていた。

稚内を発って姫路に至って1泊、四国へ渡って高松で1泊、徳島県を経て高知に至って1泊である。そろそろ、何処かに2泊程度しながら辺りで動き回るか、天候次第では何となくゆったりするかという展開も恋しい。

同時に気付いた…既に香川県、徳島県、高知県に足跡を記した。残るは愛媛県で、「四国の4県に立寄る」ということを達成出来てしまう…全く「だから?」という話しだが…

ということで<四国満喫きっぷスペシャル>を手に高知駅へ向かい、松山駅へ…愛媛県へ向かうことにした。そして松山に2泊する段取りとした…

高知駅からは、前日に阿波池田駅からやって来た道筋を引揚げ、更に進んで善通寺駅を経て多度津駅に至り、そこで瀬戸内海に面して東西に延びる路線を行き交う列車に乗って西へ進めば松山駅に至る訳だ。太平洋岸を進んで、少し北上して宇和島駅を目指すようなことで愛媛県に入るということも出来たかもしれないが…列車本数がやや少ない感で、瀬戸内海側へ出てしまって松山を目指すのが速くて楽なように思えたのだ…

高知で乗車した列車は<あかいアンパンマン列車>という、最近登場した特急列車用ディーゼルカーにラッピングを施したモノだった。各所で親子連れがこれを視に駅へ来ている様子、短い区間で親子で乗車している様子まで見受けられた。大人気で驚いた…

多度津でその<あかいアンパンマン列車>を下り、乗換えた「松山行」は、「岡山を発つ列車」と「高松を発つ列車」とを宇多津で連結するという8輛編成の代物で、外観も内装も好い新しい車輛だった。

そうやって松山に至り着き、路面電車の1日乗車券を直ぐに入手した。文字どおりの「1日有効」の他に「2日有効」も在ったので、そちらを入手して使うことにした…

昼頃の暑い盛りに松山に入った…路面電車と徒歩、加えてリフトとロープウェーとで…<ロシア兵墓地>―サッカーのロシア代表のレプリカユニフォーム着用で…「私が行かなければ誰が行く?!」と意気込んで、松山大学に程近い辺りで酷い汗をかきながら歩いたのだった…―と松山城―天守閣の中の見学は終わる直前だったので、あの城の山に上って散策を愉しんだ…―とを訪ねた。他は?酷く汗もかき、何となく消耗したので、宿でゆっくりと過ごすことにした。日中は多分、30℃を超えていたと思う…こういう状態?経験したのは「何年振り??」という状況だ…

明日は?現在は余り考えられない…松山市内で色々と動くことも出来れば、愛媛県内等を動くことも出来る。「使える乗車券」が確りと確保されている訳だ…明朝の気分次第であろう…

後は…酷く眠くなってしまう時点で、遠慮会釈なく休む…或いは「非常に健全な日々」を過ごしているかもしれない…

汗をかいた…:運行日誌(2020.08.01)

初めて足を踏み入れた地…高知に在る…

居酒屋で「高知らしい…」というようなモノを少々摘み、後は休むばかりである…

「眠たくなれば眠り…眼が開けば動き回り…草臥れれば動かない…」という程度なのが「所詮は“生物”」である人間の在り方のようにも思うのだが…こういうのを寧ろ「気儘な時間の過ごし方」とでも言うのかもしれない。が、「気儘な時間の過ごし方」というモノは「活き活きとしている」という自覚をもたらしてくれるのかもしれない。

前日は、振り返ると「酷く汗もかいた…」という程度に動き回っていて、善通寺、丸亀、高松で各々の文物に触れて愉しく過ごした。

「どうしようもないわたしが歩いてゐる」という種田山頭火の句が在るという。何時もこれを、殊に旅路では思い出してしまう。本来、この句は「何も残されていない救いようもない私がひたすら歩いている」という程度の意味で、「歩く以外に生きる術もない」と旅を続けた作者の想いが謳われた作品であるようだが…私が「どうしようもないわたしが歩いてゐる」という句を思い浮かべる際には、敢えて言うと「訳もなく動いて、自身が生きている、生かされている喜びのようなモノを感じ、心弾まずには居られない」ということと、「訳もなく、無計画に動き回る…愚か者の所業かもしれないが、それが愚かな行為なら、自身は愚か者で大いに結構!」というようなことを考えるのだ。

