59601号機:<排雪列車「キマロキ」編成>…(2024.05.11)

↓“機能”が具現化して出来上がったのが蒸気機関車の形状なのだと思う。こうやって間近でその形状を眺めると、蒸気機関車は美しいと思う。
11-05-2024 X-Pro2 (40)

↓「59601」という機番のプレートの下に「大10川船」というプレートが在る。「大10川船」は「大正10年 川崎造船所」と製造時期と製造工場とを示している。
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↓運転台の様子だ。
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↓何度観ても、この機関車は好い。
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きっと、また観に立寄ると思う。余り大きく取沙汰されていなかったが、この機関車も既に「100年」を超えている貴重な存在だ。

D51 398号機:<排雪列車「キマロキ」編成>…(2024.05.11)

↓蒸気機関車の運転台である。ボイラーを焚いて蒸気を起こして、それを調整して動輪を動かす訳だが、石炭を投入する場所が設けられ、その蒸気の調整を担う機器類が搭載されている場所だ。
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↓D51 398号機である。
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「D51」を「デゴイチ」というようにも呼んでいたと思う。幼少の頃には「デゴイチ」という呼び方が「蒸気機関車の代名詞」でもあるかのようだったような記憶が在る。

D51形は1935(昭和10)年から1945(昭和20)年と長く製造されたが、製造総数が1184輌に及ぶのだという。全国で広く活躍していて御馴染であったことや、長く製造が続いたことが示すように、扱い易く現場で好評であったということから「デゴイチ」が「蒸気機関車の代名詞」という様子になって行ったのであろう。

幼少の頃には、未だ「蒸気機関車牽引の貨物列車」が少し見受けられた。“親父殿”と車で出掛けて、踏切の辺りでその「蒸気機関車牽引の貨物列車」を見たという記憶、そして「黒い怪物のようなモノが、長い真っ黒なモノを引いて、煙等を撒き散らすように通り過ぎて行った」と考えたというような記憶が僅かに在る。「デゴイチ」は黒く、ボイラーを焚く黒い煙が煙突から上り、白い蒸気が噴き出し、牽引しているのは大概が石炭を積んだ黒い貨車だった。そこで幼少期に「黒い怪物のようなモノが、長い真っ黒なモノを引いて、煙等を撒き散らすように通り過ぎて行った」と思ったのであろう。後から“親父殿”に、嘗ては線路の上を走るモノと言えば、蒸気機関車が牽引する貨物列車や旅客列車ばかりであったこと等を教えてもらったというようなことも在ったかもしれない。

↓何か「眼に馴染む」という感じだ。「蒸気機関車の代名詞」でもあるかのように言われた「デゴイチ」だけに、「蒸気機関車」とでも言えば「こういうような感じ」を思い浮かべるかもしれない。
11-05-2024 X-Pro2 (23)

製造数が多いので、D51が保存されている例は方々に在る。近年では旭川室蘭神戸、加えて<京都鉄道博物館>で観た。

更に、(当時)ソ連サハリン州へ向けての輸出用にこの「デゴイチ」が製造されたという経過が在り、使用されなくなってからも日本国内で見受けられるように展示されている例を観たことが在る。日本国内では機関車のプレートに「D51 XXX」と記すが、サハリンで見受けられる仕様は「D51-XX」となっている。

↓「D」というのは「4動輪」を示す記号だ。何となく動輪を眺めていたが、「C」という「3動輪」に比べて径が小さめだ。が、「4動輪」はより大きな牽引力を発揮するので、主に貨物列車の牽引で活躍していた。
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この「デゴイチ」の姿は、今後も長く伝えて欲しいと思う。殊にこの<排雪列車「キマロキ」編成>の398号機は好いと思う。

<排雪列車「キマロキ」編成>…(2024.05.11)

↓「名寄」とでも聞くと「コレ!」を思い出す。名寄駅から旭川方向に列車で少し進むと、車窓にコレが見える場合も在るが「一瞬見える」という様相だ。近くに足を運んで少しゆっくり眺めるのがより好い。
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↑名寄では<排雪列車「キマロキ」編成>の屋外展示が観られる。色々な関係者の皆さんによって大切に護られている。こういう屋外展示は、冬季間には積雪の故に確りと覆うのが北海道内では寧ろ普通だ。名寄も例に洩れないが、例年4月末頃に覆いを外している。「観られる!」と思い出し、列車待ちの時間に足を運んだのだった。

2022年6月に立寄ったのが最も近い訪問であると思うが、大変に興味深く、気に入っているので何度も立寄っている。

↓編成の先頭に立つ蒸気機関車59601号機である。方々で長く使われた9600形蒸気機関車である。
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↑1921(大正10)年に製造された59601号機は、1972(昭和47)年迄の半世紀余りも名寄で働き続けた。

↓続いてマックレー車だ。線路脇等の堆い雪を掻き寄せるようにする。
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↓そしてこれがロータリー車だ。1939(昭和14)年に製造されたモノであるという。
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↑蒸気機関車が走る機構を応用し、車輌前方の巨大な羽を回転させて雪を飛ばしてしまうロータリー車だ。一見すると機関車のようだが、自走能力は無い。

