カバ…:旭川・旭山動物園(2025.05.12)

↓水面上に耳、眼、鼻が直線で並ぶ感だ。水中に身体の殆どが在る中、少しだけ顔を出し、音を聞き、様子を観て、呼吸をするというようになっている。
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↓身体が大きいので深く設えられていると思われる屋内プールのような場所にカバは居た。
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↓基本的に水中に居て、時々顔を水上に出すというような動きのカバだ。
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↓何やら潜水艦のような感じの動物だと思いながら眺めていた。
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↑カバは水中に在ることが多く、夜等に水辺に上っているらしい。

↓階下に降りるとプールの深い辺りが覗くことが出来るようになっている。カバは水中で活発に動き回っていた。独特な身体の形も判る。
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↑カバは水辺の草等を食むようだ。魚等を食するというのではないそうだ。

こういうような、独特な暮し振りを観られるというのは非常に面白い。

マダガスカルコックローチ…:旭川・旭山動物園(2025.05.12)

↓「何じゃこりゃ?」と観た瞬間に口を突いた。
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↑意外に大きな個体で、少し変わった形で驚かされる。それが群れている。

↓「マダガスカルコックローチ」、別名「フルーツゴキブリ」という虫だ。
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↑ゴキブリの仲間なのだが、素早く這い回るのでもなく、飛ぶことも出来ない。果実等に群がって食べるという虫であるらしい。特段に人に害が在るというのでもない虫だという。

↓アフリカのマダガスカルに棲む虫であるという。
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↓何やら不思議な虫が、大きなケースに入って展示されていた。
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正直、こういう虫を初めて観た。

<サキソフォン吹きと猫>…:朝(2025.05.13)

朝の列車で稚内へ引揚げるのが通例なのだが、敢えて通例に背を向けて昼の列車を利用することとした。午前中に街を歩き廻ることにした。

↓平和通買物公園を進めばコレに出くわす。
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↓「何時もの場所で何時ものように」という様子が好い。辺りを通る都度に眺めてしまう像だ。
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↓何となく音が聞こえそうな気がする像だ。
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↑辺りの御店等は、未だ開く前となっている場所の方が多い時間帯だ。

↓寧ろ静かである街を眺めているような風情だ。
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ゴマフアザラシ…:旭川・旭山動物園(2025.05.12)

↓水槽の一部に硝子張りの円筒を組合せ、泳ぐアザラシが通過する様子を観られるようになっている場所が在る。
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↓上がる場合も、下る場合も在って少し面白い。
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この円筒の中を動く様子は、水中で積極的に動いている時間帯でなければ観られないように思う。実はこれまで余り観たことが無かった。

↓この時、殆ど全頭が水中に在った。地上で休んでいる様子が観られなかった。
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↓暫しこの辺りでゴマフアザラシを眺めていた。
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↑地上に居る場合にはゆったりしている感じだが、水中では速いので少し驚く。

動物の本来の動きに近い様子が観られるように順次工夫を重ねたのが旭山動物園なのだが、このゴマフアザラシも凄く面白い。

↓外には概ね実寸大のパネルを用意して、各地のアザラシに関して紹介している。こういうのも面白い。
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エゾヤマザクラ…:稚内市立図書館周辺(2025.05.14)

↓図書館周辺を通り掛かると、エゾヤマザクラが咲き誇っている様子が見受けられた。
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↓見頃というような感じの桜を観るのは好い。
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↓毎年、ここでエゾヤマザクラの花は咲いている。が、その好い状態の時季は毎年前後する。そして好い状態の時に必ず辺りを通るのでもない。そういう訳で、こういう様子が観られると凄く運が好いと思う。
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↓こういう身近な木というものも非常に好いと思う。
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朝に…(2025.05.14)

↓朝、稚内駅の辺りへ出た。
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↓雲がやや多く、風が多少冷たい。
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↓10℃を切っている。
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↓未だ10℃を挟んで気温が上下していて、下なら寒く、上なら温かいというような様子が続いている感じだ。そんな中で5月の暦がドンドン進む感じだ。
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夕べに…(2025.05.13)

↓出先から戻ったばかりで、拙宅でほんの少々息を入れて、午後6時台に御近所へ出てみた。
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↓馴染んだ御店に立寄ってみた。
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↓御通しの切り干し大根を摘んで<白霧島>を頂きながら料理の登場を待つ。
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↓カレイの一種のナメタである。煮魚だ。これが好い。
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↓そしてタコザンギを摘んだ。タコの唐揚である。これが美味い。
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昼に列車に乗る迄の間、存外に歩き、列車内で居眠りもしていたが、何やら眠気を禁じ得ず、少し早目に引揚げるような様子だった夕べである。こういうような気に入った場所で軽く寛ぐというのも有難い。