ストイックに<青春18きっぷ>に拘るのでもないが…行程の多くは<青春18きっぷ>に頼りながら稚内から高松に至った。(冷静に考えると、新千歳・神戸のフライトが「最大の移動距離」かも知れないが…搭乗している“時間”は2時間なので知れている…)各々の地域の“日常”に紛れ込みながら、「どうしようもないわたしが歩いてゐる」という気分で「辺りの普通な列車」に何となく揺られて方々を訪ねるのは心地好い…

そういう「心地好い」の他方、近年の鉄道は「主要都市間を結ぶ特急列車」に軸足が置かれている感である地域も見受けられ、<青春18きっぷ>の「普通列車のみ随意に乗降可能」というルールでは「やや…使い悪い?」も生じ得る。「普通列車の合間に、少し遠くへ向かう特急列車が運行」というのでもなく、「主要都市間の特急列車が運行されている隙間に普通列車が一寸動いている」というのが眼に留まる例が…増えているかもしれない?

「夏らしい!」という陽光の下に、様々な文物を擁する地域が連なる四国なのだが…高松に比較的近い辺りを除くと、「主要都市間を結ぶ特急列車」に軸足が置かれている感なのかもしれない。そう思っていれば…<四国満喫きっぷスペシャル>というモノに出くわした!

JR四国では、特急列車(自由席)や普通列車に「3日間随意に乗降可能」という切符を売っている。それと同じ内容だが、この7月から9月の期間、「週末が入る3日間」に関して、「3日間随意に乗降可能」という切符が8千円で売られているのだ!前日に高松駅でこれを確り入手しておいた…

この<四国満喫きっぷスペシャル>を手に高松駅へ向かう。汗をかきやすい状況…こういうことであれば、サッカーのロシア代表チームの関係者が身体を動かす場面で使う仕様であるという、ユジノサハリンスクで仕入れた、青系にロシアチームの<双頭の鷲>が胸に入った、「汗でも乾き易い」という化繊のTシャツが重宝する。それを着て出発だ…

朝7時5分には列車に乗り、高松から徳島へ向かった。徳島には朝8時14分に着いてしまった…辺りを少しばかり散策したが、朝早過ぎて「何となく動いていない…」という感の徳島で、やや興が乗らない…

そういう次第で朝9時には列車で移動…今度は穴吹駅に向かい、徳島県の内陸部、美馬市の脇町を訪ねた。往路は駅前からタクシー、復路は<美馬市営バス>と称するマイクロバスで駅とそことの間を往来である…

吉野川は古くは舟運に活用されたが、脇町は藍の商いと関連の舟運で栄えた経過が在る地域で、“うだつ”というモノを備えた立派な古い建物が集まっている地区だ。

そこから…阿波池田駅へ列車で移動し、乗換えて高知に至った…高知では路面電車を利用し、高知城を眺めに出た。高知城は天守閣の一部が工事中で「美しくない…」という感で残念だったが、古い姿をよく伝える、なかなかに興味深い場所であった…

<四国満喫きっぷスペシャル>は特急列車の自由席に乗車可能だが…高松・徳島間、徳島・穴吹間、穴吹・阿波池田間、阿波池田・高知間の、「本日の乗車区間」の全てが特急列車の自由席という結果になった。が、「特急が多数派、或いは多数派に視えた区間」であった訳だ…