↓余談ながら、サハリンで同様のモノを観たことが在った。2018年11月だった。北海道内で使用されているモノと同型、または似たモノが樺太時代に運び込まれ、戦後も長く使われて、サハリンでも「鉄道の歴史を伝える車輌」という扱いになって展示されていたのだと思われる。
02-11-2018 Railway Museum (9)
↑ハッキリ言えば、サハリンの例と名寄の例位しかこの車輌の展示は思い浮かばない。そういう意味でも貴重だ。

↓名寄のロータリー車だが、大きさは蒸気機関車と殆ど変わらない。
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↓そして蒸気機関車D51 398号機だ。最も多く製造されたD51形蒸気機関車だ。
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↑この398号機は1940(昭和15)年に製造され、1973(昭和48)年迄働いた。

↓末尾には、嘗ては貨物列車等に見受けられた車掌車も連結されたようだ。これは関係者が乗込む場所なのだろう。
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機関車の「キ」、マックレー車の「マ」、ロータリー車の「ロ」、機関車の「キ」と車輌の種類に因んだ文字を組合わせて「キマロキ」である。軌道脇に堆くなった雪をマックレーで崩し、それをロータリーで遠くへ飛ばす。ロータリー車は「動けない機関車」というように凄く重いので、後ろから機関車で推す。そしてマックレーを牽引する。故に2輛の機関車に、マックレー車とロータリー車が挟まれた独特な編成となるのだ。

↓ここでは、殊にこの蒸気機関車59601号機が気に入っている。半世紀以上も働き続けた“大功労者”の勇姿が伝えられているのだ。
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↓反対側では各車の運転台辺りに梯子が掛けられ、中を観ることも出来るように展示されている。
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「名寄には、他にも色々と佳いモノや面白いモノが在る!」と些かの御叱りを受けるかもしれないが、それでも「名寄」とでも聞くと「コレ!」を思い出し、「あの勇姿に会いたい…」と時々名寄に立寄る。

名寄駅到着…(2024.05.11)

稚内駅から乗り込んだキハ54ディーゼルカーは順調に南下を続けた。車内は空いていた。美深駅以降は、名寄駅を目指す人達が若干乗り込んだが。

↓早朝の列車で名寄駅に着くと、何となく大き目な安堵感が湧く。
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↓「ここ迄運んでくれて有難う!」という感じでキハ54ディーゼルカーを眺めた。
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↑先走りな話しにはなるが、この車輛は少し長く待機していて、結局塩狩駅迄はこの同じ車輛に乗った。

↓稚内駅のホームで見えていたのとは反対側の車輌側面が見えていた。「宗谷線」のボードは利尻富士の画だ。凄く気に入っているボードだ。
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早朝に稚内駅を出る普通列車で名寄駅に着き、以遠へ進む場合、特急列車であれ普通列車であれ、乗り継ぐにはやや間が在る。普通列車の場合は、ホームで待機の列車に乗込むことが出来る迄の「実質的待ち時間」で1時間少々だ。

↓ということで、予め求めて在った乗車券に改札口で「下車印」を押して頂いて、少し外に出て歩き廻ることにした。
11-05-2024 X-Pro2 (7)

名寄駅にて…(2024.01.04)

旭川駅で列車に乗込み、車中で少し深く眠ってしまっていて、気付くと名寄駅の手前に至っていた。

↓やや停車時間が長い名寄駅で、少しホームに出て身体を伸ばした。
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↓画の右側、後部の車輌が名寄駅で切り離される。関係者が幾分集まって作業が始まる。
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↓連結器を外した後、後側の車輌に運転士が乗込み、信号旗の合図で車輌が少し後退する。
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↓切り離しが完了だ。
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↓1輌で更に北上する態勢になった。キハ54も低温の中を走り続けていて、何か車体の表面が酷く冷たそうに見えた。
04-01-2024 X100F (26)

毎度「駅の様子」というモノばかりになる名寄で撮った写真だが、結局はこの「駅の様子」が酷く気に入っているのである。今後もこんな様子を眺めては写真に撮ってしまうと思う。

名寄駅にて…(2023.04.02)

↓乗っていた列車が名寄駅に到着した。
02-04-2023 X100F (20)

↓「ここまで運んでくれて有難う」という気分で、乗って来た車輌を眺める…
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↓<青春18きっぷ>にスタンプを押して頂き、改札を潜った。とりあえず名寄駅前に出て一息入れる。
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乗って来たキハ54が旭川へ向けて動き出す迄には1時間15分程度待たねばならない。先に現れる、旭川へ向かう特急列車迄は40分程度の待ち時間だ。前者で旭川に向かう場合、旭川以遠へ向かう普通列車は2時間少々の待ち時間だ。後者で旭川に出てしまうと、15分程度の待ち時間で、旭川以遠へ向かう普通列車に乗車可能だ。