1杯の珈琲…:<きっさ ラパン>(2025.05.13)

旭川駅の東側に在る宿を出て、駅のロッカーに荷物を預けた後、平和通買物公園を経て常磐公園に出て、美術館で展覧会を観て、花を愛でて園内を巡り、上川神社頓宮を参拝するという程度に、元気よく歩き廻った感じである。

↓昭和通や平和通買物公園の側へ進もうとして眼に留めた。
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↓営業中の喫茶店である。動き続けているばかりでは消耗するので、少し休もうと御店に御邪魔した。
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↓メニューを拝見して何を御願いしようかと思案する。
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↓トラジャブレンドの珈琲を御願いした。
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↑灰皿が在って、使用可能となっている。

↓珈琲を愉しみ、煙草を点けて一息入れられるという感じだった。
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街角のこういう場所は有難い感じだ。記憶に留めたい。

アムールトラ…:旭川・旭山動物園(2025.05.12)

↓少し奥の側に居たアムールトラがゆっくり歩き始めた。
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↓観ている側にアムールトラは少し近付く。
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↓横の側へ動く。
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↓欠伸でもするかのような、独特な表情を見せた。
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↓舌が出ている。
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↓顔の向きが変って、こちらを見ているかのような感じになった。
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↓この向きでも舌が出た。
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↓静かな感じだが、大きなアムールトラは貫禄が在る。
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↓若干、口が開いた。
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暫く眺めていたが、アムールトラも凄く表情豊かだ。こんな様子を眺めるのが愉しい。

<あさっぴー>のバナー…:平和通買物公園(2025.05.13)

↓旭川駅が見えるような辺り、街路灯にバナーが在るのを眼に留めた。
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↑「買物公園」のバナーだが、何か不思議なキャラクターの画が入っている。

このキャラクターは<あさっぴー>である。ゴマフアザラシの男の子が憧れのホッキョクグマに変身ということで生まれたキャラクターであるとのこと。川の流れを象徴するストライプ柄のズボン、大雪山を望む景色の柄のTシャツ、旭橋を象ったベルト、正義の味方の赤いマフラーというような衣装を身に着けた、旭川のキャラクターとなっている。

買物公園を歩くと、こういうような具合に<あさっぴー>が迎えてくれるということになる。

午後に旭川駅を望む…(2025.05.11)

↓街を歩いた後、宿へ向かうべくロッカーに預けた荷物を出そうと旭川駅へ向かっていた。そういう場面で、旭川駅が見えると安堵感のようなモノを覚える。
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↓そして歩を進めた。この辺りは北側で西改札口に近い辺りの出入口だ。
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こういう「馴染み切った」という感の出先の様子も好いと改めて思った。

特カツ丼&とん汁(大)…:<かつや>(2025.05.11)

朝の列車で稚内を発ち、旭川に着いてから動き回っていて、何か強めな空腹感を禁じ得なくなった。

↓北海道護国神社の辺りから旭橋の側へ通じる道路に出て、こういうモノを眼に留めた。
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↓食事を摂ることが出来そうな場所だ。
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↓時にはカツ丼が好いと思った。
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↓温泉卵も載った「特カツ丼」を所望した。
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↓加えて「とん汁」である。大きい方にしてしまった。
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↓こういうような様子で供された。
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何か「朝食兼用」というような感も色濃い「昼食」であった。時にはカツ丼は好い。少年時代から好む料理でもある。何となく御無沙汰していたので、ここで頂いたことが凄く嬉しかった。

鳥居…:北海道護国神社:旭川(2025.05.11)

↓大きな鳥居だ。天候が好転している天を背景に、好い感じだったので暫し眺め入っていた。
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↑スタルヒン球場の側から北海道護国神社に近付くと、境内の脇の側から入り込む感じになった。この正面の大きな鳥居は後から眺めたのだった。

↓歩を進めて社殿に近付くと、こういうような眺めになる。
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「鳥居が在る様子」というのも好い感じだと思う。こうして時には写真に撮る。

<平成館>…:北海道護国神社:旭川(2025.05.11)