好天に恵まれ、気温は30℃を超えていた…酷く汗はかいてしまった…とりあえず、2018年のW杯サッカーのロシア代表チームのレプリカユニフォームに着替えた…これもまた「汗でも乾き易い」という化繊のTシャツということになる。

「汗をかいた」とは、「努力をした」とか「仕事をした」という意味合いで用いる場合が在る表現だが…今日は、黙っていて物理的に汗をかいてしまった…暑かったのだ…

明日?仔細は明朝に考えることにしたい…

夏の輝きの中へ…:運行日誌(2020.07.31)

何処に在ろうと、寛いだ状態で居られる場所にコンビニのマシーンで淹れるカップの珈琲を持ち込んで、それを啜りながら長閑に時間を過ごせば…選んで気に入った豆を挽いて、気が済むように淹れるのとは些かは違うにしても、かなり寛いだ感じになれるものだ…

そういう状況で…目下、高松の宿に在る…駅から近い辺りに、なかなか悪くない宿が見付かった…

近所の店に出て、香川県特産の“オリーブ”を与えて肥育したという豚肉を焼いたモノを肴に、琴平町で醸したという本醸造の清酒を一寸だけ頂き、後は「何時なりと御休み頂いて結構です…」という態勢だ…

早朝から動いた形だが…思った以上に「夏らしい!!」という状況になったことから、何となく早めに宿に至って一息入れ、夕刻に一寸だけ食事を摂りに出て、また居室に戻った訳だ…

前日は?「身体を動かした」とも言い悪い、ずうっと乗物に乗っていた状況…それでも多少の疲労は否定し悪かったかもしれない…他方で気持ちは昂っている。

こういう状態で、長くは眠っていられなかった感だが、多分深く眠ったと思う。日付が変わってしまった後、普段より遅めな時間帯に就寝したのだった。「バタン…」というように、何も考えずに、何もせずに寝入ってしまっていた。が…暗い間に眼が開いた…

そういうことを思っていた間に、窓の外は何時の間にか少し明るくなっていた…拙宅に在るのであれば「珈琲でも淹れようか…」と思い付く場合も在るような午前5時台である。

悠然と身支度を整え、午前6時台から動き始めた…長袖Tシャツ(ロシアの空挺部隊仕様)はリュックサックに…持参の半袖Tシャツ(正面に「ASAHIKAWA CITY」というロゴが入ったグレーのモノ)に替えた…

今日は<青春18きっぷ>を使った…

姫路では岡山行の列車に乗車した…昨日の“評定”の結果は「西へ向かい、四国へ…」で決着した。そして“出陣”という次第だ。

時間を設けて気儘に過ごそうと他地域に乗り込む場合…大別すれば「未踏な地域を含めて積極的に動く」か、「在程度馴染んだつもりの場所に“別宅”的な拠点を設定して、辺りで随意に過ごす」かということになるような気がしている。今般は?“折衷案”的なことが出来てしまう程度に時間を設けることが叶った。前半は「未踏な地域を含めて積極的に動く」と四国上陸を目論んだのである…

姫路から岡山の列車は、高校生の通学時間帯に被った。通常は夏季休暇中であるような時季であると思うのだが?今年は“事情”というものだ…車窓に住宅街が視えた時、ランドセルを背負った小学生の一団も見掛けたが、彼らも小学校へ向かっていたのであろう。兵庫県の西側を進んだが、兵庫県側で乗車し、岡山県側で下車するという高校生が存外に見受けられた。そんな様子を視ている間に、何やら岡山を中心とした通勤・通学圏を通った様子で、何となく車内は混み合った…

そして岡山に至れば、瀬戸大橋を走る快速列車に乗り込んだ。瀬戸大橋を越えて坂出に至り、善通寺へ向かった…

善通寺…かの乃木希典将軍が初代師団長を務めた部隊が在って、御自身も住んでいたという縁が在ることで<乃木神社>が在るのだが…それはそれとして、善通寺と言えば、かの弘法大師こと空海が生まれた辺りに開かれたという寺がよく知られている…