これらを総合する。<青春18きっぷ>を使うべく、普通列車に乗り続けるのであれば、札幌等に出るために3時間以上の待ち時間が生じる。別途に名寄・旭川間の乗車券と特急券を求め、旭川から<青春18きっぷ>を再度使用するのであれば、特急列車を待つ時間だけドンドン進む感じになる。この後者を自身の中で「3千円で3時間を買う」と呼ぶ場合が在る。今般はその方式を採り、名寄駅の窓口で旭川へ向かう乗車券と特急券を求めた。

↓名寄駅のホームでは、乗車位置の案内にアルファベットが使用されている。「C」ということであったが、Cで始まる単語ということでcowが採用され、何やら牛の画が在る。
02-04-2023 X100F (23)

↓隣の「B」はBで始まる単語ということでbearが採用され、熊の画が在る。
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↓列車が現れた…
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↓減速しながら定位置へ停車する。<ラベンダー編成>である。未だ新しい感じである…
02-04-2023 X100F (29)

↓列車の先頭側、自由席に陣取って寛ぐ。
02-04-2023 X100F (32)

この「名寄で、旭川までの券を別途求めて特急列車を利用」という方式も、少し多用するようになったかもしれない。

名寄駅にて…(2022.12.31)

半ば居眠りというような様子も在った中、旭川駅を発った列車はドンドン北上した。

↓気付けば名寄で少し長めな停車を始めたというような頃合いだった。
31-12-2022 X100F (12)
↑少しホームに出て、戸外の空気に触れるのも悪くない感の時間である。

↓この「509号車」が稚内まで走ることになる。
31-12-2022 X100F (13)

↓2輌目の切り離し作業が進んでいる。
31-12-2022 X100F (16)
↑この列車は、平日の場合、旭川・名寄間では通学の高校生が利用している様子が存外に目立つ。故に途中までは2輌で運行しているのだ。

↓切り離して、右側の2輌目が動いて少し下がるという感じになる。
31-12-2022 X100F (17)

↓「509号車」の後方出入口から望む。切り離された「527号車」が視えている。
31-12-2022 X100F (18)

こうして「1輌運行」という様子になって、この日の場合は「509号車」が稚内へ北上するのである。何度も観ている様子なのだが、何度観ても少し興味深い様子である。

名寄駅から特急列車で発つ…(2022.12.22)

<青春18きっぷ>を手に稚内駅を早朝に発つと名寄駅に到る。

名寄駅では1時間以上待てば普通列車に乗れる。そして旭川駅に到るが、以遠に普通列車で向かうとすれば2時間以上の待ち時間が生じる。

もう1つの選択肢も在る。別途、名寄・旭川間の乗車券と自由席特急券を求めてしまう。名寄駅で45分弱の待ち時間で特急列車が現れる。旭川駅では以遠の普通列車に接続が好い。

自身の中では「“3千円”で“3時間”を買う…」と呼ぶ場合も在るが、今般は後者を択んで進むことにした。札幌を経て新千歳空港へ向かうが、札幌で一息入れる程度が好いと思ったのだ。

↓余りに冷える他方で、偶々持っていなかった手袋を求める等、チョロチョロしていれば改札が始まったのでホームに出た。
22-12-2022 X100F (30)

↓キハ261系ディーゼルカーの姿が見えた。
22-12-2022 X100F (32)

↓減速しながら定位置に停車しようとしている。
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↓自由席である列車の先頭の4号車辺りで待っていた。
22-12-2022 X100F (35)
↑光の加減が好い朝で、列車の見栄えが好かった…

↓ゆったり座ることが出来る席は空いていた。
22-12-2022 X100F (36)

↓買い込んだ手袋は、落としたり失くしたりということがないように、確り仕舞い込むこととした。
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↓茶を飲みながら、悠然と旭川駅を目指した。
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名寄駅…(2022.12.22)

名寄駅で列車を乗換えるが、少し時間が在ったので駅の外へ出てみた。

↓「雪深く冷える地域の駅」というイメージそのものだと思った。少し前のやや多い雪が残り、そして冷えている。
22-12-2022 X100F (23)
↑ここまでになると、何やら凄く美しいという気さえする…

↓大き目な氷柱が生じている箇所も在った。
22-12-2022 X100F (25)

↓味わい深い様子だ…
22-12-2022 X100F (26)

キハ54:名寄駅…(2022.12.22)

暗い稚内を発った列車は静かに南下を続ける。何時の間にか明るくなれば、穏やかな天候だった。

↓列車は名寄駅に到着した。
22-12-2022 X100F (19)
↑粉雪が些か跳ね上がった列車の後尾である。が、雪以上に「低温…」を強く感じる。こうして佇むと冷え切った外気が身体に刺さるようで、そして酷く手が冷たい…

↓「列車乗換で立寄る…」という事例が多い名寄駅の駅名標だ…
22-12-2022 X100F (21)