↓北海道護国神社の辺りを歩き廻り、こういう感じで少し大きな建物が在ることに気付いた。
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↓歩み寄ってみた。独特な雰囲気の建物だ。
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↓昔の官公署の庁舎や学校、或いは博物館か何かのような建物だ。真中の構造物を挟むように左右の構造物が設えられている。四角いビルに、何となく和風な屋根が据えられている。
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↑建物は「第七師団北鎮兵事記念館」として1936(昭和11)年に登場した。軍関係の事績を紹介する展示施設であったそうだ。戦後は博物館等として利用されたというが、1991(平成3)年に北海道護国神社の創祀90年を記念して改修工事が行われて現在の様子になった。<平成館>と命名され、現在でも利用されているようだ。通に面したような場所ではなく、広い敷地の一隅に在るので、やや目立たないかもしれないのだが、面白い建物であると思いながら眺めた。

コンクリートの建物に和風の屋根のようなモノを据える「帝冠様式」は1930年代に流行った。この建物もその帝冠様式で、建設時にはなかなかに大変な工事でもあったようだ。貴重な建物で、2015(平成27)年には国の登録有形文化財の指定を受けている。

帝冠様式の建物は方々で色々と観ているが、何れも存在感が大きな建物だと思う。旭川にも在るということが判って興味深かった。

社殿…:北海道護国神社:旭川(2025.05.11)

↓広い境内に大きな社殿が据えられているという様子は、独特な雰囲気を醸し出すように思う。
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↑1902(明治35)年に第七師団の練兵場に祠を設け、北海道関係の国事殉難者や開拓に殉じた屯田兵を祀ったというのが神社の起源だという。1910(明治43)年に現在地に遷った。1935(昭和10)年に「北海道招魂社」となり、1939(昭和14)年に「北海道護国神社」となって現在に至っているのだそうだ。

↓北海道全体と樺太の戦没者を祀る神社だ。静かな日だったが、それ故に厳かな雰囲気を感じた。
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↓社殿は1965(昭和40)年に完成した建物で、5年もの工期を要したそうだ。
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↓今日在ること、旭川を訪ねて好い時間を過ごすことが叶っていること等に感謝の意を表して参拝した。
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↓御朱印帳の見開きの頁用の御朱印を頂いた。
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↓加えて標準的な御朱印も頂いた。
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結局、神社というのは自然や先人達に感謝の意や敬意を表する場として受け継がれているのであろうと考える場合が在る。旭川の地で、街の歴史と共に在ったような場所に在る大きな神社でそういうことを考えていた。

「エゾリス出没注意」…:北海道護国神社:旭川(2025.05.11)

↓北海道護国神社で眼に留めた。
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↑木々が少し多く見受けられるような場所には、存外にエゾリスが居る。旭川では何回か見掛けている。地面を駆け、木にも上り、枝から枝へ飛ぶように渡るという、すばしっこく立体的に動き回るのがエゾリスだと思う。

こうしてエゾリスに関する注意喚起の掲示が在るというのは、車輛が出入りする際にエゾリスが事故という事例が存外に在るということなのだろう。

チューリップ…:常磐公園:旭川(2025.05.13)

↓常磐公園の中を歩き廻っていた。そして出くわした様子だ。暫し見入った。
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↓たくさんのチューリップが咲いている様子は、時季らしい感じで好い。
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花に関しては「もう少し…」という感の稚内から旭川へ出て、随所で見掛けた花が何となく嬉しかった。このチューリップもそうした、嬉しかった花である。

上川神社頓宮…:常磐公園:旭川(2025.05.13)

↓常磐公園の池に島のようになっている箇所が在り、橋が架かっている。
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↑橋の向こうに鳥居と社が在る。

↓歩を進めて近付いた。
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↓神楽岡に鎮座する上川神社の頓宮が、常磐公園に設けられている。
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↓旭川で好い時間が過ごせたことに感謝の意を表すべく参拝した。
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↓神社に立寄るのも好い感じだと思う。
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↓御朱印も頂いた。
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旭川の街中では立寄り易い神社ということになるかもしれない。何度も訪ねているが、今般も立寄った。

<サキソフォン吹きと猫>…:夕刻(2025.05.12)

↓夕食を摂ろうと街へ出て、また出くわした。
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↓何時もの場所で何時もの如くという按配だ。愛猫を前にサキソフォンを演奏しているという様子だ。
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↓通り掛かる都度、特段に都合が悪いという様子でもない限り、何となく写真を撮ってしまう。
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↓本当に「気持ち好さそうに演奏している」という風情の像で、何度見掛けても好い感じだ。
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夕刻…:11階の眺望:旭川(2025.05.12)