その善通寺へ向かう際の車窓で気になった丸亀城を視に寄り道をし、高松に至ってからは栗林公園を訪ねてみた。

方々の様子は、何れ写真や記事を整理することとしたいが…日中は好天で30℃を少し超え、何やら暑い感じだった…積極的に水分補給もしながら過ごしていた。ホット、アイスを問わずにブラックコーヒーを頂くか、水や何も入らない炭酸水を頂いていた…そしてべったりと汗もかいた…多少の消耗は否定し悪いと思った。

そういう次第だったので、宿で寛いで体力を温存しようともしたのだ…

いきなり「夏らしい!」を満喫することになった…他方、四国に関しては「なかなかに魅力的ではないか!!」と思い始めている。そして、未だ「実質的な初めて」を始めたばかりであるのに、「暑さで消耗する心配が薄い時季を選んで再訪?」と早速に考えていたりする…

余り細々としたことを決めはしないが…明日からも四国で暫く過ごそうと思っている…確か?少し前に「梅雨明け」ということであった筈だ…何か「なかなかに好い時季」に乗り込むことが叶った形で、何となく気持ちが弾んでいる。

早朝から夜まで…:運行日誌(2020.07.30)

「東へ向かえば大阪…京を伺い、大和や紀伊への道も開けるというもの…」

「丹波、但馬へ押し出すことも叶う…但馬へ至れば丹後への道も視える…更に但馬から進めば因幡…因幡に至れば伯耆、出雲への道も…」

「西へ向かえば備中は然程遠くもない…備中に至れば備後、安芸への道も開ける…更に眼前の瀬戸内の海を越えれば讃岐や伊予が…」

「ここに至れば、敢えて動くまでもなく…如何様にも…」

こういうような“評定”が頭の中で際限無く、何度も繰り返されている…何時までも結論が出ない評定…巷間「小田原評定」と言っているようだが、小田原に在るのではない…

近年、「何となく出掛ける…」という場合に新千歳・神戸のフライトを利用することを何となく好んでいる。神戸の交通結節点である三宮との間が、<ポートライナー>で20分弱というのが非常に好ましく、「時間を設けたので何処かへ…」という場合には、「とりあえず“あのフライト”の空き具合?料金?」ということにしてしまう。

その神戸空港へのフライトを利用して神戸に上陸した後…姫路に至って、姫路駅の直ぐ傍に宿を求めた…

実に長い道程だった…

ほんの少し残った<しゃちブレンド>に、少し<サードウェーブテイスト>を加えた状態で豆を挽き、「1回だけの“有り合わせ”なブレンド」ということにして、俄かに気に入っているマグカップ1杯分の珈琲を用意して啜る。実質的に、起き出して最初にやったことだ。

「朝早くに出発」という予定を遂行する上で、「日出を待つような頃」に何となく起き出している訳である。ゆったりと出発の準備を整える。

時季は問わず、他地域へ向かうとなれば「何を着て?」と少々考えてしまうのが「当地の様子」の変な特徴―年中“冷涼”な当地の様子に合わせた服装で他地域に向かうと、季節を問わずに「暑い?」ということになり、やや困るのだ…―だが…今般はロシアの空挺部隊の兵士が使う仕様の長袖Tシャツ―水兵仕様と同様で、ラインの色が少し違うという代物―を着て、少し前に出掛けた際に着用して按配が好かった、国産帆布のワークパンツというようなことにした。

結局「長袖Tシャツにワークパンツ」という程度の服装は、稚内での早朝には多少肌寒い場合も在ろうが、北海道内の他所やその他国内の何処であっても違和感の無い感じだと思った。そして、然程大きくもないリュックサックと、カメラ等を入れて持ち歩くための鞄を抱えて出る…

