「溢れ出る」というような感…=運行日誌(2022.05.09)

「何処で何をしているのか?」と、一瞬判らなくなるような感覚を味わった。宿の居室で酷く長く寝入ってしまった。何時の間にか寝入って、深夜に入って眼が醒めたのだ。

自身としては久々の「夜行バスによる移動」が生じ、移動後に早朝から午後まで動き、昼頃には日帰り入浴施設で身体を解す場面も在った。そして宿に入り、何時の間にか休んでいたのだった。

新宿のバスターミナルから発ち、順調に夜の高速道路等を進んで、早朝には京都に到った。

京都駅のロッカーにモノを預け、一寸だけ列車に乗り、清水寺、三年坂、八坂神社と歩き廻り、更に列車で伏見稲荷大社を訪ねた。なかなかに歩いた。

伏見稲荷大社は「街中の生徒が集まっている?」というように思う程に、中学生位の修学旅行か何かが溢れていて驚いた…

やがて京都駅辺りに戻り、日帰り入浴施設へ歩いて向かい、西本願寺に寄りながら京都駅まで歩いて戻った。そこから地下鉄と阪急電車を乗り継いで宿に入った訳である。

「同行在り」で歩き廻った。何かそれは凄く好かった。相手は歩くことを全く苦にしないのだ。

今般の「特定行動」の目的は、半ば達した感である。安堵感も含め、様々な想いが溢れている。故に「バタン…」と休んだのであろう。

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