↓少しだけ陽が傾いたのかもしれない。光の様子が変わったような気がする。
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↓適当に雲が流れ散っているような感じが面白いと思った。
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↓夕食に出る迄の時間、宿の11階の居室で寛ぎながら、窓からの眺望も愉しんでいた。
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↓未だ暗い感じでもないが、夕刻という雰囲気が少し濃くなった気はした。
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↓陽が沈もうとする様が見えた。
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暗くなる迄の様子を観ていると、夕食に出る機会を逸してしまいそうなので、陽が沈む様を観た時点で街へ出た。こういうような眺望を愉しむのも好い。

「岩村通俊之像」…:常磐公園:旭川(2025.05.13)

↓常磐公園を散策していて出くわした。
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↓「岩村通俊之像」と在る。
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岩村通俊(1840-1915)は土佐の宿毛(すくも)の出身である。明治政府に出仕して様々な仕事をしている。各地に赴任した経過が在るが、北海道とも所縁が深い。

1871(明治4)年には開拓判官として札幌の建設に携わっていた。後に開拓大判官に昇任している。そして「薄野遊郭」を開かせたが、これが後の「すすきの」である。

その後、佐賀、山口、鹿児島、更に沖縄と各地で活動した。1886(明治19)年に「北海道庁」が設けられた際、岩村通俊は初代の長官に就任した。旭川周辺の開発に力を注いだということが伝えられる人物だ。

↓岩村通俊の功績を顕彰すべく1951(昭和26)年に現在の北海道立旭川美術館の辺りにこの像が建立された。それが1990(平成2)年に公園内の池の傍に移されたのだそうだ。
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↑像は高さが150cm程度と聞く。「概ね等身大」というように見えた。

岩村通俊は北海道では色々と顕彰されている人物だが、現在の北海道の様子を、如何いうように思いながら眺めているのかというようなことを想いながら、この銅像を観たのだった。

<新・山本二三展>…:北海道立旭川美術館(2025.05.13)

↓独特な存在感を放つ像が在る。
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↓常磐公園に在る美術館だ。
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↓開催中の<新・山本二三展>が面白そうだったので、時間を設けて美術館へ足を運んでみたのだ。
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↓北海道立旭川美術館は収蔵品を入れ替えながら展示する以上に、企画展が目立つような感じだと思う。随分と以前に立寄ったような記憶も在るのだが、大変に御無沙汰してしまっている。
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↓この<新・山本二三展>の入場券を求めて展覧会をゆっくりと拝見した。
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山本二三(やまもとにぞう)(1953〜2023)はアニメーション作品の美術を手掛けたことで知られている。「アニメーション作品の美術」というように言っても色々と在るが、キャラクターが動く背景の画というようなモノを創ることが主要な役目である。非常に好く知られている作品も多く手掛けている。アニメーションに限らず、映像作品に纏わる制作をしているが、画家として画を描くこともしている。年齢を重ねてから、映像作品制作と少し距離を置き、生まれ故郷である長崎県の五島で風景等の画も描いている。

今般はアニメーション作品に関連の様々な画、五島の風景等の作品、愛用した道具等、概ね220点を展示している。なかなかに見応えが在った。ファンタジー色が強い画も在るが、現実世界の様子の画も在る。「美術」と呼ばれる背景画は、アニメーション作品全体の雰囲気を創り出すような側面が在ると思う。知っているアニメーション作品に関しては「アレだ!」と直ぐ作品世界を思い出したが、余り知らない作品でも画を見て何か作中世界に誘われるような感であった。

何れの作品も好かったのだが、戦時中の少年と幼い妹の物語である『火垂るの墓』のアニメーションで使われた様々な情景の画や、故郷の五島の景色の各作品が殊に強く惹かれた。長い活動経過で多くの作品を遺した画家であり、作品に関しては語り尽せないのかもしれないが。

↓思わず図録も求めてしまった。展示を拝見した想い出を胸に、図録も随時眺めたい。
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時には美術館のような場所の企画展情報に眼を通し、興味が沸く展示を観に行くのも好いものだと改めて思った。

園名碑…:常磐公園:旭川(2025.05.13)

↓「永山武四郎之像」の少し先、常磐公園の入口辺りにこの園名碑が据えられている。
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常磐公園というのは1910(明治43)年に開設が決まった後、1912(大正元)年から工事が始まり、1916(大正5)年に開園した。その後1928(昭和3)年に園名碑が造られ、河川切替工事の関係で1935(昭和10)年に現在の場所に移ったのだそうだ。