20℃程度で空気が多少湿った感がした稚内だった。前途の安全を期し、焼酎を一杯…そして稚内駅へ…

手にしているのは<青春18きっぷ>である。それを駆使して、比較的好天であった中を名寄へゆっくりと向かった…

名寄では…<青春18きっぷ>を利用可能な列車を待ったのでは動き悪くなってしまうので、別途で乗車券と自由席の特急券を求めて旭川駅へ向かった…

旭川駅から先は、<青春18きっぷ>を使って、旭川・滝川、滝川・岩見沢、岩見沢・札幌と乗り継いだ…

札幌駅辺りで、時々寄る店に立寄ってランチ…と言うより、「兼朝食」になってしまっていた食事を摂り、直ぐに新千歳空港へ移動した…

新千歳・神戸のフライトは順調で、窓側に陣取ったので景色もなかなかに好かった…

神戸空港・三宮間は<ポートライナー>で動き、直ちに<青春18きっぷ>でJRを利用…三ノ宮・舞子間の移動…舞子では明石海峡大橋の様子を少々眺めた…

舞子・西明石と移動し、西明石以西は“新快速”で姫路ということになるが…「信号トラブル」の影響を引き摺っているということで、“新快速”は少し目立つ遅れ方をしてしまった。それでも…姫路には至った…

早朝5時台の列車に乗るべく出発して以降、姫路駅に着いて宿に至った午後9時前に至るまで…「動きっぱなし」というのか、乗物に乗っている、乗物の待ち時間ばかりだ…やや遅めな昼の食事時間、舞子で明石海峡大橋を眺めたという時間以外は…偶々「ロシアの空挺部隊」の仕様の長袖Tシャツも着ていたが、「長駆し、降下上陸作戦断行」という様相の行動であった1日だった…

宿の目の前にコンビニ…そこで日本酒の“一口瓶”とサンドイッチを求め、宿の居室で頂いた…もう…「何時休んで頂いても結構…」という態勢だ…

頭の中の“評定”の結論は?急いで決めるまでもない…

前夜…(2020.07.29)

日中の気温が20℃を少し超えたらしい…そんな「夏」という季節の最中である…

毎度のように、「夏」という季節には「とりあえず…長閑に過ごす時間でも設けて…」ということには、何となくなり悪い状況が在った。今季に関しては?何か「差し迫った…」という程のことが在るのでもない。

そういうように思うと、何か「長閑に過ごす時間」というようなモノを渇望するようになってしまう。日々、そういうような思いが募る中…とりあえず「時間」を設けてしまった。

本当に「長閑に過ごす時間」というようなモノを敢えて設けるのは、年に何回かの「限られた機会」ということになるであろう。が、所用を足さねばならないような場面で、僅かな時間が見出せるのであれば、私は殆ど迷わずに、馴染んだ場所や、馴染んだようでそうでもないかもしれない場所でフラフラと動き回って、気が向けば写真でも撮りながら、色々と見聞して喜んでいたりする。妙な性分だ…

敢えて「長閑に過ごす時間」というようなモノを設けるということは?朝から夜まで、任意の時間に気が向くように、気が済むように動き回って、色々と見聞して喜んでいるか、期待外れな状況に出くわしたことを多少嘆いてみるかということをしていれば、それで好いということになる。好き勝手に時間を過ごしていれば好いのだ…

想い起せば…昨年の今頃には、8月中にやや時間を要する所用が生じていたことで、何となく気忙しくしていた。一昨年やその前は「何やら取り込んでいて…」という状態だった…それらの状況下ではあっても、その状況下なりに、僅かな間隙で好き勝手なことはしていたとは思うのだが…それでも「夏らしい!!」という雰囲気の中で何となく過ごすというようなことを「何となくしない…出来ていない…」という状態が延々と続いていたかもしれないと思っている。

「夏らしい!!」という雰囲気の中で何となく過ごすというようなことを「何となくしない…出来ていない…」というようには思っている。では、「夏らしい!!」とは何か?ハッキリ言おう!それが「判らない…」とか「理解出来ない…」という程度に、「一般的に“夏休み”というムードな時季に、何となく休んで随意に過ごした」という行動と縁薄いままに年月を過ごして来たのだ…