↓或いは「過ぎる程に時季らしい」かもしれない。
22-12-2022 X100F (20)

↓改札口へ向かう跨線橋の扉の硝子が見事な結露だった。
22-12-2022 X100F (22)

内陸の名寄は冷える…稚内から170㎞程度南側だ…

名寄駅にて…(2022.09.09)

早朝の稚内駅を発った列車は順調に南下した。

↓名寄駅に到着した…
09-09-2022 X100F (13)

↓駅前に出て、何となく寛いだ…
09-09-2022 X100F (14)

そんなことをしていれば、列車を利用して出掛けようとしていた名寄在住の友人に偶然出くわし、少し話しをしていた。

↓やがて改札の案内でホームに出た…
09-09-2022 X100F (16)

↓久し振りに“増結”の6輛で運行の特急列車に乗車した…5号車、6号車が自由席で、列車先頭の6号車に乗車したのだった。
09-09-2022 X100F (19)

「一寸、所用を足しに…」ということで出ているに過ぎないのだが、列車を利用した移動も愉しい…

名寄駅にて…(2022.08.08)

↓旭川駅で乗車した列車内で、何やらぼんやりとしていて、時に居眠りも交るような按配で過ごしていれば、列車は何時の間にか名寄駅に着いてしまう…そして停車時間が少々長い…
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↓名寄駅では、列車の連結部で作業をする人が現れる…
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↓やがてこういう具合に旗を振って合図を…
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↓2輌目が静かに後退する…
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↓こういう具合に2輌目は切り離される。
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旭川・名寄間の、朝に運行する列車は、通学の高校生等の利用も目立つので2輌としているが、名寄以北は乗客が少ないので1輌とする訳だ。それでもこの日は、旅行者がなかなかに多かった。

名寄駅を発つ…(2022.07.28)

↓名寄駅の建物は美しいと、こういうように駅前に佇んで眺める都度に思う…
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↓駅周辺を動き回って、改札が始まる前に駅に引揚げ、改札が始まった辺りでホームに出る。
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↑因みに…稚内駅から名寄駅へ運んでくれた車輌が到着した3番ホームに確り待機、または一度奥に引っ込んで再登場という場合も在る様子だが、そのまま旭川駅までも運んでくれることになる…

↓発車まで間が在ったので、少し様子を眺めた…
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↑左がキハ54で、旭川駅まで乗車する車輌だ。右で待機中であるのは、新しいH100形だ…先日、初めて乗車する機会も在ったが…

↓何度となく乗車しているこのキハ54という型の車輌には、何やら強い愛着が湧く…
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<名寄農業倉庫>…(2022.07.28)

↓不意に現れた堅牢そうで大きな建物に興味を覚えた…
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↓正面辺りで見上げると<名寄農業倉庫>という文字が見えた。
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名寄は、もち米が多いらしいが水田も見受けられ、他に実に様々な野菜の栽培が見受けられる場所である。農業が乳牛を肥育する事と半ば同義語になっているような事情の稚内辺りの感覚で、「名寄」と聞くと「豊かな農業地域」というイメージになるような気がする。

↓様々な産物が保管され、送り出される場となっている様子を想像した。近くをよく見れば“JA”の事務所も在った…
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↓色々と思ったが、それはそれとして、こういう煉瓦造な感じの倉庫は画になる…
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<国際交流のまち なよろ>…:名寄市立図書館(2022.07.28)

↓こんな看板を眼に留めた。
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↑名寄市は2つの国外の都市との友好交流を進めているようだ。こういうような感じの看板?余り視た記憶が無い…国外の都市との友好交流という事例は何処にでも色々と在るであろうが、こういうように「通から視える場所に看板を掲げている」という事例は記憶に無い。

↓看板が掲出されていたのは、名寄市立図書館の正面壁だった…
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名寄は然程の人口規模というのでもないが、可能な範囲で出来るように国際交流を続けて積み重ねている様子だ。こういう活動は尊いと思う。

<名寄教会会堂>…(2022.07.28)

稚内駅から名寄駅へ普通列車で南下し、更に普通列車で旭川駅を目指す場合、少々長めな待ち時間が発生する。1時間程度なのだが…

その「名寄駅での待ち時間」は周辺の散策というようなことが好いと思う。以前にも一寸寄ってみたのだが、名寄駅から然程遠くない辺りに旧い教会が在る。

↓こういうような具合の木造建築だ。
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↓なかなかに美しい建築であると思う。
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「南下の列車」の場合は名寄駅の“手前”に相当する場所なので、右側に線路を望むような通を歩いて少し進む。5分程度も進めば、この教会が在る。

明治時代の終盤である1909年この教会が建てられたのだという。名寄市内に現存するモノとしては最古の洋風建築ということになり、名寄市の文化財に指定されていると聞く。

↓何かディーテイルが酷く好い感じだと思いながら眺めていた。
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↓この種の建物については、こういうような「正面」が好きだ。
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↓教会の直ぐ脇に幼稚園が在り、教会を望む広場に園児が走り回る遊具を備えた園庭が在るのも悪くない。
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こういう「駅から歩いて、一寸眺める…」というような“文化財”というのも好いものだ…