1928(昭和3)年に園名碑が造られたが、この位の時代には昭和天皇の即位を記念するとして様々な建設事業が行われたようだ。公園の園名碑に関して、公園開設時の経緯等も在るので第七師団の師団長に揮毫を依頼することになった。当時、公園の名は「常盤」と「常磐」が混在していた。これに関して、揮毫をした師団長は「常磐公園」というように書いた。

↓「常磐公園」と「磐」の字が用いられている。「盤」ではない。
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↑「常磐」が「常盤」に転訛したというように言われているようだが、両者共に「永久に変わらない」という程度の意味である。現在、固有名詞として「常磐公園」が用いられるが、辺りの住所では「常盤」が用いられている。少し面白い。「常磐公園」と「磐」が用いられたのは、「皿」は割れるが「石」は割れないと縁起を担いだとも、陸軍の地図に「常磐」という地名表記が在ったとも、単純な勘違いとも言われ、詳しいことは不明なようだ。

この「常磐公園」と揮毫した師団長は渡辺錠太郎という人物である。陸軍中将として1926(大正15)年から1929(昭和4)年に第七師団長を務めた。その後、1931(昭和6)年に陸軍大将に昇任している。

「渡辺錠太郎」という名に聞き覚えが在った。かの「2.26事件」で殺害されてしまった教育総監である。大きな事件に巻き込まれてしまった人物だ。

渡辺錠太郎は徴兵検査で陸軍に入隊後、召補試験という制度で士官学校へ進み、少尉に任官する。やがて陸軍大学校に進み、大尉に昇任する。日露戦争に従軍して負傷したという経過も在った。その後、参謀本部での任務や、外国公館の駐在武官等を歴任する。1920(大正9)年に少将に昇任し、1925(大正14)年に中将に昇任している。そして第七師団長を務め、大将昇任後は台湾軍司令官を務め、軍事参議官として陸軍の中枢で活動する。

所謂「エリート」というような学歴等を有するのでもなく、有能な若手を見出して登用しようとする制度で内部の教育を経て大将になったという例は殆ど無いのだという。大変な読書家であったと伝えられ、教養深い人物であったという。党派的な動きを見せる人達を牽制するような場面も在ったらしい。そういうことで「2.26事件」の際には襲撃の対象になってしまった。

↓文字に纏わる挿話が少し面白いのだが、その挿話に登場する人物が歴史の中でも少し知られているというのは興味深い。
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常磐公園の出入口に在る園名碑だけでも、なかなかに興味深い。

「永山武四郎之像」…:常磐公園:旭川(2025.05.13)

↓常磐公園の入口が判ったが、公園を訪れる人を出迎えるかのように銅像が据えられていた。
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↑手に帽子を持った男性である。本当に人を迎えようとしているかのような様子に見えたが、像はかなり目立つ。

↓「永山武四郎之像」である。常磐公園の出入口に在る。
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永山武四郎(1837-1904)は薩摩の出身であり、戊辰戦争にも従軍している。

明治期に入って軍人となったが、1872(明治5)年からは開拓使の仕事に就く。屯田兵に関する仕事をしていたが、1877(明治10)年には屯田兵の一隊の指揮官として西南戦争に従軍している。

その後は開拓少書記官、屯田事務局副長、屯田事務局長と累進している。陸軍省への出仕を挟み、1885(明治18)年には陸軍少将として屯田兵副本部長に就任した。やがて欧米出張を経験し、帰国後の1888(明治21)年には第2代の北海道庁長官に就任した。更に屯田兵司令官を兼任するようになる。

北海道庁長官を退任した永山武四郎は、1895(明治28)年に「臨時第七師団司令」ということで師団の設立や活動を始める準備に取組み、1896(明治29)年に「第七師団」が正式に発足すると師団長に就任した。

1900(明治33)年に陸軍中将で退官した永山武四郎であったが、1903(明治36)年から貴族院の勅撰議員に選出されて議員活動を行うようになった。その活動で東京に出た際に倒れて他界したという。

この永山武四郎の像は、1967(昭和42)年に「北海道100年」という取組の一環で建立されたそうだ。旭川市内には彼の名に因む「永山」という地名も在るのだが、旭川等の地域の開拓に尽くした人物として記憶されるということで、銅像が建立されたということだ。象は294cmの高さであるそうだが、かなり大きい。