兎に角も「長閑に過ごす時間」というようなモノを設けるに至った…何をどうしたものか?とりあえず“準備”ということになろうが…何をどのようにすべきか?「長閑に過ごす時間」というようなモノを設けるに至ったことを「祝して!!」と盃を傾け、何やらどうでも構わないという感じになってしまっている…こういう時は、早く休むに限る…

とにかくも「長閑に過ごす時間」というようなモノの前夜である…何か晴れ晴れとした気分だ!

運行日誌(2020.03.28-04.04)追記:帰着後雑感…

過ぎる程に静かな居室で<しゃちブレンド>を淹れる。芳香が辺りに立ち込める中、バランスが好いと思える味を愉しむ。「普段の月曜日の朝」が戻ったという感である。「善かった」とすべきか?「行ったきりなら幸せになるがいい♪」と、何処かに留まって、そのまま戻らないという選択も在ったか?少し時間を設けて、気分転換をして戻ると、時々思うことではある。が、今般は何やら世の中が「事情」でゴチャゴチャした感じになっているような中なので、普通に戻って「善かった」ということにしておくべきであろう。

「愛用のカメラでも抱えてフラフラと自由な時間」ということがしてみたくなり、実際にそれをやってしまった…

「あなたの街へ…この駅から…北の始発駅!稚内駅!」と勝手に呼んでいる駅を発ち、新千歳空港を“玄関”に本州方面を一寸往復しようと思い付いた。往路は成田空港に入り、復路は神戸空港を発った。

往路を成田で、復路を神戸としたのは、成田・神戸の間をゆっくりと進み、様々な文物に触れながら動きたかったからだった。実際には少し感じが変わった…

成田上陸とした理由でもあったが、香取神宮や佐原に出会って満足した。が、当日は冷たい雨に濡れ続けて、上着やキャップは「そのまま拭き掃除に使える?」と見受けられる「絞った雑巾のよう…」に湿り切った状態となり、身体が冷えて来た感じで多少弱った…終いに手が悴んで、ポケットのモノを出し入れする場面で苦戦するようになった。千葉県内辺りでそんな目に遭うとは思っていなかった…

東京駅へ向けて移動し、東京都内を少し視て、西へ向けて少し動こうとしたが…雨は真昼間から雪へと変わっていた…東京駅で一息入れた後…新幹線の列車で直ぐに京都へ移動してしまった。

以降、京都泊と奈良泊ということにして、関西圏でのんびりとしていた…出ていた期間中、雨に降られて動き悪かったのは、3月29日と4月1日だけだった。他は普通に曇天や晴天であった。それは好かった。

最近は「見慣れぬ路の果ての見知らぬ街」というような場所に至って、そのまま帰還が叶わなくなったとしても、「然程の悔恨も感じないのではないか?」と思っていた。最近は、そういう気分が少々強まっている感もしていた。実際に出掛けて戻ってみて、そういう気分は大きくは変わっていない。が、「事情」というモノで、何か世の中の様子が変わったという感はした。

新千歳空港を発着する航空便だが、これはよく視ると「減便」という措置が既に取られている様子だ。往路の成田行は「空席の方が少ない」という程度に座席が埋まっていた。復路の神戸発は「やや空席は目立つ」という程度だった。

東京・京都の新幹線の列車に関しては、「常時、それなりに混んでいる?」という感であるあの路線を承知しているので、「少々目立って空いている」というような、車輛の半分弱の座席が空いていたように見える状態だった。

各地―千葉県内と千葉・東京間。京都周辺。奈良周辺。大阪市内と大阪・奈良間。その他、若干…―のJR、私鉄は「座席が埋まる程度の乗車」とか「若干、立席が見受けられる」という程度で、「大都市特有な混雑」には出くわさなかった。尤も、混み合いそうな時間帯に動いていなかったとか、混み合いそうな朝早くには少し長閑な辺りを動いたということも在ったのかもしれない。