名寄駅にて…(2022.06.11)

↓早朝に稚内駅を出て南下する列車は、途中に長い停車が在るというのでもなく、淡々と名寄駅に着くような感だ。
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↓駅前へ出てみた。
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↑現在の駅舎は1927(昭和2)年の建物らしい。視る都度に「“古き好き駅”の趣」というようなことを思う。駅員さんが詰めていて普通の業務を行う場所、風雪を避けて列車を待つ場所、列車が発着するホームという最低限の機能を有するばかりの駅なのだが、何となく好い…

今般は名寄で暫し時間を過ごし、更に普通列車(快速)で旭川駅へ移動した。

↓稚内から名寄まで乗って来たキハ54は車輌庫の方へ回送となっていた。少し経ってから名寄駅に戻り、旭川行快速列車の案内が在って乗場に出ると、稚内から乗って来たモノと同じ車輌が充てられていた。
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「時には一寸だけ道草を…」という気もする名寄駅だ…

<排雪列車「キマロキ」編成>…(2022.06.11)

所用で出ることになっていたが、ゆったりと好きなようにする「余計な時間」も設けてしまった…

そういう訳で「如何しようか?」という程度に思っていたのだが、思い付いたのは「暫く振りにアレを一寸眺めたい…」ということだった。

↓これがその「アレ」である…
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実は昨年も一寸観ていたのだったが、「キマロキ」を眺めたくなったのだ…

「キマロキ」とは、キ=機関車、マ=マックレー車、ロ=ロータリー車、キ=機関車という編成を指し示す。軌道脇に堆くなった雪をマックレーで崩し、それをロータリーで遠くへ飛ばす。ロータリーは蒸気機関車を動かす機構と同じようなモノで回転する大きな羽根を動かす。重いので後ろから機関車で推す。そしてマックレーを牽引する。故に2輛の機関車に、マックレー車とロータリー車が挟まれた独特な編成となるのだ。

↓この先頭の9600形が殊に気に入っている。名寄で半世紀にも亘って働いたという車輛なのだ…
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↓後尾側のD51形だが、これは抜きん出て製造台数が多く、各地で活躍していたことから「蒸気機関車」とか「SL」とでも言えば思い浮かぶような型もしれない。
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↑「北海道内で自身の年代の前後」という位が、「幼少の頃に煙や蒸気を噴き出しながら走る真っ黒な機関車が、石炭を積んだ長大な列車を牽引」という様子を視た「最後の世代?」なのかもしれないと思うことが在る。その記憶に在る機関車は、多分この型だと思う。

↓これがマックレー車だ。
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↑「名寄駅常備」と書き込みが在る。内陸部、盆地のような地形の名寄の周辺は「雪が多い」ということで少し知られる。現在は宗谷線のみだが、嘗ては名寄駅で幾つかの路線が交差していたので、冬季の運行を安全に行うための除雪、更に溜まった雪を軌道から離れた場所に飛ばすか捨てるかする排雪の作業は大忙しだった筈だ。そこでこういう雪対策関係の作業車輛は名寄駅に何時も待機させていたのだろう。

↓ロータリー車は「少し変形した機関車?」のようにも見えるが、大きな羽根を回転させる動力として、蒸気機関車と同様の機構を利用している関係で、機関車のように自走することが出来ない。これは「少数製造に留まった?」というように想像してしまう車輛だ。
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こういう雪対策の車輛が「一式揃った状態」で視られる例?この名寄の例の他、自身は知らない…他所では冬季の除雪等に用いた車輛が視られたにしても、この名寄のような「一式」ということにはなっていないと思う。

↓この<排雪列車「キマロキ」編成>は、名寄駅から少しだけ歩いて辿り着ける公園の中に在り、概ね4月末から10月頃まで視られるようになっている。積雪を待つような時季から早春までは確り覆いを被せて傷まないように護っている訳だ。
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これが視たかったというだけの理由で、早朝から普通列車で名寄駅に出て、旭川駅へ向かう普通列車を待つ1時間程の時間を利用してこれを眺めたという次第だ。実に贅沢な時間の使い方というものだ…

名寄駅にて…(2022.05.15)

旭川駅から北上を始める列車が名寄駅に到着する。

↓運転台に在った乗務員が後方に移動して色々と操作を始める。2輌目と連結する部分の貫通扉が開く…
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↓乗務員は2輌目の運転台に座した…
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↓脇の方、ホーム上から係員が旗を振って合図している…
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↓右側が名寄駅に残る2輌目…左側の1輌目が稚内を目指す…
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↓「駅での連結の切り離し」という様子?在るような、余り見ないような、何か微妙な感じだ。
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↓こうして「更に北上…」の準備は整った…
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こうした様子を愛でながらの旅は愉しい。

店の前…(2022.05.07)