永山武四郎を祀る永山神社には将官の軍服姿の像が在る。対して、この常磐公園の像は平服の退官後という様子で雰囲気が異なっている。

こういう銅像は、見掛けると「誰?」というようになる場合も多いかもしれないが、人物について知ると少し面白い。

「7条緑道」の出入口…(2025.05.13)

↓北海道立旭川美術館を訪ねるべく常磐公園への入口を探して歩き廻っていた。そうするとこれに出くわした。
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↑「7条緑道」として整備されている区域の出入口のような場所だ。公園への入口を求めて、緑道の出口に辿り着いたというような感だ。公園や美術館へは「→」が示されているので、それに従って進むことになる。

市内中心部に在りながらも、静寂な雰囲気が漂うような「7条緑道」も好い感じの場所だ。

「たばこ販売中」…:<LAWSON>:平和通買物公園:旭川(2025.05.13)

↓特段に珍しくもないコンビニなのだが、「たばこ販売中」という幟が何本も掲出されているのが眼に留まった。
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↑煙草に関して「妙な風当たり」が強く、そういうのが「当然視」されてしまっているような中、敢えて「販売中」の幟が街中の行き交う人達もそれなりに在るような場所に何本も掲出されているのである。

少し首を傾げたが、考えてみると「煙草が買えないコンビニ」として記憶していた場所だった。コンビニの中には、何かの自由で煙草を売らないか、売れないかという御店が時々見受けられる。旭川の街中にあるこの御店もそういう例だった。思い付いて煙草を求めようとすると用事が足りない場所なので、何となく記憶はしていた。

↓最近になって、煙草の取り扱いを始めたということなのであろう。「始めました」という掲示も在る。
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「たばこ販売中」というような幟は見掛けないので、思わず注目してしまった。

チーズベーコンバーガー…:<JURASSIC BURGER>(2025.05.13)

「列車に乗る前に何か頂こう…昼食だ…」と旭川の街を少し歩き廻っていた。

↓こんな御店を眼に留めた。
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↓「ハンバーガーの御店」ということが判り易い。
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↓柱にもこういう掲示が在った。
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↓御店に入って着席し、メニューを眺める。
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↓このケチャップやマスタードも定番だと思う。
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↓思わずこういう飲物を頂いてしまう。
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↓こういうようなモノが何となく飾られている。店名の「ジュラシック」に因むのだと思う。
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↑『ジュラシックパーク』という映画のシリーズが在った。そこから「ジュラシックバーガー」という店名が登場したのだと勝手に想像する。

↓“恐竜”とにらめっこで、ハイボールを啜っていると御願いしたハンバーガーが登場した。
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↑チーズベーコンバーガーだ。ラップに包んで頂くようになっている。これが素晴らしかった。

好い場所を見付けた。出先でそういう場所に出逢うのは嬉しい。

好き休日…=運行日誌(2025.05.13)

前夜は、午後9時前後に強い眠気を覚えて眠ってしまっていたと思う。そして午前3時台に眼が開いた。随分と深く、気付いた時に「何処に居る?」と思う程に深く眠った。

そのまま「極早朝」から起きて、馴染んだ宿の居室で寛いで居た。こういうような過ごし方も悪くないと思う。宿では朝食をゆったりと愉しみ、ゆっくり過ごした。日頃は、旭川から稚内で朝の列車に乗って引揚げるが、今般はそれに背を向けて昼の列車を利用することにした。もう少々、旭川を散策する。天候も好く、好い感じだ。

旭川で道立美術館を訪ねた。「山本二三展」を興味深く拝見した。映像作品、アニメーションの背景が等を手掛けて長く活躍した人だ。後年、育った地域である長崎県の五島で風景等の画を描いたという。なかなかに多数の作品が展示されていて、見応えが在った。

美術館の後は神社に参拝し、喫茶店で休む、ハンバーガーを頂くという感じで過ごした。そして昼の列車だ。

車中では居眠りに陥っていた時間が少し長かったかもしれない。そして4分程遅れて稚内駅に到着である。到着後、モノを拙宅の居室に置き、食事を摂ろうと御近所へ出た。煮魚とタコザンギという感じで、早目に引揚げた。

旭川では北鎮記念館をゆっくり見学し、北海道護国神社でも参拝しながら色々と観て、スタルヒン投手の銅像をゆっくり眺め、動物園を訪ねるというような感じだった。更に美術館だ。そして随時花を愛でるということも在った。

何か「好き休日」という感じだったと思う。また、こういう時間の使い方をしたい。様々な見聞等は、ゆっくりとブログに綴るようにしようと思う。