方々で、桜が美しかった!本当に「それでも花は咲く」という感であったと思う。

所謂「お花見の名所」では「宴会は御遠慮下さい」というような看板が、昨今の「事情」に鑑みて掲出されていて、そういう「お花見の光景」には出くわさなかった。が、思った。或いは「平常のお花見の様子」の方が「異様?」なのかもしれないとである。

京都の地方紙―京阪・清水五条駅周辺の喫茶店で拝見…―に、日曜日の桜の名所での様子が取上げられて「控え目に」となっていた。特段に「場所取り」で何やら料理を広げる、酒を酌み交わす、焼肉をやるという様子は無かった。それでも、通り掛って足を停め「好いなぁ…」と桜を眺める。自然で好い感じがしないでもなかった。そして場合によっては、桜の辺りでランドセルを背負った新入学児童らしい子どもの写真を撮っている親子連れや、確り衣装を着込んでカメラマンが撮影というスタイルの結婚写真の現場を視た。本当に「それでも…」という、人々が人生に普通に向き合う様子がそこに在ったような気がする。

地元に比べると「やや温かい」という感じの地方に入り込み、随分と精力的に歩き廻った。これは、動き悪い積雪期を過ごしていた身にとっては、少しばかり有難い時間だったかもしれない。そういう動き悪さと、昨今の「事情」の醸し出す雰囲気との相乗効果で、何やら倦んでいたと感じていたが、少しサッパリした感である。

暫くは…「好い時間」の「余韻」という中で過ごすことが出来るかもしれない…

そう思っていた間に<しゃちブレンド>を満たした<NARA>のマグカップは空いた…

帰着…:運行日誌(2020.04.04)

「終わりが判らない夜」と「始まりが判らない朝」とが交じるような感の「曖昧な時間」の中で「自身の一日」が何時の間にか始まっている感…「多少勝手知った(つもりになっている)他所」ということになる旭川で、4月4日の土曜日が始まった。

「どうしても抗えない…」という状況になるまで起きていて、何やら写真の整理等に興じ、何時の間にか眠って、何時の間にか起きてという状態だった。やがて、出発の事を顧慮すると、寝入ってしまわない方が好さそうであるという時間帯に至ってしまっていた。

昨夜は、午後11時近くに旭川の街へ着いて辺りを少々歩いたが…プラス1℃や3℃という次元だった。関西方面は、朝の少し低温な時間帯でも10℃を少し切る程度で、好天の日中には15℃近く、或いはそれを超えていたかもしれない。やや「気温差」は大きいが然程苦でもない感だ…

朝の静かな旭川のコンビニで、2リットルのペットボトルの水、サンドイッチ、加えて<黒霧島>の小さなカップを仕入れて旭川駅に入った…「例の列車」と呼ぶが、6時に出て12時に稚内へ着く列車だ…

この列車に乗込むと…何やら「乾杯!」してみたくなる。黙って乗っていれば稚内なのだ…

実際…乗車中は少し深めに居眠りに陥っていた…眠っていた時間が長く、何となく「然程長くはない…」と感じていた側面が在る。

稚内には定刻で着いた。出発した際には少し残っていた雪も、既に「消えた…」と言って差し支えない状況だ。拙宅に戻ってみて…何となく<いりおもて>を愛用のタンブラーに…独りで勝手に安着を祝う…

多少冷えている居室だが、厳冬期を想えばどうということもない。が、暖房器具を稼働させた。夕方までには温かい室内となることであろう。

何となく「満足度」は高い。思い付きで出掛けていた訳だが…その見聞や、考えたことなどは、追って整理したい…

北へ…:運行日誌(2020.04.03)