↓コンビニの店の前に何となく佇み、ふと写真に収めた様子だ…
07-05-2022 X100F (30)
↑以前は「コンビニの店の前」と言えば、この画のように或る程度分別して捨てるようになっているゴミ箱が在って、脇に灰皿というのが普通であった気がする。最近は?余りこういう感じを視掛けなくなったかもしれない。

稚内から南下し、名寄で列車を乗り換える際、何となく駅周辺のコンビニに立寄った。暫く出先に在って、この「名寄駅近くのコンビニ」という様子が、何か「妙に懐かしい…」というような気分にもなって来た…

名寄駅にて…(2022.01.04)

未だ暗かった旭川駅を発った列車は順調に北上を続けて名寄に到った。
04-01-2022 X-Pro2 (16)

↓画の右側に視えている後方車輛は名寄駅で切り離される。そのために少し長く停車する。
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↓こういう具合に、旭川駅で2輛連結であった列車は「各々」という形になるのだ。
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↓画の左側、南下中の列車が到着している様子だ。右側の画で視えている車輛に乗っていたが、その車輛がマダマダ先の稚内を目指して1輛だけで進んで行くのだ…
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何度も視ている様子だが、この名寄駅での様子は気に入っている。加えて、少しだけ長く停車すると、ホームに出て身体を伸ばすことも出来るというのが好い…

列車の切り離し…:名寄駅(2021.08.24)

↓2輛連結で旭川駅を出た列車は北上を続けて名寄駅に到った…
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↑旭川市内の駅からこの名寄駅までの区間は、平日であれば通学の高校生の姿も存外に多い。この日もそういう感じだった…

↓少し長い名寄駅での停車の間、作業を行う係員がやって来る…
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↓機器を操作して「切り離し」が出来るようになると、後方の車輛の運転台で操作して車輛が少し後退する。
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↓これで作業が完了する…
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名寄以北はキハ54が1輛で進んで行く…

<名寄教会会堂>…(2020.08.19)

稚内から列車で南下し、名寄が近付く辺りで少し特徴的な建物が車窓から視え、何か気になる場合が在る…

↓乗換列車の待ち時間に、一寸訪ねてみた…
19-08-2021 X-Pro2 (31)

「南下の列車」の場合は名寄駅の“手前”に相当する場所なので、右側に線路を望むような通を歩いて少し進む。5分程度も進む…

↓こういう具合に建物が眼前に現れる訳だ…
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↓教会であった。現在でも使われているように見受けられた。訪ねた際にはしまっていた。
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↓独特な風情の建物に見入った…
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1909年…明治時代の終盤だが、この教会が建てられたのだという。名寄市内に現存するモノとしては最古の洋風建築ということになり、名寄市の文化財に指定されているそうだ。

↓現在視ても存在感が在るが…創建の頃にはかなり目立つ建物だったのであろうと想像した…
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乗換列車の待ち時間…1時間程度であれば「駅周辺を一寸だけ散策」というようなことには好適かもしれない。

名寄駅を発つ…(2021.08.19)

↓名寄駅前だ…バスやタクシーが入り込んで各々の所定位置に停まるような通路も設えられている。
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↓上記の画では右側となる辺りから駅舎に近付く…
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↓何度眺めても「味わい深い駅舎…」というように思う。
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↓天候が好転し、“寒冷地仕様…”を自認する身には「少し…暑い…」と感じられる様子になって来た…
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↑引っ掛けていたワークシャツを脱ぎ、着ていた「ロシア土産!?」な長袖Tシャツという姿に切り替えた。

↓駅舎内に入って改札を待ちながら、何となく運賃表を眺めた…
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↓改札の辺りに発車時刻表が掲出されている。
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↑左側の「北上する列車」は右側の「南下する列車」に比して本数が少ない…宗谷線の「(かなり南寄りな)分岐点」というようになっている感の名寄駅だ…

稚内で乗車して名寄に到着した車輛がそのまま待機していた。
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↑これが<快速なよろ>と名付けられた旭川行の列車となる。これに乗車した…

↓発車に少し間が在るので、ホームで列車を眺める。更に1時間程待てば?待機中の新しい車輛による旭川行の列車を利用することも出来なくはない…(所用も在るので、そういうことにもならないが…)
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↓右側に稚内を目指して北上中の特急列車が現れた…
19-08-2021 X-Pro2 (54)
↑少し前に南下中の特急列車も現れ、名寄の少し南の士別で行違うのである。

↓3本の線に各列車が入っている様が判る画になった…特急列車の停止位置は画の右端をはみ出した辺りになる…北上中の特急列車は、新しい<はまなす編成>だった…
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居合わせた各車輛で最も年季が入った「キハ54 511」には、稚内・名寄・旭川と長い区間で御世話になった。特急列車が去ると出発である…

名寄駅到着…(2020.08.19)

早朝の稚内駅を発った列車は、「エゾシカの軌道への侵入」という事態を受けて急ブレーキを使用したことから点検のために少し停車するというような「臨時的な停車」が在って途中駅では「少し遅れている…」という場面も在ったと見受けられたが、それでも淡々と少しずつ天候も好転する中で軟化を続けた。

