【連載】現今事情―サハリン (1)

「○○ってモノが在るの?」という問いを聞いて如何思うであろうか?「○○」には地域名、市町村名等の場所を示す呼称が入る。

自身で少しこの「○○ってモノが在るの?」という問いを考えてみた。

「○○ってモノが在るの?」という問いが発せられるとすれば?それは恐らく「○○」に“災害”のようなことでも発生した地域名、市町村名等の場所を示す呼称が入る場合ということになるのでもないだろうか?

大きな“災害”のようなことでも発生した場合、被災地域では「アレが足りない…」というような“困りごと”が生じてしまう場合が考えられる。「アレは?コレは?」と被災地域の状況を案じる中で、「(被災地域名)ってモノが在るの?」という問いが出て来る場合も在るであろう。

そんな事例程度しか、「○○ってモノが在るの?」という問いが発せられる状況が思い浮かばない。

何か「妙な事…」を綴り始めているような気がしないでもない。が、この「大きな“災害”のようなことでも発生した被災地域を案じている」というような状況以外に、問いが発せられる状況を思い付かないような「○○ってモノが在るの?」について、如何いう訳か「存外の頻度で御訊ねを頂いている…」ということに思い当たるのだ。

自身が「存外の頻度で御訊ねを頂いている…」ということに思い当たってしまう「○○ってモノが在るの?」だが、「○○」には「サハリン」が入る。

「サハリンってモノが在るの?」と、最近でも存外の頻度で御訊ねを頂く。傍目には自身が“事情通”だと観られているから御訊ねを頂くということか?“事情通”でも、その限りでもないのでも、自身で思うに大差は無い。ハッキリ申し上げると、「サハリンってモノが在るの?」という問いそのものが、今では「意味不明の極み…」のように思えてならないのだ。

↓この写真だ。
11-04-2018 in evening at cafe (4)
↑これはカフェで供される飲物で、華々しいラテアートが施されている。

この写真はサハリンの中心的な街ということになるユジノサハリンスク市内で撮った。カフェに立寄り、飲物を御願いするとこの華々しいラテアートが登場したのだ。

自身の珈琲の好み?日本国内で一般的な、ハンドドリップの系譜で、またはサイフォンを使って淹れるような、特段に甘味料やミルク等を加えない、所謂「ブラック」が好い。それでも、ユジノサハリンスクではこの華々しいラテアートを愉しみながら各種の飲物を頂いた。

ユジノサハリンスクというより「ロシアの一寸した規模の街」の多くが該当してしまうのかもしれないが、カフェでは「エスプレッソマシンを使って淹れた珈琲を供する」というのが“当然視”されているように見受けられる。逆に言えば、「ハンドドリップの系譜で、またはサイフォンを使って淹れるような珈琲を供する」という段階を一足飛びにしてしまって、「エスプレッソマシンを使って淹れた珈琲を供する」という時点から「いきなりカフェの文化が花開いた」ということにもなるのかもしれない。

ユジノサハリンスクの街に在って「珈琲を頂いて一息…」とでも思い付き、カフェに立寄るとする。店員さんに「珈琲を御願いします」とでも言えば、即座に「何れですか?」と訊き返される。何故なら、「エスプレッソマシンを使って淹れた珈琲を供する」というのが“当然視”されているので、<アメリカーノ>、<カプチーノ>、<ラッテ>、<カフェモカ>、<キャラメルマキアート>というような呼称と、多くの店で設定されている「大・中・小」のようなサイズを申し出て飲物を御願いする通例になっているからだ。「珈琲を御願いします」に対して「何れですか?」は、用意されている珈琲豆の種類を指定することを促すというようなものではないのだ。

こんなことなので、「何処かの飲食店に入って“とりあえず飲物”」という状況で、「珈琲でも…」ではなく「カプチーノでも…」と言い出すような方も、ユジノサハリンスクでは存外に多く出くわした。

他方、日本国内の地方の街で、更に大きな街で「カプチーノでも…」とでも言い出せば、何方かと言えば「当店にございません…」が多いのではないか?「珈琲でも…」なら多くの場所で対応可能で、「ホットになさいますか?アイスになさいますか?」というのも在るかもしれない。この「アイスコーヒー」はユジノサハリンスクでは、時々売られている“缶コーヒー”が冷えた状態になっていた例が在ったような気がする位で、見掛けないと思う。

写真の華々しいラテアートだが、率直に申し上げて、自身の眼で視て、そしてそれが施された飲物を頂いてみたというのは「ユジノサハリンスクの店」位なものだ。写真の程度に華々しいラテアートは、ユジノサハリンスク市内でも限られた場所で見受けられる。もっとシンプルなラテアートであれば多くの場所で見受けられる。ユジノサハリンスク以外に、ウラジオストク空港でもラテアートを施した飲物は頂いた記憶が在った。

↓そしてこの写真だ。
23-02-2019 (12)
↑チーズケーキに大きなイチゴが載っている。

これもユジノサハリンスクの街に在るカフェだ。ユジノサハリンスクのカフェでは、市内や近隣の街で製造されているケーキ等も供している場合が多い。

ケーキは地元の人達の嗜好に合わせている例が多いので、自身を含む外国人が気に入るか否かはやや微妙だ。ケーキのような嗜好品は、日本国内でも「好み…」が別れると思う。多くの人が「好い!」というケーキを試して「それ程でも…」と思う場合も、然程人気が高くないと見受けられるケーキでも「これ!気に入った!」となる場合も在るのだと思う。

自身は、何でも美味しく頂き、場合によって「食べ過ぎ…!!」ということも仕出かす性分なので、ユジノサハリンスクのカフェで供されるケーキは何れも美味しく頂いた。

この写真のケーキの美味さを論じようというのでもない。注目は「イチゴ」だ。ケーキに大きなイチゴが載っている状態?これは一定程度の数、このイチゴが確保出来る程度に、何処かで生産しているか輸入されているということを意味するように思う。

↓更にこの写真だ。
12-09-2018 in evening (27)
↑これは「カフェ店内で頂く」という場合に、ケーキに華やかなデコレーションを施すようにしている店も見受けられたという画である。

これもまたユジノサハリンスクで撮っている。

ユジノサハリンスク辺りで、何か“災害”のようなことでも発生しているのでもない。カフェに立寄って、飲物やケーキを頂く程度のことが普通という程度の場所だ。そういう場所を捉えて「サハリンってモノが在るの?」と問う?「意味不明の極み…」のように思えてならない訳だ。

実は「振り返ると沢山の写真…」ということに想いが廻った時に思ったのだ。何十点か写真を選んで、例えば「○○という場所はこういう感じ…」と一頻り御話しをすることさえ出来てしまうかもしれないとである。

通常、ブログでは「撮った写真」が「主」と考えて色々と綴っている。が、このシリーズでは「論じてみたい何か」が「主」で、「撮った写真」で論を補うというような具合になると思う。

昨年来、「サハリンを訪ねる」というような、国外旅行はやり悪い“事情”が生じている。自身、2019年10月に渡航した経過が在ったが、それ以降は彼の地を訪れていない。それでも、比較的近年の見聞、そしてそういう見聞に関連する写真が多々在る。そこで「【連載】現今事情―サハリン」と銘打って、暫く綴ってみようと考えた。

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