長い移動の途次に在る…

サッパリとした感じで朝を迎えた…適当に動いて、眠気には敢えて抗わずに休み、起き出しては気儘に過ごす。「時間を設けた…」ということをして以来、好い時間を過ごすことが叶っている…

前夜は、相当に動いた日中の後で、薄らと眠気を覚える状況は比較的早めな時間帯から訪れてはいたが、何となく写真の整理に興じて、休んだ頃には日付が変わっていたような気がする。そこから、一度は眼を開いたが、窓の辺りが明るくなるまで深く眠ったような気がする。「お腹が空くのは生きてる証♪」であると同時に「動いて休んでスッキリする」というようなことも「生きている証♪」ということなのかもしれない。当たり前のことなのであろうが、最近は“当たり前”の「尊さ」というようなことを些か意識するような一面も在るような気がする。

“北”へ飛ぶ日だが…フライトは夕方ということになる。余り早くから動いても時間を持て余す…故に、ゆったりと朝食を摂って、居室で寛ぎ、頃合いを視て出発することとした。今回は何やら買い込んで荷物が増える、或いは一部のモノを送るというようなことも無い。昨年、甲子園球場の店で求めたリュックサックに着替えやノートパソコンを容れ、外装が廃タイヤゴムチューブであるというビジネスバッグにカメラ類を容れるという、「多少、モノが多い人が日常の活動エリア内で動き廻る」という場面のような、極めて身軽な状態だ…

目指すべき空港は神戸空港なのだが…<青春18きっぷ>を使う。JRの列車で動くが…奈良からであれば<大和路快速>で大阪駅に出て、大阪駅から<新快速>で三ノ宮駅に出ると神戸空港へ通じる訳だが…三ノ宮駅を通り越して姫路駅に至ってしまった…

姫路駅では、好天でもあったので姫路城辺りを散策し、咲き誇る桜を愛でる等した。花が美しいポイントの「穴場」という感の姫路神社にも行き当った…

姫路駅から姫路城に至り、白の広い域内を歩けば存外な距離になる。桜の時季…花が多く視られる場所はとにかく佳い!!

ゆったりと過ごしたが、神戸空港を目指して動くには間が在る…何となく姫路駅に至ったが、過去に姫路で利用していて、姫路で「会員カード」を作ったチェーン店のネットカフェ―札幌で、同じチェーンの店が何箇所か在るようで利用したことが在ったが、その際には姫路で作った会員カードを使った…―が眼に留まったので、そこで休むことにした。そういうように「少し休みながら動く…」という程度が好いのだと思う…

姫路からは三ノ宮駅に進んで、三ノ宮駅で一駅入れてからはポートライナーで空港へ移動である。空港では順当に搭乗を待つ段に至った。神戸空港に関しては、駐機場の様子を眺め易い辺りに座って待つ場所も在るのが好い…

搭乗して…何やら機内は随分と居眠りしてしまった…そして「本機は最終着陸態勢に入りました」というアナウンスで気付いた感だ…新千歳空港へは定刻よりもやや早く到着だ…

新千歳空港からは列車で札幌駅へ出た。そこから「安さ…」が好いので高速バスに乗車し、旭川へ移動だ。旭川への移動に際しても、札幌市内で高速道路に入り込んだ後、気付いたのは旭川に至って市内の一般道にバスが入った辺りである。

旭川…週末となる金曜日の夜ではあるが、静かだ…ここでは“指定休憩所”と呼んでいる都心部のネットカフェへ…ここで休む…ゆっくり過ごそう…

今般、一寸だけ不快感を覚えたことがある。最近は「無数の人が狭い場所に集まる」というようなことを避けようとしている訳だが、何か「ドサクサに紛れて、定められた喫煙コーナーを勝手に閉鎖している?!」というように思える状態が方々に在った。こういうことをドサクサ紛れにやるのであれば、「戸外で勝手に“禁煙”などとするな!」と思う…

そんなことも思ったが、明早朝からは、北への移動の続きである…