↓名寄駅に列車が着いた…
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↑時計に目を落とせば…普段の到着の時刻…「臨時的な停車」によって列車行き違いの箇所が変わったということも在ったらしいが、それでも列車そのものは帝国の到着だ。凄い…そして「ここまで連れて来てくれてありがとう!」という気分で車輛を少し眺めた。

↓改札を潜って駅前に出てみた…
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普通列車を乗り継いで名寄以南を目指すということであれば、1時間程の待ち時間が生じる。早朝の稚内駅のクールだった感じに比べると、温かい感じだった…

名寄駅にて…(2021.05.18)

早朝の旭川駅を発つ普通列車に乗車し、名寄駅に至ると「段落?」というように感じる…稚内駅を目指す長めな行程の「3分の1」程度ということになるとは思うのだが…

↓10分間弱ということになるか…名寄駅で列車は少し長目に停車するので、ホームに出て身体を伸ばしてみるなどする…
18-05-2021 on a trip between Asahikawa and Wakkanai vol01 (29)

「平日」に早朝の旭川駅を発つ普通列車に乗車する場合、旭川・名寄間では「通学の高校生」が非常に目立つ。本当に「地元の若者の日常に“旅のおっちゃん”が紛れ込む」という気分で乗車している感じになる。

「通学の高校生」の様子?仲の好い者や気の合う者や、何か用が在る同士で話しているか、参考書や文庫本や手製の勉強ノートを視ているか、さもなければ「スマホ」だ。他地域ではあるが、学生による投稿文芸で「スマホを忘れた日 初めて観た車窓」というのが在って酷く記憶に残っているのだが…最近は「通学の高校生」と見受けられる(制服または学校の名が入ったジャージ着用の場合が多い)若い人達の多数派は「スマホ」だ。これはそのくらいの若い人達に限ったことでもないようだが…

早朝の旭川駅を発った後、陽が高くなって行くに連れて天候が好くなって行った日だった。名寄駅にこうして停車しているキハ54…気に入っている眺めだ。
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↓名寄駅では、こういう具合に早朝の旭川駅では2輛で現れた列車の後ろ側を切り離す作業が行われる。このために名寄駅の停車は長目なのだ…
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途中の士別駅や、この名寄駅で「通学の高校生」の多くが下車するのだが、この名寄駅以北に関しては、乗客が少ない場合が多い…故に1輛運行としている訳だ…

↓「更に北へ!!」という感…陣取っていた座席で発車を待つ…
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こういうような具合に「地元の日常に何となく紛れ込む」という移動も好きだ…

名寄神社…(2021.05.15)

稚内・旭川間の乗車券を手に早朝の普通列車に乗車する。

この列車は「名寄行」である。当然ながら名寄駅に至る。その先の名寄から旭川まで、普通列車に乗り継ぐとすれば?1時間少々の待ち時間が生じる。

この1時間少々の待ち時間の間に、稚内から旭川へ南下する特急列車が運行されている。旭川以遠へ普通列車を更に乗り継ぐのであれば、この特急列車を利用するのが好いかもしれないが…今般は「1時間少々の待ち時間」の間、名寄での散策を愉しむことにした。

<キマロキ>と呼ばれた、冬季に鉄路での排雪作業に従事した蒸気機関車を含む編成が静態保存されている場所が名寄駅近くに在る。名寄駅を背に左側へ進み、鉄道を跨ぐような具合、橋のようになった道路へ入る。橋を通り抜けた辺りが公園になっていて<北国博物館>という看板が在るので、そちらへ進めば<キマロキ>と会うことが出来る訳だ。(雪深い冬季は、傷まないように確りと覆いを掛ける。雪が降り始める前の10月後半に覆いを掛け、4月下旬に覆いを外す。概ね「5月から10月に眺めに行く…」という感じになると思う…)

「前置き」のようなモノが諄くなってしまったが…その<キマロキ>を眺めに行くべく歩き廻った時…

↓こんな様子に出遭って凄く惹かれた…
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↑緑を背景に花という按配…凄く美しいと思った。<キマロキ>を眺めてから名寄駅へ戻る前、ここに寄ってみることにした。

↓なかなかに雰囲気が好い…
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名寄辺りは山形県や富山県からの入植者が多かったようだが、明治30年代に神社が創祀と伝わるそうだ。大正6(1917)年、正式に<名寄神社>ということになったという。

↓無事に動き回っていることに感謝…という按配で参拝した。
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「桜の盛り」は既に過ぎていたそうだが、それでも<名寄神社>と刻まれた石柱の脇に視られた花が酷く好かった。これも「導き」というようなことであろうか?<名寄神社>も想い出の社ということになった。

<キマロキ>…:殊に<59601>のこと…(2021.05.15)

恒例化している所用のため、一寸南下している…

南下の際に、名寄で道草をした。名寄では「排雪列車」として1930年代後半から1970年代初頭に運用されていた<キマロキ>と呼び習わされた編成が「そのままの姿」で屋外に展示されている。以前にこれを眺めて非常に好かったことから「何時か再訪…」と長く思っていたのだが、この程漸く実現出来た。

<キマロキ>?キ=機関車、マ=マックレー車、ロ=ロータリー車、キ=機関車という編成を指し示す…

↓こういう具合に編成そのものが静態保存されている…
15-05-2021 old locomotives and wagons at Nayoro (1)

機関車でマックレー車というモノを牽引し、線路脇の積雪を崩しながら安全に列車を運行し得る幅を確保する。そして、蒸気機関車と同じ原理で“ロータリー”の機械を動かす関係で「自走は不可能…」というロータリー車を連結し、そのロータリー車で雪を吹き飛ばす。そしてその重量が嵩む編成を後ろから機関車で押す…これが<キマロキ>である。

↓これがマックレー車というモノだ…
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↓大きな羽根のようなモノを広げて、線路脇に堆くなった積雪を崩し、列車の安全運行が叶うように幅を拡げるのである。
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↓これがロータリー車だ…
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↓蒸気機関車と同じような要領で石炭をボイラーに投入し、蒸気機関でロータリーを動かす。故に蒸気機関車のように自力で走行出来る訳でもない車輛だ…
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↓回転する巨大な羽根で雪を巻き込んで吹き飛ばす仕組みになっている…
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↓左のマックレー車で崩した雪を、右のロータリー車で吹き飛ばすということになる。
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↓重たい編成を後ろから押すのはD51形だ…
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名寄は鉄道網の核となった場所で、厳しい冬季にも安全な輸送を確保すべく様々な努力を払う場面でも拠点となっていた。「名寄駅常備」となっていた除雪作業の車輛を、運行可能な機関車と組ませて動かすということをして、軌道の除雪や排雪に努力をしていた。そんな作業に用いた編成「そのもの!」が大切に保存されているのが名寄だ…内陸でもある名寄の周辺は「寒い…雪が多い…」という地域である…

<キマロキ>を出動させようという場面で、恐らくは名寄に在った様々な機関車が登場したであろうが…保存の編成の先頭に在るのは<59601>だ。これは大正時代に登場している9600形の1輛である。

↓何か「半世紀も地元で働いた車輛」として、殊更に大切にされているようにも感じる<59601>だ。
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<59601>には「大10・川船」というプレートも残っている。これは「大正10年に川崎兵庫造船所で製造」という意味だ。

↓こういう具合である…
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↑神戸の工場で製造されて北海道にやって来て、1922年から名寄に配備となり、以降は1971年に蒸気機関車の運用を止めてしまうまで名寄で動き続けていたのだ。

名寄で半世紀働き、引退後に半世紀を経た…<59601>は「100年!」の歴史を有している機関車だ!

↓残念ながら「動態保存」の例が無い9600形であるが、全国で貨物列車等を牽引して活躍した経過が在るという機関車で、こうして視るとなかなかに美しい…
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以前にこれを視て、何やら「力を分けてもらった…」というように感じたのだったが…“再会”が叶って凄く嬉しかった!

鉄道というモノは、苦心して敷設した後にも、多くの関係者が努力して列車の安全運行を確保して来たのだ。そういう「当然と言えば当然の歴史」に想いを至らせてくれるのがこの<キマロキ>だ…

名寄駅…(2020.12.17)

美深駅で予定より長い停車ということは在ったが、早朝の暗い稚内駅を発った列車は無事に名寄駅に至った…

↓到着した列車の後尾側を何となく眺めた…
17-12-2020 Train trip vol01 (34)
↑走行中に軌道上の雪を巻き上げ、それが付着するという状態だ…

↓更に先へ進む列車を待つことになる…天候も好かったので、駅前に出てみた…
17-12-2020 Train trip vol02 (1)

↓「北海道の駅の冬」という「らしさ」を感じながら様子を眺めた…
17-12-2020 Train trip vol02 (4)

<青春18きっぷ>を利用していた。そのまま使い続けるべく次の普通列車を待つと、待ち時間が長くなり過ぎる。待つのは構わないにしても、旭川から先が動き悪くなってしまう。

↓そういうことなので、名寄・旭川間の乗車券と自由席特急券を別途求め、旭川へ進むことにした。
17-12-2020 Train trip vol02 (7)
↑この特急<サロベツ>で旭川駅に着けば、旭川から先、深川、滝川へ向かう普通列車に直ぐに乗り継ぐことが出来る。<青春18きっぷ>をまた利用するのだ…

↓宗谷線での運用が長くなっているこの車輌…見掛けると何となく落ち着く。最近は修理が必要という場面も増えたらしいが…
17-12-2020 Train trip vol02 (8)

「冬らしい」という風情の名寄駅で、未だ長い「旅の行く末」に想いを巡らせながら過ごしていた。それほど以前ではないが、何か「酷く以前」というようにも感じてしまう…